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254 地下水路

「で、出鱈目だ! そのようなものは、この屋敷にない!」


 兵士長が地下水路について追及したところ、屋敷の主人が唐突に叫んだ。だがそれは、ひと目で苦し紛れだとわかるほどに稚拙な言葉だった。けれど主人は、なおも続ける。ケット・シーが目撃したなどというのは偽りであり、そもそも、ここにいない者の報告をどうやって受ける事が出来るのかと。


「召喚術士の技能の一つじゃよ。口を使わずに意思疎通をする事が可能じゃ」


 それは召喚術の基本であり、調べれば直ぐにでもわかる事。そう説明したミラは、そこで少し言葉を切った。そして僅かな沈黙をおいたところで、にやりと不敵な笑みを浮かべ、屋敷の主人を見据える。


「ちょうど今しがた、わしのケット・シーから報告があった。何やら怪盗の足跡を追っていた先で、扉を発見したそうじゃ」


 団員一号からの経過報告。それは、ホシを追跡中に扉を見つけた事に加え、頻繁に出入りのあった痕跡と、傍で眠らされている男がいるというものだった。

 ミラは、それを聞いて直感する。その扉の先にこそ、ここの主人が隠している悪事の証拠があると。そして、ファジーダイスはそれを見つけさせるために、水路へ逃げ込んだのではないかと推測した。そのくらいの理由がなければ、ファジーダイスの行動に説明がつかないからだ。

 ゆえに、ここは一つ義賊ファジーダイスの思惑通りにいこうではないかと考える。


「それとじゃな。怪盗の足跡はそこでぱったり途切れていたという。もしかすると、その扉の先に奴のアジトがあるのかもしれぬな。これは是非、踏み込んでみなくてはのぅ」


 報告によると、足跡は確かに途切れていた。しかしファジーダイスは今も団員一号が追跡中であり、そこがアジトであるはずはない。けれどミラは、あえてそう口にした。その場所に傭兵と兵士達が行き着き、秘密を暴くように。


「そ、そこはただの倉庫だ! 奴のアジトであるはずがない!」


 屋敷の主人が喚く。扉の先には貴重品を置いてあるだけで、他には何もないと。しかし、それは致命的なミスだった。せめて、そのような場所は知らないとでも口にしていれば、まだ関与から逃れる術もあったであろう。だが、水路の存在を知らないなどと言い訳した後にこれでは、もはや、どちらの言葉も意味を成さなくなった。それどころか主人は、その場所を知っていると自ら証明してしまった事になる。その迂闊さに執事は頭を抱え、観念したように下がっていった。


「ミラさんの話によれば、ファジーダイスが逃げ込んだという水路の入口について、現在判明しているのは、こちらの地下だけのようです。となれば、かの怪盗のアジトを探るためにも、こちらの入口を使わせていただくしかありません」


 兵士長は、どこか説明的な口調で屋敷の主人に話しかける。そして理由を明確に並べ、正当性を主張したところで、何かの紋章を取り出して突き付けた。


「特例第二項、追跡捜査及び調査時における占有地への進入権を行使させていただきます。よろしいですね?」


「なんだと……!? そのような事が!」


 憤慨し兵士長を睨む屋敷の主人だったが、紋章を確認した次の瞬間、顔を驚愕に染めたまま絶句した。そして、「ばかな……本物、だと……」と、茫然と呟き、その場に崩れ落ちる。紋章には余程の効力があったようで、主人は抗おうという気すら完全に喪失した様子だ。

 そうして完全に抵抗を止めた屋敷の者達をしり目に、兵士と傭兵の全員で屋敷に突入していき、ミラもまた紛れ込むようにしてそれに続いた。




「これは……葡萄酒、か?」


 屋敷に踏み込んだところで、兵士長はそこに広がる光景を前に困惑する。

 いったい何が起こったのか。屋敷の中はアルコールの匂いで充満していた。見ると、ところどころに割れたビンが散乱しており、多くの葡萄酒が床を濡らしている。そして、屋敷の使用人達がそれらを掃除している姿も見受けられたのだが、ミラはそこに違和感を覚えた。


(ふむ……どうやら奴は、ここからご丁寧に足跡を残していったようじゃな)


 よく観察すると、使用人達は、盛大に散らばったガラス片と葡萄酒には見向きもせず、そこから点々と続く足跡を消していたのだ。きっと主人の命令であろう。足跡を辿った先に、地下水路への入口があるため、証拠となるそれを真っ先に隠蔽しようと企んだわけだ。


(まあ、それも無駄な努力だったようじゃがな)


 足跡は消せても、天井に張り巡らされた蜘蛛の糸は、ちょっとやそっとでは隠しきれないだろう。ミラはファジーダイスの用意周到さに苦笑しつつ、その思惑通りに形跡を辿っていく。

 兵士長が、特例第二項によって調査中であるという旨を説明すると、屋敷の奥で証拠隠滅をしていた使用人達は、その手を止めて速やかに従った。

 どうやら痕跡隠しは、水路の入口に近い場所から始めたのだろう、地下室まで下りたところで足跡は綺麗になくなっていた。ただ、蜘蛛糸の除去には相当手こずったようだ。そこにいた使用人達は、全身糸塗れであり、数人は身動きが出来ないほどの状態で転がっているではないか。

 そこへ兵士長が紋章を掲げながら踏み込むと、使用人達は驚いたようにその場を離れ、どこかへと退散していった。


「ところで随分な効果じゃが、その紋章と特例第二項というのは、いったいどういうものじゃ?」


 ところどころにしつこくへばりついている蜘蛛の糸を頼りに、地下室を進む中、ミラはふとそう問うた。先程の見事なまでの逆転ぶりからして、いったい、その紋章と特例とやらに、どれだけの意味があるのだろうかと気になったのだ。

 屋敷の規模から考えても、余程の有力者であろうはずの主人だが、たった一つの特例と紋章を前に絶望の表情を浮かべた。それはまるで、御隠居様の印籠を突き付けられた悪党の如き反応だ。


「もしや兵士長とは仮の姿で、その正体は王族に連なっておったりするのじゃろうか!?」


 一見すると、ただ人の良さそうな印象だが、その実体は、やんごとなきお方だった。そんな展開を一瞬期待したミラだったが、途端に兵士達の笑い声が響いた。


「それは有り得ないな」


「特売日に買い込み過ぎて身動きがとれなくなる者が王族だったり……っ」


「昨日、法務省の使いの者相手にビクビクしていた男が王族とか」


 どうやら兵士長は、超が付くほど庶民的なようだ。彼の部下の兵士達は、そう散々口にして笑った後、「デズモンド様、足元にお気をつけください」「デズモンド様、階段が見えてまいりました」などと、兵士長──デズモンドを王族の如く持ち上げ始めた。


「お前ら……任務中だぞ……」


「申し訳ございません、デズモンド様」


「以後、気を付けます、デズモンド様」


 階段の前に立ち止まったところでデズモンドが睨みを利かせると、兵士達はびしりと敬礼の姿勢をとった。一糸乱れぬ動きである。

 追跡中のファジーダイスは、既にここより先の水路の中だ。若干、緊張感が緩むのも仕方のない事かもしれない。ただ、口ではふざけているものの、兵士達の動きは機敏であり、そこに油断の介在する余地は見られなかった。


(思ったより、ずっと愉快な奴らじゃのぅ)


 軽口を叩きながらも良く動く彼らは、きっと相当に連携の鍛錬を積んできたのだろう。深くまで続く暗くて不気味で、何が出るかわからない階段を前にして、自然な流れで傭兵達に先行を譲った彼らのチームワークは、それはもう素晴らしいものであった。

 そうして先頭が傭兵に入れ替わり、長い長い階段を下りていく中、ミラは兵士長から紋章と特例についての続きを聞かせてもらった。


「こんな事、あるんですね」という前置きから始まった兵士長の話。それは聞いた限り、実に都合の良い事があったものだと思えるようなものだった。


 まず、兵士長が掲げた特例第二項だが、これは概ね、犯罪に関係のある人物、または証拠品の存在が確認された場合に限り、捜査権を持つ者の立ち入りを拒む事は出来ない、というような内容だった。

 この特例は、調べれば必ずあるというような状況であろうと執行出来ないという特徴を持つ。確かな証拠の存在が確認されて、ようやく効果を発揮するというものだ。

 ただ、制限が厳しい分、一つ強力な効果が付随していた。それは、公爵どころか王族ですら、この特例による調査の妨害は許されないというものだ。しかも場合によっては、貴族であろうと武力による制圧を許可するという特例中の特例であった。

 なお兵士長の追加説明によると、この特例は、かつて国が大いに腐敗していた頃に作られたものだそうだ。多くの貴族と一部の王族までもが、欲望のままに振る舞っていた時代。それを制裁するための正義の象徴としてあったのが、この特例第二項と、それに連なる法だという。

 今では、さながら当時の戒めといった意味合いが強いが、この国の者ならば誰もが知っているというほどに有名らしい。

 それが今回は、ミラの証言が存在の確認として認められ、ファジーダイスを追跡するという理由のもとで行使されたわけである。精霊女王という名と、Aランク冒険者という肩書があればこその証言力だ。


「しかしまた、とんでもない強権を持っておったものじゃな」


 それだけの特例の行使を許可されていたデズモンドに、少しだけ敬意を向けるミラ。するとデズモンドは苦笑いを浮かべながら、「実は昨日の事ですが」と話を続けた。

 本来特例は、たかが兵士に行使出来るようなものではないものだそうだ。だが、つい昨日の事。国王の使いだという者がやってきて、この紋章と特例の使用権限を一時的に貸与する旨が記された証文を渡されたらしい。何でも、ファジーダイスを追う際に必要になるかもしれないという国王の計らいだとの事だ。


「ほぅ、なるほどのぅ……。そして見事に、この状況というわけか」


 国王には素晴らしい先見の明があり、こうなる事まで予想して、特例の使用権限を兵士長に託した。その結果、屋敷の主人を黙らせて、ファジーダイスの更なる追跡を可能とした。

 実に素晴らしい読みである、とも思えるが、ミラはそこにひっかかる何かを感じた。

 まず、これまでのファジーダイスの犯行は、術士組合を終点としていた。これは所長から詳しく聞いた事であるため間違いはない。となれば、現在の状況は完全にイレギュラーといえる。本来の流れにはなかったはずの、屋敷までの追跡。いくら先見の明があるといっても、これを予測する事など出来るのだろうか。


(……こうなる事も思惑通り、なのじゃろうな)


 思い返してみれば、そう考えられるだけの要素が幾つかあった。

 組合にて、まだやる事が残っているというファジーダイスの発言。わざわざファンに姿を晒してから、ここまで来た事。ご丁寧に、屋敷へ入ったと知らせるような痕跡と、奥まで続く足取り。

 ただの逃走経路として地下水路を選んだ、などという事はまずあり得ないだろう。

 屋敷に入るための障害と成り得る主人を黙らせるため、ファジーダイスが国王に働きかけて特例を引き出していた。十分にありえる話だ。


(ふむ……確かハクストハウゼンの街は、リンクスロット国領内じゃったな……となると)


 リンクスロット国の王。もしも、ゲーム時代に出会った事のある、あの王子が三十年後の今、そのまま王になっていたとしたら。そう考えたミラは、さりげなく兵士長に国王の名を訊いた。それはジューダスではないかと。


「ええ、そうですよ。ジューダス・リンクスロット十六世陛下ですね」


 兵士長は、当然だとばかりに頷き答えた。

 リンクスロットのジューダス王子。かつてミラは、何度か彼に関わった事があった。そしてその際に感じた印象は、正に正義の使徒といったものだった。

 正義感が強い熱血気質でありつつも、柔軟な策を用いる一面もある王子は、時に盗賊団すら利用した作戦を打ち立て、しかも成功させている。

 そんなジューダス王子が今の国王ならば、義賊と呼ばれるファジーダイスと手を組むのも十分に考えられるというものだ。

 そして、もしもその予感が的中していたとしたなら、きっとこの地下水路に、王と怪盗の正義に反する何かがあるのだろう。そしてそれは、きっと見つけた扉の先に。

 ちなみに当時利用された盗賊は、土地を報酬としてもらい受けた後、盗賊を廃業し、土地を耕しながら慎ましく暮らしているという後日談があったりする。


(完全に手のひらで踊らされている状況じゃが……かといって台無しにするわけにもいかぬな)


 ファジーダイスがこれまでに行ってきた実績からすれば、怪盗の計画通りに進んだ先に待っているものは、きっとまた一つの悪事の終焉だ。そう考えると、ここで足を止めるわけにはいかない。だが、きっとこのままでは、これまで通りに怪盗には悠々と逃げられる結果になるだろう。


「ところで、ジューダス陛下がどうかしたのでしょうか?」


 ミラの様子から何かを感じ取ったのだろう、デズモンドが質問を返してきた。対してミラは、はてどうしたものかと考える。気付いた事、推察した事を話そうかどうかと。


(……ふーむ。やはりここは一つ)


 少しして結論を出したミラは、一行より少し離れてからデズモンドを手招きした。それからちょいと耳を貸せと言って、デズモンドに推察を耳打ちする。その考えに至った要素と、それをより強固にした特例の件。そして、ファジーダイスの狙いは、多分扉の先にある何かを見つけさせる事かもしれないと。


「なるほど、アジトではなく……そのような。国王様がわざわざ使いを寄越して、こんな特例を預けていくなんて不思議だなとは思いましたが……」


 ミラの説明には、それなりの説得力があったようだ。デズモンドは、その可能性は十分にありそうだと小声で答える。


「きっとこのまま行っても、ファジーダイスを捕らえる事は出来ぬじゃろう。かといって引き返してしまえば、奴が暴こうとしている悪事を見逃す事になる。そこでじゃな──」


 考えを理解してくれたデズモンドに、ミラは更に考えていた案をそっと伝えた。それは、今出来る中で最善とも思える手だと前置きしてからだ。




 階段を下り切り地下水路に到着した一行は、傭兵と兵士達が各々に明かりを手にして周囲を照らし、状況を確認する。そこから少し遅れて、ミラとデズモンドもそこに降り立った。


「こんなところがあったとはな……」


「いったいどこに繋がってるんだ」


「不気味だな……」


 そこは団員一号の目を通して見た光景のままであり、少し辺りを見回したところで、あっさりとファジーダイスのものらしき足跡が発見出来た。

 この先にずっと続いているぞと盛り上がって、早速追跡を始めた傭兵達。デズモンドは、隊の半数にそのまま追跡するように指示した後、残り半分には少しこの周辺を調べるために残るよう伝えた。


「しかしまた。ファジーダイスもですが、何より私も、この場所が気になりますね」


 そう口にしたデズモンドは、残った半数の隊員に、ミラの考えを話して聞かせた。そして、その案に乗ってみないかと提案する。

 ミラが打ち出した案。それは、至ってシンプルなものだ。

 傭兵と兵士達はファジーダイスの思惑通り、ここにある何かを突き止める。そしてミラは、先回りをして怪盗を待ち受ける、という内容だ。


「俺はそれで構いませんよ」


 少しの間をおいた後、実にチャラそうな兵士の一人がそう応えた。ただ、その見た目に反して、しっかりと現状について考えての発言のようだ。また、他の者達からも特にこれといった反論はなく、あれよあれよという間に、ミラの案が採用される事となる。


「正直、このままファジーダイスを追っても、捕まえられそうにないしな」


「そうそう。俺達だけでなく、あの傭兵達だってさっきまで完敗状態だったわけだしさ。追いつけたところで……」


「だなぁ。こん中で可能性があるのは、精霊女王さんくらいなもんだ。なら俺達は、街に蔓延る悪を一つ潰す方が有意義ってもんですよ」


 義賊であるファジーダイスが、ここまでして兵士と傭兵を誘導した事から、きっとこの先では何らかの悪事が行われているはずだ。まだそうと決まったわけではないが、兵士達の間では、きっとそれで間違いないという思いが広がっていた。今は仕事で敵対しているが、ファジーダイスのヒーローぶりは、ここにいる誰もが認めるものであるらしい。


(……まあ、ヒーローを追う敵役などより、悪を挫くヒーローになる方がずっと張り合いもあるじゃろうからのぅ)


 男なら誰だって、正義のヒーローになりたいと一度は考えるものだ。きっと、だからこそ兵士になった者もいるだろう。ゆえに方針を転換した今、彼らのやる気が漲っていくのが一目でわかった。


「うむうむ、感謝するぞ。では、早速この先の事についてじゃが──」


 ファジーダイスの痕跡を追っていたところ、犯罪の現場を発見してしまった。そのまま見過ごす事は出来ないため、怪盗の追跡をミラに委ねて、兵士達はその現場を押さえる事を優先した。

 と、そんな口裏合わせをしたところで、兵士の一人が疑問を口にした。自分達は、このまま足跡を追っていくとして、ミラはどうやって先回りするのかと。


「それは、簡単な事じゃよ」


 ミラは待ってましたとばかりな気持ちを抑えつつ、その方法を簡単に説明した。

 水路に入ったのならば、当然どこかより出る必要がある。そして、水路は入り組んでいるため、たとえファジーダイスとて、そこまで速くは移動出来ない。対して空で待機しておけば、相手がどれだけ動き回ろうと、最短距離で頭上をとる事が出来る。

 つまり、ファジーダイスの動きが把握出来れば先回りも容易いのだと、ミラは自信満々な様子で話す。そして現在は、ケット・シーがファジーダイスを尾行中であると続けた。


「なるほど……。召喚術士ならではの策ですね」


 流石はランクAの召喚術士だと感心するデズモンド。すると兵士達も、そこらの斥候よりもずっと優秀そうなケット・シーに感心する。

 彼らの召喚術に対する認識を、より良い方向へ導けたようだ。その事に満足しながらも、ミラは、そこで更に召喚術を発動した。

 無形術の明かりの中に浮かぶ魔法陣。そこから現れたのは、水の精霊アンルティーネであった。


「早速出番のようね」


 初召喚という事もあってか、アンルティーネは随分と張り切っている様子だ。なお、今回もまた精霊王が見事に実況していたようで、彼女は既に大方の状況は把握しているとの事だった。


「では早速じゃが、どこかにいるファジーダイスの位置の特定を頼めるじゃろうか」


「ええ、任せて!」


 ミラが依頼すると、アンルティーネは早速とばかりに水路に飛び込み、水を伝って全体を見通し始めた。

 その隣。こんな綺麗な精霊の姉ちゃんも召喚出来るなんてと一瞬盛り上がった兵士達だが、それはそれ。彼らは早速とばかりに意識を切り替え、犯罪の現場を見つけた際の立ち回りについて確認し合う。

 暗号めいた単語が多く飛び交う兵士達の打ち合わせ。常に幾つもの連携パターンの訓練をしていたのだろう、現場での動きについては早くに決まった。しかし、傭兵達についてはどうしたものかと意見が割れる。

 傭兵達は、対ファジーダイス要員として参加している。その事から、怪盗捕縛を諦めるという意味も持つ今回の作戦を快く思わないかもしれなかった。

 行き着く先にあると思われる悪事の現場。そこに、どのような戦力が存在するかわからない今、傭兵達の力は欠かせない。けれど現状では、この作戦を聞き入れてもらえない恐れが強く、その戦力を当てに出来ないわけだ。


「それならば、頼もしい仲間を同行させるとしようか」


 どうしたものかと唸る兵士達にそう告げたミラは、召喚術士の技能『退避の導き』を発動する。


「あっ……!」


 遠くの召喚体を近くに呼び寄せるという効果を持つこの技能によって、瞬時に現れたクリスティナ。彼女は、ミラの姿を目にするなり表情を凍らせ、ばつが悪そうにそっと目を泳がせた。

 きっとその理由は、手にした丸パンだろう。食べあとの残る丸パンと、口元のクリームからして、待機中に何をしていたかは明白だ。


「ああ、アルフィナか。実はじゃな──」


「お待ちください主様ー! これには、これには深い理由がー!」


 早速とばかりにミラが告げ口をしようとしたところ、クリスティナは瞬時にミラへ迫り泣きついた。どうやら何かしら深い理由があるらしい。

 それは何かと訊いたところ、クリスティナは答えた。丸パンはファジーダイスファンが盛大に配っていたものであり、最初は任務中だからと断っていたけれど、とても熱心で少々強引なファン達の勧めに逆らいきれなくなり、仕方なく一つだけ受け取ったのだと。


「……まあ、いいじゃろう」


 ミラは、クリスティナの慌てようからついついからかいたくなると、心の中で不敵に笑う。対してクリスティナは、そんなミラの胸中など知る由もなく、特練を回避出来た事に大喜びだった。


「さて、クリスティナよ──」


 気を取り直したミラは、今からデズモンドに同行するようクリスティナに告げる。こう見えても彼女は、そこらの剣士などでは相手にならないほどの腕前だ。傭兵の協力が得られなくとも、十分に戦力を補える事だろう。


「任務、んぐっ……拝命致しましたー!」


 残りの丸パンを口に放り込みながらも、クリスティナは、姿勢だけはびしりと決めて礼をする。

 こう見えても、だが、やはり若干の不安が過るのだろう。またかわいこちゃんがと騒いでいた兵士達は、そっとデズモンドに目を向けた。

 そんな兵士達に対してデズモンドは、多分きっと恐らく頼りになる者なのだろうと小声で返す。そして何より最後に、あの精霊女王がわざわざ寄越してくれた戦力なのだから大丈夫なはずだと、自分にも言い聞かせるよう言葉にした。







見当たらないんです……

春のパン祭りの台紙が見当たらないんです!

いつもの場所においておいたはずが、そこにないんです!

半分までたまっていたのに……!

どこにいっちゃったの……

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― 新着の感想 ―
[一言] ややっ、ファジーダイスを追っていたら、とんでもないものを発見してしまったー。どうしよう(棒) ヴァルキリーって普通にパン食うんだ。 精霊も眠りこけるし、人間とそう変わらないね。 三大欲求が…
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