274 片隅のアンティーク
二百七十四
改めてレヴァリー期の確認を終えたミラが再び終点に戻ったところ、店主が興味の色を顔に浮かべて待っていた。
「何やらお探しのご様子ですね。条件を仰っていただければ、ご案内出来るかもしれませんが、お伺いしてもよろしいでしょうか」
芸術の世界から帰って来た店主は、ミラの様子を見ていたようだ。何でもござれとばかりに自信満々な表情で、そう提案してきた。そしてそれは、現状において渡りに船とでもいった提案であり、ミラは早速話し始めた。
「おお、そうか。では訊きたいのじゃが、精霊が宿りそうなほど古く、そして大切に使われてきた家具はないじゃろうか?」
精霊が宿る条件は、精霊王から聞いた限りでは、時間と用途、そして人の想いだ。ミラがそれらを含めた言い回しで問うたところ、店主は「何やら意味深な条件ですね」と、その顔に更なる興味を覗かせた。
「聞いた事がありますよ。武具だけでなく、家具など様々なものにも精霊は宿ると。私は未だに出会った事がありませんが、我々、骨董商の間では有名な噂です。とするとつまり精霊女王様は、家具の精霊をお探しだったというわけですね。……それはもしや、その精霊女王という名に関係する事なのでしょうか?」
僅かな思案の後、店主は思い付いた事を矢継ぎ早に口にしていく。そして全てを言い終えると、子供の様に期待の眼差しをミラに向けて返事を待った。
「ふーむ……。まあ、そのようなところじゃな」
果たして家具精霊探しは、精霊女王という名に関係するのだろうか。少し考えたミラだが、そもそも精霊女王と呼ばれている理由を把握してはいなかった。ただ精霊王が関係している事は、何となくわかる。
家具精霊探しの目的は、屋敷精霊の充実だ。そして精霊と精霊を繋ぐのは、精霊王の力によるものである。そう思えば、肯定しても間違いではないだろう。
「おお、何と素晴らしい事でしょう! あの精霊女王様の大切なお役目の一助となれるチャンスが、この私に!」
いったい何が彼を興奮させたのか、ミラの返事によって店主は喜びを全身で表す。更にその勢いは止む事無く、「精霊女王様の歴史に私が関わる事に!」や、「私の仕事が、精霊女王様の役に立つ日が!」など、店主はミラの問い一つで、どこまでも夢を広げていった。
「……して、どうじゃろうか?」
店主が、この出会いに感謝をと神に祈りを捧げ始めたところで、とうとうミラは待ち切れなくなり声をかける。すると店主は、「ああ! 申し訳ございません」と我に返り「もちろん、ございますとも!」と続けた。
「家具などに精霊が宿るには、百年くらい必要だと聞いた事があります。ならば、この階にあるものは全て、その条件を満たしている事でしょう。となれば、あとは大切に使われてきたという歴史のみ」
熱に浮かされたような様子だった先ほどとは打って変わって、店主は眼光鋭く二階の全域を見回しながら条件を絞り込んでいく。そして僅かの後、その目がある一点に注がれた。
「時を遡る事、三百年。遥か遠く、アーク大陸の南西部に存在する離島で使われてきた、山楽作りの家具ならば、条件を満たせるかもしれません!」
そう語った店主が指し示した二つ先の区画には、如何にも骨董品といった古めかしいデザインの家具が並んでいた。
「ほぅ、武骨じゃが、それゆえに機能性重視といった感じじゃのぅ」
カテノフ時代より始まった歴史由来の品々が並ぶ今の区画に比べ、実に正反対な印象を見せる、山楽作りなる家具の数々。見た目から感じられる印象は、正に質実剛健で、また店主が嬉々として語り出した説明からしても、それはミラが口にした条件に合致していた。
店主が言うところの山楽作りとは、どのような災害に見舞われても楽々とやり過ごす山のように、というような意味合いらしい。
何でもその離島は年に何度も嵐に見舞われ、また時折魔物にも襲われるそうで、家具やら家屋やらが、とことんまで頑丈なのだという。ゆえに山楽作りの家具は、それこそ数百年と使い続ける事が出来るほどの耐久度を誇るそうだ。
「このシンプルな形と、深みのある色合い。そして錆止めの灰油が塗られた金具。大陸と交流のない中、限られた知恵を結集し作り出された、職人技の集大成。それが、こちらでございます」
歩を進め、その区画に踏み込んだところで、店主はそこに並べられた品々を、そう紹介した。
木材同士の組み合わせ、独特な形状の金具、派手さはないが統一性のあるデザイン。見て聞けばなるほどと感心するような工夫が、それらにはふんだんに盛り込まれていた。それは芸術とは違う。けれど、芸術にも似た魅力がそこにはあった。
「どれどれ、早速見てみるとしようか」
なおも詳細を語ろうかという様子だった店主を牽制するようにして、ミラはその場から離れ、奥に入り込んでいく。
山楽作りの家具は、大きな衣裳棚から小さな椅子に至るまで、どれも重量感があり、様々な災害を乗り越えてきたのであろう傷痕が所々に刻まれていた。その佇まいは、まるで歴戦の戦士の如くである。
「条件は揃っておるはずなのじゃが、見つからぬのぅ……」
一通り回り終えたミラは、今一度振り返りつつ、そうぼやいた。
並ぶのは、長い期間を家具として使われてきたもの達。精霊が宿る条件は、満たしている。けれど、そこに精霊が宿った品は一つもなかった。
『きっと、環境の問題であろうな』
ミラがぼやくと、精霊王は静かにそう告げた。更に穏やかで幸せな家庭である方が、家具精霊は宿り易いと続ける。
戦う事こそが本懐である武具精霊は、より激しい戦場でこそ宿り、またそのあり様から人に干渉し易い。対して家具の本懐は、どうだろうか。
『ふむ……安寧な家庭こそが、理想の条件というわけじゃな』
山楽作りの家具が作られた理由を思えば、どれもが波乱万丈であっただろうと、容易に想像がつく。家具精霊が宿らない事にも頷けるというものだ。
「店主よ。平和な家庭で大切にされてきた家具は、ないじゃろうか?」
ミラは新たに判明した条件を含めた上で、再び店主に問うた。
「平和な家庭で大切に、ですね。少々お待ちを」
ミラが提示した条件を聞いて即、店主は店内に目を向けて熟考を始めた。そして年代や歴史に関する単語を次々と呟きながら、あれやこれやと方々に視線を走らせる。その表情は、ここにきて更に真剣であった。
ミラの声に応える店主の様子は、お客様のためというよりは精霊女王様のためという、侍従の如き雰囲気が秘められている。
そんな店主の鋭い目の動きは、次第に収まっていき、やがて正解を見つけたとばかりに、一つの箇所へ向けられた。
「あちらの、マリーギフトがぴったりかもしれません!」
そう口にするや否や駆け出した店主は、一番奥の区画に到着すると幾らか見回してから振り返り、「こちらでございます!」とミラを呼ぶ。その姿は、まるで主人を待つ犬のようだ。
「ふむ、わかった」
何かと細かい条件だが、どうやら該当するものがあるらしい。ミラは、でかしたとばかりに歩き出し、店主の待つ奥へと向かう。
その途中では、条件には該当しなかったものの、心惹かれるようなアンティークが色々と目に入った。
絵画や彫像などの芸術性が高いものから、普段使いのちょっとした小物の他、様々な書画に石板など、実に豊富な品が揃えられているのがわかる。特に厳重そうな区画には、煌びやかな宝剣なども置かれていた。
(おお、随分と高そうな剣じゃな。しかしまた、実用性は低そうじゃのぅ)
ミラがそうして気を惹かれたところ、先で待っている店主が「そちらは──」という出だしでさらりと解説を挟んできた。どうやら店内を全て把握しているため、店主はミラの視線が何に向けられているのか手に取るようにわかってしまうようだ。
解説によると、その宝剣は今より八百年ほど前、サンテレシア王国で使われていた勲章だという事だ。当時は騎士の国として栄華を誇っていたため、勲章もまた騎士らしく剣で叙勲されていたと店主は熱く語る。
なるほど、実用的ではないはずだ。ミラはそう感心しながら、店主の待つ場所に到着した。
「こちらには四百五十年ほど前のグローリクローリ王国で、結婚祝いとして贈られた品を揃えております」
ミラがその区画に目を向けるなり、そう前置きした店主は、「これらは全てマリーギフトと呼ばれており──」と、詳細に語り始める。
マリーギフト。それはグローリクローリ王国より、結婚した夫妻に贈られる祝いの品だった。国が祝いの品とは随分と景気の良い話だが、それにはやはり理由がある。
全ては非常に潔癖な王が発令した、不倫即死罪という極端な法に端を発する。この法によって、婚姻だけでなく出生率もまた激減。次代を担う子供達が目に見えて少なくなった事で、慌てて施行されたのが、結婚と出産を後押しする数々の方策、マリープロジェクトだ。
その一つがマリーギフトであり、結婚を国に届け出る事で、今後必要になるであろう家具などが国より贈られていたと店主は言う。
「国から贈られるこれらの品は、どれもが一流の職人が手掛けたものでして。その品質は見ての通り、四百年以上過ぎた今ですら色褪せる事はありません。また一般家庭に合わせた簡素なデザインであり、とことん実用性に拘った作りとなっております。そして何より、グローリクローリ王国は戦争もなく平和な国でした」
そこまでつらつらと述べた店主は、「如何でしょうか!」と期待に満ちた表情でミラに振り返った。
「ふむ、条件は全て満たしていそうじゃな」
時代背景から見るならば、精霊が宿る可能性は大いにあるといえるだろう。しかし精霊王が言うには、家具に精霊が宿るほど大切に扱われ続ける事は少なく、この中に一つあれば良い方だという事だった。
どれだけ大切に使われていたか。ミラは小さな可能性を信じて、そこにある全てのマリーギフトの確認を始めた。
「相当に前途多難じゃのぅ……」
一通り確認を終えたミラは、今一度振り返りそう呟く。条件は最適であったマリーギフトですら、精霊の宿る家具は一つも見つからなかったのである。
屋敷精霊を完全に仕上げるには、いったいどれだけの時間がかかるだろうか。どこでも完全完璧な居住スペースを夢見ながらも、その儚いほどの遠さに落ち込むミラ。そして、そんなミラの様子から状況を理解したのか、店主もまたがっくりと項垂れ気味だ。
「店主よ、随分と手間を──」
これだけ大きな店にもかかわらず、精霊の宿った家具は一つもない。今回は諦めるしかなさそうだ。どれだけ希少な存在なのかと思い知りながら、家具精霊探しに付き合ってくれた店主に礼を言おうと振り返った時である。ミラの目端に、二人がけのソファーが映った。
「ぬぬ? あれは……」
ミラは思わず声を上げる。それはまるで、端へと追いやられたかのように存在していた。一つずつ確認したはずのマリーギフト。けれど、その中にあのソファーはなかったぞと、ミラは首を傾げる。
ミラが見つけたソファーは、マリーギフトの区画の隅にあった。どれも素晴らしい家具達が並ぶ区画より、そっと外れたその場所は、ただただ目立たぬ場所だった。その状態は、孤立しているというより、無関係を装っているかのようだ。
とはいえ、この区画に置いてあるのなら、あのソファーもまたマリーギフトの一つなのだろう。そう考えたミラは、ラストチャンスといったような面持ちで歩き出す。
「あ、そちらは──」
ミラが何を見つけて、どこに向かおうとしているのか察した店主は、どこか言い辛そうな表情でミラに声をかける。けれどソファーに最後の希望をかけたミラは、その声に気付く事なく、隅の方まで歩いていった。
オリーブ色の美しい、二人掛けのソファー。布張りで簡素なデザインのそれは、ふかふかに膨らんでいて、見ただけで心地良いだろうとわかる逸品だった。しかも、どこか安心感すら覚えるような気配を纏っているではないか。
「ほぅ、なるほどのぅ。こういう事か」
ミラは、そのソファーを目にして直ぐに気付く。そこに精霊が宿っている事に。そして同時に理解する。精霊が宿った家具とは、どういうものなのかを。
しかし、疑問も感じた。なぜ、精霊が宿っているソファーが、こうしてピンポイントに他の家具から隔離されていたのだろうかと。
来年4月までには引っ越さなければいけないという事で、毎日のように物件サイトを眺めていると、
なんとなくですが、相場のようなものがわかってきました。
そして、わかってきたからこそ、気付くようにもなりました。
他よりも随分と安いな、という事にも。
物件を探せば探すほど疑心暗鬼に陥っていくという……
なんとも難しいものです……。