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30 強さの証明

三十



「なんて強さだ……」


 城からミラと悪魔の戦いの一部始終を目にしたアスバルが、無意識に呟く。他の者達も、その余りの次元の違いに絶句していた。


「ミラお姉ちゃん、すごい! カッコいいよ!」


 だがタクトだけは違った。悪魔と戦い、勝利したミラを崇敬の眼差しで見つめ走り出す。命令を忠実に守るホーリーナイトがタクトを追従していく姿を目にして、エカルラートカリヨンの面々も我に返り、ミラの元へと駆け出した。



「僕もミラお姉ちゃんみたいに強くなりたい!」


 エメラ達が追いつくとほぼ同時に、タクトはその瞳を輝かせながら言う。


「ほう、そうかそうか。その気持ちがあれば、きっと強くなれるじゃろう」


 無垢な子供に褒められてふんぞり返るミラは、タクトの頭を撫でながらにやにやと笑んでいる。その瞳には禍々しかった魔眼の痕跡はもう無く、いつもの色彩に戻っていた。

 エメラ達が目にしたその姿には悪魔と戦っていた時の面影は無く、年頃の少女といった雰囲気しか感じられない。一瞬気の抜けた面々だったが、やはり気になるのは先程まで目の前で繰り広げられていた光景。あの人類の敵と云われていた、悪魔を圧倒したミラの常識外れな実力だ。


「何て言ったらいいか分からないけど、ありがとうミラちゃん。お陰で助かったわ」


「ああ、俺達だけだったらどうなっていたか」


「礼を言われる事ではない。わしが巻き込んだ様なものじゃからのぅ」


 エメラとしては命を救われたという事実は揺ぎ無いものだったが、ミラにしてみれば本来一人で来る予定だった場所。そしてそこに居た悪魔との戦闘に巻き込んだ形となるのだから、礼を言われても困ると首を振る。


「にしてもさ、ミラちゃんってめっちゃ強ぇんだな。冒険者になっていきなりランクCっていうのと関係あるん?」


 唐突にゼフは、ここに居る誰もが気にしている事を難なく言ってのけた。

 現在最も気になる事ではあるが、何か秘密がどんな事情がと思考を巡らせていたアスバルやフリッカは、呆然とした目でゼフに視線を送る。

 視線を向けられた当の本人はミラを見て、細かい事情は分からないが、それでも悪い人間ではまず無いと確信している。直感にも近いが、ゼフの観察眼は確かなものだ。そしてタクトを気遣うミラの態度は、ゼフだけでなく他のメンバーも見ている。タクトに接するミラは良きお姉さんであり、背伸びした物言いは何とも愛らしい印象を感じさせるものだ。


「ふむ、そうじゃな……まあ言ってもいいじゃろう」


 ミラはゼフの言葉を受けて一瞬だけ思考したが、術士組合のギルド長が自分を知っていた口振りからして、隠したところでいずれ分かる事だろうと結論する。

 ならば根掘り葉掘り訊かれて、それを誤魔化す為の言い訳を考えるよりも、最初に閃いた言い訳を言ってしまった方が手間が少なく齟齬も無い。

 英雄の弟子だから悪魔も楽勝でした。事実、ダンブルフの蛮勇を知っている者ならば、それで十分に納得できる言い分だろう。


「それで……ミラちゃんの強さの理由は……」


 やはりというか最もというか、一番気にしていたエメラは食い入る様にミラを見つめて言葉の続きを待つ。美女の視線を近くに感じて、ミラは盛大に狼狽しているとは露知らずに。


「う、うむ……ダンブルフという者を知っておるか? わしはその弟子じゃ。故あって動き回れぬ師の代わりに野暮用をこなしておるところでな」


 ミラは力量の証明と同時に、後々聞かれるであろう古代神殿に来た理由を仄めかした。九賢者の代わりに来たと言っておけば追求されても、秘密と押し通せると考えたからだ。


 さあどう反応するかとミラが身構えていると、その反応は以外にも落ち着いたものだった。


「ダンブルフ様の弟子……だからあんなに強いんだ」


「軍勢の二つ名持ちの賢者……その弟子。なるほどな」


 エメラとアスバルは、むしろ納得できたと言わんばかりにその答えを飲み込んだ。目の前で繰り広げられた次元の違う戦い。そして周囲に刻み込まれたその傷痕。これ程の力を持つ者と言えば、それこそ九賢者やレジェンドクラスの冒険者、三神国の将軍といった錚々たる面々が並ぶ。

 そんな者達と比肩してみせたミラの実力は、むしろそういう理由でもないと納得できるものではなかった。

 なにより、目の前で起きた事象の上での言葉に疑う余地は無く、疑ったところで答えなど見つけられ無いだろう。故に、ダンブルフどうこうよりも先に、ミラの言葉を素直に受け止める事が出来たのだ。


「ダンブルフ様……九賢者の弟子……」


 ミラの想像以上に早く落ち着いたエメラとアスバルとは別に、フリッカはその答えを何度も繰り返していた。

 フリッカもミラの圧倒的な実力をその目で見たので、疑いはほとんど無かった。悪魔との戦いの前から、兆候は幾度と感じていたからだ。だが、エメラとアスバルとは違い術士であるフリッカは、その言葉が前例の無いものである事を知っている。九賢者は総じて弟子を取った事は無いのだ。銀の連塔の術士は飽くまで研究員であり、賢者から教えを請う事も出来るが、結局はそこまでだ。弟子でなく、教師と生徒という位置でもない。決して、一対一で技術の全てを指導してもらえるという立場の者はこの世に居ないと聞いている。

 九賢者が失踪する前から、弟子と噂される者は居らず、唯一戻って来ているルミナリアも決して弟子は取っていない。

 フリッカは、そうでもなければ強さの説明が付かないという思いと、歴史に反する前代未聞の賢者の弟子という存在の間で揺れ動いていた。


「すっげ! 知ってる知ってる。オレでも知ってるよその名前。超有名人の弟子なんか。すげぇなミラちゃんは!」


 最もお気楽なゼフが身振り手振りを交えてミラを賞賛する。そして、傍らに佇むホーリーナイトを見つめながら「改めて見ると、貫禄が違うな!」などと騒ぎ立てる。

 ゼフにしてみれば誰の弟子だろうが、どういう事情があろうが、ミラは悪魔を倒し自分達はそれで助かった。それ以上でもそれ以下でもなく、ミラはとにかく強い。それだけの事だった。良い意味で空気の読めないゼフ。


 タクトにしてみればダンブルフという人物は知っているが、絵本や物語のヒーローという認識だ。それよりも悪魔を倒したミラはヒーローそのもので、眩いくらいに瞳を輝かせてミラを見つめている。


 ミラは、少しくらい「うっそだー」だとか「ありえないっしょー」などと言われるかもと予想してたが、そんな事は無く、一言で片付いて良かったと一息ついた。

 そもそもミラがそう思った理由というのは、単純に九賢者が失踪中であるという事が挙げられる。居場所どころか生死すら不明の人物の弟子だなんて、言うなれば名乗り放題である。しかしここに居る者は、その考慮や確認すらせずに受け入れた。ミラにしてみれば不思議だとも思えるが、エメラ達にしてみれば、それ以外にミラの強さに説明が付かないというのが実情。それ程までにミラの実力は、常軌を逸したものだったのだ。


「なんじゃお主等、やけに素直に信じるんじゃのぅ」


 拍子抜けだと言わんばかりに、つい口にするミラ。


「えっ、嘘なの!?」


 納得して落ち着いていたエメラは、取り乱した様に再びミラに迫る。とても近い。


「いや、嘘では無い。そして近い」


 ミラは軽く首を横に振り、視線を外しながら後ろに下がる。若干、顔が赤くなっていた。


「というよりかの、わしの師は失踪中となっておるじゃろう。それに関して何か言われるかと思うておったんじゃがな」


「ああ、そういう事ね」


 得心がいった様にエメラが頷く。


「確かに、失踪中の賢者様達には色々な説が流れているけど。魔界に乗り込んだとか、壮絶な仲違いで殺し合ったとか、神に昇格して天に召されたとかね。

 だけどそれは一部の人が面白可笑しく話しているだけ。普通に皆は、賢者様はどこかに隠居して俗世から離れて暮らしているんだろうってのが通説よ。

 それにもうあれから三十年、弟子が出てきたっておかしくない時期でしょ」


 あながち間違いではない。エメラがそう言い終わると、隣のアスバルがミラの全身を見ながら、


「それとだ。嬢ちゃんの戦い方ってのが、親父から聞いた話にソックリだったんだよな」


 そう続けて、にかっと笑う。そしてそれこそがミラの話をすぐに信じた決定的な要因だった。


「私もお父さんに良く聞かせてもらってた!」


「私もですね。魔術士適正があると分かってからは、九賢者様の物語を何度も読んでもらっていました」


「だよなー。ってか、この国で生まれたなら知らない奴も居ないだろうな」


 アスバルに続く様に他の三人も口を揃えて、その物語の情景を思い浮かべる。その情景が、先程のミラの戦い方と酷似していたのだ。


「物語とな?」


 首を傾げるミラにエメラは、その詳細を語る様に話し始めた。

 皆が言う物語とはアルカイト王国で老若男女に大人気の、九賢者を題材とした物語の事だ。その内のダンブルフの物語には、召喚精霊を千体同時召喚といった武勇伝が描かれていたりするのだが、その中でも特に人気だった話が一つ。召喚術と仙術を駆使した召喚術士ならざる近接戦がメインのお話だ。

 召喚獣が飛び交いダンブルフが地を駆ける。子供達は誰もがその物語に熱狂した。そして全員が子供の頃から知っている共通認識から、ミラの言葉は即座に受け入れられたのだ。



「その様なものが出回っておるとは……」


 エメラが物語の内容を簡潔に、しかし熱く語る。それにタクトも興奮し「すごいすごい」と囃し立てるものだから、エメラは益々調子に乗っていく。


「ミラちゃん、これはまだ序章よ! 貴女の師匠、ダンブルフ様の武勇はこの程度では終わらないわ!」


 絶好調に拳を振り上げるエメラは直後、フリッカの杖の硬いところで突かれて蹲る。


「もういいわエメラ。それよりもまずは早く帰りましょう。この場に悪魔が現れたという事も早く報告したいわ」


「そ……そうね。ぞうじまじょう……」


 くぐもった声でエメラが答える。よろりと立ち上がったエメラは僅かに涙を浮かべていた。


「あー、わしが聞いた事じゃから、途中で止めるべきじゃったかのぅ」


 自分が途中で止めていれば痛い思いをせずに済んだだろうと、ミラは腹部を押さえるエメラを見ながら言うと、


「そんな事ないのよミラちゃーん! 悪いのはエメラだから気にしないのぉー!」


「おおぅっ!?」


 裏返る一歩手前の声を上げながらフリッカが掻っ攫う様にミラを抱き上げる。同時にその顔を胸に埋めてもふもふすると、案の定エメラのチョップで地に伏せる。やったらやり返された。そんな構図だ。

 ミラはフリッカが倒れる直前、エメラに抱えられてから地に下ろされる。


「なんか、ごめんね」


「さっきまでは普通だったのにのぅ」


「多分、緊張が解けて我慢の限界超えたんだと思う」


「難儀じゃな」


 そう言った二人は、幸せそうな笑顔で地面を転がり「すっごく柔らかかったのー!」とのたまいながら身悶えているフリッカを見つめる。


「残念すぎるよなぁ」


「まあ、そこもフリッカちゃんの魅力さ」


 嘆息しながら呟くアスバルに、美人なら障害なんて何のそのなゼフが答える。



 


「それにしても物語のダンブルフ様は、召喚術の他に仙術で接近戦が出来るとあったけど、ミラちゃんはそれも受け継いでいるんだね。あれはすごかった」


 フリッカが平静を取り戻す中、エメラが熱を帯びた瞳で語る。事実それがダンブルフの戦闘方法であり、まともな召喚術士の戦い方とは逸脱してたりする。


「仙術か……急に消えたりもしたよな。すげぇんだな仙術ってのはよ」


「あれくらいは普通じゃよ」


「オレも所々、目で追えなかったな。仙術士ってのは皆あんな非常識な動きするん?」


「他は知らぬが、あれくらいは普通じゃよ」


「なんだか空走ってましたよね。仙術士はうちのギルドにも居ますけど、あんな事出来なかったと思いますが」


「空闊歩という仙術士の固有技能じゃな。あれくらいは普通じゃよ」


 仙術士としても上位であるミラの動きは、大盤振る舞いした事も相まって、客観的に見るとちょっとした超常現象染みたものだった。物語とは違い、実際に目にしたその戦いは迫力が違う。もちろんその光景はエメラ達の脳裏に鮮明に刻み込まれている。


「仙術ってすごいね!」


 全員の総意をまとめて、エメラが興奮気味に声を上げる。それと共にエカルラートカリヨンの面々は大いに仙術に対しての認識を改める。召喚術士であるが仙術も操る賢者の弟子が、あれ程の仙術戦を繰り広げた。それも悪魔を圧倒する仙術戦だ。魅了されない訳が無い。


「……なん……じゃと」


 召喚術の実力を見せ付けるはずが、結果として最も評価の上がったのは仙術だったという事実。ミラは遥か遠くに視線を飛ばし、どこで間違ったと頭を抱えた。



「おーい、これってもしかして結構良いもんじゃねー?」


 次のチャンスにと、帰り道にあるかどうかも怪しい召喚術挽回の可能性に賭けていたミラが顔を上げたところで、遠くからゼフの声が響く。皆が反応してそちらに視線を向けると、ゼフの足元には悪魔の亡骸と、その得物が転がっていた。


「それにしても、改めてみるとまたすごい有様だな」


 アスバルは悪魔の体表の所々に刻まれた傷痕を指でなぞりながら言う。そこから手の甲で軽く叩き、その尋常ならざる堅牢な鎧衣に嘆息した。自分の全力でも掠り傷一つ与える事ができるのかどうかと。

 エメラも同じ気持ちで剣の柄を力強く握り締めると、今日から訓練を倍にしようと心の中で誓う。その瞳には、別次元の情景が焼きついており、そしていつかは自分もその場所へ行くんだという情熱が宿っていた。


 感心した様に亡骸を囲む面々に対して、タクトは悪魔を目にした途端にミラの背後に隠れ、そんなタクトにミラは「大丈夫じゃよ」と声を掛け優しく頭を撫でる。


「んでさ、これなんだけど。オレじゃあ、ちと持てそうにないんだよな」


 ゼフは両手でどうにか持ち上げた大鎌を引き摺ってアスバルの元へと運ぶ。それを受け取ったアスバルは、その瞬間に表情を歪める。


「ぬっ……なんて重さだ。ふんっ!」


 そう言いながらも、両手でそれを構え大きく振り下ろす。甲高い金属音と共にその刃が地面にめり込んだ。


「どうだ、使えそうか?」


「俺では荷が重いな。それに大鎌なんぞ使った事もない。そもそもこれは悪魔を倒した嬢ちゃんの物だろ。まあ、武器は嬢ちゃんには必要無さそうだが、売ればかなりの値が付くんじゃないか」


「んだなー。後は魔動石と魔動結晶もあるし、ミラちゃんウハウハだな。一割くらい、アイテム回収作業代として貰っていい?」


 ゼフは冗談らしく笑みを浮かべる。実際問題として、古代神殿で手に入ったアイテムは最初のグールを抜かせば、全てミラの手柄だ。ゼフも、それは承知で回収していたし、他のメンバーだってその事にどうこう言うつもりはない。

 だがミラは違った。


「なんじゃ。こういうものは頭割りが基本じゃろう。計算は苦手じゃからそこは任せるがのぅ」


 その言葉にエカルラートカリヨンの面々は完全に思考停止となる。回収した魔動石に、悪魔の武器である大鎌。計算するでもなく、ちょっとした一財産となるだろう。

 そして誰がどう見ても、その所有権はミラにある。だがその所有権を持つ本人が、皆で分けるのが当たり前だと言ったのだ。協力して倒した魔物の部位アイテム等を分けるのは冒険者としての常識だが、ミラの実力が知れた今、どうあっても自分達はミラに着いて来ただけの同行者という立場だと認識している。


「でもほら、倒したのはミラちゃんの召喚術だし」


「わしらは、パーティじゃろう?」


 しどろもどろに現状を伝えるエメラに、疑問符を浮かべながら返答するミラ。

 元よりミラはそのつもりであり、単純にそれがプレイヤーの常識として染み付いている。魔物のドロップアイテムで揉めるのが苦手なミラは、パーティ戦では最初から全部頭割りとするのが平等で理想的だと思っているのだ。


 互いに視線を交わしたまま首を傾げ合うエメラとミラ。タクトは話の内容が分からず首を傾げる。


「そんな懐の大きいミラちゃんも素敵!」


 そう言い飛び出したフリッカにまたも抱きしめられたミラは、視線で何とかしろとエメラに訴える。

 何度目かの手刀をフリッカの脳天に落としながら、エメラはクスリと微笑んだ。


「ミラちゃんって、どこまでも非常識なのね」


「それには同意だな」


 半ば呆れつつも優しい笑顔を浮かべるエメラに、アスバルは大いに頷いた。


「わしは、それ程金品に困ってはおらんからのぅ」


 いざとなればソロモンを強請ればいいだけの話だ。


「夏燈篭に宿泊しているくらいだし、そういえばそうよね」 


「あー、言ってたな」


「言ってた言ってた。金に困らないなんて羨ましいよなー」


 エメラは若干遠い目をしつつ、鎮魂都市カラナック一の宿を思い浮かべる。たった一度だけ、戦勝祝いとして訪れた夏燈篭。手の込んだ料理の数々と安宿の食堂とは明らかに違う内装や調度品。エメラはそこで、お姫様にでもなった様な気分に浸りながら、仲間達と騒いだ夜を思い出す。

 アスバルやゼフもその時の戦勝祝いを思い出したが、二人の記憶には一晩中にやついていたエメラの顔が真っ先に浮かぶ。どうやらお姫様気分により表情が緩みきっていた事に、エメラ本人は気付いていなかった様だ。


「えっと、それじゃあ本当にいいの?」


「構わぬ。それとお主等のギルドにその鎌が使える者が居るならば、それはそいつにでも渡しておくといい」


 自分では使わないが、折角のレアな武器なので使える者の手に預けるのが一番だと伝える。これもまたプレイヤー時代からの決まり事だ。装備品が出た場合は、それを最も有効活用出来る者が手にする。ミラは今までずっとそうしてきたし、これからもそれを変える気は無かった。

 そういう心持のミラの一言は、再び一同の表情が一変させた。エメラは呆気に取られ、アスバルは苦笑、ゼフは大笑いしていた。そこに復活したフリッカは三者三様の表情に首を傾げる。


「鑑定してみないと分からないけど、これ一本でもかなりのものよ?」


「装備品は、それを有効に利用できる者が仲間に居るのならば、その者に渡すのが一番じゃろう。わしは要らんしのぅ。お主等の中に使える者はおるか?」


「んー、俺じゃあちと厳しいが、同じギルドの仲間に闇騎士が居るから、あいつなら使えるかもしれんが、なぁ」


 アスバルはそう言いながらも、ここに居ない者に悪魔の武器などという一級品を渡すのもどうかと言葉を濁す。


「ほう、闇騎士か。ならば丁度良さそうじゃな。そ奴にでも渡しておくとよい」


「いや、だがな。俺たちとしてはギルドの戦力が上がるからありがてぇ話なんだが、流石に受け取れねぇよ。こればっかりはなぁ」


「うん。ミラちゃんの申し出はありがたいんだけど、流石に気が引けるっていうか何というか」


 エメラとアスバルが言い淀むのも無理はない。上級冒険者として金銭面には注意を払っているのもあるが、今回は桁が違う。ミラにしてみても鎌など使わないし、お金にもそれ程困ってはいない。

 だが売るというのは好ましくないと思っていた。何よりもミラが警戒している事は、それが悪人の手に渡る事だ。強力な武器を悪人が手にすればその被害は目も当てられないものとなるだろう。

 自分が世に出したものが犯罪に使われる可能性。それならばエメラ達に渡しておいた方がましだと思えた。まだ短い時間だが、エメラ達の人となりは間違いなく善人だろう。何より子供を心配してここまで来たという行動がそれを証明している。それと有名なギルドそうなので足取りも掴みやすいだろう。


「わしとしては、下手に売って悪人に使われるのが嫌なんじゃ。ならば信頼出来そうな者に預けた方が安心出来るじゃろ?」


 ミラはそう言いながらエメラを見上げると、エメラは呆然としながらも徐々にその表情を輝かせていく。言葉の中にあった信頼という単語に反応したのだ。そしてその言葉は実直な彼女の心に直撃した。


「分かったわ! 私が責任もって預かる!」


 そう宣言したエメラはミラの手を握ると、強い意志を宿らせた瞳で視線を交わす。


「本気か? お嬢ちゃんのいう事も一理あるが、俺達は今日会ったばっかだぞ」


「まあそうだよな。自分で言うのもなんだけどさ、流石に早過ぎるっていうか、な」


「私は、ミラちゃんを裏切るような事はしませんが」


 迷う事無く言い切ったフリッカ。対してアスバルやゼフも内心は嬉しく思いつつも、常識的な意見を口にする。ミラの今後を考えての事だが、当の本人もその事は百も承知だ。


「もし何かあったらわしが直々に回収しに行くからのぅ」


 不敵に微笑むミラに、言葉の内容を理解したエカルラートカリヨンの面々は、それなら何も言う事は無いと強引に納得させられるのだった。


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