335 護衛交代
三百三十五
執務室を出てからアルマについていく事、五分ほど。流石はプレイヤー国家二位の王城だけあって広大であり、巫女の部屋はちょっとコンビニへなどという距離よりも離れた場所にあるようだ。
魔導式のエレベーターで上の階に行き、数人の衛兵が寛いでいる休憩所の小部屋を抜けて廊下を更に進んでいく。
そうして廊下の奥の扉を抜けた先には、巫女の部屋を護る要となっている護衛の姿があった。
「ノイン君、ご苦労様」
「おお、ここにおったのか。久しぶりじゃな」
少しひらけた廊下とでもいった長方形の空間。ちょっとしたロビーのような造りになっているそこに、見覚えのある人物がいた。
簡素な武装ながらも存在感が溢れ出しているその人物。それでいてソファーで優雅にティータイムとしゃれこむ姿が様になっている長身痩躯。加えて長い金髪をさっとまとめた頭をしているため、どこかいけ好かないイケメン感が漂っていた。
そんな男に労いの声をかけるアルマと、気軽に手を振るミラ。
そう、彼こそが現在巫女の護衛をしている十二使徒の一人、ノインであった。
「あ、アルマさん……と、君は、もしかして天使? って、いやお前……!」
アルマの姿を前にして、まるで忠犬のように立ち上がったノインは、続けてミラの姿を目にした瞬間に貴公子の如く微笑んだ。だが直後にその全てをかなぐり捨て、苦悶の表情を浮かべる。
「相変わらず、すかしておるのぅ。そのキャラ、似合っておらんぞ」
「やっぱり! ああ、少しときめいた自分が許せない……!」
ミラの反応とその言葉で、ノインはそこに現れた銀髪美少女の正体を察したようだ。後悔するように大きく天を仰ぐ。だが、またちらりとミラに目をやると、何かを堪えるように見つめ、直後に再び天を仰いだ。
「なんて最悪な組み合わせなんだ……」
そうぼやいたノインだが、その心は葛藤で激しく揺れていた。ミラの見た目が彼にとって完全にど真ん中であったからだ。しかしその本性は召喚無限地獄なる戦法で、起死回生の一撃を持たない盾役をじわりじわりと弄り続ける鬼畜な召喚術士(経験からくるノインの印象)である。
かつてダンブルフとの戦いでトラウマめいたものを味わったノインは、その時の事を思い出し引き攣った笑みを浮かべる。だが、そんな過去はどうあれ、その容姿は目を惹いて止まず、ノインは葛藤を余儀なくされていた。
(これはまた、面白そうじゃのぅ……)
性を求めるルミナリアとは違い、母性や優しさを求めるタイプの女好きであるノイン。加えて、そこにギャップがあるほど嵌る傾向にあった。猫を可愛がる不良娘だとか、普段はそっけないのに病気の時は優しいとかいった女性だ。
そんな彼が見せた戸惑いをミラは見逃さなかった。そして同時に思う。この反応は、いいオモチャになりそうであると。
「さて、ノイン君。今日までご苦労様でした。昨日話した通り、このままじぃじに護衛を代わってもらうから、ノイン君は明日から次の作戦にって事でいいかな?」
巫女が男性恐怖症になってからも、こうして出来るだけ近くで護衛していたノイン。その任を解く旨をアルマが告げると、彼は少し複雑そうな目でミラをみやる。
「わかりました……が、代わりがあの召喚爺とか、なんか納得が……」
巫女が男性恐怖症になる前は、同じ部屋で護衛出来ていた。そして護衛をするならば、当然そのくらい近い距離が良い。ゆえに、こうして入口で護衛するくらいしか出来ないノインよりも部屋に入れるミラの方が護衛として優秀といえた。加えてその実力も同列であるため、仲間の誰もがその選択を正解とするだろう。
だが長く護衛をしてきたノインは、どこか腑に落ちないと顔を顰める。確かにミラは申し分ないくらいの美少女だが、生粋ではない。ノインにしてみれば、護衛が男から小憎らしい男に代わるだけの状況だ。にもかかわらず、ミラはノインと違い部屋の中で護衛が出来る。早い話、その点がずるいと彼は感じていた。
「何を言うておる。この場において、わし以上の適任はおらんじゃろう? じゃから後はわしに任せるとよい!」
そんなノインの心情を知ってか知らずか……ほぼ気付いていながら、ミラはにやりと笑ってみせる。
対してノインは眉間に皺を寄せ、「こいつ……」とミラを睨む。だが次の瞬間、歩み寄ったミラがその肩にぽんと手をのせて「ご苦労じゃったな」と優しく微笑んだところ、その剣呑な顔はどこへやら。
ノインは、とろけたように笑み「うん」と答えた。心ではわかっていても、そこに母性を感じてしまったようだ。それはもう素直な返事であった。
「ノイン君ってば……」
その様子を前に呆れ顔なアルマ。そしてミラもまた「覿面じゃな……」と、ノインの思った以上な篭絡っぷりにむしろ困惑気味だ。
ただ次の瞬間、彼は思わず反応してしまった自身の所業に気付く。
「ああ! なんでだー!」
頭を抱えて悶絶するノインは、「見た目だけ見た目だけ」と呪文のように呟きながら、テーブルのティーカップを手に取る。そして平静を取り戻すべく、ハーブティーを一気に呷る。
「ふぅ……」
すっきりとしたハーブの香りが頭をスッキリとさせたのか、ノインは少し落ち着いたとばかりにソファーに腰を下ろした。
そんな彼にそっと近づく、一つの影。
「ほれ、もう一杯どうじゃ?」
「ああ、ありがとう」
優しくも陰湿な笑みを浮かべティーポットを傾けるミラと、どこか反射的にティーカップを差し出すノイン。彼は思う、こんな美少女が優しくお茶を注いでくれるなんて幸せだと。
「いや、だから違うだろ!」
ミラが余りにもドストライク過ぎて流されそうになる気持ちを、ノインはギリギリのところで踏み止めた。しかし頭ではなく本能が母性を求めてしまうため、身体に大きな負担がかかる。
結果ノインは、ミラが注いだハーブティを飲み干した後、疲れ切った顔でソファーに突っ伏した。
「じぃじ……そのへんにしてあげて。そんなでもうちの最高戦力だから……」
今回は特に反応が酷い。余程、ミラの見た目が好みのタイプだったのだろうと察したアルマは、苦笑しながらミラの肩を掴んで引き離す。
「ふむ……仕方がないのぅ」
ノインにとっては召喚無限地獄のダンブルフが極悪であったが、実はミラにとっても似たようなものであった。守りが余りにも堅牢過ぎて、時間を稼ぐ以上には打つ手がなかったからである。
だからこその仕返しだったがアルマのストップがかかったため、ここまでのようだ。
「おっと、これは返しておかねばな」
引き離されてしまったところで、ティーポットを持ったまま。ミラはそれを戻すために近づきテーブルに置いたところで、そっとノインに目をやる。
すると、バッチリ目が合った。頭ではわかっているが目で追ってしまうようだ。ノインはぐったりしながらも、ミラの事を見ていた。
ミラは、そんな彼にぱちりとウィンクしてみせた。今の姿になってしまった事は不本意だが、からかうのに役立つならば全力で活用する。それがミラのやり方だ。
すると反応は劇的であり、ノインの表情が瞬く間に蕩けてゆく。しかし瞬間で後悔に苛まれたのか、今一度頭を抱えて唸り始めた。
「もう、だからじぃじ……!」
アルマ側からミラのウィンクは見えなかったが、ノインの反応からして何かをした事はわかったのだろう。呆れ顔でミラを後ろから抱き上げ、「ほら、こっち!」と、強制的に奥の方へ連行していく。
なおミラはアルマの腕の中で、してやったりとばかりに笑うのだった。
そうしてノインが護っていた部屋の突き当りに、その普通ではない扉は佇んでいた。
「これまた、とんでもない扉じゃのぅ」
「今は、私よりも重要人物だからね」
怪物でも封印しているのかというほどに術式が張り巡らされた扉。その前に立ちミラがどことなく呆れたように言えば、アルマは申し訳なさそうに返した。
巫女のイリスは、大陸最大級の悪の組織である『イラ・ムエルテ』に狙われている。よって現時点において、彼女はニルヴァーナの女王よりも大きな影響力を持っているわけだ。警戒の厳重な城内であっても油断は出来ないのである。
なお、この扉は銀の連塔の協力によって実現した特別なものだそうだ。十二使徒クラスが数人揃わなければ破れないほどに強固な結界で護られているという。
「ほぅ、それは凄いのぅ!」
銀の連塔云々よりも、十二使徒数人と聞いて俄然興味を顔に浮かべたミラ。すると直後にアルマの忠告が飛ぶ。
「先に言っておくけど、試すのは無しだからね? いい? わかった?」
その実に念入りな確認具合に、ミラは視線を泳がせる。
「わ……わかっておるわかっておる。するはずないじゃろう」
本当に、そこまで強固なのだろうか。自分が一人で破ったとしたら、すなわち召喚術が最強なのではないか。むしろいざという時も想定して、大丈夫なのかどうか試してみるべきではないか。
形あるものは全て壊れる定めだ。などと考えていたミラは、先に釘を刺された事で慌てて返す。そんな事、毛ほども思っていなかったぞと。
そして返すと同時、残念そうに心の中でため息を吐いた。
そんなやりとりをした後にアルマが取り出したのは、大きな鍵だった。扉には、いったいどれだけの術式が組み込まれているのか。対応する鍵はごてごてとして物々しくなっており、儀式用の短剣にも見えるものだった。
アルマがその鍵を扉の鍵穴に差し込むと、視覚化するほどに活性化していた術式が消えて扉が開く。だが、それを抜けた先にあった小さな部屋で、ミラはもう一つの扉と対面した。
これまたものものしい扉であり余程厳重な作りのようだ。そこには鍵穴が二つもあった。
なんと巫女の部屋は、ただでさえ鉄壁な扉を二重にして護られていたのだ。
「なんとも厳重じゃのぅ」
「それはもう、何かあってからじゃ遅いからね。イリスの事は全力で護るって決めてるから」
そう自信満々に言い切ったアルマは、先程とは別の鍵……というより腰に下げていた短杖を手に取った。そして十字を切るように振ってから、トントンと杖の先端で扉を叩く。
すると、正面の扉の術式が消えたではないか。
「おお? 鍵を使わないのじゃな」
一つ目の扉と違い、鍵を使わずに杖を振っただけで開いた二つ目の扉。その様子にミラが驚いたところ、アルマは「凄いでしょ」と笑いながら、その仕組みを教えてくれた。
何でも、この二つ目の扉の鍵穴は罠だという。そこに何かをしようとしたら最後、この部屋は完全に封鎖されるとの事だ。開ける方法は、アルマが持つ杖を決められた手順で振るか、巫女の部屋側から解除するかのどちらかだという。
「凝った仕掛けじゃのぅ」
たとえ賊が侵入し、うまい事一つ目の扉を開錠出来ても、この仕組みを知らずに鍵穴を弄ればその時点で終了というわけだ。なかなかに狡猾な初見殺しであると、ミラはその防犯性に感心する。
そうして開いた扉を抜けた先には、短めの廊下があった。これもまた防犯の仕掛けが施されており、誰かがここを通るとわかるようになっているようだ。
「ほぅ、さっぱり気付かんかった」
見た限り、それはただの廊下にしか見えず、仕掛けらしき部分は一切わからない。
「そうでしょそうでしょ。でも、ほら、これ見て」
だが、それはきっちりと作動しているようで、アルマは先程の短杖を見せつけるように差し出してきた。
見ると、短杖の先端に『2』と浮かんでいる。それは、この廊下にいる人数を表しているそうだ。誰かがここに入った場合、この短杖とイリスの持つブレスレットに、このようにして通達される仕組みになっているとの事だ。
(わし、必要なのじゃろうか……)
ミラは徹底された防犯ぶりに、ふとそんな疑問を抱いた。今後の予定にある闘技大会の観覧の際には必要だが、この場にいる限りは安全安心だろうと。
と、ミラがそのような事を思っている間にも歩は進み、いよいよ廊下を抜けて巫女の部屋に到着する。そして直後にミラは、そこに広がった光景を前に目を見開いた。
「これはまた……巫女とは、とんでもない部屋に住んでおるのじゃな」
そこは当然、城内であるはずだった。だが目の前には色彩豊かな緑が広がり、小川のせせらぎすら聞こえてきた。
いったい、何をどうしたらこのような造りの部屋になるのか。更に見上げると青空まで広がっているではないか。
「まあ状況からして、外出とかほとんど出来なくなっちゃうじゃない? だから出来る限りの事をって思ったら、こうなってた」
少しだけ悲しそうにしながらも、アルマは凄い技術力だろうとばかりに開き直ってみせた。
大陸最大とも称される悪の組織と戦っているニルヴァーナ。その中でも、相手の柱の一本である最高幹部の一人を完封している巫女の働きは別格といっても過言ではない。
だがそれだけに、最優先で命を狙われるのは当然。ミラが取り押さえたヨーグ達暗殺者も、そもそもが巫女一人を狙って送り込まれた刺客だった。そして街には送り込まれてきた連中が、まだまだ潜伏しているかもしれない。
ゆえに今、巫女は気軽に外出が出来ない状態にあるわけだ。
「しかしまた、面白い空じゃな。専用の術具でも作ったか?」
ミラは改めて城内に広がる青空を見上げながら、そう呟く。見た目は完全に青空であるが、ミラはそれが結界系の術によって作られた幻影であると見抜いていた。
「うん、正解」
そう頷いたアルマは、更に続ける。この幻影は、夕暮れや夜まで再現出来るとっておきであると。
彼女の話によると、少しでも閉塞感を軽減するために開発された術具であるそうだ。ただ、イリスのために作ったが、思った以上に関係者からの評判が良かったため、今は商品化を目指しての開発が続いているという。
また他にも、室内で植物を生育するための照明や水の浄化循環機構など、巫女の部屋を快適にするために考えられたあれこれも、技術者達から脚光を浴びているらしい。
ここには、魔導技術の粋が集まっている。ゆえに巫女の部屋は、一部の関係者に『第一試験場』などと呼ばれているそうだ。
「なんとも納得な呼び方じゃな」
一見するとただの庭だが、城内で野外と変わらぬ庭を維持するのは簡単ではない。ここには巫女に対する思いやりと共に、ニルヴァーナの技術力も詰まっていた。
これは面白いと、気付けば庭を見回り始めるミラ。そしてアルマは、「気づいた事があったら、じゃんじゃん言ってね」と、その後に続く。術具なども含め、術関係については銀の連塔以上の研究機関はない。いわば現況は、その塔のトップの一人が視察しているようなものだ。
これはチャンスとばかりに、その知識の享受を狙うアルマ。
「ふむ、ここはちょいと無駄が多いのぅ」
ミラは、そんな彼女の期待に応えるように……否、ちょっと得意げな様子で気になる箇所を指摘していった。
最近、お味噌汁を飲むようにしようと思い立ち、折角なのでと高級なものを買い始めました。
それは、フリーズドライのお味噌汁です!!
そこらのレトルト系お味噌汁とは格が違う、あれです!
種類も豊富なので、その日の気分で色々な味を楽しめるのがいいですね。
しかもフリーズドライなので、お湯をかけるだけで完成というお手軽さ!
素晴らしい時代になったものです……。
これは冒険者生活にも、大いに役立ちそうですね!




