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231 続・所長の歴史

二百三十一



「人生色々じゃな」


 長い話を聞き終えたミラは、ただそう短く応えた後、「楽しそうで何よりじゃ」と小さく微笑んだ。

 途中から話半分で聞いていたミラだが、所長が探偵業を始めた経緯あたりは把握出来ていた。誰にだって歴史はある。とはいえ、大切なのは今を楽しめているかどうかだ。


「この喜びを知るために随分と時間が過ぎてしまったが、どれも無駄ではなかったと今ならば思えるよ」


 そう口にした所長は、パンケーキなどの甘いものを好きになったのもまた家族の影響だと言い出し、また惚気始めた。

 余程、愛しているのだろう、事ある毎に差し込まれる家族の話。こうなるとまた長くなる。と、その時、


「そんな理由ですので、所長の探偵業は半分趣味みたいなものなんですよね」


 そうユリウスが別の話題を持ち出した。すると所長は惚気話を止めて、「まあ、そうなるか。けれど、いつも本気で挑んでいるよ」と、続きの言葉を変える。流石は助手と言うべきか、随分と扱い方を心得ているようだ。

 ただ、結局長話になる事は変わらなかった。それでも、ただただ惚気を聞かされ続けるよりは幾らかましであるだろう。

 続いて語られたのは、普段の探偵業についてだった。ユリウスが口にした通り、所長は目覚めた冒険心を満足させるために探偵をしており、受ける依頼も相当に幅広いそうだ。

 失踪したペット捜しや浮気調査、人捜しなどの基本的なものから、大規模犯罪組織やカルト教団への潜入、そして完全犯罪と思われた事件から身の毛もよだつ猟奇殺人の調査などなど。聞く限りでは相当な活躍をしているようだった。

 それもこれも、冒険者時代に培った経験が活きていると所長は言う。堅実で確実な依頼のみ受けてきたとはいえ、Aランクともなればどの依頼も易々とはいかない難度ばかりとなる。そんな依頼の中に達成を確信出来るものがあるというのもまた、実は相当な事なのだ。

 冒険をしてこなかったとはいえ、やはりAランク上位という最終的な経歴は伊達ではないのである。


「しかしまた、随分と波乱万丈じゃな……」


 冒険するにもほどがある。ミラは真っ先に思った事を心の中にしまい込み、所長の歴史の濃さに苦笑する。

 中には探偵というよりも、もはやスパイや潜入捜査官のような仕事まであった。しかしユリウスがこれといって否定しないという事は、つまりこれらは真実なのであろう。むしろユリウスは、所長がこれまでの仕事ぶりを語る中、どうだと言わんばかりの表情でミラを窺っていたりした。どうやらユリウスにとって、所長の惚気話はうんざりだが、長い武勇伝についてはそうでもないようだ。


「まあ、その分、失敗する事も多いのだがね」


 そう言って笑った所長は、だからこそ探偵料は全て成功報酬のみで受け取っていると口にした。

 今まで出来なかった事に挑戦する事を目的として始めた探偵業。ゆえに受ける依頼にNGはなく、法に反しない限りは大体受けているようだ。

 ただそのためか、無茶が過ぎて失敗する事も多々あるという。その場合は、経費やら何やらといった費用さえも全て受け取らず、自腹で賄うらしい。

 果たして、それで生計が立てられているのだろうか。少し心配になったミラであったが、その事に触れたところ、所長は一切問題ないと笑い飛ばした。何でもAランクの上位というのは夢のある世界だそうで、引退した今でも冒険者時代の蓄えが十分過ぎるほど残っているそうだ。その金額は多少贅沢をしても、今の暮らしを後二百年は続けられる程度であるという。

 ユリウスが言っていた所長の探偵業は半分趣味という真の意味を理解したミラは、理想的な余生の過ごし方だなと、所長を少し羨ましく思った。



 と、そんな余生を大いに謳歌する所長は話好きであり、あれは困った、これは大変だったと今度は失敗談を語り始めた。

 街から少し離れた場所で見つけたと思ったペットが、実は野生の群から少し離れていただけの子供であり、親に追い回された事。夫の浮気調査中だったにもかかわらず、妻の方に惚れられてしまったという事もあったそうだ。

 だが、失敗談はそれだけで終わらない。とある密売組織に潜入中、その潜入がばれてしまった事があるという。そして始末されそうになったため、所長はその場にいる密売組織の者達を全て片付けたという事だ。


「あの時は、随分と単純なドジを踏んでしまったものでね。予定では、その取引をきっかけにして、繋がりのある他の組織を引きずり出す作戦だったが──」


 所長は無事に生還したが、潜入先の組織はほぼ壊滅。生き残りを尋問して幾らかの情報は得られたものの、この件が繋がりのある他の組織に広まり警戒された事で、作戦はここで中止となってしまった。

 所長の探偵業の中でも、特に異質な潜入捜査依頼。その依頼主は、三神国合同で組織された国際捜査局であり、違法薬物取引の元締めを狙っているという事だ。

 所長はそんな組織にエージェントとして誘われたが、それを断ったところ、この仕事の依頼が来たという。


「結果、彼等には随分と迷惑をかけてしまったよ」


 申し訳なさそうにしながらも、所長の表情は、もはや過ぎた過去の事と言わんばかりであった。とはいえ一つの組織を壊滅させ、幾らかの情報も得られたとなれば、そう悪い事でもない。事実、ユリウスの補足によれば、所長にこの件を依頼した国際捜査局は協力に感謝していたらしい。

 所長の潜入捜査は、複数準備した作戦の一つであったのだろう。失敗した次の日には、また別の作戦が始まっていたそうだ。


「ほぅ……そのような組織があったのじゃな」


 所長がこなしてきた探偵業の濃さも驚きだが、ミラは現状を踏まえた今、話に出てきた捜査局に興味をひかれていた。

 国際捜査局。所長の話によれば、それは現実世界でいうインターポールのような組織だった。そしてそれはゲーム当時にはなかった組織であり、聞く限り二十数年前に設立されたという事だ。

 その事を知ったミラは、更なる期待を胸にして所長に尋ねた。その組織から怪盗ファジーダイスの逮捕専門に派遣されている捜査官は、警部はいないのかと。


「彼等の狙いは、大規模な犯罪組織だからな。怪盗一人を狙う事もなければ、狙っていると聞いた事もない」


 所長の返事は期待に叶わぬものであり、ミラは「それもいないのじゃな……」とため息をもらした。イメージと違う安楽椅子風探偵と、夢幻に消えた警部。後は、怪盗が怪盗らしい事を祈るのみであった。



「と、そういった仕事ばかりを受けていた時の事だ」


 一段落したと思ったのも束の間。所長はまだまだ話し足りないようで、これからだとばかりに口を開く。

 もうこれ以上、所長の武勇伝を聞かされても。ミラがそう思ったところで、


「おっと、ミラ殿は、もうお腹いっぱいかな? まだ入りそうなら、追加で注文しようか」


 所長が、そう提案してきたのだ。途端にミラの心が激しく揺さぶられる。ミラの前に置かれた皿は既に空でありながら、ミラの腹にはまだまだ十分な空きがあったのだ。

 所長がお気に入りだという、この店のパンケーキ。ふわふわとろとろで、この上ない美味しさといっても過言ではないのだが、如何せんミラにとってはボリューム不足だった。こ綺麗にまとまった一皿は、特に女性に人気が出るであろうほどにオシャレだが、ミラはそのような事を求めてはいなかった。何よりも美味しさと、腹にがつんとくる満足感こそがミラの理想なのだ。


「そ、そうか? うむ、ならばそうじゃな、折角じゃからな」


 今回のパンケーキならば、その満足感を満たすまでには、あと二皿は必要である。そうミラの腹は訴えていた。ゆえにミラは、所長から差し出されたメニュー表を受け取った。

 そうしてパンケーキを追加注文したミラは、見事所長の思い通り、待つ間に話の続きを聞かされる事となる。

 その話の内容は、所長の今。怪盗ファジーダイスを追う理由だった。

 それは今より五年前。ファジーダイスが七人目の標的に予告状を送った時の事。標的となった悪徳商人は、その財力を存分に使い、防衛のために傭兵や上級の冒険者などを多く雇ったそうだ。

 そしてその頃、丁度名探偵として名が売れてきた事と、失敗したら無報酬という事も相まって、所長にも対ファジーダイス要員として声がかかったという。


「その頃には、怪盗ファジーダイスの名も、随分と広まっていたものだ。そして、その標的になる者達の共通点などもね」


 世間からは義賊と噂されている怪盗ファジーダイス。その一番の理由が、標的となった者達のその後だ。これまで行ってきた悪事の証拠が、どこからともなく次々と湧いてきて、その結果誰も彼もが牢獄か処刑台に送られている。


「私もまた、冒険者時代と探偵業を経た事で、人を見る目がそれなりに養われてきていてね。依頼主を見て、直ぐにぴんときたよ。これは私財を狙われて怯えているだけではない、とね」


 ぎらりと目を鋭く輝かせながら、所長はそう決めてみせる。

 と、丁度その時、注文したパンケーキが運ばれてきた。ちゃっかりと注文していたようで、ユリウスの分もミラのパンケーキと一緒にテーブルに並べられる。


「ごゆっくりどうぞ」


 一礼してから店員が去っていく。それと同時に所長は、「噂はきっと本当なのだろうと、その時に確信したよ」と決め顔のまま続けた。

 ちょっとした話の中断は、些細な事のようだ。所長は二人がパンケーキを食べ始める中、これまで通りといった様子で、予告当日の事を語り始めた。

 ファジーダイス迎撃作戦を共にする事となった冒険者は五十名。Aランクも数人はいたそうだ。更に、要人警護や大規模な商隊の護衛などで有名な『アレックス傭兵団』も参加していたという。

 護る事にかんしては特に信頼の厚い傭兵団と、状況に合わせて臨機応変に対応出来る冒険者達。屋敷内には傭兵。屋外の広い範囲には冒険者と、過分なく配置され、所長もまた自身の能力を十全に発揮出来る場所が担当だったそうだ。所長が言うにこの配置は、悪徳商人ながら実に見事な布陣であったという。


「まあ、実際に指示したのは、傭兵団の参謀あたりだろうがね」


 当時を思い出したのか所長は鼻で笑いながらも、「それは、まさかという出来事だった」と、ここからが本番だとばかりに声色を重くした。

 全員、所定の配置についているものの、怪盗ファジーダイスは、律儀に予告状を出すだけはあり、その予告時間を違えた事はない。そのためか予告までまだ三時間も先という事で、冒険者達の気が少々緩んでいたという。

 と、そんな時、警護に当たっている者達に食事が配られた。手軽に食べられるサンドイッチながら、挟まれた具材は一介の冒険者では口に出来ないほど豪華なものであり、皆は悪徳商人の粋な計らいに喜んでいたそうだ。

 しかし所長は、これもきっと気が緩んでいる冒険者達の事を見越して参謀が提案した事だろうと予想したらしい。事実、食後の冒険者達は、気力が充実していたという。


「しかし、その予想が外れるとは思わなかった」


 所長は、ふっと笑いながら、その時に起きた出来事を口にした。予告時間の少し前に差し掛かったところで、突如冒険者達が次々と倒れていったと。

 何が起こっているのか。謎の攻撃を受けたのか。まったくの不明であるため、所長は身を隠しながら周囲の様子を窺いつつ、近場に配置されている冒険者の元へ向かったらしい。そして症状を調べたところ、冒険者達は眠らされているという事が判明したそうだ。

 いつの間に、どうやって。そう考えていた時、一人だけ動く者を見つけたという。その者は、所長も覚えがある人物。


「原因は、あの食事だった」


 一人だけ動いていた人物は、依頼主からだと言って食事を配っていた者であったのだ。それを見て、所長は気付いたという。あの食事に遅効性の眠り薬が混ぜられていたのだと。

 この時、所長は受け取ったサンドイッチを食べていなかった。何かが怪しい。そう直感したからだと所長は言う。

 しかしミラは、所長がその辺りを語る際に、言葉の歯切れが悪くなる事を見逃さなかった。というより、所長は嘘を吐く事が苦手な性格なのだろう、その点については、あからさまに詳細を濁している節があった。きっと何かしらの理由で、偶然食事を口にしていなかっただけなのであろう。

 その事に気付いたミラだが、面倒だからか、あえて指摘する事もせず、ただただパンケーキを頬張る作業を続けた。


「そうして、かの怪盗の策略を見事回避した私は、いざ堂々と彼に対峙したのだよ」


 いよいよ佳境だとばかりに、所長の語り口調は熱くなっていく。するとどうだろうか、気付けば周囲の席の客達もまた、所長の話に聞き入っているではないか。

 何だかんだいっても、今話題の怪盗についての話だ。しかも当事者の生の話ともなれば、注目するのも当然といえるだろう。

 そんな注目を集めながら、所長の話は決着に向かって進んでいく。


「彼は言った。あれを食べなかったとは用心深い事だ、と。私は応えた、次からはパンケーキで頼むよ、とね」


 所長もまた注目されている事に気付いたのだろう、突如決め顔で語り口調になる。そして続く話もまた、どうにも脚色気味に盛り上がっていった。

 怪盗ファジーダイスの策略により、重要な戦力である冒険者達が全て眠らされてしまった。しかもこの時すでに、守りの要の傭兵達もまた眠らされていた。傭兵達は屋敷内という閉所だったために、霧状の『楽園の白霧』は風で散る事もなく隅々まで行きわたり、結果簡単に陥落していたそうだ。

 ゆえに所長こそが最後の砦であった。


「その時既に、立っている者は私だけだった。そして、そんな私に奴は言った。こうして正面に立ち塞がられた事は初めてだ、とね」


 興が乗り始めたのか、所長の口調が徐々に芝居めいてくる。それに呼応するかのように固唾を呑み続きを待つ客達。ミラは正面にいながらも蚊帳の外といった雰囲気を察して「カスタードオーシャンを一つ頼む」と、さりげなく店員に三つ目のパンケーキを注文した。なお、ちゃっかり者のユリウスだったが、やはり所長の武勇伝が大好きな様子で、この時は完全に聞き入った状態にあった。


「初めて相対した奴の力は、それこそ未知数だった。しかし私は、決して臆する事無く、これまで培ってきた全ての技を以って挑んだのだ」


 それまでのファジーダイスの犯行において、過去に一度の戦闘行為も発生してはいなかった。戦闘になる前に、この時の冒険者や傭兵達のように眠らされてしまうからだ。つまりファジーダイスにとって、所長が犯行中初の戦闘相手となったわけだ。

 所長は、大いに語った。それは力と力、技と技、知恵と知恵が激しくぶつかり合った、壮絶な戦いであったと。しかし残念ながら一歩及ばず、ファジーダイスに敗れてしまった。そこまで話した所長は、ふと力を緩めて、どこか遠くを見つめながら、「私が奴を追うのは、裁くためではない。ただの男としての意地なのだよ」と、しみじみ呟いてみせる。


(誰もまともにやり合えていないので、実力がどれほどか不明、とかなんとか言っておったはずなのじゃがのぅ……)


 所長の語りは一体どこまでが本当で、どこまでが脚色なのか。ミラは盛大に飛び出してきた矛盾点に苦笑を浮かべながら、三つ目のパンケーキを口に運ぶ。そして細かい事など、どうでもいいと吹き飛ばす美味しさに笑顔いっぱいになった。

 と、ミラがそんな事をしている間に、周囲の反応も大きく変わってきていた。

 今まで所長が話してきていたのは、いわば当事者から見た怪盗ファジーダイスの活躍の物語であった。義賊として有名なファジーダイスであるため、やはり民衆の支持は強く、所長の話に出てきた傭兵団や冒険者達、そして所長もまた、この場合は敵役として認識されるものだ。


「すげぇよ所長さん。俺、あんたを応援するよ」


「男だな。ああ、それでこそ男ってもんだ」


「そっか、それでファジーダイス様を……」


 はてさて、どうした事だろうか。所長の話を聞いていた何人かが、ファジーダイスの敵方である所長を支持し始めたのである。しかも、その言葉に続くようにして、更に声援が増えていくではないか。


「ありがとう。頑張らせていただくよ」


 客達にそう応えた所長は、優雅にブレンドティーを口にすると、愁いを帯びた瞳でどこか遠くを見つめた。内面はどうあれ外見は実に様になる所長は、渋い男の色気をそこに滲ませる。途端に、女性達の黄色い声が聞こえてきた。

 何をやっているんだ。ミラはパンケーキを咀嚼しながら、所長にそんな視線を投げかける。すると所長はウインク一つ返し、「ここのパンケーキは美味しいだろう?」と、とぼけてみせた。その表情に、何かしらの企み事が上手くいったというような色を覗かせて。

 一見その場の勢いに思えたが、やはり探偵というだけあって何かしら考えていたようだ。ミラは幾らかの客達を味方につけた所長からそっと視線を外し、細かい事を考える事は止めて、残りのパンケーキを平らげる事に集中するのだった。






前にも歳をとって来ると味覚や好みの云々といった事を言いましたが……

最近、また一つ美味しいと感じるものが増えました。


それは、


あずきバーです!


今までは見向きもせず、バニラだチョコだガリガリだと

食べるのはそんなアイスばかりでした。

しかし最近、ちょっと思うところがあって、あずきバーを買ってみました。


美味しかったです。

あずきの素朴な美味しさ? のようなものがそこにはありました。

どうやらこれからの定番になりそうです。

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― 新着の感想 ―
[一言] もうご存知かもしれませんが、あずきバーは以前の歯がもげるかと思うほどの凶悪な硬さから、少し柔らかくなったそうですよ。 ちなみに融かすとお汁粉風になるそうです。
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