229 考察、ファジーダイス
二百二十九
「ところで、ファジーダイスについて一番詳しいと聞いたが、幾つか質問しても良いか?」
「ああ、何でも訊いてくれ」
注文のあれこれを機に話は変わり、ミラがいよいよ本来の話題に触れると所長は、さあこい、とばかりに身を乗り出して答えた。
「まず、ファジーダイスの実力についてじゃが、どれほどのものじゃろうか?」
初めにミラが訊いた事は、何よりも一番重要な相手の力量だった。ソロモンからの情報で、相当な手練れだというところまではわかっている。しかし、資料を通してソロモンが得た情報と、現場で相対していた所長が記憶に刻んだ経験とでは、やはり違うはずだ。少しでも戦力分析が出来る情報が引き出せる可能性は十分にある。
「実力か……。計り知れないとしか言いようがないな」
どうにも所長の返事は、はっきりとしなかった。正面から相対して戦った事は、何度もあるらしい。しかし、それでもファジーダイスの実力は、底が知れなかったそうだ。
「前に一度、Aランクの冒険者が十人集まり、かの怪盗を包囲したのだが──」
その話はつい先程、兵士長から聞いていた。凄腕冒険者十人が、ファジーダイス一人に悉く敗れたと。しかし所長の話は、それよりも更に詳しいものだった。
冒険者達と怪盗が対峙したのは、標的となった者の屋敷前の庭。そこで準備万端整えて待ち伏せていたところへ、ファジーダイスは堂々と現れた。
そして、問題はその直後だと所長は語る。
「戦いにすらならなかったのだよ。冒険者の全員が、その場にて眠らされてしまってな。そして私も、その直後から記憶がない」
所長は、まるで夢でも見ているかのような光景だったと話した。退路を塞ぎ包囲したまでは予定通りだった。後は、十人の冒険者で押さえ込んでしまえば勝利出来る。と、そこまで追い詰めたのも束の間、白い霧のようなものが広がった直後に、ばたりばたりと冒険者達が倒れていったという。この時、真っ先に前衛が倒れ、その事に動揺している内に後衛もまた倒れたそうだ。そして少し離れていた場所で構えていた所長も、その光景を見届けたところで意識を失ったらしい。
「私達は何もかもが終わった後で目を覚まし、そして悟った。あの白い霧のようなものに、眠らせる何かが含まれていたのだとな」
所長はそう締め括ると、何度相対しても、気付けば眠らされてばかりいると乾いた笑いを浮かべる。睡眠対策の薬やら術やらを用いても、華麗に意識を刈り取られるそうだ。
そうした事から直接戦った事はなく、戦闘力がどれほどのものか計れないという事だった。
「なるほどのぅ……」
怪盗ファジーダイスは、これだけ盛大に活動しながら、直接的な戦闘を一度もしていないらしい。ゆえに面と向かって戦った場合はどれほどかという予想は難しい。それでも、数々の有力な冒険者達を無力化出来るだけの何かを持っているのは確かだ。
その何かとは。果たしてファジーダイスは、どのような手段を用いて眠らせているのか。
「ところでファジーダイスのクラスは何なのか、判明しておるのじゃろうか?」
たとえ戦いには自信があるといっても、それを発揮する前に眠らされてしまったら元も子もない。眠りを回避出来たとしても、ファジーダイスが第二第三の手段を持っている事もあり得た。
ならばまずは相手がどのような手札を準備出来るのかを知る必要がある。そのために一番重要なのは、クラスだ。剣士や召喚術士などといったように、それがわかれば得意とする分野が大いに絞り込める。相手の強さ、そして手札を分析するためには、クラスの把握は外せない要素といえるだろう。
しかし所長は、首を横に振って答えた。
「先程言った通り、まともにやり合えてすらいないのでね。誰も把握出来てないのだよ」
術士系ならば、術を使えば直ぐにクラスが特定出来る。また戦士系ならば、得意とする得物で大体はわかるだろう。武器との相性なども存在するため、闘気を使えば更に絞り込めるはずだ。
しかし所長の話によると、ファジーダイスは、このどちらも人前では使った事がないらしい。
「せめて、戦士系か術士系かでもわかれば良いのじゃがのぅ。そこに心当たりはないじゃろうか?」
手の内をまったく見せない事から怪盗ファジーダイスの正体はおろか、クラスすらも完全に未知数であった。さてどうしたものかと、ミラは考え込む。するとそこで、所長がふと口を開いた。
「憶測なのだが、これではないかというクラスが一つだけある」
確証がないからだろう、少しだけ考え込みながら、そう口にする所長。どちらにしろ手がかりなどないミラは、「それは何じゃ?」と注目した。
「降魔術士だ」
下手に憶測を述べ、それが間違っていた場合、最後の最後で予想外の反撃を受けて、結果取り逃してしまう事になりかねない。所長にとって今回は、巷で有名な精霊女王との繋がりを得られた、折角の好機であった。ゆえに慎重にならなければいけないところだろう。
だが所長は憶測と言いながらも、力強くそれを口にした。探偵としての矜持、そして自信を、その推理に賭けたのだ。
「ほぅ……。降魔術士か……。怪盗などというくらいじゃから、隠密系クラスかと思っておったが、なるほどのぅ」
術については何かと詳しいミラは、あり得なくはないと考える。だが確証もない。そのためミラは、今一度問うた。
「しかしまた、なぜ降魔術士だと思ったのじゃ?」
するとその途端に、所長の目が輝いた。そして口にする。「聞きたいというのなら、説明するとしよう」と。
瞬間、ミラは察した。あれは、あの目は語りたがりの目であると。話したくて仕方がない者の目であると。どうやらウォルフ所長もまた、推理の経緯を事細かに解説する事が好きな探偵だったようだ。
「根拠は、あの眠くなる白い霧だ」
慌てて付け加えた、簡潔に頼むというミラの言葉は露に消え、そこから所長の長い推理が始まった。
まず初めに所長が注目した点は、眠りを誘う霧の成分だそうだ。これを分析し成分が判明すれば、耐性薬が作れると考えたらしい。
「先程は、何度も眠らされたと言ったが、その内の一回は、あえて眠らされたものだったのだよ」
何度も眠らされている中、たった一回程度挽回したところで、どうという事でもない。しかし所長は、そう強調して当時の作戦を説明する。
何でも、あえて眠らされたその時には、後方に医療班を待機させていたそうだ。そしてファジーダイスが消え去った直後に出てきて、眠りを誘発している成分を特定するために、眠った自身の状態を詳細に検査させたという。
そして結果、降魔術を疑う要素が浮上したらしい。
「故意に相手を眠らせる場合、その手段は大まかに分けて三つある」
探偵らしく堂にいった表情をしながらも、どこか自慢げな所長。しかも結果を勿体ぶりながら、彼は指を三本立てて更に説明を続ける。
眠らせる手段の一つ目は、何らかの衝撃による昏倒、または頸部の圧迫などの外的接触。つまりは殴ったり絞め落としたりする肉体派のあれだ。
しかし当然、ファジーダイスのとった手段は、これではない。ならばなぜ、わざわざ例に挙げたのか。ミラがそれを問わずとも、所長は自発的に答えた。この場合は当然、眠りを誘発する成分が検出される事はないと。
「これまでも、何度か眠りの原因となる成分を特定しようと検査した事があった。眠りから覚めた協力者と、私もまた然るべき医療班に調べてもらったのだ」
しかし、誰の身体からもそれらしい成分は検出出来なかったそうだ。身体に残らない眠りの毒素。症状が治まったばかりでありながら、検出出来ない毒素。医療班の責任者曰く、そのような毒を持つものは、植物や魔物にすら存在していないという事だ。
「つまり、相手を眠らせる二つ目の手段、様々な媒体から抽出した毒素による昏睡もまた、この時点で違うとわかる」
眠りの毒。五十鈴連盟のサソリが、いつぞやに使っていた薬玉のような代物だ。錬金術などを用いれば、そういった効果の薬を作り出す事が出来る。
そして成分の強さなどにもよるが、薬で眠った場合、身体の自浄作用によってそれは徐々に薄まり、ゆっくりと覚醒に近づいていく事になる。
その場合は、血液や尿などを検査すれば、原因となった毒素が判明するものだ。
しかし、これまでの検査では、目覚めた直後であるにもかかわらず、その成分が見つけられなかった。かといって、外的接触が原因ではない。
となれば、残った手段が三つ目。状態異常誘発系の術による昏睡だと、所長はこれまで以上に力強く口にした。
「この件を調べるために、私は資料を購入したのだ。術士の国と呼ばれ、大陸最大の術研究機関として有名な、かの銀の連塔より発行されたこの本を」
所長はそう言いつつ、脇に下げたカバンから一冊の本を取り出してみせた。それは立派な、というよりは頑丈そうな装丁であり、武器にもなりそうなほどに分厚い本だった。そして見せられた表紙には、『状態異常術式解析決定版』と書かれていた。
「これは実に素晴らしい本だったよ。術士ではない私でも理解出来る説明と解説、そしてそれらを裏付ける実験結果。英知と呼ぶに相応しい内容だった。三百万リフと実に高額だったが、その価値は十分にある」
そう断言した所長は、「お陰で、他の本にも興味が湧いてしまってね」と呟いて、もう二冊ほど、銀の連塔発行の本を取り寄せているのだと笑った。当然、そのどちらも百万リフは下らない貴重本だという。
(……何と、本になっておったのか。しかも、三百万リフじゃと……?)
ミラは所長が置いた本を見た瞬間、複雑な色を顔に浮かべた。状態異常術式解析。それはかつて、ミラも何度か協力した事のある実験の呼び名であった。
多種多様な術には、麻痺や毒、睡眠、混乱などなど、様々な状態異常を誘因させる種類もある。他にも火傷や裂傷など、副次効果として発生するものもだ。
更には術式などと題されてはいるが、その範囲は魔物や魔獣、精霊に聖獣、果ては悪魔までもが扱う魔法についても言及しているという欲張りぶりだ。
そして、その実験を何度か手伝った事のあるミラは、少しくらいマージンがもらえないものかと、思いを馳せる。
と、当時を思い返すと同時に、ミラはなるほどそういう事かと、ついでに所長の言いたい事を理解した。
「確か、術によって生み出された毒素はマナを変質させたものであり、状態維持の限界時間を超過した瞬間、また、生体の外部で僅かな時間が経過しただけでも、その成分は再びマナに戻る、とかじゃったな」
記憶を探るようにしながら、ミラはそれを口にする。そう、何度も協力した事があるために、ミラはそこに記載されているであろう事柄をほとんど知っていたのだ。ならば後は、今の話の流れに該当する部分を思い出すだけで良かったわけだ。そうする事で、回りくどい所長の語りを省略出来るわけである。
そんなミラのささやかな意地悪は功を奏し、所長は案の定、出鼻をくじかれたとばかりな様子で、唖然とした表情を浮かべていた。しかしそれも束の間、次の瞬間には感心したとばかりの表情に変わる。
「正にそれだ。もしやミラ殿も、この本を読んだ事が?」
まるで同好の士を見つけたとばかりに目を輝かせる所長。対してミラは、その期待が重いと感じつつも「一部をちらっとだけじゃがな」と答えた。一応、嘘というわけではないが、読んだ側と制作に携わった側の違いは、こういう場合どうなるのかとミラは苦笑する。
「おお、素晴らしい。ミラ殿が言った通り、術による状態異常は、体内の毒素がマナに戻ると同時に回復する。だからこそ、目覚めた者達を幾ら調べても成分を検出出来ず、即座に調べようにも検査機に入れた途端に毒素は消えてしまうわけだ」
所長は改めるようにして、そうまとめた。状況から考えて、眠らされた原因は術以外には考えられないと。そしてミラもまた、それに同意する。
ゲーム時代、ミラは丁度そのあたりの実験にも付き合わされた事があった。
実は一概に状態異常といっても、それは原因によって経過などに違いが出る。そしてその原因とは、症状を引き起こす成分の生成方法だ。
状態異常を与える毒には、大きく分けて二種類ある。生毒と魔毒だ。
生毒とは、体内で成分を作る生物や魔物、または植物などに含まれる毒であり、受けた者の体力や自浄作用の強さによって効果時間が変わる。そのまま快方に向かう事もあれば、致死へ至る場合もあり、非常に効果の幅が広い事が特徴だ。
治療手段は、専用の解毒薬か治療系の術だが、毒の種類によっては薬以外では回復不可能などという恐ろしいものも存在する。レイズウッド森林に棲む蛇の王が持つ万死の毒などが、その最たる例だろう。
対して魔毒とは、術や魔法などによって生成された毒の事だ。これには体力や自浄作用の影響を受ける事がないという特徴があった。かといって何にでも通用するかというと、そうでもない。この場合にはレジスト率、つまりは術や魔法に対する耐性が影響してくるのだ。
これが高い場合、体内に侵入した毒素は、あっという間にマナへと戻されてしまう。だが、レジスト率の倍ほど超える強度で構築された毒素ならば、一瞬で状態異常に陥らせる事が出来た。
とはいえレジスト率が高いほど回復も早く、術や魔法で生成された毒素は、その全てが聖術などで完治可能だ。
また、この魔毒というのは、生命を伴うマナに反応して活動する。つまり、死体には残らないという事だ。
体力派には魔毒による状態異常、魔力派には生毒と使い分ける事が勝利への鍵である。
そして何より、錬金術による毒物生成が最たる生毒である事に対し、魔毒の状態異常においては、降魔術の右に出るものは存在しなかった。
このあいだスーパーへ買い物に行った時の事です。
実に久しぶりに、神戸ショコラの濃厚ミルクが売っていました!
袋チョコの中でも、最高位に座する逸品です!
その姿を最後に見たのは半年以上は前でしょうか。
まぁ、ダイエットなんてまったくしていなかった時期でしたね。
だからあの頃は、本能の赴くままにわっさわっさと買ったものです。
しかし今は……!!
ダイエットもありますが、何より胃酸過多にチョコは厳禁らしいという事です……!
涙を呑んで神戸ショコラに背を向けました……。
そういえば、ダイエットを始めてから一回の買い物での支払いが二割は減りました。
ダイエットはお金の節約にもなるようです。