28 死霊術
二十八
「覚悟は出来てるんでしょうねー!」
「出来てるわけないだろー」
六層目の最下層に到着し硬い地面に降り立つと同時に、エメラは悪鬼羅刹の形相でゼフに殴りかかって行った。高所恐怖症とまではいかないが、人並みに高いところが苦手なエメラを、下に着くまでゼフがからかい続けた結果だ。
「騒々しい奴等じゃな」
苦笑しながらその後姿を見送り、ミラは広間の中央に聳える真っ白な巨城へ視線を向ける。もし、ソウルハウルが住んでいるならば、あの城ほど適した場所は無い。ミラは最初からそう中りをつけていた。
「ほっといて、城に行くかのぅ」
残りのメンバーにそう言い、剥き出しの岩盤といった地面を踏みしめて歩き始める。若干、ごつごつとしているが足を取られる程でもない。
「城に行っとくぞー!」
アスバルはミラの言葉に頷くと、きゃっきゃうふふと湖近くで追いかけっこしている二人に大声で伝える。時折響く悲鳴からして、聞こえたかどうかは定かではない。
間近で見上げる巨城の物質感に圧倒されるアスバルとフリッカ。対してタクトは目を輝かせて、辺りをきょろきょろと見回している。
「何も無いとはいえ、これはこれで見物ではあるな」
城の形をした無機質な石の塊。その巨大さと繋ぎ目の見当たらない城の壁。もしもお宝目当てで潜るダンジョンにではなく、地上にでもあったら有名な観光地となったであろう。まあ、場所によっては盗賊のねぐらにもなりそうだが。
ミラは遮るものの無い門をくぐり、城のエントランスへ入る。正面には大きな階段があり、壁には所々に光る結晶が埋め込まれている。それ以外には、飾り気の無い剥き出しの石壁と床が延々と続いている。
「さて、お主等はここらで待っててくれぬか。これより先はちと秘密の用事でな」
一緒に行けるのはぎりぎりここまで。この先、王命により九賢者に会いに行くのだから、冒険者に知られる訳にもいかない。ソウルハウルの性格を知るミラだからこそ、最初は城の守りにゴーレムでも配置されているのではと考えていたが、無事にエントランスに入れたところでその懸念は払拭された。『巨壁のソウルハウル』の名が示すとおり、城のエントランス程度では狭すぎるからだ。
そして見たところ六層目には何の危険も無さそうなので、一旦ここで別れる事にしたのである。
「ふむ、秘密か」
アスバルとしてはどういった用事なのか気になるところだが、面と向かってそう言われては付いて行くとは言えない。フリッカも同じだが、ミラちゃんのひ・み・つ、と少々別方向のベクトルで妄想していた。
「済まぬがタクトを頼む」
ミラはそう言い、タクトの手をフリッカに預ける。そのお陰か、クールダウンしたフリッカは暴走一歩手前で踏み止まる。
「ええ、分かったわ」
「ミラお姉ちゃん、気をつけてね」
「うむ、心配は要らぬ」
タクトの頭をくしゃりと撫でると、ミラはエントランスの階段を上がって行く。その姿を見送ったアスバルとフリッカは、秘密が上にある様だから、一階は問題ないだろうと探検を開始する。
ミラはまず早々に、ある設備の整った部屋を探した。少し足早に扉の無い部屋を覗き込み、六つ目でそれらしい所を発見する。
部屋に入ってから、その中心にある石で出来た穴の開いた椅子を覗き込む。
「ふむ……これでよさそうじゃな」
扉の無い部屋の中ミラは下着を下ろし腰掛ける。何とも落ち着かない気になりながらも、ほぅっと息を吐いた。
その後も抜かりなく、アイテム欄を開き紙を取り出す。毒の花に懲りたミラは、紙を常備する事に大きく意志を傾けていた。最後に水洗の機能が無いのを無形術の消火水で代用する。
ミラはローブの裾で洗った手を拭いながら【仙術スキル:生体感知】により、目標の居場所を探る。だが反応は、下に居る三人だけだった。生体感知の感度は距離にもよるが、ソウルハウルなど九賢者クラスになれば存在を隠す事など造作もない為、居ないとは限らない。
そのままミラは最上階に向かう。大声で呼びかける事も考えたが、もしも下の二人に聞こえてしまったらと思うとそうも出来ない。代わりに、不死っ娘博士、変態輪廻、戦紳士、等といった仲間内で使っていたあだ名で呼ぼうかとも考えたが、これは聞かれると自分自身の印象に影響しそうな気がしたので目で確認する事にしたのである。
最上階に着き、念のためミラはもう一度【仙術スキル:生体感知】を行う。
「ぬ、これは」
非常に微弱な反応があった。だがその反応は余りにも小さく、集中しないと気付かない程。近づいた事でやっと感知出来た。今にも消え入りそうな程の弱弱しさだ。
この様な場所に居る者など、探し人以外には考えられない。ミラはゆっくりと気配を殺しその反応に近づいていく。折角だから驚かしてやれと画策したのだ。
反応の場所は最上階への階段を上りきり、城の正面側といえる廊下を進んだ中程の大広間。王の間からだ。
ミラは仕切りの無い王の間の前で壁際に身を寄せて、絶好のタイミングを計る為、そっと中を覗き見る。
「なんじゃこれは」
メイドゾンビにでも囲まれているのだろうと予想していたミラの視界には、不可思議な光景が広がっていた。ミラはその狂気とも思える王の間の状況に、ふらりと歩を進める。
王の間にはコンサート会場の様に、奥の玉座へ向く形で無数の椅子が並べられていた。ミラはその一つに近づき、覗き込む様に顔を近づける。
「停まっておるのか……?」
ミラは椅子に座るメイド服を着た女性の頬に触れた。冷たく、命の温もりは感じられない。閉じられた瞳に結んだ唇、その全てに表情は無く、ただただそこに有る。
「より変態方向に進化しておるようじゃな」
ミラは呆れながら周囲を一望する。王の間にある椅子の全てに、多種多様だがメイド服に分類される衣装を着た和洋折衷な女性の遺体が座らされていた。防腐処理もきっちりとされており、どう考えてもソウルハウルの仕業だ。
だが、ここに並んだのは全て遺体だ、生体感知で反応する訳が無い。ミラは、もう一度意識を集中させると、その反応は奥、玉座の方向から返ってきた。
そこへ視線を向けると、ミラの目には明らかに他とは違う存在が映った。
二つ並ぶ玉座。その片方、王妃の玉座に座した女性に、ミラの目は釘付けとなる。
その女性は美しく優雅なドレスを纏い、儚げでいてくっきりと整った目鼻立ちをした美女だ。透き通るような藍色の髪は腰まであり、病的な程に白い肌をしている。年の頃は十七、八辺りだろう。
つい見蕩れてしまう程だったが、ミラはどうにか踏み止まり、その顔を見つめる。目は閉じられ口は微笑を浮かべたまま硬直している。呼びかけてみるものの、命の反応はあるが、その女性からは生物の反応が無かった。
どういう事か伸ばしたミラの手が、その肌に触れると同時に離れる。
「凍っておる……」
玉座の女性の肌は氷の様に冷たかった。
「ソウルハウル、居らぬのか!」
流石にもう状況が掴めないミラは、仕方なく探し人の名前を呼んだ。しかし、十秒、二十秒と経っても反応は無く三十秒経ち諦めたミラは、自分で手掛かりを探す事にする。
まず最初に玉座の裏にある部屋に入ったミラは、都合良く早々に当たりを引いた。その部屋には大量の紙と本が散逸していた。中央の机には資料として事典や古文書が積み上げられ、机の上に散らかった紙には無数の走り書きが残っている。
何かの手掛かりになるかもしれないと、ミラはその無数の走り書きを手に取り目を通していった。
「神命光輝の聖杯……か」
全ての走り書きと、積み上げられた資料から導かれた答えをミラは口にする。
神命光輝の聖杯。使う事でありとあらゆる状態異常を回復し、どの様な傷も癒し、全ての魔を払い死すらも跳ね除けデスペナを無効化する。更には人類の敵とされる悪魔に対して、絶対の防御と攻撃を備えているとされる伝説級のレアアイテムの名だ。
だがこれは、四年経っても手に入れたという情報は噂ほども無い代物だった。故にプレイヤー達の間では未実装アイテムとして囁かれており、魔物のドロップか生産かダンジョンの配置アイテムかすら分かっていない。
情報のみにしか存在しないアイテム、それが神命光輝の聖杯だ。
(あ奴はなぜこの様な物を調べていたんじゃ?)
効果は確かに破格だ。だが、九賢者ともなればその様なアイテムを使わなければいけない状況になる事はほとんど無いだろう。ならばなぜ。
そう思考するミラの脳裏に先程の氷漬けの女性の姿が浮かんだ。
部屋を出て王の間、玉座の女性をつま先から頭の先まで、じっくりと観察する。ミラは少しだけいけない事をしている気にもなったが、真実のためと誤魔化した。
「見当たらんか」
一通り調べ終えたミラは、その女性には特に問題は無いとして他の可能性について考察しようとした。だがそうして今一度、正面から見たミラは一つ気付く。女性は座った体勢だったため、背後は未確認だったと。
ゆっくりと慎重に女性を少しだけ前にずらしたミラは、その背中に広がる赤い染みに目を見張る。
ドレスに滲んでいたのは赤い染み。しかしそれは傷による血ではなかった。染みは六亡星を形作り周囲に記号や図形が並んでいる。そして中心にはXVの文字。
それにミラは見覚えがある。
背中に浮かんだ奇妙な陣は、刻印だ。冥府の呪いとも悪魔の祝福とも呼ばれ、それの意味する事は、確定された死。
ゲームでのイベントに『黒の翼の影』というのがある。これは、刻印を受けた騎士を助けるというものだったが、結果として騎士は刻印により死んでしまう。このイベントは、プレイヤーが初めて悪魔族と戦うものとして用意されたとされ誰もが経験するものだ。
だがミラは、その印象とやり切れなさから今でも良く覚えていた。
思い出し、その記憶が神命光輝の聖杯へと繋がる。ソウルハウルは、この刻印を聖杯の力で消そうとしているのだと。イベントのみの状態変化な為、術や薬に刻印を消せる物は無い。ならば唯一可能性があるとするならと問われれば、プレイヤーの誰もが神命光輝の聖杯だと答えるだろう。ミラ自身も、それ以外には無いと結論する。
ミラは改めてその女性を見る。氷の様に冷たいが生体反応があった事からまだ生きている。これはきっと死霊術の一つだろうと考えられるがミラには覚えが無い。とはいえ、三十年も経っていれば新しくこういった効果の術が見つかっていてもおかしくはないだろう。ソウルハウルはこの女性を生きたまま、その時間を停め解決策を求めて旅立ったと考えられる。
「生きた女性とは。あ奴も少し変わったのかのぅ」
不死っ娘萌えー、とはしゃぎ回っていたソウルハウルを思い出しながら、ミラは玉座の女性に一礼すると王の間を後にした。
地下墓地に本人は居なかったが形跡はあった。一通り城内を回り、行き先の手掛かりになりそうな資料をアイテムボックスに入れて、ミラは皆の待つ城の一階へと戻る。
城のエントランス。エメラとフリッカが顔を真っ青にして寄り添い合っていた。アスバルは多少顔色が悪く、ゼフはタクトとカード遊びをしていた様で、ミラが階段から降りてくるのに気付くと軽く手を振る。
「どうしたんじゃお主等?」
ミラがそう声を掛けるとエメラとフリッカが虚ろな視線をミラへと向ける。
「ほ……本当にどうしたんじゃ……?」
若干、苦笑を浮かべつつ視線を外すミラ。すると、横から突如何かが抱きついてきた。
「おかえり、ミラお姉ちゃん」
「良い子にしておったか」
「うん!」
タクトは満面の笑顔を向けて頷く。ミラは「そうかそうか」とその頭を撫でる。
「ミラちゃん……ここは何なの……何も無いんじゃなかったの……?」
エメラは焦燥しきった顔で、年の差などまったく気にせずミラに縋りつく。
「何じゃ、何があったのか?」
「死んだメイドさんが、メイドさんが一杯……」
ミラはがくりがくりと揺すられながら、エメラのその言葉で全てを悟る。エメラ達は、王の間に居た様なメイドの遺体をどこかで見たのだろう。それも大量に。
「心配せずとも良い。死霊術によるものじゃからな」
「つまりここには死霊術士が居るって事か?」
座ったままアスバルが視線だけをミラに向ける。隣で答えを求めるようにフリッカも顔を上げた。
「居た痕跡はあったがのぅ、今は出かけておる様で居らんかった」
「その口振りからすると、ミラちゃんはその死霊術士に用事があったって事かい?」
「まあ、そういう事じゃ。じゃから、特に気にする必要は無い。趣味は見た通りじゃが悪い奴ではないのでな」
そうミラが言うが、エメラ達にしてみれば狂気とも言える所業だ。
死霊術というのは、正確には死体を操る術ではなく、魂を操る術だ。そしてその魂というのは純粋な正の力を秘めたエネルギーであり、それを石の人形や死体に込める術である。
そして死霊術というのは、九大術式として正式に確立している。そのためこの世界の住民には、非道や非情、道徳に反するといったイメージは無い。とはいえ、その特性から暗く不気味というイメージはあるが。
ミラの言葉により死霊術が原因であると判明したといえども、エメラやフリッカ、アスバルは流石にこれ以上探検をしたいとは思わなかった。ただ一人、ゼフを除いて。
「死霊術か……どうやったら使えるんだろうな」
美女、美少女揃いのメイド達に心を揺さぶられたゼフは、半ば真面目にそう呟いた。
「とりあえず飯にしないか。オレもう腹ペコだ」
お腹の辺りを撫でながらゼフがその場に座り込む。
「ふむ、そうじゃな」
その言葉に、ミラもそういえば空腹を感じるなと同意した。他のメンバーも「まあ、そうだが」「そうですが」と気持ち半分で頷き、アイテムボックスから食材や調理具を取り出す。
「ほらほら、副団長も」
「はぁ……まだ、何も無い方がましだったなぁ」
ゼフが声を掛けると、エメラは溜息混じりに呟いた。
昼食を食べ終わり食後のお茶で一息つく一行。昼食はエメラとフリッカが担当し、先日に色々と買出しをしていただけあって満足の出来るものだった。そしてデザート代わりにミラが配ったアップルパイも好評で、皆の表情は穏やかに晴れ渡っている。
「なんかさー、ここってさー、すごーく居心地良いよなー。ダンジョンなのになー」
「そういえば、ダンジョンでしたね。ここ」
「ああ、そうだったな。なんちゅーか、何なんだろうな、ここ」
ゼフが寝転がりながら呟くと、フリッカとアスバルも改めてダンジョンであった事を意識して疑問を浮かべる。そしてそれに答えられる者は居ない。ミラでもここにどういう意味があるのか知らないのだ。
「さあ、用も済んだ事じゃ。帰るとしようかのぅ」
寝転がるゼフとは反対に、ミラはそう言いながら立ち上がる。
ミラが古代神殿へと来た目的は、一応達せられた。本人には会えなかったが、一先ずは資料を持ち帰り次の行き先を模索するつもりだ。
「そうね。そうしましょう。いくら安全とはいっても、ここはダンジョンの最下層なんですから」
食事の片づけを終わらせたエメラは、剣を腰に佩び直す。
「へーい」
「そうですね。行きましょうか」
「よっこらせっと」
エメラの言葉に伴って、他のメンバーも立ち上がると武器を確認してから、軽く身体を解す様に捻ったり伸びをする。タクトはぱっと立ち上がると、そそくさとミラの傍を確保していた。
白い巨城を後にして、上層へと上がる階段を目指して進む。行きと同じく、結晶の光が照らしている六層目は明るく遠くまで問題なく見通せる。
「ん、何か居なかったか?」
ゼフはそう言い立ち止まると、湖の方向を見つめた。岩盤をアイスクリームディッシャーで抉った様な丸い形をした湖は、周囲から降り注ぐ結晶の光を湖面で乱反射させている。それと同時に、湖内にも乱立する結晶も光を放っているため、より一層明るく幻想的に輝いていた。
「見間違いじゃねぇのか。ここには魔物も出なければ、物好きな冒険者ですら来ない様な場所なんだからな」
アスバルは湖を一瞥するとそう言った。実際、揺らめきちらつく湖面の光は、確かに目の端で捕らえたのなら何かと誤認してしまいそうにも見える。ゼフ自身も言った後にそう思ったが、ミラの一言で表情を強張らせる。
「いや、何か居るぞ」
ミラはゼフの言葉のすぐ後に【仙術スキル:生体感知】により湖周辺を探っていた。ゼフは性格はともかく斥候職だ、その者が言うのだからとミラが僅かでも可能性を考慮した結果、それは当たりだった。
「おいおい、一体こんな所に何が居るってんだ」
「何かって、ここには魔物は居ないんだよね」
アスバルは背中の大槌を手に取り握り締め、エメラも剣を抜き湖へ向けて構える。
ミラの持つ【仙術スキル:生体感知】では、感知したものが何なのかまでは判断する事が出来ない。分かるのは生きているものが居るか居ないかだけだ。
もしも悪意のあるものならば背後を見せるわけにはいかない。確認するため、アスバルとエメラが湖に向けて一歩踏み出した、その時だった。
「なっ!」
湖から大きな水柱が立ち昇る。そして結晶の光を受けて輝くその柱の中から、漆黒の影が飛び出し、一行の前に降り立った。
「こいつは……どういう事だ……」
「そんな……何でこんな所に!?」
突如として現れたものの正体にアスバルとエメラは声を上げる。人に似た体躯に無機質な黒い体表、歪に膨れ上がった両腕の先には黒光りする爪が目を引く四本の指。顔も黒く能面の様に平らで鼻は無く、不気味に歪んだ目と口があるだけだ。そして最も特徴的なのは捻じ曲がった黒い二本の角、そして背中から生えるコウモリの様な翼だった。
エメラ達の前に姿を現したその容貌は、十年前に世界を混乱に陥れたもの達と酷似していた。
「嘘だろ……悪魔がなんで……」
「十年前に殲滅されたはずでは……」
ゼフは驚愕に瞳を染め、そう呟く。フリッカも目を見開き正面の黒い異生物を凝視していた。
「どういう事じゃ。なぜ悪魔がここに居る?」
悪魔。人類の絶対的敵対者。三神国防衛戦は、悪魔の率いる魔族軍と人類との生存を賭けた大戦だった。そして結果、人類は勝利し悪魔は滅びたと思われていた。しかし今、目の前に居るのは紛れも無く、その悪魔。
一瞬だけ、城内の女性の刻印がミラの脳裏に浮かぶ。この悪魔はそれに関係があるのかどうか。しかし、刻印の詳細はまったく明かされていないため、その関係性を証明する手段は無い。
悪魔は一部の魔物とは違い、別格の存在として知られている。それ故、ゲーム時代では三神国ミッション以外で会う事は無い。それぞれ爵位があり、最も低い男爵三位でも上級に成り立てのプレイヤーと互角かそれ以上の強さを持っている。
ミラは即座にホーリーナイトを召喚するとタクトの護衛に付かせ、悪魔を見据えながら「タクト、城に戻っておれ」と背中を押す。タクトも周囲に満ちた不穏な空気を感じ取ったのか、小さく頷くとホーリーナイトを連れ立って城へと戻って行った。
「斯様な場所で人と相見えるとは、これ僥倖。我が王に良い手土産が出来そうだ」
まるで水の中から響く様な、くぐもった声が目の前から発せられると同時に、悪魔の手に巨大な鎌が現れた。明らかな敵意に晒され、エメラとアスバルが表情を歪める。
「くそっ! やっぱやる気かよ!」
焦燥する声でゼフが短剣を構えると、エメラとアスバルも警戒色を顕にして腰を低く構えた。後ろでは、フリッカが魔術の発動準備を開始する。
そんな中ミラは、悪魔を調べた。この様な場所に出る悪魔など見た事も聞いた事も無いので、その強さを確認する為。ゲームをやっていたプレイヤーの基本ともいえる行動だ。
「ふむ……伯爵三位か。どうじゃお主等、こ奴と戦えそうか?」
下から、男爵、子爵、伯爵ときてその三位。強さがそのままならば、最低でも上級者六人は必要なレベルだ。
アスバルは相対する者の姿、悪魔をその目で見た事があった。冒険者になり立ての頃、空を覆った黒い雲。その中から降り注ぐ悪魔の群れ。今でもその記憶を鮮明に思い出せる。蹂躙される冒険者、その中には憧れた者達も居た。果たして自分はその者よりも強くなっているだろうか。そこまで考えて頭を振る。どの道、逃げ場などないと。
「互角にという意味ならば無理だろうな。精々、時間稼ぎがいいところだ」
アスバルは悪魔から目を逸らさずも苦痛な表情でそう答えると同時に、街を襲う悪魔を一掃した英雄達の姿を思い出した。人間離れした力をいとも容易く行使する者の背中を。
「ふむ、そうか」
ミラは、悔しそうに歪むアスバルとエメラの表情を交互に視界に映す。その様子から、エカルラートカリヨンの四人がまともに戦える相手でない事を悟る。
(この世界に来て、まだ全力を出した事はないが……)
ミラはまだダンブルフの頃、公爵三位までなら打ち倒した経験がある。しかしそれは、まだゲームであり装備が整っていた時だ。現在では、現実になった今の感覚と、装備の一部をクレオスに渡してしまっているという懸念要素が付き纏う。
不安は山積み。現実となった世界での戦闘勘はまだ無く、命を賭けて戦う覚悟もまだ決まってはいない。ミラとしては、徐々にこの世界に慣らしていこうという考えでいた。どこまで通用するのか、どこまでこの身体は反応出来るのか。それをじっくりと探る予定だったのだ。
今、ミラにあるものは、ゲームとして培ってきた技術と知識だけ。そして、それだけで判断するならば、目の前の悪魔は注意する程の相手ではない。
「お主らは下がれ。わしがやる」
ミラは囁く様に言うと、構える二人の一歩前に出る。
短い間だったがエメラ達の人の良さに触れ、そしてこんな所まで付き合ってくれた者達を守る。いつも通りやれればそれが叶う。ミラはその為に、意を決して戦う覚悟を決めたのだった。