222 布教開始
何やら、書籍版の数巻とコミカライズ版が重版するようです。
やったー!!
ありがとうございます。
二百二十二
「いやはや、それにしても貴女が協力者で良かったです。一時はどうなる事かと」
兵士長は、余程気をもんでいたのか、そう口にしながら心底安堵したとばかりに溜め息を吐いた。
「何やら驚かせてしまったようですまぬな。とはいえ、わしも武装集団に突如囲まれて驚いたので、おあいこじゃ」
一先ず容疑は晴れたという事で、ミラと兵士長は互いに笑い合う。ただ、これだけの武装集団を動かすのは相当な事だ。ミラは、何がどうしてこうなったのか気になり、その点を兵士長に訊いた。なぜ、自分がファジーダイスの関係者だと思ったのかと。
「それは昨夜に報告があったからです。夜空の上に、不審な大鳥がいると」
そう前置きしてから、兵士長は、その後の動きを語った。
報告通り、暗い夜空をよく確認してみたところ、確かに街の上空を旋回している大きな鳥の姿が見えた。何かを探っているかのようなその動きに、兵士長は思ったそうだ。ファジーダイスが夜の闇に乗じて、街を偵察していると。
街は今、ファジーダイスの事で持ち切りだ。そして現在、ファジーダイスの予告した日まで、あと数日といったところ。ファジーダイス対策として、色々と用意も整ってきていた頃だ。ゆえに、かの怪盗が偵察に来ても、おかしくはない。兵士長はそう思ったという。
それから、これは逃してなるものかと、直ぐに招集出来る兵士を集め、空の大鳥を追いかけたそうだ。
すると大鳥は暫くの後、外壁を越えた辺りに着陸した。慎重にその場所を確認してみたところ、そこには今までなかった屋敷が建っているではないか。しかも屈強そうな騎士が二人で護っている。驚くと同時、あれこそがファジーダイスの隠れ家なのでは、と兵士長は直感したらしい。まあ、その直感は見事に外れたわけだが、状況からしてそう思うのも無理はないかもしれない。
屋敷があるなら、誰かがそこにいる。それは、ファジーダイス本人か、またはその関係者か。どちらにしても、捕らえる事が出来れば状況は大きく進展するだろう。
そんな思いを抱いた兵士長は、屋敷を見張ったまま、ファジーダイス捕縛の依頼を受けた冒険者達を緊急招集したそうだ。
そうして周りを見た通り、これだけの人数が集まったところで、素早く屋敷を包囲。いざ灰騎士に事情聴取をしようとしたところ、一切返事がなく、更に怪しいと感じた兵士長は、剣を抜きファジーダイスの関係者かと強く灰騎士に問うたそうだ。
そして、直後に反撃を受けたという事だった。
「いやぁ、まったく、あそこまで華麗に放り投げられては、もう笑うしかないですね」
その瞬間を思い出したのだろう、兵士長は愉快そうに笑った。対してミラは、「あー、すまんかったのぅ」と苦笑する。
見張りとして立たせていた灰騎士には、幾つか指示してあった。まず、魔物が近づいたら斬り捨てる事。人が近づいて来たら、警戒するだけに留める事。人が敵意をみせたら、反撃する事。しかしその際には、命を奪う事なかれ、という指示だ。
「いえいえ、謝る必要はありません。結局は私の早とちりだったのですからね。それと彼等には、随分と手加減してもらいましたし」
元はといえば、こんな場所に精霊屋敷をぶっ建てたミラのせいなのだが、兵士長はまったく気にしていない様子だ。更に手加減してもらえて良かったとまで続ける。ただちらりと、傍に佇む灰騎士の得物を見やり、「いやぁ、本当に良かった」と、小さく呟いた。
「まあ、その後、実力者が挑んだりもしましたが、結果はこの通り、とでも言うのですかね。見張っておくだけで精一杯だったという状況です」
どうやら兵士長達は、幾らか灰騎士相手にやり合ったようだ。そして、その強さに強行は難しいと判断した。せめてもの話し合いには、最後まで応じてはくれず、ただ屋敷の中から誰か、話の通じる者が出てくるのを待っていた。
と、ミラが見たのは、そういう状況だったそうだ。
「ところで、出会った時からずっと黙ったままですが、そちらのお二方もAランク、だったりするのでしょうか?」
兵士長は大まかに話し終えたところで、ミラの後ろに控える灰騎士に対し、期待に満ちた目を向けた。現時点での対怪盗勢は、余程の戦力不足なのだろう、彼の声には祈るような意味も篭っているように思えた。
しかし残念ながら、そもそも灰騎士は冒険者どころか、人ですらない。
「いや、こやつらは、わしの召喚術じゃよ」
ミラは、そう言うと同時、片方の灰騎士を送還してみせた。瞬く間に、幻のように消え去った灰騎士。先ほどまでそこにあった、勇猛で豪傑な姿。頼りがいのありそうな騎士が、不意に消えた。その途端、周囲が一層騒がしくなる。ミラの目の前に立つ兵士長はといえば、言葉も出ないのか、呆気にとられた様子で灰騎士が消えた場所を見つめていた。
「随分と寡黙だとは思いましたが、なるほど、やはり人ではありませんでしたか。しかし、召喚術……とは」
ようやく声を出せた兵士長は、驚愕した表情のまま、残るもう一体の灰騎士を凝視する。そして、こんな召喚術は見た事がないと呟きながら、じっくり観察した後、振り向き、「これは、何という召喚術なのだろうか?」と訊いてきた。その目は、またも期待に満ちたものだった。
「何というか、ただの武具精霊じゃよ。少々、弄ってはおるがのぅ」
ミラがそう答えたところ、兵士長の顔には明らかな困惑の色が浮かんだ。それも仕方がないだろう。武具精霊の召喚といえば、召喚術士の初歩である。それが、いかにも上級だといわんばかりの風格を漂わせているのだ。成長度合いに差があるとはいえ、この場に佇む灰騎士のそれは、召喚術の初歩などという生易しいものには、間違っても見えないものだった。
だからだろうか、周囲から野次が上がる。いくら何でも盛り過ぎだ、明らかに上級召喚だろうと。
「これが、武具精霊……」
信じられないとばかりに、灰騎士を凝視する兵士長。ミラは、そんな兵士長の姿と騒ぐ周りを一瞥して、小さくほくそ笑んだ。これは、相当驚いてくれるぞ、と。
ミラが答えた事は嘘ではない。ダークナイトとホーリーナイト、そしてサンクティアの力を合成術の理論と精霊王の加護によって繋げた存在が、この灰騎士なのだから。れっきとした、武具精霊召喚である。
「うーん、本当に、あの武具精霊なのですか? 知り合いに召喚術士がいるのですが、間違ってもこのようなものではありませんでしたが……」
ただじっくりと灰騎士を観察していた兵士長は、疑問だけを顔に浮かべてミラに振り返った。その様子に、ミラは待ってましたとばかりに応える。
「正真正銘の武具精霊じゃよ」
そう口にしたミラは、続けて灰騎士を三体、同時召喚してみせた。その途端、周囲からは驚愕の声が響き、兵士長はその目を皿のように丸くした。
「召喚術士の知り合いがいるというのなら、聞いてはおらぬか? 複数の召喚が出来るのは、人工精霊である武具精霊のみであるとな」
同種の同時召喚、または複数の召喚というのは、武具精霊だけの特徴である。アイゼンファルドやワーズランベールなどは、そのもの本人を召喚するため、当然一体や一人しか召喚出来ない。対して武具精霊は少し特殊で、存在のみが術者に宿っているという状態となる。そのため、術者のマナを器として、マナが続く限り、幾らでも召喚出来るという仕組みである。
なお、サンクティアについては少々状態が違う。だが仕組み自体はさほど変わらないようだと、ミラは研究の末に把握していた。精霊であるサンクティア本人ではなく、聖剣の方が召喚されるという点が、理由なのだろうと。
「聞いた事ありますね……。なるほど、本当に武具精霊とは……」
そういった召喚術の武具精霊事情があり、そしてその事情を知り合いから聞いて理解していたという事もあって、兵士長は驚きながらも納得を示した。それと共に周囲の冒険者達から飛んでいた野次がぱたりと途切れる。そして、所々で何やらひそひそとやり出した。どうやら、召喚術について知っている者が、知らない者に状況を説明しているようだ。
それから暫く、そのやり取りが終わったあたりで、今度は歓声が上がった。今回は、怪盗に勝てるのではないか、一泡吹かせられるのではないかと。
これは心強いと盛り上がる冒険者達。兵士長もまた灰騎士を見つめ、興奮気味だった。
「ああ、ちなみに、これも召喚術じゃ」
良い感じに注目が集まり、好意的に盛り上がる中、今が好機だと判断したミラは、続けて精霊屋敷も送還してみせた。
ずっとミラの背後にあった一軒の屋敷。それが忽然と消えて、これまで通りの草原に戻る。
すると、今度もまたミラの予定通りに、周囲が沸き立った。そんな、まさか、と。
「なんて事……。一夜のうちにどうやって建てたのか気になっていましたが、まさかそれも召喚術だったとは……」
兵士長は信じられないとばかりに、精霊屋敷のあった場所に近づき凝視する。それから手を伸ばしたり踏み込んでみたりして、既にそこには何もないという事を確認すると、子供のように凄い凄いと繰り返した。
召喚術の復興を目指して努力してきたミラは、そんな理想的な兵士長の反応に、「そうじゃろうそうじゃろう」と上機嫌だ。
更には、周りからの声も聞こえてくる。
「まさか家まで召喚出来るなんてな」「俺、大工を召喚して急いで建てたんだと思ってたよ」「召喚術士がいれば、もう野営には困らないって事か?」「って事だな。召喚術士がいれば、活動範囲が広がるかもしれないぞ」「こりゃあ凄い」
それらの声を、悦に入りながら聞いていたミラは、一言忘れていた事を思い出した。
少し慌てたように「とはいえ、じゃな」と声を上げたミラは、精霊屋敷召喚が、どれほどの難度なのかという事を改めて説明する。
マナの消費量が多いため、余程マナ保有量に恵まれているか、己をしかと鍛えてきた熟練の召喚術士でなければならない事。精霊との絆を大切に出来る事。そして何よりも、屋敷の精霊を見つけなければいけないと。
そのため精霊屋敷召喚は、使えて当然というものではない。ミラはそう、しっかりと伝える。これから出てくる召喚術士が、無茶な要求をされないようにだ。それでいて、夢のある召喚術士の可能性も提示してみせる腹積もりだ。
「それはもう家、ですからね。やっぱり、凄い召喚術だったのですねぇ」
兵士長は、納得したように頷いた。それと共に周囲の者達もまた、「まあ、そうだろうな」と納得した様子を示す。
精霊屋敷は、家としては小さいが、召喚したものとしては十分に大きな代物だ。それだけのものを召喚するとなれば、かなりの召喚術だったのだろう。そう、誰もが理解してくれたようだった。
「しかし、家を召喚とはな。旅が捗りそうだ。宿がなくても野宿せずに済むのは魅力的だ」
ふと冒険者の一人が、そう口にした。すると、その言葉は瞬く間に冒険者達の間で広がっていく。
雨の日も風の日も、快適な家の中で休息がとれる。ミラがしていたように武具精霊を不寝番に立てておけば、皆で休息がとれる。いざという時は、宿代を節約する事も出来る。疲れ切った状態で、テントの設営をしなくても済む。などなどと、冒険者達は召喚術の新たな可能性に盛り上がり始めた。
と、そんな冒険者達の様子を眺めていたミラは、更なる好機をそこに見出す。
「他にも、こんな事だって出来るのじゃよ」
ミラはここぞとばかりに、【召喚術:ウンディーネ】を発動した。
魔法陣から現れたウンディーネは、周囲を見回した後、そっとミラの傍に身を寄せた。どうやら、大勢に囲まれていて驚いたようだ。
「驚かせてしまったようじゃな。だが大丈夫じゃ。悪い者達ではない」
ミラは優しく語り掛けながらウンディーネと向き合った。そして召喚術の有用性をしかと見せつけるため、また精霊との絆を示すため、アイテムボックスからコップを取り出す。
「さて、ウンディーネや。これに水を貰えるじゃろうか」
言いながらミラは、手にしたコップを差し出した。するとウンディーネは、早速頼られたからだろうか、嬉しそうに頷き、その両手をコップの上に掲げる。
ウンディーネの両手が、器を形作るようにそっと合わさる。その直後、その両手より水が溢れコップに流れ落ちた。
瞬く間に水でいっぱいになったコップを、ミラは一気に呷る。そして、「うむ、美味い!」と口にした。
「屋敷の精霊は厳しくとも、水の精霊との契約はそう難しいものではない。しかと精霊を愛し、尊重し、共に歩んでいくという気持ちがあれば、必ず応えてくれる。それが精霊であり、精霊の優しさじゃ。そして召喚術は、その絆を力とする。このように水の精霊の力を借りれば、どこでも綺麗な水が飲めるのじゃよ!」
そう高らかと召喚術の宣伝をするミラは、更に有用性の説明を続ける。水の精霊の召喚自体は、マナの消費が少ない事。水の精霊が生み出した水は、魔術とは違い消えずに残る事。そして無形術によって生み出した水より、ずっとマナコストが低いのだと。
種別にもよるが、原初精霊は召喚自体の消費マナが少ない。その代わりに、精霊が力を行使する際、術者のマナを消費するという制限がある。これは、自然界の法則を乱さないためという理由から、契約に組み込まれている召喚術の仕様だ。
ただ、術者のマナを消費するとはいえ、精霊の力を借りるため、その効率は破格といってもいいほど良い。無形術で同じ量の水を出そうとしたら、二十倍のマナが必要になるほどである。
と、そこまでミラが詳しく説明したところ、兵士長は「なるほど」と感心した様子で言った。それは確かに便利そうだ。といった、簡単な感想を持ったのだろう。
しかし、どうやら辺りの冒険者勢は、ミラの説明から、それ以上の可能性に気付いたようだ。
「つまり、水で埋まっていた荷物の容量が丸々空くってわけか」
「それだけマナ効率が良いのなら、マナ回復薬を持っていけば、水を運ぶよりずっと軽く済むな」
「安全な水が、いつでも確保出来るとは……。なるほど、凄いな」
ダンジョンの探索や旅路において、水は必須の資源だ。水の精霊と契約している召喚術士がいれば、それを容易に確保出来る。ミラからこの事を聞いた者達にとって、それは驚きの事実であった。
しかし、水の精霊と契約している召喚術士にとっては、当然の知識である。それがなぜ、こうも余り知られていないのか。
「召喚術って、こんな使い方があったのか」
「囮と荷物持ちだけじゃあなかったんだな」
とある冒険者が、ぽつり呟く。彼らが知っているのは、見た目以上に積載量が多いダークナイト。そして盾を持ち、敵を引き付けてくれるホーリーナイトだけのようだ。
召喚術士の数、そして質の低下。やはりそれこそ、召喚術士についての知識が余り広まっていない原因だろう。
しかし、そこにミラが一石を投じた。圧倒的な印象を植え付けられるだけの力を持つ、ミラの召喚術とその知識。それは、召喚術士の可能性を明確に示すものだった。
さて……これは先入観とでもいうのでしょうか……
これにはこれだって組み合わせありますよね?
寿司にワサビとか、おでんにからしとか、スイカに塩とか、納豆に醤油とか、目玉焼きにも醤油とか。
皆がそうしてるからそうし始めて、今ではそれが当たり前になっている事、ありますよね?
自分もそうでした。
ゆでたまご、あるじゃないですか。
ゆでたまごには、塩じゃないですか。
しかし、最近思ったのですよ。他にもあるのではないかと。
そして試してみました。手近にあって、尚且つたまごに合いそうな調味料を。
それは、ケチャップです!
オムライスといえば、ケチャップですよね!
なら、ゆでたまごにも合うのではと思ったのです。
結果、新しい美味しさに気付く事が出来ました。
いいですよ、ゆでたまごにケチャップ。
自分の味覚が正常なら……。