338 魔導工学の可能性
三百三十八
「乗った事があるんですか!? 凄いですー!」
「うむ、とんでもなくでかかったぞ」
アルマとイリスの話はあっちこっちに飛び回った後、また大陸鉄道に戻ってきた。ミラは、それならわかると話し出す。
そのようにして、和気あいあいと言葉を交わすミラとイリス。
今回の手巻き寿司パーティの目的は、これから暫く一緒にいる事になる二人の友好関係を円滑にするためというものだったが、それなりに成功したようだ。
今日が初対面でありながらも、ミラに対するイリスの態度は極めて友好的であり、憧れにも似た何かも秘められていた。
また、会話も進めば時間も経ち、幾らか腹の状態も落ち着くというもの。
どうにか動けるようになったところで、後片付けを始めた三人。ただその途中で、「ここは、私に任せておいて」とアルマが言う。
片付けはしておくので、二人は寛いでいればいいと。
外の色々な話をイリスに聞かせてあげて欲しいというのがアルマの望みのようだ。
「うむ、お主がそう言うならば」
そう答えたミラはアルマの望み通り、イリスの希望する話をした。
それは、大陸中を巡って見てきた、旅行記のような話だ。
古代神殿やプライマルフォレストといったダンジョンばかりでなく、訪れた街や名所といった場所など。多くを巡ってきたからこそ、その内容は盛り沢山であり、イリスはますます夢中になって聞き入っていた。
その最中だ。しゃらんと、ハープを爪弾いたような音がどこからともなく響いたのである。
「む? 今のは何の音じゃ?」
この場所にいるのはミラとアルマ、そしてイリスの三人だけだ。そして三人とも、そのような音を出す事はしていない。
では、なんだったのかとミラが疑問を浮かべたところ、直ぐにイリスが意味を教えてくれた。「今のは、十二使徒さんの誰かが来たって合図ですー」と。
ここに来る途中で、アルマと抜けた扉。それを開けた時、使われた鍵に対応した音が鳴る仕掛けになっているとの事だ。
ハープのような音は十二使徒らしい。なお、アルマはピアノのような音だそうだ。
「ほぅ、そのような仕掛けもあったのじゃな。聞いておらんのぅ」
なるほどと頷きながらも、ミラはギロリとアルマを睨んだ。護衛をするにあたり、防犯面の仕掛けについては予め教えておいてほしかったと。
だが、どうにもアルマは、そんなミラの小言に応えるどころではないようだった。
「やっば……直接来るなんて……」
そんな事を呟きながら、恐ろしく丁寧な手付きで皿を洗い始めたのだ。
いったい、どうしたというのか。その答えは、少しの後に判明する。
「ごきげんよう、イリス。そしてミラさん、護衛を引き受けて下さり、改めて感謝いたしますわ」
登場するなり、優雅に礼をしてみせたのはエスメラルダであった。彼女は、どうやら長い事戻ってこないアルマを迎えにきたようである。
「やっぱり、まだここにいたわね」
エスメラルダは、キッチンで洗いものをしているアルマを見つけると、呆れたように溜め息をついた。
「まだまだ政務が残っているわよ」
歩み寄り、静かに告げるエスメラルダ。しかも落ち着いた口調ながら、有無を言わさぬ迫力のこもった声でだ。
「でもほら、まだ洗いものとか残っているから」
対するアルマはというと、なんとそのような言い訳をし始めた。
そう、アルマが洗い物の一切を引き受けたのは、少しでも長くここに留まるため。政務をサボるためだったのだ。
「それなら、早く済ませてしまいましょう」
アルマの言い訳には慣れているのか、エスメラルダは顔色一つ変えずキッチンに立ち、怒涛の速さで洗い物を片付けていく。
対してアルマは、色々と遅延させるために小細工を弄する。
だが結果、ものの三分ほどで、アルマがこの場に留まる理由は消え去ったのだった。
「では、ミラさん。後の事、よろしくお願いしますね」
そう言ってエスメラルダは、観念したアルマの手をしっかりと握り連行していく。
と、そこでミラは忘れないうちに、先程気になった件について尋ねた。「その前に、ここの防犯機能がどうなっておるのか教えてくれぬか」と。
「もしかして、まだ説明もしていなかったのかしら?」
瞬間、エスメラルダの表情に険呑な色が浮かんだ。
「えっと、色々あってつい……」
目線を合わせず、そっぽを向きながら答えるアルマ。当初の予定では、先にその辺りの説明をしておくつもりだったようだ。
だが、イリスが空腹で倒れていた事もあり、初めに遅めの昼食会となった。そしてそのまま忘れていたというのがアルマの言い訳である。
「ふむ……わしが少し遅くなったのも原因かもしれんな。余り責めないでやってくれ」
元はといえば、通信装置で召喚術講座などして戻るのが大きく遅れた事が原因といえた。ゆえにミラは多少の罪悪感から、アルマを擁護する。
すると、第三者による声が効いたのか「わかりましたわ」と、エスメラルダの小言はそこで終わった。
「ごめんなさいね、ミラさん。ちょっと今は多くの人を待たせているから、ゆっくりと説明出来ないの。だけど、説明書は用意してあるから──」
そう続けたエスメラルダは、何かを促すようにアルマを小突く。
「ああ、えっと、詳細はこれにまとめてあるから確認しておいて。あとイリスも幾らか知っているから」
言いながらアルマが取り出したのは、『超重要機密』と書かれた小冊子ほどの紙束だった。これに、巫女部屋に関する防犯の仕掛けについて書いてあるそうだ。
「うむ、わかった」
小冊子を受け取ったミラは、そのまま連行されていくアルマと、していくエスメラルダを見送るのだった。
「さて、それでは早速──」
アルマが仕事に戻り、部屋にはミラとイリスだけになった。
ここから本格的に護衛任務の開始だと意気込むミラは、アルマから受け取った小冊子を──開こうとしたところで、それに気付く。やけに熱心な目をして、やる気に満ち溢れた様子のイリスに。
(何やら随分と気合が入っているようじゃが……)
いったい、どうしたのだろうか。その気合は何なのかと疑問を抱きつつも、ミラはイリスと目を合わせる。
するとイリスは、ここぞとばかりに言った。
「それでは、ミラさん行きましょう! ご案内しますね!」
アルマが『イリスも幾らか知っている』などと言い残したからだろう。どうやらイリスは、この部屋と防犯用の仕掛けについて存分に説明する気のようだ。だからこその気の入れようだったわけである。
ともあれ一つ言えるのは、小冊子で見るよりも、ここに住んでいる者の説明を受けた方が早そうだという事だ。
「うむ、よろしく頼む」
ミラがそう答えると、イリスは満面の笑みで「お任せくださいですー!」と答え部屋を飛び出していった。
そして、その直ぐ後に慌て過ぎだと自分で気付いたようで、扉からちょこんと顔を覗かせる。けれど反省はしていないようだ。
「まずは、一階から順にご案内しますね!」
そう言うと、早く早くと言いたげに表情を輝かせる。テンションは上がる一方だ。
巫女という立場に加え、防犯という面からして、この場所に入れる者はごく少数。アルマと十二使徒の女性陣だけである。
きっと、だからこそ新たにミラが来た事が、相当に嬉しかったのだろう。初めて友達が自宅に来たとばかりなはしゃぎぶりだ。
ただ、それだけでこんなに喜ぶほど、友達との繋がりが少ないという事でもあった。
「ゆっくりでよいぞ、ゆっくりで」
ミラは小冊子をアイテムボックスに入れ、とことんまで付き合おうではないかと、イリスの後に続いた。
イリスが暮らす居住部の構造は、比較的簡単なものになっている。
鳥瞰で見て、各フロアが縦に二ブロック、横に三ブロックと想像すればいいだけだ。
そして中央の上のブロックが階段である。
イリスは順番に、各階を案内するつもりらしい。初めにやってきたのは、一階にあったロビー兼バーになっている部屋だった。
ここは階段部分を抜かして、全てのブロックが一部屋として造られている場所だ。
「ここには、美味しい飲み物がいっぱいあるんです。お風呂上りの時とか、最高なんですー」
そう言って、どれがオススメだとか紹介していたところだ。イリスは「あ、今日はまだ飲んでいませんでした」と思い出したようにボトルを一本手に取った。そしてグラスに注ぎ、一気に呷る。
「うぅぃぃ……」
飲み干した後、少女にあるまじき顔で呻くイリス。
いったい何を飲んだのかと問うと、数多くの薬草が配合された特製薬草茶だそうだ。健康のために毎日飲むようにとアルマに言われたという。
「これはまた……なかなか強烈じゃのぅ……」
ちょっと試しに匂いを嗅いでみたミラは、その青臭さと、無駄に鼻を抜けていくハーブ類の香りに顔を顰めた。
ただ、不思議と身体には良さそうな印象の匂いではあった。
次に案内されたのは、二階に上がって左側の部屋だ。二ブロック分あるそこは、イリスを捜している際にも確認したリビングルームである。
「この椅子に座っていると、直ぐにうとうとしちゃうんです──このレコードという円盤をのせると色々な音楽が聴けるんですよ──」
それはもう楽しそうに、細かな部分まで説明していくイリス。
と、そうした中で、「これは、とっておきですー」と自信満々に見せてきたのは、先程もちらりとだけ目にした車輪付きの大きな箱だった。
「ほぅ、それはまた楽しみじゃな」
見た目はちょっとオシャレな箱といったところか。イリスは、この箱こそがとっておきだと言う。
女王アルマが、これだけ手を尽くした部屋にある、とっておきの代物。それはきっと凄いものに違いないと期待を寄せるミラ。
「こちらですー」
イリスが箱の蓋を取ると、そこにあったのは一回り小さな箱だった。高さは五十センチほどで、幅と奥行きが七十センチ程度だろうか。
しかし、見ればただの箱でない事がわかる。なにやら正面側だけがガラス張りになっていたのだ。
「ふーむ……これは……。何やら複雑な装置のようじゃが……」
片面だけがガラス張りの箱。けれどガラスの向こうは黒いだけで奥行きもなく、何かを入れる観賞ケースというわけではなさそうだった。
それどころか、側面にはスイッチのようなものが幾つも付いている事から、魔導工学で作られた何かしらの機器であるとわかる。
スイッチを見てガラスを見て、この謎の箱の正体は何だろうかと推理するミラ。
ただ、イリスは早く紹介したかったようだ。「なんと、これはですね──」と口にして、意気揚々とスイッチを入れた。
僅かばかりの時間をおいて箱が起動する。
その瞬間、それを目の当たりにしたミラは「まさか、これは……!」と、驚きの声を上げた。
ミラが目撃したのは、箱のガラス面に映し出された、こことはまったく別の場所の光景であった。
しかも、映像だけではない。箱の側面にある穴から、音まで聞こえてくるではないか。
そう、つまりこの箱はテレビだったのだ。
「魔導テレビっていうんですー。遠くのものが見えちゃう、凄い魔導機器なんですよ!」
それはもう屈託のない笑顔で言ったイリスは、更に観るものも幾つか変えられると続け、スイッチを操作し始めた。
そうして映し出されたのは、演劇の舞台や闘技大会の闘技場、そして会場の方で開かれている幾つかの催しもののステージだった。
イリスの話によると、魔導テレコープなるものを設置する事で、その正面の風景が魔導テレビで観られるようになるという。
また、同時に魔導マイクを置けば、こうして音も聞こえるのだそうだ。
ただ技術力の限界か、それとも仕様か。若干、映像と音がずれている。とはいえ映った映像は鮮明であった。
(ここまで完成しておるとはのぅ)
ミラは魔導テレビを前に感嘆していた。
数ヶ月ほど前の事。ソウルハウルから、日之本委員会でテレビとテレビカメラを作っている者がいると聞いた。
これがそうなのか、それともニルヴァーナ独自で開発したものかはわからないが、文明の波は着実に進んでいるようだ。
「確かに、これは凄いのぅ」
ミラがそう心から同意したところ、イリスはますます嬉しそうな笑顔を咲かせた。
「ですよね、ですよね!」
これまで会えるのは年上ばかりであり、しかも制限された少数の人物のみだった。しかもその全員が、国の極めて重要な立場にある。
ゆえに会えるのも短い時間に限られる。
だからこそ、喜びを、そして楽しい事、楽しい時間を共有出来るミラに会えた事がイリスは相当に嬉しかったようだ。
「なんと、この見える場所はですね──」
ミラが興味を示した事で、イリスの中の何かに火が点いたらしい。それはもう自信満々な顔で、魔導テレビについて説明し始めた。
その話によると、どうやら魔導テレビに映っているのはライブ映像のようだ。
現在は、ラトナトラヤにある二つの大劇場と、大会会場内にある二つのイベントステージ、そして予選の闘技場に二つ、魔導テレコープが置いてあるとの事だった。
大会が始まってからはテレビが特に楽しいそうで、明日のイベントステージは欠かさず観なければと、イリスは意気込んでいた。
(これも、仕方がないのかのぅ)
そこに一抹の不安を覚えるミラ。イリスが、このままテレビっ子になってしまわないかと。
とはいえ、今はどうしようもない。危険な組織に命を狙われているのだから。
いつかイリスが、大手を振って外に出られるように。もっと多くの人達と出会えるように、ミラは護衛以外にも何が出来るかと考えるのだった。
引っ越し後、うちからガスコンロが消えました。
というのも、これまでお湯を沸かすくらいにしか使っていなかったからというのがあります。
ですが、最近になって気付きました。
コンロがないとインスタントラーメンが作れない! と。
しかし、どうにかしてインスタントラーメンを食べたいと考えた結果……
コンロを使わない方法を編み出しました!!
そう……ここでも登場するのは魔法の箱です!
魔法の箱で温野菜が作れるとかいう容器に麺を入れて、そこに電気ケトルで沸した湯を投入。
その後、魔法の箱に入れて3分待てば……
完成です!
サッポロ一番の塩とんこつ
美味しいです!!




