277 予選
二百七十七
写真撮影の準備が整うまでの間、ミラはあっちへふらふらこっちへふらふらと誘われるままに、ウィンドウショッピングを楽しんでいた。
(ふむ……薬品類は、やはりどこも似たような価格じゃのぅ。しかし、嗜好品の類は大違いじゃ)
品揃えを確認するついでに、価格調査も行っていたミラは、その違いに何でだろうと考える。とはいえ、さほど留意する気もない。観光を楽しむ事を第一としているミラは、直ぐにその事を忘れて、次へと興味を向ける。
商店街に面した店の並びにあった大きな建物。そこには、『アステリアホーム』という看板が掲げられていた。
「おお、これはカードショップか」
店内を覗いてみると、見覚えのある内装が広がっており、ミラは一目でその店が何を扱っているのかに気付く。
(しかしまた、随分と……)
入口から臨める店内を見回しながら、前回との違いに苦笑するミラ。
あの日見たカードショップには、ミラの魔性に落ちてしまったマリアン少年をはじめ、子供達が大勢いた。しかしどうした事か、打って変わって目の前の店は、ほとんどが大人だったのだ。
しかも、ゲームスペースで随分と盛り上がっている様子である。
一先ず、カードショップを見つけたならば、自分のカードがあるかどうかを確認する。そう決めていたミラは、盛り上がる大人達を尻目に、ショーケースを見て回った。
(ぬぅ……ルミナリアの奴はあったというのに!)
結果、やはり見つける事は出来なかった。
帰り際に、また幾つかカードパックでも買っていこうか。そんな事を考えていた時、大人達の集団から歓声が上がる。
(しかしまた、異様な熱気じゃのぅ)
改めて集団に目を向けたミラは、そこでようやく、その原因を知った。
大人達が集うゲームスペースの奥にある壁には、でかでかとポスターが貼られていた。するとそこには、『第一回レジェンドオブアステリア大陸一決定戦 第一予選』と書かれていたのだ。
なるほど、大きな大会があるのか。そう納得したミラは、ポスターの端に記載されていた賞品一覧を見て驚愕する。
大会賞品は、大会限定プレミアムレアカードの他、好きなカードのセットや、新作カードのモデル指定権など、なかなかの充実ぶりだ。だが何よりも際立っていたのは、優勝賞金である。
「何と……三千万リフとは……」
カードゲームにしては、破格の高さだ。これだけの高額賞金など、現実世界でも、お目にかかれるものではない。そう思い返しながらも、ミラはその夢のある金額に想いを馳せる。
だがそれも束の間。三千万リフのために今から頑張ってカードを集め戦略を練るより、召喚術で大暴れする方が性に合っていると気付いたからだ。
(そもそも、ソロモンの奴に一度も勝った事がないからのぅ……)
かつてソロモン相手にこてんぱんにされたミラは、自分のカードゲームの実力を良く知っていた。そのため未練などないのだが、やはり気になるようで、盛り上がる予選を少しだけでも見てみようかと、大人達の集団に潜り込んでいった。
男と女の割合は、ちょうど半々だろうか。小さな身体が功を奏し、ミラは大人達の隙間をぐいぐいと抜ける事が出来た。女性が多い中を潜っていったのは、偶然か本能か。そうしてひょこりと最前列に顔を出したところ、目の前のテーブルには向かい合うイケメンと美女の姿があった。
「それを踏ん張り切れば本戦だ。気を抜くなよ!」
青年の友人らしき男が、そう声援を送る。だが直後に、スタッフに注意されていた。アドバイスに該当するような言葉は、禁止であると。
(これはまた、接戦じゃのぅ……)
テーブルを挟んで向こう側にはトーナメント表があった。その隣には現在の試合状況が書き込まれている。察するに、どうやら今が正に予選決勝のようだ。三本勝負の内、互いに一勝一敗。そして残りのライフポイントは、両者とも二十。
ゲームフィールドには、その二十ポイントを吹き飛ばせるだけの戦力を有するカードが出揃っており、相対する二人は美男美女。何とも絵になる状況だろうか。盛り上がるのも納得だ。
「このターンで決着じゃな」
一応、説明書などに目を通しルールを把握していたミラは、そう訳知り顔で呟き、ゲームの流れを見守る。
その時、流れが変わった。イケメンが、ここで勝負とばかりにレジェンドレアのカードを繰り出したのだ。おお、と観客達が沸き立つ中、イケメンのファンらしき女性達が黄色い声援を上げる。
同時にミラもまた「おっ」と小さく声をもらす。イケメンが出したカード。それが、名も無き四十八将軍の一人、『狙撃手シモーネクリス』であったからだ。
プレイヤーが興した最大の国家アトランティス王国。所属プレイヤーも当然、アルカイト王国とは比較にならない数であり、トップクラスと名高い人材の宝庫であった。そんな国で、特に抜きん出た四十八人で編成されたのが、名も無き四十八将軍だ。
精鋭中の精鋭である名も無き四十八将軍は、誰も彼もが常人離れした戦闘力を有していた。当然シモーネクリスもその類に漏れず、槍投げで超長距離からヘッドショットを決めてくるという、化け物の一人だ。
合同演習の際、見えないほどの長距離からホーリーナイトの盾ごと貫く大槍を目の当たりにした事があるミラは、苦笑しつつも、その日から友人となったシモーネクリスの事を思い出す。彼は、元気にしているだろうかと。
と、そんな事を考えている間に、試合が再び動いた。美女のファンらしき男達の集団から歓声が上がる。今度は美女の方がレジェンドレアを繰り出したのだ。
レジェンドレアの応酬。レジェンドレア対レジェンドレア。相当な事のようで、ファン以外にも観客全員がこれまで以上に盛り上がる。だが何より、盛り上がっていたのはミラであった。
「おおおー!」
思わず大きな声で驚きを露わにしたミラ。それもそのはず、何と美女が出したカードが『軍勢のダンブルフ』であったのだ。
(実在しておったぞ、わしのカードが! 何と素晴らしいのじゃ。わし、最高にカッコイイではないか!)
カードの絵柄は、ダンブルフ時代にアイゼンファルドと共に撮ったスクリーンショットと同じ構図だった。自身でも気に入っていた最高にカッコイイ一枚が、カードになっている。中々見つけられなかった分、その喜びは計り知れないものがあった。
思わず爛々とした顔で柵から身を乗り出しダンブルフのカードを見つめるミラ。だが直後、危ないですよと、スタッフに優しく注意された。
(ここで出逢えるとはのぅ。しかも、美女がわしのカードを。ぬふふふふ)
注意されてもなんのその。大人しく身を引きながらも、ミラは堪らずに笑みを零し、美女を心の中で精一杯に応援する。
この時、試合状況に集中し始めたミラは気付いていなかった。余計に目立ってしまったため、これまで試合を観ていた観客の数割方の視線が自身に集中していた事に。
「あの美少女は誰の知り合いだ?」「この辺りでは見かけない子だ」「あの姿、どこかで聞いた事が」「お近づきになりたい」
選手二人の美男美女ぶりも相当だが、大人ばかりが集まった大会だからだろう、美少女であるミラの目立ちようはかなりのものであった。
そうして、ひそひそと始まったミラについての話し声は、やがて観客中に広がっていった。
また、その声は試合に集中していたイケメンの耳にまで届く。しかし少しだけ、間違った形でだ。
場に出た二枚のレジェンドレアによって、戦況は一気に激化した。一瞬の油断も命取りになるほどに緻密な戦略の応酬だ。しかし『軍勢のダンブルフ』の特殊効果によって、形勢は徐々に美女側有利へと傾いていく。
そんな中、イケメンの耳に届いた声。それは『天使のように可愛らしい美少女が、イケメンファンの中にいるぞ』というものであった。
現在、イケメンは手札の引きが悪く、劣勢である事は否めない状況だった。だからこそ彼は、自分の勝利を願ってくれているファンから力を貰おうと、僅かに顔を上げる。そして、彼のファンが集まる集団に目を向けた。
「天使……」
イケメンを応援するファン達の中、そこには確かに天使といっても過言ではない美少女の姿があった。瞬間、イケメンの胸に春風が去来する。
イケメンは、一気に奮い立った。劣勢でありながら、輝くような笑顔で応援してくれている天使のような美少女に諦めない勇気をもらったのだ。
(こんな苦境は、何度もあった。こんなところで、無様な姿は見せられない!)
美女のターンは、どうにか凌げた。そしていよいよイケメンのターン。天使の笑顔をその胸に刻んだイケメンは、ターンの初め、渾身のドローを決めた。
カードゲーム『レジェンドオブアステリア』の大会予選決勝。ミラは、はらはらとした面持ちで、その勝負の行方を見守っていた。
美女が繰り出した『軍勢のダンブルフ』のカードで、戦況は一時、美女に傾いた。しかしイケメンが引いた一枚のカードで、その優位が全て吹き飛んでしまったのだ。
(おのれ、小癪な真似を……!)
当然というべきか、ミラはダンブルフのカードを持ち、尚且つ美女である側を応援していた。しかしイケメンが土壇場での粘りを見せ、歯がゆさを噛みしめる。三対0、九回の裏のツーアウトで、一つ二つと安打を重ねられているような心境だ。
対して、ミラの周囲全ての女性は、イケメンが盛り返すたびに声援を上げていた。それが幾らか繰り返されたところで、ミラはようやく気付く。どうやら今いるこの場所こそ、イケメンファンが集まる場所であった事に。
女性達に囲まれている状態は心地良いが、心境は完全にアウェーだ。そんなど真ん中で、美女を応援していると知られたらどうなるのだろうか。
熱烈な女性達の様子を改めて確認したミラは、気付かれないように、そっと身を引いて場所を移した。
(ふむ……なるほど。わかり易いのぅ)
移動中、観客達を観察したミラは、その分布を把握する。客層は単純に分けて三つだ。イケメンのファンと美女のファン、そして普通の大会観戦者である。
普通の観戦者については、見た限り、男女比は半々くらいだ。一般人から冒険者、そして裕福そうな身なりの者と、なかなかにバリエーション豊富で、会場全体に広く分布している。
対してイケメンのファンは、応援グッズを手にした女性達が集まっているので、離れてみれば一目瞭然というくらいにわかり易い集団となっていた。
美女のファンもまた然りだ。まるでアイドル応援団とばかりにお揃いのマントを羽織った、男密度の異様に高い集団であり、傍目からでもよくわかった。
そんな三つの客層の見分けがついたところで、無難な一般層に紛れると、またも小さな身体を活かして、前へ前へと進む。と、この時ミラは、上手い具合に奥へ潜り込めていると思っていた。だがしかし、実は小さなミラのために客達がそっと場所を譲ってくれており、温かい眼差しを向けられていた。けれどそれにミラが気付く事はなかった。
そうこうして再び最前列から顔を覗かせ、観戦を再開したミラ。するとそこで、もう一つの勢力がある事に気付く。それは、隣にいた五人のグループだ。
普通の大会観戦者の中に交じっていたその者達は、ただならぬ雰囲気を纏わせて、決勝の様子を窺っている。
はて、あの気配は何者だろうか。もしや美女をつけ狙うストーカー集団か。そんな事を考えて警戒するミラだったが、それはまったくの杞憂であった。
その彼らが時折交わす言葉で、ミラはその者達の正体を知る。
「良い手だな」「ああ、だが温い」「この程度を凌げないようじゃ、たかが知れるな」「相当な人気を持っていると聞いて来てみれば、みてくれによるものだったとは」「どちらが本戦に出てこようと、これならば問題なく蹴散らせそうだ」「だが、九賢者のカードを持っているとは意外だったな」「ダンブルフのカードか。数が少ない分、対策が立て辛いから厄介だ」「召喚術士とか、実際にもよくわからないしな」「そんなのいたな、って印象だ」
そんな会話の後、彼らはハハハと笑った。
どうやら彼らもまた大会出場者であるようだ。きっと、本戦で当たる事になる相手の視察に来ていたのだろう。会話の内容からそう推察したミラは同時に、そんな彼らを睨む。自然と召喚術をこき下ろした彼らの声を聞き逃さなかったからだ。
「おい、何か凄い睨まれているぞ」「ん? 気のせいだろ」「もしかして、俺達の事に気付いたんじゃないか?」「かもしれないな。優勝候補って事で色々と情報が出回っているみたいだしな」
美少女に熱い眼差しを向けられていると浮足立つ大会出場者連中。だが当然、それは勘違いであり、ミラは渾身の恨みを込めていた。しかしながら、やはりその可愛らしさゆえに、いまいち迫力に欠けるようだ。
しかし次の瞬間、ミラの目の色が変わった。
「あ、あえ……ほえは──」
直後の事、彼らの一人が、舌の回らない声を上げた。その様子に、「なんだ、どうした?」と声をかける男。すると更にもう一人も、「お、おえおあ」と言葉にならない声を出す。
その二人は奇しくも、先程、召喚術士はよくわからないと言い、そんなのいたなと答え笑った二人であった。
何事かと、慌てた様子の男達。そんな彼らから、そっと視線を逸らしたミラの目は、元の鮮やかな青に戻っていた。
(ここまで細かい加減が出来るのも、現実になったお陰じゃのぅ)
痺命之魔視によって、対象の舌だけを麻痺させる。たゆまぬ練習の末、繊細で緻密な制御が必要なそれを習得したミラは、ここにきてその成果を遺憾なく発揮してみせた。
持続時間は約一分にも満たないが、マナの消費は軽く、何よりも局所的ゆえに効果が現れるのが早い。使い方次第では、相手の詠唱を封じる事も出来るだろう。
召喚術を馬鹿にした件と人体実験も兼ねたそれは、効果覿面だった。麻痺が解けた後も、一体何だったのかと考え込む五人組。その結果、すかした風な彼らの声が消え、ミラだけでなく観客達も集中して決勝を観戦出来るようになったのだった。
最近気づいたんですが、
何やらバーベキューソースって売っているのですね!
マックのナゲットとかについてくるバーベキューソースが美味しいので、そういうのはないかと思っていましたが、
似た味のバーベキューソースがあるのだとか。
ただ……近くのスーパーには売っていませんでした……。
駅周辺にまで足を延ばしてみたのですが見つからず……。
やはりアマゾンなのか……。




