341 普通の冒険者
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三百四十一
「はー、極楽じゃぁ」
イリスの入浴後、入れ替わるようにしてミラの入浴タイムが始まった。
過保護気味なアルマがイリスのためにと用意した浴室だけあって、その仕様は高級宿のそれを遥かに超えたものとなっていた。
ミラは、まさかのジェットバスを満喫し、その心地良さにうっとりする。
そうして存分に贅沢な風呂を堪能したところで寝室に戻った。
時刻は既に夜の十一時過ぎ。良い子は、とっくに寝ている時間だ。
ならばきっとイリスも寝ている事だろう。そう思ったミラは、寝室の扉をそっと開けた。
「なんじゃ、まだ寝ておらんかったのか」
部屋の明かりはついたまま。何か本を読んでいたイリスはミラが来るなりそれを閉じて、待ってましたとばかりに輝いた笑顔を浮かべた。
「まだ、寝るのがもったいないですー」
そう答えたイリスは、元気いっぱいだった。そして、その原因はミラにあるようだ。
「ミラさん、ミラさん。ミラさんは凄腕の冒険者さんなんですよね。私、冒険者さんのお仕事のお話を聞きたいんです。冒険者さんは、どのようなお仕事をして、どのような暮らしをしているのでしょう」
そんな事を言い出したイリスが手にしていた本。先程まで読んでいたそれは、冒険者用の教本だった。
どうやらミラと出会い、またミラの旅の話を聞いているうちに、冒険者への憧れが大きく膨らんだようだ。
だがそれでいて、冒険者の仕事や暮らしについてを訊きたいと言い出すあたり、なかなかの慎重派だった。
夢ばかりを語るだけの者とは違い、イリスはしっかりと現実も見据える事が出来ている。
その事に感心するミラだったが、それはそれ。ミラにとって、その質問は極めて難しいものであった。
イリスが言う冒険者とは、今各地で活躍しているような冒険者の事を指しているに違いない。
けれどミラはというと、どうだ。
ソロモンの紹介状によって、開始からCランク。そしてキメラクローゼン戦での貢献によって、そのままAランクへと昇格になった。
この間ミラは、冒険者総合組合より発行されている正式な依頼をこなすどころか、受けた事すらないときたものだ。
加えて、普通の冒険者の生活からもまた、少々ずれたところにいた。
ソロモンから貰ったお小遣い──もとい軍資金で豪遊。定番ともいえるキャンプは、屋敷精霊を召喚して快適に過ごしている始末だ。
思い返せば思い返すほど、ミラもまた一般的な冒険者ライフに憧れつつも遠いところにいたものだと改めて実感する次第である。もはやランク詐欺もいいところだ。
そんな状態だからこそ、イリスに語ってやれる経験がミラにはなかった。
しかし、そんな事とは露知らず、イリスの期待に満ちた目は、なおも爛々と輝きを増していく。
「ふむ……まずは冒険者の稼ぎ方じゃが、これには幾つかあってな──」
イリスの期待を前にして、経験がないのでわからないなどとは言えなかったミラは、それでいて現状の冒険者について話し始めた。
それは出鱈目などではなく、妄想の産物でもない。今の冒険者を正確に表した内容だった。
「時には、現地でグループを組む事もある。この場合は、ランクの高い者がリーダー役を務める事が多いのぅ──」
ミラの口から語られる冒険者事情。それは全て、ミラがこれまで出会ってきた冒険者達を参考としたものであった。
確かにミラは、Aランクながらもペーパー冒険者といって過言ではない状態だった。
だがしかし、これまでの道中で数多くの冒険者達と出会い、冒険を共にしたという経験がある。だからこそ、冒険者事情を何も知らないというわけではなかった。
加えて今回イリスが訊いてきた言葉「冒険者さんは、どのようなお仕事をして、どのような暮らしをしているのでしょう」という部分からして、あくまでも冒険者についての質問であると捉える事が出来た。
つまり、ミラがどのような仕事をしてきたのか、どのような生活をしているのかという問いではないのだ。
そこに気付けたミラは、さも経験豊富だとばかりに振る舞いつつ、冒険者事情を我がもの顔で話し続けた。
更に先日の一件、ブルースと一緒に冒険者への依頼の相場を調べていた時に知った事もつけ加える。冒険者への依頼にはこういったものもあると、それはもう得意げにだ。
ただ、その依頼内容が少々低ランクばかりだったりしたが、イリスにとっては知らぬ世界だ。それはもう凄い凄いと、大はしゃぎであった。
「──と、まあこんなところじゃな。見返りも大きいがリスクも大きい世界じゃよ」
華やかに見える部分もあるが、それはごく一部。冒険者とは、生きるためになるものではなく、生き甲斐を見つけるためになるものだ。
冒険者事情について知っている事を語り尽くしたミラは、最後にそっと持論を付け足して話を締め括った。
「凄くかっこいいですー」
仲間達に聞かれれば、どの口で言うのかと突っ込まれそうだが、ここにはミラの事をAランク冒険者として尊敬するイリスしかいない。
ゆえに彼女にとって、ミラの言葉は相当に響いたようだ。きらきらした笑顔に少しだけ真剣な色を浮かべて、「私も、見つけられるでしょうか」と小さく呟いていた。
そうして長々と話していた事もあって、気付けば時刻は零時過ぎ。ミラは押し寄せてくる眠気に思わず、ぽかりと大きなあくびをした。
対してイリスは、まだまだ元気そうだ。
「次は、今まで戦った中で一番強かった魔物さんのお話を聞きたいですー」
なおも期待いっぱいな顔で、そんな事を言っていた。
(イリスを寝かしつけてやるつもりが、よもや、わしが先に眠くなってしまうとはのぅ)
思えば少女になってから、寝る時間が早くなった。ミラはそう思い返しつつ「いや、今日はもう遅い。続きはまた今度じゃ」と、部屋の明かりを消した。そして暗闇の中で、また大きなあくびをすると、そのままベッドに潜り込む。
「わかりましたー……」
余程、ミラがした冒険者の話が楽しかったようだ。まだ足りないといった様子のイリス。
ミラとしても話してやりたいところであったが、如何せん押し寄せる眠気には抗えそうになかった。
「今日せずとも、明日や明後日がある。わしの護衛は始まったばかりじゃからな」
これからは、幾らでも話す機会がある。ここで終わりなどではない。ミラがそう言うと、「そうですよね。明日も楽しみですー!」というイリスの喜びに満ちた声が返ってきた。
「それじゃあ早く起きるために早く寝ます!」
そう気合を入れてベッドに入る音が聞こえた。大人しく寝る事に決めたようだ。
(これから暫くは、大変そうじゃな)
はてさて、今後はどんな話をしていこうか。そんな事を考えながら目を瞑ったミラは、イリスよりもずっと早く眠りに落ちたのだった。
とある場所にある小さな部屋。そこに一人の男がいた。
上等な椅子に座り、どこかふてぶてしく構えるその男の名は、ユーグスト。『イラ・ムエルテ』の最高幹部の一人であった。
『それで話があるとは、どういう了見だ? お前、今の立場はわかっているだろう?』
『ただでさえ、トルリの奴がやらかして大変だって時ですよ。くだらない用件だったら許しませんからね』
テーブルの上に置かれた通信装置から聞こえてくる二人の声には、苛立ちが混じっていた。
その理由は、一人が口にしたトルリという人物に関係する事だ。
「ああ、わかってるさ。当然わかってる。あいつが表に出なければいけなくなったのは、俺がニルヴァーナの巫女に嵌められたからだ。それは悪いと思ってる」
淡々とした調子で謝罪するユーグストだが、その表情には薄らとした笑みが浮かんでいた。
彼らが言うトルリなる人物もまた、『イラ・ムエルテ』の最高幹部の一人である。
トルリは主に生命の売買を牛耳っていたが、ユーグストの失態によって重要な商路が壊滅。扱っているものが全て期限付きという事もあって、トルリは独自に商路の確保のため動かなくてはいけなくなった。
そして安全な穴倉から出たところ、慣れない仕事でぼろを出し、お縄になったという顛末だ。
『お前はどこまで知っていた? どうにも調べてみると、用意周到に待ち伏せされていた疑いがある。──よもやお前から漏れたのではないだろうな?』
「それはない。あんたもわかっているだろ。組織の仕事には一切かかわっていないと。そしてあんたらも、俺に何も話しはしなかった。トルリの奴も同じだ。商路の開拓については、一言も交わさなかったさ」
向けられた疑心に対して、ユーグストは冷静な態度で返す。トルリが何をしようとしていたのかについては、一切関与していないと。
そして知らなければ、ユーグストからニルヴァーナの巫女へと情報が漏洩する事もないわけだ。
「それで先手を打たれたってのなら、どこか別の場所から漏れたってだけの話だろ。まあ当然、最近の事情に疎い俺には見当もつかないがな」
つまり待ち伏せされていたのは、トルリ自身の情報管理が甘かっただけであるとユーグストは告げた。
『それもこれも、お前が招いた事だろう。ニルヴァーナに尻尾を掴まれるような事にならなければ、このような事態には陥っていない』
『そうですよ。こちらも貴方には随分と協力しましたが、それを全て台無しにされたのですから、堪ったものじゃありません』
「わかってるって。悪かったって言ってるだろ。そもそも、あんな能力があるってのが反則なんだよ。初めから知っていたなら、こうはならなかったさ」
暇があれば、直ぐにぐちぐちと責めてくる二人に対し、ユーグストは申し訳なさそうな声で返す。ただその顔には、これでもかというほどにうんざりとした表情が浮かんでいた。
「で、そんな事よりもだな。今回お前達に連絡を入れたのには、わけがある。もしかしたら、今の俺の状況をどうにか出来るかもしれない可能性の話だ──」
また二人がぐちぐちと言い始める前に、ユーグストはさっさと用件を話し始めた。
巫女の能力によって、どのような企み事も筒抜けとなってしまう、今のユーグスト。そんな彼が二人に伝えた内容は、巫女の能力のデメリットによって得られた、ニルヴァーナ側の情報だった。
「──というわけで俺の作戦が功を奏した結果、巫女の護衛が変更になった。あの『白牢』から、『精霊女王』とかいう新進気鋭の冒険者に、な」
ユーグストは語る。十二使徒などという化け物を相手にするより、まだ凄腕程度の冒険者の方が圧倒的に崩しやすいはずだ。これは絶好の好機であると。
色々と仕掛けた結果、巫女側に生じた隙。これを逃す手はないとユーグストはまくし立てた。ようやく実った好機をものにするため。そして自身の失態から興味を逸らせるために。
『これはこれは、なるほど、そうきましたか。まさか、あの変態的な策が功を奏したと。しかも十二使徒から単なる冒険者に交代とはまた。一先ず、わざわざ呼び出してくれた事については、許しましょう』
難攻不落どころか、現状攻め筋すら見えなかったところに綻びが生じた。それは確かに朗報であると男は称賛する。彼もまたユーグストと同じ考えに至ったようだ。
「どうだ、これなら勝算が見えるだろ? なあ、ガローバ」
うまく自分から話を逸らさせる事が出来た。その手応えを感じたユーグストは、ここぞとばかりに、もう一人へ話をふった。
ガローバ。『イラ・ムエルテ』を構成する柱の一つ、潜入工作や暗殺などを請け負う部門の長である。
『精霊女王か……。確かキメラの一件で名を上げた冒険者だったな。まあ少なくとも、これまでよりは可能性がありそうだ』
僅かな沈黙の後に響いた思慮深い声。十二使徒から一介の冒険者に代わったというのなら、それは好機であると十分に考えられるとガローバは判断する。
「そうだろ? という事でいつも通りに、この情報でどうするかはそっちで決めてくれ。巫女をどうにかしてくれれば、これまで大人しくさせられていた分、存分に働くからよ」
護衛が交代した。この情報で、どのような作戦を立てるのか。これから、その話し合いが始まるだろうところで、ユーグストは席を立った。このまま作戦会議の場にいては、その作戦が巫女側に漏洩するからだ。
情報だけを伝えて後は任せる。これが今のユーグストが出来る全てであった。
「じゃあな、また何かあったら連絡する」
そう言ってユーグストは、部屋を後にする。だが通信が切れる事はない。最高幹部の会議のためにだけ用意されたそれは、常に通信が開いたままであるからだ。
ゆえにユーグストが立ち去った後も、残りの二人の話し声が響いていた。
『さて、どうしましょうか。護衛に穴が出来たとはいえ、未だに巫女の居場所を特定出来てはいない状況ですからね』
『ああ、それもそうだが、一つ気になる事がある』
『おや、何かありましたか?』
『精霊女王だ。その者は本当にただの冒険者なのか? 幾ら凄腕とはいえ、その程度では十二使徒の代わりになど抜擢されるはずもないだろう』
ニルヴァーナの最高戦力である十二使徒から、最近話題とはいえ一介の冒険者である精霊女王が代役になったのは、なぜなのか。
ガローバは、その点が気になったようだ。
『言われてみれば、そうですね。んー……確か精霊王との繋がりがあるなんて話を聞きましたが、その辺りが理由ではないですか? もしかしたら多くの精霊達の協力を得られるといった利点などがあるのかもしれません』
男は『精霊女王』について、噂には聞いている程度の印象しか持ってはいなかった。
何かしらで活躍して名を馳せる冒険者というのは、そう珍しいものではない。『精霊女王』もまた、精霊王というインパクトによって、その名前だけが余計に広がっているなんて事もあり得る。
ただ精霊王が味方につくとなれば、十二使徒の代わりとするのも納得のいく要素だ。男は、そのように予想した。
だがガローバは、まだ少し引っかかるところがある様子だった。
『精霊王か……。確かに精霊共が敵に回るとなると面倒だな。しかし、どこか腑に落ちん』
そう口にしてから、更に気になるという点を挙げた。
いわく、精霊王がどうとかいう話題は、それ以降、一度も聞いた事がないと。
『なるほど……思えば、後にも先にもセントポリーでの一件だけでしたね。他に『精霊女王』が精霊王の力で、どうしたというような話は覚えがありません』
二人が話す通り、世間に精霊王が姿を現したのはあの時だけである。
ゆえに今現在、『精霊女王』は精霊王を召喚したわけでないのではないかという前提で、様々な憶測が飛び交っている状況にあった。
一つは、ただの演出説。あの精霊王は、あの場にいた精霊達が作り上げた虚像であるというもの。
もう一つは、本当に、ただ繋がりがあるという程度の縁で、特別に姿を見せただけというものだ。
『どうにも不確定要素が多い。まずは、『精霊女王』とやらについて調べた方が良いのかもしれんな』
世間的な噂ならば、当然、ニルヴァーナの女王の耳にも入っているだろう。
それでいて、『精霊女王』が護衛として抜擢された理由。ガローバは、その点が、どうしても気になるようだ。
いったい『精霊女王』とは、どのような冒険者なのか。どの程度の実力なのか。精霊王とは、どのような関係なのか。
ガローバは、まずその辺りを調査する必要があると口にした。そして『巫女を狙う算段は、その後だ』と続け、『それでいいな?』と締め括る。
『ええ、それで構いません。あの国の女王の事ですからね。どのような企みがあるかもわかりませんし。ここは慎重に進めた方がいいでしょう』
そう答えた男は、『では、いつも通りに伝手を当たってみましょう』と言った後に席を立った。次いで遠ざかる足音と、扉の閉まる音が僅かに聞こえた。
『以上となります。では、失礼いたします』
男が退室し、相手は誰もいなくなったはずの通信装置から、畏まったガローバの声が聞こえた。
だが、その言葉に対しての返事はなく、ただガローバが部屋を出る足音が響くだけだった。
気付けば、もう12月ですね……。今年も残り1ヶ月……早いものです。
そして、いよいよ本格的に寒くなってきました。
新居で迎える初めての冬は、どのようになるのか……今からワクワクです。
何よりもこれまでと大きな違いがあります。
それは……エアコンです!
去年までは冷房しか使えないものでしたが、今はどちらも出来ちゃうタイプです!
ただ、暖房は冷房よりも高い、なんて事をどこかで聞いたので基本は今まで通りのこたつで凌ぐ予定です。
とはいえ、初のお家暖房! 特に寒い日なんかで活躍してもらう予定です!
さぁ……どれほど快適なのか。今から楽しみです!




