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316 ミラ子とエメ子

さて……

いよいよ、最新刊の発売日が目前まで迫ってきました!


5月30日です。

5月30日に、最新11巻が発売となります!

是非とも、よろしくお願いします!


特典などもあります。詳細は活動報告の方に!

三百十六




 セシリアと共に馬車で揺られる事暫く。ミラはニルヴァーナ城に到着した。極秘の話という事で、目立たないようにと裏門からこっそり城内に入った二人。

 ミラはそのまま応接室に通される。


「では、直ぐにお伝えして参りますので。ゆっくりとお寛ぎください」


 そう言ってセシリアは、ミラの来訪を告げに飛び出していった。それはもう一秒でも早く、少しでもミラを、いや、エスメラルダを待たせないようにとでもいった様子でだ。


「あ奴の笑顔は、怖いからのぅ……」


 ニルヴァーナとは色々と交友もあり、エスメラルダとも知り合いなミラは、今でも彼女は相変わらずなのだなと苦笑する。決して怒りを面に出す事はないが、だからこそ滲み出る怖さというものがある。有無を言わせぬ無言の圧力こそ、厄介なものはない。

 そう当時を思い出しながら、大きなソファーにどかりと腰掛ける。そして、『好きにつまんでください』とばかりにテーブルに置かれていたクッキーに手を伸ばした。




 応接室に通されてから五分と少々。遂にその人物がやってきた。ノックの後、応接室に入ってきたのはミラのよく知る顔。『神言のエスメラルダ』であった。


「お待たせしちゃってごめんねー」


 来るなりそう言ったエスメラルダは、太々しいほどにソファーで寛ぐミラを見て、そっと微笑む。


「うんと変装しているから噂とは印象が違うって聞いていたけど……貴女が精霊女王のミラさんね?」


 歩み寄ってくると共に、エスメラルダがそんな質問を投げかけてきた。対してミラはお茶でクッキーを流し込んでから、「うむ、わしがミラじゃ」と素直に答えた。


「それじゃあつまり……自己紹介はしなくていいのよね。私達、初対面じゃないのだから」


 ミラの前に立ち、そう、にこやかな笑みを浮かべるエスメラルダ。その言葉の意味するところは、要するにミラの正体が、かのダンブルフで間違いないかと確かめるためだ。精霊女王のミラとしては初対面だが、ダンブルフとしてはもはや旧知の仲であるのだから。


「うむ、そうじゃな。わしからしてみれば、数か月ぶり程度じゃが、お主からしてみると数年……数十年ぶりとかになるのじゃろうな、エメ子や」


 頷いて肯定したミラは、続けて僅かに口角を吊り上げながら、そう答えた。自身がダンブルフである事を証明するように。

 すると、そんなミラの返事にエスメラルダは、ふわりと頬を綻ばせる。だがそれは、ほんの一瞬。直ぐに唇を尖らせて、「もう、エメ子は止めてって言ってるでしょ」と抗議の声を上げた。

 エスメラルダという名は、長くて少々ややこしい。そう言ってダンブルフの頃より、ミラは彼女の事を『エメ子』と呼んでいた。だからこそ本人確認は、それで十分だったのだ。


「うーん……ずるいわ。これだとダン次郎って呼べないじゃないの」


 ミラをじっと見つめていたエスメラルダは、少し間を置いた後、不貞腐れ気味にそう呟いた。彼女はエメ子呼びに対抗して、ダンブルフの事を『ダン次郎』と呼んでいたのだ。

 だが今のミラの姿は、当時と大きく違う。それこそそんな呼び方とは正反対であり、エスメラルダはますます不機嫌そうに眉を顰める。


「ふふん、残念じゃったな。おとなしく、ミラちゃんとでも呼ぶがよいわ」


 最近は今の状態にも慣れてきたミラは挑発するように、それでいて可愛らしく微笑んでみせる。

 ここのところミラは、折角だからと美少女であるという状態を利用する方法を色々と考えていたりした。そのきっかけは、喫茶店でスイーツを頼んだ時に可愛いからと色々なオマケを付けてもらえたからだ。


「うう……小憎たらしいわ……」


 媚びを売るミラの姿はそれでいて、やはり可愛かった。しかしながらエスメラルダは、反撃する手を考える。

 その結果、「ミラ子ね……わたしもミラ子と呼ぶわ!」なんて事を言い出した。むしろ長くなっているが、それがエスメラルダにとっての精一杯の抵抗であった。




「それで、ミラ子さん。来てもらって早々で悪いのだけど、今回の件を話す前に場所を移させてもらうわね。ついてきてもらってもいいかしら」


 久しぶりの再会とちょっとした戯れも終わったところで、エスメラルダは改めるようにしてそう言った。

 今回の件。それは暗殺者達の拠点と、そこにいたヨーグという男が所属する組織の事だろう。セシリアは、その事についてエスメラルダから話があると言っていた。応接室では話せない、かなり重要な内容であるようだ。


「うむ、わかった」


 そう答えて立ち上がったミラは、エスメラルダに案内されて王城の奥へと進んでいく。

 ニルヴァーナ皇国における行政の中心、ニルヴァーナ城。プレイヤーが建国した国の中で第二位を誇るだけあって、その規模はアルカイト城のそれを遥かに超えていた。

 照明は魔導工学によるものか夜でも城内は昼のように明るく、白い壁や煌びやかな絨毯を鮮やかに照らし出している。

 また広さもさることながら、ところどころに飾られた調度品、すれ違う役人の数と衛兵からわかる装備の質など、どこをとっても流石としか言いようのないものだった。


「おお……なんと気品に溢れておるのじゃろう……」


 ただ、何よりもミラが感動したのは、王城勤めの侍女達であった。働く所作の一つ一つにまで気品があり、その立ち居振る舞いも鮮やか。ミラとエスメラルダが通る際にみせたお辞儀は、奥ゆかしくも華やかさを秘めたものだった。

 ミラを見つけるなり音もなく迫り、新作衣装を手に大騒ぎしては全力で愛でてくるアルカイト城の侍女達とはえらい違いである。

 と、そんな感想を抱いたミラは、場所は違えどこれだけ安心して歩ける城内は久しぶりだと、しゃっきり背筋を伸ばした。

 なお、アルカイト城の侍女達も、ここと負けず劣らずに優秀な者揃いである。ただミラがミラである以上、その事実をその目にする日はこないだろう。




 そうこうしつつもエスメラルダについていく事、五分強。気付けばミラは、随分と城の奥の方にまでやってきていた。

 そこは応接室を出たばかりの時に比べ、周囲の様子が随分と違っている。静寂、というより厳粛なのだ。

 廊下に人の数は少なく、調度品といった類はなくなっている。その代わりとでもいうべきか、これまでよりも装備の立派な衛兵の姿がところどころに見られた。


(随分と警戒が厳重じゃのぅ)


 そういった雰囲気からして、この辺りは重役のみが立ち入れるような、そんな場所であるのだろうとミラは察する。早い話が、城の中心部に近づいているというわけだ。

 これからする組織とやらの話は、それほどまでに重大なのだろうか。そんな事を思いながら、ミラはエスメラルダが入っていく部屋へと足を踏み入れた。

 廊下の突き当りにあった部屋。そこは廊下の延長かと見紛うような細長い造りとなっていた。

 そして、そんな部屋の奥に見える扉の前には、明らかに只者ではない気配を纏う騎士が二人。両者は如何にも練達といった面構えであり、ただそこにいるだけで強者の風格を放っていた。

 そんな二人が入口を固めている事からして、どうやらその扉の向こうには、かなりのお偉いさんがいるようだ。


「これは、エスメラルダ様」


 エスメラルダが近づいていったところ、騎士の二人はそう言って一礼した。それから続けてミラの方へと視線を移し、「そちらが、噂のお客様ですか?」と続ける。

 どうやらこの二人には、ミラが来るという話は通っているようだ。しかしそれは、精霊女王云々といった内容だったのだろう。変装しているミラを見て、はてと疑問顔である。


「ええ、そうよ。今は変装しているけれど、この子が噂のミラ子さん」


 エスメラルダがそう答えたところ、騎士の二人は「これは見事な」と感心したように呟いた。なお、『ミラ子』についてはさらりと流したようだ。


「ミラじゃ。よろしくのぅ」


 折角だからと、そう挨拶したところ、二人もまた名乗り返してくれた。一人がグリーズ、もう一人がリグナというそうだ。

 ミラとエスメラルダは、そんな二人が護る扉の先へと進んだ。そして幾つもの扉がある小さな部屋を更に右へ進んでいったところで、ようやく目的の場所に辿り着く。


「あら、随分と早いのね! まだちょっと準備が終わっていないのよ!」


 どことなく庶民感の漂う部屋。特に模様のない絨毯の床と中央に置かれたテーブル、そしてキッチンと、冷蔵庫っぽい箱。また、部屋の角にはシングルベッド。十畳ほどのその部屋は一人暮らしのワンルームといった状態であり、そこにいた女性はミラとエスメラルダがやってくるなりそう口にしながら、テーブルに食器を並べていた。


「おお、誰がおるかと思えば、お主じゃったか」


 まるで給仕係のようにお茶会の準備をしている女性。スウェットにハーフパンツという恰好をしたその人物の事を、ミラはよく知っていた。というより、きっとニルヴァーナ皇国において、彼女を知らぬ者などいないだろう。

 そう、エスメラルダに案内された先にいたのは、ニルヴァーナ皇国の頂点、女王アルマだったのだ。


「エスメラルダさんがここまで連れてきたって事は、貴女がじぃじだったって事よね! ほら、やっぱり私が言った通りだった! どう? この観察眼。正に女王でしょ!」


 食器類を置いてから駆け寄ってきたアルマは、ミラの姿をじっと見つめるなり、そう言ってエスメラルダににやりと笑ってみせた。どうやら、精霊女王がダンブルフであると初めに気付いたのは彼女のようだ。対してエスメラルダは懐疑派だったのだろう、アルマは実に勝ち誇った顔である。


「うう……だって、あのダン次郎さんが、こんな事になるだなんて思えなかったのだもの……」


 勝利に酔うアルマに対し、エスメラルダはそう呟いて唇を尖らせる。そしてちらりとミラを見つめて、「それは趣味なのかしら?」と問うてきた。


「いやいや、この姿はわけあってのもので──」


 その答えによっては、ダンブルフとして築き上げてきたイメージが崩れ落ちてしまう。不意にそんな危機が訪れ、ミラが言い訳を口にしようとしたところであった。ほぼ同時にアルマが口を開いたのだ。「──私は、じぃじにこういう趣味があるって気付いていたわ!」と。


「う……!」


 確かに、趣味といえば趣味で間違いはない。その言葉に絶句したミラは、かといってそのままには出来ないと、名誉挽回をかけての言い訳を始めた。


「これはじゃな、今わしが就いておる極秘任務に関係する事じゃ」


 そう前置きしたミラは、各国を巡るための手段として、今の姿になったのだと説明する。ダンブルフは九賢者の顔役として特に有名だったため、そうしなければ自由には動けなかったのだと。


「なるほど……そんな理由があったのねぇ。それで、その極秘任務ってどういう内容なのかしら?」


 あのダンブルフが少女の姿になってまで遂行している任務。そこにエスメラルダは強い関心を示した。すると、そんな関心を遮るようにして、アルマが「それより立ち話もなんだから、お茶にしましょう」と言い、我先にとテーブルへ戻っていった。


「うむ、そうじゃな」


 国家機密にもかかわる極秘任務である事をアルマは察してくれたのか。流石は一国の女王である。そのあたりは弁えているようだ。ミラはすぐさま提案に同意して、テーブルへと歩み寄っていった。

 三人が腰を下ろした後、アルマがせっせとお茶を淹れる。そしてお茶菓子も並び、ティーパーティの準備が完全に整った時である。


「さあさあ、じぃじ。詳しく聞かせて!」


 興味津々といった顔で、アルマがそう言ったのだ。

 そう、国家機密がどうとか彼女は考えていなかった。むしろ、腰を据えてじっくりと聞くためにテーブルへと誘ったのだ。


(まあ、そうじゃろうな。こやつがあそこで引き下がるはずもない)


 庶民的であり更には好奇心の強いアルマは、やはりミラが知っている時のままのようだ。

 こうなると油汚れよりもしつこいのが、アルマという人物だ。

 その内容は、メイリンを捜すために出場者名簿を見せてもらう理由でもある。

 とはいえ、やはり国家機密だ。一応はソロモンに話を通しておきたいところだった。


「話してやりたいところじゃが、事は国家機密にかかわってくるものでな。そう、おいそれとは──」


 そう、ミラが明かせぬ理由を口にした時だった。アルマが、脇にあった黒い箱を、どんとテーブルの上に置いたのだ。


「それなら今ここで、ソロモンさんに許可とっちゃえば大丈夫ね?」


 箱の中にあったのは、通信装置だった。流石は女王の私室というべきか。高価な代物という話だが、それは当然のように置いてあった。

 しかもアルマの行動は早く、通信装置は既にソロモンを呼び出している状態だ。


「うむ……まあ、そうじゃな」


 その素早さにたじろぐミラだったが、どのみち話は通しておくつもりだったため、素直に受話器を受け取った。


『はい、こちらソロモン』


 数秒後、通信が繋がり、ソロモンの声が通信装置から響いた。


「わしじゃよ、わし」


『あー、君か。それで、どうしたんだい? 順調に進んでいるかい?』


 その声と話し方で即座に理解したようだ。ミラが返事をするとソロモンの口調は一気に砕けた感じになる。


「うむ、それなのじゃがな──」


 ミラは、簡単に現状を説明した。今はアルマの私室から連絡をしており、アルマの他にエスメラルダもいる事。そして任務続行のため、その任務内容を明かす必要があると。


『なるほどね。アルマさん達なら、こっちの事情も知っているからね。話しちゃって構わないよ』


 ミラが説明を終えて直ぐだ。ソロモンは、さほど気にした様子もなく即答した。

 内容は国家機密だが、それでいて余り気にせずに明かせるほどに両国の関係は良好であり、それだけ信頼も厚いからだろう。


『用事は、これだけでいいのかな? それじゃあ、引き続きよろしくね』


「──ありがとー、ソロモンさん! また今度連絡するね!」


 そうして通信も切れたところで、アルマとエスメラルダの視線が一気にミラへと集中した。

 余りにも迅速な展開に押され気味になりつつも、ソロモンの許可は得られた。ならば、もう問題はない。


「えー、実はじゃな──」


 ミラはお菓子を抓みながら、ぽつりぽつりと極秘任務の内容について話していった。それは、各地に散っている九賢者達を捜し出し、国に連れ戻す任務であると。


「おおー、遂に動き出したんだ! ソロモンさんどうするのかなぁって思ってたけど、じぃじが動いているのならきっと大丈夫ね」


 ルミナリア以外の九賢者が不在。アルマは、その事を気にかけていたようだ。だからだろう、ミラの話を聞いた彼女は自分の事のように嬉しそうである。

 ただ、そんな様子も束の間。次にアルマは、期待と不安が入り交じったような顔をミラに向けた。


「それで、その、進展ってどんな感じなのかな。文香義姉さん……アルテシアさんがどこにいるか、わかってたりするのかな」


 アルマとアルテシアは、義理の家族という関係だった。アルテシアの亡くなった夫の妹が、アルマなのだ。その当時や現実での事を詳しく知っているからこそ、また本当の姉妹のように仲良しだったからこそ、心配もひとしおだったわけだ。


「うむ、そうじゃな……アルテシアさんはのぅ──」


 この件についてもまた、国家機密である。ミラが許可を得たのは、九賢者を捜すという任務についてだけだ。その後については、また別物と言える。捜している最中なのか、既に帰国しているのかでは大きく変わってくる。

 だがミラは、アルマとアルテシアの関係を思い、それを口にした。

 アルテシアは二ヶ月ほど前に発見した事。そして現在は、ルナティックレイクの新設の孤児院で院長をしている事。帰還を公に発表するのは、アルカイト王国の建国祭である事。ミラは発見時の様子だけでなく、そういった事情も含めて全て伝えたのだった。

無事に契約も終わり、明日が新居の鍵を受け取る日となりました。

それと同時に、明日から引っ越し作業が本格的に始まります。


なので来週の更新が難しくなりそうです……!

もしかしたら再来週分までもつれ込む事も……。


なるべく早く再開出来るように頑張ります!

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― 新着の感想 ―
[一言] タイトルを見て「んん?」てなった。 違っていて安心した。 ダン次郎・・・なんで次郎なんだ。 エメ子って略されたんならダル太くらいにしよう。 ジャージフリードより衝撃的なスウェット女王・・…
[良い点] 展開が早くて面白いです
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