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324 続・ミラ対メイリン

三百二十四



 ヘンリーの屋敷の庭は、広々とした芝生に覆われていた。この庭もまた訓練に使っているのだろう、ところどころに木人などが置かれている。

 ただ、それでいて庭を囲う植え込みや一部の場所は、良く手入れがされているようだ。訓練場の延長でありながら、四季を楽しめる庭としての顔も持ち合わせていた。

 とはいえ、そんな庭の景観よりも実験や修行に夢中な二人は、外に出たという事で更に白熱し始める。


「早速、いくネ!」


 向かい合ってから僅かの後、メイリンは意気揚々とした表情で一歩を踏み込んだ。

 瞬間、《縮地》を起点とした連携技を警戒して構えたミラ。壁や天井がなくなった分だけ選択肢は狭まったが、かといってメイリンのそれは一切の油断も許されない熟練の技だ。何千何万と近くで見てきたミラだからこそ、後手後手に回らず対応出来ている状況といえた。

 ただ、だからこそ、対応出来るという技術があったからこそ、その事に集中し過ぎてしまう。踏み出されたメイリンの一歩。それは《縮地》だけでなく、別の選択肢にも繋がる動作であったのだ。

 ほんの小さな間、微かな違和感。ミラが気付いたのは、それが下から顔を出す直前だった。


「なん──っ!?」


 思わず声を上げた直後、激しい衝撃音と共にミラは空高く打ち上げられていた。その正体は、強烈な衝撃波。踏み込んだメイリンの足を起点として地を這うように進み、ミラの足元で炸裂したのだ。

 それはメイリンが独自に開発した新しい術。だからこそミラは、その可能性に気付くのが遅れたわけである。


(このような二択も用意しておったか……!)


 一瞬で相手の懐に飛び込めるという強力な仙術士の技である《縮地》。とはいえそこには、起点となる一歩の予備動作が必要だった。熟練者ほど、これを流れるように行い、また見抜く。

 当然メイリンのそれは、達人ともいえるほどに卓越していた。それでいて、その一歩に別の選択肢が含まれているというのだから、厄介な事この上なしというものだ。

 あっという間に地上十メートルほどまで飛ばされたミラは、どうにか《空闊歩》で体勢を整える。と、その途中。苦難はそれだけで終わるはずもなかった。

 マナの放出を感知したミラは、ほぼ反射的に召喚術士の技能《退避の導き》を行使して、訓練場に置きっぱなしのホーリーロード達を手前に呼び戻す。

 その直後、先程の数倍はあるだろうという衝撃音が響き渡った。

 宙を舞ったミラを狙い放たれた、メイリンの《練衝》である。それが両者の間を遮るように現れたホーリーロード達に炸裂したのだ。

 しかも、ほぼ加減のない一撃であり、盾となったホーリーロードが二体ばかりまとめて砕け散った。


「おっかないのぅ……」


 流石の威力に、ひやりとするミラ。だが、追撃はそれだけで終わらなかった。ミラは更なるマナの高まりを感知し、「ぬおおお!?」と慌てて宙を蹴り飛び退く。

 対してそのような機動力を持ち合わせていないホーリーロードは、重力に引かれるままバラバラと落ちていく。その数、二十体と少々。けれど、それらが地上に降り立つ事はなかった。


【秘伝仙術・地:朧蒼月】


 寸前、先程よりも更に威力を増した一撃が地上から空高くへと突き抜けていったのだ。

 強烈な衝撃と、巻き起こる暴風。地面は抉れ、全ての窓が鳴り、そして空に浮かんだ雲にはっきりとした穴が穿たれた。

 天まで貫くメイリンの一撃。その直撃を受けたホーリーロード達は、あっという間に目で見えぬほど高くへと吹き飛ばされていた。そして、そのまま雲と共に散っていった。


(相変わらずの威力じゃな……)


 奥義クラスの術を連続技に組み込んで来るメイリンにゾッとしながら、ミラはひらりと屋敷の屋根に着地する。そして更なる追撃を警戒し、メイリンの姿を確認した。

 メイリンは、その場からほとんど動いていなかった。それどころか追撃してくる気配はなく、ただ何かを期待した目で、こちらを見上げている。

 その目に、ミラは見覚えがあった。次はそっちの番だという目であると。大技を見せたのだから、そっちも大技でこいというのが彼女の要望であるわけだ。


(こういうところも相変わらずじゃのぅ)


 向かって来る様子は一切なく、ただ何をしてくるのかとワクワクした顔で構え続けるメイリン。それを前にしたミラは、ならば丁度いいと笑みを浮かべた。

 宙に飛ばされた際、既に仕込みは完了している。後は、それを起点として召喚術を発動すればいいだけだ。


「次は、こちらの番じゃな!」


 ミラがそう言うと、メイリンはぱっと表情を輝かせる。そして「受けて立つネ!」とはつらつとした声で答えた。


「では、ゆくぞ!」


 ミラは、さあ実験だとばかりに召喚術を発動した。すると一瞬で、頭上を覆い尽くすほどに無数の魔法陣が浮かび上がった。しかも二重に連なった、これまでにない魔法陣である。

 そこから現れたのは、得物を手にしたダークナイトの腕。それが無数に出現して空を覆い、次の瞬間、その得物を地上に向けて投擲した。

 それは、前に古代地下都市でスカルドラゴンを相手に試した召喚術だった。しかし今回のそれは、その時のとは違う。そこから更に改良を加えた完成版である。

 一斉ではなく、僅かにタイミングをずらしての継続した投擲。しかも的確に標的を狙い、また動きに先んじて予測投擲まで行う進化ぶりだ。更には剣に槍、斧と降り注がせながら、他より出現時間の長い腕が、弓矢を次々と射かけていく完成度である。


「これはとんでもないヨー!」


 空から降り注ぐ凶器の雨。かのメイリンも、これには相当に度肝を抜かれたようだ。ワクワクドキドキといった様子から一変、慌てふためいたように庭中を駆け回り、容赦なく飛来する凶器を躱していった。


「でも、負けないネ!」


 このまま逃げるだけでは終われないと立ち止まったメイリンは、降り注ぐ凶器の雨を前に構え直す。そして静かに、両腕を交差させた。


「ぬ……あれをするつもりじゃな」


 その動きを確認したミラは、ならばと残り全てのタイミングを合わせてメイリンに狙いを定める。待機状態だった全ての魔法陣を起動して、一斉に武器と矢を放った。それはAランクの魔物ですら容易く屠れる威力を秘めた一斉掃射だった。

 対してメイリンは構えたまま動かず、殺到する凶器の雨を見据えている。

 刹那の後、数多の剣や戦斧に槍、そして矢が容赦なくメイリンに降り注ぎ直撃していった。その威力は確かなもので、鈍くも激しい着弾音が響き渡る。


「して、どうじゃった。最近のとっておきだったのじゃがな」


 全ての武器は、数秒して消えていった。するとそれらに埋め尽くされていたところにいたメイリンが、満足そうな笑みを浮かべながら顔を上げる。


「今のはまずまずの強さだったヨ! びっくりしたネ」


 交差させた腕を下ろしたメイリンには、傷一つなかった。あれだけの攻撃を受けてなお、無傷で耐え抜いたのだ。そしてその理由は、仙術士の技能にある。

 メイリンが使ったのは《仙道剛法・岳》というものだった。

 それは一定時間、《縮地》や《空闊歩》といった仙道歩法と、仙術・天──遠隔系仙術を犠牲にする代わりに鋼のような頑丈さを得る技。また、仙術・地──近接系仙術を強化する効果もあった。

 メイリンは【仙術・地:甲武】という防御強化の仙術も併用し、一斉投擲を無傷で耐えきったわけだ。

 そんなメイリンは嬉しそうに答えたところで「他のとっておきも見せてほしいヨ」と続ける。


「ふむ、そうか。それはよかった。ならば、また応えてみるとしようかのぅ!」


 メイリンが、まずまずの強さと言ったなら、それは上級でも十分に通用するレベルであるととって間違いはない。

 部分召喚のみで構成された今の技は、その派手さの割りにマナ消費が少なくて済む。百本の投擲でダークナイト十体分となり、それはミラのマナ総量の三%程度だ。それだけの効率でメイリンのお墨付きが得られるならば、実験は大成功といっていいだろう。

 その事に気を良くしたミラは更に張り切って、屋根上から庭に下り、メイリンの正面にまで駆け寄った。


「下りてきてよかったネ? 今の私は、近い方がすっごく強いヨ」


 忠告、というよりは確認するように言うメイリン。その言葉通り《仙道剛法・岳》の効果が継続中の今、近接戦においてメイリンの戦闘力は、これまで以上のものとなっている。

 対して遠距離の対応力は弱体中だ。距離を容易に詰められる《縮地》などの仙道歩法が使えない他、仙術・天も封じられているため、遠距離から仕掛けた方が有利に戦えるというもの。

 しかしミラは、そんな有利を捨てて近接戦の距離にまで歩み寄った。そして言う。「うむ、だからこそじゃよ」と。

 近接特化になっている今だからこそ、試してみるには丁度いい。今のメイリンに通用するならば、上級魔獣クラスにだって通用する。そう考えたミラは、早速とばかりに更なる術を発動した。


「これが次のとっておきじゃ。ゆくぞ!」


 発動と同時、ミラは光に包まれる。メイリンはというと、何がどうなるのか楽しみといった顔で、その様子を見守っていた。

 渦巻くマナが形を変えて、ミラの全身を包み込んでいく。そして、武装召喚に秘められた更なる力を呼び覚ました。

 ホーリーナイトフレームにダークナイトフレームの力が重なった事で、それは灰騎士の力を宿すフレームへと進化する。だが、それだけでは終わらない。ミラが新たに開発した術は、その更に先をいったものだった。

 ミラは研究により、理論上は灰騎士に近い武装召喚までならば他の術者でも可能であるという道を見つけた。ゆえに、それを基礎として次のステージへと進む事こそ術士個人の個性だとして、この術を構築した。

 灰騎士のフレームに、聖剣サンクティアの力を繋ぎ合わせた、ミラだけが持つ新たな召喚術。


【武装召喚・換装:セイクリッドフレーム】


 光の中から現れたミラが纏うのは、神々しい輝きを放つ鎧だった。スカート状に広がった腰回り。ティアラのような兜。胸当ての面積は最小限で、動き易さが重視された形状となっている。

 今のミラは、一見するならこれまでと同じように、ヴァルキリー姉妹達を思わせる鎧姿に近い。しかし今のそれは、これまでとは明らかに違う絢爛さも兼ね備えていた。いわば、ドレスのような鎧であり、さながらヴァルハラの女王とでもいった様相だった。

 更に極めつけは、背後に浮かぶ二本の光剣だ。

 聖剣サンクティアの特別な力である光剣。本来は、卓越した剣の腕がなければ扱えないそれを、武装召喚に融合させる事で引き出す事に成功したのだ。


「なるほど、そういう事だったネ! 凄い力を感じるヨ!」


 これまで以上の武装召喚。それを前にしたメイリンは、ミラが近接戦の舞台に下りてきた事に納得を示した。確かにそれならば、十分に戦えそうだと。そして期待以上だとでもいうように笑い、構え直す。


「それなら私も、とっておきネ!」


 そう言うと共に、メイリンは右手を後ろに向けて突き出した。するとどうした事か、その手からマナが溢れ出し、白く輝き始めたではないか。


(これは……見覚えのない術じゃな)


 初めて見る構えと術の兆候に、警戒するミラ。メイリンの状態からして、それは近接系の仙術である事は間違いない。しかし、そこにマナが集まっているだけで、術の全容はさっぱりと見えてはこなかった。


(まあ、ぶつかってみるしかないじゃろう)


 観察してもわからなければ、もう実際に効果を見てみるしかない。とはいえ、メイリンがとっておきというくらいの新術だ。その威力は推して知るべしだろう。

 ミラは、フレームバランスを防御寄りに調整し、光剣を右腕に装填した。攻撃に耐えつつ、必殺の一撃を放つためのスタイルだ。


「ゆくぞ!」


「いくネ!」


 相対した二人は、ほんの少しだけ笑い合うと同時に飛び出した。そして共に光を帯びながら疾走し、庭の中心にてとっておきの一撃を同時に放つ。

 瞬間、眩いばかりの光が辺り一帯を支配し、強烈な爆音が轟いた。それでいて吹き荒ぶ爆風は一瞬。残りは衝撃波となり大気を震わせて広がっていった。

 その中心となった場所にて、拳を交えたまま睨み合うミラとメイリン。


「面白い術じゃな。ちらりと見えた光の線にはどういった意味があるのか、気になるのぅ」


 互いに駆け出した時より、メイリンの拳は宙に光の線を描いていた。それを確認していたミラは、興味深げに見つめながら右腕に力を込める。


「それは秘密ネ。それより私も気になるヨ。右手に宿った剣は一本、もしも二本だったらどうなっていたカ」


 メイリンはミラの背後に浮かぶ光剣を僅かに垣間見てから、じっとミラの事を見据えつつ、右腕をぐっと押し込む。

 一本で互角、ならば二本だったら押し負けていたのではないか。そんな可能性が、更にメイリンを燃え上がらせているようだ。ただ、その期待には応えられそうにない。


「二本か。それが出来たらわしの勝ちだったじゃろうな。だが生憎と、二本目は特訓中なのじゃよ」


 今はまだだが、自信満々に可能性を口にするミラ。セイクリッドフレームでの必殺技、ミラが『光剣パンチ』と仮名を付けているそれは、まだ開発途中の代物である。ゆえに今、装填出来る光剣は一本までが限界だった。


「つまりアナタも修行中ネ?」


「まあ、そういう事じゃな」


 特訓も修行も、さほど変わらないだろう。そうミラが認めたところ、メイリンは親近感を覚えたようだ。それはもうはつらつとした表情で、「修行はとてもいいヨ!」などと言い始めた。


「ふむ……まあそういうわけじゃからな。もう一発、付き合ってはもらえぬか? まずは一本での限界がどれほどか試してみたいと思っておったところなのじゃよ」


 そう口にしながら、ゆっくりと拳を引いたミラは、そこへ残る一本の光剣を装填する。そしてフレームバランスを攻撃寄りに調整し直した。どこまで通じるのかを確かめるために。


「それは面白そうネ! 望むところヨ!」


 そう笑顔で応じたメイリンは、ぱっと後ろに飛んでから、更に二歩三歩と下がっていく。そして先ほどよりも遠目に離れたところで足を止めて構え、その右手にマナを集束させ始めた。

 こちらが威力を上げると言った以上、メイリンもまた同じように威力を上げてくるはずだ。しかし構えの他、感じ取れるマナの量に違いはない。あるとすれば、彼我の距離くらいのもの。


(ふむ……威力は距離に関係しておるのじゃろうか)


 どこか調整するように下がったメイリンの行動から、ミラは新術の特性を、そのように推察する。助走距離の長さによる威力の増減。単純だからこそ、その使い勝手もまたすこぶるよさそうだ。


「では、ゆくぞ!」


「いくネ!」


 向かい合い、低く構え、いざ二度目の激突と、両者が飛び出そうとしたその時だった。


「ミラさーん、メイメイさーん、待ってくださーい! そこまででー、そこまででお願いしますー!」


 そんな声が響いてきたのだ。ふと振り向いた先には、訓練室の窓から飛び出して駆けてくるヘンリーの姿があった。彼は両手を振りながらミラ達のもとに慌てたようにやってくると、「これ以上は彼女が泣いてしまうので、そのくらいでどうか」と苦笑しながら、ちらりと庭の隅へと目を向けた。

 その視線に促されるようにして、ミラとメイリンも同じところを見る。するとそこには、一人のメイドがいた。

 試合に夢中で気付かなかったが、最初からいたらしい。しかも手には厚手の手袋をして、シャベル、バケツを持っている。その様は一目見て、庭の手入れをしていたものだとわかった。

 彼女はガーデニング作業中、急に庭で始まった激戦に巻き込まれ、逃げる事すら出来なくなっていたようだ。

 しかも、それだけではない。大丈夫かと近づいてみたところ、そのメイドは「お庭が……お庭が……」と、うわ言のように繰り返していた。

 振り返り見れば、その惨状は明らかだった。ミラとメイリンによる戦闘の影響で、綺麗に整っていた庭は、無残にも荒れ果ててしまっていたのだ。







先日カレーを作った時の事です。

いつも入れていた材料が一つ足りなかったのですが、何となくプロっぽいというだけの理由で入れていたものだったため、入れずに作ったのですよ。


そうして完成したカレーは……全然味が違いました……。

前のように美味しいカレーにならなかったのです……!!


その素材とは……


一日分の野菜 です!


野菜ジュースのアレです。

水の代わりにこれを入れたら、本格的じゃね? みたいな気持ちで入れていたものが、まさかここまで味に関係するとは驚きでした……。

先週にもう一度作った際には、しっかりと入れました。

美味しく出来ました!


凄いですよ、一日分の野菜。

そのまま飲んでよし、カレーに入れてもよしです!

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[良い点] ヘンリー。 よくぞ止めた(。。
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