270 土産の山
二百七十
時刻は、丁度夕飯時。皆で食べようという流れになったが、そこはやはり子供優先のアルテシア。夕飯は孤児院で食べてくると言う。するとだ。ソロモンも一緒に立ち上がり、「じゃあ僕も行こうかな」などと言い出した。折角だから視察も兼て、子供達を見ておきたいとの事である。
それならば一緒に行こうとルミナリアも賛同し、結果、皆で孤児院へ行く事に決まった。
馬車に乗り込んで進む事暫く。落ち着いた衣装に着替えたソロモンらを連れて、ミラ達は孤児院に戻ってきた。
丁度夕飯の準備が始まったところのようで、料理の出来る教師陣が調理場でその腕を振るっている。ただ、主力のアルテシアがいなかったためか、相当に忙しそうだ。
「それじゃあ、ゆっくり待っていてくださいね」
そう口にして調理場に向かうアルテシア。するとそこで、「手伝うよ」とソロモンが後に続いた。しかし、その言葉は一度きり。ミラ達の中で他に「手伝おう」などといえるほど料理の腕に自信のある者はいなかった。残りは「はーい」とだけ返事して、二人の背を見送るばかりだ。
調理場とは地続きとなっている食堂。百人だろうと十分に入るそこには既に子供達が集まっており、ミラ達が顔を出すと、わらわらと駆け寄ってきた。
ラストラーダは、年長の少年達に大人気だ。しかし今回、その人気を二分する事になる。対抗馬はルミナリアだった。最強の魔術士という肩書と、その美しさでもって、少年達の半数を魅了してしまったのだ。思春期に入る頃の歳に加え、閉じた村で生活していたという、これまでの生活環境も影響したのだろう。中身はともかく、その圧倒的な美貌は子供心に鮮烈に映ったようだ。
カグラは、年長組の女の子達と遊んでいる。どことなく波長が合うのか、恋バナできゃーきゃーと盛り上がっていた。今女の子達は、突如として現れたソロモンの事が気になっているようだ。調理場を覗き込んでは「カッコイイ」だ「カワイイ」などと、楽しそうに話している。
ミラはといえば、やはり年少組の輪の中におり、本の読み聞かせをしていた。
「そうして、仲間諸共吹き飛ばしたルミナリアは、知らぬ存ぜぬといった顔で──」
ミラが手にしている本は、子供用に編集された九賢者物語。折角アルカイト王国にきたのだからと、先程教師の一人が全巻揃えて買ってきたそうだ。
その本に描かれている物語を、ところどころ真実に置き換えて読み進めるミラは、それでいて合間合間に美化した召喚術を挟み込んでいく。その甲斐もあってか、年少組内での召喚術人気は、ここ数日で飛躍的に高まっていた。
「ダンブルフのお爺ちゃんすごーい」
「黒い騎士さんつよーい」
そんな子供達の無邪気な声に「そうじゃろう、そうじゃろう!」と、ミラは上機嫌だった。
夕飯が終わった後は、入浴の時間である。一番は年少組だ。そして年少組の時は、誰かが付き添う事が絶対という決まりらしい。いつもはローテーションを組んでいるそうだが、今日は前回に続き、またミラが指名された。
「まったく、仕方がないのぅ」
二十人近くの子供を風呂に入れるのは相当な重労働であり、前回でそれを十分に思い知ったミラ。けれど口ではそう言いつつも、「着替えは持ったな? ではゆくぞ」と、面倒見の良さを発揮する。
何より、今日もミラが風呂に入れる事になったのは、子供達がそう希望したからであった。
好いてくれる子供達を、どうして無下に出来ようか。ミラは好意を素直に向けてくれる少年少女を引き連れて意気揚々と浴室に向かっていった。
今日も今日とて、入浴時間は賑やかだ。しかし前日までとは違い、子供達はミラの言う事を良く聞いたため随分と楽に終わった。
「ああー、極楽じゃぁ」
仕事を終えて、湯船にゆったりと浸かるミラ。すると周りに子供達が集まってきて、ミラの真似をするように「ごくらくじゃー」と口々に声を上げた。
風呂から上がると夕飯の片付けは完了していた。年長組が入れ替わりに風呂へ向かったところで、残りは教師陣に任せ、ミラ達は院長室に集まる。
「それじゃあ、折角だし乾杯といこうか」
ミラとソロモン、ルミナリアにカグラ、アルテシアとラストラーダ。バラバラだった友が、ここに六人も揃った。それが余程嬉しかったのだろう、ソロモンは「とっておきを持ってきたよ」と言いながら瓶の栓を抜いた。
「では、今日の再会と、また先の再会を願って──」
乾杯の声と共に、グラスを打ち合わす涼やかな音が響く。ソロモンは、そこにいる面々を見回して、ほんの一瞬、普段見せないような表情を浮かべ、心底嬉しそうに笑うのだった。
積もる話は、それこそ重ねた年の分だけある。ゆえに、ただ語らうだけでも、その時間は夜遅くまで続いた。
話の内容はといえば、その長さに比例するように多岐にまで及ぶ。ちょっとした笑い話や冒険譚、レアアイテムを手に入れただ何だといった事から、それぞれの現状、国の情勢、きな臭い噂などまで。話のタネは尽きる事なく、時に笑い、時に情報交換を行うなどして時間は瞬く間に過ぎていく。
そして、日が変わる頃。ミラが零した大きなあくびを合図にして、今日は解散という流れになった。
「今回は、ありがとうね、カグラちゃん。お友達の皆にも、そう伝えておいてちょうだいね」
「ああ、本当に助かった。ありがとう!」
アルテシアとラストラーダが、改めて礼を言うと、カグラは照れたように「お安い御用です」と笑い「それじゃあ、おやすみなさーい」と言って式神と入れ替わり帰っていった。
次は、ソロモンに礼を述べるアルテシア達。対してソロモンは、仲間として当然の事をしたまでだと返し、落ち着いたら九賢者への復帰などの事について話し合おうと続ける。
「ええ、わかったわ」
「俺達が帰ってきたからには、もう大丈夫さ」
二人がそう返事をすると、ソロモンは満足気に頷いた。そしてミラに、渡したいものがあるので明日顔を出すようにと告げてから城に戻っていった。
渡したいもの。それはなんだろうか。新たな軍資金だろうか。そんな期待を抱きつつ、「おやすみー」とアルテシア達に挨拶して、ミラは床に就くのだった。
「ミラおねーちゃん。朝だよー。あーさー」
夢うつつに響く子供達の声。ミラは、その声に誘われるようにして意識を覚醒させていく。
「むぅ……そうか、朝か……」
目を開くと、朝早くからでも元気いっぱいな子供達の笑顔がそこにあった。むくりとベッドから身体を起こすと、「おねえちゃんが起きたー」と喜び飛びついてくる子達に再び押し倒される。
「これこれ、そろそろトイレに行かせてくれ」
起き上がっては押し倒されを、何度か繰り返した後、ミラはそう言いながら子供達を優しくベッドに放り投げていく。調度品もスレイマンが用立てただけあり、客間のベッドは実に良い品のようだ。その弾力性を遺憾なく発揮して、ぼよんぼよんと子供達を受け止めた。
それが楽しかったのだろう、もう一回もう一回とせがむ子供達を、また何度か放ってから、ミラはトイレでゆっくりと落ち着いた。
「朝から、とびきり元気じゃのぅ」
これだけ騒がしい朝は初めてかもしれない。そんな事を思いながら微笑んだミラは、用を足した後、本の続きを読み聞かせたりしながら、朝食の時間まで子供達と過ごす。実に長閑な朝の一時であった。
「これはまた、困ったのぅ……」
全員揃っての朝食が済み、子供達はこれから勉強の時間。そして同時に、お別れの時間でもあった。
無事に子供達をアルカイト王国に送り届ける事が出来た。これで任務完了となったミラは、これから昨夜に言われた通りソロモンのところに顔を出してから、マリアナの待つ召喚術の塔に帰る予定だ。
つまり、子供達の、特に年少組の面倒を見るのは、この時をもって終わりというわけである。
だからだろう、「元気でな」とミラが別れを告げたところで、年少組が泣き出してしまったのだ。ミラにぎゅっとしがみ付き、「行っちゃやだ」と駄々をこねる。
「また今度、会いに来る。じゃから、ほれ……」
ひたすらに素直で真っ直ぐな子供達の声。ミラは一人ずつ、抱きしめてから、そっと頭を撫でて宥めていく。しかし、短い間ではあったが余程好かれていたようだ。誰もミラから離れようとはしなかった。かといって無理に振りほどく事など出来ず、ミラは子供達を受け止めたまま、どうしたものかと苦笑する。
「ほーら、皆。ミラお姉ちゃんはね、お仕事がいっぱいあるの。だから、行かなきゃいけないのよ。でも大丈夫。ミラお姉ちゃんは、また来てくれるから。今日は、またねって見送ってあげましょう。ね?」
見かねたというよりは、タイミングを計っていたかのように、アルテシアがそう言った。すると、行かないでと大合唱していた子供達が静かになる。そして、「また来てくれる?」と一人が口にすると、それに皆が続いた。
悲しみをぐっとこらえ、再会を願う子供達の声。きっと最も純粋なその声を前にして否定出来る者など、いるはずはないだろう。
「うむ、また来るぞ。今度は沢山の土産をもって来るのでな。良い子にしておるのじゃよ!」
ミラは今一度、子供達を抱きしめると、感極まったとばかりに涙を浮かべ、子供達にそう約束した。
孤児院前の通り道。城に向かう途中、振り向くと、まだ手を振り続けている子供達に、大きく手を振り返すミラ。それと同時に目に入るのは、アルテシアとラストラーダの姿。ようやくアルカイト王国に帰って来た九賢者の二人だ。
(良い子に育っておる。やはり、子供は良いものじゃ)
相手をするのは疲れる。けれど、不思議と元気が満ちてくる。任務達成の満足感と共に、相反するような、そんな感覚を思い出しながら、少し進んでは振り返り手を振って、少し進んでは振り返り手を振ってと、ミラは子供達が見えなくなるまで何度も繰り返した。
アルカイト王国の執務室。昨日とは違い、今度は一人でやってきたミラは、そこで昨日渡せなかった旅の土産をテーブルに並べていた。
「わぁ、凄いね。こんなの売ってるんだ」
ハクストハウゼンまで行っておきながら、地域色の薄いスイーツ系が主な土産だった。ただ、ソロモンが特に興味を示したものは、予想通りとでもいうべきか、ディノワール商会で購入してきた、ガスマスクと迷彩マント、そして暗視ゴーグルである。
「しかも冒険者用という事もあって、性能も確かな代物じゃったぞ」
自分の分も取り出して、一式を身に付けるミラ。するとたちまち、特殊部隊の一員だ。
ミリオタ気質のあるソロモンにとって、それは特別に映るのだろう。直ぐにそれらを身に付けると、姿見の前に駆けていき、「うわぁ、カッコイイ!」と楽しげに笑った。
それから暫くの間、二人はその性能を存分に楽しんだ。
「さて、もう一つ、前に話したとっておきの土産じゃが、置く場所は用意出来ておるか?」
ようやく落ち着いたところで、特殊部隊に扮したミラがいよいよ大本命だとばかりに問う。
「もちろんだよ」
そう答えたソロモンは、連絡があった次の日に総動員で整理しておいたと話し立ち上がった。
そうして執務室を後にした二人が向かったのは、王城の地下にある大きな倉庫だった。整理したからか、そこは空っぽであり、ただただ大きな空間が広がっていた。
「ふむ……これだけ広ければ大丈夫そうじゃな」
それを確認したミラは、その前にと、思い出したようにして、それをアイテムボックスから取り出す。
「とりあえず、先にこれを渡しておくとしよう」
そう言ってミラが差し出したのは、一つの黒い金属板と、ボロボロの日記だった。古代地下都市の最下層で倒したマキナガーディアン。その中から出てきた機械人形が持っていたものと、残骸から発掘したものだ。
「ああ、連絡にあったあれだね。……なるほど、これは謎だね……」
真っ黒な金属板には、不可思議な図形が描かれている。ただ見ただけでは見当もつきそうにない。そして日記についても、今の段階で解読出来る部分は少ない。だが、日本という単語があったりと、その謎は非常に深く、重要な情報が隠されていたりする可能性は高かった。
これらからは世界の秘密に通じる情報が、読み解けるかもしれない。
「これは今度、日之本委員会の方に届けておくよ。こういうのは、向こうの方が専門だからね」
そう続けたソロモンは、金属板と日記を大切にアイテムボックスへ収納する。そして次に、期待の眼差しをミラに送った。マキナガーディアンの土産といえば、これだけではないだろうと。
「さて、見て驚くが良いぞ」
ソロモンの期待を受けながら、ミラはアイテムボックスよりそれらを取り出していった。
次から次へとミラの前方に積み重なっていくのは、巨大な金属塊。そう、とっておきの素材と成り得る、マキナガーディアンの残骸だ。
鉄やミスリルなどといったものとは違う、謎の金属。それを上手に活用するためには、特性を解明する必要があるため、直ぐ何かに加工するのは難しいだろう。
だが、あのマキナガーディアンを構築していた金属である。その利用が可能になれば、大きな利益をアルカイト王国にもたらしてくれる事だろう。
「こうして見ると、やっぱり凄いね……」
アイテムボックスから取り出すだけで三十分を要した金属の山を見つめ、ソロモンは感嘆したように声を上げる。一見するなら、それはただの残骸である。だが、ぶつ切りにされただけのその内部には、未知の技術による仕組みが残されていた。識者が見れば、そこにもまた大きな価値を見出すだろう。
「これは研究し甲斐がありそうだ」
ただの金属として利用するだけでは、勿体ない。そう口にしたソロモンは、素晴らしいお土産だと喜びながら、その目を爛々と輝かせる。
「折角持ち帰ったのじゃからな。しかと役立てるのじゃぞ」
どうだとばかりにふんぞり返るミラに対し、「もちろんだよ」と答えたソロモンは、これも日之本委員会に連絡した方が良さそうだと続ける。だが金属装甲部分だけは全部確保しておくと、不敵に笑った。
週に一度の贅沢ご飯。何だかんだと色々食べつつも、焼肉に戻ってきました。
そして、美味しい焼肉を楽しむには、やはりタレが重要だと実感!
先日買ったタレは、余りパッとしませんでした。値段ってやっぱり大切ですね。
それでいて行きつけのスーパーは、そこまで種類が多くなかったり。
豚肉メインの場合、最高のタレは何なのか……。
お試し用タレパックとかあったらいいのになぁ……。




