312 夜に潜む者
三百十二
「──という事でのぅ。きっとなんらかの悪事を企てているはずじゃ」
人気のない公園の片隅に潜む三人組について、そう自信満々に話したミラ。対して服部にゃん蔵は、「それは確かに怪しいですにゃ。事件の臭いがぴんぴんですにゃ」と同意の言葉を口にする。
「そこでじゃ。これからお主には、気付かれる事なく目標に近づいてもらう」
ミラは、そのまま作戦概要を説明した。といっても、内容は複雑なものではない。服部にゃん蔵の仕事は、三人組に気付かれないよう、会話が聞こえるところまで近づく事。ただ、それだけであった。
ミラは今回の作戦を利用し、塔で過ごしていた頃に特訓していた《意識同調》の次なる段階、聴覚の共有を試すつもりだ。隠密技術に優れた服部にゃん蔵が対象に近づき、その耳を介して情報を盗み聞くという方法である。
この盗聴方法ならば直接声を聞けるため、報告よりも詳細に内容を把握出来る。更に服部にゃん蔵自体は、聞く事ではなく周囲への警戒に集中出来るため、より隠密性が増すという利点もあった。
「さあ、服部にゃん蔵よ。頼んだぞ」
「委細承知、ですにゃ」
ミラが指示を出すと服部にゃん蔵は、それこそ闇に紛れるかのように姿を消した。なんだかんだいって、流石の隠密技術である。だが、少し目を凝らしてみると、途中、白い何かが揺れているのが見えた。
プラカードである。[隠密行動中]と書かれたそれが、闇の中で僅かな光を受けて浮き上がって見えているのだ。
その事をミラが伝えると、服部にゃん蔵は、慌てたようにプラカードを引っ込めた。だが、少しして再びプラカードを背負う。そこには、黒地に白い文字で同じ事が書かれていた。どうやらプラカードを背負わないという選択肢は無いようだ。
そんな無駄な事をしている間にも、しっかりと歩を進めていた服部にゃん蔵は、いよいよ三人組の声が聞こえる範囲内にまで到達した。
ミラは小屋の陰に身を潜めたまま意識を集中して、服部にゃん蔵に同調させていく。特訓の成果もあり、同調するまでにかかる時間は三秒ほど。もう慣れたものであり、その耳を介して三人組の声が聞こえてきた。
「──お前もかよ。なあ、本当に『ミコ』なんているのか?」
「いるってんだから、こんな事になってるんだろ」
「でも、ここまで見つからないとか、どうなってるんだろうね」
その三人組は、声からして男のようだ。それなりに警戒はしているようで、その声量は小さく、囁く程度の話し声だった。しかしながら、服部にゃん蔵の耳は、そんな声でも拾えてしまえるほどに鋭く、続く言葉も全てがミラに伝わっていた。
三人組が話す内容。途中からではあったが聞けた範囲からして、その目的は『ミコ』と呼ばれる人物のようだ。
はて、その『ミコ』という人物を見つけてどうするのだろうか。会話を聞き続けてみると、ニルヴァーナという情報以外に何もないだとか、容姿ばかりか名前も年齢も男か女かすらもわからないだとか、それでいて期限が短いなど。三人は愚痴のような言葉を零し始めた。
「せめて、もっと人数をよこしてほしいよな。なんで俺達だけなんだよ。重要な任務なんだろうに」
「仕方ないだろ。人数を増やせば、それだけ気付かれる率も上がる。しかも今は闘技大会とやらで監視の目が増えているときたもんだ」
「ああ。ついでに、ここはあのニルヴァーナだ。気付かれた挙句に十二使徒が出張ってきたら、組織にまで影響が及ぶぞ」
仕事がさっぱり上手くいっていないようで、不満の言葉ばかりが増えていく三人。ただ、そんな会話の中に、彼らが何者なのかに関する言葉が出てきた。
「しっかしよ、その『ミコ』ってのを始末する以外に、なんか方法はないのかね」
「あらゆる手段を試して、どうにもならなかったから俺達に任務が下ったんだろうよ。『ミコ』の能力は最悪過ぎるってな」
「確か、未来を見通す能力、だったか。そのせいで全ての取引を潰されたから、頭目は相当にご立腹だ。失敗すれば、俺達の首もどうなる事か……」
そんな話を交わしては、面倒な役目を押し付けられたものだとため息を吐く三人。
(これはまた、コソ泥どころではなかったようじゃな……)
公園内の目立たぬ場所で見つけた、怪しげな男達。初めは金持ちの家を狙う泥棒か何かだと睨んだが、そうではないと話の内容からわかる。彼らは、何かしらの組織に属する暗殺者だったのだ。
ニルヴァーナに存在する、『ミコ』という存在。その者は未来を見通す能力を持ち、その能力でもって彼らの属する組織が関係する取引の全てを、ことごとく潰した。結果、組織より暗殺者を送り込まれたわけだ。
だがニルヴァーナも流石なもので、暗殺者達は『ミコ』の所在を特定出来ていない。と、三人の愚痴から判断出来た現状は、そういったものだった。
(ふーむ……。なるほどのぅ。しかしまた、『ミコ』とはなんじゃろうな……)
三人組の事情は、わかった。ただ一つミラが気になったのは、『ミコ』という存在だ。三十年前のニルヴァーナに、そのような能力を持つ者はいなかった。では、いったい何者なのだろうか。
そんな事を考えるも、やるべき事は決まっている。そこにいるのは、『ミコ』とやらの命を狙う暗殺者だ。となれば、このまま捨て置く事など出来ようはずもない。
と、ミラが三人の確保を決めたところだ。愚痴を吐き出し終えた男の一人が、それを口にした。
「とにかく今日は一度戻って、ボスに報告した方が良さそうだな。これだけ調べて、とっかかりの欠片すら見つからないんだ。方法を変えられないか相談しよう」
その言葉からして、どうやら、どこかに彼らの隠れ家があり、そこにはボスと呼ばれる者がいるようだ。残りの二人は、またどやされるだとか、もう一日粘ってみようとか言って難色を示す。彼らのボスとやらは、かなり恐ろしい人物のようだ。
(これは、隠れ家にまで案内させた方が良さそうじゃな)
この場で三人を捕まえるより、尾行して隠れ家を特定し、そこにいるボスとやらも一網打尽にしてしまうのが良さそうだ。
そう考えたミラは、ここで《意識同調》を解いた。そして素早くロザリオの召喚陣を展開して、静寂の精霊ワーズランベールを召喚する。確実に、隠れ家まで尾行するためだ。
「というわけで、静音と光学迷彩を頼んでもよいか」
召喚するなり、そう頼むミラ。これもまた特訓の成果により、以前とは違って同時に二種類の効果を発動出来るようになった。そのため、より隠密性が増したその能力は、厳しい時間制限のある完全隠蔽に頼らずとも活躍の場を広げる事を可能とした。
「えっと、わかりました」
そう答えたワーズランベールは、素早く隠蔽領域を展開する。そしてその後、「それで、どのような状況でしょうか?」と、真っ暗な公園を見回しながら口にした。
「おっと、そうじゃったな──」
塔で《意識同調》の特訓中に判明した事だが、その間、見学している精霊王とマーテルには、何も伝わらなくなるようだ。よって先程までミラが聞いていた会話は実況中継されておらず、ワーズランベールは状況を把握していなかった。
そんな彼に状況を簡潔に説明しつつ、ミラは服部にゃん蔵と合流する。
「成果を挙げられないまま、時間が過ぎたら同じ事だ。今ならばまだ、多少仕置きされる程度ですむかもしれないぞ。それにボスは、報告と連絡について特にうるさいからな。先延ばしにしたところで意味はないだろうよ」
何やら、まだ隠れ家に戻るか戻らないかで揉めているようだ。三人のうち二人は、余程ボスに会うのが怖いらしい。
(そんなのはどうでもよいから、とっとと案内せぬか)
暗殺者の三人がボスとやらにどんな仕置きをされようと、どうでもいいミラは、なかなか動き出さない三人にやきもきする。
「わかった。じゃあ、こうしよう」
暫くして、初めに帰ろうと言い出した男が妥協案を口にした。二人はいるだけでいい、報告は自分だけですると。
その様子からして、どうやら彼は二人の先輩的な立場のようだ。矢面に立つと言った先輩は、なんと後輩思いなのだろうか。しかし暗殺者である以上、ミラの心に赦しは一切生まれなかった。
そうして話もまとまり、移動を開始した三人組。それを付かず離れずの距離で追うミラとワーズランベール。更に空ではポポットワイズが目を光らせていた。決して逃れられないだろう、完全な布陣である。
と、それとは別の方向へと駆けていく影が一つ。服部にゃん蔵だ。彼は新たな任務のために、まったく別の方角、街の中心地となる王城へと向かっていた。その目的は、ニルヴァーナの友人に暗殺者の件を伝えるためだ。
特別な能力を持つ、『ミコ』という存在。それを煙たがる組織と、送り込まれた暗殺者。事は、国家にかかわる規模の案件だ。そこへ接触しに行くならば、話を通しておくのが筋というもの。
だからこその服部にゃん蔵だ。彼は今、ミラの言伝ともう一つ、勲章を手にしていた。それはソロモンより叙勲されたものであり、ソロモン直属である事を証明する代物だ。
王城という場所に、しかも夜にやってきたへんてこなケット・シーであろうと、その勲章があれば無下にされはしないだろう。そして、知人である彼らならば、必ず服部にゃん蔵の話を聞いてくれるはずだ。
そうして話を通しさえすれば、多少暴れたところで、きっと彼らがどうにかしてくれる。そうなれば思う存分に、暗殺者達の隠れ家を襲えるというものだ。
新しい技の実戦投入を目論むミラは、どれから試してみようかとほくそ笑みながら、夜の街を往く暗殺者達を尾行する。
ワーズランベールの力は、やはり秀逸であり、三人に気付いた様子は一切なかった。
尾行を続ける事、二十分ほど。新市街の路地裏を進んでいたところで、暗殺者達に動きがあった。不意に周囲を警戒し始めたかと思うと、隠れるようにして屋敷の敷地に身を滑り込ませたのだ。
(どうやら、ご到着のようじゃな)
様子からして、その屋敷こそが彼らの隠れ家なのだろう。しかも《生体感知》で調べると、二十人以上の反応があった。なかなかの隠れ家なようだ。
三人の暗殺者から十メートル程度離れた場所にいたミラとワーズランベールは、素早くその後に続き、屋敷の敷地内に踏み込んでいく。なお、ポポットワイズは、屋敷が見える高い位置で待機だ。
(随分と立派な屋敷じゃのぅ)
敷地内は広く、塀から屋敷まで二十メートルもの距離があった。しかもその間には遮蔽物が一切なく、塀を越えて侵入しようものならば直ぐに見つかってしまうだろう造りだ。
だがワーズランベールの力の前に、それは無意味というもの。三人の後に続き、易々と玄関前にまで到達。鍵はかかっていなかったため、一時的に完全隠蔽に切り替えるという方法で、そこから堂々と屋敷の中にまで入り込む事に成功した。
「あ、戻ったんですね。どうでしたか?」
「さっぱりさ。これからボスにどやされてくるよ」
「ありゃ……そうでしたか。無事を祈ってます」
「ああ、ありがとう」
暗殺者の三人は、この屋敷内で相当な地位にいるようだ。どこかへ向かう途中で出会う者達が、頭を下げては挨拶して、一言二言交わしていく。そして、気付く事なく、ミラ達の傍を通り過ぎていった。
敵陣の中にあっても、ここまで気付かれない静寂の力。それはひとえに、このような事が出来る静寂の精霊という存在が、ほぼ知られていないからこそだろう。
そうして屋敷の奥へ奥へと進んだところで、物置と思しき部屋に辿り着いた。雑多なものが、それこそ雑然と置かれた部屋だ。
「じゃあ、いくぞ」
「はい」
「酔いつぶれてますように……」
そう言葉を交わした後、暗殺者のリーダーが部屋の隅にある獅子の像の口に手を入れた。するとどうだろう、カチリという小さな音と共に、床が開いていったではないか。
(また、隠しなんちゃらか。こういう屋敷には標準装備されておるのじゃろうか)
ところどころで、こういった仕掛けを見てきたミラは、そんな感想を抱きつつも更に三人の後を追おうとした。だが、そこでワーズランベールより待ったがかかる。
「ミラさん、そろそろ時間です」
「おっと。では一先ず、ここらに潜む事にしようかのぅ」
ワーズランベールの言葉を受けて、ミラは三人の後を追うのを中断し、部屋の隅の物陰に身を潜める。そして、隠蔽効果を中断してもらった。
ワーズランベールが言っていた、時間。それは、静寂の力の同時発動が可能な時間の事だった。極めて優秀で便利な能力ではあるが、やはり相応の制限、そして弱点というのが存在する。同時発動については、現在、三十分弱ほどが持続限界。改めて使うには十分程度のインターバルが必要となっていた。
この隠し通路の先だが、《生体感知》で調べたところ、先程の暗殺者を含め十人ほどが確認出来た。その中には、ボスとやらもいるのだろう。相当な手練れだとすると、光学迷彩だけでは看破される恐れが強い。
また、相手に仙術士などの索敵に優れた能力を持つ者がいた場合、何かが隠れていると察知された時点で、所在がバレたも同然となる。
同じように《生体感知》などで気付かれてしまうからだ。ゆえに、その切っ掛けを与えないよう、光学迷彩と気配遮断の同時発動は必須なのだ。
「暫し、様子見じゃな」
同時発動が充分可能になるまで、《生体感知》で下の動きを探りつつ待つ。三人の反応が向かった先にある、もう一つの反応。きっとそれがボスなのだろう。反応だけでは詳しくわからないが、三人との対比から随分と大きな身体をしているのはわかった。
と、そうしていたところで、王城に向かった服部にゃん蔵より連絡が入った。
つい、先日の事です。
スーパーで買い物中に、ふらりと魚のコーナーを通ったのですよ。
すると!
なんと!
鰤の切り身が、100グラム100円くらいで売っていたではありませんか!!
お魚は身体に良くて健康的だという事。なので出来るだけ食べていきたいとは思っているものの、幾つかの難点から、ちょっと手が出し辛いんですよね……。
その一つは、骨です。
骨があるので、がぶりがぶりと存分に食べられないんですよね。
ちまちま解して、ちまちま食べるのがもう何とも面倒で面倒で……。
もう一つは、やはり値段です。
グラム単価が牛肉クラスかそれ以上なんですよね……。
そんな中で見つけた、鰤!!
鰤の切り身って、ほとんど骨が無いんですよ。
しかも血合いの部分も美味しいんです。
そして今回はグラム単価も豚肉相当!
もう、即買いでしたね!
3切れで、330円くらいでした!
割り下に漬け込んでから焼きます!




