279 捜査網
なにやらこちらで
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キャンペーンが始まっているようです。
当、賢者の弟子の出番は、2018年11月30日~12月14日、との事。
よければ、よろしくお願いします。
二百七十九
(そろそろ、丁度良い時間かのぅ)
カードショップ『アステリアホーム』を出た後、時間を確認したミラは、その足を『喫茶クラフトベル骨董店』に向けた。約束していた写真撮影のためだ。
偶然にもカードゲーム大会の予選で、待望の『ダンブルフ』のカードを見る事が出来たミラ。カードが実在した事もだが、かの四十八将軍を倒せる性能であった事に、ご機嫌だった。
そこでミラは、ふと思い出したように、レジェンドオブアステリアのカードを取り出す。
「思えば、この一枚がきっかけじゃったな」
手にしたのは、ファジーダイスのカード。そこから、様々な情報が繋がっていった。ミラは何ともまた奇縁だったと笑い、骨董好きな店主の待つ店に入っていった。
ところ変わって、『アステリアホーム』の控室前。
(……まさか、Aランク冒険者『月光雪花のグランディール』の好みが、小さな女の子だったとは……。道理で、これまで色恋沙汰の話がなかったわけだ。あいつに寄ってくる女性は、相応に大人ばかりだったからなぁ)
その整った顔と穏やかな性格にカードゲームの腕前。そして何よりもAランク冒険者であるという実力を持つイケメン──グランディール。もてる要素をこれでもかと詰め込んだ彼には、当然だがこれまで多くの女性が恋の駆け引きを仕掛けていた。
そんな女性の中には、貴族令嬢ほか、高嶺の花とさえ思えるような美女達が数多く存在する。しかし、グランディールが彼女達の手を取る事は一度もなかった。
いったいどこに不満があるのかわからない。しかもグランディールならば、ハーレム、一夫多妻すら許されるであろうほどの空気が女性達の中にあった。それにもかかわらず、誰にもなびく事のなかった男グランディール。
いつしか、冒険者仲間に囁かれた事がある。彼は、男色なのではないかと。
そんな噂が、それとなく広がった時、いつも共にいた自分は随分と居辛い思いをしたものだと、友人は思い返す。
彼と同じギルドでBランク冒険者でもある友人は、そうでなくて良かったと胸を撫で下ろしながら、少女好きもまたどうなのかと複雑な心境を抱きつつ、会場に向けて歩いていた。
更に変わって、アステリアホームの店内。大会会場となっていた広間の手前。カードや、カードゲームの関連グッズを扱う販売スペースに、身なりの整った一人の男がいた。
彼の名はエリオ。『グリモワールカンパニー』の営業担当だ。そんな彼の隣には、女性店員の姿もあった。
「ああー、流石にもう大会は終わっていましたか」
大会の初めから観戦していたエリオは、途中で抜け出し、今戻ってきたところだった。会場が撤去され、祝勝会の準備がされているのを眺めながら、疲労を顔に浮かべる。
「ええ、レオナさんが本戦進出決定ですよ」
「なるほど、やはりそうなりましたか」
店員が答えると、エリオは予想通りといった顔で呟く。
「それにしても、突然、慌てたように出ていった時は驚きましたよ。何かあったんですか?」
それは今から一時間ほど前の事。盛り上がる大会の最中に、エリオは突如店を飛び出していった。その事について店員が訊くと、エリオは徒労に終わってしまったとため息混じりに、その理由を語る。それは、知り合いから、長い銀髪の可愛らしい少女を見たという有力な情報が入ったからだと。
「昨日、飛空船が学園に降り立ったじゃないですか。気になりまして、大会が始まる前にちょっとだけ見に行ったんですよ。それでですね。よく確認してみると、どうにも飛空船には、国章が見当たらなかったんですよね──」
飛空船は、非常に貴重なものであり、その大半は国の所有となっている。だが、学園に降り立ったそれは、どうにも違った。そう前置きしたエリオは、その時に見聞きした事を一つずつ並べていった。
その飛空船は、大勢の子供達を乗せてきた事。子供達は、学園裏に新設された孤児院に入った事。その飛空船を目撃した学生が言うに、精霊もまた多く乗船していた事。また関係者の話によると、遠くグリムダートから、はるばるアルカイトまでやってきた事。そして、子供達が「ミラお姉ちゃん」と、頻繁に口にしていた事。
それらを一通り話したエリオは、数日前に同じ仕事に就いている従兄弟のフリオから、『精霊女王』の話を聞いたと続けた。
「場所はグリムダートのハクストハウゼン。怪盗ファジーダイスで盛り上がるそこに、あの精霊女王も現れたそうです──」
エリオは、点と点を結ぶようにして説明していく。グリムダートにいた『精霊女王』。グリムダート方面から来たという飛空船。その飛空船には、多くの精霊達の姿があった。
「そして何よりも子供達が『ミラお姉ちゃん』と呼ぶ、その名こそ、かの精霊女王の名なのですよ!」
今、何かと話題にあがる事の多い『精霊女王』。ただ、その異名が先行し過ぎていて本来の名前は、余り伝わってはいないようだ。エリオの話を聞き終わり、ミラという名と『精霊女王』が一つに結び付いた事で、ようやく女性店員は驚きを露わにする。
「つまり、この街に精霊女王さんが?」
「ええ、僕はそう直感しましたよ。長い銀髪の可愛らしい女の子という特徴だけでは、やはり曖昧と言わざるを得ません。ですが、今この街に、かの精霊女王が来ているとの情報を踏まえれば、それはもう本人である可能性が極めて高いと」
かの大事件、巨悪キメラクローゼンの討伐。それは大陸中で話題になっており、現在グリモワールカンパニーでは、この件を題材としたブースターパックの発売準備が進められていた。かかわった名だたる冒険者のカードが再録されると共に、立役者の一人とされる精霊女王なども収録される予定だ。
そのため、新規収録となる人物への許可取りが、現在グリモワールカンパニーの営業達の間で最優先事項とされていた。ゆえに、エリオもまたちょっとした目撃証言だけで飛び出していったのだ。
「けど、その様子からすると、空振りでしたか?」
女性店員は、ぐったりと疲れきったエリオを見て、そう伺う。
「ええ、その通りです。骨董店にいたという話も聞いたのですが、一足遅かったようで……」
店を飛び出した後、目撃したという場所を中心に確認したエリオ。しかしそこにはもう姿はなく、聞き込みをしながら街を走り回っていた。
けれど、その甲斐もなく、どうにか追加で掴んだ情報も既に遅く、精霊女王はアンティーク店を出た後だったとエリオは苦笑する。
その後は新しい情報もなく、一回りして今帰ってきたというところだ。
「残念でしたねぇ。契約出来ればボーナス確定だったでしょうに」
「ほんと、そうですよ。『バッカス』で豪遊出来るチャンスが……」
期待が大きかっただけに落胆も大きいと、エリオは深くため息をつく。
と、そんなエリオと女性店員に、一人の男が駆け寄ってきた。
「エマさん。長い銀髪の女の子見ませんでしたか? 彼らに訊いたら、ついさっき帰ったって」
イケメンのグランディールの友人は、店を飛び出す寸前で足を止めて、女性店員のエマに問うた。彼は控室を出た後、真っ先にレオナファンと接触していた。そして、捜し人がダンブルフファンであり、少し前に帰ってしまったという話を聞いたのだ。
今から追えば捕まえられるかもしれない。だが、店を出た後、右に行ったのか左に行ったのかが不明だ。
ゆえに、ずっと出入り口近くにいたエマに訊いたのだが、その友人の言葉に真っ先に反応したのは、エリオであった。
「ちょっとその話、詳しく聞かせてくれないか!?」
先程までの疲れた様子はどこへやら、エリオは鬼気迫る表情で友人に飛びついた。
「え? いや、それどころじゃ──」
出来れば直ぐにでも捜しに出たい。詳しい説明をしている暇はない。そう思う友人だが、エリオの気迫に気圧されて完全に足を止められた。
「──長い銀髪の少女。もしかして、魔法少女風の衣装を着ていなかったかい?」
「……もしかして、その子の事、知っているのか?」
グランディールから聞いた特徴には、確かに魔法少女風の服装をしていたとあった。しかしそれ以上の情報はない。グランディールと友人が把握している事は、見た目のみなのだ。
そこで響いたのが、エリオの言葉だ。何やら、今捜している女の子について見た目以上の事を知っている様子であり、問い返したところ、「噂で聞いた程度の事だけどね」と答えた。
「わかった。話すからそっちも教えてくれ」
「いいでしょう」
友人とエリオは情報交換という形で、長い銀髪の少女について知る事を話した。
「精霊女王……。まさか同業者だったとはな」
グランディールが詳細に語った特徴と、エリオが噂から精査した特徴が見事に一致した。それはつまり、少し前まで会場にいたのは、精霊女王本人であったという証明に他ならない。
捜していた女の子の正体は、精霊女王と呼ばれるAランクの冒険者だった。友人はその事実に驚きながらも、非常にわかり易い手がかりを得られたと喜ぶ。
エリオはというと、外に出ず、ずっとここで大会を観戦していれば向こうからやってきたという事実を知り、大いに項垂れていた。そして、こんな事誰にも予想出来なかったとエマに慰められる。
「しかし、冒険者が精霊女王を知らないなんてね。キメラクローゼンの事件は、相当話題に挙がっていたが」
エリオがそう言うと、友人は苦笑気味に答えた。ここ最近は、大会に備えてカードの腕ばかりを鍛えていたため、本業とは少々疎遠になっていたのだと。
「そういえば、二ヶ月くらい前から、毎日対戦していましたよね」
エマが思い出すように呟く。友人は、それでもあいつは負けてしまったと苦笑する。そして、どの世界にも、上には上がいるものだなと、しみじみ口にした。
「では、僕は左を」
「俺は右だな」
それはともかくとして、今大事なのは、その精霊女王を見つける事だ。出来れば店まで来てくれるように頼む。それが駄目ならば、連絡先を教えてもらう。そう決めて、二人は店を飛び出した。
(まあ、今回は見つけられなくても、同業って知れたのは収穫だな)
友人は、隈なく街を見回しながら考える。精霊女王はAランク冒険者だ。となれば、組合経由で連絡を取る事が出来る。ここで見つけられずとも、会う約束をとりつける事は十分に可能なのだ。
とはいえ、それには手間がかかり、何よりも、いつメッセージを受け取ってくれるかが問題だった。ダンジョンに潜ったり、街から街への移動中だったりと、時間がかかる事が多いのだ。
メッセージを受け取った旨の連絡が返ってきてから、会う日時を決める。場合によっては数ヶ月は先になる。その間ずっと、グランディールの恋煩いが続くとなったら、面倒な事この上なかった。
ゆえに、友人は冒険者として培った知識と技術を最大限に活用して、精霊女王を捜した。
(何卒、見つかりますように)
対してエリオは、とにかくどうにかして接触するしか、目的を達する方法はなかった。商業利用に関しては、組合経由での連絡を受け付けてもらえないからだ。
しかしながら、エリオはこの条件で幾つかの交渉を成功させていた。今回もまたいつも通り、これまで育んできた人脈と人当たりの良さを活用し、道行く人々や出店の主人などから聞き込みを行いつつ、精霊女王を追うのだった。
知らぬところで大捜索されている中、ミラは撮影スタジオと化した部屋にきていた。
「では、精霊女王様。早速、こちらのソファーに」
店主がそう指し示したのは、先程ミラが購入したソファー。だがしかし、何がどうしたのか、気付けばその周囲には他にも数々のアンティークが並べられているではないか。
「何やら随分と賑やかになっておるのぅ」
ミラはソファーに腰掛けながら、そう思った事を口にした。一見した限り、それらのアンティークに統一性はなく、年代や地域はバラバラである事がわかる。また、どれも芸術性が高く見栄えのする見事なものばかりであり、一目で相当な金額だろう事もわかった。
ただ一つ、それらがどういった理由でここにこうして置かれているのかがわからない。ミラはなぜだろうかと無言のまま問うように店主へ視線を向けた。
「それは……。もちろん、精霊女王様だからこそでございます! 今を時めく大冒険者である精霊女王様の記念写真を、殺風景にしてしまうわけにはまいりませんからね」
ミラの視線を受けた店主は一瞬だけ視線を泳がせると、僅かな間の後、滑らかに理由を口にした。だがこの時、店主の顔には営業的なスマイルが張り付いており、ミラはそれを世辞のようなものだと見抜く。アンティークについて語っていた時とは、随分違う様子であったからだ。
「それは、本当か?」
ミラが今一度問うと更に視線を彷徨わせた後、店主は観念したとばかりに口を開いた。
今回の写真は、骨董業界でのターニングポイントになるほどの重大な一枚となる。そのため、それら情報の証拠として、この写真は発端となった店名と共に、広く大陸中に伝わる事だろう。しかも人から人へ、骨董愛好家から骨董愛好家へと、想像も出来ないほどに広がる事は間違いないという。
だからこそ少しだけ店の宣伝も兼て、当店自慢の最高級品を並べてみた、という事だった。
「宣伝費をかけず、大陸中に宣伝が出来ると思いまして、これは便乗しない手はないな、と……」
罪を告白するような口調ながら、それでいて悪びれた様子はなくそこまでさらけ出した店主は、次の瞬間表情をきりりと引き締め「落ち着かないというのであれば、直ぐに片付けます!」と続けた。
「いや、それには及ばぬ。好きにすると良い」
何だかんだで店主はアンティーク愛好家でありつつも、店を運営する商売人だ。こういった強かさもやはりあるのだなと納得したミラは、むしろこのくらいが丁度良いと苦笑して、宣伝については目を瞑る事にした。
「ありがとうございます。では、写真を撮らせていただきます」
丁寧に頭を下げて礼をした店主は、いよいよとばかりに写真機を構える。そして「あ、普通にしてくださって大丈夫です。あと目線は、このあたりでお願いします」と、幾らかミラに注文した。
「ふむ……こんな感じじゃろうか」
ソファーに腰掛けたまま、まるで女王さながらに威厳たっぷりな態度でふんぞり返っていたミラは、店主の要望に応えて、しぶしぶ姿勢を大人しいポーズに戻す。格好良い自分演出失敗であった。だが店主の要望通り、ちょこんと大人しそうにソファーに座ったミラの姿は、深窓の令嬢とでもいった趣があり、その美少女ぶりがより際立っていた。
「そうです、その飾らない無垢なお姿! 素晴らしい!」
ミラの小さな身体に秘められた可憐さを見事に引き出した店主は、少々興奮した様子でシャッターを切る。そして暫くの後、「これは、最高の一枚が撮れたかもしれません」と呟いて、昇天してしまいそうな勢いで天を仰いだ。
「おお、そうか。ならばこれで精霊達も安心じゃな」
証拠となる写真は、ばっちりと撮影出来たようだ。店主の様子からそう把握したミラは、不遇な立場にある人工精霊達の環境が、これで改善されるだろうと喜んだ。そして、役目は終わったとばかりに立ち上がった、その時だ。
不意に、店主から待ったの声がかかる。
「あ、お待ちください、精霊女王様。出来れば予備として、もう何枚か撮らせてください。ピントのずれや瞬きなどで、一枚目が失敗している事も考えられますので」
申し訳なさそうに、だが店主は実に真剣な顔つきで、そう撮影の続行を願い出た。最高の一枚が撮れた手応えはあったものの、場合によっては、それが使えないかもしれないと。
「そうじゃな……確かに一枚だけでは不安じゃのぅ」
ミラは、目の前の三脚に備え付けられた写真機を見つめ、そう呟く。そして、その写真機がデジタル式であるはずはないと今更ながらに思い出した。
今この世界に広まっている写真機は、元プレイヤー達が技術を持ち込み生み出したものだ。しかし、かつてソロモンとの雑談で聞いた話によると、電子機器をふんだんに利用したデジタルカメラは、まだ作られてはなく、世に出回っているものは全てがフィルム式だという話だ。
つまり店主が持ち出してきた写真機もまた、フィルム式であるわけだ。そして、フィルム式の場合はデジタルと違い、現像しなければどう撮れたかの確認が出来なかった。一枚しか撮影せずに一枚目が失敗していたら、お終いなのだ。
店主の言い分に納得したミラは今一度ソファーに座り直すと、先程と同じような姿勢をとり、「いつでも良いぞ」とすまし顔で言った。
「ありがとうございます。では──」
店主は一礼してから写真機を構え直し、再びシャッターを切る。そして更に「念のために、もう一枚」と二度ほど撮影した。
「精霊女王様のお陰で、素晴らしい写真が撮れましたよ」
店主は、そう朗らかに笑う。だがそれも束の間、ふとその表情に神妙な色を滲ませて、三脚から取り外した写真機を手に、ミラの周囲を窺うように歩き出す。
「今更ながらに思ったのですが、他の角度からの方が、より精霊女王様の魅力を引き出せるかもしれませんね」
とても神妙な面持ちで呟いた店主は、あともう何枚か撮影してもいいかと問うてきた。そして見栄えの良い写真は、それだけで人の関心を集める事が出来るのだと力説する。
関心が集まれば、それはいずれ骨董界を飛び出して、一般層にまで届くかもしれない。そうなったなら、骨董に縁のない者が、それをきっかけに興味を抱く可能性が生まれる。そうなれば店的に商売のチャンスが生じ、またアンティークに宿った精霊の認識も更に広がって、扱いもより良いものとなるはず。そう店主は流暢に語ってみせる。
「ふむ……。わからぬが、そういうものなのじゃろうか」
十分に手応えがあったという、先程の写真で十分ではないだろうか。宣伝や広告といった類にはさほど精通していないためよくわからないと、ミラは店主の言葉に首を傾げた。
すると店主は、ここぞとばかりに言葉を紡ぐ。
「そこらへんの広告や被写体だったのなら、確かに今ので十分でしたでしょう。しかし、貴女様は違う! その天使のような美貌には、十分という限界を突破出来る可能性が秘められているのです! けれどそれは、普通のままでは成し得ないでしょう。だからこそ、その正解を得るために、角度を変えて試してみたいのです!」
店主は、そう感極まった様子で声を張り上げ答えた。他をも寄せ付けないほどの熱意で、「精霊女王様だからこその可能性なのです」と、情熱が篭った瞳でミラを見つめた。
「ほぅ……。わししか出来ぬと」
「はい、精霊女王様以外には考えられません」
僅かな問答。だがそれで、ミラの心は決まった。
今回撮った写真は、ちょっとした店の宣伝に加え、家具精霊の存在の認知を目的とした広告にもなる。となれば精霊の事を憂うミラにとって、妥協という選択肢はなかった。
「よし、わかった。誰もがアンティークにも精霊が宿る事を信じるような写真にしようではないか!」
そう意気込んだミラは、さあこいとばかりに姿勢を整え、写真機に顔を向ける。そして不敵に微笑んでみせて、余裕のある自分を演出した。
「ありがとうございます。ああ、その蠱惑的な微笑み、素晴らしいです!」
店主は声高らかに叫ぶと、勢いそのままにシャッターを切る。そして、それを皮切として、次々に角度と方向を変え、写真を撮り始めた。
「流石、精霊女王様! いいです、凄くいいですよ! はい、女王の微笑みいただきました! さあ、次は上目遣いで! グゥーーッド! では、ぐいっと視線を下げてみましょうか!──」
撮影を続けていく内に熱量が限界を突破した店主は、どこかにいそうなカメラマンの如きテンションに突入した。その身体はミラの魅力を微塵も逃さぬとばかりによく動き、全方位からの撮影を可能とする。そして、所々で飛び出すポーズ指示は、美少女としてのミラの可憐さと小悪魔的な妖艶さを最大限に引き出すものばかりであった。
「こう、じゃろうか」
そんな店主の勢いと熱にのせられて、ミラもまた言われた通りに全てをこなした。精霊女王の名に相応しく、女王を気取ったポーズや、かと思えばソファーに寝転がったグラビア風などなど。少女的な可愛らしさの他にも、セクシーなショットを何枚も挟み撮影は続いていく。
「それです、いただきました! 完璧ですよ!」
ミラを被写体にしてシャッターを切る店主の様子は、これでもかというほどに絶好調であった。
愛するアンティークのために始めた撮影会。きっかけは確かにそのはずだった。しかし、シャッターを切るたび、ミラがポーズを変えるたびに、店主の瞳の色もまた徐々に変わっていく。
「ナイス、フィニッシュ……!」
そして最後の一枚、最後のフィルムに足元から舐めるようなセクシーショットを収めた店主は、昇天してしまいそうなほど満足げな笑顔を浮かべ床に転がった。同時に愛と性が半々に浮かんだ彼の瞳は、やり遂げたとばかりに閉じられる。その様子はまるで、天寿を全うしたように晴れやかだった。
店主は、一番の目的を達成したのだ。ミラの魅力を余すところなく記録に残すという目的を。
そして、それは同時に、骨董界の未来に繋がる一枚でもあった。今回の写真と共に情報が出回れば、きっと間違いなく 対処法のなかった曰く付きアンティークの現状が変わるはずだ。
店主は骨董界の未来に光明が差し込んだ事と、一生の宝物が出来た事を、神に感謝するのだった。
やっぱり、田舎の方とかになると、家賃もお安くなりますね。
うちの近くでは七、八万はしそうなところが四万くらいだったりと、驚きに満ちております。
と、そうやって引っ越す気のない遠くの物件を見ては、これが近くにあったらなぁ、と妄想する日々。
ただ、本当にあったらあったで、これは間違いなくやばい物件だろうとなるわけで……。
難しいものです。
追伸
昨日遂に、告知事項あり、と書かれた物件をうちの近くに見つけました。