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22 ランクC

二十二




 術士組合で登録の手続きをした次の日の朝。ミラは上半身を露わにしたままベッドの上で試行錯誤を繰り返していた。先日は侍女のリリィに付けてもらったため、一度外したブラの付け方がよく分からないのだ。

 それでも悪戦苦闘を続けていると、ふと「わしは何をやっとるんじゃ……」と言い得ぬ自己嫌悪に陥り、ミラはベッド上にブラを放り投げるとワンピースを頭から被る。


 食堂でガレットと一緒に朝食を摂った後、ガレットは小包を抱えて「では行ってまいります」と、別件の用事で出かけていく。ミラはそれから暫く、食後のバナナミルクをちびちびしながら目的地についての記憶を辿った。


 通称、地下墓地と呼ばれるダンジョン、古代神殿ネブラポリス。全六層で構築されており、通称通り地下へと潜っていくタイプのダンジョンだ。

 小高い岩山の麓にあり岩山の一部を断崖にして、そのまま削り出した神像が左右にいくつも並ぶ壮観な場所となっている。魔物が居なければ観光スポットとして繁盛したかもしれない。だが今は魔物が居るからこそ、お金をかける事を厭わない上級冒険者を呼び込むために役立っているのだから世の中どう転ぶか分からない。

 入り口から入ると祭事等に利用される大広間に出る。ここには基本的に魔物は出現しない。だが時折、階下から魔物が登ってきたり、実体を持たない幽体の魔物が現れるので、余程の腕が無ければ安全には休めないだろう。

 そして広間の中心には祭壇がある。この祭壇の仕掛けを操作する事でメインとなる一層目への入り口が開くのだ。

 一層降りる毎に敵の強さが上がり、最下層である五層目にまでなると上級プレイヤーでも油断はできない程だ。


 一通りの記憶を辿り終えたミラは、バナナミルクを飲み終えて、一息置いてから術士組合へと向かう。

 大通りを歩きながら人や建物を観察してみる。鎧やローブといったゲームの時には見慣れた人々が居る中、昨日組合で見た様な魔法少女の他にも、忍ばないアメリカンな忍者や、刀狩でもしていそうな刃物好きの侍、般若の面を被ったシスター等、突っ込みどころ満載の光景がミラの瞳に映る。


(わし、普通かも)


 もはや同類以上の者が闊歩している街で、何を怯える必要があるのか。ミラは自信満々に大通りを大手を振って進む。服装以上に視線を集める容姿である事を忘れて。

 

 術士組合に到着したミラは、見覚えのある受付嬢の前に駆け寄る。昨日応対したユーリカだ。受付に座りながら、せっせと何かを書いている。まだ知り合いとも言える程ではないが、まったく知らない者よりかは話しかけやすかった。


「ちょっとよいか」


「はい。少々お待ち下さい」


 ユーリカは声を掛けられると、手元の書類を脇に寄せてから顔を上げる。するとそこには昨日見たダンブルフの弟子ミラの姿がある。


「ふぇっ! ああ、ミラさん! おはようございます! えっと、冒険者証の受け取りですね」


 一瞬だけ慌てるも、すぐに平静を取り戻すとミラの来た目的を思い出す。


「うむ、出来ておるか?」


「はい、完了してます。少々お待ち下さい」


 ユーリカはそう言い立ち上がると、受付の後ろにある棚からファイルを取り出し戻る。


「こちらになります。ご確認下さい」


 ファイルから一枚のカードがミラの前に差し出される。そのカードには名前とクラス、そしてランクが記されている。

 名前はミラ、クラスは召喚術士、推薦状の効果によりランクは最初からC、これで地下墓地の条件をクリアした。


「問題ない」


「では、ミラさんはCランクとなりますので、こちらの操者の腕輪をレンタルする権利が与えられましたが、ご利用されますか?」


 ユーリカはファイルから、銀色の腕輪を取り出し台に置く。しかし、それはミラには非常に見覚えのある物だった。


「ぬ、それはもしやこれか?」


 言いながらミラは左袖を捲り上げて、その細く白い手首に嵌る腕輪を見せる。その瞬間、ユーリカは呆然としたように沈黙するが、途端に首を振りコクリと頷く。


「……そうです、それです……もうお持ちなんですか!?」


「うむ」


 ユーリカは、目の前に居る少女が英雄の弟子である事を思い出し、納得するように平静を保つ。それ程の人物であれば、個人で所有していてもおかしくはないと。

 この操者の腕輪というのは、プレイヤーの持つ操作端末のレプリカだ。使える機能はアイテムボックスとマップに限られる。ただ、制作費が高く技能大全にも載っていない秘伝が使われているため、個人で所有している者は少ない。

 だがその利便性は計り知れないものなため、活躍が見込める上級冒険者、Cランク以上に月額制で組合から貸し出しているのだ。

 

「流石はダンブルフ様のお弟子様。もう、その様に構えておいた方が良さそうですね」


 若干の緊張を残しながらも目の前の少女は英雄の弟子であるという心構えが必要だと悟った。

 ユーリカは気を取り直してファイルを開き、一枚の紙を取り出しミラに手渡す。


「こちらには術士組合所属に関する要点が書いてあります。依頼にはそれぞれランクが設定されており、ランク以上の依頼を受ける事は出来ません。ランクの高い方の依頼に参加する事は可能ですが、その際は自己責任となります。

 それと、各地にあるダンジョンにはランクによる制限があります。近くの街にある組合が管理していますので、入る際には申し出をお願いします。違反しますと罰則がありますので注意して下さいね。

 あと、討伐依頼に関しては受領時に魂石をお渡ししますので、それにより討伐数等が判断されます。魂石を紛失すると達成後でも失敗となってしまいますので、大切に保管して下さい。

 ここまでで何かご質問はございますか?」


「申し出が必要か」


 ミラが、これから向かう目的地はダンジョンだ。話の内容によると申し出をしないと罰則があるらしい。


「この後、地下墓地……古代神殿ネブラポリスに入ろうと思うのじゃが、許可はどうすればいいんじゃ?」


「いきなりですか!? ……っと、ダンジョン管理は入り口から入って一番右の受付でしておりますので、そちらで許可を貰って下さい」


「なるほどのぅ」


 ミラは少しだけ上体を反らすと、右端の受付を確認する。組合の受付中央辺りには人が多いが、右端は程々といった具合だった。


「それでは最後に組合施設のご利用についてですが、基本は無料です。ただ飲食や消耗品等は割引だけになります。それと施設を破損した際には修理費が今後の報酬から天引きされますので、大切にご利用下さい」


 言い終わるとユーリカは、ポケットからカードと同じくらいの大きさの皮製ケースを取り出す。そのケースはピンク色でリボンと杖が描かれている。とても、可愛らしいカードケースだ。


「これは、私からのプレゼントです。冒険者証の入れ物に使って下さい」


「う……うむ。ありがとう」


 余りにも少女趣味なデザインに戸惑うが、ミラは満面の笑顔を浮かべるユーリカの善意を無下に出来ないため大人しく頷いた。了承するのを見ると、ユーリカは早速とばかりに受付のトレイに置かれたままの冒険者証をカードケースに入れて、笑顔で手渡す。ミラはそれを苦笑しながら受け取った。


「それと何やら組合長が渡したい物があるとの事ですが、今日中には準備できると思うのでよろしければ明日以降、時間のよろしい時にまた顔を出してほしいとの事です」


「渡したい物とな?」


「はい。何なのかは聞いておりませんが、ソロモン様からのお達しだそうです」


「あ奴からか……。あまり良い物ではなさそうじゃな。まあよい。明日以降に来ればいいんじゃな」


「はい、お願いします」


「心得た」


 組合長経由で何が渡されるのか見当もつかないがソロモンの頼みで動いているのだから、それ関係だろうと当たりを付ける。


「ではこれで手続き完了です。それとミラ様の素性の事を知っているのは、今のところ私と組合長だけですので、何かありましたら私へお願いします」


「覚えておこう」


「後ですね……」


「何じゃ、まだ何かあるのか?」


 ユーリカは少し言い辛そうにしつつも、何をか期待するかの様に瞳を輝かせてミラを見つめる。そして勢い良く両手を差し出し、


「握手して下さい!」


 そう言いながら頭を下げた。さっきまでは、組合員として業務を全うするための仕事の顔。それが終わった今、居ても立ってもいられず私情を盛大に挟んだのだ。

 実はユーリカはダンブルフの大ファンだった。家はダンブルフ関連のグッズで溢れている程に。

 長期休暇にはシルバーホーンまで出かけ、休みの間ずっと召喚術の塔を見上げていたという遍歴も持つ。

 そんな彼女の前に今までなんの音沙汰も無かった憧れの英雄の弟子が現れた。結果、ユーリカは完全に有頂天になっている。そもそもユーリカの事を知っている職員仲間が見ていれば、業務を全うするまでよく我慢できたなと感心する事だろう。


「これでよいのか……?」


 ミラは勢いに押され気味になりながら手を差し出すと、咄嗟に感触を刻み込むように両手で優しくも強く握りしめられる。しかも、ユーリカの目には薄っすらと涙まで浮かぶ。


「ありがとうございます。もうこの手は洗いません!」


「いや、洗った方がいいじゃろう」


 ユーリカが熱狂的なダンブルフファンだとは知らないミラは、若干引き気味に答える。だが、分からないまでも喜んでいるならばいいかとも思っていた。


「では良い冒険者ライフを。ご利用ありがとうございました!」


 ユーリカに送り出されたミラは受け付けから離れると、その足で地下墓地に入るための許可を貰いに右端の受付へと向かう。


「古代神殿の許可を貰いたいのじゃが、ここでよいか」


 ミラは受付に到着後、ダンジョン許可受付と書かれた案内表を見ながら、開口一番に尋ねる。


「はい、こちらで受け付けておりますよ」


 何やら聞き覚えのある声だなと、ミラは顔を上げる。


 ユーリカが居た。

 古代神殿ネブラポリスへ行くという様な事をミラが言っていたため、本来ここで受付をしていた女性に頼み込み一時的に交代してもらっていたのだ。


 なぜここにとミラはやや呆れつつも、ユーリカに従い古代神殿に入るための手続きを始める。



 どうにか手続きを終えて手数料の千リフを払うと、テンションの高いユーリカから古代神殿の許可証を受け取る。それは、図形の描かれたカードのようなものだった。

 それと同時に、説明を受ける。

 まず、ダンジョン入り口にある結界石にカードで触れる事で解除、入る事が出来るようになる。離してから十秒後に結界は復活する。

 カードは一度きりしか使えず、また中に入るためにはもう一度手続きが必要。

 出る際には必要はなく、そのまま結界を抜ける事が可能。

 利用後は、組合内にあるリサイクルボックスへ。

 ミラはそれら一つ毎に相槌を返していくと、最後にまた握手を交わしてから組合を後にした。



 術士組合から出ると、折角だから古代神殿の許可証も入れてしまおうと、ミラは可愛らしいカードケースを開く。そうしながら、すぐに地下墓地に向かおうか少し街を観光してからにしようかと考えていた。

 すると、戦士組合の方が騒がしくなる。


「ならいいです! 僕だけで行きますから!」


 叫ぶような声と共に戦士組合の扉が大きな音を立てて開く。すると中から一人の少年が飛び出して来て、そのままミラの方へと向かって走っていく。少年の目には涙が浮かんでおり、悔しさを噛みしめ俯き加減で走っているので、その直線上に居るミラに気付いていない。対するミラも、手元でカードケースに許可証を入れるため視線を落としている。そのため、周囲の事は目に入っていない。


「ふぎゃっ!」


「うわぁっ!」


 当然の如く少年は頭からミラに突っ込み、ミラはその衝撃で少しよろめくも、どうにか踏み止まる。


「いったいなんじゃ!」


 ミラは反射的に原因であろう者を睨みつけるが、その目に留まったのは転んで地に伏せたままぐずる少年だった。その姿を見た瞬間ミラの怒りは急激に冷めて、そのまま少年の許へ歩み寄ると抱くように両手を回し立たせる。


「大丈夫か、小僧。痛いところはないか?」


 ミラは少年を覗きこむように顔を近づけると身体を払いながら優しく問いかける。そしてローブの袖で赤い目をした少年の涙を拭う。


「うん。ぶつかってごめんなさい」


 ペコリと頭を下げる少年。良く出来た子だとミラは感心しながら「大丈夫じゃよ」と頭を撫でながら答える。


「貴女も怪我はない?」


 問いかけるような言葉と共に顔を覗き込まれたミラは、少しだけビクリと身体を竦ませる。突然、眼前に綺麗な女性の顔が現れたからだ。

 その女性は白と緑の軽鎧を身に付け細い剣を佩いている。黒色の長い髪を靡かせ、優しそうな表情にたれ気味の瞳、長い耳をしているエルフのお姉さんだった。

 少年は、そのエルフの女性をちらりと見ると、すぐに視線を外し悔しそうに震えている。


「う……うむ、問題ない」


「そう、良かったわ」


 佇まいや風貌、そして装備から見て、このエルフはかなりの実力者だと思ったミラは彼女を調べてみた。

 それで得られた情報は、まず名前はエメラ。ステータスは魔力と技力が高めで力と体力がそこそこといったところだ。装備品による補正を加えると、もう少し上がる。

 ミラは、魔法騎士団隊長のグライアのステータスと比較し、目の前のエルフは同程度の実力者であると判断した。


「しかし何事じゃ? この小僧の目、転んで泣いたというわけでもなかろう。お主は何か知っておるのか?」


 転んで泣いただけならば、ミラは気にもせず少年にアップルオレでも渡して帰しただろう。しかし、泣いたばかりとは言えない程、少年の目は泣き腫らしたかのように真っ赤だった。子供を泣かす等許せないと、ミラはエルフの女性に威嚇の眼差しを向ける。


「あうー……。何だか私、悪者扱いされてるねぇ……。えっとね……、まず私はエメラ。戦士組合所属でランクはC、一応上級に組み分けされている冒険者なんだけど」


「ふむ、わしはミラじゃ。つい今しがた術士組合所属になったところじゃな」


「ほえー、その歳で冒険者なんだ。やっぱり術士って面白いねっ」


「そんな事より、事情を知っておるのか?」


 ミラはエメラを見上げながらも、流れ続ける少年の涙を拭い直す。


「そんなに睨まないでー。お姉さん傷ついちゃうよー」


 本気で傷ついているようで、エメラの眉は下がり、どちらかというと気の弱いお姉さんという様子だった。ミラも、女性を傷つけたいという趣味は無く、若干表情を和らげる。何となく、エメラが少年を泣かせるような酷い事をしたとは思えなかったからだ。


「えっと、ミラちゃんも組合所属になったなら聞いてるよね、ダンジョンの許可の事」


「うむ、手数料千リフで許可証が貰える事。ダンジョン毎にランクがあり、入るにはそのランクに達していなければいけない、という事じゃろう」


「そうそう。それでなんだけど……」


 エメラがそう言い掛けたところで、少年が地面に落ちていたカードケースに気づく。


「あ、ごめんなさい。僕のせいで」


 申し訳無さそうに言うと、少年はカードケースを拾い上げる。その可愛らしいデザインからミラのだろうと分かったのだ。しかし次の瞬間、ちらりと見えた二枚のカードに表情を一変させる。


「お姉ちゃん! お姉ちゃんはランクCなの!?」


 少年が涙を払い、期待に満ちた瞳でミラを見つめる。何事かは分からないが泣くのを止めたのなら良いと、ミラは安堵して頷く。


「うむ、そうじゃよ」


「えっ……、ウソ!? だってさっき組合所属になったばかりだって言ってたのに! 登録直後はGランクからのはずでしょ!?」


 少年以上に驚いたのはエメラだった。それもそのはずで、登録直後からCランク等という事は前代未聞で聞いた事も無い。推薦状というものは知っているが、それでもEからがせいぜいだ。

 エメラは突進するように少年の持つカードケースを覗き込む。そして、その少年の言う通りミラの冒険者証はCランクであると確認する。


「どうなってるの……、これは本物なの……」


 目を丸くしたエメラは、更にカードケースに一緒に入っている古代都市ネブラポリスの許可証を見て、冒険者証は本物だと判断する。どのような手を使い冒険者証の表記を誤魔化しても、情報は組合が管理している。ダンジョンの許可証を発行する際は組合を通すので誤魔化しは利かないのだ。


「古代神殿の許可証……本物ね」


 エメラはそう呟いた瞬間に、しまったと自分の失態に気付く。エメラは慌てて少年に目をやると、少年は更に瞳を輝かせてミラに大きく頭を下げる。


「お姉ちゃん、お願いします。僕を古代神殿に連れて行ってください!」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ミラはダークナイトの他に何を召喚できるんだろ楽しみ
2022/04/10 11:02 退会済み
管理
[気になる点] > お金を厭わない上級冒険者を呼び込むために役立っているのだから世の中どう転ぶか分からない。  正確には「お金をかけることを厭わない」ではないかと。  金を厭わない=金に忌避感を持た…
2022/04/02 20:41 退会済み
管理
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