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226 怪盗とファンとライバル

二百二十六



「本当にありがとう!」


「ありがとうございます」


 サーラとレイラが揃ってミラに礼を言う。後ろに並んだ彼女達のグループ仲間も、一様にミラへと感謝を表していた。それを受けてミラは、同じ召喚術士として当然の事をしたまでだと答える。そして、そこから更にダークナイトの上手な運用方法や育て方などを、事細かに語り出した。


「良いか、ダークナイトの真骨頂は、その汎用性と成長にある──」


 レイラが召喚術を成功させて大団円といった場面から一転、いよいよとばかりにミラの講義の本番が始まったのである。

 武具精霊には学習能力があるため、教えれば剣術などを覚える事が出来る事。立ち回りなども教え込んでいけば、自ら判断して動くようになる事。そして何より、マナがある限り、幾らでも召喚出来る事。などなどを、ミラはレイラに吹き込んでいく。

 術の事となると、語らずにはいられないミラ。特に、自身の得意分野ともなれば尚更であった。

 レイラ本人も召喚術成功で、めでたしめでたしと思っていたのだろう、まだまだ続くミラの教えに初めは戸惑った様子であった。しかし、その内容、そしてミラの本気の語り口調から、その教えの大切さを感じ取ったようだ。少しした後、ミラの言葉を真剣に聞き、メモを取り始めた。



「さて、同時召喚のコツはじゃな、複数に定めた召喚地点を一つとして捉える事じゃ。意識は分散させず、かといって一つに集中せず、複数を軍とするように──」


 久しぶりに教え甲斐のある獲物……後輩と出会えたからか、ミラの講義はますます過熱していった。遂には、お得意の同時召喚についてまで及ぶほどだ。

 二体同時、三体同時、そして十体同時と召喚術を見せながら、これまで培ってきたテクニックを伝授するミラ。

 レイラはそれに応えるようにして、成功したてのダークナイトを召喚するが、同時には程遠い状態だ。

 とはいえそれも仕方がない。同時召喚は、それが出来れば銀の連塔入り確実ともされる高難度技術である。いくら召喚術士の最高峰であるミラが教えたからといって、やはり一朝一夕で上手くいくほど簡単なものでもないのだ。


「あぅぅ……。何だか眩暈がぁ……」


 そのため、ようやくダークナイトを初召喚したばかりの駆け出しに出来るはずもなく、その前にレイラのマナが底を突いてしまっていた。


「レイラ、大丈夫?」


 ふらりとよろけるレイラを、サーラが優しく抱きとめる。


「うん、ちょっとマナを使い過ぎただけだから」


 覚束ない足で立とうとするレイラだが、もうほとんどのマナが尽きたのだろう、目の焦点すら定まっていないようであった。


(ほぅ、何となくは聞いておったが、マナが少なくなると、あのようになるのじゃな)


 HPと表される生命力が減ると、そのまま生命活動に支障をきたすように、MPで表されるマナもまた、消耗すると感覚に影響を及ぼす。現実となった事で変化した、大事な要素だ。

 ミラは有り余る魔力によって、尽きかけるほど消費した事はなかった。それでもマキナガーディアン戦などで相当な量を消費したが、眩暈などはしていない。どうやら三割程度の怪我で支障が出る生命力と違い、マナにはいくらかの余裕があるようだ。

 今度、自分の限界を調べておこうか。ミラはレイラの姿を見ながら、そんな事を考える。と、そんなミラにサーラが声をかけた。


「妹のために、ありがとうございました。でも、もう限界のようなので、これで失礼しますね。このお礼はいつか必ず」


 サーラは心から感謝の言葉を述べると、レイラを抱きかかえたまま、仲間達と共に街へと戻っていった。



「うむ、朝から良い事をしたのぅ」


 サーラ達の後ろ姿を見送ったミラは、迷える召喚術士を一人救えたと満足しながら、先程ぽんぽんと召喚したダークナイトを全て送還していく。そして、いよいよ街に向かおうとした時だ。


「しかしまあ、流石はAランクだな。それに知識も凄い。これは頼り甲斐がありそうだ」


 と、そんな声をかけられた。

 ミラがファジーダイスの関係者ではないと判明し、更には水の精霊召喚の利便性を知った事で、集まっていた冒険者達は、ほぼ解散していた。だが振り向いてみれば、そこにはまだ兵士達が幾人か残っているではないか。


「おお、何じゃ。まだおったのか」


 途中から召喚術の事で夢中になっていたミラは、その存在を完全に失念していた。そのため、ミラの言葉には確かな驚きが混じる。


「ああ、まだいたさ。ファジーダイスについて、彼が話したいと言うのでね」


 ミラの様子から完全に忘れられていたと悟ったのだろう、兵士長は苦笑しながらも黒いトレンチコートを羽織った青年を紹介した。何でも、ファジーダイスの事に詳しい人物であるそうだ。

 紹介されて一歩前に出た青年は、少しぼさぼさな灰色の髪をしていた。その顔は知性的であり、どことなく学者然とした印象を漂わせている。


「初めまして。ユリウスと申します」


 一礼してからユリウスと名乗った青年は、次の瞬間、これでもかというほどの興味をその顔に浮かべる。そしてミラを観察するように視線を巡らせた。その視線に害意や性的な色は一切なく、どこか知的な光が宿っていた。


「ところで、その召喚術の腕前、素晴らしいですね。数十年前ならばともかく、今現在、それほどの召喚術士は非常に珍しい。つい最近になりますと、召喚術士で有名な冒険者といえば、組合で話題のあの方くらいなものですが」


 ユリウスがそう口にしたところ、兵士長も何かに気付いたのだろう、「ん? 銀髪……召喚術士……」と呟きながらミラの事を見つめ始めた。だが、そんな兵士長の事など気にもせず、ユリウスは眼光鋭くミラの特徴的な部位に視線を向ける。


「その長い銀髪に碧眼、流行りの魔法少女風衣装、そしてずば抜けた召喚術」


 兵士達が、もしかしてと騒ぎ始める中、ユリウスは一つ一つ確認するように声にしていく。そして、いよいよ見通したとばかりに笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開いた。


「貴女は、遠く西の大地で活躍された──」


「──君が、あの精霊女王か!」


 ここぞとばかりに話し始めたユリウスの声を遮って、兵士長が驚きの声を上げる。それと同時、見事に言葉を遮られたユリウスは、得意顔のまま停止した。


「うむ。何やら世間ではそう言われているらしいのぅ」


 精霊女王。それは、キメラクローゼンとの戦いの結果、ミラに付けられた二つ名である。ゆえにミラは、素直にそう肯定した。この後、ファジーダイスについての情報集めにおいて、多少のネームバリューがあった方が話を通し易いと思ったからでもある。


「おお! そうだったのか! いやぁ、ユリウスさんがその事に触れるまで気付かなかったよ。何せ噂より……、と、いやはや、そんな冒険者の協力を得られるとは、いよいよ勝利が見えてきたな!」


 ここでもやはり、絶世の美女だと伝わっていたのだろう。しかし、噂とは何かしらで歪むものである。それを重々理解している兵士長。噂より幼い。そんな言葉を呑み込んで、ただのAランク以上に素晴らしい人材が来た事に、喜びの声を上げた。

 そして周りの兵士達も、そんな兵士長と一緒に盛り上がる。あれが今、一番の話題になっている精霊女王かと。

 妖艶な美女を想像して思いを馳せていたのだろう、一部の兵士は少し落ち込んだ様子だ。しかし、過半数は気持ちの切り替えが早かった。噂通りの美女ではないが、それでも圧倒的な美少女である。むしろ本物の方が好みだという兵士も、ちらほらと存在しているようだ。


「……会えて光栄です。精霊女王さん」


 騒がしくなっていく兵士達を背にして、どことなく消化不良気味といった様子のユリウス。本物と噂との違い。柔軟な脳細胞で、それを随分と早い段階で見抜いていたユリウスだったが、勿体ぶった言い回しが仇となったようだ。一番の見せ場を兵士長に持っていかれて、消沈している。


「あー、ほれ……何じゃ……。きっかけはお主の言葉だったというのじゃから、な? ほれ、そんな事より、ファジーダイスについてというところを聞かせてくれぬか? な?」


 どんより曇ったユリウスの表情。初対面でありながらも、そこから理由を察する事が出来たミラは、さりげなくフォローしながら話題を戻すべく、本題について促した。

 ユリウスはミラの言葉を受けて「そうですね。そうしましょう」と、どこか無理矢理に笑いつつも、表情を整え直し、今一度ミラに向かい合う。


「えっと、改めまして、ユリウスと申します。実は私、こう見えてもウォルフ探偵事務所で助手を務めさせていただいておりまして」


 そう挨拶したユリウスは、ゆっくりと礼をしてから、一枚の紙片を差し出してきた。見るとそれは名刺のようだ。そこには確かに、『ウォルフ探偵事務所 助手 ユリウス』と書かれている。

 これはご丁寧にと名刺を受け取ったミラは、まさかまたもファンタジーで名刺文化に遭遇するとはと苦笑する。そしてその名刺の裏には、事務所の住所や、グリムダートの認可印などが記載されていた。何でも探偵業は信頼が重要なので、名刺は身分証代わりにもなるのだそうだ。認可印の偽造は極刑にあたる罪となるため、それを堂々と名刺にする事で、信頼を得られるわけである。


(なるほどのぅ。それで勿体ぶった言い回しをしておったのじゃな)


 探偵何某というような存在は、あれやこれやと回りくどい言い方をするものだ。と、ミラは少々歪んだ理解を示しながら、受け取った名刺を可愛らしいカード入れに収める。なお、その中には、ミラがこの世界で初めてもらった名刺も入っていた。それは、いつもお世話になっている優待券と一緒に受け取った、セドリック・ディノワールのものだ。


「ふむ、探偵か……。そしてその助手が怪盗ファジーダイスについて話があると?」


 探偵と怪盗。その組み合わせに並々ならぬものを感じたミラは、期待に満ちた眼差しをユリウスに注いだ。


「はい、是非とも協力していただきたいと思い、声をかけさせていただきました」


 そう口にしたユリウスは、まるで売り込みをかけるかのように言葉を続けていった。

 ユリウスが言うには、ウォルフ所長ほど怪盗ファジーダイスについて詳しい者はいないそうだ。何でも、ファジーダイスが初めて予告状を出した時に、被害者より相談を受けたのが、ウォルフ所長だという。

 冒険者上がりで腕っぷしも強く頭もきれる。また信頼も厚く、どこの誰かもわからないぽっと出の怪盗など一捻りだと、周囲は盛り上がっていたらしい。

 しかし、見聞通りファジーダイスは常勝無敗であり、世論は今や義賊で正義と謳っている。

 それでもウォルフ所長は決して諦めず、その当時より今まで、連敗しながらもずっと怪盗ファジーダイスを追い続けているそうだ。

 そして今回は、これまで以上に特別な作戦を用意しており、そのための協力者を探していたという事だった。


「精霊女王さんの実力ならば、きっと所長も納得するでしょう。たとえ助力いただけないにしても、ファジーダイスについての情報を幾らでも提供させていただきます。味方が多いに越した事はありませんからね。如何でしょうか?」


 ユリウスの目は、真っ直ぐとミラに向けられていた。その目に裏表は感じられず、それでいながらミラが承諾する事を確信しているかのような光に満ちている。


「ふむ。いいじゃろう。協力については詳しく聞いてから決めるとして、一先ずはその探偵殿に会ってみようではないか」


 事実、ミラにその申し出を断る気はなかった。街に到着したばかりであり、何よりファジーダイスについての情報は、今一番欲しいものであったからだ。

 直接対決するにしても、相手を知っているかどうかで、その結果は大きく変わる。ゲーム当時ならば、何も知らないままでも突撃していた事であろう。そしてその目と身体で経験して覚え、遂には勝利を掴むのだ。けれど現実となった今、それはただの命知らずである。敵を知り己を知れば何とやらだ。


「ありがとうございます。では、ご案内いたしますので、こちらへ」


 一瞬だが少し安堵した表情をみせたユリウスは、一礼した後、先導するように街の入口へ向けて歩き出した。

 ミラはワゴンの御者台に飛び乗ると、灰色の熊、ガーディアンアッシュを召喚する。アッシュは地上でのワゴン牽引者として、もはや慣れた様子だった。楽しげにワゴンの前に立つと、器用に牽引用の器具を自らに付け始める。その姿を、兵士達は唖然とした表情で見つめていた。


「騒がせてすまんかったな」


 そう兵士長達に一言告げてから、ミラはワゴンを出発させてユリウスを追う。すると「じゃあな。一緒にがんばろうぜ」と、そんな声が背後から響いてくる。ミラは振り返らないまま、ワゴンの脇から手を振り返し、それに応えた。


(わしも大人になったものじゃ)


 ソロモンのように、情報を得る事から戦いを始める。ミラは、かつてのやんちゃな自分を思い返しながら、成長したものだと自画自賛するのだった。



 ハクストハウゼンの門を抜けると、広大な街並みが目の前に広がった。

 まず目に入るのは、大きな半円形の広場である。ここハクストハウゼンでは、東西南北にある門の中は、全てこのような広場となっていた。その広さは相当なものであり、門から奥の大通りまで百メートルはあるだろう。

 歴史好きの知り合い曰く、この構造は戦争に備えたものだそうだ。だが今は、平和そのものといった景色がそこにはあった。露天販売でよく賑わい、商人や冒険者、そして一般の者達が入り交じり、買い物や交渉を楽しんでいるのだ。


「何やら……仮面をつけた女性が随分と多いのぅ。……祭りでもあるのじゃろうか?」


 よく見ると広場にいた女性の半数ほどが、目元を隠す仮面をしていた。中には仮面を売っている露店まである。一見すると、まるで水の都の謝肉祭の如き雰囲気だ。

 しかしミラは、何となく気付いていた。気付いてはいたが、文化的な祭りの一環である事を願い、隣で歩むユリウスに問うた。

 けれど、やはりミラの願いは叶わずに、望んでいない真実がユリウスより語られる。仮面をつけた女性達は怪盗ファジーダイスのファンであると。


「彼女達にしてみれば、祭りと言っても過言ではないでしょうけどね」


 ユリウス曰く、この女性達は、どこでそれを聞きつけたのか、予告状が届いてから集まり始めたとの事だ。しかも大陸のあちらこちらから駆けつけているらしい。ファジーダイスファンクラブの情報網は、下手をすると国家レベルなのではないか。そうユリウスは楽しそうに笑った。


「まさかこれほどじゃったとは……」


 モテる男がどれだけモテているのかを目の当たりにする時ほど胸糞悪い事はない。だが、それはそれだ。ミラはそれ以上の、今後にかかわる一つの懸念を抱いた。

 事が全て上手く運び、ファジーダイスを捕まえる事が出来た時、もしかするとこの仮面の女性達全てを敵に回す事になるのではないかという懸念だ。

 事実、ユリウスが敵対勢力であるウォルフ探偵事務所所属であるからか、こちらへ向けられる視線が心なしか冷たかった。というより、この広場で多くの視線を感じられるほど、ユリウスは彼女達に注目されていた。その半数は敵視だが、中にはそれ以外もあるようだ。きっとユリウスが、絵に描いたような好青年だからだろう。

 と、そこでミラは気付く。一番初めに感じた心なしか冷たい視線。それは、ユリウスではなく自分自身に向けられていたものだという事に。

 天下の大怪盗ファジーダイスと、探偵助手で好青年のユリウス。その間にひょっこりと現れた美少女。

 その構図に色々と悟ったミラは、そっとユリウスから距離をとった。しかしながら御者台で動けるスペースは限られており、しかもユリウスがアッシュの隣にぴたりとくっついているものだから、無関係だという弁明は困難だ。


(これは、相当に厄介な案件じゃな……)


 精霊女王などという呼び名が広まっている昨今、ファジーダイスを打ち負かしたとなった日には、確実にその名で噂が拡散される事だろう。

 そしてユリウスが言うには、ファジーダイスのファンは大陸中にいるという。そんな彼女達の前に、ヒーローをその座から引きずり落した仇が現れたら、どのような行動に出るだろうか。


(アイドル絡みの事件など、過去に幾らでもあったからのぅ……)


 ミラは、現実世界で起きた様々な事件を思い出しながら、ぶるりと震えた。突如、後ろからぷすり、なんて事だって十分に考えられる話だ。堂々と剣を腰に帯びた者達がそこかしこにいる中、そっとナイフを忍ばせて背後に迫る事など、そう難しいものでもない。

 常に背後に気を配る生活。どこのスナイパーだと苦笑しつつ、ミラはどうにか穏便に済ませられる方法を模索する事に決めたのだった。






先日、遂に光箱でゲティが茹でられるというアイテムを購入しました。

使ってみたところ、楽々でした! 湯切り口もついているので、便利です。


とはいえ、問題はカロリーなので、そう頻繁に食べられないのがあれですが……。


一番簡単に作れそうなペペロンチーノも、結局は油を入れるので、カロリーがドーンですし。

色々とレシピを検索してみても、だいたいオリーブオイルとか入っていてカロリードーンでした。


油を使わず、美味しく作れるゲティのレシピ……。

スープパスタとか可能性がありそうな予感!

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― 新着の感想 ―
ミラ「賢者の直弟子なら当然です!(誇り)」じゃなかったのね。
[一言] 油もそうですが、結局のところ小麦粉の炭水化物がね...
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