233 ファジーダイスの活動
今週は、2話更新になっております……!
二百三十三
「時に、長い事、怪盗を追っているという話じゃが、他に何か情報はないじゃろうか。隠れ家なり協力者なり、盗んだ金の使い道とかでも良いのじゃが」
二つ目のソフトクリームを注文したところで、ミラは次の質問を投げかけた。
ファジーダイスの実力については、相当だという事が判明した。次に知りたい事は、それ以外の情報である。
ミラが最終的に求めるものは、九賢者アルテシアがいる可能性のある孤児院の場所だ。それさえわかれば、むしろファジーダイスに協力する事だってあり得た。
隠れ家や協力者、そして金の流れ。もしどれかがわかれば、孤児院への繋がりもまた見えてくるかもしれない。特に金の流れは、最も注目すべき部分だ。
「ふーむ、他の情報か。さて、何がいいだろうか──」
所長は、少しだけ考え込んだ後、ミラの問いに快く答えてくれた。
まず、ファジーダイスの隠れ家について、所長は街のどこかにあるようだが、犯行ごとに毎回変わっているため特定出来ないと話した。
長い時間をかけてこつこつ調べた結果、どうやらファジーダイスは宿を拠点として使っているのではないかと、所長は考えているそうだ。
「たまたま、夜更かししていたという少年に聞いたのだよ。窓から宿に入っていく不思議な人影を見たとね」
少年の証言。根拠はそれだけらしいが、目撃した時間というのが、ファジーダイスを見失った直後であり、その近辺だったという。
なお、この証言を得た後、該当の宿の部屋を調べたものの、それらしい痕跡は見つけられなかったそうだ。けれど、宿の主人から幾らか情報は得られたらしい。当日、部屋に泊まっていたのは、随分と平凡な冒険者の青年であったと。
「ほぅ、平凡とな?」
冒険者に、わざわざ平凡とつける意味。それは何かと返したところ、所長はその時の状況を説明してくれた。
それはファジーダイスの正体に迫れるかもしれない、重要な目撃証言だ。そのため所長も、宿泊していた青年の人相なり服装なりといった特徴を詳細に聞き出そうとしたそうだ。
「髪の色や目の色、身長。思い付く限りを店主に尋ねたのだが、どうにも細かい部分は全て曖昧で、覚えていた箇所も全てが平均的だったのだよ」
所長が店主から得た情報。それは、どこにでもいそうな人物像ばかりであり、ファジーダイスを特定するには至らなかったという。
髪はこげ茶色で、長くもなく短くもない。人相については、これという特徴がなく、思い出しにくいほど曖昧。服装も、冒険者としての装備を身に着けていたそうだが、そのどれもが冒険者総合組合で販売している汎用品。見た目も口調も何もかも平均的で、とにかく平凡な冒険者としか言い表せない男。それが、ファジーダイスと思しき宿泊客だったそうだ。
「そこまでくると、いっそ怪しいのぅ」
まるで平凡を装ったかのような男の姿。だからこそミラは、その男こそ確かにファジーダイスだったのではないかと考える。
「ああ、私もそう思う」
所長もまた同意見だそうで、ここまで平凡だと、むしろ狙ってやらなければ出来ないのではないかという。
「木を隠すには森の中。人ならば、街に入り込んだ方が余程目立たないだろう。そしてこの場合、冒険者という職業は実に便利なものだ」
所長は言う。街から街へ移動する事も多い冒険者ならば、ふらりと街を訪れても、そう怪しまれる事はないと。特に、特徴のない男ならば尚更に。
「私の予想では、既にファジーダイスはこの街のどこかの宿に潜伏している。それも、平凡な冒険者としてね」
平凡ゆえに、人の記憶には残りにくい。そして、ファジーダイスのマスクと衣装が特徴的だからこそ、余計に繋がりにくい。犯行は派手だが、ファジーダイスは高い潜伏技術も兼ね備えているようだ。
「どうにかして、見つけ出せれば楽なのじゃがのぅ」
ファジーダイスが予告した犯行日前に、潜伏場所を特定して捕らえてしまう。それが出来れば一番早いだろうと呟いたミラ。しかし、事はそう簡単にもいかないらしい。
「そうなんだがね。冒険者っていうのは街の出入りが激しく、名前もわからない誰かを特定して見つけるのは不可能だったよ」
どうやら所長は、何度かファジーダイスが潜伏しているであろう場所を特定しようとした事があるそうだ。しかし結果は散々であり、特定は不可能だと結論したという。
過去、怪盗ファジーダイスが現れた場所は、全てが大きな街であり、当然それだけ冒険者の出入りも激しかった。たとえ入りだけに限定したところで、自由に動き回る冒険者を全員確認する事は難しく、また捕捉する事も難しい。
街に入って直ぐ組合に顔を出す冒険者ならば確認は早い。しかし、そうでない者も多いため、街にどれだけの冒険者がいるのかを把握出来ているものは、組合も含め一人としていないのだ。
そして何よりも難儀な事はというと、確認が必要な期間だ。
ただでさえ激しい出入りに加え、いつどのタイミングでファジーダイスが街に潜入するのかは不明。準備万端整った後に予告状を出しているともなれば、どれだけ時間を遡って調査する必要があるのか。それでいて場合によっては、犯行日直前に現地入りだって考えられる。
予告状が出された日から犯行日までの間に、それらを全て調べる事は不可能だ。そう説明した所長は、「ミラ殿くらいに特徴があれば、一日で十分なんだがな」と笑った。
「そういうわけで奴の隠れ家は、この街の宿のどこかとしか言えないな」
一つ目の質問の答えを、所長がそうまとめたところで、注文した二つ目のソフトクリームが運ばれてきた。今度は三人とも別々の味だ。
「さて、次に協力者についてだが、これは見た事も聞いた事も、心当たりもない」
所長は、もはや清々しいほどきっぱりとそう口にした。
常に単独で現れ、潜伏場所は一切掴めず、誰かと接触した様子もない。結局これも、いるかどうかすらわからないそうだ。
「あの怪盗のファンという者達の中にいると睨んだ事もあったが、全て空振りだったよ」
怪盗ファジーダイスのファン。ほぼ女性で構成されているその者達は、予告状と共に街に現れるという。その動き、そして情報網は諜報組織のそれであり、所長は一時期、ファンを隠れ蓑としたファジーダイスの支援者ではないかと勘ぐっていた事があったらしい。
しかし、調べれば調べるほど、その集団はただの熱狂的なだけのファンである事がわかった。むしろ、完璧なファジーダイス様に協力だなんてとんでもない、というような考えの者達ばかりだったのだ。
「人というのは、あれだけ一つの事に情熱を注げるのだなと、感動すら覚えたものだ」
純粋に好きだからこそ追いかけている。ただただその行動、その生き様、そしてそれを実現するだけの色々な強さに憧れて応援するファン達。好きというものにも様々な形があるのだなと、所長は感心したように呟き、ソフトクリームを口にする。
「まあ、そうじゃのぅ……」
所長の目に、あのファン達はそう映るのか。自身が持った印象とは違う所長の言葉に、ミラはただ苦笑いを返した。
「さて、後は、金の使い道だったか」
改めるように、そう口にした所長は、思案気な顔で黙り込んだ。そして暫くしてから、「これも公式的には、不明という事になる」と、どこか含みをもって答えた。
「何やら気になる言い方じゃな」
公式的には、とはどういう意味か。ミラがそう疑問を呈したところ、所長は、少々複雑な状況なのだと返した。
「噂に聞いたところ、何でも孤児院に寄付しているというではないか。そのあたりは、どうなのじゃろう?」
それは、いつかの鉄道旅行の折、マジカルナイツという服飾店の広報担当であるテレサという同席した女性から聞いた噂。そして、探している孤児院との繋がりの可能性だ。これがただの噂であり、そのような事実はないというのなら、ファジーダイスを追う意味もなくなる。だが事実ならば、可能性は残る。
拠点や協力者などよりもまず、ミラが今一番はっきりとさせておきたい部分が、この真偽だった。
「ミラ殿も知っていたか。やはり人の口に戸は立てられないものだな」
ミラの言葉に対して、所長はどこか観念したような笑みを浮かべてから肩を竦めてみせた。その反応からして、何かしら把握している事は間違いないようだ。
「わしとしては、噂は真実の方が都合良いのじゃがな」
ミラはソフトクリームを一口頬張ってから、にやりと笑う。すると所長は、「非公式でよければ、私が調査した結果を話そう」と口にした。
是非ともとミラが答えれば、これまた所長は語りたがりの病を発症して、調査過程も含めて実に詳細に話し始めた。
それによると、所長もまたファジーダイスが孤児院に寄付をしているという事を噂で聞いたという。そして、ミラと似たような事を考えたそうだ。それが真実ならば、その金の流れを辿っていけば、ファジーダイスを見つけられるのではないかと。
所長は語る。情報を集めるために、様々な手段を用いたと。金銭や人脈、そして足。あらゆる方面から徹底的に調べ上げ、やがて一つの確信を得たらしい。
「私は直感したよ。噂は真実だとね」
思わせぶりにそう言った所長は、その確信を得るまでの過程を生き生きと話し出す。噂を追った末に行き着いた変化を見つけたと。
ミラとしては、ずばり結果だけ知りたいところだったが、所長の気持ちも多少は理解出来るので、何も言わずにいた。費やした時間と労力、そして所々で光るひらめき。男とは、そういうものを語りたがるものだと。
そういったわけで、ミラは所長を邪魔する事なく、三つ目のソフトクリームをそっと注文した。話を聞いているだけで、ソフトクリームが食べ放題。それが現状に対するミラの認識だったりする。
「相当に苦労したが、ほぼ全てを回った甲斐はあった」
ミラが三つ目のソフトクリームを食べながら聞いていた所長の話は、そうこうして山場に入る。
ここまでの話の概要をまとめると、次の通りだ。
まず所長は、大陸中に存在する孤児院を、粗方洗い出したという。
所長が調査対象とした孤児院は、相当な箇所に及んでいた。そこには、冒険者総合組合が正式に把握しているという条件はあるものの、小さな村なども含まれており、数にして五百を超える。
所長はそれら全てに、ファジーダイスからの寄付はあったのかと、徹底的に調査したらしい。
そして、その数ある中の一部の孤児院に、違和感を覚えたそうだ。
「孤児院と一口に言っても、その体系や方針などは場所によって違うものだった」
まず、この大陸にある孤児院は大きく分けて三つある。
一つは、教会が寄付金で運営する、教会付属孤児院。最も多いタイプであるが、寄付金の集まり具合によって、その運営具合には大きな差が出る事もまた多い。そして時折、欲に憑りつかれた神職なども出たりと、複雑な孤児院だ。
もう一つは、貴族が資本金を投資し運営している、爵式孤児院。貴族が投資する理由は、対外の印象を考えての善良アピールであったり、裏表などない慈善家であったりと様々だ。特徴としては、子供達に職業教育がなされる場合が多く、成長した子供の大半が、貴族の管理する施設の小間使いなどになる。
そして最後の一つは、個人により運営されている、民間孤児院である。他の二種に比べ数は少なく、更に状態もまた他二つとは大きく違う事が多い。
そういった種類がある中で所長がまず目をつけた孤児院は、ファジーダイスが現れた事のある近辺に存在する孤児院だった。
「とても厳重に保管されていたのだが、どうにかこうにか寄付金の帳簿を入手してね。それを確認してみたところ、驚きの事実がわかった。近辺の孤児院は例年よりも寄付金が五割は増えていたのだよ」
孤児院への寄付金の帳簿。所長はさらりと述べたが、それには教会管理や貴族管理のものも含まれている。それを入手するなど相当だが、所長は事もなげな様子だ。
だがミラは気付いていた。所長が大きな事を、あえて大したものではなかったように装っている事に。
「いやはや、あの時は中々に骨が折れたよ」
ただ、それもそのはず。所長は先程から何かを期待している目を、ちらりちらりとミラに向けていたのだ。是非その点を訊いてくれとばかりに。むしろ気付かない方が難しい。
「教会や貴族の管理下となれば相当じゃろうに、何とも素晴らしい手腕じゃな」
続きを話し始める様子のない所長に、ミラは求めていたであろう言葉を贈る。するとやはりそれを望んでいたようで、ここぞとばかりに笑みを浮かべた所長は「冒険者時代に築いた人脈が役に立ってね」と、前置きをする。
そして過去の武勇伝がまた始まろうとした時だ。
「ほぅ、素晴らしいのぅ。して、その人脈で勝ち取った帳簿から判明した事は、それだけではないのじゃろう?」
ミラはそう言って、話をそっと本筋に戻した。ただ例年より五割増しだった。これまでの流れから、それだけでここまで引っ張らないだろうと考えての言葉だったが、どうやらそれは大当たりだったらしい。武勇伝語りを中断されながらも、所長は嬉しそうに笑ったのである。
「その通りだ。しかし、彼女達は決して認めようとはしなかった。……いや、彼女達からしても、認めようがなかったのかもしれないな」
所長が帳簿から更に読み解いた事。それは、五割を遥かに超える寄付があった孤児院が幾つかあったという事実だった。そしてその寄付額は、驚きの五十倍以上だと所長は語る。
「だがそれよりまず、これらの孤児院の共通点として、運営資金が常に赤字という問題があった。運営者が子供達のために身銭を切っている状態だ」
ただでさえ少ない寄付金のため、均一額を寄付したとして倍率には差が出るものだ。しかし額としてみても、これらの孤児院には相当な金額が寄付されていた。そして、それらの孤児院は全てが地方の小さく貧しい教会管理か、個人運営だったそうだ。
所長は言う。寄付金は最低でも子供達を一年は不自由なく育てられるだけの金額であったと。更にその大金が寄付された日というのが、何を隠そう全てファジーダイスの犯行後より一週間以内だったという事だ。
「私は、その孤児院全てを直接この目で確かめてきた。そして、詳細な話を聞いた」
ファジーダイスは孤児院を拠点に、またはそこのどこかに協力者が。所長は、そういった可能性も考慮して慎重に調査したそうだ。そしてわかった事は、ファジーダイスの影はどこにもないという事実だけであった。
孤児院の周辺、そして内部にも痕跡は無し。更にはそこで暮らす子供と管理人も、何かを隠している様子は一切感じられなかったとの事だ。
「何かと人を見る目には自信があってね。多少の演技ならば見抜ける。だが、子供も含めて、嘘をついているようには見えなかった。もしも演技だったというのなら、全員を集めて劇団でも作りたいところだよ」
所長は、そう笑った後、多額の寄付金は、全てが匿名で孤児院に直接届けられていたと続けた。しかも誰にも見つかる事無く、夜のうちにいつの間にか届いていたそうだ。
朝起きたら『子供達へ』と書かれた不審な箱が置いてあったとは、孤児院の管理人の言葉である。
そういった事から、管理人もそれが誰からの寄付か把握しておらず、ファジーダイスの仕業であると公認されてはいないというわけだった。
「状況証拠からしてファジーダイスに間違いはない。そのように教会にいる知り合いに報告はしたが、それが認められる事はなかった。だが私は、そう判断した教会を支持している。その寄付金が盗品だと認定されていた場合、国によって孤児院から没収となってしまうからね」
確定的な証拠がない。そういった理由で、ファジーダイスかららしき多額の寄付金を黙認しているという教会。ただ、この状況証拠を握っているのは、知り合いを含めた上層部の一部だけだろうと、所長は言う。
「念のため、ここで話した事は内緒で頼む。教会とはいえ、一枚岩ではないからな」
聖職に就きながらも欲の皮が突っ張った者というのも、いるところにはいるものだ。状況証拠だけとはいえ、この情報がそんな者達の耳に入ったらどうなるか。想像するのも容易だろう。
「ふむ、心得た。秘密じゃな」
盗んだ金だから云々などという事より、子供達の生活が優先だ。聖人君子などではないから大丈夫だとミラは微笑み、この話を口外しないと約束した。
しかし、あれですよね。
冗長にならず、必要な情報をしっかりとまとめ、
それでいて、世界観などの情景も伝わる文章。
考えてはいるのですが……凄く難しいですよねぇ。
必要な情報と必要でないものの取捨選択。
要点だけでまとめ過ぎると情景が薄くなり、細かい情報を入れ過ぎると冗長になるという。
このバランスに、いつも悩んでおります。
技術とセンスと経験が何よりも必要なのだと痛感する毎日です。
きっとこの悩みとは生涯向き合っていくのだと思います。
今はまだ未熟ゆえ、薄っぺらくなるくらいなら、冗長になっても……!
なんて感じで進めている次第です。
……
何だか、あとがきに真面目な事を書いたのは初めてな気がする……!
そんなこんなで、
これからも試行錯誤の末の冗長な文が出てくると思いますが、お付き合いくださると幸いです。
という言い訳。
所長との街巡りは、もうちょっと続きそうです……!