297 ヴァルハラ
二百九十七
「ふーむ……島が増えたか?」
前に来た時に比べ、より高くまで島が連なっているように見えたが、それはそれ。階段を上り切ったミラは、その一番下に位置する島に降り立った。
「ええ、そうでございます。それが私の目的です!」
ヴァルハラの入口ともなるそこには、巨大な門が聳えていた。また、その脇には、簡素な鎧を纏い帯剣した少女二人の姿もあった。そしてブルースはといえば、そんな二人に力強く語っている。どれほど自分がヴァルキリーとの召喚契約を望んでいるのかという事を。
言ってみれば、この門は最終面接のようなものだ。門番に嘘の類は通用しないため、真実のみで語る必要がある。邪な考えでやって来たのなら、ここで弾かれるわけだ。
ブルースは少々病的に見えるものの、その熱は本物であるため問題なさそうだ。「わかったから、もう良い」と、門番の少女に困った顔をさせつつ、通行を承認されていた。
そんなブルースに続き、ミラの番がきた。ただ今回の目的は、ブルースがヴァルハラに入るのを手助けするというもの。つまり、わざわざこの先に行く必要はない。
とはいえ、折角ここまで来たのだ。ちょっとした観光気分に加えて、前々から気になっていたものもあったため、ミラもまた門の前に進み出た。
「ご来訪、歓迎いたします」
少女二人は、ミラを見つめてから、そう声を揃えて一礼した。既にアルフィナ達の主であるため、最終面接は顔パスなのである。そして、そんな対応となったミラを見ていたブルース。次からは自分も顔パスになるのだろうかと、そんな期待の笑みを浮かべていた。
門をくぐった先には、楽園と形容するに相応しい景色が広がっていた。鮮やかな草花が生い茂る中には、大きな湖。その中心には、力強く聳える一本の大木があった。
「おお……聞いていた以上だ……」
ここでもまた感嘆の声をもらすブルース。そこには見た事のないような動物達がのんびりと過ごしており、ミラ達が近づいても警戒する事はなかった。それどころか、好奇心に駆られるかのように寄ってくるほどだ。
ブルースは、羊に似た動物に興味を持たれていた。先程から見つめ合っている。また、ミラの周りにも小動物が集まりつつある。手を差し出せば、何だ何だとばかりに殺到し、舐めたりすり寄ったりする姿に、ミラは至福の笑みを浮かべた。
と、そうこうしていたところで、二人の前に白い翼を持った少女が降り立つ。彼女は、ヴァルハラの案内人だ。ミラも契約のためにここへ来た際、世話になった相手である。
「ようこそヴァルハラへ」
小さくも鈴のように透き通る声の少女は、そう告げた後、ミラの事をじっと見つめる。そして、はてとした様子で首を傾げると、次の瞬間、「あ、貴方様は……!」と、何か閃いたとばかりな表情を浮かべ、ぴんと背を伸ばした。
「あの、以前来た時とは──」
「──ほれ、それよりも契約の試練を受ける者を迎えに来たのじゃろう! こっちの男じゃ!」
少女はきっと、以前来た時とは姿が違う、などと口走るつもりだったのだろう。そうはさせぬと遮ったミラは、まくし立てるようにしてブルースの存在をアピールした。すると、それが功を奏したのか、それとも悟ってくれたのか、少女はブルースに向き直り「貴方が試練に挑む者ですか?」と問うた。
「そう、私です。よろしくお願いします」
そう答えたブルースは、名残惜しそうに羊と別れ、少女の前に歩み出て一礼した。
「わしは、ただの付き添いで来ただけじゃからな。この辺りで試練が終わるのを適当に待たせてもらうぞ」
ミラがそう口にすると、少女は「畏まりました」とだけ答える。そして「試練希望者一名をお連れします」と言うや否や、ブルースを抱きかかえるようにして、一つ隣の島に飛んでいった。
「危ない危ない……」
ダンブルフの事を良く知るブルースである。下手な事を口走られたら、そこから正体に辿り着いてしまうかもしれない。一先ず胸を撫で下ろしたミラは、さて、と改めるようにして歩き出した。
周囲にあるのは草原と花畑。そして、その奥には林が広がっている。ヴァルハラの門と呼ばれるこの島は、他に比べて一回り小さいが、その分景色が凝縮されているように見えて、なかなかの絶景となっていた。
ミラはそんな島にある林に向けて進んでいく。緑溢れるばかりでなく、色とりどりの花を咲かせていたり、実りをつけた木もあったりした。そして今回、ミラがここに留まった目的は、その実りである。
「これじゃこれじゃ!」
さっと《空闊歩》で宙に駆け上がったミラは、そこに生っていた果実を一つ手に取った。ずしりと重く白銀に輝き、甘い香りを漂わせるそれは、『天姫桃』という。
ヴァルハラにのみ生育する、正真正銘の天上の果実であり、噂によると天にも昇るほどの美味しさだそうだ。しかも、決してヴァルハラより持ち出してはいけないという制限があるため、ここに来なくては味わえない代物でもあった。
「さて、どれほどのものか」
かつてヴァルハラを訪れた時、ミラはそれを口にした事があった。しかし、その時はまだ味覚などのないゲームの世界での話。当時は生命力とマナ、そして状態異常をそこそこ回復するという効果しか得られなかったが今は違う。
現実となった今は、確かな味覚があるのだから。
「いただきます!」
大きく口をあけて、かぶりつく。瞬間、ミラはその食感に目を見開いた。
それはまるで天然のゼリーのようだった。薄い皮を食い破ると、途端にぷるぷるとした果実が口いっぱいに広がり、優しく解けていくのである。同時に果実の風味が口内を支配して、津波のような甘味が押し寄せる。その味は桃を煮詰めたように甘く、それでいてもっと甘くても構わないと思えるほどに上質な甘さだった。
「なんという……なんという美味さじゃ!」
感動すら覚えるその味わい。ぺろりと食べきったミラは、続けて二つ目を採った。と、そこで気付く。ここまでずっと小動物達が付いてきていた事に。また、その小動物達が憧れるような目で見つめてきている事にもだ。
「お主達も食うか?」
そう言って桃を差し出すと、小動物達は嬉しそうな声を上げて殺到した。
小さいとはいえ、皆で食べるとあっという間になくなってしまう。しかも、その都度もう一個とばかりにせがんでくるものだから、ミラもまた「仕方がないのぅ」と愛でながら、収獲した桃を置いてやった。
せっせと桃を齧る小動物達の姿は、見ているだけで何とも和んでくるものだ。ただ、そうして四つ目を食べ終えたところで、お腹いっぱいになったのか、小動物達はミラの下から去っていった。
「……世知辛いのぅ」
動物達からしたら、所詮は桃を採ってきてくれるだけの人だったのか。そう痛感したミラは、まだ愛で足りないと彷徨う手を、代わりに召喚した団員一号の頭にのせる。
「ここは……こここそが楽園ですにゃー!」
召喚されるや否や、ミラと一緒に天姫桃を食べる事となった団員一号は、唐突に始まった甘やかしタイムに喜んで溺れた。天にも昇るほどに美味な桃を食べつつ、ミラに可愛がられて喉を鳴らす。何がどうしてこうなったのかはわからないままだが、団員一号はそれを気にする事はなかった。小動物達が戻ってくるまでは。
「おお、何じゃお前達。どうしたのじゃ?」
「にゃにゃ? にゃんですにゃ?」
なんと満足して帰っていったと思っていた小動物達が、何やら木の実やベリーなどを持って再び集まってきたではないか。これはどうした事かと見守るミラ。すると小動物達は、持ち寄ったそれらをミラの前に並べていった。そして、キラキラとした目で、じっと見上げてくる。
「これは……もしや、わしにという意味じゃろうか?」
疑問を抱きながらミラが呟くと、小動物達は小さく鳴いて答えた。するとそれを聞いていた団員一号が、その声を翻訳する。
「さっきのお礼、と言っていますにゃ」
そう通訳した団員一号は、「さっきとは、何ですにゃ?」と首を傾げ困惑顔だ。対してミラはというと、それはもう晴れやかな笑顔を浮かべていた。
「そうじゃったか、そうじゃったか。わざわざ集めにいってくれたのじゃな!」
再び傍に寄ってきて、また膝の上にも乗っかってくる小動物達。ミラは、そんな小さな者達が集めてくれた実りを堪能しつつ、その愛らしさに頬を綻ばせる。これまで抱きかかえていた団員一号を脇に置いて。
「にゃにが起こったのにゃ……?」
楽しそうに盛り上がる小動物達を目いっぱいとばかりに可愛がっては、頬を綻ばせるミラ。対して、突如蚊帳の外に置いてかれた団員一号は、状況を呑み込めず、きょとんとそれを見つめていた。そんな彼の背にあるプラカードには、[それはまるで、突如透明猫にでもなったかのようであった]と書かれていた。
流石は正真正銘の天上の恵みというべきか。天姫桃と小動物達が集めてくれた果実は、いくら食べても飽きがこないほど美味であった。だが、それゆえに食べ過ぎてしまうのも仕方がない。お腹をぽこりと膨らませたミラは、ころんと草原に寝転がっていた。
「うーむ……食い過ぎた……」
そう呟きながらも、まったく後悔はせず、満足そうに空を見上げる。目に映るのは高くまで螺旋状に連なっている島々。なんともファンタジー色溢れる光景だ。しかもミラの周りには、寄り添うようにして寛ぐ小動物達の姿もあった。
草原で横になった美少女と小動物。それはちょっとした絵にでもなりそうな絵面であったが、その隣で嫉妬に駆られ呪いの踊りを舞う団員一号の存在により台無しだった。
と、そうして満腹になったのはミラだけでなく、小動物達もであり、気付けば安心しきった様子で眠っていた。ミラは、そんな小動物達を起こさぬようにして、そっと漫画本を取り出す。そしてブルースが戻るまで、心地良い草原の中で、熱血な漫画のお話を楽しんだ。
それから暫くした後の事だ。ふと小動物が起き出して空を見た。どうしたのだろうと見上げたところ、遠くに見える島より何かが飛び出した。
「お……あれは」
飛び出した何かは、人のようだった。きっとブルースだろう。だが、他にも四人ほどの人影も見えた。それを確認したミラは、そっと微笑む。ブルースは、見事ヴァルキリーとの契約に成功したようだと。
合計五つの人影は、そのままこの島にまで下りてくる。そしてお腹いっぱいで心地良い気分のミラは、寛いだ姿勢のまま、それを迎えた。
「待たせてすまない、と思ったが、随分と満喫していたようだね」
ミラの姿と、その周囲に散らばる種と皮、そして共にのんびりした様子の小動物達。それらを前にしたブルースは、降り立つと同時、どこか呆れ気味に笑う。よもやヴァルハラにあって、これほどまで平和そうな光景があるのかと。
「お気に召していただけたのなら、幸いです」
ブルースの後に、そう続けたのは案内人の少女だ。この門の島にある全ては、彼女が管理している。つまり、ミラが食べた果実もまた、彼女が丹精込めて育てたものである。
そのため、収獲には許可が必要となり、また上限も定められていた。今回ミラは好きなように食べていたが、それは以前に少女から許可を取っていたからだ。
「この者達と一緒に堪能させていただいた。実に美味かったぞ」
完全に腑抜けきった体勢から、のっそり起き上がったミラは、そう感想を述べる。すると少女は「光栄でございます」と嬉しそうに笑った。
「さて、無事に契約出来たようじゃな」
もはや今更ではあるものの、姿勢を正し体面を整えたミラは、そうブルースに言いながら、後ろに並ぶヴァルキリー達へ目を向けた。そこにいたのは三人。ただ、その三人ともミラと目が合った途端、これでもかというほどに背筋を伸ばし、緊張した表情を浮かべた。
「それもこれも、ここまで付き合ってくれたミラ殿のお陰だ。是非、紹介させてくれ。左から、ヘルクーネさんにエルエネさん、そしてラグリンネさんだ」
そう自信満々に三人を紹介するブルース。ようやく念願が叶った事に加え、美人揃いだからだろう、その顔は嫁を紹介する夫のように幸せそうだった。対してヴァルキリーの三人はというと、その紹介を受けた直後、剣を地面に突き立ててからミラの前に跪いた。
「ご紹介に与りました我等姉妹。ジュード殿の盟友として恥じぬよう、日々精進させていただく所存にございます」
ヘルクーネが代表するように顔を上げ、そう恭しく誓いの口上を述べる。それはまるで君主に仕える騎士のようだった。
ただ、そこでブルースは首を傾げる。これは、どういう事なのだろうかと。
ヴァルキリー召喚の契約。今現在、ミラとアルフィナの関係は主従となっている。だが、そもそもこの契約は、同盟のような関係から始まるものだった。そこから幾多の戦場を共に戦い抜き、更に多くの試練を乗り越えて、彼女達に力を証明する事で、ようやく召喚術士は主としてヴァルキリーを従える立場となる。
つまり今の時点において、ブルースとヘルクーネ達の立場は対等。そんな対等な関係の者の知人相手に跪くなど、些か不可解であるわけだ。
だが、そうなる可能性自体は存在し、ブルースもまた、それを知っていた。
「ミラ殿、君は一体──」
知っていたからこそ、困惑した顔を浮かべるブルース。と、その時だった。
「──なんだ!?」
突如として、遥か上空から七つの影が降り注いできたのだ。それは隕石と見紛うほど鋭い速度でやってきた。それでいて多少の風圧を残す程度で急停止し、そっと地面に降り立つ。
「ああ、主様! 参上が遅くなり、申し訳ございません!」
やってきたのは、七人のヴァルキリーだった。内、真っ先にミラの許へ駆け寄った一人は、即座に臣下の礼をとる。残りの六人もまた、素早くその後ろに倣った。
その登場の仕方だけで、別格だとわかる七人。圧倒的な存在感を放つヴァルキリー達の登場と行動に面食らったブルース。だが彼が驚くのは、ここからだった。ふと姉妹達がやってきた空を見上げると、連なる島々から次々と人影が飛び出す光景が目に映ったのだ。それは全員がヴァルキリーであり、一様にしてこの場へと向かってきているではないか。
続々と周囲に降り立っては、跪いていく。しかも、全ての島のヴァルキリー達が集まってきているのか、周辺が埋まれば中空に留まり、恭しく礼の姿勢をとりながら立ち並んでいった。
という事で、闘技大会編かと思いきや、ヴァルハラ編、始まります。
先日思ったんです。
肉の入ったカレーは、最強だなと。
たっぷりお肉のカレー、そしてご飯。その美味しさに改めて嵌りました。
これから暫く、贅沢ご飯の日は、最高のカレーライスを追及していこう、なんて思いました。
流石にスパイスから、というのは難易度が高いので、色々なルーを試してみる予定です!
まずは、ZEPPIN!




