314 実験場
三百十四
「どれどれ……効果のほどは如何なものじゃったか」
現場に踏み込むに際してスタングレネードを投げ込む特殊部隊の如く。それを魔封爆石で再現したミラは、再び扉を開いて中の様子を確認する。
まず初めに、ことごとく砕け散った調度品や、まとめられていた荷物が散らばっているのが目に入った。次に見えたのは、レバーの前で倒れている暗殺者のA、B、C。
今回使った魔封爆石は、スタングレネードのような優しいものではない。相手は実力のある暗殺者であるとわかっていたため、それなりの威力を持った石ばかりを初手から大盤振る舞いだ。
しかし、その爆心地にありながら、ゆらりと立ち上がる者が一人、また一人。そう、直撃を受けたにもかかわらず、ボスを含め、ほとんどの幹部達が軽傷で耐えきっていたのだ。
ただA、B、Cに加え、ボスの右腕と思しき男だけは完全にノックアウト出来たようで、起き上がる素振りは見られなかった。
(ほぅ……あれを耐え抜いたか。やはり只者ではなさそうじゃな……)
ニルヴァーナという大国に潜り込んでいる暗殺者集団。その幹部だけあって、精鋭揃いのようだ。ミラは扉の隙間から顔を覗かせ、注意深く状態を探る。
「その扉にいる奴、これは貴様の仕業か?」
幹部達も相当だが、ボスは更に実力が上らしい。防御の姿勢を解くと、扉から中を窺うミラにギロリと刺すような眼差しを向けてきたのだ。
魔封爆石を投じた際に切れた隠蔽効果は、扉の向こうに隠れた際に掛け直していた。その効果は確かで、幹部連中はボスの視線を辿りながらもミラの事を認識出来てはいない様子だった。
だがボスは、完全にミラの事を捉えているようだ。室内に入ったミラの動きまでも、じっと目で追っていた。
(感知能力もまた優れておるようじゃな……。もう隠れているのは無理そうじゃ)
仕方がない。そう判断したミラは隠蔽を解除して、その場に姿を現した。
「なに……!?」
「いったいどこから!?」
誰もいなかった場所に、突如として少女が出現した。目の前で起きたその状況にざわつく幹部達。そんな中、ボスは一歩二歩と前に出て、不機嫌そうにその表情を歪ませた。
「小娘とはな。貴様、何者だ」
その稼業ゆえに敵も多いボス。だからこそ奇襲など日常茶飯事なのだが、やってきたのが少女とあって不快な顔をみせる。それは少女をこのような場に向かわせるなど人として、というものではない。少女を送ってくるなど舐められたものだ、といった感情だ。
「さて……何者じゃろうな」
ミラはただ不敵な笑みを浮かべたまま、とぼけてみせた。
悪を成敗するためにやってきた、正義の召喚術士である。などとラストラーダのようにヒーローを気取りつつ召喚術を見せつける事も考えたが、相手は暗殺者。利があるとは思えず、言葉を呑み込んだ。
「賞金稼ぎ……というわけではなさそうだな……。となれば状況からして、制圧部隊の尖兵といったところだが、お前のような者がいるとは聞いていないな。だが上の様子からして、あの時の調査報告も正確かどうかわからん。まったく、思った以上に面倒な国だな」
ミラをじっくりと観察するように見据えたボスは、ニルヴァーナの情報操作にしてやられたと苦笑し、その顔に怒りを浮かべていく。実際には、調査員は十分な仕事をこなしていたのだが、上で暴れる武具精霊らによって情報が完全に錯綜している様子だ。
「ともあれ、ここを暴いた事は褒めてやろう。その潜伏の技術は見事だった。あの一撃までは気付けなかったぞ。だが、功を焦ったか? あれは愚策だったな。ただ貴様の存在を俺に知らせるだけに終わったのだから」
よもや、隠れ家の中枢にまで入り込まれているとは。ミラを注意深く睨みながら、そう言葉を続けたボスは、そのまま大人しくしていればよかったものをと笑う。
事実ボスだけでなく、ほとんどの幹部は健在のまま。ミラ側は、圧倒的に数で不利な状態にあった。対して当のミラはといえば、そんなボスの言葉を受けながら、まったく別の事を考えていた。
(はて……どうやらこやつは、わしが誰なのか気付いておらぬようじゃな)
ここ最近、街を歩けばそこそこに精霊女王だと気付かれ、またそうではないかと囁かれる事が多かった。だがボスも含め、幹部達もまたそれに気付いていない気配だ。精霊女王の、せの字すら出ないだけでなく、制圧部隊の尖兵だと思われているほどである。
このような地下に篭っているから、昨今の情報に疎いのだろうか。と、そんな予想を立てていたミラだったが、その中でようやく原因を思い出した。
(あ、そうじゃった。そういえば変装しておったわい)
髪を染めて眼鏡をかけて服も着替えているため、今はただ可愛いだけの町娘風となっていた。見た目の方向性は噂に上がる精霊女王に似ても似つかないため、気付かれないのも当然といえる。そして、だからこそ彼らは、ミラがどのような術を得意とするのか見当もつかないはずだ。
「ふっふっふ。このわしを甘く見てもらっては困るのぅ。制圧部隊の潜入員兼、黒髪の切り込み隊長とは、わしの事じゃ! 全員大人しくお縄につくがよい!」
勘違いしてくれているのなら都合がいい。そのまま制圧部隊の一人だと自ら騙ったミラは、挑発するように幹部達を見回した。
「ふん……潜入と切り込み、か。大層なお役目だな。しかも、こんな状況に陥りながら、随分と気丈に振る舞えるものだ。肝が据わっているのか、ただの強がりか。たかが小娘一人で、よくもまあここへきたものだ」
堂々とした態度のミラを見据え、こちらもまた余裕を浮かべるボス。仲間の力と、何よりも己に相当な自信があるようだ。そして確かに彼の能力は、幹部達よりも頭一つ抜きん出ていた。
「いや、違ったな。一人……──」
瞬間、ボスはミラより少し離れたところを睨みつけると、その視線の先に向けて拳を突き出した。するとマナが渦巻き、同時にそれは衝撃波となって、その先を貫いたのである。
「おっと、これは……!」
そう声を上げたのは、ワーズランベールだった。強烈な破壊音が響き壁に亀裂が走るその傍には、大きく回避行動をとる彼の姿があった。隠蔽効果を解除したのはミラだけであり、彼はまだ隠れたままであった。だが、ボスはそれを見破っていたのだ。
「──一人ではなく、二人。どのような力で姿を隠していたのかはわからんが、機会を狙って仕掛けるつもりだったのだろう? それがお前達の切り札といったところか? だが残念だ。俺には通じんぞ」
瞬く間に数人の幹部達に包囲され、見つかってしまいましたとしょぼくれるワーズランベール。その様子を眺めて、にやりと笑うボス。
「ふむ……流石は暗殺者共の頭といったところか」
彼の者の実力は本物だった。きっと、そこらのAランク冒険者では相手にならないだろう。その強気な発言もまた納得出来るというものだ。
ただ先程のやり取りで、ボスが仙術士である事が判明した。
放たれた一撃は、《衝波》。そして隠れていたワーズランベールを見破ったのは《生体感知》によるもので間違いない。見た限り、そのどちらもかなりの練度だった。
「大人しくするというのなら、苦しまず楽にしてやろう。だが抵抗するというのなら……後悔する事になるぞ」
ジャマダハルを──刃の付いた拳打武器を構えながらそう告げたボスの声は、酷く冷たかった。これまでにも同様の仕事を作業的にこなしてきたのだとわかるほど、淡々とした声だ。
辺り一帯に、張り詰めたような殺気が満ちていく。するとそんな中、幹部の一人がふらりと前に出てきた。
「ボス、ちょっといいですかね。ここは一つ、俺に任せてもらえませんか?」
その男は、如何にも冷酷な暗殺者といったボスとは対照的に、にやにやとした作り笑いを浮かべながら、ミラの全身を舐めるように見つめ始めた。
「見た感じは冴えない恰好をした娘ですが、見れば見るほど美味そうな上玉ですよ、これは」
短めの棍棒を手に、実にいやらしい表情でそう言った男は、生け捕りにする事を提案する。
「ほぅ、わしの可愛さを見抜くとは、良い目をしておる。ただ、お主のような変態に見られたところで気持ち悪いだけじゃな」
一歩二歩と近づいては、足元から這い上がるような視線で見てくる男に、ミラは明らかな嫌悪を表す。しかし男にとって、そんなミラの反応もまた甘美なようだ。ますます、その表情を歪ませていった。
「ったく、まーたあいつの病気が出たよ。ああなると、誰の言う事も聞かなくなるからな」
「しかも、あのせいで俺達も同類とみられる事があるってんだから、ほんと勘弁してくれってもんだ」
幹部の一人がほとほと呆れたように呟くと、更にもう一人が同意する。どうやらこの目の前の男の変態性について、他の幹部達は快く思っていないようだ。だが、それでもここにいるという事は、彼が相応の実力を有しているからであろう。
「そうか。お前がそういうのなら、十分な需要もあるという事だな」
変態男の言葉を受けて、そのような事を言い出したボスは、「ならば殺さずに捕らえて商品に加えるとしよう」と続けた。
すると変態男は、愕然とした顔で嘆き始める。商品を傷ものにするわけにはいかないため、あの少女を存分に堪能出来ないではないか、と。
「ああ、なんてこったよ……。俺が先に目を付けたってのに……。まあ、ボスが言うなら仕方がない。けどな、せめて味見だけは俺にやらせてくれよな……」
下心剥き出しの目をしたまま、ふらりとした足取りで歩み寄ってくる変態男。にやにやとした笑みを浮かべながら棍棒を構え舌なめずりをする様は、変態性の塊といっても過言ではなかった。
(何とも……ここまで下衆な感情を向けられたのは、初めてじゃのぅ)
多少の下心ならば、これまでに幾度もあった。だが今回のこれは実に不快だと、ミラは嫌悪感を露わにする。
「さて、大人しく眠ってくれよな。次に起きる頃には、全て済んだ後だ」
変態男が一際口元を歪めて、ゆっくりと腰を落とす。彼の性癖は酷く歪んでいるが、その実力は確かなようだ。構えるその姿には一切の隙がなかった。
いつ、どのタイミングで動くのか。どのような手でしかけてくるのか。いやらしく笑いつつもただならぬ気配を放ち、変態男は一歩一歩と距離を縮めてくる。
油断は出来ないと注目するミラ。と、その瞬間であった。静かに音もなく、それでいて矢のように鋭く動く影があった。しかも完全な死角となる斜め後方よりミラに迫っていた。
それは確実性を重視した、彼らの策の一つだった。果たして演技だったのか、それとも本物だったのか。変態男がこれみよがしにその変態性を見せつける事で、相手に嫌悪感と無視出来ない危うさを植え付ける。そうして必要以上に警戒させたところで、死角より本命が襲うのだ。
この時ミラは、これまでにないほどの嫌悪感を変態男に抱いていた。そして幹部の一人が、その心情の動きを察知し、完璧なタイミングで行動を起こしていた。
幹部の手がミラの首元に伸びる。しかも残り数メートルから更に加速した。そして瞬く間にミラを捕らえた──ようにみえたところで、迫った幹部の手は、その首をすり抜けていったではないか。
「なんだと……!?」
全てが完璧に整った現状において、それは有り得ないと驚愕の声を上げる幹部。だがそれは確かに有り得た。彼が少女だと思い手を伸ばしたのは、幻影。《ミラージュステップ》によって生み出された虚像であり、そもそもミラは油断など一切していなかったからだ。
ミラは幻影の後方、ほんの一歩下がった場所にいた。回避は少しずれた程度。ゆえに幹部の身体は今、絶好の攻撃範囲内にあった。
「残念じゃったのぅ」
そんな声と共に、ミラの手が獲物を失った幹部の腕を捕らえる。瞬間、幹部はそれを振りほどこうとするも、時すでに遅し。
直後、強烈な破裂音が轟き、紫の光が空間を奔った。《紫電一握》。強烈な電撃をその身に浴びた幹部の身体は、そのままずるりと力を失うようにして床に崩れ落ち、落雷にも似た僅かな残響だけが、その場を満たした。
僅かな間を沈黙が流れる。幹部達は、ほんの数瞬で起きた出来事を前に息を呑んだ。途中までは思惑通りに進んだ。けれど、最後で全てがひっくり返った。しかも、想像だにしていなかった力を見せつけられる形でだ。
「こいつはまた、とんだお転婆だな。ますます味見をするのが楽しみになってきた」
一番に口を開いたのは変態男だった。やはり彼のそれは本物のようで、むしろ先程よりもその表情には、いやらしさが増している。ただ、侮りがたいミラの実力も知れたからだろう、少しだけ間合いは広がっていた。
「何なら、今すぐに味わわせてやってもよいぞ?」
ミラは幹部の一人を仕留めたその手を見せつけるようにして目を細める。そして「次は誰がだまし討ちをする予定じゃ?」と、居並ぶ幹部達を見据えた。その姿には、どれだけ不意打ちをしかけてこようと叩き潰せるぞという確信がありありと浮かぶ。
その自信に満ちた表情と佇まいを前にして、幹部達の間に動揺が走った。
そんな中、前に出る者が一人。
「どうやらお前も仙術士のようだな……。それで死角からの動きにも対応出来たというところか」
変態男の肩を掴み、どけとばかりに払いのけたのはボスだった。彼は更に一歩二歩とミラに近づいていくと、そのまま視線だけを動かして戦闘不能となった幹部を一瞥する。
「しかもこの威力だ。見た目に騙されるとこうなるわけか」
ボスは僅かな苦笑を浮かべつつ、忌々しげにミラを見据えた。対してミラは、「まあ、この程度の集まりならば騙すまでもなかったがのぅ」と笑い返してみせる。
「ふん……まさかそのように見え透いた挑発をされるとはな……。だが面白い」
幹部達だけでなく、ボスを前にしながらの「騙すまでもなかった」というミラの発言。実にわかりやすい煽りだが、ボスにも相応のプライドがあったのか、あからさまな怒気をその顔に浮かべた。
「そこまで言われて、黙っているわけにもいかないな。ここは仙術士同士、一対一で勝負をつけようじゃないか」
そう提案を口にしたボスは、その証拠とばかりに幹部達に得物を置いて下がれと命じた。すると幹部達は、その命令に従い武器を捨てて下がっていく。それと同時、その言葉が本気である事を示すかのように、包囲されていたワーズランベールも解放された。
「ふむ……いいじゃろう。受けてたとうではないか」
相手は真っ当な職ではない暗殺者であるが、ここまでお膳立てされては断り辛いというもの。ただ、そもそも断る気のなかったミラは、その提案を快諾した。
広間の中心へと歩み出るミラとボス。対して幹部達は隅の方へと移動していった。ワーズランベールもまた、出入り口付近まで退避する。
そうして決闘の舞台が整い、両者が向き合う。真っ直ぐとボスを見据えて、構えをとるミラ。対するボスは、余程の自信があるのか、それともミラに合わせてか、ジャマダハルを捨てて徒手空拳で構えた。
場を張り詰めた緊張感が覆う。
「おい、開始の合図だ」
ボスがそう口にすると、変態男が出て来た。そして「では、これで」と、銀貨を一枚取り出してみせる。昼のストリートファイトなどでも目にした合図のやり方だ。
変態男が、銀貨をピンと指で高く跳ね上げる。それが床に落ちたところで決闘開始だ。
じっと睨み合う二人。ボスは徐々に重心を低くして、より瞬発力の高い構えをとっていく。対してミラに変化はない。いつも通りの自然体で、ボスの動きを観察していた。
その僅かな間にも銀貨は、高く上がっていく。そして軌道が最高点に達して落下を始めた、その時だった。
音もなく、だが鋭く、それを合図にして幹部達が一斉に動いたのである。そして隠し持っていた得物を手に、ミラへと襲い掛かっていくではないか。
それは明らかに、二度目のだまし討ちだった。コイントスによる合図は、むしろ幹部達に向けたものだったのだ。
一人では失敗に終わったが、幹部達全員で同時に仕掛けたらどうか。今のミラは、完全に包囲されているような状態だ。《生体感知》でその動きを察知したところで、これだけの数を同時には相手出来るはずもない。ボス達のそんな考えが、その行動からは窺えた。
瞬間、ボスの口端がにやりと上がる。挑発に乗って自ら格好の的となる場所にまで出てきたミラを、あざ笑うかのように。
だが、そんな状況の中にあっても、ミラの顔に浮かんだのは驚きではなかった。ボスとほぼ同時に、ミラもまた不敵な笑みを浮かべていたのだ。
幹部というだけあって、その実力は確かだった。行動に移す速度は驚くほどのものであり、見てから反応したのでは全ての対応が後手に回っていた事だろう。
しかし、今回は違う。幹部達が動き出した刹那、隠し持っていた得物を手にすると同時に、その背を大きな影が覆ったのである。
「なんっ……!?」
「こいつは……!?」
何もなかった幹部達の背後から現れたそれは、背筋も凍りつくような気配を纏った黒色の騎士達だった。そう、ミラの召喚術であるダークナイトだ。しかも今回は、実に物騒な見た目の戦鎚を装備していた。それが幹部達を制圧するために、それぞれの背後から飛び出したのだ。
ミラとワーズランベールを狙った幹部達は、その認識外から突然現れたダークナイトに虚を突かれる形となった。タイミングは攻撃に移った直後であり、どれだけの手練れであろうと、決して対応出来ないだろう絶妙な一瞬。ダークナイトは、その隙を見事に捉えていた。
一人は、ダークナイトの持つ戦鎚によって叩きのめされた。また一人は、両足を砕かれた。僅かにだが反撃の動きを見せた一人は、壁に全身を激しく打ち付けて沈黙する。響くのは、骨がひしゃげる鈍い音と苦悶の声だけだ。
同時に動いた事もあり、終わりもまた同時。幹部達は、そうして仲良く戦闘不能となり床に転がった。
「お見事です」
相手のだまし討ちを逆手に取っただまし討ち。見事に嵌ったその結果を前に、ワーズランベールが称賛の声を上げる。
「ふむ、思った以上の効果じゃな。やはり素晴らしい能力じゃ」
ボスの動きを警戒していたミラは、事が済んだ周囲を確認してそう答えた。
それを成し得たのは、新しい召喚法によるもの。それはワーズランベールを召喚中にのみ可能な新技、《隠蔽召喚》。召喚術の発動の他、動き出すまで召喚体が光学迷彩と気配遮断状態になるというものだ。
今回はこの《隠蔽召喚》を使って、随分と早い段階から広間を囲むような形でダークナイトを配置していた。結果、幹部達の動きに合わせて迅速に対応出来たわけだ。
「おのれ……!」
幹部達のことごとくが戦闘不能となった中、唯一ボスだけが立っていた。不意打ちを幹部達に任せて自身は様子見していたためか大きな隙が生じず、そこに確かな実力も合わさって、ダークナイトによる不意打ちを見事に躱していたのだ。
これだけの暗殺者達を束ねるボスだけあって、彼の力量はAランク冒険者にも匹敵、いや、その上位勢にまで食い込むほどのものだった。三体のダークナイトを相手にしながら、危なげない立ち回りをする。
ダークナイトも最近は更に成長していた。だがボスはそれ以上の実力であり、三体揃っても正面からの戦いとなれば分が悪かった。
ダークナイトは重々しい戦鎚を軽く振り回して鋭い一撃を放つ。しかしボスの対応は見事なもので、その一撃を最小限の動きでいなし、間髪を容れずにカウンターを放ってみせた。しかもそれは仙術も合わさった痛烈なものだ。
更に二体のダークナイトが波状攻撃を仕掛けるが、ボスの動きはその一つ上をいっていた。仙術を使い分けて猛攻を凌ぎ、必殺の一撃を叩き込む。
そうして装甲を容易く貫かれたダークナイトらは、続くボスの二撃目によって爆散してしまった。ボスは戦闘技術だけでなく、仙術の腕も一流のようだ。
しかし、その直後である。三体のダークナイトを圧倒してみせたボスの顔には焦りが浮かんでいた。霧散していくダークナイトを見て、破壊した相手が人ではないと気付いたからだ。そして次の瞬間、その顔が戦慄に染まる。
「わしのダークナイトは、なかなかに威圧感があるじゃろう」
ミラは、ボスの背に手を添えながら自慢げに言った。
大きな身体と凶悪そうな武器、一撃の重さ、そして滲み出る存在感。その厄介そうな強敵感を漂わせる見た目を前にすると、正反対の見た目であるミラから一瞬気を逸らせてしまいがちだ。
ミラは、そうして生まれる隙を完璧に捉えて、手の届く範囲にまで接近する事に成功していた。
その状況は、最早勝負が決したも同然。仙術には、手を添えた状態から可能な必殺の一撃が多く揃っている。ボスほどの仙術の腕前ならば、現状が喉に刃物を突き付けられた状態と同じであるとわかるだろう。
「なるほど……こうも見事に後ろをとられるとはな。降参だ」
そう答えながら、ボスは両手を上げた。だが、ミラの位置からは見えないその顔に諦めた様子はなかった。降参する姿勢をみせる事で、相手が捕縛に動いた瞬間を狙う。ホールドアップ後に狙える唯一の、そして確かな反撃の機会だ。
「手応えでわかった。あれは召喚術だろう? つまりお前は仙術だけでなく召喚術も使えたわけだ。まったく、完全に騙されたな。聞いた事があるぞ。精霊女王という凄腕の冒険者がいると」
ボスはそんな事を話し始めると同時に、その目を鋭く周囲に走らせた。この状況を打破するための切り札になりそうな何かを探して。
そして見つけた。隠し通路の入り口を開くレバーを。それには、隠し通路を開いてから三分後に入り口を崩落させる仕掛けが施されている。その意味するところは、つまり仕込まれた爆薬によってこの屋敷ごと潰してしまうというものだった。また仕掛けは単純であるため、レバーを引かずに強い衝撃などを与える事が出来れば、すぐさま爆薬に火をつける事が出来た。
それは一か八かの賭けだった。だがボスが現状を打破するには、それしかない。
「まさか、召喚術なんぞにここまでしてやられるとはな」
ほんの僅かな間に、そこまでの打開策を考えたボスは、本命の策を悟られないよう関係のない事を口にして、ミラが次に動く瞬間を窺う。
だが、その全ては無駄に終わった。ミラはその見た目に反して、ボスが受けた印象よりずっと容赦がなかったからだ。
【仙術・地:紫電一握】
ミラはボスの背に手を添えたまま、一切の加減なく止めの一撃を放った。再び響いた雷鳴と迸る閃光。ミラも当然知っていた。捕縛に動く瞬間こそ反撃の好機だと。常套手段だからこそ、最も慎重さが必要な場面だ。
ただ相手は、気を回す必要などない非道な暗殺者。ならば完全に沈黙させてから、簀巻きなどにした方が色々と早いというもの。
「召喚術なんぞとは、聞き捨てならぬな」
いや、それはもっと単純な動機だったのかもしれない。
焦げた臭いが僅かに漂う中、ボスの巨体はグラリと傾き、両手を上げたまま地に倒れ伏したのだった。
まだ引っ越し先は決まっていませんが、
引っ越しのために荷物をまとめています。
と、そうして引っ越しの準備をすればするほど、部屋が埋まっていくではありませんか!
とにかく漫画本が大量にあるので、それだけでとんでもない量になっております。
現在、漫画本だけで十五箱です。
それでいて箱詰め出来ていない漫画本は、まだまだ大量にあります……。
こう、紙の本を入れると電子書籍版に変換してくれる機械とかあればいいのに……。
そうしたら電子書籍デビューしちゃうのに……。




