293 その名は……
何やら冬のコミケの方で動きがあるようです。
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二百九十三
召喚術の塔に所属しているという術士の情報を得たミラは、街外れの通りから、街の中心地にある大通りにやってきていた。流石というべきか、聞いた話によると、その術士はなかなか良い宿に泊まっているとの事だ。しかも、少々特別な宿であるという。
男から聞いた情報通りに進んでいくと、暫くしてその宿が目に入る。『キャスターズ・サンクチュアリ』。そう書かれた看板の横には、この宿の特徴を示す注意書きがされていた。
術士専用の宿。それが、この『キャスターズ・サンクチュアリ』であるのだ。なお、その隣には戦士クラス専用の宿『ファイターズ・サンクチュアリ』も存在している。
宿の中に入ったミラは、まずその珍しい造りに驚いた。入って早々、受付が左と右の両方にあったのだ。右は如何にも高級な宿といった面構え。対して左は、書庫を思わせる内装となっていた。
実は、この『キャスターズ・サンクチュアリ』は、宿に図書館が併設される形で運営されているのだ。図書館には数多くの書物が置いてあり、本好きならば宿に泊まらずとも、この図書館だけで十分に立ち寄る意味がありそうだ。
しかも、読書に最適なスペースも確保されているようで、そこでは幾人かが、ソファーで優雅に読書していた。
(ほぅ、これは面白い仕組みじゃな)
物珍しさに惹かれ、図書館側を覗き込むミラ。本棚に並ぶ書物の量は驚くほど多い。傍の案内図によるとこの図書館は、宿の一階から五階にまで及んでいるようだ。一階と二階が術関連、三階から五階は、神話や伝記、伝承、魔物や魔獣、植物、そして悪魔と分類されている。
見える範囲でも相当な蔵書量だとわかり、これは凄いとミラはその目を輝かせた。
便利な無形術をまとめた本はないだろうか。そう思い立ち、図書館に入ろうとしたが、そこでちらりと見えたカウンターの注意書きを前にして立ち止まる。
そこには『一時間、二千リフ 宿泊者は無料』という文字が書かれていたのだ。
どうやら部外者では、利用料金が発生するらしい。今は高級宿に宿泊する予定のないミラは、仕方ないとがっくり項垂れつつ、宿側の受付に向かった。本来の目的、召喚術の塔の研究員と会うために。
「いらっしゃいませ」
笑顔で応対する受付の女性に、ミラは単刀直入に問うた。「ここに塔所属の召喚術士がおると聞いたのじゃが、会えるじゃろうか?」と。
その途端だ。受付の女性の表情が僅かに崩れる。物好きな奴だな、というよりは、どこか心配そうな表情である。やはり塔の術士の研究馬鹿っぷりは、ここでも知られているようだ。
そんな塔の術士に会いに来た美少女。不安に思うのも仕方がないのかもしれない。だからだろう、受付の女性は探るように「どういったご用件でしょうか?」と訊き返してきた。
「あー、っとじゃな。わしも召喚術士でのぅ。塔の術士など珍しいと思い、会ってみたくなったのじゃよ」
そう言ったミラは、冒険者証を提示してみせた。そこには召喚術士と記載されており、更にはAランクの文字もある。
するとどうだろう、ミラが実力者だとわかったからか、受付の女性は驚きながらも少し安心した様子で、塔の術士について教えてくれた。
どうやら塔の術士は、朝出掛けてから、まだ帰ってきていないそうだ。
「して、どこに出掛けているかは、わからぬじゃろうか?」
ミラが続けてそう問うたところ、おそらくは術士組合にいるだろうとの事だった。何でも話によると、その者は術士の協力者を捜しているそうだ。
そういう事ならば、術士組合を見てこよう。そう考えたミラは、受付の女性に術士組合の場所を教えてもらい、宿を後にした。僅かに、図書館への未練を感じつつ。
大通りを暫く進むと、術士組合に到着した。夕飯時だからだろうか、外は飯屋を探す冒険者達の姿で溢れていたが、組合の中はそれほど多くなかった。
仕事の完了報告をする者や、明日の分を決めている者の他、報酬の交渉やら戦利品の分配に買い取りやら、消耗品の確認やらと、残っている者は残っている者で忙しそうだ。
(さて、まだここにいてくれればよいが……)
広々とした術士組合のロビー。きっと冒険者総合組合は、基本的に役所のようなイメージを目指しているのだろう。単純な石木造りなそこで、ミラはそのような雰囲気を感じ取りながら周囲を見回す。
さて、目的の人物はどこにいるだろうか。そう、ロビーにいる者達を一人ずつ眺めていたところで、ミラはふと気づいた。そういえば、塔の術士の名前を聞いていなかったぞ、と。
さて、どうしたものか。三十年より以前から塔にいたのならば、多少なりとも研究員達の名前を把握しているミラ。だが、それ以降に塔入りしていた場合は、判断不可だ。
ただ捜すのは効率が悪い。そう判断したミラは、単純に呼んでしまおうと結論した。わざわざ難しい事をする必要もない。ここに、召喚術の塔の術士はいませんかと、そう問いかければいいだけの事だ。
ならば、早速。そう決断し、ミラが息を吸い込んだ時だった。
「そこの君! 君は上級の術を使えるかい!?」
見た目からすると、四十代の後半あたりだろうか。突如として走り寄ってきた中年男が、そう声をかけてきたのだ。しかも、その目は何かを期待するように輝いている。
いったい、何者だろう。突然の事にミラが戸惑っている中、周りから、ひそひそとした声が上がる。「それは流石に無理だろう」「使えても、あの内容じゃあな」「いや、おい、あの女の子ってもしかして」、などという言葉が飛び交った。
するとそうかからず、ミラの正体、精霊女王の噂に気付く者が出始める。
もしかして、あの女の子が。注目が集まったところで、ミラは声をかけてきた男に「うむ、使えるぞ。召喚術ならば上級だろうと何だろうとのぅ!」と、胸を張って答えてみせた。
しかし、ミラはそれだけで手を緩める事はしない。
『円環より参れ、純白の癒し手よ』
素早くロザリオの召喚陣を設置したミラは、詠唱の短い白蛇を召喚してみせた。
毒ではなく薬を生成する白蛇のアスクレピオス。瞬間的な回復は聖術に比べるまでもなく劣る。だが、持続的、継続的な回復ならば、上級召喚の名に恥じぬ力を持っていた。しかもそれは、欠損にまで及ぶという有能ぶりだ。ただ、その場合は数ヶ月から年単位の治療期間が必要となるため、根気が大切になってくるが。
と、そんなアスクレピオスを召喚した事がきっかけとなり、組合内がどよめき始めた。明らかに初級とは思えない召喚術を披露した事で、ミラの正体が精霊女王本人だと、皆が察したからだ。
「あんな簡単に上級の……」「やっぱり本物だよ、おい」「噂には聞いていたが……可愛いな」
驚きの声が広がっていく様子を確認したミラは、満足そうにほくそ笑む。これでまた、一つ、召喚術の認知度を上げる事が出来たと。
「素晴らしい!!」
特に精霊女王という名が囁かれてきたところで、中年男が天をも切り裂くのではというほどの歓喜に満ちた声で叫んだ。しかもそれだけでは終わらない。
「ああ……なんと美しい……。この神々しさといったら。ダンブルフ様のアスクレピオスと互角といっても過言ではありませんな」
中年男はミラの胸元、否、首元に巻き付くアスクレピオスを、鼻息荒く興奮した様子で見つめていた。
と、そこでミラは、中年男の視線は気にせず、その言葉の方に反応する。今の言葉は間違いなく、ダンブルフが召喚したアスクレピオスを見た事があるという意味だろうと。
「もしや、お主が塔所属の召喚術士とやらか?」
状況からしてそう感じたミラは、中年男をじっと見据えた。するとその目に、情報が浮かんでくる。
ジュード・シュタイナー。それが彼の名前であり、ミラは確かにその名に覚えがあった。アルカイト王国の貴族の五男坊。召喚術の才能があり塔の方で預かった、かつての青年である。
あの爽やかだった青年が、もう中年か。三十年という時の流れの無常を目の当たりにして、どこか感慨に耽るミラ。だが、そんなミラを中年男の一言がたちまち現実に引き戻した。
「おお、如何にも! 私の名は、ブルース。塔の召喚術士である!」
肯定、そして自己紹介。とても単純な挨拶だったが、そこには驚くべき要素がたっぷり込められていた。
「なん……じゃと……」
ミラが察した通り、その中年男こそが捜していた人物で間違いなかった。しかし同時に、謎が浮かぶ。本名でなく偽名を名乗った事と、何よりもその偽名がブルースであるという点だ。
召喚術士のブルース。それはミラの記憶に強く残っていた。ハクストハウゼンの街で出会ったレイラという召喚術士。彼女が武具精霊と契約出来るよう手助けをした男。そして本屋に売っていた、召喚術の教本の執筆者。そのどちらの名も、ブルースであった。
「お嬢さん! その実力を見込んで、頼みたい事があるのだ!」
もしかして、この中年男こそが、そのブルース本人か。ミラが期待に胸を膨らませていたところ、そんな事などお構いなしとばかりに迫ってくるブルース。
彼は、理想の相手を見つけたとばかりな様子だ。対する精霊女王のミラは、鬼気迫る中年男の気迫に物怖じする事なく、「ふむ……」と呟く。
今話題の精霊女王と、塔の召喚術士の邂逅。トップクラスの召喚術士が同じ場所に二人揃っている光景が珍しいのか、組合内は静まり返った。するとそこに、一つの音が響く。
きゅるりという、ミラの腹の音だ。
「そういえば、まだ飯を食っておらんかったのぅ」
これは失礼とばかりに笑ってみせるミラ。すると静まり返っていた組合内が失笑に包まれた。そして、なぜこっちが緊張していたんだろうかと、そこにいた冒険者達が笑い合う。
「この近くに、美味しいと評判のレストランがある。折角出会えた召喚術士同士、一緒に食事でもいかがかな?」
そんな中、ここぞとばかりに提案するブルース。食事をしながら頼みごとを聞いてもらう。そういう魂胆なのだろう。実にわかりやすい考えだ。
だが、それを断る理由などミラにはなかった。
「ふむ。折角じゃからな」
その誘いを快く受け入れたミラ。するとブルースは、「おお、では早速行くとしよう!」と、その顔を輝かせる。そして居ても立ってもいられずといった勢いでミラの手を取り、そのまま颯爽と術士組合を飛び出していった。一見してその姿は、まるで人攫いのそれのようだった。
「大丈夫、だよな?」
「まあ、身元は確かだからな……」
「それに、相手は精霊女王だし……」
美少女と中年男。案件になりそうな取り合わせだが、事情はわかっているため問題はないはずだ。だがそれでも、どこか不安そうに呟く組合の面々だった。
ダイエットを始めてから約一年半。
そしてエアロバイクを漕ぎ始めてから約一年半。
先日、遂に累計走行距離が1万キロを超えました! そして、エアロバイクについている4桁までしか表示できないデジタル計はどうなるのだろうと思っていたのですが、
ゼロに戻りました。
どこかに、一万を示すシールでも貼っておこうかな。