240 所長の策
さて、突然ですが、
なんとGCノベルズ様がコミックマーケット93に出店するそうです!
オリジナルグッズの販売や、クリアファイルを配布を行うのだとか。
賢者の弟子を名乗る賢者のグッズなんかも出る予定だそうですよ!
二百四十
「して、ここが所長殿の作戦遂行現場となるのじゃな?」
今やるべき事は、怪盗ファジーダイス対策についてだ。精霊王から聞いた世界の秘密は一先ず置いておき、ミラは現在に意識を戻した。そして教会関連での武勇伝を語っていた所長の言葉に割り込み、そう確認する。
屋根伝いのルートは、予測は出来ても確定は出来ない。しかし、ゴールである教会ならば、確実に待ち構える事が可能だろう。
この教会辺りに張り込んで、のこのこと現れた怪盗ファジーダイスを捕まえる。ミラは、所長の作戦がそのようなものだろうと考えていた。しかし、所長の次の言葉で再びはてと首を傾げる事となった。
「いや、ここもまた通り道の一つ。決行場所は、次の目標地点だ」
そう口にすると同時、所長は再び挑戦的な視線をミラに投げかけた。
「ここともう一つ、効果的に証拠をばら撒ける場所がある。さて、それはどこだと思うかね?」
「ほぅ……そうきたか」
売られた挑戦は何とやらとでもいった様子で、第二問目を受けて立ったミラ。
そして今一度考える。民衆の関心を集め、証拠を効果的に扱える場所。大陸全土にある教会に並ぶというそれは、いったいどこの事なのかと。
その場所は、金や地位といった力に屈せず、民衆の傍に存在するもの。そのような場所が存在するのだろうか。暫し考え込んだところで、ミラの脳裏にその答えが鮮明に浮かんだ。
「冒険者総合組合じゃな!」
挑戦的な表情の所長に対し、ミラはどうだと言わんばかりに返した。
「……正解だ」
少しだけ不満そうな所長の様子に、ミラはしてやったりと笑みを浮かべる。
冒険者総合組合。ミラにとっても馴染みのあるそれは、独自の組織体系を有し、国といった枠組みの外にある。それでいて、教会と同じく大陸全土に分布しており、その活動内容から、民衆とのかかわりも深い。考えれば考えるほどにうってつけといえる組織だろう。
更に冒険者の活躍というのは、民衆の娯楽代わりとして話題に上り易く、組合で広がった話というのは大勢が知る事となる場合が多い。
何より、冒険者総合組合は、国に代わり盗賊などの犯罪者を取り締まる任務も斡旋していたりする。ここに悪事を示す証拠が提示されたとしたら、それはもう武闘派な冒険者が、こぞって動く事になるわけだ。
ファジーダイスの犯行が完遂された時、大陸最高峰の法と武が標的を追い詰める形となる。これに抗える者など、ほぼいないだろう。
「ファジーダイスは、大司教がいる教会で証拠を開示した後、あの辺りの屋根を伝って、向こう側の組合へと抜けるはずだ」
勝敗など気にしないとばかりに、ミラの視線を受け流した所長は、向かいの屋根を指さしてみせる。それと同時、再び所長の車椅子が進み始めた。
所長が言う屋根から屋根は、大通りを挟んで向こう側であり、幅にして二十メートルはあった。話によると怪盗ファジーダイスは、それを悠然と飛び越えてしまうらしい。
(まあ、わしにも出来るがのぅ!)
仙術技能の《空闊歩》を使えば容易い。ミラは、連なる建造物を見上げながら対抗心を覗かせつつ、所長の後を追っていった。
教会から冒険者総合組合までは、それほど離れておらず、十字路を構成する大通りを北に進んだ途中に建っていた。通りを挟んで向かい合うように存在するそこは、西側が術士組合、東側が戦士組合のようだ。
「して、この場合はどちらじゃろう?」
人通りを避けるようにして端に寄ったところで、ミラは振り返りそう訊いた。
戦士組合か術士組合か。ファジーダイスはどちらに姿を現すのだろう。その問いに所長は、いつも術士組合の方だと答えた。証拠として盗み出した品の中には、時に封印、または盗難対策の術式が仕込まれているものがあるそうだ。ゆえにファジーダイスはそれらを全て、対処がし易い術士組合に置いていくらしい。しかも律儀にカウンターの上に、そっとである。
「そして組合が急いで術式の解除を試みている最中に、ひっそりと姿を消しているというのが、いつもの終わり方だ」
所長は、ここで一つの予想を口にする。自身の姿を誤魔化す事が出来る術を、このタイミングで行使しているのではないかと。
「しかもこの時、証拠に施された術式を、幾つか不安定にさせてから置いていくので性質が悪い。数々の証拠に施された術式の解除を余儀なくされるため、職員達は大わらわだ」
だが、それこそがファジーダイスの狙いでもあると所長は言う。大急ぎで術式の解除が行われるため、組合近辺は術式解除に伴うマナで溢れるそうだ。
「知人の術士から聞いた事だが、術によってはそのような状況下において、『マナ感知』などといった知覚にもかからないものがあるらしい。更に残滓もまた溢れるマナに飲み込まれ、直ぐに判別出来なくなるそうだ。ド派手な怪盗の姿から降魔術で特徴のない男の姿に変えたなら、これを見抜ける者はいないだろう」
組合内が騒がしくなる中、術で姿を変えてそっとそこらの冒険者に混ざり、堂々と帰っていく。所長はこれまでの状況から、ファジーダイスが忽然と姿を消す理由を、そう推理したらしい。
「なるほどのぅ」
ミラは、所長の推理に確かな真実味があると感じた。
事実、自身の姿を誤魔化せる術というのが降魔術にはあるからだ。そして、その効果がどれほどのものなのかもまた、ミラはよく知っていた。
【降魔術・妖異:幻身】
それは、見た目だけを一時的に変えるという、単純明快な術だ。
しかし、その効き目はというと、そう単純ではない。この術による効果は、誤魔化す相手と術者の魔力差によって決まるのだ。
つまり、格上には誤魔化せず同等でも半々程度。確実に姿を誤魔化すならば、格下相手のみでなければならないという、使いどころが限られる術である。だがそれゆえに、効果は抜群だ。
(ふむ。推理通りだとしたら、やはりとんでもない強者という事じゃな)
多くの冒険者達が集う冒険者総合組合。中には、相当な手練れがいる時もあっただろう。しかし、それでも見抜かれていないとなれば、怪盗ファジーダイスの実力は、それ以上。相当なものだ。
とするなら、《幻身》を使われた時点で特定する事は不可能といえるだろう。では、どうすればいいだろうか。余り回らない頭をフル回転させたミラは、一つの策を思い付く。
「ならば、紛れ込めないようにしてしまう事は出来ぬのか?」
犯行時刻には組合内を全員立ち入り禁止にするなどすれば、術を使って姿を変えようが意味はない。それこそ、飛んで火にいる何とやらだ。
そうミラが考えを口にしたところ、所長は小さく首を横に振ってから、「それは一度、試してみた事があるのだよ」と苦笑した。
何でも、前に事情を説明して組合の協力を取り付けた事があったそうだ。そして犯行日、立ち入り禁止になった組合内には術式解除要員と所長だけを残して、ファジーダイスが来るのを待ち構えていたという。
「まったく、完全に裏目に出たよ。証拠品はカウンターに置かれず、窓から飛び込んできたのだからね」
結果、この時はファジーダイスの姿すら確認する事も叶わず逃げられたそうだ。
決して誰かに怪我を負わせず、犯行をやり遂げる。そんな確固たるルールを課している様子から、怪盗的な流儀があるのだろうと考えていた所長。証拠品の扱いもまた、これまでの状況から、そうした流儀に則ったものだと予想していたが、どうやら違ったらしい。
「相対する者であろうと、決して傷つけない。怪盗ファジーダイスが守るルールは、これと予告状だけのようだ」
律儀に手法に固執する事無く、状況によって臨機応変に対応する。それが幾つかの策を実行してわかった、ファジーダイスの手法だそうだ。
まず、屋根の上を伝って教会と組合を回るというものも、屋根にしこたまトラップを仕掛けておいたところ、普通に大通りから逃げられたという。
教会で捕獲の結界を用意し待ち構えていた時は、有効範囲に入る前で、そこに集まっていたファンに証拠品を預けていってしまったらしい。
つまり、証拠品を届ける手段に制限はないわけである。こういった事から、教会と組合には必ず来るとわかっていながら何も出来なかったようだ。
「しかし、今回の作戦は違う。いつも通りの犯行に寄り添うような新しい作戦だ。前々より準備をしていたそれが、ようやく整ったのだよ!」
嬉々とした表情でそう語った所長だったが次の瞬間、がくりと落ち込む。その矢先で足を怪我してしまったのだと。
「今回は諦めようかと思っていたが、ミラ殿に会えて希望が湧いてきた」
そう言いながら顔を上げた所長は、車椅子の脇に備え付けられたカバンから、どこかごてごてとした銃のようなものを取り出した。
所長が手にするそれは、機械的な細長い箱にグリップとトリガーをつけたような形をしていた。一見すると銃に似ているが、それにしては不格好であり、そもそも銃口がそこにはない。
では何か。考えてみたところで、わかりはしない。だが、こういったものは大体が新しい術具であろう。
「ほぅ……。見た事のない代物じゃのぅ。それは何じゃろう、術具か何かか?」
これまでの街巡りやら何やらで、そう学習していたミラは、素直に見たまま思った事を口にした。
「その通り。しかもこれは型落ちだが、警邏機構で扱われている正規品でね。犯人追跡用の特別な術具なのだよ」
所長は、刑事に憧れる少年の如く表情を輝かせ、術具を構えてみせた。黙っていればハードボイルドな容姿であるためか、その構えた姿は実に様になっている。
「ほほぅ、警邏機構の正規品とは。そのようなものもあったのじゃな」
警邏機構。ミラはその言葉に覚えがあった。それはいつぞや、ソロモンと談笑していた時の事だ。
アルカイト王国に限らず、今現在、プレイヤーが興した国には、いわゆる警察と同じ役割を果たす警邏騎士が存在している。
所属は警邏局となり、戦争時に活躍する軍隊とはまた違った業務内容で、基本的には警察のそれと同じ業種だ。警邏騎士は犯罪者の取り締まりや迷子の捜索など、日々街の治安や住民の笑顔を守っている。
警邏機構とは、そんな各国の警邏局をまとめ、監視し、技術を提供する組織の事だ。なお、プレイヤーが興した国を中心にという点からわかる通り、これもまた日之本委員会の管轄である。
警邏機構は、防犯という点、そして犯罪者とはいえ人を相手にするという部分から、主に非殺傷武器や、今回所長が入手したような術具の開発に力を入れているという話だ。
「これを手に入れるのには相当に苦労したがね。人脈というのは、どこでどう繋がるのかわからないものだ」
型落ちとはいえ、日之本委員会所縁の正規品が市場に出回る事など滅多にない。それを入手する難度は高く、その辺りから見ても所長の人脈は相当なものだと窺えた。
「ただ、問題が一つあってね。実はこの術具、光の精霊の加護を授かっている者でなければ、上手く機能しない代物なのだよ」
そうため息交じりに口にした所長は、手にした術具の仕様を簡潔に説明した。
まず初めに、この術具には特別な術式が組み込まれているため、所長が言った通り、光の精霊の加護を授かっているものでなければ機能しないそうだ。ついでに補足として、警邏機構の術具、特に強力なタイプには、こういった制限の付いたものが多いという事だった。
光の精霊、風の精霊、水の精霊。主にこの三精霊は、温和で優しい性格の者が多く、加護を授かれる者もまた、相応の感性を持ち合わせている者ばかりであるらしい。
ゆえに、悪事に利用されないための処置として、このような制限がかけられていると所長は言う。
「便利だからこそ、悪用されてしまう事も考慮して設計する。実に見事な心意気だ」
手にした術具を見つめ、感服したとばかりに頷く所長。だが、その分使える者が少なくなり、いざという時の瞬発力に欠けると、欠点も続けて口にした。
精霊の加護は、おいそれと手軽に授かれるようなものではなく、どれだけ善良な者であろうと、精霊との出会いと相応の能力が必要となる。そのため警邏騎士の中でも、これらの制限付き術具を扱える加護持ちは、随分と優遇されているという事だ。
「一応私も、光と風の加護持ちでね。冒険者引退後、警邏局の役職に誘われたのだが、探偵がやりたくて断ったのだよ」
少々自慢げな様子の所長。対してミラは、「ほぅ、そうじゃったのか」と簡単に返した。すると所長は、そんなミラの反応に少し落ち込んだ。
ミラは、さほど興味がないため詳しく知らなかったが、警邏局の役職として勧誘されるというのは、エリート中のエリートといっても過言ではない待遇だった。いわば所長にとって、凄いと称賛される鉄板ネタなのだ。それが特に響きもない反応となれば、がっかりするのも仕方がない。
「さて、こいつの使い方だが──」
こほんと改めて、所長は仕様の続きを話し始める。
何でもこの術具の基礎は、探索の無形術を応用したものであるという。主にこのタイプの術具は、魔力追跡式と生命力追跡式とがあり、状況によって使い分けるようだ。
今回は降魔術士であろうファジーダイスが相手のため、魔力追跡式を使う。術士ならば魔力も高く、それだけ検知し易いという事だ。
肝心の術具の使い方は至って簡単、術具の先端を対象に向けてトリガーを引くだけ。その際に注意するべき点は、対象の近くに大きな魔力を持つ者、またはマナを発するものがないかどうかである。
「だが問題は、対象との距離が三百メートル以上離れると、追跡が出来なくなるという点だ」
折角術具でファジーダイスを捉えたはいいが、今の足では直ぐに範囲外に逃げられてしまう。助手であるユリウスに至っては、光の精霊の加護を授かっていないため術具の起動が出来ず、たとえ所長がファジーダイスを登録したとしても、それを預かり追跡するという事は不可能だそうだ。
「使役系の術士というのは、使役するものによって大きく機動力を上げられるそうだね。ミラ殿ならば、このような条件でも、ファジーダイスを追跡出来るのではないか?」
召喚術士は非常に数が少ないため、強さの程度の基準というものが実に曖昧な存在となっていた。そこに燦然と現れたのが、精霊女王などという二つ名を持つ凄腕の召喚術士ミラだ。
果たして召喚術士とは、どれほどのものなのだろうか。所長の目は、そんな期待に満ちたものであった。
「ふむ、機動力に追跡、のぅ……」
何やら考え込んだミラは、「それならば、このままの方が良いのではないじゃろうか」と答え、次の瞬間《空闊歩》で宙を駆け上がり、ひらりと術士組合の屋根に飛び乗ってみせた。
「これはまた、驚いた……」
召喚術を期待していたところで、意表を突いた仙術士の技能だ。所長が呆気にとられるのも無理はない。
「ええ、驚きました……」
対してユリウスは、同時に困惑もしていた。所長と同じくミラの行動は予想外だったのだろう、思わずな動きを目で追い過ぎて、ミラのパンツを思い切り直視してしまったからだ。驚きと、罪悪感。複雑な心境のようである。
同時に、周辺からちらほらと声が上がっていた。人通りが多い場所なため、やはりミラの行動は少しばかり注目を集めたらしい。そんな視線がミラに集中する中、心配するユリウスの悪い予感は的中した。
「どうじゃ。追跡するというのなら、こちらの方が良いじゃろう。わしの召喚術は強者揃いで、何かと目立つからのぅ!」
そう自信満々に口にしながら、ミラは《空闊歩》で宙を駆け回った後、ひらりと地上に舞い下りたのである。その際、スカートは盛大にめくれ上がり、もはや、チラでは済まない状態だった。
「いやはや素晴らしい。仙術技能か。内在センスまで習得しているとは、驚きが尽きないな」
「そうじゃろう、そうじゃろう!」
所長は期待以上だと更にご機嫌で、当の本人もまたユリウスの心配事などまったく意に介した様子はなく、パンツ見物人の喝采を背に受けながら駆け戻ってきた。
所長が言うように、宙を駆けるミラの姿は確かに見事なまでの機動力であった。きっとファジーダイスを存分に追跡出来るであろうと思えるほどに。だからこそ、一番に注意するべきはずの所長がそれを忘れ、怪盗に一泡吹かせられそうだと息巻いている。
「今の機動力ならば、付かず離れずで怪盗を追う事が可能そうだ。となれば、いよいよ奴の拠点を特定出来るかもしれない。これは運が回ってきたか」
勝機が見えてきたと喜ぶ所長は、早速とばかりに追跡用の術具『ロックオンM弐型』の使い方をミラに教え始めた。
盛り上がるミラと所長。しかしユリウスは、その前に一つ大切な事があると伝えるため、「一つだけよろしいでしょうか?」と、二人の間に割って入った。
仙術士の機動力は、術士の中でも随一だ。本職でなくとも、ミラが披露した動きだけで、十分に追跡は可能であるとわかる。そして何よりミラの言葉通り、召喚術を使うよりも、小柄なミラが宙を駆け抜けた方が遥かに気付かれにくいだろう。
しかし、だからこそ注意しなければならない。
「先程の動きは、かの怪盗に勝るとも劣らない見事なものでした。けれどミラさん、今のはいけません。何かを穿くべきです」
真っ直ぐと真剣そのものなユリウスの視線。それはミラに鋭く突き刺さった。同時にようやくその時の状態を思い出したのか、所長が「おお!」と声を上げる。
「そうだったな。そういえば、そうだった。ミラ殿、今回に限らず先程の技能を使う時には、注意した方がいい。その領域は非常に尊いものだと、かつて知人が語っていた。だからこそ、女性は特に見えないように取り計らっているとね」
ミラの事を思ってか、真面目な様子の所長とユリウス。ミラはといえば、はて何の事だと首を傾げる。だが暫くして、何かを穿くべきだという言葉から、その真意に辿り着いた。
「……おお、そうか! 確かにこれでは丸見えじゃったな」
ミラは自分の下半身に目を向けると、丈の短いスカートを掴み、ひらひらとなびかせた。そして《空闊歩》の動きに対して、これではパンツを守り切れないだろうと納得する。
(ふむ……わしはどうでも良いが、倫理的にはアウトじゃな)
ここにきてミラはようやく、これまで自分がどれだけパンツを無防備に晒していたかを知った。その要因が、男二人からの忠告というのが何とも不思議なところだが、ミラは忠告通り、どうするべきかと考える。
パンツを見られる事など微塵も気にならないという性質のミラだが、かといって無暗に晒すつもりはなく、また必要もないと思い至る。
「ふむ。後で対処するとしよう」
一つ方法を思い付いたミラは、そっと微笑んで「忠告、感謝する」とユリウスに礼を述べた。
ユリウスはといえば、「いえ、ご理解いただけて良かったです」と笑みを返す。だがそれは完璧な笑みではなかった。ミラの可愛らしい表情と、脳裏に焼き付いた扇情的なパンツが重なり、何とも言えぬ感覚に苛まれていたからだ。
またミラが原因で、新たな扉を開きかけた者が出てしまったようであった。
ミラのパンツ丸見えの件については一旦収まり、また話はファジーダイス対策に戻る。
その過程で、ミラは一通り術具の使い方を教わった。
「ふむ、なるほどのぅ。これでバッチリじゃな」
試しとしてユリウスを登録した後、ミラは術具を活用して、見事路地裏に隠れていたユリウスを見つけ出す事に成功する。その正確さからして、警邏機構の正規品というのは伊達ではないようだ。
「では、ミラ殿に頼みたい事なのだが──」
術具の信頼性を確かめる実践を終えたところで、所長は、その術具を使った作戦について語った。
所長が今回、実行しようとしていた作戦。それはまず何よりも、術具にファジーダイスを登録する事であるが、その前に、どうやってその姿を捉えるかが重要だそうだ。
「その俊敏性もだが、何よりもまず、策もなく近づけば問答無用に眠らされるという点が厄介だ」
ファジーダイスが最終的に訪れるであろう術士組合には、冒険者達が出入りする表の入口と、職員用の裏口、そして二階のベランダの扉と、計三つの侵入ルートがある。
そのどこかに張り込み、のこのことやって来たファジーダイスを術具にこっそり登録してしまおうというのが、作戦の第一段階だ。
問題は、それを気付かれずに完了しなくてはならないという点である。
まず、追跡用の術具に登録したとばれた時点で、この作戦は、ほぼ失敗となる。追跡されているとわかっていて、拠点に戻る者などいないだろうからだ。
「とりあえず、職員用の裏口は気にする必要はない。ここには職員だけが持つ専用の鍵が掛かっているからね。たとえファジーダイスとて、これを開錠するのは難しいだろう。だからこそ、ここに手を出す事はないはずだ」
「ふむ、となると見るべきは残り二つじゃな」
流石は冒険者総合組合か。かなりの錠を使っているらしい。ゆえに、入口の一ヶ所は気にしなくても大丈夫のようだ。
「なのでミラ殿には、向かい側の店から、ベランダの入口を狙ってもらいたい」
前方に見える術士組合。その二階にあるベランダは大通りから少しずれたところにある。そのため向かい合う戦士組合からは微妙に狙い辛い。だが、その隣の店舗の三階にあるベランダからは一直線だ。確かにそこからならば、完璧に照準出来そうであった。
「なるほどのぅ。十分に狙えそうじゃな。しかし、ベランダの入口だけで良いのか? そこからならば、正面の入口も狙えそうじゃが」
三つある侵入口の内の二つが、大通り側にある。ミラが口にした通り、そこからならば射角も問題なくとれる位置だ。
しかし所長は、それは気にしなくても大丈夫だと答えた。何でも、このような場合、ほぼ間違いなくファジーダイスはベランダから侵入するからであると。
「これまでの犯行において、ファジーダイスが正面の入口から侵入した事は二回だけでね。そしてその理由はどちらも、私が他の入口を全て封鎖したからだった。だからこそ何もしなかった場合、彼は必ず上階にある入口を利用するだろう」
その場の状況によって臨機応変に対応するファジーダイス。しかし、こちらからイレギュラーを起こさなければ、かの怪盗は、いつも通りの行動をとるという。
そのため今回は組合自体に仕掛けはせず、いつも通り上の階にある入口、ベランダの扉を利用してもらおうという作戦だそうだ。
「ただ、登録するための時間を稼ぐための仕込みは少しだけさせてもらうがね」
ミラが狙いやすくするために、所長は、それとわからない程度の何かをベランダに仕掛けておくと不敵に笑う。
なお、術士組合に仕掛けをしないため、冒険者が普通に出入りする事になるので、正面の入口を狙って登録するのは難しいだろうと所長は付け加えた。術具の性質上、対象以外が近くにいた場合、マナの測定が上手くいかず正確に登録出来なくなるのだと。
「その点を改善したのが新型だという事だ。この新型が手に入っていれば、もう少し作戦に幅を持たせられたのだがね。流石にそれは無理無謀だと断られたよ」
型落ち品が市場に流れる事はあるが、新型が流れる事はない。あったとしてもそれは違法取引によるものであり、手を出せば間違いなく面倒な事になると、所長は少しだけ冗談めかして笑った。
そして笑いながら、新型の性能を羨まし気に語る。
射程が型落ち品の三倍。追跡可能距離が、まさかの五キロメートルまで拡大。感知部の精度が上昇し、人ごみの中でも正確に登録出来る。そして、登録情報を共有可能な子機が付属。と、一世代だけで随分な進化具合であったりした。
「あの誘いを受けて少しでも警邏局に勤務し、貢献していたなら、一度の貸し出しくらいは許してもらえたかもしれないな」
大枚をはたいて入手した型落ち品と新型の差がこれほどとなると、やはり心境は複雑なのだろう。かつて警邏局の役職にと勧誘されていた所長。その役職を経て探偵となっていたとしたら、どのような人脈が築けていただろうか。
そんな事を思い返しているのか、所長は夢物語のように、もしもを呟き遠い空を見上げていた。
所長が現実に復帰した後、一通り簡単に配置や作戦の内容を確認した。
まずミラは、ファジーダイスの犯行時間より術具を携えベランダに潜伏。所長は術士組合の中で待機し、様子を見守る。
そしてユリウスはといえば、ファジーダイスの犯行、及びその動きを見張る役だ。かの怪盗が予定外の動きをした場合、即時連絡する手筈である。
また、その連絡手段はミラにも見覚えのある箱であった。
先日までミラが攻略していた古代地下都市。その最中に出会った、ある冒険者グループの集まり。大人数での攻略のため、相互の連絡手段としてグループごとに配られていた箱。
しかし、一つだけ違うところがあった。当時ミラが見せてもらったそれは、赤、青、黄色の点が浮かび合図を送るという単純な術具だったが、今回使うものは、何と文字を送る事が出来る上位版だったのだ。
送れる文字は五十字までであり、文字入力用のパネルがあるため少々大きくなってはいるが、やはり言葉で伝えられるというのは便利である。
なお、こちらの方がすこぶる便利であるにもかかわらず、なぜ古代地下都市の時、彼等は点滅するだけの箱を使っていたのかと疑問に感じたミラは、それとなく所長に上位版のお値段を訊いてみた。
多少高くても、やはり文字で連絡出来た方が、対応の幅は広がるものだ。そう単純に考えていたミラ。しかし、所長の答えは実に納得出来てしまうものだった。
古代地下都市で使っていた箱は、一つ五万リフほどで買えるらしい。そこそこの値段だが、あの辺りにいた冒険者達にとってはそこまで高額ではないだろう。
しかし、所長が持っていた箱は、値段の桁が違っていた。しかも、三つもである。
相場で三千万リフ。文字を送る事が出来るこの術具は最新式であり、その利便性から上級冒険者達の間で大人気。結果流通量やら何やらで、簡単に手に入るものではないという事だった。
ちなみに所長はこれも、昔のコネを利用して購入したそうだ。
(術具一つとっても、随分と広がったものじゃな)
術具と一括りにしても、そこには様々な種類と大きな差があった。それは点を送るか文字を送るかの違いで、値段の桁が三つも変わるほどの差だ。
そして何より、その広がり方はゲーム時代を遥かに凌いでいた。それはミラが今、楽しみにしている要素の一つでもある。
三千万リフなどという高価な術具。そして、その規模の金が当たり前のように飛び交っているのが、冒険者の世界。何と夢のある世界だろうか。
ミラは、今の任務が完了した暁には、少しだけ自由気ままに冒険してみようかなどと考えほくそ笑み、儚い未来に思いを馳せるのだった。
さて……
またゆで卵の話なんですが、
あの、たまごの殻が綺麗に剥けるときと剥けない時の違いってなんなんですかね。
剥けない時だと、だいたい一緒に茹でた他の卵も同じ状態になっているという……。
小さな穴をあけてから茹でると綺麗に剥けるとかテレビで見た気がしますが……
一度に茹でで3、4日くらいで食べるので、穴をあけると日持ちがどうなるのか心配なため試せていないんですよね。
綺麗に剥ける茹で方……。
単純だけど奥が深いですね。ゆで卵。