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318 イラ・ムエルテ

コミカライズ版五巻が月末に発売予定です。

よろしくお願いします!

三百十八



「それで、次の二つ目の柱はね──」


 一呼吸置いた後、アルマはこれも使命とばかりに話を続ける。そうして語られたのは、これもまた真っ黒な売買を行うチームであった。

 だが先程とは、扱っているものが違う。このチームが扱うのは物ではなく、命だったのだ。


「密猟だけに止まらず、果ては誘拐や殺人までする最悪な奴らなの」


 売買されるのは希少な動物だけでなく、聖獣や霊獣、そして人身にまで及ぶそうだ。

 禁猟区など一切気にせず、また三神国による保護法も無視。人の子供は攫われ、抵抗した親は無残に殺されるという。

 加えて、この者達は命を何とも思っていないらしく、売れ残ったり必要ないと判断したりした場合、躊躇なく処分するそうだ。


「ふむ……。極悪な者共がいるものじゃな……」


 アルマが話す詳細な被害内容に、苦悶を浮かべるミラ。密猟時に負傷させたため、売り物にならないと処分された聖獣の赤ん坊や、無理矢理に親から引き離された子供など。このチームもまた、悲劇を生み続ける存在だった。


「でもね、一つだけ朗報もあるの」


 そう前置きしたアルマは、「あの時、じぃじ達がした事で、このチームは大打撃を受けたんだよ」と、どこか慈しむように口にする。


「あの時とな……? 何かあったかのぅ」


 はて、どの時だろう。そう首を傾げるミラにアルマは言った。それは、キメラクローゼンを潰した時の事であると。


「このチームはね、キメラクローゼンとも繋がっていたの。精霊さん達まで売買するためにね」


 アルマは、だからこそその一件は、組織への大打撃に繋がったのだと力強く語った。

 キメラクローゼンを潰した後、五十鈴連盟は、そこに関わっていた者達から情報を訊き出し、関係者を次々と捕まえていった。

 その仕事ぶりは優秀そのもの。それなりに重要な立場にいた人物を捕まえようものなら、そこから多くの情報を引き出し、一気に深くまで入り込んでいくほどだ。

 だからこそ、命を売買するチームは組織本体を守るため、多くの幹部や重要な拠点を切り捨てざるを得なくなった。結果、相当な損害を与えると同時に、このチームを大きく弱体化させられたという事だ。


「ほぅ、そうじゃったか。それは、頑張った甲斐があったというものじゃな」


 思わぬところに出ていた影響を聞き、ミラは小気味よいと笑った。

 しかもキメラクローゼン消滅により、精霊の売買に加えて、それらを行っていた拠点や幹部を失った事で、その後の聖獣や霊獣、人身の売買にも多大な影響が出ているそうだ。

 行方不明や禁猟区への不法侵入者、また聖域の侵害などによる被害が、目に見えて減少しているという。特に人身売買については、それ以外にも理由があるのではないかと思えるような減少幅であるらしい。

 ゆえにこのチームを取り仕切る者は、今組織の中でも、これ以上にない窮地に立たされているだろうとは、アルマの予想である。




「で、三本目の柱なんだけど、ここがじぃじに頼みたい事と関係があるところなの──」


 改めるようにしてそう言ったアルマは、『イラ・ムエルテ』を構成する三つ目の柱について、詳細を口にしていった。

 そのチームが担当するのは、先ほど挙げた二つと密接にかかわるものだった。

 それは、流通だ。大陸中から集めた武器や術具、そして動物に人などを大陸中に送る事が、このチームの仕事である。そして先程アルマが出した名、『闇路の支配者、ユーグスト・グラーディン』こそが、このチームを束ねる大幹部だという事だ。


「あ、このユーグストという人物ですけど、結構な悪党でしてね」


 巫女の存在を知るという組織の一人であるユーグストについては、エスメラルダが簡単に教えてくれた。

 闇路の支配者という通り名の意味は、曰く、彼こそが闇の流通に使われる通商路のおおよそ半分を牛耳っているからだそうだ。

 黒い品を運ぶための裏通商路。彼が開拓したそれは大陸中を巡り、今では悪党の大半がその恩恵を受けている。ゆえに、大きな取引があった場合、全ての情報が彼の下に集まるわけである。

 それほどの人物だ。呪物や禁制品など、表では捌けない品を扱う闇の商人ならば知らぬ者などおらず、かのキメラクローゼンの流通にも関与していたという事だ。


「それで私達もね、じぃじ達の活躍に負けてないんだよ。ここだけの話なんだけど、実はうちの軍でこのユーグストが支配する裏ルートのほぼ全てを押さえる事に成功したの」


 余程、自慢したかったのだろう。アルマの顔には、不敵な笑みが溢れていた。ただ、ちょこっと自慢するような言い回しとは裏腹に、その内容は、とんでもないものだった。


「……何やら、さらりと言うたが……本当か?」


 思わず、そう訊き返してしまうほどだったアルマの自慢。だが、それも仕方がない。裏社会の中でも最上位に君臨する『イラ・ムエルテ』の重要な流通を押さえたというのだ。しかもほぼ全て、である。

 それはつまり、『イラ・ムエルテ』のライフラインを断ったも同然といえる。どれだけ闇の商品を集めたところで、それを捌く事が出来なければ意味はないのだから。

 何をどうすれば、そんなとんでもない事が出来るのか。その異常さに、むしろミラは困惑した。


「うん、本当。今現在で……確か、五千億リフくらいの取引を潰したかな。でね、ここでじぃじの出番ってわけ」


 これまた簡単に肯定したアルマは、とんでもない額を告げたその口で、いよいよ巫女の護衛がどうとかいう依頼の詳細を語り始めた。

 いわく、『イラ・ムエルテ』の流通を全て押さえられたのは、何といっても巫女の能力あってこそであると。


「未来を見通す能力っていうけど、正確にはちょっと違うの。それに、能力が及ぶ範囲も限定的で、地震や大事故を予知したりとも違う。じゃあ、どんな感じの能力なのかというと──」


 アルマは言う。それは、個人に対してのみ使えるものであり、だからこそ極めて強力な効果を発揮するものだと。そして、未来を見通すのではなく、その人物が何をしているのか、更には()()()()()()()()()()()()を知る事が出来るというのが、この能力の正確な効果だそうだ。


「その能力の発動条件は一つ。対象が愛用している持ち物や、髪や爪といったものに触れるだけ。そして、一度でもこれを入手出来れば、何度でも能力が使えるの。──つまりね、ユーグストは今、組織のために何も出来ず、何も関われない状態にあるって事」


 アルマの話によると、ニルヴァーナ皇国は長年に亘り、『イラ・ムエルテ』との戦いを続けているという。そして数ヶ月前、多くの兵や間者の尽力によって、とある拠点の情報を入手。そこを調査した際、重要な手がかりの回収に成功する。それが、ユーグストの毛髪であった。


「この能力の強みはね、一度で終わらないってところ。触れたら、その時点での情報が手に入るの。今触れたら、今ユーグストがしている事、企んでいる事が全てわかるってわけ。だから、うちに巫女と毛髪がある限り、奴は組織の仕事に近づく事すら出来ないのよ」


 そう言い切ったアルマの目は、自信というより誇りに満ちたものだった。ニルヴァーナ皇国の力、そして多くの者達の力によって、かの大敵に大打撃を与えられた。それを心から誇っているのだろう。


「なるほどのぅ……。組織の取引の全てを知るからこそ、その能力は大敵になるわけじゃな」


 ユーグストが管理する裏通商路。だからこそ、それを使った『イラ・ムエルテ』の取引は全てが巫女に筒抜けとなった。

 加えて、これを利用していた他の悪党達の取引までもがニルヴァーナによって押さえられた事で、その信頼性も激減。更に対策をすればするほど、ニルヴァーナ側に手の内を晒す事に繋がる状態だ。

 組織の重要な柱を完全に封殺した巫女の能力。その結果がもたらす影響は、もはや計り知れない。

 話の内容からだいたいの状況を把握したミラは、それは恨まれるだろうなとも納得する。そして、暗殺者が送り込まれたのも当然の帰結かと得心した。


「ところで、ふと思ったのじゃが。先程、巫女の事を知っておるのは上層部の一部と、そしてユーグストとやらだけじゃと言うておったのぅ」


 だいたいの事情はわかった。だがそこで不可解な点に気付いたミラは、そう言ってから更に「なぜ、そ奴だけが知っているとわかったのじゃ?」と続けた。

 見た限り、探り回っていた暗殺者達は巫女の手掛かりどころか、存在するかどうかすらつかめていない様子だった。それほどまでに情報封鎖は完璧というわけである。

 だがアルマは先程、ユーグストだけは知っていると断言していた。

 聞いた限り、巫女の能力に相手が気付ける要素はない。どこかに落ちた毛髪を使っているなど、その能力の存在を知らなければ予想すら出来ないだろう。だが、暗殺者を送り込まれているのが現状だ。

 どこからか情報がもれたのか、どうして気付かれたのか、そこがミラは気になったのだ。


「それは、この能力の副作用というかなんというか……強力な効果だけあって、デメリットもあるの」


 ミラの質問にそう答えたアルマは、お茶で口を湿らせてからデメリットとやらについて話し始めた。

 巫女の持つ能力。それは対象の思考を読み取り、何をしているのか、何をしようとしているのかを詳細に把握出来るという強力なもの。

 だが、それほど思考の深くにまで入り込み読み取るからこそ、誰がどのような意図で見て、読んで、監視しているかが相手にも伝わってしまうのだそうだ。


「そうなのよね。前に、それがどの程度か試してみたのですけど、なんだか、凄く不思議な感覚でしたわ」


 どうやらエスメラルダは実験的に、巫女の能力を受けた事があるようだ。その経験によると、初めのうちは僅かな違和感程度だったという。だが、何度も繰り返す事で、巫女の存在をはっきりと認識出来るようになったとの事だ。

 現在、巫女はユーグストに対して百を超えるほど能力を行使しているらしい。となれば相手もまた、相応に感じ取っているとみて間違いはない。

 となれば、巫女を排除しようとしてくるのは当然といえた。


「なるほどのぅ……。つまり、巫女とやらが狙われる事も想定出来た、という事じゃな。ならば何故わざわざ、わしに護衛などを頼む? 状況からして、護衛は既におるのじゃろう?」


 能力を使えば、向こうに気取られる。それでも、巫女の存在が相手に覚えられる危険を冒してでも、アルマは『イラ・ムエルテ』の裏通商路を封鎖する方法を選んだわけだ。

 情報を制限し、巫女の居場所がわからないようにしているとはいえ、いざという時もある。状況からして護衛を付けるのは当たり前であり、アルマがその程度の事をおろそかにするはずもないとミラは知っていた。だからこその疑問だ。


「えっと、その……。いるにはいるんだけどね……」


 ミラが問うたところで、急にアルマの歯切れが悪くなった。

 いるにはいる。その言葉からすると、やはり巫女には初めから護衛がつけられていたようだ。そして状況から考えて、相当な実力者が、もしかしたら十二使徒の誰かである可能性も高い。

 となれば、それこそミラの出番はないというもの。しかし、いるにはいる、という言葉が示すように、どうにも中途半端である事も確かだ。


「どういう意味じゃ? はっきりせぬか」


 ちゃんと理由を述べろと催促するミラ。対してアルマは、どこか落ち着かない様子で何かを言おうとしては言葉を呑み込むを繰り返すばかりだ。


「いったい何なのじゃ」


 そうミラがむすりと膨れたところで、エスメラルダが一つ、大きなため息を吐いた。


「では、私がお話ししますわね」


 仕方がないとばかりな顔で告げた彼女もまた言い辛そうにしながら、それでも、護衛が既にいるにもかかわらず、ミラに護衛を頼む事になった経緯を語った。


「今はね、ノイン君が護衛についているの」


 そんな言葉から始まった事情説明。そしてミラは、その名を聞いて更に疑問を深める。


「なんじゃ、これ以上ないくらいの護衛ではないか」


 十二使徒の一人、『白牢のノイン』。彼はソロモンと同じ聖騎士であるが、邪道を行くソロモンとは違い、王道を行く聖騎士だった。

 とことんまで防御を窮めた彼の力は随一であり、全力で護りに入れば、かのアイゼンファルドのドラゴンブレスすら防ぎきるほどだ。

 かつて行われたダンブルフ対ノインの試合は、長時間決着がつかずの引き分けとなったものである。虎の子のアイゼンファルドの一撃が通じないため攻めきれず、軍勢で足止めする事しか出来なかったダンブルフ。対してノイン側も、どれだけ倒そうと、どれだけ防ごうと一歩も前進を許してくれない軍勢に完封状態。

 ゆえに、埒が明かないと引き分けで決着になったわけだ。

 と、そういった事からして、ノインならばどれだけ強力な攻撃だろうと、どれだけの数で攻められようと護り切れるだけの実力がある。巫女の護衛として、完璧な人選といえた。


「わしの出番なぞ、皆無に思えるのじゃがのぅ」


 だが巫女の護衛を頼まれるとは、どういう事か。いったい何が問題なのか。護衛役という面でみれば自分では及ばないと自覚するミラは、嫌がらせか何かかとばかりにエスメラルダを睨む。


「ええと……そうなのだけど、そうじゃなくなってしまったのよ」


 そっと逸らせた視線を彷徨わせながら、言い淀むエスメラルダ。だが、このままではミラを納得させられないと覚悟を決めたのか、一つ大きく息を吐いて、それを口にした。


「実はね、あの子……巫女の女の子はね、男性恐怖症になってしまったの。だからノイン君じゃ同じ部屋どころか、近くにいるだけで情緒不安定になっちゃって……。今は離れた扉の前で見守ってくれているのよね。でもそれだと、ねぇ」


 エスメラルダの表情は、心底困ったといった様子であった。確かにそのような状態では流石のノインでも、いざという時に能力を半分も活かせないだろう。

 ただ、それを聞いたミラは、また新たに飛び出してきた疑問に表情を渋める。

 言い方からして、初めのうちは男性恐怖症などではなかったと思われた。だが、それがどうしてそうなったのか。

 ノインが何かしでかしたという可能性もある。何かと女性好きな性格だ。だが彼は、だからこそ女性が嫌がる事は決してしない。

 加えてその容姿は、ザ・聖騎士である。巫女が惚れる事はあっても、男性恐怖症の原因になる事はない、はずだ。


「ふーむ……男性恐怖症のぅ……これまた、なぜそのような事になったのじゃ?」


 途中から、というのが気になったミラは、単刀直入にそう問うた。護衛すら出来なくなるほどの事となれば相当な事態だ。その原因は何なのか。気になるところだ。

 ただ、エスメラルダの反応が芳しくない。アルマに至っては、完全にそっぽを向いてしまっていた。

 それほどまでに酷い事があったのか。そう察したミラは、嫌なら言わなくてもいい、と告げようとした。だがその直前で、意を決したようにエスメラルダが話し始める。


「実はユーグストが……ね──」


 ぽつりぽつりと語られた内容は、ミラでもドン引きするようなものであった。

 巫女の能力によって、現状と全ての企みを見抜かれていると気付いたユーグストがとった行動。エスメラルダが赤面しながら告げたそれは、子供には見せられないような事のオンパレードだった。

 そう、彼はこれ見よがしに、そして見せつけるように女性との変態的な遊戯を行い始めたというのだ。

 エスメラルダが言うに、巫女はまだ十四歳。そんな多感な時期の少女が、大人の汚い変態性をこれでもかと見せつけられたとなれば、男性恐怖症に陥るのもまた然りであろう。

 だが、かといってユーグストを監視しなくなれば、向こうの思う壺である。巫女の監視がなくなれば、彼はまた盛大に仕事を始められるのだから。

 ただ、それでも巫女の事を考えて、回数は減らさざるを得なかったそうだ。結果、時間のかかる大きな取引の計画は見張れるが、小さいものは難しくなったとの事だった。


「何とも、ド変態じゃのぅ……」


 巫女が少女である事を知ったユーグストがとった対抗策。馬鹿げてはいるものの、それなりの効果が出ているため今でも続いているそうだ。それはただの策なのか、それとも彼にそういう性的嗜好あってこそだったのか。そこまでは判断出来ないが、ミラは呆れ顔で呟いた。







まだ引っ越し作業は続いておりますが、合間合間に書き進めてはいましたので二話更新しちゃいました!

ただ、作業継続中のため、次回はまた未定という事になります……。

幾つかの山場を越えて、残すは大きな本棚と五段の収納棚となりました。

その代わりに向こう側の部屋が凄い事になっていますが……。

早く落ち着けるよう頑張ります!



ところで最近なんですが、

味付け海苔の魅力に気付きました!

ご飯のお供はもちろんの事、そのまま食べるのもまた美味しいのです!


ちょっとお菓子とかを抓みたくなった時などに、大活躍ですよ!

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― 新着の感想 ―
[一言] ノクだったら、やんややんやで喜んでたけど、 そうじゃないし、この小説の世界観とか織り込むと、この野郎( ∩'-' )=͟͟͞͞⊃ )´д`)ドゥクシ!! な訳だ( '-' *)
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