251 続・所長の推理
二百五十一
戦士クラスの者達の証明は完了した。残るは、術士クラスの者達だけだ。
「借りてきました。使い方も教えてもらいましたよ」
術士組合の奥から戻ってきたユリウスは、何やら実験機材のようなものを抱えていた。それは、術士適性を調べるためのものであり、これを使って残りが何術士かを証明しようというわけだ。
「では、早速始めるとしようか」
そう所長が言うと、早く容疑を晴らしてくれとばかりに、残りの術士達が並ぶ。
適性検査の方法は簡単であり、一人二人と完了し、無罪を証明していった。
そして、ここまでの間に降魔術の適性を持っていた者はおらず、また召喚術士もいなかったため、ミラのテンションは下がり気味だ。
「おや、魔術の他、陰陽術の適性もありますね」
魔術士だと申告していた男を検査した結果を、ユリウスが告げた。すると男は、「へぇ、そうだったんだ」と驚いたように呟く。どうやら彼は、これまで適性検査を受けた事がなく、魔術以外にも適性があった事を初めて知った様子だった。
適性検査を受けてから術士になった、というわけではないようだ。
ならば、どうして魔術の適性があるとわかり、その道に進んだのだろうか。そんな疑問を少しミラが口にしたところ、早速解説が入った。
何でも術の才能というのは、親から遺伝する事が多いため、適性を受けずともわかる場合があるそうだ。そして家庭の教育方針によっては、そのまま引き継いだ適性を伸ばすため、他の術士の可能性がある事を知らずにいる者もそこそこいる。とは、語りたがりな所長の言葉である。
事実、彼の親は、相当に優秀な魔術士であるそうだ。
続いて、聖術士と申告した次の者もまた複数の適性持ちであった。しかもその中には、降魔術が存在しているではないか。となれば、《内在センス》を習得する事で、降魔術の行使も可能である。
しかしながら、《内在センス》を習得するという事は、魔力のリソースを分割する事でもある。
その者は、見事な聖術を披露してみせた。となれば、《内在センス》として降魔術を習得したところで、限界は早い。そのような状態で、ファジーダイスほどの降魔術が使えるはずもない。また、たとえ申告を偽り聖術が《内在センス》だったとしても、その時点で難しいだろうと所長は結論し、その術士も対象から除外した。
ファジーダイスの力は、降魔術一本に絞っても到達出来るかどうかの領域だ。そう所長は自信をもって述べる。そして何よりも直に対峙し、この身で味わったからこそわかるのだと、どこか得意げだった。
「貴女は、退魔術と召喚術の適性有りですね」
更に次の一人の検査結果が出た。それは、退魔術士であると申告していた女性だ。
「あら、私にもあったのね」
そう呟いて、朗らかに微笑む女性。複数の適性持ちは希少だという話だが、その三人が持つ雰囲気から、何となく三人とも相当な出自のように窺えた。
しかしながら、ミラが関心を向けるのは、それよりも何よりも召喚術適性にのみだ。
「召喚術士ねぇ。あの時、適性検査を受けて、そちらを選んでいたら、今のこの大波に乗れていたりしたのかしらねぇ」
女性術士は、ふとそんな言葉を口にした。初日にミラが宣伝した事で、ハクストハウゼンの街では、召喚術士の注目度が跳ね上がっている。それを意識した発言だ。
すると当然、火付け役のミラが激しく反応する。
「今からでも遅くはない。ここでわかったのも何かの縁じゃ。《内在センス》として、召喚術を習得してみるのはどうじゃろう? わしも助力するぞ」
ここぞとばかりに召喚術の良さを説くミラ。《内在センス》では召喚陣の都合上、下級召喚の中間ほどまでが限界だろうが、それでも十分に活躍出来る者達が沢山いる。特に武具精霊は、その汎用性も高く、鍛えれば十分に盾や囮、護衛役をこなせるようになると、ミラは力説した。
「えーっと、うん。考えておくわね」
熱心なミラの反面、冗談半分であった女性術士はそうやんわりと答える。そしてミラの、同志を見つけたとばかりに輝く笑顔に耐えかねて、そそくさとその場を離れた。
(思えば、そうじゃな……。人によっては召喚術の才がありながら、それを選ばなかった者もいる。となれば、《内在センス》として今一度開花させれば、もっと召喚術にも……)
変装したファジーダイスを暴くという作戦中ながら、ミラの頭の中では、次に仕掛けられそうな召喚術再興への布石について、ぐるぐると巡っていた。
ミラは思う。これまでは、召喚術士をメインとしてだけでしか考えていなかったが、《内在センス》の選択肢としての召喚術も今後は有りなのではないかと。
今は既に、別の術士として活躍している中に、召喚術の才能を眠らせたままの者がいるかもしれない。そんな者達に、召喚術が有用である事を知らしめる事が出来たなら、サポート用に習得してくれる者も、きっと出てくるだろう。
そして、そんな者達が更に活躍すれば、メインとしての召喚術にも、魅力を感じてくれる者が出てくるはずだ。
(これは、今後の研究対象に加えるべきじゃな!)
素晴らしい未来が見えてきたぞと、ミラは心の中で、《内在センス》での召喚術運用について、今後考察していこうと決めるのだった。
「さて、これはどうした事か」
ミラが召喚術の未来について、あれこれ考えている内にも術士達の適性検査は進んでいた。そして今、最後の一人が終了すると、その結果を前にして所長やユリウスだけでなく、そこにいる冒険者達もまた、はてと疑問を浮かべる。
ファジーダイスは、冒険者の中に紛れているはずだった。それを割り出すための《闘術》披露であり、術士適性検査である。
しかし、それら全てを終えた今、該当者は一人も無しという結果だけが残ったのだ。
「なあ、所長さん。これは……どういう事になるんだ?」
「やっぱり、降魔術士じゃなかった、とかかな?」
ここにいる術士の中に降魔術の適性を持ち、尚且つそれをメインとして扱っている者はいなかった。もしや、そもそも降魔術士であるという前提が違っていたのではないか。そんな声が冒険者達の中から上がり始める。
「いや、私の推理では、間違いなく降魔術士のはずだ」
ファジーダイスが降魔術士というのは、あくまでも所長が推理しただけに過ぎない。しかもそれは、幾度となく対峙した所長だけの経験による状況証拠のみで構築されており、確証はないのだ。けれど所長は、それが真実であるとばかりに断言し、この結果には必ずトリックが存在していると続けた。
「うーん、あのウォルフさんがそこまで言うのなら、そうなのかねぇ」
きっと本来ならば、ここまで振り回されて結果も出なかったとしたら、冒険者達は幾らかの不満を口にしていた事だろう。しかし彼らは、そのような素振りをみせる様子はなかった。
どうやら、元凄腕の冒険者であった所長の名が、現役冒険者達に効いているようだ。
「職員の方に訊いてみましたが、適性検査の結果を誤魔化す事は不可能だそうです」
適性検査についての詳細を訊いてきたようで、ユリウスは戻ってくるなり、そう告げた。
一番考えられる方法は、そもそもの結果を書き換える、または偽装する事だ。しかしながら、正常に検査が行われたのなら、その結果が間違う事はないという。
検査は皆の視線が集まる中で一人ずつ行われた。つまり何か不審な行動をとれば、直ぐにわかる状況だ。となれば、検査装置に細工をしたり、何かを偽装したりという事は出来なかったと思われた。
「さて、次の手はどうしたものか」
容疑のかかった冒険者は、十三名。しかし、その誰もが無実を証明済みだ。もしかすると、もう既にここにはいないのではないかとすら思える状況。だが所長には一切そのような考えはないようで、居並ぶ冒険者達をじっと見据え熟考する。
と、そんな所長に釣られるようにして、冒険者達も互いに顔を合わせた時だった。
「あれ……どこいったんだ?」
マント購入を代行した男が、ふとそんな事を口にしたのだ。
誰がともなく、どうしたのかと問うたところ、男は答えた。割符の片方を持っていた、あの新米冒険者っぽい彼が、なぜか見当たらないと。
「なんだって!?」
冒険者の誰かがそう叫んだ。そして、ざわめきの中確認したところ、男の言う通りの状況である事が判明する。
そう、報酬を渡すように頼まれた、などと言っていた男の姿が忽然と消えていたのだ。
「っていうと、もしかして……あれがファジーダイスだった、とか?」
冒険者の誰かが、そんな事を口にした。そして所長が、その言葉を肯定する。そういう事だったのだろうと。
これは気付かなかった。わざわざあのタイミングで出てくるなんて大胆な。だからこそ、疑惑が薄れた。と、冒険者達はそのような言葉を交わし、最後にはファジーダイスって凄いなという結論に辿り着く。
最後は、いつの間にか消えているというファジーダイスの手口。その見事さを近くで目撃したからか、先程までの疑心暗鬼といった様子とは打って変わり、冒険者達は騒ぎ出す。
ただ、そこで冒険者の一人が、「一つ気付いたんだが──」と口したところで再び沈黙が訪れた。
彼が気付いた事。それは結界についてだ。誰かが範囲から出ると、それを知らせるように設定された結界。しかし、それの知らせはなかった。とするなら、つまりファジーダイスは、また別人に化けて、この中の誰かに紛れ込んでいるのではないか。
そのように冒険者が語ったところ、再び疑心暗鬼が始まった。
すると、そんな時だ。何気なく所長の傍ら。車椅子の脇に置かれた結界の術具に目をやったミラは、疑問の声を上げる。「その結界、消えておらぬか?」と。
瞬間、そこにいた全員の視線が、結界を管理する所長に向けられた。
「そんなはずは」
指摘された所長は、身体を傾けて術具を確認する。そして、少しだけ硬直した後、「何という事だ……」と呟いた。
ミラの指摘通り、結界の術具が停止していたのだ。いったいいつの間に。冒険者達がざわめく中、所長は瞬時にそのタイミングを察したようだ。
「あの時か」
そう呟いた所長は、してやられたと笑った。
結界の術具が停止したタイミング。それは、ファジーダイスの変装だったあの男が、一枚の紙を落とした時だ。報酬のやり取りについて書かれた指示書だといっていた紙。きっとあれは、このためにわざと落としたのだろうと所長は言う。
「って事は、もう」
冒険者の一人が、それを察した。《闘術》披露やら適性検査をしていたごたごたの中、ファジーダイスは既にここから脱出していたのだと。
「すげぇな」
誰かがぽつりと呟く。するとそれは徐々に伝播していき、再び冒険者達は盛り上がり始めた。
そこへ更に、組合の職員達が合流する。どうやら証拠品に仕掛けられた術式の解除が全て完了したようだ。「どうなりましたか?」と、興味深げに訊いてくる職員に、冒険者達が今起きた事を説明し始めた。ウォルフ所長の作戦は見事だったが、天下のファジーダイスは更にその上をいった。実に見応えのある決戦だったと。
「やられましたね。所長」
状況から今回の敗北を受け入れたのか、ユリウスは残念そうに俯く。すると、所長の健闘虚しく今日もまた逃げられてしまったという空気が、辺り一帯に漂い始めた。
しかし、所長の目は未だ鋭いままであり、そこにはまだ闘志が宿っていた。
「いや。まだ、そうとも限らない」
所長は冒険者達を見据えたまま、そう答える。するとその言葉は、目の当たりにしたファジーダイスの妙技について騒ぐ彼らにも、不思議とよく響いたようで、冒険者達と組合員の顔が一斉に所長へ向けられた。
「なんだい、所長さん。もしかして、まだ手立てはあるのかい?」
「流石に、この状況からファジーダイスを見つけ直すってのは、無茶な気もするが」
所長に期待する言葉と、ファジーダイスの見事さを称賛する言葉が混じり合う。そんな中、所長は思わせぶりに語り出した。
「奴は、気付かぬうちに結界を解いてみせた。となれば、毎回誰に気付かれる事無く、姿を消す奴の事だ。いつでも、この場から逃げ出せただろう」
まるで答え合わせでもするかのように言葉を紡ぎながら、所長はおもむろに結界の術具を再起動する。そして、尚も冒険者達を見つめながら、ぽつり「最近、ようやく気付いた事なのだがね」と言葉にした後、暫しの間をおいた。
「なんだ……気付いた事って?」
冒険者の誰かが、所長の望む言葉を口にする。それを耳にした所長は、待ってましたとばかりに口を開く。
「それは、思った以上に、彼が律儀であるという事だよ」
そう言い放った所長は、いよいよとばかりに最後の推理を披露した。
所長は言う。これまでファジーダイスは、いつの間にか現場から消えていたとばかり思っていた。だがそれは、いつでも逃げられるような状況が整った事で、そう思い込まされていたのだと。
しかし、実際には違う。ファジーダイスはその場に紛れ込み続けたまま、誰もが逃げられたと判断し自然と解散になったところで、皆と組合を出ていっていた。所長は、そんな推理をしてみせた。
するとやはり、誰ともなく疑問の声が上がる。なぜ、そう思ったのかと。
「簡単な事だ。誰一人として犠牲者を出さないためにも、かの怪盗は万が一に備え、術式の解除が無事に終わるまで見守っていたというわけだ」
所長は不敵な笑みを浮かべると、組合のカウンターに目を向ける。そこでは術式解除が完了した証拠品の整理が始まっていた。後は、それらの証拠を教会のものと合わせて確かな法的機関に提出すれば、ドーレス商会は終焉だ。
そんな未来が確定した事を確認した所長は、初めに一つの策を仕掛けていたのだと口にした。
それは、あえて人数を明確にしなかった事だ。顔見知り達と、この場に残った冒険者と、戦士と術士に分けた後の人数。それらをあえて明確にはせず、それでいて要所要所でカウントしていたと所長は明かした。
「人数のカウント……? それがいったいどう関係するんだ?」
思わせぶりなその言葉に見事つられるようにして、冒険者の誰かが、またも所長が求めるセリフを口にする。
「まず始めに分割した時、ファジーダイスは確かに顔見知りでない者達の中にいた──」
それを受けた所長は、いつにも増して得意顔で、すらすらと推理を続けていった。
人数を確認するタイミング。それは、四回あったという。
一度目は、知り合いとそうでない者で分かれた時。二度目は、《闘術》の披露が始まった時。三度目は、術士の適性検査が始まった時。四度目は、結界が解除されているとわかった後だった。
「一度目のカウントでは、顔見知り二十四と残りが十三。二度目は戦士が六と術士が七。三度目は戦士が七と術士が六。そして四度目は……」
所長はここぞとばかりに言葉を止める。それから正面でもどかしそうにする冒険者達を見回した後、いよいよ続きを声にした。
「二十五と十二。そう、ファジーダイスは結界が停止していると騒いでいたあの時に、顔見知り達が集まった場所へ紛れ込んだのだよ」
所長は、ここが決めどころだとばかりに言うと、素早く車椅子を回す。そして外野側となっていた冒険者達を正面に捉え、「そうだろう? 怪盗ファジーダイス」と、力強く、しかし静かに告げてみせた。
所長の言葉と共に、音が止んだ。そして誰もが、所長の視線の先に目を向ける。
「お、俺じゃねぇぞ!?」
「私でもないわ!」
知り合い同士で集まった冒険者達は、所長の視線から逃れるようにして、その場から離れる。
一人、二人、三人と散っていきながらも、彼ら彼女らは小さな集まりを作っていく。知り合いグループが最小単位に分かれたのだ。
と、そうして少々慌ただしい移動が起きた後、組合内が静かに戦慄した。
集まっていた冒険者が方々に散った結果、そこにはたった一人だけが残っていたからだ。
その男は、これといった特徴のない姿をしていた。どこにでもいそうな中級冒険者とでもいった容姿だ。
一人だけそこに残された彼は、その状況に慌てず、言い訳するでもなく、ただじっと所長を見ていた。
あの男を知っている者は、いないのか。そんな声が上がったものの、それに応える者は誰もいない。
「おい……もしかしてあれが……」
「本当に、見抜いちゃった……?」
所長の推理によって、あぶり出された一人の男。ファジーダイスと思しきそんな彼の一挙手一投足を皆が固唾を呑んで見守る。
(……ふむ。間違いなく、あやつがファジーダイスじゃろうな)
ミラは、その男こそがファジーダイスだと直感した。それというのも簡単な事で、調べてみれば大よその見当がつくからだ。
降魔術士であるというファジーダイスが使う幻影の術は相当なものであり、ミラですら正体を見抜く事は出来ないほどだった。かといって、ミラの能力は伊達ではない。ミラを欺きたいのなら、九賢者ラストラーダをも遥かに超える降魔術が必要となるだろう。
なお、完全にこの幻影が決まると、調べた際に読み取れるのは、改ざんされたプロフィールとなる。しかしミラの目は、完全には誤魔化されず、ただ『正体不明』となっていたのである。
この場合は、むしろ降魔術の腕前の高さが仇となった形だ。ミラが見抜ける程度だったならば、他と同じようにプロフィールを見られるだけで済んでいた。また、単純に調べられなかった場合は、元プレイヤーである事がわかるだけだ。
どこの誰がファジーダイスかわからない状況で、それらを見抜いたとしても、ファジーダイスと確定する情報にはならないわけだ。
しかし現状において『正体不明』となるのならば、それはファジーダイスの術による影響でほぼ間違いないと言い切れた。
ただし、だからといって幻影をまとっている者がそうであるとも限らないと、ミラは知っていた。関係のない人物に幻影を被せる、などという使い方も出来るからだ。
(とはいえ現状において不審な人物は、あの男しかおらぬからのぅ)
見た限り、組合内にいる他の者達に正体不明はおらず、《生体感知》によって隠れている者もいない。だからこそ、所長が見事に暴いたその男こそが、ファジーダイスであると判断出来た。
出来たが、ミラは状況を見守る構えだ。
今回のような戦いにおいて、元プレイヤー達が持つこの眼は、やはり反則級の代物といえるであろう。ゆえにミラは、余計な口出しをしなかった。
今はまだ、探偵と怪盗の戦いの時である。男と男の戦いに、横槍を入れるのは野暮というもの。男ならば、どうしてこの勝負に介入出来ようかと、ミラは決着するまでは動かないつもりだった。
静かに、全員の目が一人の男に注がれる。その男の見た目に特徴はなく、その表情にも特徴はない。どこにでもいそうな男だ。そんな男は、焦りや戸惑う素振りをみせず、ただゆっくりと周囲を一瞥して、再び所長を真っ直ぐ見やった。
その直後である。
「お見事です。ウォルフ所長」
言葉と共に一陣の風が吹き抜けると、そこにいた男の姿が掻き消える。そして代わりに怪しいマスクで顔を隠し、ド派手なマントを翻す、大胆不敵な怪盗の姿がそこに現れた。
瞬間、組合内がどよめく。今までの犯行全てにおいて、このようにファジーダイスが姿を見せた事はなかった。だからこそだろうか、暴いた次はどうするのかと、冒険者達に戸惑いが広がる。
すると自然に、冒険者達の視線は所長に向けられた。
とうとう、推理によって怪盗ファジーダイスの変装を暴く事が出来た。それはやはり、所長にとって大きな達成だったのだろう。
「ようやく、尻尾を掴んだぞ。怪盗ファジーダ──」
「──きゃー! ファジーダイス様ー!」「ステキー!」「こっち向いてー!」
万感の思いを込めて、所長がその決めセリフを口にしようとした時だ。突如として、ファン達の黄色い声が外から大音量で響いてきたのである。
ふと見ると、組合の窓にはファン達がべったりと張り付いていた。どうやら覗いていた一部のファンが、内部の様子を伝えていたようだ。そしてファジーダイスが正体を現すという前代未聞の状況に、これまで以上のお祭り騒ぎとなったわけである。
「何というか……すまない」
ライバルだからこそ、心情も理解出来るのだろう。最高の決めどころを潰されて停止する所長に謝罪するファジーダイス。
「いや、構わない。……構わないさ」
誰がどうみても落ち込んだ様子だが、所長は強がりそう答えると、コホンと一つ咳ばらいをして、「さて、ようやく追い詰めたぞ、怪盗ファジーダイス」と、仕切り直した。
すると、その瞬間にユリウスが動いた。どうやら事前に打ち合わせをしていたようで、数人の屈強な男と共にファジーダイスを取り囲んだではないか。しかもユリウス達は、その手に術具を構えており、囲むと同時にそれを発動する。
「おっと、これはなかなか」
瞬く間にファジーダイスを取り囲んだ光の壁。怪盗は、それを感心したように見まわした。
まるで、光の檻に囚われたような状態だ。その絶体絶命に見える様子に、外からファン達の悲鳴と声援が響いてくる。
「どうだね? 手に入れるのに苦労した代物でね」
挑戦的な笑みを浮かべた所長は、こんな時でもいつものように饒舌に語った。この術具は捕獲用であり、警邏庁でも採用されている高性能なものであると。しかも重ねれば重ねるほど強度を増す仕様だそうだ。
そんな光の檻を破るには、ユリウス達が持つ術具を停止させるか、力づくで破るしか手はない。
と、そこまで説明した所長は、車椅子の車輪を動かして、ファジーダイスの真正面に陣取った。すると、それを合図にユリウスと屈強な男達もまた、光の檻の目と鼻の先にまで接近する。
「すまないが、君の矜持を利用させてもらうよ」
怪盗を見据えて、所長はにやりと笑みを浮かべた。ファジーダイスの矜持とは、決して他人を傷つけないというものだ。
まず、ユリウス達が術具を停止させる事はありえない。となれば、ファジーダイスが実行可能な方法は、光の檻の破壊だけだろう。そしてこれまでの情報からして、ファジーダイスの実力ならば、それも可能なはずだ。
ただ、この術具は警邏局で正式採用されているだけあって、耐久力は相当なものとなっている。ゆえに、破壊するならば相当な火力を出さなければいけないわけだ。
強度の高いものを砕いた場合、その余波もまた大きいように、光の檻を破壊出来るだけの術を使えば、それは傍にまで寄った所長達を傷つける事になる。
つまり、所長は自らを人質として、ファジーダイスの手段を封じたというわけだ。
「なるほど……。これは厄介だ」
光の檻をじっくりと見回した後、ファジーダイスは所長を見据え、そう口にした。
脱出を優先するならば、自ら傷つきに来ている者など自業自得と無視して、光の檻を破壊してしまえばいい。けれど、ファジーダイスにその気は一切ないらしい。
たとえ不利になろうとも、自身に課した制約を順守する。敵であろうと傷つけない。そんなファジーダイスの信念に、窓から覗いていたファン達がメロメロになって卒倒していく。どうにも今回の一件で、更にファン達の愛が深まったようだ。
(まさか、このような策を隠しておったとはのぅ)
術具に登録した後の事は考えていない。そう言っていた所長だが、どうやらそうではなかったようだ。むしろ現状こそが、所長が仕掛けた真の作戦であったとミラは気付く。
術具の『ロックオンM弐型』の作戦が筒抜けだった事からして、きっとファジーダイスはミラと所長の作戦会議を、どこかで聞いていたのだろう。
そして所長は、それを想定していた。だからこそ、登録後は任せるなどと言っていたわけだ。秘密裏に、この作戦を仕掛けるために。
(しかし、わしの出番も近そうじゃな)
これまでミラは、スイーツと語る事が好きで、ちょっととぼけた探偵、というような印象を所長に抱いていた。ただ、見事にここまで追い詰めた所長の手腕に改めて感心し、次はどう動くのかと動向を見守った。
必要ない時は沢山売っているのに、
買おうと思った時に無くなっているって事、ありますよね。
うどん用にと思いレトルトのポモドーロソースを買おうと意気込んでいたら見事に……。
そうなると……余計にポモドーロうどんが食べたくなって……。