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272 アンティーク

二百七十二



「これは何とも不思議じゃな」


 術士組合の片隅。ミラは小さな箱の中のそれを口にして、その味わいに驚く。見た目は、甘い匂いのする親指程の大きさをした紙だ。しかし、ひとたび舌の上に乗せると、ふわりと溶ける。そう、プレゼントの中身はキャンディーだったのだ。

 これはまた、オシャレなキャンディーもあったものだ。ミラは感心しながら、二枚三枚と舌で溶かしながら、続いて受け取ったもう一つ、手紙の方を手に取った。

 いったい、どんなファンからの手紙だろうか。ラブレターだとしたら、応えられそうにない。人気者は辛いな。何て事を思い浮かべながら差出人を確認すると、それはミラにとって実に喜ばしい相手だった。


「おお、タクトではないか!」


 まだ、この世界に来て日が浅かった頃。ソウルハウルを捜しに古代神殿へ行った際に出会った少年のタクト。エカルラートカリヨンの面々と出会うきっかけにもなった彼からの手紙だった。

 その手紙には、タクトの今の状況について多くの事が書かれていた。聖術士として勉強を頑張っている事。身体を鍛えるために毎日訓練している事。そして、それら全てを、エカルラートカリヨンのメンバーが見てくれているそうだ。

 まだまだわからない事がいっぱいで、勉強は難しく訓練も厳しいが、それでも毎日が楽しい。と、手紙にはまだ少し拙いながらも丁寧に、それでいて充実している気持ちが伝わってくるような文が沢山綴られていた。

 そして、何よりも多く書かれていたのは、両親についてだ。


「うむうむ、良かったのぅ」


 行方不明となっていたタクトの両親。その二人が五十鈴連盟によって保護されていたとミラが知ったのは、キメラクローゼンとの決戦から暫くの後であった。

 後始末などで忙しくしていた頃、アーロンの他、何人かの五十鈴連盟関係者と飲み交わしていた時。五十鈴連盟の本拠地で出会ったアシュリーとリーネが、無事に息子と再会出来たという話で盛り上がった。

 そんな中で、ミラは気付いたのだ。当時、どこかで二人に会ったような、または聞いたような気がしていたと感じていた正体が、タクトの両親だからであったと。名前を覚える事が苦手とはいえ、なかなかの鈍感具合である。

 だがミラは、そんな当時など忘れて、手紙から伝わってくる幸せそうなタクトの様子に表情を綻ばせる。何でも、親子で一緒に特訓しているとの事だ。日によっては、エカルラートカリヨンの団長であるセロが、直々に相手をしてくれているらしい。しかも父のアシュリーがセロを尊敬しているそうで、その日は一段と気合が入っているそうだ。

 また、母のリーネもセロのファンであるという。

 いいところを見せようと頑張るものの、見事にあしらわれる父と、凄い凄いとセロを称賛する母。そんな様子を前にして少し複雑な心境だという旨も、手紙には書かれていた。


「タクトも頑張っておるようじゃな」


 手紙から伝わってくるタクトの様々な想い。ちらほらと窺えるエカルラートカリヨンの面倒見の良さ。手紙には、忙しそうでいて長閑な様子が感じられる言葉も沢山込められていた。

 それらを全て受け取ったミラは、早速とばかりに紙とペンを取り出して返事を書き始めた。




 返事の手紙を受付に預けた後、ミラは大通りの散策を再開した。


「おお、ここは!」


 そうして進んだ先でミラが見つけたのは、大通りの只中にあるとても大きな店だ。美術館のようなその店は、外観からして気品を感じさせる雰囲気があった。また取り扱っている品も、外観相応な物が揃っていそうな雰囲気を漂わせていた。

 この店を見つけた時、とある可能性がミラの脳裏を過る。それは、いつぞやに思い付いた拡張要素。


「さて、あるかどうか」


 ミラは重厚な黒塗りの扉を開き、店内に足を踏み入れる。すると途端に、古めかしく、けれどもどこか懐かしい香りが鼻先をくすぐった。

「いらっしゃい」と、控え目な店員の声に迎えられたミラは、店内を見回すと同時に息を呑み、「おおー」と小さく感嘆の声をもらす。

 その店の名は『喫茶クラフトベル骨董店』。そう、歴史ある様々な品を扱うアンティークショップだ。しかも喫茶と名がつくように、店内の右側には地続きで喫茶店が併設されていた。アンティークと喫茶店。その融合によって、店内はまるでおとぎ話の中にあるような雰囲気に包まれている。


(これはまた、随分と種類があるのぅ)


 喫茶店から漂う甘い香り。それをどうにか耐えたミラが向かった先は、アンティークが並べられた区画だ。そう、今回のミラの目的は食べ物ではない。

 広々とした店内には、小さな薬入れから、ミラが十人は入れるほどに大きな衣装箪笥までと、実に幅広い品々が揃っていた。


(……やはり高いのぅ)


 近くにあった幾つかの値札を確認したところ、手のひらサイズのものでさえ、十万リフを超えていた。更に改めて店内を見回したところ、確認出来た数人の客は身なりが良く、相当な富裕層であるとわかる。更には、きっちりとした制服を着た者が三人ほど。店員であろうその者達もまた、どことなく気品に満ちた様子であった。


(ともかく、探してみぬ事には始まらぬな)


 果たして、求めているものがあった場合、それが今の手持ちで買えるだろうか。そんな心配を抱きながらも、まずはそれがあるかどうかが肝心だと、ミラは店内を巡り始める。

 ちょっとした小物が置かれたコーナーを抜け、古い書物が並ぶ棚を眺めながら、更に奥へ進んでいくと、そこには大小様々な家具が揃っていた。そしてここにある家具こそ、ミラがこの店を訪れた目的だった。


「ふーむ……なさそうじゃな」


 そこにあった家具を一通り確認した後、ミラは当てが外れたとばかりに、ぽつり呟く。

 骨董店で探していたもの。それは精霊が宿った家具だ。長く大切に使われていたものには、精霊が宿る事がある。となれば古いアンティークの家具ならば、精霊屋敷を更に快適な環境にするための家具精霊がいるかもしれない。そうミラは考えたのだ。

 しかし、どうやら今見える範囲に家具精霊は存在しないようだった。

 家具精霊を探すには、目で見て確かめる必要がある。精霊王が言うに、武具精霊とは違い家具精霊などの人工精霊達は穏やかであるため、余程の事がない限り、今のミラではその存在を遠くから感知する事は出来ないそうだ。ただ、今よりも更に精霊王の加護が馴染めば、それも次第に可能になっていくとの事である。

 しかしながら、今は目で見て探す他はない。精霊屋敷での快適な暮らしをいち早く実現するために、ミラは努力を惜しまない覚悟だ。

 けれど、この喫茶クラフトベル骨董店には精霊の宿ったものはなさそうだ。


「やはり、そう簡単には見つからぬか」


 家具以外にも見て回った後、家具精霊との出会いを諦めて店を出ようとした、その時であった。


「素晴らしい品揃えだった。特にカテノフ時代があれほど揃っているとは。どうやら君とは気が合いそうだ」


「ありがとうございます。私も、今日の出会いは運命のように思いました」


 そんな会話と共に、店主らしき男と身なりの良い紳士風の男が、立ち入り禁止という札が掲げられた階段から下りてきたのだ。そして紳士風の男は「また近いうちに」と挨拶を交わした後、店を去っていった。

 店主はというと余程良い取引が出来たのだろう、笑顔を浮かべながらカウンターに戻り書類を作り始めた。

 そんな二人の様子を眺めていたミラは、改めるようにして、ふと階段に目を向ける。そして、先程の会話にあった『カテノフ時代』という単語について思い返した。


 カテノフ時代。それは、この世界の歴史の一つであり、その言葉をミラは知っていた。知っていた理由は、言わずもがな。歴史好きの友人、アウトディ・ドルフィンである。

 彼は嬉々として語っていた。カテノフ時代について。もしかすると先程の二人と馬が合うのではないかというくらいに、詳しく、そして饒舌に語っていたものだと、ミラは当時を思い出して苦笑する。


 アウトディ・ドルフィンもまた、カテノフ時代に魅せられていたのだろう、いつも以上に、その時代の事を繰り返していた。ゆえにミラも、無理矢理押し付けられた知識ながら、多少なりとも覚えていた。

 カテノフ時代とは、アース大陸の北西、グリムダートからずっと西の端で栄えていた王国の歴史に登場する。


 四百年ほど昔に滅びた王国だが、歴史研究家とドルフィンによると、滅びる百年前にその原因があったそうだ。そして、その原因とされた時期こそが、カテノフ時代だった。

 今より五百年前。王位に就いた二十三代目国王。その名こそが、カテノフ・サフィン・デュカヤ。カテノフ時代とは、かの王が国を治めていた期間を言い表す際に用いられる言葉であるのだ。

 国を亡ぼす遠因だったとされるカテノフ王。しかし、彼が国を治めていた二十四年間は、戦争もなく平和な時代が続いていたと歴史にはあるらしい。


 歴史研究家いわく、政治手腕においてカテノフ王は相当に優秀だったそうだ。しかし歴史書において、かの王は稀代の愚王として紹介されているという。

 優秀なはずの王である彼が、なぜ愚王と呼ばれる事になっているのか。王として何をしたのか。その全ての原因が、彼の唯一の趣味にあった。


 カテノフ王は、芸術を何よりも愛していたのだ。そして芸術を愛する余りに、行き過ぎた王命を下した。それは、王都を芸術で溢れさせるための法。大きな屋敷から普段使いの小物に至るまで、全てに芸術的な要素を盛り込むようにという、とんでもない法であった。

 その法によって、国は大きく変わっていった。王都を貫く大通りの石畳は、単調な色から、まるでモザイクアートのようにカラフルな色合いへと改装され、何て事のない家の柱や壁にも、細工が彫られ絵画が描かれた。しかもその出来栄えによっては、王に気に入られ優遇措置が与えられる事もあったという。


 相当に無茶苦茶ではあったが、これを歓迎した者達もいた。そう、芸術家達である。国内限定だが、この法によって芸術家達の仕事が一気に増えたのだ。中には王にその腕を認められ、一躍時の人となった芸術家もまた現れた。

 富と名声を得られるだけでなく、己の芸術を存分に表現出来る場所として、カテノフ時代の王国には、大陸中から芸術家達が集まっていた。全ての芸術が、ここにあるといっても過言ではないほど、国の盛り上がりは凄まじいものであったそうだ。


 また、多くの芸術家が集まっているからこそ、芸術家を目指す者もまた、この王国に集った。そして誰もが街を見て、そこにある作品を見て感銘を受け、生涯の師を見つけるのである。今でも続く様々な門派は、この時代を起点としている事が多いというのは、芸術家達の常識だったりする。

 だからこそ、世界に名を残す芸術家は、この時代の者が多い。更に名作として知られる作品もまた、全体の三割がカテノフ時代に作られたものであった。

 それほどまでに芸術の歴史に名を残した王が、なぜ愚王と呼ばれ、王国の滅亡の切っ掛けとされているのか。その点について、ドルフィンは言っていた。王は、芸術を愛し過ぎたのだと。


 当時、腕の良い芸術家は、時に貴族にも並ぶほどの権力を有していたという。しかも数百人の弟子を抱え、傑作を数多く作り出した巨匠ともなれば、それ以上の待遇だったそうだ。

 芸術家とそれ以外の者の格差。貴族達との軋轢。加えて、芸術品の蒐集に莫大な金額を投資する王。そこへ、政治を知らぬ芸術家の声が加わり、国庫は火の車。芸術専門の学校や施設などが多く造られる中、公共事業への予算が減らされ、各地で問題が発生。結果、当然の帰結とでもいうべきか、優遇されていた芸術家以外の不満が大爆発した。

 連日続く暴動。だがそれは、クーデター一歩手前で鎮静化する事となった。カテノフ王の第一子であるレオロフ王子が、王座に即位したからだ。


 王子は、あらかじめ国の重役と貴族達を味方陣営に引き込んでいた。そのため王位の譲位は無血で成された。

 その後、レオロフ王の命により、芸術家達の優遇はほんの一部だけを残して撤廃。国はゆっくりとだが、少しずつ持ち直していった。芸術を愛する心以外は、しっかりと子に受け継がれていたという事だ。

 しかしその百年後、レオロフ王と、続く後継の努力も虚しく王国は滅亡する。その原因は、隣国からの侵略であり、その理由は王国にある芸術品の全てであった。

 不幸な事に王国は、後の世に暴君として語り継がれるアンドレアス王に目をつけられてしまったのだ。そしてかの王は、かつてのカテノフ王と同類、つまり芸術品の蒐集を趣味としていた。一つだけ違う事といえば、その入手手段だ。カテノフ王は、借金をしてまで購入していた。しかしアンドレアス王は、殺してでも奪い取るという暴虐ぶりであった。

 その結果、カテノフ王の政策によって芸術品と化していた首都は、力づくで奪い取られたというわけだ。


 国庫の枯渇と、アンドレアス王の侵略目的。この二つを生み出し滅亡のきっかけとした経緯により、カテノフ王は愚王として歴史書には残された。

 ただ、世の芸術家、また芸術を愛する者達は、誰一人としてカテノフ王を愚王だとは思っていなかった。

 現存する技法、そして門派、また名作に立場など。芸術における全ての要素が、カテノフ時代によって大きく発展したからである。


 なお、玉座を追われたカテノフ元国王は、余生を離れの屋敷で過ごしたという。そしてこの時、十の名品を所持する事を許されたと、歴史書にはあるらしい。

 カテノフの十秘宝。それは考古学者達の間でも有名な、財宝の噂。カテノフが最も愛した十の芸術作品は、文献にその存在を示唆する記述はあるものの、どうやら未だ発見されていないという事だった。

 大陸全ての芸術が集まっていた時代に、芸術を愛する王が選んだ十の名品。その歴史と美術的価値は計り知れないだろう。


(はて、もう見つかったのかのぅ)


 かのドルフィンもまた、そのお宝に随分と興味を持っていた。けれど当時は見つからず仕舞いだ。その事を思い出したミラは、随分と付き合わされたものだと苦笑する。そして、彼は今どこで何をしているのだろうかと、フレンドリストを開いて思う。ドルフィンの名は、オンライン表示であった。







黄金の味、スーパーに売っていました!

ただ、結構お高いんですね……。叙々苑のタレと同じくらいしました。

でも容量が違うので、まだお得。という事で買ってみました!


感想欄の方でよく出てきただけあってか、流石の美味しさでした!

これは鉄板ですね。

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[一言] 黄金の味。夏、キャンプ帰りで残ったらチャーハンの元として美味しく頂いていました。いい味してますよ。
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