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257 ファジーダイスの正体

二百五十七



「まだまだ、これからじゃー!」


 そう声を上げたミラは、再び石を一握り分投擲する。だがその石は、魔封爆石ではなかった。ディノワール商会などでも扱っている、着火石なる日用品だ。しかしながら、火に弱い蜘蛛糸は、これでも十分に燃やす事が出来る。しかも夜の闇の中では、これまでの魔封爆石と見分けがつかないときたものだ。

 また、直後にミラは、もう一つの石をその手に忍ばせる。それはこれまで以上に大きな魔封爆石だった。

 だが、ファジーダイスの観察眼は、そんなミラの動きを捉えていた。


「おっと、これはあからさまですね」


 着火石が、ファジーダイスの防衛圏内に飛び込んだ時。ミラの狙いに気付いたのか、彼は着火石を蜘蛛糸で受ける事はせず、そのまま大きく横へ飛んだのだ。そして警戒したまま、ミラの手元に注意を向ける。

 その背後では、目標を失った着火石が、ばらばらと川に着水し、じゅわりと小さな音を立てて沈んでいった。


「なるほど。また糸を燃やすつもりでしたか」


 その様子からミラの考えを察し、更にその手の中に本命がある事まで感付いたようだ。ファジーダイスの注目が強くなる。


「ぬぅ、小癪な!」


 狙いが空振りとなったミラは、どこかやけくそ気味に本命の石を投げつける。放られた石は大きく放物線を描くようにして、ファジーダイスに向かっていった。


「そのような──……!?」


 どんな状態であれ、窺い知れる大きさから、その石が秘めた力は膨大だ。その事を見抜いていたファジーダイスは、僅かだが、その視線を中空へ移した。すると直後にミラの意図に気付く。

 その石は、やけくそなどではなく、確固たる狙いを定めて放たれたものである事。宙へと視線を逸らせるためであったと。

 怪盗は、素早くミラに視線を戻した。如何にも本命といった石に注目させてから、本当の本命を投げる。単純だが、効果的な手段だ。

 しかしファジーダイスは、そこで更に裏をかかれた事を察した。突如、側面から微かな風切り音と共に飛来した矢が、ファジーダイスの足元より少し前に突き刺さったのだ。

 それは、街の外壁の上、意識のずっと外側に立つヴァルキリー姉妹の次女エレツィナが放った矢であった。そして、その矢には、しかと小さな石が括りつけられていたではないか。

 石が、力を解放する予兆を見せた一瞬。完全に虚を突いたはずの一矢だが、かの怪盗の底力は計り知れないものだった。瞬く間に伸びてきた蜘蛛糸によって、閃光と音が見事に封じられてしまったのだ。それは正に反射ともいえる速度であり、考えて動いたのでは不可能と思えるほどのものだった。

 更に、もう一つの存在も、忘れられてはいなかった。一度意識から外されたとて、緩やかな弧を描き飛来する石など、糸を操る彼にとってみれば脅威でも何でもなく、ようやく怪盗の範囲内に飛び込んだところで、ついでとばかりに捕らえた。



「掴みおったな」


 大きな魔封爆石が蜘蛛糸に捕らえられた直後、ミラは不敵に笑った。それこそが、真の目的であったと。

 蜘蛛糸に包まれた石が、その力を解放した。するとそれは、光や音ではなく、強烈な風を爆発的に巻き起こしたのだ。


「これは……!」


 石を包んでいた蜘蛛糸が、その風に耐え切れず千切れ飛ぶと同時、そこを中心に膨れ上がった暴風が、ファジーダイスの身体を大きく宙へ舞い上げる。


「今ですにゃー!」


 すると、それを見計らったかのように、川面から団員一号が飛び出した。地下水路でアンルティーネと合流した後、ずっと川の中でタイミングを窺っていたのだ。

 暴風によって体勢を崩したファジーダイスに、その接近を拒む手段はなかった。団員一号は中空でひしりと抱き着いた。そして、勢いのまま地面を転がってもなおその手を放さず、ファジーダイスにしがみ付く。


「え……? 君はもしかして──!?」


 そんな団員一号の姿を目にした途端、ファジーダイスは明らかな動揺をその顔に浮かべた。しかし同時に、魔封爆石が団員一号の首からペンダントのように下げられている事にも気付いた。

 引きはがそうと試みるファジーダイス。しかし団員一号は、意地でも放さないと断固たる構えをとり、また覚悟を決めたとばかりな表情で、ニヒルに笑って見せた。


「地獄で会おうにゃ、ベイベー」


 決め顔でそう言った団員一号の背中のプラカードには、[家族に、愛していると伝えてほしい]と書かれていた。なお、団員一号は独り身である。

 魔封爆石が起動する。あと数秒で炸裂するだろう。と、その時だ。ファジーダイスが、団員一号の尻尾の付け根と脇腹を擽った。

 するとどうした事か、強い決意で固められていた団員一号の手が放れたではないか。


「にゃふふーんっ! くすぐったいですにゃー!」


 これでもかというほどに身悶えする団員一号。それは、敏感ポイントを的確に狙われたがゆえの反応だった。


「やっぱり……!」


 ファジーダイスはそれを見逃さず、引き剥がしに成功すると、そのまま躊躇なく団員一号をぶん投げた。


「しまった、ですにゃー!」


 華麗に宙を舞った団員一号は、その直後、強烈な閃光を放ち音を響かせ、夜の闇の中に消えていくのだった。


「精霊女王さん……貴女は──」


 何か気になった事でもあったのだろうか。華々しく散った団員一号の事など意に介さず、ミラに歩み寄っていくファジーダイス。

 しかしその瞬間、彼の目の前に、ぽろりと小さな石が落ちた。

 その石は、上空で待機していたヒッポグリフとワーズランベール組より落とされたものだった。夜の闇の中で気配を断ち、ずっとその時を狙っていたのだ。

 咄嗟に対応するファジーダイス。しかし、完全な不意打ちとなったそれは、僅かの間も置かずに炸裂し。光と音をまき散らした。


「それこそが本命じゃ!」


 はて、何か言おうとしていたような。そんな気がしたけれど今こそが最大の好機であると確信するミラは、捕縛布を手に駆け出す。


「くっ……」


 今度は完全に決まったようで、ふらついた末に膝をついたファジーダイス。と、そんなファジーダイスを中心にして、蜘蛛の巣が急速に広がり始めた。


(これはまた、随分と強力な《イドの幻影》じゃな……)


 その様子を見て、ミラは警戒を最大にまで引き上げた。

 降魔術の最上位技能の一つ、《イドの幻影》。それは、術者が行動不能に陥った時、一時的に内なる影が出現し、術者護衛のために降魔術を行使するというものである。

 すなわち、自動迎撃モードとでもいった状態であり、それゆえにファジーダイス自身の思慮などは介在しない。

 つまり、現状のファジーダイスは、どのような攻撃手段を使用してもおかしくはないという事だ。


「虎穴に入らずんば何とやらじゃ!」


 それでもミラは、更に前進した。どのような迎撃手段を用いるかは不明だが、そこに術者の意思がないとなれば、つけ入る隙が幾らでもあるからだ。

 蜘蛛の巣に足を踏み入れると、瞬く間に無数の糸が殺到する。けれどそれらは、ミラが纏うヴァーミリオンフレームによって燃え尽きた。

 次に迫るのも、また蜘蛛の糸だ。しかしそれは、鋭く研ぎ澄まされた刃であった。


(これでわしは、初めてファジーダイスから攻撃された者、とかになるのかのぅ)


 蜘蛛の鋼糸を部分召喚の塔盾で受け止め、そのままひらりと跳び越えたミラは、更に複数のダークナイトの部分召喚を発動し、中心部にいた黒い影を切り裂いた。《イドの幻影》の方の本体をだ。

 その途端、周囲の蜘蛛糸が全て消え失せて、行動不能状態のファジーダイスだけがそこに残る。


「確保じゃー!」


 一気に距離を詰めたミラは、捕縛布を広げてファジーダイスに迫った。そして、あと数センチの距離に入った時だ。


「なぬ!?」


 未だ眩暈の中にあるはずのファジーダイスが、その手を伸ばしてきたのだ。

 大きな身長差があるため、その手はミラよりも先に届く。そして見事に柔らかな膨らみを捉えた。しかし触れていたのも束の間、その手が強く握られると同時、もう片方の手が伸びてきて、今度はミラのまたぐらに当てられたではないか。

 それは、ほんの刹那の出来事だった。ファジーダイスに届くより先に掴まれたミラは、飛び込んだ勢いそのまま、華麗なフォームで空へと放り投げられてしまったのだ。


「なんじゃとー!?」


 数瞬の内に十数メートルの高さにまで放られたミラは、慌てたように姿勢を整え、《空闊歩》を使い宙を蹴る。そして追撃がこない事を確認してから、ゆっくりと地面に下りつつ、ファジーダイスの様子を探った。

 そこでミラの目が捉えたものは、眩暈などとうに治ったとばかりに佇むファジーダイスの姿に、うっすらと重なる黒い影であった。


(もしや……今のも《イドの幻影》だったというのじゃろうか)


 ミラが知る《イドの幻影》は、術を自動発動するだけのものだった。しかし、それは今より三十年前の記憶。もしかしたら、この技能もまた、三十年の間に進化していたのではないか。

 そう、術者本体をも動かし、緊急回避を行えるほどに。


「やはり只者ではないのぅ……」


 地面に戻ってきたミラは、警戒しつつ近づいていく。対してファジーダイスは動かず、ミラを見る事もない。《イドの幻影》の効果そのまま、範囲内にさえ入らなければ迎撃はされないようだ。

 それならば、次は片方に注意を引いて。と、そんな作戦を実行しようとしたところで、ファジーダイスを覆っていた黒い影が霧散した。


「ちょっと……タイム」


 ふと、ファジーダイスはミラに向かってそんな言葉を口にした。眩暈から立ち直ったばかりなため僅かにふらつきながら、手のひらをミラに向ける。

 ただの時間稼ぎという可能性もある。だがしかし、ファジーダイスがそのような手を使うとは思い辛く、ミラはその足を止めた。


「なんじゃ、降参か?」


 ミラの実力に恐れをなして、孤児院の場所を白状する事にしたのだろうか。そんな淡い期待を浮かべながらミラが問うたところ、ファジーダイスは「そうしたいところですけど」と苦笑する。


「精霊女王さん、貴女に訊きたい事があります。その答えによっては、貴女が望む情報をお教え致しましょう」


 真っ直ぐと向かい合ったファジーダイスは、真剣な目つきでそんな言葉を口にした。


(訊きたい事、じゃと?)


 いったい彼は、何を知りたいのだろうか。若干の警戒を浮かべながらも、この申し出はチャンスであるとミラは考える。


「捜している理由は無理じゃぞ」


「ええ、もちろんです」


 念のために放った一言も、承知済みだとファジーダイスは答える。となれば、いよいよ何を訊いてくるつもりなのかわからない。


「して、何を知りたいのじゃ?」


 ミラがそう問い返すと、ファジーダイスは少しだけ周囲を見回した。そして何かを見つけたとばかりにそちらを指さして、それを口にする。


「あちらのケット・シーですが、団員一号さん、ですよね?」


 ファジーダイスが指さした先。そこには、地に伏せたまま、虎視眈々とした目つきで何かを狙っている団員一号の姿があった。ただ、居場所に気付かれたと察した瞬間、「にゃーん」と猫の真似(?)をして、何かを誤魔化そうと試みている。


「……あの何とも言えない様子からして、そうとしか思えませんが、どうでしょう?」


 更にファジーダイスが、そう言葉を続ける。その目には確信めいた何かが秘められており、同時にミラは、その質問が意味するところを悟った。


「団員一号を知っておるという事は、もしや……というか、やはりお主……星崎昴か!」


 ミラがその名を口にした瞬間だ。目の前のファジーダイスの雰囲気が一変した。


「その通り! 闇夜に流れる一筋の光! それがこの俺、星崎昴改め正義の流星、スタージャスティスだ!」


 突如として言葉遣いまでも、がらりと変わったファジーダイス。これまでのすかした感じから、どこか熱血寄りな……ヒーローバカへと。


「一応予想はしておったが、お主じゃったか……」


 ミラは、その変わりように苦笑する。予想はしていたが確証はなかった。その原因の一つがこれだ。ファジーダイスのキャラクターというのが、微塵も熱血バカな彼に結び付かなかったのである。いうなれば、レッドとブルーほど違っていたわけだ。

 しかし今、それが真実だと確定した。ファジーダイスの正体こそが、九賢者の一人、『奇縁のラストラーダ』であると。

 なお、星崎昴とは、本名ではなく、彼のヒーローネームだ。


「俺もビックリしたぜ。あの司令官が、こんなヒロインみたいになっちまっているんだからな!」


 はつらつと笑う男、ファジーダイス改めスタージャスティスは、じっとミラを見つめ「その可愛さ、ジャスティスだな!」などとサムズアップした。

 ケット・シーの団員一号は、相当に特徴的らしい。ミラもまたダンブルフ時代に比べると、とんでもない違いとなっているが、彼は団員一号から、その正体に辿り着いたようだ。


「その件については触れるでない」


 苦笑しながら返したミラは、ヴァーミリオンフレームを解除すると共に、周辺で待機中の者達全てに労いの言葉をかけてから送還した。ファジーダイスがラストラーダであるとわかったからには、もう戦う必要などないと判断したからだ。

 そしてそれは、ラストラーダも同じようで、展開中の術を解除していた。


「しかしまあ、怪盗の正体がお主じゃったとなれば話は早い」


 ミラの任務の目標そのものである彼ならば、孤児院を捜しているだなんだという回りくどい言い方をせずに済む。単刀直入に、その孤児院にアルテシアはいるかと訊けばいいだけだ。


「実は今じゃな──」


 未帰還の九賢者達を捜している、というような旨をミラが伝えようとした時だった。


「おい、こっちだ! 誰かいるぞ!」


「早く明かり持ってこい!」


 そんな声が、街の方向から響いてきたのだ。


「おっと。どうやらゆっくりと話している時間はなさそうだ!」


 見ると警備兵やら冒険者やらが、続々とこちらに向かってきているではないか。ミラが幾つも使ったスタングレネードの音が聞こえたのだろう、何事かと集まってきたらしい。

 それを見て、ラストラーダは上着を脱いだ。そして、くるりと裏表をひっくり返し、マスクを被り直したところ、これまでの地味な姿から、まさかのファジーダイス再誕である。


「なんと……そのような仕組みになっておったのじゃな」


 一見すると幾重にも着込んだように見えるファジーダイスの衣装。しかしそれは、早着替えで使われるような実に単純な作りであり、ミラはその素早い変わりように感心した。


「とりあえず、詳しい話は後日にしよう。待っていてくれ。今度はこっちから連絡するぜ!」


 そう言うと共に、ラストラーダが何かを投げて寄越した。


「なんじゃ? ……これは!?」


 反射的に受け取ったミラは、それを見て驚愕する。ラストラーダに渡されたものは、ふんだんに宝石が鏤められたペンダントだったからだ。

 これをどうしろというのか。そう訊こうとしたミラだったが、その直後、ミラ達の周辺が明るく照らされた。


「いたぞ、ファジーダイスだ!」


「おお、精霊女王さんもいるぞ! こんなところまで追いかけていたんだ!」


 警備兵達が、照明を点けたようだ。見ると幾つもの隊が、こちらに向かって駆けてくるのが見えた。


「それじゃあ、後はよろしく頼んだぜ」


 そう小声で告げたラストラーダは、大袈裟に飛び退いてみせた。


「これでは分が悪い。流石は精霊女王と呼ばれる冒険者ですね。それは諦めるとしましょう」


 彼はファジーダイスとして警備兵達にも聞こえるような声で言うと、何かを周辺にばら撒く。するとそれらから大量の煙が溢れ出て、瞬く間に辺り一帯を覆い尽くした。


「では、さらばだ、諸君!」


 煙で何も見えない中、ファジーダイスの声だけが遠くから響き、そしてその気配は闇に紛れるようにして消えていく。それは実に怪盗らしい消え去り方であった。


(……まあ、正体がわかっただけでも、よしとするか)


 今回、目的の情報を得る事は出来なかった。けれど、それに繋がる、いや、それ以上の情報を手に入れた。

 九賢者の一人『奇縁のラストラーダ』こそが、ファジーダイスの正体。アルテシアを捜しにきたら、予期せぬ一人を見つける事が出来た。これはかなりの僥倖だ。

 ただ、ゆっくりと話せなかった事が悔やまれる。


(しかし、後日と言っておったが、それはいつになるのかのぅ)


 と、そんな事を気にしているうちに煙幕は晴れていき、兵士達とファジーダイス専門の越境法制官が、こちらに駆け寄ってくる姿が見えた。







先日、諦めて新しい台紙をもらってきました……。

一からシールを溜め始める事になったので、いつもよりパンを多めに買っております。

仕方がないのです。多めに買わなければ間に合わないのですから!

ランチパック美味しいです。


と、そんなある日の事でした。

ふとしたところに台紙の姿が!

新しい台紙を貰って来たから、嫉妬して出てきたのだな。

そう思ったのですが、

新しく貰って来た台紙が、そこに転がっていただけでした……。

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― 新着の感想 ―
[一言] ついに再会!ガチバトルから発覚するのいいですよね!
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