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288 秋の気配

二百八十八




 思わぬ時代の転換を目撃した後、ミラ達はプールの中ほどにやってきていた。

 ワイルドバディにあるプールの大きさは、五レーンで二十五メートルほどだ。室内でありながらそれなりに広く、端の方の三メートルほどは小型の犬でも足が着く浅瀬になっている。どんなペットでも楽しめる仕様だ。

 なお今ミラがいる中ほどは、ギリギリで足が届く深さとなっていた。


「きゅいー!」


「うむうむ、わかっておるわかっておる。では、行こうか!」


 浮き輪に入ったまま、ぐんぐん泳いでいくルナの進行方向には、このプールの目玉ともいえる大きなウォータースライダーがあった。ペットと一緒に滑る事が出来るそれが、浮き輪に次ぐルナのお気に入りだ。

 ミラは途中でルナを抱きかかえると、そのまま階段を上がっていく。マリアナはというと、下で待機だ。

 室内プールだけあって、スライダーの大きさはそれほどでもなく、傾斜も緩やかだ。ただ、右に左にと複雑に曲がりくねった構造をしているため、なかなかに楽しめる。ペット達の評判も上々のようで、躾の行き届いた犬などは、自ら階段を上がっては滑り降りていた。

 一人遊びの達人という称号を持つ中型犬、このプールの有名犬であるメロディが喜び勇んでウォータースライダーに飛び込んでいくのを見送ったところで、いよいよミラ達の番となった。


「準備は良いか?」


 スライダーの始点にスタンバイしたミラ。その両太ももの上に乗ったルナは、「きゅい!」と勇ましい声で返す。


「では、行くぞ!」


 勢いをつけて飛び出せば、緩やかでもそれなりのスピードが出る。ここ最近は、どれだけ早く下につくかに挑戦中のミラ。そしてルナもまた、そのスピードと左右に振り回される感覚に夢中であった。

 ルナをしっかりと押さえながら、滑り降りていくミラは、十数秒の後、プールに着水した。


「今のは、なかなか速かったじゃろう!」


 水面に顔を出すなり、その手応えを実感するミラ。浮き輪でぷかりと浮かぶルナも、ミラと同じ手応えを感じたようで、「きゅい!」と答えた。

 実際のところは細かく計測やカウントをしていないため、全ては体感任せだ。だがこういう時は、その曖昧さが丁度いい。新記録だとはしゃぐミラとルナを、マリアナは優しく微笑みながら見つめていた。



 プールから帰ったのは、昼と夕方の間くらいの時間だった。存分にプールで遊んだ後、程良く体温が戻り始めた時というのは、何とも心地良い眠気が差し込んでくるものである。

 それはルナとマリアナも一緒のようで、いつもこの時間は揃ってソファーでうとうとするのがお決まりとなっていた。

 ソファーに並び、心地良さに身を任せる二人。その間で丸くなったルナの背には、重ねられた二人の手。

 黄昏時に向かう、ほんの僅かなひと時。永遠に続く事を願いたくなるそれは、幸福だけを夢に写したかのような淡い瞬間であった。




 ふわりとした時間が過ぎたら、いつも通りだ。ミラは研究や実験に取り組み、マリアナも食事の支度やら何やらと動き出す。そして最近は、砂場で遊ぶ事が多かったルナだが、今はソファーの上で手足をバタつかせていた。どうやら泳ぐ練習をしているようだ。


「おお……ハンバーグじゃ!」


 夕飯時。料理の並ぶテーブルを前にして、表情を輝かせるミラ。今日はサラダパーティだと覚悟していたところで、まさかの大好物の登場に上機嫌だ。

 こうして、マリアナに上手く転がされながら、ミラの幸せな日々は過ぎていくのだった。



 平和な日々が続く間の事。その日は、いつものように魔封石の精錬を頼まれた。最近はミラが国に落ち着いている事もあって、魔導工学の研究が活発になっている。効率の良い動力源となる魔封石の供給が潤沢だからだ。

 ミラもまた、ここ数週間で数度、城の技師達に効率の良い精錬方法を伝授したりと忙しかったものだ。


(思えば、あれじゃな。方々を飛び回っていた頃より、今の方が多忙な気がするのぅ……)


 依頼分の魔封石を作り終え、エミリアの指導もして、孤児院の子供達とも遊んだ後、ルナティックレイクから塔に帰る途中。ミラはガルーダワゴンの窓から沈んでいく夕日を眺めつつ、そんな事をふと思った。だがそれでいて、胸には疲労感より充実感の方が広がっている事に小さく笑う。


「これが、若さか……」


 薄暗くなった空。明かりを反射する窓に映った自分の姿を見つめつつ、ミラはその素晴らしさを改めて実感する。

 そんな忙しくも充実した日々を過ごし、変わらない毎日の尊さを心から感じていたある日。朝になり、今日はどの研究を進めようかと考えていた時である。ソロモンから、メイリン用の衣装と例のものが完成したとの報告が入った。

 いよいよ、次の任務が動き出す時がきたようだ。平穏な日常が終わり、また旅が始まる。十分に英気を養えたミラは、いざ気力十分に王城へと赴いた。




「……なぜ、こうなった」


 侍女区画にある一室で、ミラは困惑気味に呟いた。メイリン用の衣装を受け取りにきたはずなのに、なぜ自分が着せ替えられているのだろうかと。

 それは、十数分前の事。予定通り王城に到着したミラは、侍女区画の手前にまでやってきていた。連絡がきた際、メイリンの衣装はそこに置いてあると聞かされたからだ。

 出来上がったのなら、ソロモンの執務室に運び込んでおけばいいものを。そんな恨み言を胸に、ミラは足を踏み出す。

 風の噂で聞いた、ミラカスタムのインナーパンツ完成の報せ。リリィ達に捕まれば、その試着会が大々的に行われるはずだ。となれば、完全ステルスで任務を遂行する必要があると、ミラは特殊部隊セットを身に纏い、慎重に足を進めていった。

 何かと危険と認識している場所ではあるが、衣装を受け取ったら即座に脱出すればいい。現在、特に注意するべきリリィとタバサは仕事中だという話だ。それならばつけ入る隙はあると、果敢に挑むミラ。

 侍女の情報網に気を付けて、ステルスミッションを遂行していく。一度見つかれば、一気に包囲されてしまうだろう。ゆえに接触するのは、衣装を受け取る瞬間のみ。その後、情報が広がる前に脱出してしまえば完全勝利だ。

 そんな目標達成のため、ミラは時に大胆に進み、いよいよ勝利は目前に迫った。

 しかし、ミラのミッションは失敗に終ってしまった。いったい何がどうなったのか。メイリンの衣装が置いてあるという部屋に入ると、そこにはリリィとタバサを含め、多くの侍女達が待機していたからだ。

 リリィ達を前にしたミラは、諦めて出頭した。どうせ先延ばしにしても、いずれこの日がくるのだ。大人しく、インナーパンツの刑を受ける事に決めた。

 だがそこで、予期せぬ事態が発生する。何と用意されていたのは、ミラカスタムのインナーパンツだけではなかったのである。

 結果ミラは、あっという間に特殊部隊装備一式だけでなく、今着ている服まで剥ぎ取られた。そしてインナーパンツと共に、ミラ用の新衣装である、ミラカスタム・オータムバージョンを着せられたのだ。


「またしても私達は、奇跡を生み出してしまいましたね」


 新衣装を纏ったミラを前にして、感慨深げに笑みを浮かべるタバサ。そして、こんな時、一番の興奮を見せるリリィはというと、何やら静かな様子だ。


「……」


 見るとリリィは、恍惚とした表情のまま昇天していた。だがそれも、僅かな時間。どうにかタバサがリリィの意識を引き戻す。


「あら、私とした事が。余りにも久しぶりだったもので、つい逝きかけてしまいました」


 現実に舞い戻ってきたリリィは少し照れたように微笑み、そして次の瞬間にはミラを見て、その目に獲物を前にした猛獣のような色を浮かべた。そしてそれは、リリィだけに限ったものではなかった。

 ミラがこうして、侍女達に捕まったのは何ヶ月ぶりだろうか。それゆえに、彼女達のミラを愛でたいという感情は限界を振り切っていた。よってミラは、彼女達が満足するまで容赦なくお世話されたのだった。




(時折ガス抜きをせねば、な……)


 目的のメイリン用衣装とミラカスタム、更に二人分の変装用ヘアカラーも受け取ったミラは、そんな事を考えながらソロモンの執務室に向かった。

 着替えだけでなく、全身のマッサージや美味しいスイーツなど、リリィ達にこれでもかとお世話されたミラ。実にハードそうな状況ではあったものの、王城勤めの侍女達渾身の接客だ。それはもう充実したものであり、身体の方はすこぶる調子が良く、ミラの足取りは軽やかだった。


「うんうん、似合ってるよ」


「聞いておらんかったぞ……」


 してやったりといった顔のソロモンに対して、ミラはむすりと眉間に皺を寄せる。メイリンの衣装だけでなく、なぜ自分の衣装まであったのかと。

 それに対するソロモンの答えは、当然それだけで終わるはずがないではないか、といったものだった。

 これまでの傾向からして、言われてみればその通りだ。盛大に溜め息を吐いたミラは、改めるようにして右手を差し出し、目的のブツを渡すよう告げた。


「いやぁ、まとめるのに、なかなか苦労したよ」


 そう言ってソロモンが取り出したのは、一冊の本だった。それは先日にミラが頼んだ、軍の運用法云々についてまとめられた本である。アルカイト王国の軍についてのアレコレが記された機密性の高い代物だが、それをぽんと渡せるほど、ソロモンはミラが画策している事に興味を示していた。


「これで、どう完成するか楽しみだよ」


 そう口にしたソロモンは、その時は当てにさせてもらうとも続けて、ほくそ笑んだ。


「必要な時が来たらば、目にものを見せてやろうではないか」


 本を受け取ったミラもまた、期待以上に仕上げてみせると笑い返すのだった。




 城での用事が済んだ後、ミラは学園を訪れる。丁度昼休みの真っただ中のようで、学園の校庭には思い思いに過ごす生徒達の姿があった。

 エミリアの指導で、学園を何度も出入りしているミラ。そのため、彼ら彼女らの目に入るのは当然で、今では精霊女王を観ようと集まった生徒などもちらほら存在していた。

 また、何かしらで情報を掴んだのだろう。召喚術科の代表の一人であるエミリアが精霊女王に弟子入りした、などという話が広まっていた。その影響か、次の術技審査会に出場予定の他科の代表もまた、いつも以上の特訓をしているようだ。

 学生にとってみると、やはりAランク冒険者という肩書は、わかりやすいステータスなのだろう。好意や好奇の目に敬意の視線などが、ちらほらと向けられる。ただ、中には敵対心を燃やす生徒もいた。術技審査会の結果を気にしている者達である。

 代表の一人が、話題の精霊女王に指導してもらっている。次の審査会では、どれだけの術を見せつけてくるのかと警戒しているのだ。


(ふーむ……話しかけてきてくれてもよいのじゃがのぅ)


 遠巻きに見物するだけで、近づいてはこない生徒達。サインや記念撮影くらいなら幾らでも応じるぞという気概でいたミラだが、いったいどう思われているのだろうかと悩んでいたりした。時折、耳に入る声は、そう悪いものではない。可愛いだの凄いだのと、好印象な言葉ばかりだ。

 生徒目線で学園の事を聞いてみたいとも思っていたミラは、近づこうとすると遠ざかる生徒に、少しだけしょんぼりしながら学園の奥へと進んでいった。







どうにかこうにか暑さも落ち着いてきた今日この頃。

久しぶりに、夕飯焼き芋が復活しました。

電子レンジでいくらか火を通した後、アルミホイルを巻いて、オーブントースターでじっくり焼いていくのです。

更にアルミホイルを外して二度焼きする事で、より美味しい仕上がりに!


と、そんな事をしていた時です。ふと、前にテレビで見たものを思い出しました。

それは、


焼き芋メーカーです!


焼き芋を作るために生み出されたという、その一点突破なスタイル。

嫌いじゃありません。


専用のもので作った焼き芋と、今のやり方で作った焼き芋……

違いがあるのか。

あるとしたら、どう違うのか……。

気になるところです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 敵対心だと少々強すぎではないかと。 対抗心くらいがちょうど良い? [一言] 実は豆腐ハンバーグだったりw 本気でステルスする気なら、やはりワーズランベールさんの完全隠蔽でないと。 音…
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