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253 もう一つの標的

二百五十三



 ミラは術士組合から出ると、即座に屋根へと上がった。するとその際、大通りに集まっていたファン達の声が自然と耳に入る。


「どうしたんだろう、ファジーダイス様」


「初めてだよね」


「もしかして所長さんが初勝利?」


「あっちだっけ? 行ってみる?」


 といった声がところどころから上がっていた。

 これまで現場で犯行を終えた怪盗ファジーダイスは、術士組合に証拠品を置いた後、そのまま消え去っていた。そしてここにいるファン達は、その見事なフィニッシュを見に集まっている。

 しかし今回はどうした事か、正面の扉から出てきたではないか。そんないつもと違う状況に、ファン達は戸惑い、それでいて色めき立っていた。


(確か、やる事が残っている、とか言うておったな……)


 術士組合で終了するはずだった怪盗業。しかし、思い返してみれば怪盗本人が、この後にも何かがあると口にしていた。

 悪人の屋敷から、犯罪の証拠と財を盗み出す怪盗ファジーダイス。証拠は既に、教会と術士組合に提出された。となれば残るは財であるが、孤児院に寄付するだけならば、怪盗として活動しているこの場で、やる事が残っている、などという言い方をするだろうか。

 また、寄付については匿名でされているとの話である。尚更、この線は薄いだろう。

 となれば、彼は怪盗として、ここから更に何かをするつもりなわけだ。

 そして何よりも、その考えを裏付けるような報告が、ミラには続々と届いていた。


『ずっと、東に真っ直ぐ進んでいるですにゃ。しかし、小生の脚からは逃れられないですにゃー!』


 組合の屋根上に待機し、怪盗が飛び出すと同時に、尾行を開始した団員一号。屋根から屋根への移動はお手の物だ。


『ミラさん、私の位置からも確認出来ました。情報通りの人影が、屋根から屋根を伝って、東へと進んでおります』


 そう報告するワーズランベールは、光学迷彩を用いてヒッポグリフの背に乗り、空の上から見張っている。


『主様、目標を捉えました。ただ、どうにも逃走しているようには見えないです。あれはあえて、人目を引いているような……』


 そう報告を上げたのは、ヴァルキリー姉妹の次女エレツィナだ。姉妹で一番弓の扱いに長けた彼女は、また観察と観測においても優秀な目を持っていた。それは、街の中心地から全方位を観測出来るほどだ。


『ほぅ、人目を……。やはり、いつもとは違うようじゃな』


 所長とミラの活躍によって脱出を余儀なくされたというのなら、少し離れたところで変装し直してしまえば、それで今回の怪盗騒動は終わりになるはずだ。しかしそうはせず、ファジーダイスは怪盗のままどこかに向かっている。しかも報告によれば、隠れる様子などなく堂々とだ。

 そこへ更にクリスティナからの報告が入る。


『教会の方にまた来ましたー! って……あ、そのままどっかいっちゃいましたー』


 わざわざ教会にまで戻ったにもかかわらず、何もせずにどこかへいってしまう。その行動に何の意味があるのだろうか。そうミラが考え込んだところで、再びクリスティナの声が届く。

 どうやら教会に集まっていたファン達が、ファジーダイスを追って移動を始めたようだ。また、かの怪盗は通り沿いの屋根を伝っているため、姿を見失う事無く追えるような状況らしい。


(わざわざ、ファン達が追いかけてくるように仕向けた、とでもいうのじゃろうか。いったい何が目的じゃ?)


 気付けば、組合前にいたファン達の移動も始まっていた。誰かが教会にいる仲間と連絡をとり、その結果がここにも伝わったようだ。人波が、それこそ波のように流れていく。


「気づかれぬように……などという必要はもうなさそうじゃな」


 皆からの報告と目の前の様子から、そう判断したミラは、クリスティナにもそのまま追跡するよう伝える。そして自らもペガサスを召喚してすぐさまに跨り、怪盗の大よその進行方向に向けて移動を開始した。


(次に奴が向かう先は、どこじゃろうか)


 移動をペガサスに任せたミラは、そのまま集中してポポットワイズに意識を同調させていく。怪盗の登場からここまで、常に空の上で見張っていたのだ。

 覚えたばかりの《意識同調》だが、十分に視界が開けた。鳥瞰の視点から見下ろす街の景色の中心に、ファジーダイスの姿がはっきりと確認出来る。すると、そこからミラはポポットワイズに加速するよう頼む。

 少しして、徐々に速度が上がっていき、遂にはファジーダイスを後方へと置き去りにして、視界は先行する。怪盗が進んでいるその先へと。


「ぬ……あれは……」


 進行方向に見えてきたのは、ドーレス商会の屋敷であった。

 その直ぐ上空で旋回を始めた視点から、ミラは現場の様子を窺う。そこにある光景は、実に悲壮感漂うものだ。

 どうやら睡眠毒はほぼ抜けているようで、ほとんどが既に目覚めていた。その中で商会長は、絶望した表情で何かを叫んでいる。対して部下達の反応は半々だ。商会長のように茫然とする者と、どことなく気楽そうな者とである。

 傭兵達はといえば余り動きはなく、それぞれの団ごとに集まって何かを話していた。時折、苛立ちを露にする者の姿もあった。

 きっと余程の自信があったのだろう。しかし、それでもたった一人の怪盗に翻弄されたわけだ。荒れるのも仕方がない。

 屋敷の外には、まだファン達の姿もあった。もしかしたらファジーダイスは彼女達の前にも姿を現し、どこかへと誘導するつもりなのだろうか。

 そんな考えが浮かんだ時である。屋敷の敷地内に、ファジーダイスが堂々と降り立ったのだ。

 ミラの《意識同調》では、まだ音を聞く事が出来ない。しかし、それでも見ただけで、瞬間的に怒号が飛び交っているのはわかった。それほどまでに、商会長と傭兵達の動きが激しかったからだ。

 得物を手に立ち上がり、一も二もなく突撃していく一人の傭兵。それをひらりと躱したファジーダイスは、そのまま外壁の上に飛び乗った。

 すると直後に、傭兵達が激昂したかのようにファジーダイスへ殺到する。挑発的な言葉でもかけられたのだろうか、実に鬼気迫る様相だ。


(本当に、何が目的なのじゃろう……)


 更には外にいたファン達に手を振って沸せた後、あろう事かファジーダイスは、そのまま隣の屋敷の敷地内に入っていってしまう。そこは幾つもの彫像が並べられた、どことなく悪趣味な庭であった。

 ファン達を誘導しながら傭兵達を挑発し、そんな場所に入り込んでどうするつもりなのか。これが、まだ残っていたという『やる事』なのであろうか。そこにどのような真意が隠されているのか考えていると、更に現場はややこしい事態になっていく。


(これはまた、とんだ巻き添えじゃのぅ)


 あろう事か怒りに火のついた傭兵達が、隣屋敷の壁を乗り越えたのだ。そして、そのまま敷地内に進入し、ファジーダイスと戦い始めてしまったではないか。

 慌てたように、隣屋敷の警備兵らが出てくる。しかし傭兵達はおろかファジーダイスも、意に介さずとばかりな様子だ。

 また、そうしている内にファン達も結集していた。隣屋敷の門の前は大賑わいである。見ると、そんなファン達をかき分けるようにして進む兵士達の姿もあった。だが、余りの人数と騒がしさに、上手く進めていない。

 そこから更に状況は目まぐるしく変化していく。突然の閃光が奔った直後から、傭兵達が不可解な行動をとり始めたのだ。


(今のは……《幽玄の怪光》じゃな。見事にかかっておるのぅ……)


 それは目を眩ませると同時に幻覚を見せるという効果を持つ降魔術によるものだろうと、ミラは状況から推測する。きっと傭兵達は、敷地内にある彫像がファジーダイスに見えてしまっているのだろう。これでもかというほどに彫像を破壊している。


(ふむ……しかし、わしは何ともないのぅ。抵抗した感覚もなかったが……)


 ファジーダイスが放った《幽玄の怪光》は、その光を見た者に対して効果を発揮する。しかし、それを見ていたにもかかわらず一切の影響がない事。術を完全にレジストしたとしても、かけられたという感覚は残るものだ。しかし、それすらもない。

 そこでミラは、視界を共有しているポポットワイズに問うた。今の状況はどうなっているかと。


『カイトウさん、倒れても倒れても起き上がってるのー』


 どうやらポポットワイズもまた幻覚を見せられているらしく、そんな答えが返ってきた。術の範囲内であった事は間違いないようだ。


(これはもしや、《意識同調》している間は大丈夫、という事じゃろうか?)


 要因として考えられる事は、それ以外にない。使いようによっては、光を介する状態異常に対しての切り札にも成り得る。ミラは、思わぬところで思わぬ収獲を得られたとほくそ笑み、ファジーダイスに少なからず感謝した。


「ぬ? どうするつもりじゃ?」


 ミラがあれこれ考えている間に傭兵達のみならず警備兵達も眩ませたファジーダイスは、何が目的なのか、そのまま屋敷に入っていってしまった。

 ドーレス商会の隣の屋敷であるそこは、今回の標的とは無関係なはずだ。しかし、ファジーダイスのこれまでの行動からして、何かがあるに違いない。そう察したミラは、《意識同調》を切り替えた。

 ポポットワイズの視点では、流石に屋敷内までを捉える事は出来ない。だが、ファジーダイスを追跡しているものは、まだいるのだ。


『団員一号よ。誰もいないようじゃが、状況はどうなっておる?』


 ポポットワイズからケット・シーに切り替わったところで、ミラがまず最初に目にしたのは、どこかの部屋だった。閉塞的でいて調度品の類もない無機質な部屋である。

 団員一号は、現在ファジーダイスを尾行中であるはずだ。しかし、肝心の追跡対象が見えないというのは、どういった事なのか。


『団長、少し問題が発生しましたにゃ!』


 即座に応答した団員一号は、言い訳を交えながら現状について詳細に報告した。

 団員一号は語る。全ては、一瞬の閃光だったと。略して瞬光であったと。

 瞬光が閃いた、その直後から追跡対象の幻覚が見え始め、それでいて本物が見えなくなってしまった。

 しかしながら、それでどうこうなるほど、やわではない。目がやられただけである。マナの匂いを嗅ぎ分けられる得意の才能を駆使しして、幻覚を見極め、見えなくなった本体の追跡を続行した。

 庭を抜けて屋敷内に入り込み、廊下を駆け抜け地下室に下りる。そこから更に奥へ進んだところに隠し扉があり、今はその扉を抜けたところであるそうだ。

 しかしながら、そこで一つの問題が浮上したと団員一号は言った。マナの匂いでは、距離感が掴みにくいのだと。


『奴めは音を殺していますにゃ。にゃので音の反響で距離を掴めず、かといってマナの匂いだけを頼りに進むと、奴の感知範囲に入り込んでしまう恐れがありましたにゃ。にゃからこそ、慎重に進んでいましたにゃ』


 きりきりと報告していた団員一号の口調が、徐々に言い訳めいたそれに変わっていく。何でも慎重に進み過ぎたがゆえに、怪盗本体からずっと遠くまで離されてしまったようだ。

 と、そんな報告の中でも、景色は徐々に進んでいた。そして、無機質な部屋の奥に到達したところで、それが視界に入る。不自然にずれた石壁と、更にその奥が。


『ほぅ、なんとも怪しさ満点な状況じゃな』


 隠し部屋の奥にあったのは、隠されていたのであろう階段だった。そして、地下へと向かって延びるそれは、先が見えないほど深くまで続いていた。

 これだけ厳重に隠されているとなれば、もう秘密と犯罪の匂いしかしない。ミラがそんな偏見を全開にしたところで、階段を覗き込んでいた団員一号が、様子を報告した。『にゃにやら、水の匂いがしてきますにゃ』と。


『水の匂い……じゃと?』


 その言葉から、ミラは先日の事を思い出す。アンルティーネが言っていた、地下水路の事をだ。

 入り口らしきものはなく、あるとしたら隠されている可能性が高い。そして北東の方向には、人の通った痕跡があった。と、概ねそのような内容だった。


(ふむ……こっちじゃったというわけか)


 一度、一人でドーレス商会付近を訪れた際に、ちょうどその辺りの地下が話に出てきた北東方面であると確認していた。その時は、きっとドーレス商会が、などと思ったものだが、実際は一つ隣が関係していたようだ。

 その間にも団員一号は進み続けており、いよいよ視界に地下水路が広がった。《キャット・サーチアイ》に照らされたそこは、見える範囲だけでも細い水路と太い水路が五本は交じわっている。そして何よりもまず目につくのは、苔むした緑ばかりな光景だ。


『団員一号よ、他に何か気になるものは見当たらぬか?』


 ミラがそう訊くと、視界があちらこちらへと向けられた。それから少ししたところで地面が映る。


『足跡ですにゃ。きっと、怪盗何某(にゃにがし)のものですにゃ!』


 周りと違い、その地面は掃除されたように苔はなく、だからこそくっきりとした足跡が残されていた。団員一号の推理はともかくとして、予想は的中した。人の形跡があったという北東の場所は、やはりここで間違いないようだ。


(さて……どういう事なのじゃろうな)


 情報は色々と得られた。しかし、どうにも違和感があると、ミラは考え込む。

 まず気になる点は、ファジーダイスの行動だ。なによりも水路に逃げ込んだ理由が謎である。

 逃走経路として水路を選んだ。そして下調べをしたからこそ、そこに痕跡が残っていた。誰に気付かれる事無く、こっそりと街の外に逃げ出すには、この水路は打ってつけだ。

 そのように考えれば、水路に逃げ込んだ理由も、わからなくはない。けれどそれは、そこらの盗賊かなにか程度の輩に有効な手段であって、怪盗ファジーダイスには無意味なものだろう。かの者ならば少し身を隠すだけで、どこへなりとも紛れ込めてしまえるのだから。また何よりも、わざわざここまで戻ってきて、標的とは関係のない屋敷の者を巻き込むなど、ファジーダイスらしくもないといえた。


(……実は無関係でもない、なんて事ではないじゃろうな……)


 わざわざ別の屋敷を騒がせてまで入り込んだのだ。きっと、この水路には重大な秘密が隠されている。そんな推理を脳内で展開したミラは、団員一号に追跡の続行を告げて《意識同調》を切ると、急ぎ現場に向かった。




 ペガサスで急ぐこと数分で、ドーレス商会の隣の屋敷に到着した。空から見るそこは、多くの人で埋め尽くされている。敷地内には傭兵の他、ファン達の壁を突破出来たのだろう兵士達と複数人の屋敷の者が見られた。

 また周辺はというと、ファジーダイスファンが次から次へと集まってきており、それはもうお祭り騒ぎだ。


(あの者達の機動力は、恐ろしいものがあるのぅ……)


 相当な手練れや移動手段を持つ術士なども多くいるのだろう、ペガサスに乗って急いできたミラに負けず劣らずな迅速さで駆け付けてくるファン達。時に連携する彼女らは、そこらの軍隊よりも練度が高いのかもしれない。

 屋敷の敷地内はといえば、それはもう酷い有様であった。そこらの彫像は全て破壊し尽くされ、もはやただの瓦礫の山となっている。そして、それらをやった傭兵達はというと、先程から怒号を上げていた。


「さて、これはどういった状況じゃ?」


 ひらりと屋敷の敷地内に降り立ったミラは、そこで言い争う両者を目にする。片方は傭兵達で、もう片方は、ここの屋敷の者だ。


「だから、ファジーダイスが屋敷の中に入っていったんだよ。そこにポーチが落ちてるだろ。あれは、俺が奴に奪われたもんだ。そんなところにあるって事は、屋敷に入っていったって事だろうがよ」


「ですから現在屋敷を捜索しておりますので、少々お待ちください。それと、屋敷内には貴重な品や機密性の高い書類などが多いので、部外者の立ち入りは禁止させていただいておりますので」


 今にも屋敷に突入しそうな傭兵達と、それを必死に食い止めようとする屋敷の者達が、入口付近で押し問答している。

 兵士達は、そんな両者を宥めながらも、ファジーダイスを追うために協力をと、屋敷の主人らしき者と交渉していた。しかしながら主人の返答は、必要ないの一点張りだ。


(なんとも、ややこしくなっておるのぅ)


 傭兵達に交ざり、そっと窺ってみたところ、傭兵の一人が言った通り、破壊された屋敷の扉の奥にポーチが転がっているのが見えた。それは、ファジーダイスに奪われたものだという。とすれば、それをわざわざあのようなところに置くなど、屋敷に逃げ込んだと知らせるようなものではないか。

 ファジーダイスは、明らかに誘い込もうとしている。だが何のために。そうミラが考えたところで、ふと目の端に見覚えのある顔が映った。それと同時に、その者もミラに気付いたようで、何やら嬉しそうに駆け寄ってくる。


「おお、ミラさんではありませんか」


 それはいつぞやの兵士長だった。また彼の部下達も一緒で、ミラの姿を見るなり、Aランクのお出ましだと盛り上がり始める。


「何やら立ち往生しているようじゃな」


「ええ、そうなんですよ。奴が潜伏している恐れもあるため屋敷内を検めた方がいいと進言しているのですが、屋敷の者だけで十分だと聞いてくれなくて困っておりました」


 義賊だ何だと言われているが、相手は怪盗だ。しかも、悪党を専門に狙う怪盗である。となればこうしている間にも、屋敷の貴重品が盗まれるかもしれない。そう、これみよがしに愚痴を零す兵士長。

 どうやら彼の口振りからして、ここの屋敷の主人もまた、探られると痛い腹があるらしい。ギロリと兵士長を睨みつける屋敷の主人は、ミラも納得な悪党顔であった。しかしミラの姿に視線を移した今は、悪党というより変質者のそれに近い。

 怖気立つようなその顔に、ミラがぶるりと肩を震わせたところで、再び怒号が響き渡る。


「いや、返せって言ってるんじゃねぇよ! 屋敷を捜索させろって言っているんだ。中に逃げ込んだのは明らかだろう!」


 見ると、屋敷の者がご丁寧にもポーチを男に返却していた。そして執事風の男が、そもそもそのポーチをファジーダイスが置いたのだとしたら、わざわざ自分の逃走経路を知らせる事になり、それは怪盗として明らかにおかしな行為だと反論する。そう見せかけるための策であると。

 事実、それが最も妥当な考えといえた。わざと痕跡を残し、そちらへと注意を向けている間に、身を潜めていた場所から抜け出し、手薄になった場所から逃走する。盗人が使いそうな手だ。

 誘われるまま突入しようとする傭兵と、冷静に対応する屋敷の者。一見するなら、傭兵側に落ち着けと声をかける場面かもしれない。

 しかし、団員一号からの報告で真実を知っているミラは、むしろ屋敷の者に多大な不信感を抱いていた。

 屋敷にファジーダイスが侵入している事は確実だ。そして、かの怪盗がここに来るまでの間、あえて目立つような動きをしていた事。それと先ほどのポーチの件からして、ミラは兵士や傭兵達をこの屋敷に誘い込もうとしているのではと考え始めた。

 では、なぜか。


(ふーむ……もしかすると、ここもまた奴のターゲットじゃったのかもしれぬのぅ)


 その考えが真実だったとすれば、きっと屋敷内にもその痕跡を残している事だろう。そして屋敷の者ならば、それにいち早く気付くはずだ。しかし、その事を認めずに、ここまでごねるのには余程の理由があると考えられた。知られたくはない、理由が。


(とすればやはり、逃げ込んだ場所が問題なのじゃろうな)


 ファジーダイスが逃げ込んだ地下水路。考えられるのは、そこ以外にはないだろう。


「怪盗ファジーダイスが、この屋敷に逃げ込んだのは確かじゃよ」


 言い争いが続く中、ミラは傭兵側に立って、そんな言葉を口にした。すると、飛び交っていた怒号が急に静まり、そこにいた全員の目がミラに集まる。


「やっぱりそうか! ほら、この……えっと、精霊、女王? が言うんだから間違いねぇ! 中を捜索させろ!」


 心強い援護を得たと、傭兵達が勢いづく。また、静かに交渉を続けていた兵士達も、ここぞとばかりにミラの言葉を掲げて屋敷の主人に迫る。


「まったく、そのような冗談を言われては困ります。屋敷内は私達の方で隈なく調べました。その結果、その怪盗とやらが潜んでいる気配はなく、変装? だかで見知らぬ人物が紛れているという事も一切確認出来ませんでした。私達は自信をもって、屋敷に怪盗はいないと断言致します」


 執事もまた、嘘偽りなどないとばかりに毅然とした態度で、そう言い返してくる。屋敷に怪盗はいないと。ゆえに、屋敷を捜索しても無駄であり、そもそもファジーダイスが中にいる証拠がどこにあると、ミラを見据えた。


「俺のポーチが証拠だったろうが!」


 ミラが何かを言うより早く、苛立たし気に傭兵の男が突っかかっていく。だが執事は、さて何の話かと答えるだけで、もはや取り合う様子もなかった。

 その態度に、ますます腹を立てた傭兵の男。そんな彼をそっと手で制したミラは、執事の目をじっと見つめ返し、うっすらと笑みを浮かべた。


「まずは一つ、訂正させてもらうとしよう。わしは、屋敷の中に怪盗がいる、などとは一言も口にしてはおらん。逃げ込んだ、と言っただけじゃ」


 そうミラが口にすると、傭兵と兵士達にざわめきが生じた。そして、それはどういう意味かと、次の言葉に注目が集まる。対して執事の表情に変化はない。だが、どことない緊張感がその目に浮かぶ。


「ファジーダイスは、ここに逃げ込んだが、今は既に別の場所へと逃走しておる。ゆえに、屋敷にはいないというのは確かじゃ」


 ミラが、そう執事の言葉を肯定すると、兵士と傭兵がどよめき立った。


「え? そうなのですか……?」


「おいおい、なんだよそりゃ?」


 屋敷の捜索を始めるための援護かと思ったら、その必要はないとばかりの内容だ。戸惑うのも無理はない。そして精霊女王という二つ名と、Aランクという肩書によって、ミラの発言力は高まっている。だからこそ、その言葉は、屋敷内の捜索の意義を消し去ってしまったわけだ。

 傭兵達が求めていたものとは正反対の言葉。それに対して屋敷側はというと、早く帰れとばかりに傭兵達を睨みつける。ただ執事の目は、より鋭さを増してミラに向けられていた。


「その通りでございます。さあ、そうとわかれば尚更の事、私共の屋敷に用は無いでしょう。ここで足を止めるよりも、捜索範囲を広げる事をオススメいたしますが」


 ただただ、淡々とした口調のまま、傭兵と兵士達を見回す執事。そして、ここぞとばかりに一歩踏み込んだ。屋敷内を調べる必要はなく、また兵士と傭兵を入れるつもりもないと。

 屋敷を調査する明確な理由がなくなってしまい、勢いを失う傭兵と兵士。だが、そこでミラは不敵な笑みを浮かべ、また一歩執事に迫った。


「まだ、白を切るつもりのようじゃな。わしが言いたいのは、だからこそ早く後を追うためにそこをどけ、という事なのじゃがのぅ」


 ミラがそれを口にした瞬間に、執事の表情に僅かな変化が見て取れた。また同時に、傭兵と兵士達の間に戸惑いが浮かぶ。ファジーダイスは屋敷にいないと言っておきながら、屋敷に入ろうとする理由は何なのかと。


「さて、何を仰っているのか……」


 ポーカーフェイスが僅かに崩れ、そこに怒りの様相を浮かべ始めた執事。それをミラは、真正面から受け返し、どんと胸を反らせた。


「ならば、わしから話してやるとしよう。問題の、どこからどこへ逃げ出したかという点を詳細にのぅ」


 事実を把握し勝利を確信しているからこそ、ミラの自信に満ちた態度は、いつも以上に堂に入っていた。それはもはや、一度読んだ推理小説の犯人を語るが如くである。


「と、その前に、一つ謝罪せねばいかんかった」


 ミラがそう前置きをしたところ、「嘘出鱈目をでっち上げた事について、ですかね?」と、執事が冗談交じりに笑いながら、挑発するような目を向けてくる。だがミラは、それを軽くあしらうように、やれやれと肩を竦めて返した。


「なわけ、ないじゃろう。まあ、ちょっとした事じゃよ。ただ、わしのケット・シーが、ファジーダイスを追う事に夢中になり過ぎて、ここの屋敷に入り込んでしまった、という事についてじゃ」


「なっ……」


 それをミラが告げた瞬間、執事に明らかな動揺が浮かんだ。たとえファジーダイスに暴かれたとしても、それを誰にも見られていなければ、隠し通せると考えていたのだろう。

 だが、小さな目撃者が存在しており、執事はその事実に表情を歪ませた。


「そこでじゃな。わしのケット・シーが目撃しておるのじゃよ。ファジーダイスが屋敷から逃げ出した出口と、その先に広がる地下水路を、のぅ」


 執事の様子から、ここが決め時だと考えたミラは、真相を語る探偵の如く、じっくりと屋敷の者達が隠しているだろう真実を語った。

 ハクストハウゼンの街の地下には、広大な水路が広がっている事。その出入り口は、はっきりとした場所にはない事。そして、人の出入りについてもほとんどないが、ここの地下室にある隠し部屋の先には、その水路を頻繁に出入りしている痕跡が多く残っていたと。


「ちなみに現在もわしのケット・シーは、地下水路で奴の足取りを追跡中じゃ」


 じっと反応を探るようにして、それらの事実を明かすと、真っ先に反応を示したのは兵士と傭兵だった。


「水路、だって?」


「下水路、とは違うのか?」


 その存在は、やはり一般に知られていないのだろう。だからこそ、下水路が真っ先に脳裏を過ったらしく、どこか不安そうな色を顔に出す傭兵と兵士達。その質問に対して、ミラはアンルティーネから聞いた事を、そのまま伝えた。その水路は人の生活環境とは、ほぼ無縁の状態にあると。


「なるほど、な。つまり、こんだけ抵抗したのも、その水路を隠すためだったってわけだ。なあ、そんな秘密の水路を使って、おたくら、何をやってたんだ?」


 ここぞとばかりに執事を睨む傭兵の男。対して執事はといえば、いよいよ言い逃れが出来なくなったようで、助けを求めるかのように屋敷の主人へと視線を送る。

 しかし主人もまた、兵士長を相手に真っ青な顔で立ち尽くしていた。







ヨーグルトって、メーカーによって全然味が違うのですね。

いつも同じものばかりでしたがテレビでちらりと、色々な種類を食べた方が腸に良い、みたいなことを言っていました。

乳酸菌がどうたらこうたらと。

なのでいつもと違うヨーグルトを買ってみたところ、びっくりでした。

そして、値段もまた幅広い……。

いつか、1個ずつ売っているヨーグルトを食べてみたいものです。

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