280 骨董界の新風
二百八十
記念写真から始まった後、三十分ほどで終了した撮影会。ミラはソファーに腰掛けたまま、そこに宿る精霊を確かに感じつつ、店主が用意した紅茶で一息ついていた。
その傍ら。後片付けをする店主はといえば、まるで家宝でも扱うような手つきで写真機を箱にしまい、万が一もないようにと、しっかり鍵を閉める。
きっと、報われない骨董品達に希望が見えたからだろう。天にも昇るような笑顔の店主。そんな店主の様子から、ミラは骨董品に宿る精霊達の待遇が、今後改善されていくはずだと実感する。
そこでミラは思いつく。更にもう一つ、それを後押ししようではないかと。
「店主よ、折角じゃ。曰く付きと勘違いされている精霊のため、更に一助となる情報を教えようではないか」
店主が撮影機材の片付けを終えたところを見計らい、ミラはそう声をかけた。すると店主は、「情報、ですか?」と首を傾げつつも、興味があるのか神妙そうな表情を返す。
店主は、心の中で思う。完璧な写真だけでも十分だが、他に何があるのか。もしかしてそれは写真以上の何かだったりするのかと。少々違った方向に妄想を膨らませ始めたが、当然、ミラが口にする情報は、そんな色気のあるもののはずはない。
「わしが精霊の宿った家具を探しておった理由こそが、もう一つの情報じゃ」
すくりと立ち上がったミラは、そう説明しながらソファーに振り返り、店主に見せるようにしながら《契約の刻印》を実行した。
「これは……!?」
ミラが手をかざすと同時、ソファーから溢れ出した光の粒子が煌く流星となって、ミラの手に吸い込まれていった。その一部始終を目撃した店主は、何が起こったのかと呆気にとられる。だが、その間にも彼の思考はフル回転しており、暫くしてミラが何をしたのかに気が付いた。
「確か精霊女王様は、召喚術士……。そして、精霊……。もしや……今のは召喚契約ですか?」
これまで噂止まりで、その存在が確認されていなかった家具精霊。ゆえに当然といえば当然だが、そんな家具精霊と召喚契約が出来るなど、店主は聞いた事がなかった。しかしながら、同じ人工精霊である武具精霊は、召喚術士の基礎ともいえる召喚術だ。となれば、家具精霊と契約出来ても、まったくおかしな事ではない。その考えに至った店主は、期待を込めてミラに目を向ける。
「うむ、正解じゃ! 召喚術士ならば、このように家具精霊などとも召喚契約を交わす事が出来る。そして当然、召喚もじゃ」
召喚術士が秘めた可能性を胸に自信満々で返したミラは、その勢いのまま、早速初召喚を試みた。
【召喚術:マイソファー】
術が発動すると共に、小さな魔法陣が浮かび上がると、そっとソファーが現れる。それは、一人がけで小さな紺色のソファーだったが、大人一人なら十分に寛げそうであった。
「これは、素晴らしい……!」
何もなかった場所に現れた新品同様のソファー。店主はその状況に驚くと同時、ソファーを食い入るように見つめた。
「基礎はフーソロット時代に似ていますが、デザインは余り見かけませんね。材質もまた、見た事がありません。ああ、しかし……本当に良かった」
対処法のない曰く付きとされながらも、店主が大切に保管していたソファー。そこに宿っていた精霊がこうして実体化し、見えるようになった。店主は心底嬉しそうに笑い、その晴れ姿ともいえる召喚を喜んだ。
「しかし、不思議ですね。基となったソファーとは、随分と形状が違いますが」
ひとしきり喜んだところで、店主はそんな疑問を口にした。するとミラは、待ってましたとばかりに、にやりと微笑む。
召喚術に関しては、さほど知識のなさそうな店主。そんな彼でもわかるように、そして情報がより広く、また間違いなく大勢に伝わるようにミラは語った。
まず、人工精霊を召喚する類の術は、その形状が術士のイメージによって多少変化する。召喚者によって、ダークナイトの鎧の形状や厚さが違い、機動性、防御力などに差が出る事もあるといった具合だ。
家具精霊などといったものの場合は生活に密着するため、より顕著にイメージの影響が出るとミラは話した。そして、このあたりはまだ考察中だが、契約が馴染み絆が深まっていくほどに、大きさなども含め理想のイメージを具現化出来る可能性があると続ける。
「わしもまだ、戦闘系以外の術は会得したばかりでのぅ。詳しくは言えぬのじゃが、これまでの感覚からして、これらの術には相当な可能性が秘められておる。それだけは確実じゃ」
ミラは説明しながらも召喚術の未来を思い、実にマッドな笑みを浮かべていた。前に、精霊屋敷の浴室に窓があったら、などと考えた際、その気持ちに応えるようにして、大きな窓が出来た事があった。精霊の影響範囲内ならば、それなりに融通が利くという事は既に実証済みなのだ。後はそれが、いったいどれだけ利くのか。ミラの興味は尽きず、新しく契約した精霊ソファーにかける想いは非常に強いものだった。
「なるほど……! ああっ、流石は精霊女王様!」
店主は不敵に微笑むミラの表情にぞくりと身を震わせながらも、その意味するところを理解する。
ミラが追加として提示した情報。それも加えて、今回の件に関する事を広めていけば、骨董品に宿った精霊の存在が認知されると共に、召喚術に関する新情報もまた広まっていく事になる。
家具の召喚。きっと探せば、椅子やテーブルの他、ベッドなども見つかるかもしれない。冒険において、それらがあるとないとでは、やはり休息時の効率が違うというものだ。安定したテーブルと椅子で食事をする。柔らかいベッドで眠る。それら普通の生活に近い環境というのは、心も休まるものである。
荷物として運ぶとなると、随分とかさばるそれらを、召喚術ならばいつでも新品の状態で用意出来る。するとその分、持ち運べる道具や薬などの量を増やす事が出来て、更に冒険者稼業が安定するというもの。必須とまではいかないが、選択肢に入れていいのではないかというほどには、召喚術士の地位が向上するはずだ。
「冒険者用品店に代用となる品はありますが、軽量化をとことん追求したものばかりですからね。あれらでは、きっとこのソファーのような安定感は得られないでしょう」
実は元冒険者だった店主は、当時の環境を思い出しながら、これは有力な情報だと得心する。そして、ミラが召喚したソファーを改めて見つめながら、その確かな作りの良さに感心した。ディノワール商会などで扱われている代用品は、冒険者稼業を快適なものに出来るが、それでもやはり代用品の域。家具精霊召喚によって作り出されるそれらには敵わないだろうというのが、店主の感じた率直な意見だった。
「そうじゃろうそうじゃろう。しかし、これだけではないのじゃよ」
家具精霊が秘める可能性。それを十分に理解してくれた店主の反応に気を良くしたミラは、これまで以上に笑みを深くして、そう前置きした。そしてどこかもったいぶるような仕草で召喚したソファーに腰掛けると、にやりと店主に目を向ける。
「時に店主殿や、家にもまた精霊が宿るという事を知っておるか?」
ミラがそう問いかけたところ、店主は「そうだったのですか? それは知りませんでした」と、ただ素直に答える。それから少しした後、ミラの言葉の意味に気付き、まさかと表情を一変させた。
「もしや……その家の精霊とも召喚契約が……?」
ふと脳裏を過った考えに、店主は多くの可能性を垣間見た。そして冒険者を取り巻く環境、また召喚術士の現状がガラリと変わるはずだと直感した店主は、冒険者時代の事を思い出したようで、ワクワクとした期待の眼差しをミラに向ける。
「その、まさかじゃ。先日に、ふとした事で屋敷の精霊と出会ってのぅ。契約出来たのじゃよ」
そう肯定したミラは、ここからだとばかりに、契約した屋敷の精霊について話し始めた。
まず、契約したばかりの時点では、それほど部屋が大きくはないが、成長するにつれて大きくする事は可能である事。
マナの消費量は多いが、出入りに関しては術者の許可がなければ不可のため、防犯面はしっかりしている事。また、召喚術士ならば武具精霊を不寝番に立たせられるため、就寝時の警戒もばっちりであり、屋敷精霊自体がかなり頑丈である事から、魔物の襲撃に対して籠城戦で対応可であると。
「そして何よりも、屋根と壁がある。つまりは、どのような場所であろうと雨風を凌げるわけじゃ。いつでもどこでも快適な空間での休憩が可能となる。これがやはり、何よりも一番の利点じゃろう」
そうミラは、これまでの経験で気付いた利点を挙げていった。ただし、シャワーや風呂、水洗式のトイレについては触れない。それらを十分に活用するには、精霊王の加護による『繋ぐ力』が必要となる。これはどう考えても、一般的な方法ではないからだ。
「何と、素晴らしい。それならば窃盗を警戒せずに眠れますし、壁がある分、突然の襲撃に対しても十分な準備を整えられますね。そして何より、雨風を気にしなくていいというのは、最高ですよ。もしも家を召喚出来る召喚術士がいたなら、今後の買い付けがずっと快適になりそうです。特に行商を生業とする者にとっては、その生活環境を一変させるだけの存在となるでしょう」
店主は、屋敷精霊ならではの特性にますます驚いてみせる。また、召喚術士への認識をかなり上方修正した様子であった。
お抱えの召喚術士が一人いると色々助かりそうだと感じてくれたようだ。本気で召喚術士の雇用を考え始める店主。その際にミラにちらりと期待の眼差しを向けたものの、それはほんの僅か。Aランク冒険者であり二つ名まで持つミラを雇う費用を継続的に捻出する事は難しいと判断し、涙を呑んで諦めた。
この悔しさは後で晴らそうと、店主は写真機の入った箱を見つめ気を持ち直す。
「ほぅ、そこまでか……」
そこそこ自信はあったが、店主の反応が予想以上であり、ミラもまた驚いた。するとそんなミラに店主は、利点について更に語った。
「何よりも、宿について考えなくてよくなるというのは、相当な強みになるでしょう。冒険者は多少無茶をする事もありますが、行商の場合、宿や休憩出来る場所も考慮して、きっちりと旅程を組みますからね。それが、どこでも快適に休めるとなったら、それらを度外視にして進めるところまで進んでしまうなんて事が出来ます。宿代の節約だけでなく、時間の短縮にもなる。家の精霊を召喚出来たなら、各方面から引く手数多でしょうな」
冒険、そして行商における厳しさを良く知っている店主は、召喚術を可能性の塊だと称した。
家という場所ほど人が落ち着ける場所はない。稼業の際はほぼ野宿となる冒険者や、街から街への道中の行商人など、屋根も壁もない場所で休憩する事が当たり前の者達にとって、これは革命ともいえる情報だと絶賛する。
「そうか、そうかそうか! きっとその内に、召喚術士は引く手数多になるじゃろうな。店主殿も早めにお抱えを見つけておいた方が良いかもしれぬぞ」
店主の気持ちを知ってか知らずか、ミラはそう言って自信満々にふんぞり返った。
ミラは、召喚術士の人気が爆発する未来を信じていた。そしてそれは、店主の言葉で確信に変わる。また、その根拠は今回の事ばかりではない。ハクストハウゼンの街で騒ぎになっていた水精霊の件と、学園で奮闘しているクレオスの努力も含めてだ。
(しかし、そうか……確かにそうじゃな。活躍の場が冒険者ばかりとは限らぬか……)
召喚術の今後に想いを馳せながらも、ミラは店主の言葉からそれに気付く。
基本的に戦闘脳で冒険好きなミラは、これまで冒険者としての立場ばかりで召喚術士の今後を考えていた。召喚術を復興するには、凄腕の冒険者として召喚術士が台頭してくるのが一番であると。
世間ではトップレベルの冒険者が、それこそヒーローのような扱いだ。召喚術は強いというイメージを世間に知らしめれば、自ずと人気も回復していくだろう。ミラはそう思っていた。
しかしここで、他の選択肢の存在を知った。
これまでの間にそれらの可能性自体は幾つも目にしていた。死霊術のゴーレムを利用したタクシーの他、浄化の術を利用して骨董商のお抱えとなった退魔術士など。
そう、ゲームだった頃と今とでは、あらゆる環境が違っている。何も戦う事だけが術士の居場所ではないのだ。むしろ契約相手が多ければ多いほど、その汎用性が増す召喚術にとって、危険を伴う戦い以上に生活寄りの方が活躍出来る場は多いとすら思えた。
ケット・シー調査員や、ガルーダ空輸の他、コロポックルがいれば森を安全に抜けられ、海王亀がいれば楽に海を渡れる。家の精霊と契約出来たならば、どこでも宿が運営出来る。その可能性は無限大だ。
一般職への応用を充実させた方が、人気が出るのではないか。と、そう考えたミラだったが、ふと思い直す。何だか、金儲けの道具にしているようだと。これまで大量に水を売ったり戦利品で一儲けしたりしてきた中、今更であるが、それを完全な商売にするのは如何なものか。
そこまで考えたミラは、改めて思った。労働には対価が必要だろうと。
(ふむ……。その内、皆に礼をするとしよう)
契約の大半が主従関係だが、それ以前に仲間である。そう全ての者に対して思っているミラは、今度何か希望はあるか訊いてみようと心に決めたのだった。
「ところで精霊女王様。思ったのですが、家の精霊なんて、そう簡単に見つかるものなのでしょうか?」
一つ落ち着いたところで、ふと考え込んだ店主は、ミラが触れていなかった部分に気付き、そう問うた。
これまでミラが語った内容は、召喚術士の希望に満ちたものばかりだった。ミラの言う通りになったとしたら、今後の召喚術士の立場は、それはもう晴れ晴れしいものになると容易に想像出来るほどに。
だが、商人であり冒険者でもあった店主は、そんなに都合の良い事ばかりのはずがないと察した。家にも精霊が宿るという話は初耳であり、何よりも、身近にいたソファーの家具精霊がこれまで認識されていなかったという事実があったからだ。
「ふむ……まあ、そこが問題じゃな」
渋々といった表情ながらも、ミラはその欠点を認める。利点だけでなく欠点も挙げなければ、正しい情報とはならないためだ。
夢を見せるだけでは意味がない。苦難だとしても、そこに辿り着くための道筋を示す事こそが先人の役目であろう。そう考えるミラは、家の精霊だけでなく、家具精霊についての契約や、それに伴う条件、また見つける方法について語る事にした。
「まずは肝心な、見つける方法じゃな」
そう口にしたミラは、少しだけ間を置いた後、確実な方法を告げた。
それは、実に単純なもの。しかしながら人によっては厳しく、また容易いものでもあった。
「その方法はというと、ずばり、精霊に教えてもらう、じゃ!」
得意げにふんぞり返ったミラは、どこかぽかんとした様子の店主に向けて、更に言葉を続けた。自然界に住む原初精霊も、人造物に宿る人工精霊も、その大本となる力、精霊力は同じである。ゆえに、原初精霊の友達や知り合いがいれば、精霊が宿っているかどうかなど、訊けば直ぐに教えてくれるとミラは語る。
「なるほど……。言われてみれば、確かにその通りですね……。盲点でした」
精霊を見抜くための技能。または、術具や儀式などなど。何か特別な方法があるのではと考えていた店主は、その単純明快さに笑った。
「しかも召喚術士ならば、精霊を召喚出来る。この方法との相性は抜群じゃ」
精霊との接点がなく、仲の良い相手もいない者にとって、この方法は厳しいだろう。けれど術士というのは、何かと精霊に縁があり、また召喚術士ともなれば、その縁が最も強い。そのため精霊に訊く事こそが、最も簡単でオススメな人工精霊の見つけ方だった。
「確か、精霊の友人がいると……。彼に頼んでみましょうか……」
どうやら知り合いに、精霊との接点を持つ者がいるようだ。店主はそう呟きながら、久しぶりに会ってみようかと、楽しそうに笑う。
と、精霊が宿った器の見つけ方を教え終わったところで、いよいよ肝心な契約方法だ。
「さて、次に契約とその条件じゃが。先に言うておくと、わしは少々特殊な状態でのぅ、この通りに実践はしておらぬ。じゃが、精霊王殿から直接聞いた方法なのでな、情報としては確実じゃ」
そう前置きしたミラは、詳細について話し始めた。
今回のような家具の精霊や、大物ともなる家の精霊。これらと契約するために必要なのは、見つける事もそうだが、何よりも絆を結び契約相手として相応しいと認めさせる事が重要であると。
次に、その方法だが、今のミラはその点について一般の術士とは少々勝手が違っているため、精霊王から聞いていた話をそのまま伝えた。
戦う事こそが存在理由の武具精霊の場合。戦い打ち勝つ事によって力を示し、主だと認めさせれば契約が成立する。
では、家具精霊などの場合はどうか。その存在理由とは何か。それは考えるまでもない。家具として使う事だ。しかし、ただ使えばいいわけではない。大事に、思いやりをもって使う事で、宿る精霊との絆を深められる。そして、精霊からの信頼を得る事で持ち主と認められ、正式に契約が可能となるのだ。
また家の精霊も同じ。大切に住み続ける事が、契約への確実な方法となる。
「というわけでのぅ。精霊を見つけたからといって、直ぐに契約出来るわけではない。まずは信頼を得る事が大切なのじゃよ」
そこまで話したミラは、一呼吸置いてから少しだけ苦笑して、若干言い辛そうに言葉を続けた。「問題は、時間じゃな」と。
絆を深め、認められるまでに必要な時間。それは、どれだけ大切に想っているか、大切にするかによって決まる。本末転倒だが、召喚契約のためにという理由だけの場合、年単位でかかってしまうだろう。
しかし、無意味に終わる事は、まず無いとミラは付け足した。精霊は必ず応えてくれると。
たとえ始まりが召喚契約のためであろうと、大切にしてもらえたのなら精霊は喜ぶ。また、切っ掛けが何であれ、大切にしていれば愛着が湧いてくるのが人というものだ。
「色々と条件は厳しそうに思えるが、誰でも成せる事ばかりじゃからのぅ。道具を大切にするのは当たり前じゃ。精霊が宿った器さえ見つけてしまえば、もう契約したも同然といえるじゃろう」
そこまで話し終えたミラは、もしも店主が召喚術士だったならば、アンティークに宿る精霊とは簡単に全てと契約出来てしまえるだろうと続け、笑った。
「なるほど……。そういうものだったのですね。私も、仲良くなって召喚してみたかったです」
得心顔で頷いた店主は、ふとソファーの家具精霊を見つめ、そっと微笑む。そして少しした後、店主はふと疑問を顔に浮かべつつ、ミラに視線を戻した。
「ところで気になったのですが……精霊女王様は、なぜ直ぐに契約出来たのでしょう。先程、特殊な状態、と仰っていましたが」
ミラの話を聞き終え情報を整理したところで、店主は一番気になった部分について、そう質問した。
家具精霊と召喚契約するためには、絆を深め信頼関係を築かなければいけない。それが精霊王直伝の方法だが、ミラは出会ったその場で契約していた。それを特殊な状態だからと説明したが、そもそも、それはいったい、どういった状態なのかと。
「ふむ、それはじゃな──」
ミラは少しだけ間を置くと、顎先を指でなぞりつつ淡々と答えた。
召喚術で重要なのは絆を深める事。そして契約に必要なのは、信頼関係だとミラは語る。
精霊の召喚は、第一に精霊からの信頼を得られなければ何も始まらない。その信頼を得るためには、愛情をもって接する事が必要だ。そして心から大切にすれば、その気持ちを必ずわかってくれるのが精霊という存在である。
そうして信頼を得る事で、召喚契約が可能となり、絆を深める事で、術の規模や効果が上昇する。これが精霊召喚の基本だが、その始まりの部分が自分の場合は違うのだとミラは言う。
「実はのぅ、精霊王殿から授かった加護によって、わしの場合、この信頼を得るという部分を省略してしまえるのじゃよ」
精霊達の頂点である精霊王。そんな精霊王が信頼したという証でもある精霊王の加護。これがあるため、ミラは精霊達からの信頼を無条件で得られるのだ。そしてその証拠が、先程の契約である。本来ならば、ミラもまたソファーを大切に使い続け、そこに宿る精霊に信頼される必要があった。けれどその段階を飛ばせたのは、何といっても精霊王の加護のお陰である。
精霊王の加護は精霊関係において、とことんまでにチート級の効果を発揮するようだ。
「なるほど……流石は精霊女王様。となると、他の方では、まず不可能ですね」
「そうじゃな。わしと同じ方法は、難しいじゃろう。けれど、契約自体は信頼さえ得れば誰でも出来るはずじゃ」
可能であれば、他の召喚術士達の活躍も早くなり、その分、召喚術士の地位向上もまた大きく進んだ事だろう。けれど、精霊王の加護を期待出来ない以上は、地道に精霊との信頼関係を築いていく他ないというものだ。
(ふーむ。皆には悪いが、今はこの恩恵におんぶに抱っこじゃな)
かつては全て同条件のまま、仲間の召喚術士達と切磋琢磨し合ってきたミラ。けれど今は、相当なアドバンテージを得ているといっても過言ではないだろう。ミラはその事に少々、引け目を感じる。だがしかし、立ち止まる気は毛頭なかった。むしろ、この恩恵をどこまで活かしきれるかまで、追究する計画すら思い描いていた。
「いやはや、貴重な情報をありがとうございました!」
ミラの話が終わったところで、せっせと書類にペンを走らせていた店主。情報をひとしきり書き記すと、にこやかに礼を口にした。性癖がどうであれ、彼が胸に秘める骨董品への愛もまた本物だ。そんな彼が長年気に病んでいた案件の一つが、最良な形で解決した。その喜びは、ひとしおだろう。
「なーに、お安い御用じゃ。わしとしても、不当な扱いを受ける家具精霊をそのままにはしておけぬからのぅ。とはいえ、この事については店主殿に任せきりとなってしまいそうじゃがな」
精霊が宿った骨董品の扱いについては、やはり専門家に任せた方が早いという事で、ミラは全てを店主に一任した。教会に押し込められた分の救出の他、それらについての情報の拡散など。何かと有名人になったミラが行っても、そこそこ効果はあるだろうが、やはり専用の情報網を持つプロと比べると、拡散力では劣るというものだ。
また有益な情報に加え、証明となる写真も沢山撮影した。この店主ならば、これらを使って上手く情報を広めてくれる事だろう。そう思えるほどの熱い情熱を感じていたミラは、真っ直ぐと店主に視線を向ける。
「必ずや、精霊女王様のご期待に応えてみせます!」
店主は、ミラの視線をしかと受け止めると、その場に跪きそう口にした。その様子はまるで、女王に忠誠を誓った臣下のようである。
「うむ。よろしく頼むぞ」
店主の言葉に、そう頷き返したミラは、さてと改めてソファーに向き直る。そのソファーは召喚した方ではなく、精霊が宿っていた方のソファーだ。
精霊が宿っていたソファー。そこにはもう、精霊はいない。水や風といった原初精霊と違い、人工精霊は召喚契約をする事で、その宿主を術者に移すという性質があるからだ。
ゆえに精霊が消えたソファーは今、ただの骨董品となった。これといって骨董品蒐集の趣味はないミラにとってみれば、さほど必要のないものといえるだろう。精霊と契約が出来たならば、このソファーをまたアンティークとして買い取ってもらうという選択肢もあるわけだ。
だが、ミラはそうしなかった。
「さて、上手くいくじゃろうか」
ソファーに触れたミラは、そのまま無形術の《アイテム化》を発動する。しかもそれは改良型の《アイテム化》であった。技能大全に載っていた、《術式解析》と《術式拡張》を習得し調整したのである。
この《術式解析》と《術式拡張》は、組み合わせる事で真価を発揮する。これまで弄る事の出来なかった術式の深部まで調整出来るようになるのだ。とはいえ、それは簡単な事ではない。場合によっては、術が使い物にならなくなる恐れも含んだ、極めて繊細で難度の高い技能だ。
ただ、そこは九賢者などと呼ばれるだけの立場にまでのし上ったミラである。術式については、そこらの術士では足元にも及ばない知識を持っており、その調整は容易なものだった。
そんなミラが、ここぞとばかりに拡張した《アイテム化》の無形術。元々の《アイテム化》には、様々な制限があった。条件によっては、アイテムとして分類出来るものと出来ないものが存在していたのだ。家具というカテゴリもまた、その一つである。
けれどそれは、何も手を加えていない《アイテム化》だけの話。術士の一部、中でも術式に精通した上級の者達の間では《術式拡張》を駆使して、必要な効果に調整するのが一般的だった。《アイテム化》は、その最たる術の一つだ。
ミラは家具精霊を探すと決めた時に、この拡張を行っていた。今ならば、家具に分類されるこのソファーもアイテムとして、アイテムボックスに収納出来るわけだ。
なお、基本的に拡張出来るのは一段階のみである。後日、術式を再び変更する事も可能ではあるが、馴染み切っていない術式を何度も弄ると、最悪の場合その術を失う事になるため、拡張後は半年以上触れてはいけないというのが、術式拡張界の常識だ。
「うむ、大成功じゃな」
骨董品のソファーは、何事もなくアイテムボックスに収まった。それをしっかりと確認したミラは、これでこの先、存分に家具精霊を探せるとほくそ笑む。
そう、ミラには精霊の器となっていた家具を用済みとする気は、初めからなかったのだ。むしろ、精霊共々大切に使い続けるつもりだった。
「おお、ソファーをアイテムボックスに……。流石は精霊女王様」
驚くと同時、感心したように声を上げた店主。彼は知っていた。《アイテム化》の無形術は、そのままだと家具の類は収納出来ない事を。そして、術式を調整すれば収納出来るようになる事も。
店主が扱う商品は骨董であり、店内を見てわかる通り家具類もまた多い。そして家具というのは重く、何かと嵩張るものである。
ゆえに店主は、憧れていた。家具を収納出来るように調整した《アイテム化》を使える術士に。そんな術士と専属契約を交わせれば、買い付けがずっと捗るだろうと日夜考えていたほどだ。
しかしながら、術式を弄れるような術士というのは相当な熟練者であり、雇うとなったら、その費用だけで利益が吹き飛んでしまう事だろう。
店主は、思う。ミラほど理想的な者はいないと。
精霊屋敷による休憩場所の確保。武具精霊による不寝番。そして家具を収納出来る《アイテム化》と、何よりもドストライクなその容姿。店主にとってミラという存在は、正しく運命の相手といえた。
だが、ミラにとってみれば、運命でも何でもなかった。
「店主殿、感謝する。実に良い買い物が出来た」
骨董店での用事は全て完了した。ミラは、そう挨拶をすると、満足気に微笑んだ。
「こちらこそでございます。今日は私にとって、人生最良の日となりました」
ミラと専属契約出来たなら、どれだけ素晴らしいだろうか。そんな妄想から素早く帰還した店主は、そう一礼すると表情を輝かせた。妄想は叶わないが、それでも店主にとって、得られたものは莫大だったからだ。
それからミラは、名残惜しいとばかりな表情をした店主に案内されて店の前にまで戻る。そして「ご利用ありがとうございました」という、実に情のこもった店主の言葉に手を振り返し、『喫茶クラフトベル骨董店』を後にするのだった。
先日の事です。
バーベキューソースを探していた際に、肉のハナマサなる店を発見しました。
これがまた、なかなかに面白い店でした。業務用の冷凍野菜やらなにやらが豊富なのです。
そして、豚バラが100グラムで109円でした!
いつも行っているスーパーよりも安かったのです。
しかし、いつものスーパーも、負けてはおりません。
先々週の土曜日に、なんと特価で100グラムが79円となっていたですよ!
それはもう買っちゃいますよね。2パック買っちゃいました!