239 ファジーダイスの動き方
二百三十九
場合によっては怪盗を捕まえないという選択肢もあり得る。そんなミラの状況については、さほど問題になる事はなく、話は予告日当日の作戦についてへと移行する。
「まあ今回、捕まえる捕まえないは別として、予定していた策に一度だけ付き合ってもらえはしないだろうか」
チョコレートパフェを完食した後、所長はむしろこれが本題だとばかりに目を輝かせる。そしてこれまで多くの話を聞き、ご馳走になり、若干の後ろめたさも加わった事で、それを断れる空気は皆無になっていた。
「そうじゃな。協力するとしよう」
ミラはクレームブリュレを完食したその口で合意した。すると、所長は「ありがとう!」と嬉しそうに笑顔を浮かべ、「では、早速行こうか」と車椅子を回す。作戦を行う現地を確認しながら説明した方がわかり易いという事だ。
「ふむ、わかった」
頷き答えたミラは、先にずんずんと進んでいく所長を追う。その後ろ、少し遅れて立ち上がったユリウスは、パフェの空き容器とスプーンを、ミラが座っていた前にそっと移動させる。そして、所長が食べたという証拠隠滅を終えてから、誰に気付かれる事もなく、支払いをする所長に無言で合流した。
男爵ホテルを出た後、ミラ達は街の北東部の中央を斜めに貫く大通りを進んでいた。
この辺りは富裕層の居住区画のようで、見渡す限りに屋敷が並んでいる。所長に案内された場所は、その中の一つ、とある大きな白い屋敷だった。
屋敷の前には格子状の門。その両端には門番が立っていたが、所長が近づくと同時、それを妨げるように寄ってくる。そして門番は「何しにきた」と冷たく言い放った。
「ただの見学だ。気にしないでくれ」
どこか威圧するかのような門番の態度。対して所長は、やれやれといった様子で小さく肩を竦めてみせる。
「さて、ここが、今回ファジーダイスに予告状を突き付けられた被害者兼、被告のドーレス商会長のお屋敷だ」
かの怪盗ファジーダイスに狙われた者は、これまで全て例外なく、裏で悪事を働いていた悪人だった。ゆえに被告であると、所長が口端を吊り上げる。すると途端に門番がギロリと視線を所長に向けた。
「おっと、被告というには、まだ早かったか。まあ、時間の問題だが」
所長はどこ吹く風といった表情で、一切悪びれる事無く門番を睨み返す。すると門番もまた「早く失せろ、無能な探偵に用はない」と切って捨てる。
唐突に広がった両者の険悪な空気に、ミラはどうした事かとユリウスに答えを求めた。
激しく睨み合う所長と門番。その最中、ユリウスが簡潔に説明してくれた。その話によると、どうやらミラが来るよりも前に、このドーレス商会と所長の間でひと悶着あったらしい。
そして詳細は省かれたが、ドーレス商会長と所長は絶望的にそりが合わないようで、結果的に、近づくだけで追い返されるようになったという事だった。
「それで門番と口喧嘩とは、何というか、のぅ……」
「所長の悪い癖でして、申し訳ございません」
これもまた、無難に過ごしていた冒険者時代の反動か、所長には子供っぽい悪癖があるようだ。
所長と門番が言い合う中、ミラは終わるのを待ちながら、ドーレス商会について聞いた事柄を思い返す。
噂によればドーレス商会は、かのキメラクローゼンとの繋がりが疑われているらしい。更にソロモンから聞いた限りでは、それ以外にも様々な罪状が存在するという事だ。国王産の情報ともなれば、ドーレス商会は限りなく黒に近い。
しかし、それを示す証拠が一切見つかっていないため、今は誰も手が出せないという状態だそうだ。だが今回、世に出る事無く完全に秘匿された証拠を、ファジーダイスが暴き出すのだろう。
その活躍、正に正義のヒーローそのものだ。
そんな正義のヒーローであるファジーダイスが狙う標的、そして主戦場となるだろう屋敷はどのような場所なのだろうか。
と、そう気になったところで所長と門番の口喧嘩にも決着がついた。
「全戦全敗の探偵に頼る事などありはしない。一勝でもしてから出直すんだな」
「ぐぅっ」
どうやら口喧嘩は、門番の勝利で終わったようだ。ユリウス曰く、所長は直ぐに口喧嘩を始めるが、余り強くはないという事だった。
「ほら、帰った帰った」
しっしと追い払うように手を振る門番。余程悔しいのか、所長はぐぬぬと眉間に皺を寄せながら、むすりと表情を顰める。だがもう、争う事は出来ない。敗者は去るのみだ。所長はユリウスの手によって、車椅子ごとそっぽに向けられた。
「一先ず、ここを離れようか」
しょぼくれた所長の声。それと共に動き出す車椅子。と、その前にミラは、気になった屋敷を見ておこうと、門の向こう側へ改めて目を向けた。
格子状の門の向こう側。ファジーダイスから予告状が届いた影響か、屋敷の敷地内には警備の者が目に見えて多かった。
「ほぅ、流石じゃな。幾人かは相当な精霊武具で武装しておるではないか。しかも、あの精霊武具は全てが陰ときた」
流石は、キメラクローゼンと繋がりがあったと噂されるだけはある。明らかに強力な精霊武具を身に着けた警備兵がいたため、思わずといった様子でミラは呟いた。
すると、所長が機敏に反応する。
「おお、見ただけでそのような事もわかるのか? ふむ、あの中に精霊武具が……」
移動を止め、門番の脇に見える門の向こうを窺うように目を細める所長。とはいえ、その目に映るのは、ただ武装した者達だけであり、それが精霊武具か否かまでは判断がつかないようだった。
「わしほどの術士になれば造作もない事じゃ」
研鑽を積んだ術士は、精霊だけでなく、精霊力を視認出来るようになる。そのため、精霊武具に宿った力を判別する事もまた、ミラにとっては言葉通り特別でもなんでもないのだ。
「流石は精霊女王と呼ばれる術士だけはあるな」
ミラを見つめ感心したとばかりに頷いた所長は、続けて門番に顔を向け、にやりと笑う。
「なるほどなるほど、あの警備の中に陰の精霊武具を持つ者がいるのか。そういえば聞いた事があるな。キメラクローゼンが流した精霊武具は、全てが陰だったと!」
所長は、これでもかというくらいに、わざとらしく声量を上げる。忌むべきキメラクローゼン製のものと思しき精霊武具を、警備の者が使っている。これは果たして偶然か。そう糾弾するかのような視線で、所長は門番を見据える。
対して門番は渋い表情を浮かべた後、偶然集まる事もある、証拠にはならないとでもいったように、所長の視線を受け流した。
「ところで、具体的にあの中の誰が陰の精霊武具を使っているのかね?」
まだまだここからだと、所長は門の奥を示しつつミラに問う。
「陰の精霊武具持ちはじゃな──」
ミラは、簡単に特徴を挙げながら、該当する人物を指し示していった。するとその都度に所長の笑みは深くなり、口元が勝ち誇るかのように吊り上がっていく。
「なるほど、なるほど。実に見事な共通点があるではないか」
何かを確信したとばかりに不敵な笑みを浮かべた所長は、仏頂面の門番を一瞥した後、「次の目的地に行くとしよう」と続けてユリウスに合図した。
ユリウスは、小さく頷いて車椅子を押し、その場より離れていく。
どうやらそれは、門番を黙らせるだけの効果があったようだ。ミラは、反論出来ず苛立たし気な門番をちらりと横目にしながら、所長達を追ってその場を離れた。
ドーレス商会の屋敷が遠くに見える場所まで来たところで、一行は立ち止まり向かい合う。
「流石はファジーダイスだ。ドーレス商会もまた、噂通りに真っ黒だったらしいな」
所長は僅かに見える門を見つめながら、満足気に呟く。どうやら、ミラが挙げた人物達に、何かしらの共通点があったようだ。そしてそれが門番を黙らせ、所長を調子付かせる要素でもあった。
「して、共通点とは何じゃ?」
そうミラが問うたところ、所長は勝ち誇った笑みを浮かべ話し出す。
それは、敷地内にいた者達についてから始まった。まずあの場所には、ドーレス商会所属の護衛兵と、今回の怪盗騒動にあたり雇い入れた傭兵がいるそうだ。
そんな中、ミラが陰の精霊武具を持っているとして指し示した者が、これまた悉くドーレス商会所属の護衛兵のみだったという。
所長は、ここぞとばかりに推理を披露する。きっとドーレス商会では、前々から防衛力強化のため、キメラクローゼンとの繋がりを利用し精霊武具を入手し、それを護衛に配っていたのだろうと。それが今回、見事にこうして繋がりを疑わせる証拠として浮かび上がった。そう説明した所長は、不敵に微笑む。
「陰の精霊武具の希少性からして、これだけの数が偶然集まるなど、あり得ぬからのぅ」
「ああ、その通りだ」
所長の説明に納得したミラは、今一度ドーレス商会の屋敷へ目を向けた。
その精霊武具は、ほぼ間違いなくキメラクローゼン製である。そして、そのような代物をそれだけ揃えられるなど、かの組織と繋がりのあった者くらいだ。状況証拠だけみても、ドーレス商会はキメラクローゼンと繋がりがあったとみて間違いないと思えた。
だが、それでもキメラクローゼンとの繋がりを完全に示す揺るぎない証明とはなりえないと所長が言う。取り寄せた精霊武具を扱っていた商人が、たまたまキメラクローゼンと繋がりのある者だった。などという馬鹿げた言い逃れを出来る余地が多少なりとも残っているからだと。
法による裁き、中でも越境法制官などが振るうそれは、三神国が主体となる教会の威光そのものであるため、そこらの王族ですら震えあがるものだ。しかしそういった法の力というのは非常に強力であるがゆえ、それを有効にするためには確たる証拠が絶対条件であった。余地が残っている内、限りなく疑わしいだけでは、大きな力を動かせないのだ。
「疑いが晴れるわけではない。しかし必要な証拠は隠蔽され、断罪もまた下せない。金と権力は敵に回したくないものだね」
ファジーダイスを追う中で見てきた状況は、こういったものばかりだったと所長は溜め息交じりに呟く。そして、だからこそファジーダイスはヒーローとして語られていると苦笑した。
金と権力。一般にとって、これほどわかり易い悪人像はないだろうと。
「ところで、中に入れてもらえない様子じゃったが、作戦とやらはどうするのじゃろう?」
ミラはドーレス商会の屋敷を遠く見据え、所長に問う。門番の態度は、初めから明らかに敵意だった。立場的にみて、ファジーダイスを捕まえるという目的から、そりが合わなくとも最低限の協力関係にはなりそうなものだ。
しかし、実際に目にしたのは、言葉通りの門前払い。ファジーダイスを捕まえるための作戦に協力してほしいと所長は言っていたが、肝心の現場に入れなければどうしようもないのではないか。そう考えたミラ。
しかし、それはまったくの杞憂だった。
「ああ、そこは問題ない。今のはただ、開始地点を確認しただけだ。私の作戦は、ファジーダイスが仕事をこなした後からが本番でね」
つまりは、ドーレス商会が証拠を全て盗み出され、裁かれる運命が決まってから、所長の作戦が始まるという事だった。その作戦は、怪盗から標的を守るものではなく、ただただファジーダイスとの対決のみを想定したもののようだ。
わざわざ、あのような悪党のために動く気は毛頭ない。むしろ、その点はファジーダイスを応援している。そのように言葉を続けた所長は、唐突にミラへと振り返り、挑戦的な目を向けた。
「さて、ミラ殿。証拠を盗み出したファジーダイスは、次にどこへ向かうかわかるかな?」
どうやら、それがわかっているからこその作戦のようだ。更に所長はヒントとして、それは過去全ての犯行においても共通していると付け足した。
「どこへとな? ふーむ、つまりは盗み出した証拠をどうするか、とでもいったところじゃろうか」
所長の挑戦を真っ向から受けて立ったミラは、これまでの情報を総動員して答えを考える。
(確か証拠を法の下に晒す、とかじゃったな。多くの民衆の目に触れさせる事で、国などの大きな組織が動かざるを得ない状況を作り出す、と)
「大きな広場じゃろうか」
多くの者達が目にするであろう場所といえば、人通りの多い大通りが交わる広場。単純にそう考えての返答だった。
「なるほど、なるほど。答えはそれでいいかい?」
所長は窺うような目でミラを見る。同時にミラは、その目から、勝ち誇ったような所長の意思を感じ取った。というより、所長はポーカーフェイスというのが得意ではないようだ。その表情はあからさまであり、ミラでも十分に読み取れた。
「いや、まだじゃ!」
所長の態度から不正解だと悟ったミラは、回答を取り下げ、今一度考え直す。そして、正解を求めて深く情報を精査する。
ミラは、これまでにないほどに頭を使っていた。しかし正解だろうと不正解だろうと、何があるわけでもない。若干、時間の無駄にすら思える行為だ。けれど男の意地を発揮して、挑戦に立ち向かっていった。
(広場ではないとなれば……)
深く考え込むミラ。そして思い返す。広場に証拠を晒したとして、どれだけの目に留まるだろうかと。
ファジーダイスのやり口は、裏で繋がりのある者達が巻き込まれる事を避けるほど、完全に世論を傾ける方法だ。街の市民達に悪事の証拠を広めた場合、それは裏に潜む大きな闇を突破出来る力になるだろうか。
そこまで考えたところで、ミラの思考はそれは難しいと結論する。一つの国の一つの街で騒ぎになったところで、たかが知れていると。
と、そうした最中、ミラはふと思い出す。冒険者時代の所長とファジーダイスの、悪人を懲らしめるやり口が似ていると話していた事を。そして何より、これまでの話の中に答えがあったと。
「越境法制官……。教会じゃな!」
むしろ、これまでの流れから、なぜ直ぐにわからなかったのか。そんな事を反省しながらも、ミラは閃いたとばかりに表情を輝かせる。その瞬間、所長が若干悔しそうに眉を顰めた。ミラはそれを見逃さず、「答えはそれでいいかね?」ともう一度問う所長に、「良い!」と力強く返した。
「……正解だ」
三神教会。大陸全土に存在する教会は情報網も広く、民衆による多大な支持の力を得ている。更に越境法制官という強力な法の力も備えた存在だ。教会に悪事を知られたが最後、大陸中に悪名が轟く事になるのである。
「怪盗ファジーダイスは証拠を盗み出した後、屋根伝いに教会へ向かう。これは、今までの犯行全てに共通する点だ」
そう語り出しつつ、所長はユリウスに合図を送る。すると車椅子は、街の中心へ向けて進み始めた。次の現場である教会に向かうようだ。
途中、所長は軒を連ねる家々の屋根を指し示しながら、ファジーダイスが通るであろうルートの予想を口にする。あの屋根からあの屋根へ。最短のルートを高さや幅を意にも介さず、滑るかのように渡っていくらしい。
そうしてルートを確認しながら進む事、十数分。ミラ達は街の中心地に到着した。
大通りが交差する十字路。最も賑やかな街の中心地だけあって、そこには、いかにも上等だといわんばかりな建造物が集まっていた。ホテルにレストラン、武具や術具、その他色々と、どこもかしこも大店だと直ぐにわかるほどの店構えだ。
「かの怪盗は、いつも盗み出した証拠を教会でばら撒く。そのためか犯行は決まって、教会で三ヶ月に一度行われる節気典礼の日だ」
教会は、そんな中心街の一角に存在しており、その風格はこれだけの店がひしめき合う中にあっても頭一つ抜けたものだった。
ハクストハウゼン大聖堂教会。グリムダートでも有数の教会である。
「典礼が執り行われるのが、二日後の夜。その日は聖堂内だけでなく、この辺り一帯が人で溢れ返る。そしてこれだけ大きな教会となると、典礼は大司教が直々に取り仕切る事になるだろう。となれば、ここで暴かれた証拠は民衆の声と共に、教会上層へと確実に伝わるわけだ」
これまでの犯行の結末として、そのどれもが相当な炎上具合だったと所長は笑う。証拠の内容は、教会から教会へと伝わる。結果、ファジーダイスに悪事を暴かれた者は、一切の助力を期待出来ない状態にまで追い詰められ、遂には抵抗する事なく連行されていったそうだ。
「まあ、自業自得じゃな」
これまで法を逃れ、甘い汁を啜っていたのだ。当然の報いといえる。ミラは、神の威光を体現したかのような教会を見上げながら、そう辛辣に呟いた。
「対して、民衆は拍手喝采だ。正義によって悪が滅ぶ。それが目の前で行われるのだからね」
民衆にとって教会とは、正義の象徴ともいえる存在だ。それが悪を誅する様は、信じる者にとって気持ちの良いものだろう。
ゆえに、その助力となったファジーダイスもまた支持されるのである。
しかし、人気の理由はそれだけではない。何より怪盗の犯行、つまり盗むという悪行によって、信仰の中心である教会が動くという組み合わせが、より関心を集めているのだ。
神の名のもとに断罪の刃を振り下ろす法の守護者、越境法制官。その力を遺憾なく発揮させるために証拠を暴き出す怪盗ファジーダイス。ヒーローとダークヒーロー。この相反する協力関係が、ファジーダイスをより義賊として脚色しているのだと所長は語る。
「悪人にしてみれば、恐ろしい組み合わせというわけじゃな」
法の力を振るうために必要な証拠を、侵入して盗み出す。教会側の理念からして絶対に不可能であるそれを、教会とは何のかかわりもないファジーダイスが代行する。
そして証拠の提出は全て怪盗が勝手にやった事であり、それでいて内容は教会が無視出来るようなものではなく、法は執行される。
「教会側からすれば、盗みを働くファジーダイスもまた法を犯す罪人となるが、全くといっていいほど捕まえる気がないときたものだ」
所長の話によると、実は越境法制官の中に、ファジーダイス対策担当官などという者がいるらしい。
大陸を股にかけて盗みを働く大怪盗。法を司る教会としては、放っておく事は出来ない存在だ。しかし、盗みの内容は全てが教会側に都合の良いものばかり。そのため対策担当とは、名目上だけであるという。
「おお、丁度見えるな。当日の打ち合わせ中といったところか」
説明の後、所長が教会の一点に目を向けた。それに合わせて視線を動かしたところ、教会脇に設営された台の上に、揃いの衣装を纏った五人の姿があった。
法衣と呼ぶには幾分軽装で、黒地に白と赤という色合いのローブ。それが、ファジーダイス対策担当官の目印らしい。なお、その五人は予告状の届いた街の教会にはいつもやって来るらしく、所長もまた知り合いだという事だった。
「彼等は今、どうやって怪盗を捕まえるかではなく、どうやって自然に証拠を受け取り、ドーレス商会に乗り込むかって事を話し合っているのだよ」
法という力を持たないファジーダイス。法という力はあるが、それを振るう条件を満たせない教会。この両者が互いを利用する事で、今は数多くの悪党達が裁きを受けている。
そのため、ファジーダイス対策担当官としての仕事は、盗みを働く怪盗を捕まえるという最低限のアピールであり、残りは越境法制官として悪党を逮捕する事だそうだ。
「もっとお堅いものじゃと思っておったが、教会とは意外と柔軟なのじゃな」
神の定めた法こそが絶対であり、どのような理由であろうと、これを破る事は許されない。ミラは、そのような印象を教会に抱いていたが、実際に目にした実情は思いの外絶対ではない様子だ。
そしてそれは、こういった世界ならではの理由があったためだった。
「どちらかといえば、神の方が柔軟なのかもしれないな。時折、三神の巫女がお告げを授かるという話だ。そしてその内容が、法にとらわれ過ぎずにというものばかりらしい」
「何とまた……流石じゃのぅ」
神からのお告げを授かる。言葉にすると、これほど胡散臭いものはない。しかし、魔法があり天使に悪魔や精霊、その他色々と存在するこのファンタジーな世界においては、神もまた実在してもおかしくはない。そしてそれの証拠とでもいうべきか、ミラは神が降臨するための器なるものがある事を、始祖精霊マーテルより聞いている。更には、神に並ぶとさえ言われる精霊王と気さくに会話出来る仲である。
『神とは、結構干渉してきたりするのじゃな?』
ふとミラが、その精霊王に声をかけたところ、当然のように答えが返ってくる。
『過干渉にならぬよう決め事はあるそうだがな。教義で苦悩する信徒に、時折神託を授ける事はあると言っていた。そのまま放っておくと、教義を曲解して暴走する者が出るからだと』
流石は、ファンタジー。信仰対象が口を出してくるなんて事が、実際に教会ではちょくちょくあるらしい。そして、だからこそ随一ともいえる信仰を集めているのだろう。
『なるほどのぅ。それだけ身近に感じられるのなら心強いじゃろうな』
偶像ではなく実像。やはり、ファンタジーの宗教は一味違う。そう改めてミラが感心していたところ、久々の出番だからか、精霊王は訊いてもいない三神について話し始めた。それは三神それぞれの性格や、プライベートに近い事までに及ぶ。
様々な知識をミラに話す事が、最近の楽しみだという精霊王。そんな精霊王の声は少し弾んでおり、ミラは話を聞きながら、そういえばここにもまた語りたがりが在籍していたなと心の中で苦笑した。
『で、今あの者達は、月からのんびりとこの世界を見守っているというわけだ』
神といっても人に似たところが多いのだな。そうミラが感じ始めたところで、とんでもない情報がぽろりと精霊王からもたらされた。何と、この世界において最大の信仰を集める三神は、月にいるというのだ。
『シン様。それ、ミラさんに言ってしまってもよかったのかしら?』
精霊王の言葉の後、即座に響いたマーテルの声は少々呆れた様子であった。直後、何かを思い出したのか、『……あ』という精霊王の声が続く。どうやら、しでかしたようだ。
『ミラ殿、今のは最大級の世界機密で頼む……』
『……うむ、心得た』
空に浮かぶ月。実在する三神は実際にそこにいるという世界の秘密。また、とんでもない事実を知ったものだと驚くも、それ以上に精霊王のうっかりに苦笑するミラだった。
所長とのお話は、あと一話ほど続きそうです……!
いよいよ今年最後の月になりましたね。
なんだかあっという間だった気すらします。
そして、中華まんの美味しい季節ですねぇ。
夏にはなかった中華まんがスーパーに並んでおります。
ついつい買ってしまいました。
なんだか、冬の方が美味しいものいっぱいな気がしてきた今日この頃。
次は何を食べようか……。