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267 英才教育

二百六十七




 樹上の村で一泊して迎えた朝。赤い屋根の家で目を覚ましたミラは、朝の支度を済ませたところで、ワゴンに乗り込んだ。けれど移動が目的ではない。通信装置を使うためだ。

 いつものように押し入れに上半身を突っ込んで、装置の番号を回す。相手はソロモンである。


『こちら、ソロモン』


「お、わしじゃわしじゃー。昨日の件なのじゃがな──」


 単刀直入に切り出したミラは、カグラに精霊飛空船を出してもらえる事になったと、ソロモンに伝える。


『なるほどね。いっぱいいるって聞いていたから、どうやって連れてくるのか心配だったけど、それなら安心だ。わかったよ、それじゃあこっちも受け入れ準備を進めておくね。到着時間が決まったら、また教えてねー』


「うむ、わかった」


 二人の話は、そう簡潔に済んだ。通信装置を戻しワゴンを降りたミラは、そこで今日はどうしたものかと考える。

 精霊飛空船が到着するのを待ち、子供達をアルカイト王国に送る。それでアルテシアとラストラーダも帰還し、今回のミラの任務は完了だ。

 後は待つだけでいい。そんな現状のため、これといってやる事がないのだ。


(まあ、こういう自然に囲まれた場所で、のんびりするのもありじゃな)


 ここまで賢者捜しで忙しく働いていたのだから、こういう時くらい、ただ無意味に時間を浪費するのもいいだろう。そう気持ちを休息モードに傾けながら、教会に向かう。朝食もまた皆で一緒というのが、ここでの約束だとアルテシアに言われたからだ。

 教会の大食堂には、既に多くの子供達が集まっていた。朝食の時間まで、あと十分と少し。随分と賑やかな様子であったそこは、ミラがやってきた事により、更に騒がしくなった。


「あ、ミラお姉ちゃんだ!」


 誰がともなくそう言うと、子供達が一斉にミラの許に駆け寄ってくる。そして、「冒険者のお話してー」「最近、どんなのと戦ったのー?」などと、話しをせがんでくる。ミラがAランク冒険者であるからだろう、子供達の目には興味と憧れが溢れんばかりに篭っていた。


「あ、あの。リンクスニュース見ました。サインください!」


 中にはそう言って、紙とペンを差し出してくる子もいた。どうやら、ミラが話題の精霊女王であると知っているらしい。

 人里離れた森の奥にありながら、子供達が遠く離れた地での事を知っている理由。それは、少年が口にした『リンクスニュース』なるものであった。

 大陸中の様々な最新ニュースがまとめられた雑誌。それが『リンクスニュース』であり、年長組はそれをよく読んでいるようだ。そのためか、懐っこい年少組とは違い、ミラに対する態度は、どこか恭しく感じられるものだった。


「朝から元気じゃのぅ」


 子供達に囲まれたミラは、苦笑しつつも嬉しそうに、それらの要望に応えていく。最近行った古代地下都市。そこで戦ったマキナガーディアン。それらを語りながら、さらさらとサインも書き上げる。気分は、大人気のスーパースターだ。




 そうこうして賑やかな朝食の時間も過ぎていった後、ミラは、とある教室の教壇に立っていた。そして目の前には、二十余人の年少組が目を輝かせて並んでいる。

 それは、アルテシアと教師一同が望んだ結果であった。

 アルカイト王国への移転が決定した事で、引っ越しの準備やらなにやらで、大人達は随分と忙しくなった。また年長組も、その手伝いなどに駆り出されたため、年少組の面倒を見る者が足りなくなる。

 初めは教師陣で順番にという話をしていたが、そこで丁度暇していたミラが、それとなく名乗り出たところ、是非にという流れとなったわけだ。


「さて、術と一言で言うても、人が扱えるそれには、九つの種類がある──」


 面倒を見るとはいえ、何をするのがいいのか。ミラがそう考えていたところ、術士の基礎知識や精霊との関係などについて教えてあげて欲しいとの要望があった。よってミラは、得意分野であるその知識を存分に活かし、授業を進めている最中だ。


「精霊は、何よりも素晴らしい友と呼べる存在であり──」


 実際にワーズランベールにアンルティーネを召喚し、子供達が精霊と触れ合う機会を与えたミラは、その特異な能力によって人気を持って行ってしまった両者に少し嫉妬しながらも、仲良く戯れる子供達を眺め微笑む。


『皆、素直でいい子達ばかりね。私も交ざりたいわ』


『子供が元気であるという事は、それだけで嬉しくなるものだな』


 母性と父性が疼いたようだ。マーテルと精霊王が、そんな事を呟いた。すると、どうやらその声は、ワーズランベールとアンルティーネにも聞こえたらしい。振り向いた二人は、子供達を引き連れてミラの傍にまで戻ってきた。そして今度はミラも交えて、精霊魔法実験が始まったのだった。




 静寂と水による不思議な現象の数々は、子供達を楽しませ、そして大いに学ばせた。

 また、間近で見る子供達の笑顔は、やはり格別であり、マーテルと精霊王も、ミラの視界を通して大いに喜んだ。

 広がる笑顔と笑い声。誰が見ても、ほっこりと心が温かくなる光景がそこにはあった。ちらりと様子を覗きに来た教師の一人は、ミラに託して正解だったと確信しつつ、作業に戻っていく。

 しかし、その直後。教室の雰囲気が怪しい方向へと移り始める。


「と、このように、頼もしい仲間が出来て攻守に補助と優れた特性を持つ召喚術こそが最強と言うて、間違いないじゃろうな!」


 存分に子供達を楽しませたところで、ミラは、全てが召喚術あってこそであると語り始めたのだ。

 術士の基礎知識の教育は、召喚術士の英才教育へとすり替わった。また精霊関係の話からは、召喚契約可能な聖獣霊獣関連にまで広がっていく。


「良いか。戦いに勝つため、最も単純で確実な方法は、頭数を揃える事じゃ──」


 本格的で実践的な召喚術の講義。しかし、それでいて団員一号やペガサスにポポットワイズ、ガーディアンアッシュとコロポックル姉妹にヴァルキリー姉妹など、子供受けの良さそうな者達を交えて行ったためか、年少組の反応はすこぶる良好であった。

 見目麗しい戦乙女と聖獣。飛び跳ねるケット・シーとポポットワイズ。その光景は、まるでおとぎ話の一幕のようであり、ちらりと様子を見に来た別の教師は、驚きつつも、流石は精霊女王と呼ばれるだけはあると満足顔で去っていく。

 しかし、その実態は、一見した印象からかけ離れたものだったりした。


「このように周囲を取り囲む事が、数で攻める上で最も確実な布陣じゃな──」


 それはガーディアンアッシュを敵役に、ヴァルキリー姉妹を仲間に置き換えた、召喚術士の戦い方講座であったのだ。

 仲良く輪になっているように見えるが、実際は確実に仕留めるための陣形であり、死角からの攻撃がどれだけ有効かを教えるものだった。

 召喚術は、手軽に頭数を増やす事が出来るというのが強みであり、だからこそ陣形が重要となる。ミラは実践を踏まえつつ、それらの利点を説明していく。


「しかし、だからというて、そればかりでは相手に読まれてしまう事もある。ゆえに──」


 数の有利とは、実際にはどれほど有利なのか。また、その活かし方と、とれる手段の数々を丁寧に語っていくミラ。召喚術に偏見を持っていない今こそ、召喚術の良さを植え付けるチャンスであると、その張り切りようはいつも以上だ。

 取り囲む事に成功した時は、正面を請け負う者が重要となる事。その際には、守りが巧みな者よりも、単純に最も強い者を配置する方が敵の注意を引けるため隙が生まれやすい。

 そんな、子供達にはまだ早過ぎるだろう戦術についてまで、詳細に解説していく。

 それでいて子供達は、しっかりとミラの話を聞いていた。内容を理解しているかどうかは難しいところだが、背後からガーディアンアッシュに飛びついては、勝った勝ったと喜んでいた。




 そうして、年少組の世話……召喚術の英才教育を始めてから数日後。カグラから連絡が入った。明日の昼頃、精霊飛空船が目標地点に到着する予定だとの事だ。

 それを受けてミラとカグラ、ラストラーダは教会の一室に集まり、湖までの移動計画の最終打ち合わせを行った。といっても、さほど難しいものではない。子供達を中心にした、大人達の配置を決めるだけだ。

 また、ここ数日のうちで、随分と人気を得たためか、年少組はミラが受け持つ事となる。


「ここも、今日で最後か。急ごしらえの土台から、よくぞここまでやってこれたな」


 孤児院移転の準備は整った。椅子とテーブルだけを残し閑散とした部屋で、ラストラーダはぽつり呟き、少しだけ寂しそうに笑う。人里から大きく離れ、不便とはいえ長く暮らした場所だ。やはり感慨深いものがあるのだろう。アルテシアもまた、「そうね」とだけ口にして、そっと目を細めた。

 次の日の朝は、早くから大わらわであった。初めての集団移動、初めての引っ越しという事もあり、子供達は随分と興奮した様子だ。

 しみじみと不格好な教会を眺め、その思い出に浸る教師陣とは見ている景色が違うのだろう。これまで暮らし慣れてきた場所を離れるという不安よりも、新しく始まる暮らしという希望の方が勝っているようだ。

 はしゃぐ子供達を幾度かに分けて、リフトで地上に下ろしていくと、いよいよミラ率いる年少組の番となった。


「足元に注意するのじゃぞー……っと、ほれ、そっちではなくこっちじゃ、まったく」


 一番やんちゃな男の子を抱きかかえながら、リフトに乗り込むミラ。

 大人しくしている子と、歩き回る子、そしてぴたりとくっついて離れない子など。ミラは野外における子供達の活発さに難儀しながらも、どうにかこうにかまとめていく。そしてその際には、ミラの仲間達が大いに活躍した。

 地上に下りてからも、落ち着きのない年少組。そんな子達にミラは言った。大人しく出来れば、皆が乗せてくれるぞ、と。

 ミラが言う皆とは、ペガサスやヒッポグリフ、ガルムにガーディアンアッシュといった者達の事であり、その効果は絶大だった。

 ヒッポグリフとガルムには、男の子が殺到する。やはり勇ましくカッコイイからだろう。そして女の子は、ペガサスの他、ガーディアンアッシュの牽くワゴンが人気であった。ペガサスは言わずもがなで、ワゴンは今おままごと会場と化している。


「さあ、明日に向けて出発するぜ!」


 そんなラストラーダの号令と共に、大移動が始まった。目指すは、現地点より北にある湖だ。

 ミラとラストラーダを先頭にして、年少組、年長組と続く。教師陣は、それぞれの脇につき周囲を警戒、アルテシアは最後尾で子供がはぐれないように目を凝らしている。

 鬱蒼と生い茂る深い森を順調に進んでいく。本来ならば進むだけでも大変なそこを、コロポックル姉妹が不思議な力でもって道を開いていった。

 大木が自ら道を開けるその様は正しく不可思議そのものであり、子供だけでなく教師陣までも、その光景に驚嘆の声を上げていた。




「異常なしなのです」


「そんちょ、これみてこれ。美味しいんだよ、これ」


 出発から一時間と少し。そう報告するのは、コロポックル姉妹のウネコとエテノアだ。コロポックルらしく小さく可愛いウネコと、何がどうしてそうなったのか、ギャル風に成長していたエテノア。双子でありながらも見た目の違いが激しい二人だが、それでいてすこぶる仲が良く息もぴったりであり、既に湖までの道は開通していた。

 よって今、二人は周囲の警戒中なのだが、その方法は少々異なるようだ。気配を探るウネコと、木に登って目視で確認するエテノア。その際にエテノアは、木の実を採ってきて、子供達にと置いていった。

 休憩の際には、アルテシアが木の実を切り分け子供達に配る。どれも好評であり、エテノアは実に得意気だった。




 それから更に進む事一時間。遂に目的地である湖に到着する。そして、そこに広がる光景を前にした子供達が、これでもかというほど盛り上がった。それもそのはず。大きな湖には、これまた大きな精霊飛空船が、どんと構えていたのだから。

 中にはきっと、船すら見るのが初めてという子もいたであろう。また予想よりもずっと大きかったようで、教師陣の中には、圧倒されたように目を見開く者がちらほら存在していた。

 今回ミラは思い付きで頼んだが、五十鈴連盟が所有する精霊飛空船は本来、それほどまでにとんでもない代物であるのだ。


「ようこそ、夢と希望の箱舟へ! 今日は皆を、大空にご招待しちゃいますよー!」


 そんな言葉と共に目の前に降り立ったのは、カグラであった。しかも精霊に協力してもらっているのだろう、その背後では水と光による派手な演出が、これでもかと煌いている。

 カグラはいったい何を言っているのかと半笑いのミラ。だが、子供達の食いつきは抜群だ。

 きっと、これから始まる空の旅に、不安を抱く子もいたであろう。けれど今は全ての子供達が、精霊達の生み出す光景に夢中となっている。ただ、召喚術の英才教育の結果か、年少組のほとんどは精霊達の存在そのものに関心を持ったようだ。誰がどの効果を担当しているのかと、夢中で眺めていた。


「また、随分と凝った演出じゃな」


「子供達が相手だって言ったら、皆張り切っちゃって」


 どうやら水と光のショーは、精霊達の案だそうだ。そう笑いながら話したカグラは、「思いっきり空の旅を楽しんでねっ」と言って、ふわりと舞い上がり甲板に戻っていった。当然それも、精霊達の演出だ。

 早く早くと、騒ぐ子供達。するとタラップが架けられ、カラフルな衣装に身を包んだ船員が駆け下りてきた。


「さあ、足元に気を付けて、順番に進んでね」


 そう笑顔で案内するのは、五十鈴連盟所属の者達だ。五十鈴連盟が所有する精霊飛空船。それは、人員の移送や物資の輸送などが主な使用用途であり、客人を乗せる事は、そうなかった。しかも大勢の子供達など初めての事だ。


「ほーら、次はこっちだよー」


 だからだろうか、ミラは船員達がテーマパークのクルーのようなノリである事に気付き、きっとカグラが指導したのだろうと苦笑した。







フフフ……。

先週の水曜日、遂に買ってしまいましたよ。

ケンタッキーの9ピースバーレルを!

4月の末に食べてから、そう期間をあけずのケンタッキーです。

1500円とお高いながらもお得なお値段で、チキンが9ピース。実に贅沢なひと時でした。


次は、いつになるかなぁ……。

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[一言] 教育熱心。そして隙さえあらば召喚術の布教(洗脳)。 安定のミラクオリティw
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