317 特別チケット
三百十七
「そっかー、沢山の子供達と一緒にか。幸せそうで一安心ね」
ミラがアルテシアの現状を話し終えると、アルマは心底安堵したといった様子で笑った。
また、エスメラルダも嬉しそうだ。「良かったわねぇ」とにこやかである。ただ聖術士として非常に気になったのだろう、「あの頃から、どのくらい腕を上げたのかしら。気になるわぁ」とも口にする。
九賢者『相克のアルテシア』と十二使徒『神言のエスメラルダ』。二人は共に聖術士であり、それでいて方向性の違う成長の仕方をしていた。
アルテシアが回復や防御寄りである事に対して、エスメラルダは攻撃と強化方面が得意だった。
それはある意味で、国の、そして何より仲間の違いによるところが大きい。
ソロモンという盾役がいるとはいえ、他は防御力が飾り程度しかない術士ばかりのアルカイトチーム。よって、それを補うために回復と防御が伸びた。
戦士クラスがしっかりと揃うニルヴァーナチームは、身体強化による恩恵が非常に高い。ただ術士が少ないため、術による攻撃力が不足する。だからこそ聖術でも攻撃の出番があるわけだ。
「会えないかなぁ……」
アルマがそんな言葉を、ふと零した。それはどこか懐かしむようであり、また、希望も含まれた声であった。
「ふーむ、なかなか難しいじゃろうな」
ミラは、そんなアルマの呟きにそう返す。またエスメラルダも、「そうね。アルマが国を離れるには相当な理由が必要になるから」と、残念そうに続けた。
常識的に考えて、大国の女王がただ一個人に会うために国を離れるなど出来るはずもない。可能性があるとすれば、外交としてアルカイトを訪れるなどの理由が必要だ。けれど現在は、国を挙げてのお祭り中である。尚更離れる事など出来ない。
かといってアルテシアを呼ぶというのも、これがまた困難だ。たとえアルマが会いたがっているとはいえ、あの孤児達を置いて離れるなどという事を彼女がするはずもないからだ。
そしてそういった理由は、アルテシアの事をよく知っているアルマとエスメラルダも十分に把握している事実であった。
「じゃがまあ、やりようはあるかもしれぬな」
それでもやはり会わせてやりたいと思うのが、人情というものだ。少しだけ考え込んだミラは難しい顔をしながらも、そう可能性を示唆した。
「ほんと!?」
アルマが喰いつくと、エスメラルダもまた興味深そうにミラへと視線を送る。そんな二人の期待を受けながら、ミラはニルヴァーナならばどうにかなるかもしれないと前置きしてから詳細を語った。
「将を射んと欲すれば──じゃな」
アルマの立場を考えると、まずこちらから出向くのは不可能。となれば、アルテシアを呼ぶ以外にはない。そしてそのためには、アルテシアではなく、孤児院の子供達をこの祭りに招待してしまえばいいのだ。
今、大闘技大会で沸くニルヴァーナ。その会場には、それ以外にも沢山の催し物が揃っている。子供達も存分に楽しめる場がここにはあった。
子供が喜ぶとなれば、子供優先のアルテシアは必ず招待を受けるだろう。そして当然、同伴してくるはずだ。
後は、適当に時間を合わせて会えばいいだけである。
「じゃが、招待の仕方といったところには注意が必要じゃな。一つの孤児院を特別扱いしていると、他から好く思われぬからのぅ」
色々と説明したミラは、最後にそう締め括った。ニルヴァーナという大国が贔屓するというのは、何かと問題の種に繋がるものだ。また、その理由を疑う者も出てくるだろう。
その結果、厄介事が起こるかもしれない。また、アルマと縁の深いアルテシアの存在に勘付く者が現れる事も有り得る。
まだ移設して間もない孤児院に、そういった面倒事の火種は出来るだけ近づけたくはないが、アルマの気持ちを汲んだミラは、必要ならば協力しようとだけ付け加えた。
ミラの案を聞き終えた後、アルマはそのままじっと考え込み始める。そして数分が経ったところでカッと目を見開き、「これならいける!」と声を上げた。
「ほぅ、何か妙案でも思いついたか?」
ミラが訊くとアルマは、どこか自信ありげに微笑みながら頷いた。
「最近、ソロモンさんの口利きでね。セントポリーを介しての商路が確立出来たの。あんな西の断崖絶壁に港が出来て驚いた日から十数年、幾ら交渉しても駄目だったのが、ソロモンさんのお陰であれよあれよと話が進んだのよ。だから、そのお礼って事で、アルカイト王国に招待状を送るってのはどうかな? 孤児院新設の記念とかも一緒に加えたりして」
そう一気に語ったアルマは、どうだろうとばかりにエスメラルダを見る。
「少々、強引な感じがあるのは否めないわね。でも貴女には、これまで孤児院関係の政策に積極的だったっていう経歴があるから、それで無理矢理納得はさせられるでしょう。また女王様のいつもの癖が出たってね」
そうエスメラルダが答えると、アルマはそっと目を逸らした。
アルテシアの影響か、それとも生来のものか、アルマもまた子供の事に関しては積極的だった。とはいえアルテシアほど重度のものではない。ただ、泣いている子供を見て見ぬふりは決して出来ないといった程度の事だ。
だが、そんな者が大国の女王ともなれば、それはもう大きな力が振るわれるのも然り。エスメラルダの様子からして、アルマは過去にも色々とやらかしてきたようだ。
「ふむ、それならばきっと問題ないじゃろう。じゃが一つ。アルカイトにはカラナックの方にも孤児院があるのでな。それも含めた方がよいと思うぞ」
それなりの理由もあり、他国からの嫉妬は抑えられるだろう。だが、国内の孤児院同士の扱いに差が出てはいけない。ミラがその事を口にしたところ、「それなら、どっちも招待する!」とアルマは即答した。
「まあ、それが確実じゃな……」
招待すると簡単に言っても、色々と費用がかかるはずだ。もう片方もともなれば、更に費用はかさむだろう。だがアルマに、そういった事を気にする素振りは一切なかった。
「えっと……アルカイトまでの往復と──」
早速とばかりにノートを取り出して、アルテシアを招くための計画をまとめ始めたアルマ。彼女がまず最初に決めようとしたのは、その送迎手段だ。
「ところで、じぃじ。子供達って、何人くらいいるかわかる?」
「確かアルテシアさんのところには、百人はおったな。じゃが、カラナックの方はわからぬ。まあ、規模からして百人以下じゃろう」
アルマの質問に答えたミラは、加えてアルテシアのところには、子供達の面倒をみる教師兼保育士のような者達も十人ほどいたと付け加えた。
「ふんふん……そのくらいかぁ。なら飛空船は中型で十分そうかな──」
そう、すらすらと計画が決まっていく。しかもやはりというべきか、計画内にさりげなく飛空船が出てきた。相当に高価な、国単位の規模でみても高額な代物であるという飛空船だが、ここニルヴァーナにはあるようだ。しかも中型云々と言っているあたりからして、複数隻所有している様子である。
(送迎が問題になったなら、またカグラに頼もうとも思うたが……まったく心配は無用じゃったな……)
その圧倒的国力の違いに、何度目になるかわからぬ無常を感じつつ、ミラは次々と決まっていく計画の完成を見守る構えだ。
ニルヴァーナという大国を統べる女王にとって、孤児院の一つや二つを国に招待するのは朝飯前らしい。更には彼女が立てる計画の全ては、国庫ではなく彼女自身の私財によって実行されるというのだから驚きである。
「──滞在場所は、確か神殿区に空き屋敷があったっけ」
「ええ、まだそのままよ。広さもあるから、子供なら二百人いても問題ないでしょうね」
エスメラルダとも相談しながら瞬く間にまとまっていく計画には、億という単位が当たり前のように出てくる。だがアルマに一切の躊躇いは浮かばない。むしろ提案したミラの方が、そんなにかかってしまって大丈夫なのかと落ち着きがなくなっていた。
「──よし、こんな感じね。明日の朝一で、とりかかってもらいましょ」
アルテシアとの再会計画は、ものの十分ちょっとで完成した。これほどの大国を三十年の間統べてきただけあり、国の様々な情報はアルマの、そしてエスメラルダの頭に入っているようだ。その計画作りは、大国の片鱗を窺わせるほどに慣れたものであった。
「終わったようじゃな。では、そろそろ、ここに連れてこられた理由を訊かせてもろうてもよいじゃろうか」
アルテシア招待計画が練られている間、お茶とお菓子を堪能していたミラは、未だお菓子を手にしながらそう言った。
そもそもアルマのところにまで来たのは、かの暗殺者達が関係する話があると聞いたからだ。
「あ、そうだった。ごめんね」
完成した計画書を手に満足げだったアルマは、思い出したように苦笑しつつ、「こほん」とわざとらしく仕切り直す。
「えっと、じぃじには、うちの巫女の護衛をお願いしたいの」
姿勢を正したアルマは改めるようにして、そんな事を口にした。対してミラは、その言葉を受けて、はてと首を傾げる。
話の始まりは、暗殺者達のボスであったヨーグという男が、何かの組織に所属しているというものだった。その組織についての詳細と、場合によっては支援でも要請されるのでは。そうミラは考えていた。
だが、どうにも思っていたものと違う。困惑したミラだったが、そこに聞き覚えのある単語がある事に気付く。
思えば三人の暗殺者もまた、『巫女』なる人物をターゲットにしていた。その巫女が持つ未来を見通す能力が、とある組織の邪魔になっていると。
「それはもしや──」
その事を思い出したミラは、単刀直入に訊き返した。「──未来を見通す能力を持つとかいう巫女の護衛、という事じゃろうか」と。
「もう、その事は知っていたんだね」
「うむ、暗殺者共が話しているのを聞いてのぅ」
少し驚いた様子のアルマに、そう答えたミラは、「巫女の痕跡すら見つけられないと泣きごとを言っておったぞ」と続けて笑う。
「それはもう、徹底的に隠してるからね」
にやりと笑い返したアルマは、とても自慢げだった。彼女が言うに、巫女の存在については国家機密レベルで情報を封鎖しているとの事だ。
「だから、そんな能力を持つ巫女が確かに存在していると知っているのは、うちの上層部の一部と、もう一人──『闇路の支配者、ユーグスト・グラーディン』だけなの」
その名を口にしたアルマの目は真剣でいて、同時に冷たく鋭かった。そこに秘められた色は、嫌悪や怨恨とは違う。だが強い敵意がこもっていた。
「闇路の支配者……じゃと? 初めて聞くのぅ。それは何者じゃ?」
ここまでの話で初出となる名だ。ただ話の流れからして、今回の要点である組織に深く関係している事は間違いないだろう。そう予感したミラは、長丁場になりそうだと、ソファーに深く座り直す。
そしてエスメラルダがお茶を淹れ直したところで、アルマが事の概要について詳細に語り始めた。
それはニルヴァーナ皇国だけでなく、多くの国が戦い続けている、社会に蔓延る闇についてのものであった。
以前、五十鈴連盟と協力して壊滅させた、キメラクローゼン。そのような闇組織が、この社会の裏にはまだまだ潜んでいるという。
その数あるうちの一つであり、なかでも最大の規模を誇るのが『イラ・ムエルテ』。そしてアルマは、この組織こそが今回の件に深く関わっていると言った。
「それでね、長年に亘って調査を進めた結果、この組織は四つの柱で成り立っている事がわかったの」
そう前置きしたアルマは、続けて四本の柱とはどういったものなのかを説明していく。
一つは、武具や薬といった類の売買を専門とするチーム。ただ他の商人と違うのは、扱う品がどれも真っ黒である点だ。
盗品である事は当たり前。また暗器など、裏家業の者達が重宝する品も揃えられている。他にも、取引が禁止されている違法術具や、毒物なども含まれるときたものだ。
暗殺に強盗、そして快楽殺人と、このチームが捌く品は真っ当に扱われる事のないものばかりであり、その全てに非業の死が纏わりつく。そこらの死の商人すら真っ青な仕事ぶりというわけだ。
「とんでもない者共がいたものじゃな……」
盗賊が撒いた毒によって、村が一つ滅んだ。正義感に溢れた貴族が、暗器の前に倒れた。違法術具によって、森と動物達が全て焼かれた。などなど。アルマが例として挙げた被害を聞いたミラは、よくそれだけ酷い事が出来るものだと沈痛な面持ちで俯く。
「ほんと、そうだよね」
呟くように同意したアルマ。彼女が言うにこれは極一部であり、まだ軽い方なのだそうだ。大陸各地で発生する犯罪のうちの一割は、この組織が売った品が関係しているとの事である。
それは、ミラも絶句する影響力だった。




