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264 森の村

二百六十四




 空を行く事数時間後。ミラを乗せたワゴンは、グリムダート北東に広がる森林地帯の只中に着陸した。森の規模からしたら猫の額程度の湖が広がるその場所が、手紙に記されていた座標だ。


「さて、到着したが、どうすればいいのじゃろうな」


 畔から対岸まで百メートル程度だろうか、一通り見回してみたものの、特にこれといった何かは見当たらず、誰かが待っている様子もなかった。ただ、この場を指定してきたからには、何かしらあるのだろう。

 わざわざ呼び出したのだから、ここにいればそのうち接触してくるはずだ。そう考えたミラは、暇つぶしがてら周囲をざっと散策した。

 湖を囲むように生い茂る森。空から来たためわからなかったが、相当に深い所まで入り込んでおり、そこに聳える木々は、どれも十メートルはゆうに超える大木ばかりだ。

 また、盛大に広がった枝葉によって、太陽が頭上で輝く昼でありながらも森の中は薄暗い。特に北東側は光が通らないのか、より一層深い闇に包まれていた。


「おお、早いな。いや、けれど召喚術ならば可能か! 待たせてすまなかった!」


 と、そうして待つ事暫く、ようやく呼び出した本人が快活な声と共に現れる。実に暑苦しい笑顔を浮かべる彼こそが、九賢者『奇縁のラストラーダ』。その素顔はミラの知る当時のままであり、間違えるはずもない。だが彼は、まるで王子のような恰好でやってきていた。


「なんじゃ、その恰好は……」


 彼の趣味とは思えないその姿に、眉を顰めるミラ。するとラストラーダは、「子供の教育に良くないからと言われたのさ……」と、哀愁を漂わせ呟いた。

 そうこうして再会を喜び合った後、詳しい話は向こうでというラストラーダの先導に従い、ミラは暗い森の中に入り込んでいく。


「やはり噂の孤児院は、アルテシアじゃったか」


 ガーディアンアッシュが牽引するワゴンの御者台に座り、幾らか言葉を交わす中で、気になっていた事実が一つ明らかになった。

 予想通り、ミラが捜していた謎の孤児院は、九賢者の一人『相克のアルテシア』が創設したもので間違いなかったのだ。そして今は、そこに向けて進んでいる途中である。

 なお、彼の服装は、そんなアルテシアの忠告による結果だった。

 過去に森林警備隊だなんだと言って、レンジャーやらライダーやらの衣装に扮したところ、少年達がそれを真似したがったという。

 現実では、警察にお世話になるような案件のそれだ。流石に看過出来ないとして、どうせやるならという代案が今の恰好らしい。

 特撮系よりは、まだ王子系の方がましか。そんな事を考えつつ、あまり似合っていないなとミラは笑った。




 とにもかくにも、ラストラーダだけでなくアルテシアまで見つけられそうで、今回は大収穫だと喜ぶミラ。そうしている内に、僅かな光も届かないような深い場所まで来ており、そこでふとラストラーダが足を止めた。

 無形術の光だけが周囲を照らす漆黒の森。そこに一筋の光が差し込む。

 それは、余りにも不思議な光景だった。突然、頭上の森に穴が開いたのである。しかも耳を澄ますと、きゅるきゅると金属が擦れ合う音が聞こえてくるではないか。


「なんと、これはどうなっておるのじゃ?」


 開いた頭上からは、リフトが下りてきていた。木製ながらも頑丈そうで立派なリフトだ。


「さあ、これに乗るんだ」


 当然とばかりに、そのリフトへ誘導するラストラーダ。真っ暗闇の森の中で、光と共にリフトが上から降りてきた。ミラはその事実に戸惑いながらもワゴンを進ませて、言われた通りにリフトに乗った。

 リフトが、ゆっくりと昇り始め、頭上の光の穴が徐々に近づいてくる。その先には、一体何があるのか。次第にワクワクしてきたミラは、今か今かと、どこかに到着するのを待った。

 けれどリフトは、なかなか止まらず、頭上の光もまだまだ先にある。上昇速度はゆっくりだが、既に十メートルは超えている。けれど光を見た限りでは、まだ半分ほどといったところだ。


「随分と高くまで上るのじゃな」


 ミラが思った事を口にしたところ、「安全を優先した結果さ」といった答えが返ってきた。

 ラストラーダが言うには、この付近には、ほとんど魔物が近づかないものの、時折迷い込んでくる事はあるらしい。よって、少しの危険も排除するため、今の形になったそうだ。

 今の形。それは、どんな形なのだろう。そうミラが疑問符を浮かべて少ししたところで、いよいよリフトが光を抜けた先に到着した。

 眩しいくらいの太陽の光。僅かに目を細めたミラは、目が慣れると共に広がっていくその光景に息を呑んだ。


「なんと……これはまたとんでもないのぅ」


 視界いっぱいに広がるのは、人の営みが感じられる景色であった。そう、森の上部は立派な村になっていたのだ。


「さて、こっちだ。ついてきてくれ」


 ミラが、その景色に感動していたのも束の間。ラストラーダは、更に先導を開始する。ここはまだ入口であり、これからアルテシアのいる教会に向かうという。

 森の上部にあった村の地面は、芝生のようになっていた。ミラが、そこにゆっくりとワゴンを進めると、地面はしっかりとその重さを受け止める。樹上の地面など、どこか曖昧な気がするものだが、土台はしっかりしているようだ。

 と、そうしてミラが感心して殊更に気を良くしたのだろうか、安全を優先した結果が、この樹上の村であると繰り返し、ラストラーダは色々と解説してくれた。

 まず、芝生のような地面は、木々の枝などを支柱にして、特殊な蜘蛛の糸を何重にも編み上げた上に、蔓草などを束ねて出来ているそうだ。水はけもよく頑丈であり、畑も作れるらしい。

 そして住居は、どれもがツリーハウスだった。見回す限りに目に入る木々は、どれもこれもが二十メートルを超える大木の頭だという。住居は、そんな大木を柱代わりにして造ったそうだ。

 しかもそれらは全てアルテシア設計の下、ラストラーダが手掛けたというのだから、更に驚きだ。ただ、だからだろうか、ハンドメイド感溢れる仕上がりとなっている。


「なんとも、見事な出来栄えじゃな」


 思わぬ才能もあったものだと、ますます感心するミラ。

 ツリーハウスは、そのどれもが同じ高さになるように揃えられているため、大自然の中にありながら、人の気配というのがより際立って見えた。

 けれど、それでいて不思議と一体化しているような印象さえ感じられる。きっと、寄り添うようにして、枝葉がそこにかしこに広がっているからだろう。ちらちらと輝く木漏れ日が、まるで笑っているかのようにさえ見えた。

 また、空を見上げると、僅かに白く曇っており、ミラは、それを見て直ぐ気付く。村の上部には、幻術を織り込んだ蜘蛛の糸が張り巡らされていると。

 そうする事でこの村は、地上と空、両方から見事に姿を消したわけだ。これならば、誰も存在を知らなくとも仕方がない。


(これは確かに、安全な村じゃな)


 そう納得しながら、村を眺めるミラ。

 それから暫くして、ミラ達を乗せたワゴンは村で一番大きな大木の前に到着した。




 樹上の村の中心部に近いところに、その教会はあった。不格好な木造ではあるが、どこよりも大きなそこは、ラストラーダが言うに、教会であり学校でもあるそうだ。

 今くらいの時間だと、孤児達はここで勉学に励んでいるという。そして、そんな孤児達に知識を教えるのは、アルテシアと、彼女の意に賛同して協力を申し出てくれた教師達であるそうだ。

 子供達が習う内容は、基礎的な教育の他、植物学や生物学、騎士道精神に、魔物との戦い方に解体、彫刻絵画など、教師が増えたお陰もあり、幅広く教えているらしい。

 アルテシアのカリスマ性によるものなのだろうか。下手をすると、そこらのまともな学校よりも上等な教育環境が整っている様子だ。


「さあ、次はこっちだ!」


 ミラが感心しているうちにも、ラストラーダは教会の中に入っていき奥へ向かう。ミラはそんな彼についていきながら、教会内部を見回した。

 昨日訪れたハクストハウゼンの教会に比べると、本当に教会といっていいのかと思ってしまうほどに、ここは飾り気の無い場所だった。礼拝堂の形はしているものの、全体的に荘厳さというのは感じられない。

 ただ、奥に安置されている神像は、少しばかり目を引く雰囲気があった。きっと、何かしらの由緒ある神像なのだろう。

 そうして眺めながら礼拝堂の先の扉を抜けたところ、次に短い廊下と階段が現れた。


「この時間なら、あの部屋か……」


 そんな事を呟きながら、手前の階段を上っていくラストラーダ。きっとこのエリアが、学び舎の部分なのだろう。古い田舎の学校とでもいった、そんな印象のある光景を眺めつつ、ミラは後に続く。

 三階まで上った一番突き当りの部屋。天使の間、などと書かれた扉を開けて中に入ると、そこには赤子を抱いて、とっておきの変顔を披露する女性の姿があった。


「……」


 きゃっきゃと、それこそ天使のような笑顔を見せる赤子の声が響く中、ミラはその様子に言葉もなく押し黙る。

 まさか、ようやくの再会を変顔で迎えられるとは、思ってもみなかったからだ。


「あら、おかえりなさい。もしかして、そちらの子が?」


 変顔から一転、まるで聖母のような微笑みを湛え振り向いた女性は、ミラをそっと見つめると、少しだけ驚いたような色を浮かべた。


「その通りさ!」とラストラーダが返す中、ミラは彼女の前にまで歩み出る。


「久しいのぅ、アルテシアさんや」


 そう、簡素なローブを纏い赤子をあやす彼女こそが、捜していたアルテシア本人であった。


「ラーラ君から聞いていたけど、本当に女の子になったのねぇ。今は、ミラちゃんだって聞いたわよ」


 どこか興味深そうにミラをじっと見つめるアルテシアは、不意にその手を伸ばしてミラの頭を撫でた。しかも、何となく恍惚とした表情だ。

 その行為にミラは、「なんじゃなんじゃ!?」と慌てて距離をとる。そして同時に悟った。不本意ながら今の自分が、母性的な意味合いで子供が大好きなアルテシアの有効範囲に入ってしまっていた事に。


「良いか、わしは子供ではないからな。間違えるでないぞ」


 ミラは、そうびしりと言い放つ。アルテシアは「ええ、わかっているわ」と、にこやかな笑顔のまま返した。だがその目は、微笑ましそうにミラへ向けられたままだ。年頃の女の子を見守るかのような、そんな目である。

 ミラについての事情は、既にラストラーダから聞いているはずだ。それでもなお、ミラをそのように見る眼差しは、正しく彼女のもっとも深い病気の症状だった。

 全ての子供達を慈しむアルテシアにしてみれば、ミラもまたその範疇から逃れられない少女なのだ。




 小さなテーブルを囲んで懐かしの再会を喜び合った三人は、そのまま寛ぎながら取り留めのない言葉を交わしていた。


「ところで、なぜファジーダイスなどというものをやっておったのじゃ?」


 会話の最中、その流れのままに、ミラは一番気になっていた事を訊いた。予告状を出す怪盗などという現実では奇抜過ぎるそれを、どういった経緯でラストラーダがやっているのかと。


「それはね──」


 すると、その理由について詳しく説明してくれたのは、アルテシアの方であった。

 彼女は赤子を抱いたまま、ファジーダイスという存在が生まれた理由について語った。全ては一つの誘拐から始まったと。

 それは七年ほど前。今よりもまだ森の浅いところにあった村で、アルテシアが小さな孤児院を運営していた時の事。

 なんと、孤児院の子供が誘拐される事件が起きたという。

 ただ、それは当然、アルテシアの怒りを買い、誘拐を実行した賊達は壊滅。また子供の売買に関わっていた貴族は、それらに関係する証拠を全て押さえられ、法によって裁かれたそうだ。

 ここでミラが驚いたのは、その貴族を潰した件こそが、話に聞く、ファジーダイス第一の事件であったという点である。

 そう、初犯と今とで、その手口が大きく違うのは、そもそも正体が違ったからであった。


「アルテシアさんの大胆さには驚いたが、その後の街の様子を見ていると、これが高評価だったんだ」


 初代ファジーダイスと現ファジーダイスが、どのように結びつくのか。ミラがそこに触れると、ラストラーダが説明を引き継いだ。

 アルテシアのやった事は、その当時、謎の告発人として街中で騒ぎになっていたという。曰く、正義のヒーローが、悪徳貴族に正義の鉄槌を下したのだと。

 その頃、というよりこの世界に来て以降、裏社会に蔓延る悪と戦っていたラストラーダ。彼は、その中でも特に大きな人身売買組織の手がかりを追って、丁度その貴族がいた街に来ており、その騒動を目の当たりにしたらしい。

 なお、その貴族はというと、十分に証拠も揃っているという事で、数日のうちに処分が下されたようだ。ただ、それは余りにも早く厳しい処分だったという。

 しかもその貴族こそが、ラストラーダの追っていた手がかりでもあった。


「もしかしたら口封じのために、判決が早まったのかもしれない」


 そう、ぽつりと口にしたラストラーダは、その事もあって、手掛かりもまた途切れてしまったのだと続けた。

 だが彼は諦めず、もしかしたら噂の告発者が何か掴んでいるのではと考え、徹底的にその存在を捜したそうだ。そして、ようやく見つけたのが、まさかのアルテシアで驚いたと笑った。

 そのようにして再会し、互いに情報を交換した結果。ラストラーダは闇の組織に関係する情報の一端を得る事に成功し、アルテシアはといえば、潰した貴族が氷山の一角だった事を知る。

 子供達を食い物にする人身売買組織の存在を知ったアルテシアが当然黙っているはずもなく、ここで二人は協力して、これを壊滅させるため動き出したわけだ。

 そして、民衆の声援が高まっていた謎の告発者の影と手口を借り、ヒーロー好きなラストラーダの感性が加わって生まれたのが、何を隠そう怪盗ファジーダイスであった。

 怪盗ファジーダイスの真の目的。それは、巨大な人身売買組織に繋がる証拠を集め、その喉元に喰らいつき、これを断罪する事。

 なんと今までの標的は、誰もが組織に関係する者達であったというのだ。しかも教会や組合に提出した証拠は全てではなく、実はそれらの組織に繋がる証拠は持ち帰っていたそうだ。


「ふーむ、となれば、それが片付かぬ限り帰れぬという事じゃな……」


 また、随分と大きな敵を相手にしているようだ。今回も、見つけて連れ戻して終わりとはいかないかもしれない。二人の話からそう感じたミラは、ため息混じりに呟く。

 すると、そんなミラの様子と言葉で思い出したのだろう、「そういえば司令官は、なんでここを捜していたんだ?」とラストラーダが口にした。

 なお、司令官とは、彼がダンブルフを呼ぶ際に使っていた呼称だ。見た目がもっとも賢者らしいという理由で、ダンブルフが九賢者の代表のような立場であった事が要因だろう。戦隊ヒーロー系のノリだ。また、ソロモンは総司令である。


「うむ、それはじゃな──」


 久しぶりの呼ばれ方に懐かしくなりながらも、ミラはその話の前に、停戦協定の期限と九賢者の現状について触れた。







やったー!!

何やらコミックス版が重版になるようです!

これもひとえに、お買い上げくださった皆様のおかげでございます。

ありがとうございます!


これはもう、お祝いしてもいいですよね……。

という事で調べました。先日教えていただいた、今は水曜日だというお話を。


9ピースバーレル……。

来月、これをいっちゃいましょう!!


今から楽しみです!

ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
ダンブルフの立ち位置って、司令官のくせに前線に出張ってくるビッグワン(ジャッカー電撃隊)かな?
[一言] ダンブルフの呼ばれ方が何でもありで命名フリー素材感あるなあ
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