327 癒しの時間
三百二十七
全員で席を囲み、楽しい夕飯の時間は過ぎていった。そして次は入浴の時間だ。ヘンリー達は食後の日課だと、訓練場へ。食後であろうとも直ぐに動けなくては、騎士としての役目を果たせないという事らしい。
そして、メイリンはというと。
「私は、昨日入ったから大丈夫ヨ。問題ないネ」
「いえいえ、昨日は昨日でございますよ」
ヴァネッサとそのような攻防を繰り広げていた。
メイリンは風呂嫌いであるのだ。だがヴァネッサは、それを見逃さない。今日はいつもの訓練に加え、ミラとの激しい戦いを繰り広げていた。そのまま風呂に入らないなんて、とんでもないと、客人をそのような状態のままでいさせる事は出来ないと迫る。
「明日は入るネ。それなら大丈夫ヨー」
メイリンが、そんな心にもない言葉を口にしながら逃げ出そうとした時だ。ホーリーナイトの塔盾が出入口を塞いだのである。
突然の障害物の登場に驚き、急制動をかけるメイリン。だが、その一瞬が命取りだった。そこへヴァネッサが飛びかかり、更に他のメイド達も今だとばかりにメイリンを拘束したのである。
「酷いネ、裏切り者ネー!」
そんな恨み言を残しながら、メイリンはメイド達の手によって大浴場へと連行されていった。ミラはそれを見送りながら、何の事かと白を切る。だがここで、思わぬ事態がミラにふりかかる。
「ご助力ありがとうございますミラ様。それでは、ご一緒に参りましょう」
そう、ヴァネッサが一緒の入浴を促してきたのだ。
その瞬間、ミラは硬直した。普段ならば、これ幸いとばかりにメイドと大浴場へと赴いていた事だろう。だが今回は、一つだけ問題があった。
メイリンである。ミラの正体を知る彼女は、それでいてミラが一緒に入る事に対して何とも思わないだろう。混浴だろうと気にしない、そういう性格である。
ならば何が問題かというと、気にしないからこその口の軽さだ。
いつ、どんなタイミングで、その口からメイド達と当たり前に風呂に入っていた事を吹聴されるとも知れないのである。その際にカグラなどがいたりしたら、それはもう汚物に向けるかのような視線に晒されるのは確実といえた。
「いや、わしは……」
そんな心配など、もはや今更である。しかし、かつての威厳に縋りつくミラは、そこで躊躇いをみせた。その直後、ヴァネッサの目の色が変わる。
「もしや、ミラ様も、ご入浴がお嫌いなどと……」
客人を誠心誠意もてなすメイドとして、汚れたままではいさせない。そんな気迫を滲ませるヴァネッサに、ミラは必死に首を横にふって答えた。「いやいや、わしは風呂好きじゃよ!」と。そして更に、
「ほれ、あれじゃよ。庭の様子が、ちと気になってのぅ。少々強引に整えたじゃろ? じゃからちょいと確かめにいこうと思っていたところでな。その際に土いじりをするかもしれぬので、わしは後でもよいと、そう言おうと思ったわけじゃよ」
即興で思い付いたそれらしい言い訳を早口で並べていく。するとどうだ。その中にあった庭という言葉が功を奏したようで、ヴァネッサの様子が緩和する。
「それでしたら、私もご一緒します!」
というより、功を奏し過ぎたようだ。庭の責任者という自負のある彼女は、途端にやる気を漲らせた。
「いや、そこはほれ……アレじゃよ。秘密の召喚術を使うかもしれぬのでな……」
術士だけに限らず、特別な技術を秘匿している者は多い。このアダムス家にも、そういった技はある。ゆえに、口から出まかせながらも、それなりの説得力は発揮されたらしい。ヴァネッサは、それ以上食い下がってくる事はなかった。
「そうでしたか……わかりました」
少し残念そうに答えた後、ヴァネッサは大浴場に向かっていった。
それを見送ったミラは安堵のため息を漏らしつつ、言った手前という事もあり、一先ず庭に向かった。
(んーむ、あの場面では、攻めていた方がよかったかもしれんのぅ)
アダムス家の屋敷の庭にて、ミラは一応口にした通り、ざっと草木の状態を確認した。そしてその後は、メイリン戦の一人反省会だ。召喚術の使用タイミング、攻めと守りの切り替え、手札選択の成否など、より有利に戦況を運べた可能性を追求するため、その時の流れを思い返していく。
流石はメイリンというべきか、昼の戦いは実に有意義であった。幾つもの新術、新技の利点と欠点が洗い出せた。ミラはそれらを踏まえ、次の試合での戦略を組み立て、手札を練り、まだまだある試してみたい術を多数そこへ加えていく。
と、そうして考え込みながら庭を適当に歩き回っていた時だ。
「ミラお姉ちゃーん」
「一緒にお風呂入ろー」
そんな事を言いながら、訓練場の窓より庭に飛び出してきた四人の影。食後の訓練中より庭にいたミラの姿を確認していた子供達が、ミラの風呂はまだだと踏んで、ここぞとばかりに誘いに来たのだ。
「これこれ、引っ張るでない。わかったわかった」
両腕に抱きつかれ、そのままシンシアとローズマリーにぐいぐいと引っ張られていくミラ。更にライアンにファビアンは、お風呂で冒険のお話を聞かせてと、それはもう輝きに満ちた少年の顔をしていた。
ヘンリーと両親は申し訳なさそうにしながらも、弟妹を、息子と娘をよろしくお願いしますとばかりな表情で小さく頭を下げる。ミラにとって、もう選択肢はなかった。
既に上がった後のようで、大浴場にメイリンとメイド達の姿はなかった。子供達の面倒をみるためならば言い訳も立つなどと考えていたミラは、少し残念がりながら大浴場に踏み入れる。そして次の瞬間、温泉旅館を彷彿とさせる見事な造りを前にして、「これはよいのぅ!」と気分を高揚させた。
貴族の屋敷だけあって、実に風情のある大浴場だ。そう感心していたところで、騒がしい子供達の声が響く。素晴らしい風呂だが、落ち着いては入れなさそうだ。
(何やら最近、よく子供の世話をしている気がするのぅ……)
などと思い返しながらも、しっかりと世話をする。そうして一段落した頃、ミラは三男のファビアンにせがまれるまま、これまで立ち寄った事のある場所やダンジョンの話を聞かせていた。祈り子の森や天空廃都、天秤の城塞に古代地下都市などの他、興が乗ったミラは、ダンブルフ時代に巡ったダンジョンでの冒険についても大いに語った。
「いいないいな! 僕も冒険者になったらミラお姉ちゃんみたいにダンジョンをいっぱい攻略する!」
数多くの冒険譚に感化されたのか、ファビアンは興奮気味に夢を語る。誰もが知るような、一流の冒険者になり、伝説の宝を手に入れる。そして飛空船を買い、更に沢山の場所を冒険したいと、それはもう夢に溢れていた。
「そうかそうか。ならばまずは強くなるのが一番じゃ。それも仲間だけでなく、自分も護れるくらいにのぅ」
子供が秘める可能性は無限大である。ミラは、ファビアンの頭をくしゃりと撫でる。するとファビアンは、「うん、いっぱい強くなる!」と、真っ直ぐな笑顔で答えてみせた。それは自身の望む未来を信じて疑っていない、実に力強い言葉だった。
と、その隣で何やら考え込んだ様子のライアン。『やっぱり強い男の方がいいのかな』などと深刻そうな表情で考え込む少年の目は、ミラに真っすぐ向けられていた。
「あのあの、ミラお姉様は、キメラクローゼンとの戦いでも活躍したんですよね? それでは……もしかしてジャックグレイブ様にもお会いしたのでしょうか!?」
ミラの冒険話が一段落したところで、ふとそんな質問をしてきたのは長女のシンシアだった。まだまだ幼い少女であるが、その顔には溢れんばかりの憧れが浮かんでいた。
しかし、それはミラに向けられたものではない。彼女が口にしたジャックグレイブに対してであり、誰もがそうだと簡単に気付けるほど、シンシアの表情は乙女のそれだった。
「ふむ……おお、そうじゃな。会った事はあるぞ」
ジャックグレイブとは、いったい誰の事だったか。どうにも覚えていないミラは、それでいて知っている風を装う。シンシアの話し方からして、あの戦いに参加していた冒険者であるのは間違いないと予想出来たからだ。そして、その様子からして相当な有名人である事も窺える。
それらを踏まえて、ミラは当時の記憶を辿った。有名な人物に誰がいたか。真っ先に思い出したのは、セクシーなお姉さんであるエレオノーラの事だ。実に魅惑的だったと、今でも鮮明に残っている。
と、そんな当時の事を思い返したところで記憶が繋がった。そういえば、そのエレオノーラの前に紹介されていた人物が、確かジャックグレイブとかいう名前であったと。
思い出せれば、もう怖いものはない。ミラは「飛空船で凱旋した時、一緒に乗っておったのぅ」と、得意げに続けた。
「凄いです凄いです、ミラお姉様! あのジャックグレイブ様とお会い出来たなんて! しかも飛空船で……! 凄く羨ましいです!」
微妙に忘れていた事には気付かれていないようだ。それどころかシンシアは、ミラの返答でますます興奮し始めた。
「お近くで拝見されたジャックグレイブ様は如何でしたか!? やっぱりとっても勇ましくカッコイイお方でしたか!?」
随分とジャックグレイブにお熱らしい。シンシアは更に迫るようにして、キラキラとした眼差しをミラに注ぐ。
対してミラは、どうしたものかと心の中で困惑していた。そこまではっきりと顔を覚えていなかったからだ。加えて、ミラにとっての勇ましくカッコイイ男というのは、以前の自分であったり、現在はアルカイト王国で指南役を務めるアーロンであったりと、渋く老練なダンディズムを秘めたタイプの事を指す。
対して僅かに残るジャックグレイブの印象は、強くて顔も良く、はにかむ笑顔は少年のような愛嬌があったというもの。そして湧き上がるほどの黄色い声援だ。
つまり、ミラが理想とする基準で見れば、まだまだ若過ぎた。若干、というかそれなりに嫉妬が混ざってはいるが、勇ましくカッコイイという域には達していないという評価だ。
「ふむ、そうじゃな。勇ましくカッコよかったぞ。実に輝いておったのぅ」
だがミラはジャックグレイブについて、そう答えた。ミラはわかっていたのだ。この場面で必要なのは己の価値観ではなく、シンシアが持つ基準であり、望まれた答えこそが必要なのだと。
「ミラお姉様もそう思われましたか! ですよね、素敵ですよね、一刀竜断のジャックグレイブ様!」
シンシアは、まるで同志を得たとばかりに盛り上がり、「私もいつか、ジャックグレイブ様のギルドの一員になるの」などと夢を広げ始めた。
暫く帰ってくる気配はなさそうだ。すると、その隣で次女のローズマリーがぽつりとつぶやく。「私は、セロ様」と。そして恥ずかしそうに俯いた。
ミラは、そんなささやかな主張を聞き逃さなかった。
「ほぅ、セロが好きか。あ奴は、実に立派な男じゃからな。なかなか見る目があるのぅ」
声の大きな子供もいれば、声の小さな子供もいる。ここ最近、幾度と面倒を見てきたミラは、そんな引っ込み思案で小さな主張しか出来ない子の声を汲み取れるようになっていた。しかも今回はよく知っている名前という事もあり、ミラは饒舌に返す。
エカルラートカリヨンというギルドの長であり、稀に見るお人よし。そして実力はトップクラス。しかも、仲間達にも恵まれており、素晴らしい人格者(フリッカを除く)ばかりが集うギルドを束ねる、素晴らしい人物だと。
「うん、セロ様、凄い」
俯き加減のローズマリーだったが、ミラがセロを称賛したところ、まるで自分が褒められたかのようにはにかんだ。そして、話のわかる相手に出会えて嬉しかったのだろう、控え目ながらも次から次へと言葉を紡ぎ出す。
こういうところが好きだとか、こんな逸話が好きだとか、シンシアのジャックグレイブ熱にも負けず劣らずなセロ好きっぷりだった。
「ミラお姉ちゃん、あのキメラクローゼンの時にもセロ様がいたの。でも、全然お話がわからないの。セロ様の事、知ってる?」
一通り熱を吐き出した後、ローズマリーはそんな質問を投げかけてきた。彼女が口にした話がわからないとはつまり、キメラクローゼンとの決戦の時に、セロはどこで何をしていたのかわからないという意味だろう。
今現在、キメラクローゼンとの決戦の模様などは、参戦者達の口からそれなりに広がっていた。ジャックグレイブやエレオノーラの活躍の他、同時進行していた多くの作戦に就いていた冒険者達の武勇伝だ。
しかし、そういった話の中に、参加していたはずのセロの情報はなかった。
その理由は一つ。彼はミラ達と行動を共にしていたからだ。敵幹部達との頂上決戦を知る者は、ミラとカグラ、そしてセロしかおらず、戦況の流れまで知る者は当人のみな状況である。
カグラは秘密裏に動いており、セロはそういった事をわざわざ語るタイプではない。となれば、当時の話が一切わからないのも無理はないというものだ。
「うむ、知っておるぞ。何を隠そう、共に行動しておったからのぅ!」
ミラがそう答えると、ローズマリーの表情がキラキラと期待で咲き誇った。
幹部達との戦いについての情報は、まったく出回っていない。だがそれは秘密にしているわけではなく、三人ともがいちいち話をしなかったからだ。しかしここで遂に、その話の一端が当事者であるミラの口から語られる事となった。これまで話す機会はなかったが、夢見る少女の願いに応えるために。
「──と、そうして敵の幹部を引き受けてくれてのぅ。わしらは残る幹部どもをすぐさま追いかける事が出来たわけじゃな」
キメラクローゼンとの決戦時について、その本拠地に攻め入った時の事を語っていくミラ。内容は佳境の対幹部戦にまで進む。ただその先は個人戦であったため、セロがどういった戦いを繰り広げたのかまでは不明。よってミラはそこから先は自分の戦いを語り、召喚術の素晴らしさをしっかりと教え込んだ。そして最後は共にペガサスに乗り、仲間達のいる拠点に帰還したと話を締め括る。
「凄い! 強い!」
「ああ……ミラお姉様がジャックグレイブ様と行動を共にされていたら、もっと詳しいお話が……」
ファビアンは単純に興奮し、シンシアは伝え聞いた話でなく、その場で見ていた者から詳細なジャックグレイブ武勇伝を聞きたくなったと羨んだ。そして、ローズマリーはというと。
「ペガサスさんでセロ様と……。そんな手が……!」
何やら、そこに一つの可能性を見出したようだ。どうすればお近づきになれるか、どうすればお役に立てるか、そしてあわよくば……という可能性だ。中々にしたたかである。
なお、そんなローズマリーだが、ミラとセロが急接近していた事については、余り気にしていない様子だった。
彼女はミラの口調から、そこが発展する事はないと察したようだ。乙女の勘というものであろう。
そんな中、それをまったく察する事の出来ないライアンは、じっと黙ったまま焦燥を胸に募らせていた。
ミラが勇ましくてカッコいいと言った男、ジャックグレイブ。更に立派な男と言った、セロ。竜を倒せるくらい強く、そして巨大なギルドの頂点に立つほどの実力と人望とカリスマがなければ、男として見てもらえないのではないかと。
ミラがファビアンにせがまれて古代地下都市での冒険話をしている中、ライアンはそんな事を思いながら、もっと頑張らなくてはと心に誓うのだった。
最近、掃除道具などをしょっちゅう買っております。
新居がぴっかぴかなのもあり、それを維持しようとこれまでになく拘っております。
これまで住んでいた場所は……もう諦めみたいなのもあってアレでしたもので、いざしっかり掃除しようとしても、慣れないので何をどうしたものなのかと四苦八苦中です。
特にキッチンの排水溝!!
アルミホイルボールを入れておくといいとテレビでみましたが、はたして効果は出ているのか……。
ぬめぬめになってきております。
どうやって掃除したものか……。




