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228 名探偵登場?

二百二十八



「あ、ミラさん。お待たせしました」


 ロビーで待つ事、数分。大階段の上に姿を現したユリウスは、ミラの姿を確認するなり頭を下げた。


「おお、君があの。待たせてすまなかったね」


 その手前、ユリウスと共に現れた男は、そう口にしながら優しい微笑みを浮かべる。きっとこの男が、ユリウスの言っていた所長なのだろう。元冒険者というだけに体格はがっしりしており、その顔は老練といった言葉が似あう渋さがあった。それでいてくっきりとした瞳には、知的な輝きが秘められている。武と知を併せ持った隙の無さが全身から感じられた。

 だが何よりもミラを驚かせたのは、彼が車椅子に座っている事だ。また、その車椅子は病院などでよく見るそれとは少し違い、グリップ付きの車輪がついた骨組みに、安楽椅子を固定したようなものであった。


「お、おお! 貴殿がウォルフ所長じゃな。お初にお目にかかる」


 ミラは、名探偵登場を予感させるその風貌に胸をときめかせる。広義としては色々とあるが、ミラの目の前に現れた所長は言葉通り、見た目だけは完全に安楽椅子探偵であったのだ。しかも理想的な渋さであるため、ミラは憧れを抱きながら応え、そして立ち上がった。

 所長の前には大階段。ゆえに、ここからはこちらから出向こうとミラが歩き出した時だ。


「おっと、ミラ殿はそこで待っていてくれないだろうか」


 不意に所長本人から、待ったの声がかかった。


「しかしじゃな……」


 流石に足の不自由な者に無理をさせるのは忍びない。そうミラが難色を示したところ、所長はこの程度どうという事はないと笑い飛ばす。


「そもそも、こちらがお呼びしたのだからな。こちらから出向くのが礼儀というものだよ」


 言うが早いか、所長はその両手で力強く身体を押し上げ立ち上がった。その勢いは、動向を見守っていた周りの者達も「おお!」と驚くほどのものだった。

 しかしながら、彼の足はその気合に応えてくれそうにはない。「ぐっ」と苦悶を口にした所長は膝を折り、身体の不自由に屈した。

 ただ、立ち上がった時の勢いはまだ失われておらず、彼の身体はそのまま傾き、大階段の手摺に干した布団の如く引っかかる。

 瞬間、誰もが「あっ」と声を上げた。手摺に引っかかった所長が、滑り台のように滑り下りていったからだ。


「ぐほぁっ」


 手摺の終点より僅かに飛翔した後、所長は勢いよくロビーのど真ん中に全身を打ち付け嗚咽を漏らした。だが流石は元冒険者というべきか、周りの心配する声の中、何事もなかったとばかりに身を起こす。


「いやはや、お恥ずかしいところを見せてしまったね。そろそろ大丈夫かと思ったのだが、まだ駄目だったようだ」


 その場に座り込んだまま、愉快そうに笑う所長。どうやらその様子からして、足は完全に動かないというものではないらしい。そっと足を動かしては「いてて」と戻し、「悪化したか……?」と深刻な顔で呟いている。


「所長。そんな事ばかりしているから、痛みが治まらないんですよ。安静にしておくのが一番だと、お医者様や聖術士の方に言われたではないですか」


 溜め息交じりに小言を口にしながら、車椅子を抱えユリウスが大階段を下ってくる。もしかしたら、よくある事なのだろうか。彼の声に心配の色はなかった。


「いやぁ、失敗失敗」


 所長はユリウスの手を借りて立ち上がると、そう笑いながら車椅子に座り直す。すると先程までの知的で逞しい印象はどこへやら、照れたように笑う所長の姿は、どこか愉快で愛嬌のあるものとなっていた。


「ふーむ……。随分と派手に落ちたが、本当に大事はないのじゃろうか?」


 見た限りでは、ぴんぴんとしているが、実際はどうなのかわからない。ミラは念のためといった具合で、そう確認する。


「おお、心配かけてすまない。だがこの通り何の問題もない!」


 所長は、そう答えながら全身を動かしてみせた。しかも、少し前まではちょっと動かすだけで、いててと言っていた足の方まで元気に動かしているではないか。もう痛みは引いたのだろうか。

 不思議そうにミラが見つめていると、所長はにやりと笑い種明かしをした。何でもこの安楽椅子の方には、鎮痛効果のある術式が施されているという事だ。そのため、座っていれば余裕だと笑う所長。


「安静にしていてください」


 そんな所長にユリウスが静かな怒りを湛えて告げた。鎮痛の術式は痛みを誤魔化しているだけで治療出来ているわけではないため、そのように無理に動かしていると治るものも治らない。何度言ったらわかるのか、と。


「ああ、そうだね。もう大丈夫」


 ユリウスの怒気に気圧されたのか、所長の肩が少し縮こまる。

 ミラは、そのやり取りを眺めながら、最初に感じていた印象とは随分と違ってきたなと苦笑する。どうやらこの探偵は、ハードボイルド系ではないようだ。


「ところで、その足はどうしたのか訊いても良いじゃろうか? 多少の怪我というのならば、召喚術でも治せると思うが」


 注目していた周囲の客達から、笑いが生まれ始めていた。それは嘲笑とはまた違った雰囲気であり、どこか微笑ましさすら感じられる笑いだった。そんな中、照れたように笑う所長にミラはそう訊いた。


「おお、召喚術には治療が出来るものもいるのだね。何と万能な術なのだろうか」


 驚きの声を上げた所長だったが、それでも流石にこの足は難しいだろうと話す。何でも痛みの原因は、冒険者を引退する原因となった古傷の後遺症だという事だ。

 あの時の戦いは実に壮絶だったと、所長は思い出に浸る。


「余程の事がない限りは、ぶり返す事もないはずだったんですけどねぇ」


 所長が冒険者時代の武勇伝を話し始めたところで、ユリウスが窘めるようにそう言った。何でも先日、ファジーダイスの逃走経路を予測していた際の事。

 怪盗ファジーダイスは登場時、どこからともなく現れるが、標的を盗んだ後は必ず建物の上を飛び跳ねて逃げるという事に最近気付いたそうだ。

 ならばこの街では、どのような順路で逃走するだろうか。所長は、そう思い立ったらしい。それが予測出来れば追跡がし易くなり、また逃走先の絞り込みなども出来るかもしれない。

 ファジーダイス捕縛に繋がる手が先に打てる。そう確信した所長は、その逃走ルートを予測するため実際に屋根に上ってみたという。そして、予想したルートが使えるのかどうかを、実際に辿ったそうだ。ファジーダイスの如く、屋根から屋根へ飛び移るようにして。


「その結果が、これです……」


 ユリウスは、ため息交じりに所長を一瞥する。案の定、屋根の上から転落したという事だ。

 とはいえ、この世界の強者というのは身体能力の化け物である。かつて行動を共にしたアーロンなど、十メートルの高さから落ちても着地出来たほどだ。所長の屈強な身体をみれば、生半可な鍛え方ではないとわかる。落ちたところで、上手く着地は出来なかったのだろうか。ミラがそう訊いたところ、何でも所長は勢いよく民家の壁に激突し、眩暈を起こしていたという事だった。

 ただ、その時の怪我自体は居合わせた聖術士のお陰で完治したようである。しかし、無茶が祟ってか古傷の痛みがぶりかえし、車椅子生活を余儀なくされているとの事だった。

 様々な傷や病気を癒せる聖術ではあるが、万能というものではない。後遺症といった症状には無力なのだ。そしてそれは、ミラの持ち札にある回復系でも同じであった。


「ふむ、そういう状態じゃったか。それでは難しいのぅ……」


 九賢者という立場にまで上り詰めた実力から、そこらの聖術士より上等な治療手段を持ち合わせてはいるものの、やはり後遺症の類には効果はない。ミラが残念そうに呟くと、それにユリウスが反応した。


「ほら、所長。礼儀だ何だという前に、気遣っての厚意は素直に受けておいた方がいいと思いますよ。でないと、こうなってしまった時、相手に余計な迷惑をかけてしまう事になるのですから」


「うっ……」


 ミラから出向こうかと言った時、その気遣いを素直に受けていれば、階段から落ちる事や足の心配をさせる事もなかった。結局、余計に気遣わせてしまう結果となる。そんなユリウスの小言に、所長の背はますます丸くなっていく。


「ところで精霊女王と呼ばれている事からして、相当に精霊達と縁がありそうだが、もしや希少な光の精霊の加護なども授かっていたりするのかね?」


 まるで何かを誤魔化すかのように、所長は話のすり替えを図った。後ろで苦笑を浮かべるユリウス。対してミラは、その質問に堂々と胸を反らして答えた。


「うむ、当然じゃ。召喚術士たるもの、主だった加護は全て授かっておるぞ!」


 召喚術の特徴からして精霊との接点が多い分、ミラは基本属性全ての加護をコンプリートしていた。そして極めつけである精霊王の加護ときたものだ。精霊の加護においては、ミラに敵う者などまずいないだろう。


「何ともまた驚いた……。流石は精霊女王と呼ばれるだけはある」


 ミラが口にした、主だった加護。それは八つの基本属性の事を指す。そして、それら全ての加護を授かるなど並大抵の事ではなかった。それこそ、術士最強と名高い九賢者くらいのもの。それが一般的な常識である。

 そのため、期待通りで予想以上の答えに、所長は驚嘆しながらも実に感心した様子だった。


「ところでミラ殿、甘いものはお好きかな? あちらのパンケーキは絶品なのだよ」


 ミラの答えに満足げな笑みを浮かべた所長は、ロビーの端にある併設されたレストランを指さしてみせる。


「ふむ、パンケーキか。嫌いではないのぅ!」


 好きかどうかと訊かれたら、それはもう大好きであった。ミラが力強く頷き返したところ、「では、このまま立ち話も何であるからな」と、所長は華麗に車輪を操りレストランに向かっていく。

 ミラもまた意気揚々と誘いにのって、所長を追った。

 階段から見事に転落してからの一連のやり取り。ミラと所長は気にしていなかったが、結構な注目を集めていた。そのためユリウスは、「お騒がせしました」と一言断りつつ、二人の後に続くのだった。



 流石は男爵ホテルというべきか、レストランは他の宿とは比べ物にならないほど豪華な造りとなっていた。というより、些か輝きが強過ぎるようにも感じられる。

 そんなレストランに足を一歩踏み入れたところ、ふとした話し声がミラの耳に届く。その内容は半分が所長に対する陰口に近かった。

 片や、陰で悪事を働いている者達を法の下に晒す正義の義賊。もう片や、悪事を働いている者に力を貸す探偵。所長はどうやら彼等彼女等に、悪役として認識されているようだ。

 しかし所長は、そんな声などどこ吹く風と気にした様子もない。ユリウスもまた聞こえているはずだが、これといった反応はなかった。二人の姿は、実に堂々としたものだ。

 そのため、ミラもまた気にする事を止めて店内を見回した。


「これはまた、派手派手じゃのぅ」


 言ってみれば、とにかく飾りましたといった光景だ。見た目には贅沢だが、食事処としてはどうなのだろうか。ミラがそう思っていたところで、所長が、これこそ、このホテルらしさなのだと言った。

 所長の話によると、この『男爵ホテル』は、一見お高そうに見えるだけであり、決して高級宿ではないそうだ。少しだけ割高な料金で、貴族のような生活に憧れる者達の、ささやかな願いを叶える場所だという。ゆえに飾りつけは、見栄え重視であるらしい。


「ただし、内装は庶民騙しだが味は本物だと約束しよう」


 そう断言した所長は、楽し気な客達の声が響く中、更にレストランの奥に進んでいく。途中、店の者や客の苦笑いが見えた気がしたが、ミラは気付かぬふりをした。

 そうこうして到着した席は窓際であり、外には手入れの行き届いた庭が広がっている。


「ブリリアントローズや王杓蘭といった貴族御用達の花はないものの、手間暇をかける事で、それに勝るとも劣らないこの庭が造られている。特別ではないが、特別になれる。この庭は、そんな気にさせてくれる場所だよ」


 庭を眺めながら、ふと所長が呟く。どうやらこの席は、所長のお気に入りの場所らしい。何か思い入れでもあるのだろうか。そんな事をミラが感じていた時、所長が一点を見つめ始める。

 その視線を追ってみたところ、そこには庭の手入れをしているメイドの姿があった。庭仕事のためだろうか、腕をまくりスカートの裾を上げて作業するその様子は、少しばかり露出が増えてセクシーだ。

 思わせぶりな言葉を言っておきながら、何とも庶民的な注目点なのだろうか。ミラは、やれやれと心の中で頭を振りながらも、なるほどこれは特等席だと同意する。


「ミラさん、こちらがメニューです」


 明らかにメイドを眺めている所長はともかく、一見しただけならミラの姿は花畑を愛でる少女そのものだ。ユリウスはミラの手元にそっとメニューを置くと、次は所長に向かい「奥様に報告しますよ」と一言告げた。


「さて、どのパンケーキにするかな」


 所長は、素早くユリウスに差し出されたメニューを受け取って広げる。どうやら余程の奥様なのだろう、所長の顔には明らかな焦りの色が浮かんでいた。だがそれよりも、ミラは所長が既婚者であった事に驚く。


「何じゃ、所長殿は結婚しておったのか? 怪盗を追って、あっちこっちと駆け回っているという事じゃから、未婚じゃとばかり」


 ミラがそう素直に思った事を口にしたところ、所長はバツが悪そうな表情で視線を泳がせつつ、「娘も一人」と小さく言った。何でも所長は、怪盗ファジーダイスを捕まえるまでは帰らない、などという誓いを立てて家族の待つ家を飛び出してきたのだそうだ。


「まあ、男には決して引けぬ事もあるからのぅ」


 果たして、それが正解かどうかはともかく、ここだけは譲れないという意地が男にはあるものだ。夫として、父として、それはどうかと思うところだが、ミラは所長のその信念に理解を示した。


「おお、女性から理解を得られたのは、初めてだ」


 どうやらこれまでの間、この事を知った女性達に色々と言われていたようだ。所長は驚きながらも、心底嬉しそうな様子だった。

 と、そんな会話をしつつもメニューを選んだ三人。注文したのは、それぞれ違うパンケーキだ。


「今日は、ミラさんがいてくれて良かったです。お陰で堂々とパンケーキを頼めましたよ」


 ユリウスは冗談半分に、だが半分は心から微笑む。何でも所長は甘いもの好きらしく、時折二人でこうしてスイーツを頼むのだという。だが冒険者上がりの渋い男と、好青年のユリウスである。やはりこの世界でも、男二人で甘いものというのは抵抗があるようだ。

 しかし今回は、男二人でスイーツという存在感を見事に中和出来るミラがいた。本性はどうであれ、外面は正しくスイーツの似合う美少女そのものである。

 そして甘いもの好きなミラも、そこは利点だなとつくづく思っていた。かつて現実世界にて、ミラとソロモン、そしてルミナリアの三人でケーキバイキングに行った事があった。しかしそこは、現実では女学生のカグラがオススメしていた店だ。

 圧倒的に女子率の高い店内で、男三人隅の方に固まりケーキを食べていた事は、余りにも苦い思い出である。


「それならば、また付き合っても良いぞ」


 せめてあの時、女子が一人でもいたならば。ユリウスの気持ちが良くわかるミラは、そう何となしに提案した。するとユリウスは是非にと答え、嬉しそうに微笑む。

 ミラはそんなユリウスの笑顔を見ながら思う。彼が声をかければ、女性の一人や二人簡単に捕まえられるのではないだろうかと。しかしそれは、彼に軟派な男になれというようなものだ。

 だが、イケメンで軟派なタイプといえば、男にとっては仇のような存在である。ゆえにミラは、それをそっと心の深くに押し込めた。







遂に、ベルトの穴が……!

いつもは最後から二つ目で留めていましたが、なんと三つ目で留められるようになりました!


見た目では、まだ腹も出ておりますが、

それでいてダイエット効果が、また目に見えて出てきました!


豆腐パワーはすげぇです。

そのうち、おから料理にも手を出してみたいところ……!

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― 新着の感想 ―
バレないようにしっかりと猫(乙女)を被っておかないとね(笑)
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