287 小さな決意
二百八十七
ワイルドバディでの買い物が終わった後、ミラはルナの散歩をしながらマリアナとのデートを楽しんだ。なおルナは目立たないようにという意味に加え、暑さ対策として白いウサギ服を着用していた。ポンチョ型のそれは、ミラも愛用している『魔動式服下用冷却クルクール』と似た技術が使われている優れものであり、ペット専用の防熱着だ。しかもフードも被る事で、青いピュアラビットから、白いただのウサギに変身出来る。今のルナは、まるでお忍びで街に出たお姫様のようであった。
ルナが駆け回り易いように、人通りの多い場所は避けて路地裏を巡るミラ達。そこには、それはそれで隠れた名店が多く、掘り出し物などが見つかる事もよくあるものだ。
風水に必要な小物や精錬に必要な素材なども、探せば探すだけ見つかるため、ミラとマリアナは、あれやこれやと購入していった。
日が暮れ始めたところで、ミラ達は塔に帰還した。部屋に到着すると、早速マリアナは夕飯とデザートのケーキ作りを始める。そしてミラはというと、こちらもまた休む間もなく、作業を始めていた。
ただ、その作業は召喚術や精錬といった事とは一切関係のないもの。目を輝かせるルナの期待を一身に浴びながら、ミラはリビングの隅でそれをせっせと組み立てる。
ミラが組み立てているもの。それは、ワイルドバディで購入した今日一番の高額商品である『室内砂場セット』だ。
店内を見て回っていた時の事。サンプルとして置かれていたそれに、ルナが飛びついたのだ。そして、それはもう夢中になって穴掘りを楽しんでいた。
砂から何から全て特別仕様という事で、枠組みも合わせて三十万リフという高額商品であったが、嬉しそうなルナを前にしたミラは即決だった。
そして今、アイテムボックスで持ち帰ったそれを室内に設置しているところだ。
「もうすぐじゃ。もうすぐじゃからな」
砂場の土台作りが完了した後は、大量の砂を入れるだけである。ミラは麻袋を取り出しては、次から次に土台へと流し込んでいった。
「よし、完成じゃー!」
砂場作りを始めてから約一時間。最後の一袋を入れ終えたミラは、両手を掲げて叫ぶ。店に置かれていたサンプルと遜色のない出来栄えの室内砂場が、とうとう完成したのだ。
「きゅいー!」
ミラと共にルナも歓喜の声を上げた。するとそこへマリアナがやってきて、「お疲れ様です、ミラ様」と、冷たいお茶を差し出した。ミラはありがとうと礼を言って受け取ると、それを一気に飲み干す。
「ふぅ。ひと仕事を終えた後の一杯は格別じゃな!」
実によく働いたと額の汗を拭いながら、ミラは改めるようにして足元の砂場を見下ろす。
室内用とはいえ、それはかなりの大きさだった。だいたい広さにして二畳ほどで、砂の深さは三十センチメートルはある。当然、砂の量も相当であり、脇には空になった麻袋が数十と積み重なっていた。
それらを今一度確認したミラは、よくこれだけの重労働を完遂出来たものだと、砂場の縁に腰掛けて、どっと押し寄せてくる疲労感に溜め息をもらした。
と、そうして早速砂場で遊び始めたルナを眺めながら気付く。
(……こういう時こそ、ダークナイトフレームの出番じゃったろうに……)
戦闘関連の研究を中心に進めていた事の弊害か、日常方面の活用について今更思い出したミラは、余計に疲れたと苦笑しつつも楽しそうなルナを見て癒される。
そしてルナのために頑張ったからこそ、この達成感が得られたのだと、そう自分なりの言い訳を思い付き小さく微笑んだ。
ルナと一緒に砂場で遊び始め、どれだけ経ったか。ケーキの土台が焼き上がるとほぼ同時に、マリアナは夕飯の下準備も済ませていた。そして、そこから先はいつもと同じように進んでいく。
「それでは、ミラ様」
「うむ。そうじゃな」
簡単に調理するだけになったところで風呂に入るのが、ここ最近の日常だ。それは当然、ルナも一緒である。
ミラが呼ぶと、砂場の穴からひょっこりとルナが顔を出す。
砂場の砂は特別製であり、肌や服や毛などにもくっつき辛い仕様となっていた。思う存分に遊んだルナも、ちょっと払うだけで毛並みは元通りだ。
そうしてルナを抱き上げ、マリアナと共に風呂へと向かったミラは、今日の疲れを湯でさっぱりと洗い流した。
風呂の後は夕飯だ。いつも通りに素晴らしく美味しい夕飯に加え、この日はデザートにマリアナの手作りケーキもある。
今まで食べたモンブランの中で一番美味しいとミラが絶賛すれば、ルナもまたキャロットケーキを頬張りながら、同意だとばかりに「きゅいー」と声を上げた。
そんな一人と一匹に笑顔で答えるマリアナ。
こうしてミラの休日は、温かな優しさに包まれながら過ぎていった。
休日で十分以上に英気を養ったミラは、次の日からまた精力的に活動する。召喚術の研究にエミリアの指導、クレオスの特訓、更には最初の召喚術習得についての改善方法の話し合いや、授業で使う教科書作りと、手を抜く事など何一つせず全力で取り組んでいく。
加えて、少しばかり出掛ける事もあった。行先は、近場の古戦場跡。研究の結果で見出した、新たな武具精霊召喚の可能性を追求するためだ。
また、しばしば孤児院などにも立ち寄っては、子供達と遊び遊ばれたりもした。他にも、部屋の模様替えを一緒にしたり、街の散歩に付き添ったりと引っ張りだこだ。それでいて、年少組に対する召喚術の偉大さの刷り込みも忘れてはいなかった。
なお、現在孤児院にラストラーダはいない。つい数日前である。孤児院の環境も落ち着いてきたという事で、ファジーダイスとしての最後の仕事を完遂するために、グリムダートの方に向けて旅立っていったのだ。そのため、アルテシアにかかる負担は大きくなったのだが、子煩悩ゆえの特性か、彼女の笑顔はいつも以上に輝いている。きっと、普段はラストラーダにくっついている子供達が寄ってきているからだろう。
ルナティックレイクでは、それ以外にも時折王城に顔を出してはソロモンと雑談に興じていた。その際に魔封石の大量生産やら、術士隊の特別訓練相手やら、精霊と共存出来る街造り計画会議の参加などもしたものだ。
ちなみに、この計画会議の時は、精霊王の意見なども多く聞かれた。そのため、声が届くようにとアルカイト王国の重役達で手を繋ぎ輪になって会議が進められていたりした。実に仲良しそうでいて、どこかシュールな様子であったが文句を言う者は一人もいなかった。
そうして多くの仕事をこなしてきたミラだが、頼まれるばかりではない。その分、ミラもまた幾らか頼みもしていた。
現在、少しずつ進めている装備強化計画。ミラが考える最強装備を作り上げるためには、相応の職人の協力も必要となってくる。マキナガーディアンの素材などを扱えるくらいの特級職人だ。
そして、そんな職人は、そこらに存在するものではない。だが、集まっている場所はわかっている。そう、日之本委員会の施設だ。ソウルハウルから聞いた話によれば、『現代技術研究所』という場所に、最高位の職人達が集結しているという。
しかし当然というべきか。それだけの場所にふらりと行っても、入れてくれるかどうか怪しいというもの。ゆえにソロモンの方から事前に話をつけておいてもらおうというわけだ。
ソロモンもまた日之本委員会の一員である。そのあたりの融通は多少利くようで、「わかった。今度伝えておくよ」と承諾してくれた。
なお、その数日後。向こうの職人連中から、「で、いつ来るんだ」と、その来訪を急かされる事態となっていた。ミラが装備品を作ってもらいたがっているという事の他に、山盛りなマキナガーディアンのレア素材を持ち込むとも話していたからだ。
どうやら職人魂に火が付いたようで、それはもう大歓迎といった様子だったとソロモンは言う。
「というわけだから、今回の件が片付いたら向かうといいよ。きっと賓客として迎えられるはずだから」
「うむ……そうじゃな。しかし、少々不安も湧いてきたのぅ……」
それだけヤル気になっているのなら、きっと素晴らしいものが完成する事だろう。だが、それ以上に、突飛なものが生み出されるのではという予感も過る。トップを走る職人とは、時折、勢い任せで要らない事をするものだ。知り合いにそんな人物が多くいたからか、ミラは期待半分不安半分で苦笑した。
「ああ、それとじゃな。もう一つあるのじゃが──」
そう付け加えるように続けたミラが求めたもの。それは、軍の運用法についての情報だった。
「なんか、また面白そうな事考えているようだね」
興味深そうな笑みを浮かべたソロモンは、「で、どういった感じがいいのかな」と、乗り気に答えたのだった。
休日や研究の合間の息抜きなどで、出掛ける事も増えた。今回向かう先は、ワイルドバディの新施設の一つであるプールだ。マリアナとルナも当然一緒である。
夏も後半だが、暑い日はまだまだ続いている。だからこそプールというのは、この時季が一番楽しめるというものだ。
更衣室にて、マリアナと一緒に水着へ着替えるミラ。ここにきてリリィ達からもらった水着が大活躍である。更に、マリアナに髪を結いあげてもらえば、準備は完了だ。
ビキニタイプのミラに対して、マリアナの水着はワンピースタイプ。色も白が基調であり、清楚感の溢れるデザインとなっていた。
「ルナはこれがお気に入りじゃのぅ」
頭をすっぽり覆う事が出来る潜水ヘルメットやサーフボードにゴムボートなど。ワイルドバディには、ペット用のプール用品も完備されていた。しかもそれら全てが無料レンタル品であり、ルナはその中の一つである浮き輪に夢中だった。
レンタルの棚から、いつもの赤い浮き輪を借りてプールに向かう。そして水面にそれを浮かべると、ルナがぴょんこと飛び込んで、その輪っかに上手く嵌り込んだ。
そうなればもう、後はルナの思うが儘だ。前足と後ろ足を上手く使って、すいすいと泳ぐ。
「そーら、いくぞー」
ミラが飛び込むと大きく水面がうねり、ルナは荒れ狂う波に巻き込まれた。だが、そんな嵐もなんのその。見事に立て直したルナは、「きゅい」っと自慢げに鳴いて、華麗に水面ターンを決めてみせた。
「ほぅ……やるではないか。ならば次弾発射といこうか! ──ほれ、マリアナや!」
どこか挑戦的な笑みを浮かべるルナに受けて立ったミラは、プールサイドのマリアナに飛び込んでこいと合図を送る。
「わかりました、ミラ様」
ミラの要請に答えたマリアナは、言われるがまま、ミラに向かって飛び込んだ。
着水と共に飛沫が上がり、大きく水面がうねる。心なしか先ほどよりも大きな波がルナを襲う。
こいつはご機嫌なビックウェーブだ。そんな声が聞こえてきそうなほどに、波へと挑むルナの表情はベテランのそれであった。
巧みに前足を使い操舵するルナ。しかし、その波は手強かったようだ。健闘虚しく最後の最後で転覆してしまった。
浮き輪ごとひっくり返ったルナは、そのまますっぽりと浮き輪から抜け出てから、再び輪の中より頭を出す。そして、参りましたとばかりに腹を見せる。
「ふふ、惜しかったですね」
勝者マリアナは、堂々とした態度でルナの腹を撫でまわした。
「ふーむ。わしも、もう少し身体が大きければ勝てたかもしれぬのにのぅ……」
勝敗は僅差であった。あと少しだけ着水時の衝撃が大きければ。その要因ともなる身長と体重について、ミラがぽつりと呟いた時だった。突如として、凍てついた空気がミラの背を走ったのである。
「ミラ様……」
これまでにないほどの冷たい声に、びくりと顔を向けたミラは、これまでにないほどの凍てついた目をしたマリアナの顔に立ち竦む。そして瞬時に察した。先程口走った自分の言葉が禁忌に触れていた事に。
たとえ、どれだけ親しい間柄であろうと、女性に対してその話題はタブーであったと。
そしてミラは知らぬ事だが、最近はミラがずっと塔にいるために食事内容がいつもより豪華な日が続いていた。ミラの言葉もあり、夕飯の席を共にしているマリアナは、それゆえに気になり始めていたのである。
そこへ放たれたのが、ミラのデリカシーのない一言だったわけだ。
「ああっと……今のはじゃな……その……なんじゃ……あれじゃよ」
良い言い訳が思い浮かばず、しどろもどろに視線を彷徨わせるミラ。すると、その様子におかしくなったのか、マリアナが小さく笑う。
「今日の夕食は、サラダパーティにいたしましょう」
微笑んではいるものの、それはそれのようだ。ミラは、「わかりました……」と素直に頷く事しか出来なかった。
と、何気ない一言で夕飯の肉抜きが決まった直後の事だ。わうんわうんという、はしゃぐような声と共に一匹の黒ワンコが颯爽と現れたのである。しかも相当にプールが好きなのだろう、次の瞬間、入口から一直線に駆けてきた黒ワンコがダイブしたのだ。
ミラ達の近くに、腹から豪快に着水した黒ワンコ。その身体は成人男性ほどに大きく、だからこそ激しい水飛沫が降りかかり、大きな波がミラ達に押し寄せた。
「きゅきゅきゅいー!」
ミラとマリアナでは相手にならないほど、そのビックウェーブは圧倒的だった。果敢に挑んだルナであったが瞬く間に呑み込まれ、為すすべなくひっくり返る。
浮き輪から抜け出し、再度頭を出したルナは、『いったい何者だ!?』とばかりな表情で波の発生源に顔を向けた。しかし飛び込んできた黒ワンコは、既に離れた場所にいた。そこでは飛び込みとは正反対に、静かな犬かきでもって優雅な泳ぎを見せつけている。
「見事な泳ぎっぷりじゃのぅ」
「はい、只者ではないです」
まるで水中を駆けているかのようだ。すいすいと進む黒ワンコの姿を見て、感心したように呟くミラとマリアナ。
そんな二人の様子を見ていたルナは、そっと浮き輪を抜け、両足をバタつかせる。しかし数秒ほどで浮き輪に戻り、悔しそうに耳を垂らした。しかし、その目に諦念の色はない。きっといつか、自由に泳げるようになってみせる。そんな闘志がそこには宿っていた。
そのようにルナが、いつか泳げるようにと決意していた時の事。黒ワンコを見ていたミラは、その姿をどこかで見たような気がすると感じていた。
だが、それも束の間。直ぐにその答えが提示される。少し遅れて、その主人である男がプールに現れたからだ。
(おお、あの渋い男は、いつぞやの狩人ではないか)
程良く引き絞られた筋肉に、数多くの傷痕が残る身体と水色迷彩のハーフパンツ姿でやってきたその男は、先日ワイルドバディの店内で見かけた男だった。縮小されて隅っこに追いやられていた狩猟用品コーナーにいた、あの熟練な狩人である。
という事はつまり、先程の黒ワンコはその時一緒にいた黒狼だったわけだ。飛び込みはともかく、あの音を立てない泳ぎ方は狩猟のために会得した技なのだろう。
狩人と黒狼は、正しく狩猟に生きてきたというダンディズムを纏っており、ミラはその男らしさに憧れた。今はもう叶わぬ、それに。
ただ、憧れとは違う感情を持つ者も、このプールにはいた。他の女性利用客達である。
現在、ワイルドバディに新設された設備の全てはプレオープンという形であり、特別利用券を贈られた者でなければ入れない状態にあった。常連客が大半であり、今のワイルドバディの常連には愛玩ペットを愛でる女性が非常に多い。そのため、プール利用客のほとんどもまた女性ばかりであった。
それだけ女性が揃っていれば、狩人の渋い魅力に気付く者も当然いるわけだ。また、ペット同伴が当たり前の施設である事もあって、話しかけるきっかけは十分というもの。
暫し見ていた間にも、数人の女性が黒狼を褒めるというところから接近を図っていた。ここには積極的な女性が多いようだ。また、既に顔見知りといった様子の者もいるようだ。
狩人の男はといえば、少し困惑した様子でありつつも、真面目そうに受け答えをしている。遠目からではあるが、女性達の印象は悪くないように見えた。
(なんともまた、大人気じゃのぅ。良い事じゃ良い事じゃ)
あの日、時代の流れに取り残されていたように見えた男が、今は複数の女性相手にペット用の訓練について話していた。流石はペット愛好家達というべきか。女性達は、狩人の男だけでなく、良くしつけられた黒狼にも注目していたようだ。今は、そのための訓練法を真剣に聞いていた。
いけ好かないイケメンがモテている場面は反吐が出るものの、こういう状況はむしろ好ましくすら思える。不思議なものだと感じつつも、ミラは狩人の男に幸あれと心の中で祈った。ただ、彼が独身なのか既婚者なのかを考えないようにしながらだ。
数週間ほど前でしょうか……
なにやらハリーポッターのオンラインゲームらしきものの動画がちらりと出ておりました。
ホグワーツの生徒になれるとかなんとか……。
リーク情報だなんだといった感じだったので詳細は定かではありませんが
本当に出るとしたらもう……楽しみ過ぎてワクワクが止まりません!!
自分はきっと、グリフィンドール!




