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281 穏やかな休日

二百八十一



 夕暮れ時に赤く染まった空。エリオ達の捜索も虚しく、ミラは今、空の上。前方には、九本の塔を抱く街の姿が見えていた。

 シルバーホーンの中心に聳える最高の術研究機関、銀の連塔。その中の一つ、召喚術の塔に帰ってきたミラは、自室に戻ると同時にその顔を綻ばせた。


「おかえりなさいませ、ミラ様」


「うむ、ただいま」


 マリアナに出迎えられると、帰ってきた事を実感する。ミラは、そんな思いを抱きつつ、飛び込んできたルナを受け止め「良い子にしておったかー」と存分に頬ずりした。

 塔にある自室は、3LDKという贅沢な造りとなっている。ミラは、そのリビングでルナを抱きかかえたまま、ソファーで寛ぐ。マリアナは、ひとしきり世話を焼いた後、そのままキッチンに入っていった。

 そんなマリアナを、なんとなく目で追うと、数多くの食材がミラの目に留まる。今日戻る事を、ソロモンが連絡していたのだろう。マリアナは夕飯の準備をしていたようだ。そして見た限り今日の晩餐は、とんでもないご馳走になりそうだった。


「これは、夕飯が楽しみじゃのぅ!」


 ミラが、そう期待に胸を膨らませると、ルナもまた嬉しそうに「きゅいっ」と答えた。食材の中には、新鮮で上等な野菜も多く揃っている。その中には、調理する他、ルナのご飯になる分もあるのだろう。いつも以上にご機嫌な様子だった。

 下準備はほぼ完了していたようで、ご馳走は間もなく出来上がった。流石はマリアナというべきか、ミラの好物をふんだんに盛り込みながらも、不足しがちな野菜をしっかりと組み込んだ見事な献立である。

 存分に好物を堪能するミラ。食事の合間合間に、そんなミラをそっと見守るマリアナ。その傍らで特製のサラダを味わっては、ミラに甘えるを繰り返すルナ。

 昨日の孤児院での賑やかな、というより賑やか過ぎる食事もまた楽しいものだった。だが二人と一匹の今日もまた負けず劣らず、とても家庭的であり、幸せな家族といった様子である。

 きっとそれは、まったく別のように見えて本質は同じなのだろう。そのようにして、優しい団らんの一時は過ぎていったのだった。




 夕食後は、入浴の時間だ。そして当たり前のように、マリアナとルナも一緒である。


「そこで、言ってやったのじゃよ。少々言葉が足りぬのではないか、と」


 召喚術復興の手応えに所長や怪盗ファン達、術士組合での激戦と地下水路、そしてファジーダイスこそがラストラーダであった事。ゆったりと温めの湯船に浸かりながら、ミラはハクストハウゼンでの出来事について生き生きと語っていた。

 マリアナはその向かい側で、そんなミラの話を楽しそうに聴きつつ、時折微笑む。彼女にとっては、こうしている時間こそが幸せのようだ。その微笑みは、安らぎに満ちていた。

 ルナもまた、ミラと一緒にいられて嬉しいのだろう。湯船の一角に用意されたルナ専用の浴槽から、ぴょんと湯船に飛び込んでは、ミラの下まで泳いでくるという器用な芸当を見せつける。


「おお、見事な泳ぎっぷりじゃのぅ!」


 地上での俊敏さと違い、えっちらおっちら泳いでくるルナの姿は、それはもう愛らしいものだった。ミラは堪らず抱き上げる。するとそこでマリアナが、ルナが泳ぐのを初めて見たと口にした。

 どうやらミラの傍に行きたいがために、湯船へ飛び込んだようだ。その事にますます感動したミラは、よりいっそうルナを可愛がった。

 そのようにして、ルナと戯れながら、今日までの事を語っていくミラ。ただ、話す事に夢中になり過ぎたからか、ルナのように向かい側から、いつの間にか隣にまで寄っていたマリアナに気付く事はなかった。




 風呂から上がると、これまたマリアナの世話になり、寝巻き用のローブに着替えたミラ。

 その際に、洗濯物なども全部預ける。ミラは心の中で夫婦だなどと思っているが、そのやり取りは親子のそれに近いものがあった。

 それから二人はそのままリビングで幾らかの酒を嗜みつつ、のんびりと談笑し、程良い眠気に誘われたところで寝室に向かった。当然、マリアナとルナも一緒だ。


「という事でのぅ。明日はずっと塔にいる予定じゃ」


「では、お昼もこちらで召し上がられますね。リクエストはございますか?」


「きゅいー」


「はい、ルナは、ももリンゴですね」


「なんと、もうそこまで意思疎通が……」


 ベッドに入った後、そう二人と一匹で明日の事を話しながら、ゆっくりと眠りに落ちていく。

 ミラとルナが、すやすやと寝息を立てる中、マリアナはそっとはにかむように微笑んで、目を閉じた。




 その日のミラは、朝から何をするでもなく、のんびりと過ごしていた。


「あ、ミラ様。昨日の洗濯物のポケットの中に何枚もメモが入っておりましたよ。机の上に置いておきましたのでご確認ください」


「うむ、わかったー」


 マリアナが用意してくれた朝食を摂り、そのようなやりとりをしつつマリアナに世話されながらルナと戯れる。

 今のところ、未だ見つからぬ九賢者に繋がる手掛かりがなく、動こうにも動けない。それに加え、一先ずのノルマは達成出来たためか、任務に緊急性はなくなった。そのためか、これまでの忙しかった反動とばかりに、ミラは気が抜けていた。

 そうこうしつつ数時間。昼ご飯も食べ終えたミラは、ミラの世話をしながらも部屋の掃除を欠かさないマリアナを眺めながら、ふと思う。むしろ任務の優先度が下がった今こそ、忙しくなるのではないかと。

 召喚術の研究、召喚術の現状の改善、職業としての召喚術運用法、《意識同調》の鍛錬、新技能の習得、超越召喚の実現など。やりたい事は、それこそ山ほど積み上がっているのだ。

 今が余りにも家庭的で安らぎに満ちていたため、つい甘えてしまった。そう改めて気付いたミラは、すくりと立ち上がり、「ちと研究室に篭る」とマリアナに告げた。


「かしこまりました。御用の際はいつでもお申し付けください」


 研究室に篭る。その言葉だけで全て伝わった。マリアナはそっとルナを抱き上げて、研究室に向かうミラの背を見送る。

 九賢者が全員そうであるように、術の研究や鍛錬におけるミラの集中力もまた、人のそれを遥かに超える。そしてマリアナも、それを知っているからこそ、一緒に研究室にまで入ろうとはしなかった。



 研究室でミラが、真っ先に始めた事。それは、これまでの旅路で得てきた召喚術の研究成果のまとめだった。

 部分召喚や武装召喚といった新技術など。その場その場で書き留めていた研究ノートを、本格的に編集していく。

 そうして瞬く間に時間は過ぎて、日も暮れた頃。綺麗に編集された研究ノートが完成した。召喚術の新技術や知識がふんだんに書き記されたそれは、正に今現在における召喚術の最先端といっても過言ではない出来だった。

 ごっちゃになっていたノートを整理するついでに、頭の中も整理出来たと、清々しい表情を浮かべるミラ。

 と、そこでマリアナの声が扉の向こうから響いてきた。それは、夕飯の準備が出来たと告げるものだった。研究の邪魔をしないように一歩引いたマリアナであるが、それはそれ。無理をさせ続けるつもりは毛頭ないようだ。息抜きもまた研究には大切な要素であると把握しているからだろう。


「うむ、今行く」


 そう返事をして立ち上がったミラは、大きく伸びをしてから、研究ノートを手に部屋を出た。


「一日遅れましたが、お帰りなさいませ、ミラ様」


 リビングに戻ると、そこにはクレオスの姿があった。ミラが帰っていると聞き、急いで戻ってきたという。また何より学園などについて相談もあるとの事で、こうして待っていたそうだ。

 ミラも、学園の事については色々と話したいところであった。簡単に挨拶を返すと、それらについて早速クレオスと語り合う。

 学園についての話は、食前から食後にかけて続いた。楽しく、それでいて真剣に生徒達のためになるように。授業方針の他、その内容について、とことん突き詰めていった。

 ただ、その最中の事だ。


「ここ最近なのですが、少々困った問い合わせがございまして……」


 ふとクレオスが、そんな愚痴を零したのだ。


「問い合わせとな? それは、どういったものじゃ?」


 そう訊いたところ、クレオスがその詳細を話す。そしてそれは、ミラにとって実に身に覚えのある内容だった。

 召喚術科への問い合わせ。それは、水精霊との契約は、最短だとどのくらいで可能か。屋敷を召喚するには、どれくらいか。といったものだ。しかも、それらを求める者達は、ほぼ見習いレベルの召喚術士だそうだ。

 水精霊や、屋敷精霊などからして、どうやらミラの宣伝活動が広まってきているようだ。しかし、ミラだからこそ簡単にやっているように見えただけであり、それらは見習い召喚術士が扱えるものではない。

 運が良ければ、水精霊との契約は可能だろう。だが、術士の能力が育っていなければ、それを維持する事や行使する事がままならないのは当然だ。

 よって、その事を伝えると、大半がガッカリしたように帰っていくのだという。

 とはいえ、そこから入学、または銀の連塔発行の召喚術入門書を買っていくような、やる気のある者も相応にはいたそうだ。


「どうやら最近、冒険者の間で、召喚術の活用法が広まっているようでして。そこはありがたいのですが、軽く見られ過ぎている点も多々あるようです」


 クレオスが、困ったものだとばかりに呟くと、ミラは「そうじゃったかぁ……」と、視線を逸らしながら小さく口にした。

 今後の活動は、その辺りも今以上に明確にしていった方が良さそうだ。そうミラは、改めて思うのだった。




「そういえば先日にのぅ、内在センスとしての召喚術について考えたのじゃが、お主はどう思う?」


 急ぎ次の話題に移すべく、ミラはハクストハウゼンの術士組合で思い付いた事を、クレオスに問うてみた。メインではなく、補助としての召喚術。そこに召喚術復興のための、新たな可能性が秘められてはいないかと。


「内在センスですか……。なるほど……何も召喚術士を増やす事ばかりが全てではないですからね。むしろ内在センスによる召喚術の利点を明確に出来れば、今活躍中の術士をこちらに引き込む事も……」


 まず何よりも、長年堆積した召喚術の負のイメージを払拭する。そして内在センスであろうと、召喚術が活躍する場が増えれば、それだけ地位も向上するはずだ。

 現状を考えれば、そういった捻り気味のアプローチは面白いかもしれない。そんな反応を示したクレオス。

 そこでミラは先程まとめた研究ノートを見せる。そのノートには、部分召喚や意識同調など、下級召喚に応用出来る数々の技が書き込まれていた。


「これは……! ああ、こんな事まで……!」


 召喚術士の最高権威である九賢者が記した研究ノート。それに目を通したクレオスは、一瞬にして、そこから目が離せなくなっていた。未だ到達出来ぬ、九賢者の領域。ノートにまとめられた英知は、その更に先をいっているからだ。

 ミラが、初めの方のページにまとめていた内容。それは、ただ純粋な技術のみによる召喚術の技。言ってみれば、技術さえあればダークナイトのみしか召喚出来なくても使えるという代物なのだ。

 つまり、内在センスとして習得した召喚術でも、十分に活用出来る技であるという事。これは、確かに可能性といえるだろう。


「素晴らしいです……。これを習得出来れば、召喚術はこれまでにないほど注目されるでしょう」


 難易度は、極めて高い。しかし、それだけに秘めたポテンシャルは計り知れないと、クレオスは奮えた。


「そうじゃろう、そうじゃろう」


 より良い召喚術の未来のため、その技術を提供する。そう決めたミラは、早速とばかりにクレオスに目を付けた。


「では早速、頑張ってもらうとしようかのぅ」


 現在、召喚術の代表であり、学園で教鞭もとるクレオス。だからこそ、新たな技術を広めるにあたり、その習得は必須といえる。ミラは手始めに、部分召喚を習得させようと微笑み、クレオスはこれから始まる地獄の特訓に笑みを引き攣らせるのだった。




 ミラ指導によるクレオスの特訓は、夜遅くにまで及んだ。

 クレオスは、初めてミラから部分召喚の話を聞いた頃より、ずっとその練習をしていたらしい。幾らかの基礎は出来ていた。けれど何かが足りず、それはまだ形になっていなかった。

 だが今回、直接の指導により、ミラが足りなかった部分を見抜いた事で、これまでのクレオスの努力が一気に実を結ぶ事になる。


「や……やりました! 見ていてくださいましたか!?」


 クレオスが繰り出したホーリーナイトの盾の部分召喚が、ミラのダークナイトの渾身の一撃を遂に受けきった。通常召喚と同等の耐久力を持つ部分召喚の盾。それは、成功と判定して間違いない出来だ。


「うむ、見ておったぞ。ようやったな。合格じゃ」


 何度も砕け、何度も両断されていたクレオスの部分召喚。しかし諦めずに何十、何百と指導をもとに調整を繰り返した結果、遂に完成したのだ。

 ミラが合格を告げると、クレオスはまるで子供のように喜んだ。

 また、クレオスがもう一度もう一度と試す部分召喚は、安定してダークナイトの一撃を防いでいた。どうやら、その感覚を完全に掴む事が出来たようである。

 ミラもまた、そんなクレオスの成長を喜んだ。そして、更なる成長を望む。


「では続いて、ダークナイトの部分召喚も試してみるとしようか」


 ミラがそう告げたところ、「わかりました!」と快活に返事をするクレオス。余程成功したのが嬉しかったのだろう、今の彼は何でも出来るとばかりな無敵気分のようだった。

 しかし、それは数分後、完全な無力感にすり替わる。同じように見えて、ホーリーナイトとダークナイトの部分召喚は、その難度が段違いだったからだ。

 ホーリーナイトは、ただ、盾を出すだけで良い。対してダークナイトの場合は、剣を振り上げ振り下ろすという二つの動作が必要となる。しかもそれを僅か数秒で行うのだ。


「まったく終わりが見えません……」


 特訓で、ほぼマナを使い尽くしたクレオスは、打ちひしがれたように項垂れる。余程の難度なのだろう、その顔には一転して悲壮が浮かんでいた。


「ふむ……ここらが限界そうじゃな」


 ホーリーナイトの部分召喚の感覚に、引っ張られ過ぎている。そう見抜いたミラは、まだやれると言うクレオスを窘めて、今日はゆっくり休むようにと告げる。

 根を詰め過ぎるのも良くない。そんなミラの言葉に頷いたクレオスは、素直に部屋に戻っていった。また、明日お願いしますという言葉を残して。

 クレオスの特訓の後、ミラはのんびりと入浴の時間を満喫した。当たり前のように、マリアナとルナも一緒だ。

 それから夜食代わりのスイーツを楽しみつつ、ルナと戯れマリアナと語らい、眠気が差してきたところでベッドに入る。そうして、忙しくも長閑なミラの一日は過ぎていったのだった。







先日、自分的に良い事がありました。

なのでお祝い代わりに、スーパーでケーキを買っちゃいました!

2個入りのモンブランです!


やはりモンブランですね。凄く美味しかったです。

ただ……食べている時にふと思いました……


あれ? 去年のクリスマスに食べたモンブランより美味しくないか? と。

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― 新着の感想 ―
ミラちゃんが地獄の特訓をする側でしたか。 アルテシアさんからミラちゃんが(男のメンタルが消滅するくらいに)ガッツリと(地獄の)淑女教育(特訓)されると思っていたのに(笑)
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