301 必殺技開発
三百一
必殺技考案のため、まずはその戦闘スタイルを再確認する必要があるとして、庭に出たミラとセレスティナ。賑やか過ぎず、ところどころにぽっと花が咲いているそこに、ミラは受け手役としてホーリーナイトを数体召喚した。
そしてセレスティナには、そのホーリーナイトを相手に色々な技を見せてもらった。武器の扱い方や、その切り替え、様々な状況への対応などを中心にだ。
「如何でしたか!?」
訓練とは違い、しかも主であるミラが見ている前でありながらも実力を出し切れたのだろう。セレスティナの声には自信がこもっていた。
「うむ、見事なものじゃ。敵と状況に合わせての武器の選択、そして、それを扱う技術。どれも申し分ない」
一通り確認したところで、ミラはセレスティナの腕前をそう評価する。正にウェポンマスターとでも呼ぶに相応しい。純粋な戦闘力だけを見れば、アルフィナにも迫るのではというほどの実力だ。
そう告げると、セレスティナは安堵の表情を浮かべる。だが、続くミラの言葉に緊張と困惑をみせた。
「じゃが、だからこそ、必殺技に至れぬのかもしれんのぅ」
セレスティナの戦いぶりを観察したミラは、彼女の内にある何かを掴んでいた。本人には気付けなかった……いや、本人だからこそ気付けなかったであろう原因を。
必殺技と一言でいっても、それには色々な定義がある。ただ今回の場合は、はっきりしたものだ。クリスティナが放った光の剣が発端という事からして、セレスティナが目指す必殺技は、一撃で戦況をひっくり返せるような大技である。
ただ、そういった系統の必殺技というのは、能力と努力、そして限界の先にあるものだ。
力自慢の戦士の必殺技と聞いて大抵の人が思い付くのは、やはり岩や地面を割るほどの強烈な一撃だろう。つまりは、能力の延長線上にある限界を超えたパワーである。
では、セレスティナの場合はどうか。能力と、努力。それについては申し分ない。アルフィナの特訓もあり、十分に土台が仕上がっている。後はその先の領域を見出すだけだが、彼女にとっての限界はそもそもどういったものなのか。
「何がいけなかったのでしょうか……」
縋るように伺うセレスティナ。対してミラは、先程の模擬戦闘で気付いた要因を語っていった。
大半の武器が得意だからこそ、セレスティナは、あらゆる戦況に対応出来た。武器を持ち替える事で、どのような間合いや状態でも最大の実力を発揮し続けられる。それは誰でも真似出来るような事ではない、彼女自身の素晴らしい能力だ。
だが、そこにこそ原因があるとミラは告げた。
「たとえばじゃな、近くと遠くに敵がいるとする──」
そう前置きしたミラは、わかり易く、直ぐ傍にある例を挙げてみせた。
倒すべき敵が、目の前と遠くにいる。だが、その場を離れる事は出来ない。その際、長剣の達人であるアルフィナの場合は、どうするか。それは近くの敵を斬り倒した後、その類稀な技でもって斬撃を飛ばし、遠くの敵までも長剣で斬り倒す、である。
近接戦用の武器で、遠隔攻撃を行う。それは、一見矛盾している。だがアルフィナは長剣を使い続けた末、それを可能とする境地にまで至った。今では、長剣一本でどのような戦況にも対応する万能ぶりだ。つまり彼女は己の能力の限界を超え、長剣が持つ可能性を引き出し、不可能をひっくり返したわけである。
「……こう改めて言っておいて何じゃが、お主達の姉は、とんでもないのぅ」
アルフィナの技は、もちろんそれだけではない。その多くを目にしてきたミラは、その勇猛振りを思い出し、呆れたように笑う。対してセレスティナもまたよく知るがゆえに、「ですよね……」と苦笑して返した。
「さて、セレスティナよ。それに対して、お主の場合はじゃな──」
ミラはアルフィナの話を終えた後、そのまま先程の模擬戦の結果を踏まえて、相違点を挙げた。
同条件の時、セレスティナは、まず近くの敵を剣で斬り倒した。ここまではアルフィナと同じだ。だが、次が大きく違う。遠くの敵を狙うため、彼女は弓に持ち替えたのだ。そして、その場から動かず見事に頭を射抜いてみせた。
「剣からの持ち替えに、矢を番えてから放つまでの速度。もはやいう事なしの早業じゃ。じゃがのぅ、それゆえに、武器に頼り過ぎる傾向が垣間見えたのじゃよ」
ミラは言う。武器を持ち替える事によって全ての状況に対応出来てしまうからこそ、これまで必殺技の必要性が生まれなかったのだろうと。そして、だからこそ、こうして求め始めた際、自身が必要とする必殺技の形が浮かばなかったのだと指摘した。
「確かに……そうかもしれません……」
セレスティナは少し考え込んだ後、そう呟いた。どうやら心当たりがあるようだ。幾つもの武器がある事を前提とした立ち回り。そして、不利を切り抜けるため真っ先に考えるのは、どの技を使うかではなく、どの武器を持つかであったと。
「まあ、ある意味、その武器の持ち替えこそが、お主の必殺技なのかもしれぬな」
得意を突き詰めていった結果が、今のセレスティナである。それは決して間違いではないと、ミラは付け加えた。事実セレスティナは、必殺技がなくとも十分に強いのだから。
「なんだか、余りすっきりとは……」
「うむ、わしもじゃ」
とはいえ、今回話しているのは、必殺技らしい必殺技についてだ。派手で強力で頼り甲斐のある、誰が見てもそうだとわかるもの。それが真の必殺技であり、今の二人が追及しているものだった。
よって、話は初めに戻る。だが、ミラだけでなくセレスティナ自身も、これまで以上に自分の事を把握出来たからか、必殺技の方向性だけは決まった。
素早い敵には、短剣や細剣といった速さのある武器を使う。強固な敵は、戦斧に持ち替えて叩き潰す。それがセレスティナの戦い方であり、これまで積み上げてきた技だ。
そこで今回、彼女が目指す必殺技というのは、いわば、短剣で戦斧のような一撃を放つというようなもの。だが、セレスティナの特技を活かすとするなら、それをそのまま形にする必要はない。
「つまり、戦斧による渾身の一撃を、確実に叩き込める状況を作ればよいのじゃ」
各武器で好機を生み出し、最大威力まで力を高めた戦斧を決める。どのように動こうが、どのように守りを固めようが、捉えこじ開け粉砕する。じっくりと話し合った結果、それこそがセレスティナの第一の必殺技に相応しいと結論し、今は特訓の真っ最中だ。
武器だけでなく、その武器を扱う技術も優れているからこそ、様々な場面や条件から、戦斧にまで繋げる。それは、セレスティナの必殺技ノートを更に発展させた末に辿り着いた結論だった。
弓で牽制して距離を詰め、短剣で素早く足を斬り付け移動を鈍らせる。流れるような剣技の最中、突如として戦斧に持ち替え振り下ろす。特技を十分に活かしつつも、戦斧自体による攻撃のバリエーションや、それっぽい技の考察もしていく二人。
と、そうして庭で特訓を始め暫くした時だった。
「セレスティナ……と、主様!? 何の音かと来てみれば、これはもしや……」
部屋からではなく、なぜか屋根上から下りてきたのはアルフィナであった。その場をぐるりと見回した彼女は、二人がここで訓練をしていたのだと気付いたようだ。
「セレスティナ。先日話していた件を主様にも相談したのですね」
しかも、状況から経緯までも察したらしい。感心半分、羨望半分の……否、感心一割、嫉妬九割な顔で振り返った。対してセレスティナはというと、その形相を前にして視線を逸らしつつ、「はい」と頷き答える。
「妹が面倒をかけてしまい、申し訳ありません。加えて、お付き合いいただき感謝いたします」
改めるようにして跪いたアルフィナ。セレスティナの努力を陰ながら見守ってきた彼女は、ミラによって光明が齎された事を心の底から喜んでいる様子だ。ただ、それだけで終わるはずもない。
「主様、特訓でしたら是非私もご一緒させてください!」
聖剣サンクティアを持つ手を震わせながら、一礼するアルフィナ。特訓に付き合ってもらうなど恐れ多いと思いつつも、セレスティナがその可能性を切り拓いた。ならばと、アルフィナは思い切って踏み込んだのだ。
そんなアルフィナの言葉を受けて、ミラはどうしたものかとセレスティナを窺う。
セレスティナは、あわあわしていた。特訓の鬼である彼女が合流したらどうなるのか。そう考えると、焦るのも当たり前といえる。ただ、ここで却下したら、アルフィナより溢れ出す気迫からして、後々面倒になりそうな事は明白だった。
「構わぬが、これは必殺技の訓練じゃからのぅ。そのあたりは充実しておるお主にとって、余り有意義なものではないと思うぞ」
受け入れつつも、既に完成の域にあるアルフィナには必要ないものだろうと、やんわり伝えるミラ。だがしかし、その言葉を受けて、ますますアルフィナの表情が輝き出した。
「それでしたら、丁度良いところにございます! 主様からお預かりいたしましたこちらの聖剣を使い、新しい技を編み出せないかと思案しておりました!」
正しく最良のタイミングだと息巻くアルフィナ。どうやら彼女は、手にしたばかりでありながら、既にその扱いをものにしてしまったようだ。そして、その先にある必殺技の探究まで始めていたという。
「そ……そうか。ならば、そうじゃな。共に訓練といこうか。ただし──」
セレスティナの精神衛生上からすると、別々が良かったであろう。だが、断り切れない熱意と明確な理由がアルフィナにはあった。よってミラは、条件付きで許可する事にした。
その条件とは、ミラが監督するというものだ。アルフィナ主導では鬼の訓練になってしまうと、セレスティナがその目で訴えていたからこその条件である。対してアルフィナの反応はというと、むしろ輝きが圧倒的に増していた。『主様に指導してもらえる』。それが彼女を高揚させた原因のようだ。
(なんというか……懐かしい感じがするのぅ)
かつて、ソウルハウルとメイリン、ラストラーダ、ヴァレンティンらと共に、必殺技の開発を行ったものだ。そんな日の事を思い出したミラは、「では、始めるとしようか」と気合を入れて、二人に向き合った。
セレスティナの必殺技開発は、順調に進んだ。アルフィナが来た事で、思いの外、良い方向へと転がった。ホーリーナイトの代わりに受け役を頼んだのが功を奏したようだ。ホーリーナイトより巧みに防ぐアルフィナだからこそ、通じる攻撃と通じない攻撃が明確になった。
また、セレスティナの武器さばきに興が乗ってきたというのも要因だろう。普段の模擬戦ならば、隙があれば痛烈な反撃を受けるのだが、今回のアルフィナは、口で指摘するのみなのだ。そして、それは当然、ミラの指示に従っているからこそである。
積年の何とやらか。ここぞとばかりにセレスティナの刃は冴え渡っていた。
なお、そうしながらアルフィナの特訓も同時進行中だ。初めに聖剣を預けてから、そう時間は経っていないはずだが、彼女は既にサンクティアの力を十全に引き出していた。
セレスティナの猛攻を掻い潜りながら振るわれる聖剣は、配置した灰騎士に向けられる。
鈴のように透き通る音を響かせ、虹色の軌跡を生む一閃。しかもその軌跡は、サンクティアの持つ特殊効果により爆発する。聖剣自体の切れ味もだが、その効果によって、アルフィナの攻撃力は数段上昇していた。
セレスティナの僅かな隙を掻い潜り、鋭く奔るアルフィナの剣。それは正しく達人の技であった。あり得ないような体勢から、芯の通った斬撃が繰り出され、灰騎士に迫る。
それでいて灰騎士もさるもの、それを見事に受け切っていた。学習する武具精霊は、軍勢として運用される中で、アルフィナの剣も学習していたのだ。しかもハイブリッドである灰騎士は、ホーリーナイトが持つ守りの技術を受け継いでいる。更にサンクティアまで手にしていた。
一対一ならば、たとえ成長した灰騎士であろうと、相手にならなかったであろう。だが今は、守りを気にせず攻撃のみに特化したウエポンマスターのセレスティナがいた。その猛攻を躱しながらとなれば、流石にアルフィナとて、楽にはいかない様子である。
しかも灰騎士は一体ではない。三体で固まり互いに補助し合えるように防御の姿勢をとっているため、より難度は高くなっていた。
(ふむ……ここまでして五分五分といったところか。こうして改めてみても、とんでもない実力じゃな。あの頃と比べて、随分と成長したものじゃ)
その訓練の様子が、どことなく懐かしく映ったのか、ミラは初めてこのヴァルハラに来た時の事を思い出す。今でこそ第一ヴァルハラの頂点である七姉妹が、まだこれといった実力のない普通のヴァルキリーだった頃の事を。
召喚契約のために初めてヴァルハラへとやってきたダンブルフ。そこで難なく試練を越えてみせたところ、複数の姉妹から認められる事となった。ただし契約が出来るのは、一つの姉妹とだけ。
様々な特技を持つ姉妹達が揃う中、ダンブルフが選んだのは、まだ才能が開花していなかった七姉妹、アルフィナ達であった。
単純に数こそ力という考えもあった。だが何よりも、ダンブルフは彼女達が口にした言葉に共感したのだ。それぞれの特技を話す姉妹に対し、アルフィナ達は、ただ共に強くなっていきたいと言った。そしてそれは、ダンブルフもまた望んでいた事だった。
そうして契約を交わした後、ダンブルフとアルフィナ達は、あらゆる戦場、あらゆる敵を相手に戦った。召喚術の防護効果もあり、かなり無茶な戦闘にも身を投じてきた姉妹達。それは、もしかすると今のアルフィナの訓練よりもハードであったかもしれない。だが、その甲斐あってか、特徴のなかった七姉妹はみるみる実力を伸ばしていき、結果、第一ヴァルハラの頂点となるまでの成長を遂げたのである。
(思えば、あの頃から、いつもこの二人は最前線じゃったな)
ダンブルフだった時代より、更に腕を上げたアルフィナとセレスティナの姿。訓練とはいえ、剣が交わるたびに緊張が走り、その一瞬一瞬からは、これまで彼女達が積み重ねてきたものの重みが窺えた。
「よいか、セレスティナよ。わしの武術の師がこう言っておった。どれだけ巧みな技を使う者であろうと、攻撃に転じる瞬間には必ず隙が生まれる、とな。お主が会得しようとしている技は、これの延長線上にあるといって間違いないじゃろう」
「わかりました!」
望み通り共に強くなってこれたのだなと少し感傷に浸りながらも、ミラはところどころでアドバイスを飛ばしつつ、二人の特訓を見守った。
最近、一気に寒くなってきましたね。
そして、そんな日の夜は、あれが捗りますよね。
そう、布団UFOです!
びゅーびゅー風が吹いて凍てつくくらいに冷え込んだ夜。
雪なんかも降っちゃっていたら更に雰囲気はばっちりですよね。
ぬくぬくの布団でうとうとしながら、そんな外の世界に想いを馳せるのです。
この布団が空を飛んだら気持ちいいだろうなと。
ぬくぬく布団に包まれながら、凍てつく空を自在に飛び回る。
雪がちらつく夜の街を、空から眺めるのですよ。
当然、布団の周りはバリアがあるので安心安全です!
と、そんな妄想遊びをする今日この頃。




