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339 トラップルーム

三百三十九



 後で一緒にテレビ観賞をしようと約束してからリビングを出た二人は、そのまま二階の右側にある部屋にやってきた。

 ここには水回りが揃えられているようで、トイレの他に洗濯場や浴場もあった。


「これまた広いのぅ……」


「いつでも入れるようになっているので、ミラさんも好きな時に使ってくださいね」


 トイレと洗濯場で半ブロック分。そして残りの一と半ブロック分はまるまる浴場となっていた。

 なみなみと湯を湛えた大きな湯船に広い洗い場。しかも吹き抜けになっている庭園側より、生い茂る花々や緑が観賞出来た。


(ここで一杯やったら最高じゃろうな)


 なんとも贅沢な光景を前にして、ミラは今から風呂の時間が楽しみだと笑う。

 それから次は、中央の庭園側にあるブロックも見学した。

 そこは、イリスが巫女としての仕事をする部屋だそうだ。

 今は定期的に、『イラ・ムエルテ』の最高幹部であるユーグストの動向を監視、牽制しているイリス。

 その仕事によって、彼が支配していた裏通商路と裏取引が筒抜けとなり、全てを押さえる事に成功。数千億リフにも及ぶ損害を与えた。

 更にユーグストは、この先の取引に関わる事が出来なくなった。彼は損害を補填する手段までも封じられたわけだ。

 イリスの働きによって、『イラ・ムエルテ』は重要な資金調達手段を失った。そしてイリスが能力で見張っている限り、ユーグストは隠し持つ秘密の裏ルートを使えない。

 イリスに護衛が必要なのも当然の状況だ。

 なお、今日が仕事をする日であり、夜の九時になったらユーグストが悪巧みをしていないか確認するとの事だった。




 二階の案内が終わったら、そのまま三階にやってきた。

 階段を上がって左側の二ブロックは、手巻き寿司パーティをしたキッチンダイニング。


「どんな料理だって作れちゃいます!」


 先程は、ほとんど見ていなかったキッチン部分を紹介するイリス。

 そこには調理器具だけでなくオーブンといった設備なども揃っており、イリスが言う通り大抵の料理は作れてしまえそうだった。

 また、イリスは食べるだけでなく作る方も得意だという。今日はとびきりの夕食を作りますと意気込んでいた。

 次は、キッチンダイニングから三階の中央の庭園側のブロックを通って右側のブロックに移動する。

 なお中央ブロックは、ベランダとなっており、ここからもまた綺麗な庭園の風景を一望出来た。

 右側は寝室だった。可愛らしい内装であり、淡い色で揃えられている。

 やはり寝る時は寂しいのだろうか、中央の大きなベッドには沢山のぬいぐるみが置いてあった。


「ミラさんは、こっちを使ってくださいね」


 寝室には、もう一つの大きなベッドがあった。シンプルなデザインながら、イリスのベッドに負けず劣らずといった立派なものだ。


「うむ……わかった」


 護衛だけあって、寝る時も同じ部屋のようだ。

 年頃の女の子と同じ部屋で寝るなど、マリアナに知られたら大変だ。そう思いつつも、これは護衛任務なのだから仕方がないとミラは頷いた。




 三階を見終わったミラ達は、四階にやってきた。


「ここもまた、とんでもないのぅ」


 階段を上がって直ぐの事。ミラは四階を見回して驚きの声を上げる。

 なんと四階は、フロア全てが書庫になっていたのだ。

 図書館かというほどに本棚が立ち並び、しかもそこには、みっしりと本が収められている。一見するだけで、万は超えているだろうとわかるほどの蔵書量だ。

 シンプルな白い壁と、木目の鮮やかなフローリング。そして温かみのある照明。何かと豪華で贅沢だったこれまでの階に比べ、ここには落ち着いた雰囲気が漂っていた。

 こういう場所で、ゆっくり読書をするのも一興だろう。そう思わせる魅力に溢れた書庫だ。


「退屈しないようにって、アルマお姉ちゃんが作ってくれました。面白い本がいっぱいなんですよー。ミラさんもお好きなだけどうぞ!」


 そう説明してから、それはもう嬉しそうに駆け出したイリスは、とある本棚の前で止まり「最近はここの、マンガという本がオススメですー」と続けた。

 どうやら、この書庫には漫画本まで揃えられているようだ。

 どれどれと歩み寄り確認すると、そこにはミラも知らないタイトルが多く並んでいた。


「これまた、沢山揃っておるな」


 書店よりも多くのタイトルがあり驚いたミラは、同時にそれらを何冊か見て、その理由に気付いた。

 この棚には、商業での流通以外の本も置いてあったのだ。

 つまりは、同人誌の類である。

 ミラは雑談の中でソロモンに聞いた事があった。漫画という文化を元プレイヤー達が持ち込み広げたのは、二十数年以上も前だと。

 それだけの期間があれば、プレイヤー以外にも漫画を描き始める者が出てくる事だろう。

 そして、同人誌という文化が広まるのも当然の帰結というものだ。

 いつかこの世界でも、あの祭典が開かれるのだろうか……それとももう……。そんな想像をしていたミラは、九賢者を題材としたシリーズの同人漫画がある事に気付き、苦笑した。


(しかしまあ、シャルウィナが見たら飛んで喜びそうじゃな)


 漫画もだが、書庫には他にも沢山の本がある。きっと読書家のシャルウィナにとって、ここは楽園になるだろう。

 と、ミラがそんな事を思っているうちに、イリスはまた別の本棚に駆けていった。そして、あれこれと本の思い出や感想を語り始める。


「これは、ノインお兄ちゃんがオススメだってくれた本ですー。世界に眠る五つの秘宝を見つけるという物語で、すっごく冒険でした!」


 ネタバレを避けるために注意しているのかもしれないが、それでもどこか説明下手なイリス。

 だが、こうして語れる相手がいて余程嬉しいのだろう。ころころと表情を変えながら話す彼女は、とても楽しそうだった。しかもそうすると、自然に面白さが伝わってくるのだから不思議なものだ。

 ミラは、楽しげなイリスに感化されるようにして、こちらも楽しみながら書庫を一巡りしたのだった。




 書庫巡りをもって、イリスの居室案内は終了した。そしてその後はリビングルームにて、二人一緒に魔導テレビ観賞を楽しんだ。

 大会会場内のイベントステージでは、毎日様々な催し物が開かれているようで、夕方の五時を過ぎた今は音楽対決が行われていた。

 吟遊詩人や楽団、歌手、パフォーマーなど、音楽に関係する者なら誰でも参加可能という、何ともごちゃ混ぜなイベントだ。

 ただ、だからこそお祭り感が強く、見ていて面白いと思える魅力あふれたステージであった。

 そうして時間はあっという間に過ぎていき、早くも夕飯の時刻。

 約束通り、イリスがキッチンに立って夕飯を作った。

 メニューは、チャーハンだ。野菜やら何やらといったものは、全て下拵えが済ませてあるため、あとは炒めて調味料を加えるのみだ。


「大火力で一気に水分を飛ばすのが美味しく作るコツなのですが、一般的な熱源だと、そんなに火力は出せません。でもそんな時は、弱火でじっくり炒めるといいんですよ!」


 さも出来る女だとばかりにドヤりながら、チャーハンを作るイリス。

 事実、出来上がったチャーハンは美味しく仕上がっていた。

 夕食が終わり、また暫く二人でテレビ観賞をしていたところで、時刻は八時過ぎ。

 いよいよ仕事をする時間だそうで、イリスは仕事部屋に。そしてミラは、その部屋の前で護衛につく。

 イリスの能力は、極めて高い集中力が必要であるため、この時ばかりは別待機となるのだ。


(さて、そろそろこっちも確認せねばな)


 案内だ夕食だテレビ観賞だと続き時間が取れなかった。だが、ようやく確認出来る時間が出来たと、ミラはそれを取り出した。

 それはアルマから貰った、この部屋の仕掛けについて書かれた書類だ。


「どれどれ──」


 イリスの仕事部屋前にソファーの家具精霊を召喚したミラは、そこにゆったりと腰掛けて、書類に目を通していった。

 まず初めに書かれていた事。

 それはイリスがこの仕掛けの仕組みや詳細といったものを半分ほどしか知らないというものだった。

 巫女の部屋には、来訪者を知らせるアラームの他、部屋にいる者の所在などを明確にする仕掛けが至る所に張り巡らされているとある。

 ただ安全性を考え攻撃的な仕掛けというのはなく、撃退するというよりは、いち早く侵入に気付くためのものであるとわかる。

 なお、イリス自身は感知の対象外に設定されているらしい。またイリスが知っているのは、それらの仕掛けが反応した際の確認の仕方と対処法だけであると書かれていた。


(なるほどのぅ。能力が能力じゃからな。詳しく知っておったら意味がないからのぅ)


 巫女のイリスが持つ能力は特定の相手の思考を読み取れるというもの。だが、それには欠点もあった。深く同調するため、相手側にもこちらの情報が幾らか流出してしまうというものだ。

 だからこそ小冊子には、ところどころに『イリスに秘密』という注意書きがされていた。


(しかしまあ、最新技術のオンパレードじゃな)


 防犯面の強化も当然だが、庭園でアルマが実験場とも言っていたように、ここには一般化されていない技術製品が数多くあるようだ。

 なお、書類には、それら以外についての記載もあった。

 その内容は、イリスの好きなものや嫌いなものであったり、普段の起床と就寝時間であったりというものだ。

 そういった部分からもまた、アルマの過保護っぷりが窺えたりした。




 防犯設備が盛り沢山な巫女の部屋は、さながらトラップばかりなダンジョンにも似たものだ。

 ゆえにという事もあってか、ミラはダンジョンを攻略する気分で概ねを把握した。

 致死性のトラップがない分、優しそうに見える。だが、よく考えられた配置であるため、気付かれずに侵入するのは、それこそワーズランベールくらいの力がなければ難しいだろうというのがミラの感想だ。

 ただ、侵入者を容赦なく始末するものがないため、なりふり構わず複数に特攻された場合には、若干脆さが気になるといったところだ。

 あるのは、時間稼ぎ用の結界装置くらいである。

 けれど今、その手は通じない。そのための護衛なのだ。

 ミラの役割は、犠牲をいとわず命がけで攻めてくる者からイリスを護り、また侵入者を叩き伏せる事にあった。


(さて……これからどう出てくるかのぅ)


 書類をアイテムボックスに戻したミラは、ちらりとイリスの仕事部屋に目をやって考える。

 今回、イリスが能力を使った事で、ユーグストの現状を知ると同時に、こちら側の情報も向こうが知る事となった。

 その中で一番大きな情報といえば、やはり護衛が変わったというものだろう。

 これまで巫女の護衛に就いていたのは、ニルヴァーナが誇る最高戦力、十二使徒が一人である『白牢のノイン』だった。

 その守りを突破出来る者はなく、それを証明するような逸話も多く残す彼は、最硬の聖騎士として大陸中に名を知られる英雄だ。

 だが、そんな彼の護衛は、巫女の能力を逆手に取ったユーグストの策略によって、完璧とは言えないものになってしまった。

 イリスが男性恐怖症に陥ってしまったのだ。

 そういった経緯に加え、ユーグストの策略が上手くいったように見せかける意味も含めて、このたび晴れてミラが護衛の任を引き継いだわけだ。

 アルマが言うに今回の護衛替えは、結構ドタバタしているように演出していたという。

 まったく問題ないと装いながらも、どこか焦っている様子にイリスが気付くような、そんな演出だ。

 きっとイリスは、大変な状況にありながら、どうにか護衛が決まったと思っている事だろう。

 相手側に伝わるのは真実ではなく、イリスの主観による情報だ。

 今回の護衛交代を知ったユーグストは、きっとこれを好機と捉えるだろう。

 巫女の護衛が、難攻不落の鉄壁を誇るニルヴァーナの英雄から、最近話題の凄腕美少女冒険者に代わった。

 幾ら凄腕とはいえ、最近になって話題に上がるようになったくらいの冒険者、しかも少女。加えて緊急に決まったともなれば、誰もが格落ちだと思うのは間違いない。

 だが、実際は違う。

 最近話題の凄腕美少女冒険者とは、仮の姿。その正体は、十二使徒と肩を並べる九賢者である。しかも、ノインの心を折った事があるというオマケ付きだ。


(誰かを送り込んでくれば、さくっと捕まえてカグラに情報を引き出してもらえるのじゃがのぅ)


 書類にあった仕掛けの配置図を参考にして、随所に見張りを立てる計画を練りながら、ミラはイリスが仕事を終えるのを待った。








音楽とか流れているお店ってあるじゃないですか。

そういう時、たまにありませんか?

これイイな、なんて曲だろう? と思う事が。


自分も数か月前に、あったんです。

ただ自分は、お店の人に訊くなんて出来ないような人間なもので……。

とりあえず、ぱっと聞こえる歌詞の一部だけメモしておきました。


いやはや、やはりインターネットというのは凄いですよね。

そのメモした歌詞で検索したところ、さくっと判明しました!


その結果は、

でんぱ組 いのちのよろこび

でした……!

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― 新着の感想 ―
巫女ちゃんの能力を使うと相手にも感知されるのであれば、隠蔽精霊の能力で相手に感知されないようにできないかな?
[一言] 話し進まないですね
[良い点] イリスちゃんと仲良くするお話だ…と思ってたけど、護衛のお仕事でした…すっかり忘れてました…!
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