300 続・ヴァルハラの夜
三百
シャルウィナが去っていった後、のんびりと技能大全を読んでいたところで、またもやミラの部屋を訪ねてくる者がいた。今度は三女のフローディナである。
「主様に、お伺いしたい事がございますの。少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
扉を開けると、そう言って優雅な礼をするフローディナ。口調や物腰、そして見た目からも、どことなくお嬢様のような印象を受ける彼女だが、実は姉妹で一番家庭的だったりする。
何を訊きたいのだと問うたところ、「明日の朝食に、リクエストなどはございますか?」との質問が返ってきた。そう、フローディナは、姉妹達の食事の全てを取り仕切る料理番なのだ。夕食に出てきた豪華な料理の数々も、全てが彼女の作ったものである。
「ふむ……朝食か。何が良いかのぅ」
その腕前を既にその舌で把握しているミラは、何を作ってもらおうかと悩む。きっと、どれを頼んでも素晴らしい逸品が出てくるはずだ。
「そうじゃな……朝はフレンチトーストの気分じゃな!」
色々と考えた末にミラが口にしたのは、貴族っぽい優雅な朝食というイメージのあるフレンチトーストだった。きっと、お嬢様な印象のフローディナと、お嬢様に対してミラが持つ貧相なイメージが合わさった結果だろう。
「それは素敵なタイミングですわ。実は昨日、久しぶりにウゾフニルの卵が手に入ったのです。それを使えば、きっと最高のフレンチトーストをお作りする事が出来ますわ」
どこか上品な笑顔を浮かべながらも、フローディナは「腕が鳴りますわね」と、並々ならぬ意気込みを見せる。どうやら、ウゾフニルの卵というのはとんでもなく珍しい食材のようだ。たまたま運良く手に入ったものの、どう使うか悩んでいたところだったという。
「きっとこの日のために、昨日、あのような幸運が舞い込んだに違いありませんわ」
そう盛り上がるフローディナは、最高のフレンチトーストを作るため今からパンの仕込みを始めると言い、気迫に満ちた様子で調理場に駆けていった。
フレンチト−ストといえば、出来合いの食パンを卵液に浸してから焼くだけ。そんなイメージであったが、どうやらフローディナはパンから作るらしい。
明日の朝は、思った以上に本格的な一品が出てきそうだ。ミラはそう期待を膨らませながら、今度、料理を教えてもらうのもいいかもしれないと考えた。
アルフィナから始まり、エレツィナにシャルウィナ、そしてフローディナと訪ねてきた。訓練後にもかかわらず、皆、実に活動的だ。ミラがそう感心していたところ、次は五女のエリヴィナが姿を見せた。
「ねぇ、主様。選んでほしいのだけど」
どこかツンとしたお嬢様風の彼女は、やってくるなりそう口にした。何をどう選ぶのかは不明だが、エリヴィナは両手で布製の何かを大量に抱えているため、きっとそれが本題なのだろうとは予想出来る。
「ふむ。何かわからぬがわかった」
ミラが承諾すると、エリヴィナは両手に抱えたそれを、どさりとソファーに置いた。そして続けざまにその幾つかを、その場に広げていく。
エリヴィナが選んでほしいと持ってきたものは、沢山の服だった。しかし、普通の服とは違うようである。
「ただの服……ではないようじゃのぅ」
見た目は少しオシャレな長袖のワンピースだが、よく見ると違う事がわかる。要所要所に施された見事な刺繍の下には詰め物がされており、関節部分は綺麗に染められた革で補強されているのだ。
それは明らかに、普段着といった類のものではないとわかる仕立てであった。では何かというと、ミラは直ぐに察して「鎧下じゃな」と口にした。
鎧下とは、その名の通り、鎧の下に着込む服だ。衝撃を吸収するための綿を詰めたり、動きの関係上、鎧では守れない関節部を保護する何かを仕込んだりする、縁の下の力持ち的な役目を持つ服といえる。
「はい、それでご相談なのですが──」
エリヴィナは十着以上あるそれらの鎧下を前に、先程「選んでほしい」と言った意味を話し始めた。
いま姉妹達が使っている鎧下がボロボロになってきたため、新調すると決まったのが二ヶ月ほど前。そこで裁縫の得意な彼女がそれを引き受けたものの、思いの外、難航しているとの事だ。
その一番の問題は、鎧下としての機能とデザインの両立だとエリヴィナは語った。
あまり目立たないものではあるが、防具としての役割だけでなく、身体と鎧の馴染み具合にもかかわってくる大切な鎧下。よって、基本的に機能重視となり色々と詰め込まれるのだが、エリヴィナはそれによって不格好になるのが前々から許せなかったという。
しかし、いざデザイン性を取り入れてみたところ、これが酷く難しいものだと気付いたそうだ。
しかし引き受けた手前、やり遂げなければいけない。結果、デザイン面では妥協に妥協を重ねて、どうにか仕上げたのが今回持ち込んだ分との事だ。
「集められる限りの素材を試してみたの。でも、関節部分がどうにもならなかったんです」
色々と試したものの、関節部分に使える柔軟性と強度を兼ね備えた素材が少なく、どうしてもそこだけが不格好になる。それがデザインを諦めなければいけない理由だった。
鎧下としての機能は確保しているため戦闘面での心配はないが、これだというデザインがないので決められず。ならばせめて、主であるミラの好みで選んでもらおうと考え、やってきたそうだ。
「なるほどのぅ……」
ただ、本人はそう言っているが、どれも創意工夫に溢れたものばかりだった。厚手の服という感じで、ミラにはどれもなかなかの仕上がりに見えている。言われてみれば、関節部分が少々不自然だと感じる程度のものだ。
と、そうして一着ずつ確認していた時。そんな中に一つだけ、まったく違和感のない一着が紛れていた。
「ふむ……これは他と少し違うようじゃな」
衝撃吸収材が織り込まれた厚手の鎧下。他のものは、その肩や肘の部分を皮革で補強しているが、見つけたそれは色違いの布が編み込まれているだけだった。
「あ、そっちは……!」
どこか慌てた様子のエリヴィナは、その一着を間違えて持ってきてしまったものだと言った。
それは、鉱脈などの特殊な環境でのみ生育する草から採れる金属繊維を布にして編み込んだ一着だそうだ。そこらの刃物を通さぬほど強靭であり、皮革よりずっと軽量。理想的な性能ではあるが、一つだけ欠点があった。
「実は、非常に熱に弱いものでして──」
そう口にしたエリヴィナは、その欠点によって起きた事故を例に挙げた。なんと、何度も剣を振る際に鎧と擦れた事で、摩擦により発火したというのだ。
「クリスティナには、悪い事をしたわ」
反省するように呟いたエリヴィナは、理想的ではあったけどボツにせざるを得なかったと続ける。
「金属繊維を布に、のぅ」
クリスティナに何があったのかはともかく。そのやり方ならば、エリヴィナの理想に近い鎧下が仕上がるようだ。そこで、何かいいものはないかと考えたミラは、可能性のありそうな素材を思い付く。
「これを使ってみるのは、どうじゃろうか」
ミラがアイテムボックスより取り出したのは、沢山のロープ──否、そのように見えるケーブルだった。古代地下都市で討伐した、マキナガーディアン。その体に使われていた貴重な素材、『マキライトケーブル』だ。
素材として多くの用途があるそれは、耐熱性に強靭性、そして重量において極めて優秀な性質を秘めていた。
またロープ状であるため、解せば金属繊維にする事が出来る。そこから布にすれば、エリヴィナの理想が叶うのではないか。そう考えたミラは、どうだろうかとエリヴィナに問うた。
「この繊維、見た目以上にしなやかで……これならいけそうです!」
じっくりと吟味したエリヴィナは、ぱっと表情を咲かせた。求めていた素材と出会えた。そんな気持ちが伝わってくる、会心の笑顔だ。
「そうかそうか。それは良かった」
満足した様子のエリヴィナに、ミラもまた喜び、全部持っていけと、残りのケーブルもそこに積んでいく。
エリヴィナは、その量に驚きながらもそれらを受け取ると、最高の鎧下を仕上げてみせると誓い部屋に帰っていった。かなりの量があったものの、一度に抱えていってしまうあたり、流石はヴァルキリーであった。
エリヴィナが帰ってから束の間の事。今度は六女のセレスティナがやってきた。
どことなく見た目からして、委員長という呼び方が似合いそうな彼女は、部屋に入るなり、ミラの前にちょこんと正座した。そして、「主様に相談があるんです……いいですか?」と、少し悩みを抱いているような顔で口にしたのだ。
「うむ、構わぬぞ。どうしたのじゃ?」
責任感が強く、しっかり者のセレスティナ。そんな彼女が相談しに来たとなれば、余程の問題でも抱えているのだろう。解決出来るかはわからないが、聞く事なら幾らでも出来る。ミラは真摯な態度を示し、セレスティナと向き合った。
「主様、私、考えたんです──」
そう前置きしてから、沈痛な面持ちで話し出したセレスティナ。だが、彼女の相談事は、そう重大なものではなかった。いや、本人からすれば、それは死活問題に等しかったのだろう。それはもう、真剣な眼差しで語っていた。
だがミラからすれば、そこまで悩む案件なのかと首を傾げるようなものだった。とはいえ、全然わからないというわけでもない。きっと姉妹だからこそ、そういう事も有り得るのだろう。
そんなセレスティナの相談内容。それは、必殺技についてだ。なぜそのような悩みを抱いたのかと訊いたところ、セレスティナは言い辛そうにしながらも答えた。
なんでも、最近のクリスティナの活躍が原因らしい。中でも特に、マキナガーディアン戦でみせた聖剣の一撃は、セレスティナだけでなく、姉妹達の目にも脅威の威力に映ったという。
「私はお姉ちゃんだから、負けてはいられないのです」
セレスティナが六女、クリスティナが七女であるため、訓練の際にはよく組む事になる二人。よって、これまでずっと姉としてクリスティナの訓練に付き添い、成長をみてきた。
セレスティナにとってクリスティナは、手のかかる妹であり、それ以上に彼女の身近な目標としてあり続けたいと思える存在だった。
だが、そんなクリスティナが、あの日、長女のアルフィナすら超えるほどの一撃を放った。そして今クリスティナは、それを成したマナの集束技術を、更に磨き上げているとの事だ。
だから負けていられないと、セレスティナも奮起し、必殺技の開発に取り組み始めたという。クリスティナのような大技を会得するために。
「ですが、必殺技というのを考えるのは初めてで、どうすればいいのかわからなくなってしまったのです」
そう言って落ち込んだセレスティナは、一冊のノートを開いて「どうでしょうか?」と続ける。見るとそのノートには、彼女が考えたのであろう必殺技の案がびっしりと書いてあった。しかも、技の説明の隣には大まかな動きを表した絵も添えてある。ただそれは、お絵かきが得意な子供くらいの絵であるため、必殺技とは思えぬ微笑ましい仕上がりとなっていたが。
「ふむ……確かに必殺技とはいえぬな……」
必殺技ノート。子供の頃に似たようなものを書いた覚えのあるミラは、懐かしさと共にそれをじっくりと確認し、そう評価した。
セレスティナの必殺技ノート。それは、彼女の特技が大いに反映されたものであり、だからこそ必殺技とは呼べそうにない技ばかりであった。
セレスティナの特技。それは、彼女がどれだけ天才なのかという点に結び付く。
ヴァルキリー七姉妹は、全員が剣を標準装備として帯びている。だが、そもそも彼女達はどの武器だろうと十分以上に扱える腕を持っていた。また、アルフィナは長剣、エレツィナは弓、クリスティナは剣と盾など、それぞれ最も得意とする武器が違い、それら得意武器を手にした際には頭一つ抜けた実力を発揮する。
そしてセレスティナだが、彼女はなんと、大半の武器を得意とする天才だった。しかも彼女達が持つ標準武器は、全て光の結晶によって形作られている。ゆえに出すもしまうも自由自在であり、それが彼女の才能と相まって、最大限のポテンシャルを発揮していた。
そのため、必殺技ノートには武器種ごとに案が書いてある。ただ、見る限り、それらは全てが連続技──ゲーム的にいうと、通常攻撃を繋げただけになっていた。必殺技ノートでありながら、見た目は完全にコンボ表のそれなのだ。
もちろん相当に練ったのだろう、途中からの派生技も多く、その一連の流れはもはや芸術性すら感じられるほど洗練されたものだった。
ラッシュ系の必殺技というのならば、十分な完成具合だ。ただ、クリスティナが使った光の剣のような大技を目指しているとすると、これは違うと評価するしかなかった。
「しかも、途中から迷走しておるな」
ノートを捲りながら、それを感じ取ったミラ。セレスティナ本人も書きながらそれに気付いたのだろう、ノートは途中から一撃重視の大技集に変わっていた。けれどもそれらは全て、クリスティナの技を武器を替えて放つようなもの。重要なのはマナの集束であり、その点に限って言えば、クリスティナの技術は抜きん出ている。同じ事をしたところで、全てが劣化版にしかならない。
クリスティナに負けるまいと必殺技の開発を始めた事を考えると、それは本末転倒といえるだろう。
「私はどうしたらいいのでしょうか……。必殺技とは、どうやって会得するものなのでしょうか……」
ミラがノートを閉じると、セレスティナは、そう自信を喪失したように呟いた。また、姉達にも訊いたものの、全員が鍛錬の中で、戦いの中で閃いたと答えたそうだ。
セレスティナは、これまでの中でそういった閃きはなかったと嘆き、縋るような目をミラに向けた。
(天才ゆえの苦悩、とでもいうのかのぅ……)
セレスティナの視線を受けて、そう感じ取ったミラは、だからこそ彼女の肩にそっと手を置き「ならば、一緒に考えようではないか」と、優しく告げた。行き詰った時というのは、意外にも誰かと共に考える事で、あっさり解決する時がある。特に必殺技など、ミラの得意分野といっても過言ではなかった。ソロモンやルミナリアらと共に、実用的なものから馬鹿げた技まで開発したものだと、ミラは懐かしみながら笑ってみせる。
「あ……ありがとうございます、主様!」
お安い御用だと自信満々な様子のミラに、いつも以上の安心感を得たセレスティナは、それはもう嬉しそうに笑顔を咲かせて一礼した。
今年もまた、この季節がやってまいりましたね。
そう、春のパン祭りです!
今更ですが、あのシュガーロールも対象でした! しかも1.5ポイントです。
そして安定のホワイトデニッシュショコラが1ポイント!
しかし! なんという事でしょう……
カレーパンは0.5ポイントなのです……。
オーブントースターで焼き直したカレーパンの美味しさといったらもう……。
しかしパン祭り中は、優先度が下がってしまう。
仕方がないですね。




