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21 冒険者総合組合

二十一




 アルカイト王国首都ルナティックレイクを出て三日。途中で寄った村の山菜料理に舌鼓を打ちつつ、馬車旅にも慣れ始めてきた頃。ミラを乗せた馬車はCランクダンジョン『古代神殿ネブラポリス』の隣に位置する、鎮魂都市カラナックの門を抜け大通りへと入った。


「ようやっと着いたか」


 ミラは、御者台に顔を覗かせ前方に広がった賑わう街並みを一望する。時間は正午を少し過ぎたあたり、昼食を求めて仕事場から溢れ出た人々が、我先にと飲食店へとなだれ込んでいく。


「お疲れ様です。まずは、このまま宿までご案内しますね」


「うむ。よろしく頼む」


 馬の蹄が軽快に響く中、ミラは馬車内へと戻り座席に腰掛ける。その空間は一見すると、質素な木目調のありきたりな馬車を模しているが、車輪は合成樹脂により地面からの振動を抑え、更に車軸にはバネが仕込まれており、より快適さを増す趣向が凝らされている。

 内部にもこだわりが満載で、座席がゆったりとして柔らかい。そのまま寝転がれば、走り続けたままでも安眠出来る程だ。備え付けのテーブルにも、固定用に小さな溝が入っているため、急制動にも散らからない。見た目は一般的な馬車と大して変わらないが中身はこだわりの一品。これがソロモンの用意したお忍び馬車だ。


 景色を眺めながら暫く、大きな三階建ての建物の敷地内へ入り込むと、木造の厩舎へと馬車は進む。

 直接降り注いでいた日の光が遮られ辺りの光量が程よく収まると、区分けされた内の一つに停車した。同時に厩舎の管理人であり、この宿の従業員でもある男が御者のガレットのもとへ歩み寄る。


「いらっしゃいませ。お泊りでよろしいですか」


「はい。そうです」


「かしこまりました。後ほど馬車と馬の管理についてお尋ね致しますのでよろしくお願いします」


「分かりました」


 管理人は一枚の札をガレットに渡すと、一歩下がり一礼する。


「ではミラ様、まずはチェックインしておきましょう」


「うむ」


 御者台から顔を覗かせて一声掛けたガレットは、すぐさま飛び降りると馬車の戸を開く。


「すまぬな」


 ガレットの動きは素早く、ミラが座席で伸びをしている時にはもう馬車の戸は開いていた。

 とんと馬車から降りたミラは、ガレットの案内で宿の受付へと向かう。入り口の隣には大きな大理石に夏燈篭と宿の名前が彫られている。ガレットが扉を開きその中へ入ると、そこは宿というよりホテルといった方がいいだろう内装だった。

 フロントがあり、制服姿の従業員が忙しくも落ち着いた様相で行き交う。休憩用と思われる窓際の椅子には、立派な鎧やローブを身に纏った冒険者が団欒していた。洋風のホテルの内装に中世風のファンタジーが混ざり合いなんともいえない雰囲気を醸し出している。窓の外には庭が広がり、綺麗に剪定された樹木と花畑が風に揺れている。そこを走り回る子供も見られた。


「これはまた、何とも豪華じゃな」


「カラナック一の宿ですからね」


「高いのではないか? わしは、そんなに持っとらんぞ」


 ミラは腰に巻いたウエストポーチに手を当てて答える。これはメイドに渡されたカバンの中に入っていたもので、黒いウエストポーチは黒を基調としている服に馴染んでいる。そこに、報酬として貰ったお金の入った袋を放り込んだのだ。


「もちろんご心配には及びません。今回ミラ様の旅の経費は全てソロモン様から出ますので」


 ここでガレットが満面の笑みを浮かべると、


「一度、ここに泊まってみたかったんです」


 とはしゃぐように囁いた。


「まったく、お主という奴は」


 ついミラもつられて微笑み返してしまう。


 ガレットがチェックインの手続きをしている間、ミラは何をするでもなくエントランスにある調度品や絵画等を眺めて時間を潰していた。だが自分自身が、それらと同じようにこっそり観賞されているとは気付いていない。高級宿だけあって居るのも高ランクの冒険者。視線を感じさせないようにする等お手の物だ。


 手続きを終えたガレットと共に、従業員に案内され一室に通される。宿にある部屋のランクでいえば中級だが、一般と比べると上級以上の部屋だ。ちなみに塔の私室とは比べてはいけない。


「ではミラ様、私はこれから仰せつかった任務がありますのでまた夕飯時にお会いしましょう」


「うむ」


「術士組合は、この宿を出て左に真っ直ぐ進めばすぐに見つかりますので」


「分かった」


「それと、知らない人に声を掛けられても、ついていってはいけませんよ」


「う……うむ」


「迷子になったら白と青の鎧の人に街一番の宿と訊けば、ここを教えてくれますので」


「わしは子供ではない。大丈夫じゃからとっとといかんか」


 言葉が続くたびに、子供に言い聞かせるような内容になっていく。ミラは途中で遮るとガレットを小突き、とっとと行けと促す。ガレットの心配は尽きないが、ミラ自身の実力はある程度聞かされているので、渋々と自分の部屋へと案内されていく。

 ガレットはミラとは違い、この宿の普通の部屋に泊まるので下の階だ。


 心配してもらえるのは嬉しいが、もう少し子供扱いをどうにかしてほしいと願うミラだった。


 部屋に入ると、テーブルの上に一枚のメモが置いてある。それには、諸注意やサービスに関して書かれている。出かける時はカギをフロントに預けるだの、ルームサービスは出入り口横のベルを鳴らすだの、朝昼晩の食事についてと多岐に渡る。

 ミラは、メモに一通り目を通すと部屋を出てフロントにカギを預け、早速術士組合へと向かう。


「確か左じゃったか」


 宿を出て、向かって左側へと歩を進める。大通りには、まだ人々が多く居たが来た時よりは落ち着いている。だが、やはり街のメインストリートであるため行き交う人の数は多く、ミラはなるべく目立たないように端の方をこっそりと進んでいく。


「ふむ、ここか」


 ガレットの言った通り暫く進むと、大きめな石造りの建物が二つ並ぶ前に着いた。扉の上には、左の建物に戦士組合、右の建物に術士組合という看板が掛かっている。


 術士組合の看板を確認したミラが扉に手を伸ばした時、隣の戦士組合から騒がしい声が響いてくる。


「お願いします! ここに居る方は皆さん強いって聞きました。お願いします!」


 戦士組合の扉が開き、十歳くらいの少年が追い返されるように飛び出す。その後に続き、金属の鎧を着込んだ屈強な男が困ったような表情を浮かべながら少年を押し返す。


「聞いてやりたいのは山々だが、今んとこ居るのは最高でもDランク。坊主の言う事は叶えられねぇんだ」


 ミラは一瞬、少年が虐められているのかと思ったが、その様子はどうみても我侭を言う子供と対処に困る大人だった。

 食い下がる少年と、後から後から出てきて宥める大人達。一先ず、戦士組合に用は無いのでミラは、術士組合の扉を開く。


 組合内部は整然としており、受付が横一列に並び、その前方には大きな掲示板と待合用の椅子が置かれている。

 一見すると区役所と勘違いしてしまいそうな景観だが、ミラはその目に映る光景に一瞬呆けるように周囲を見回す。術士組合なだけに、そこに居るのは術士が大半だ。更にいうなればローブ姿が大半なのだが、一部だけはっきりとありえない姿の者が混ざっていた。


「これが……普通なのか……?」


 ミラが注目したのは、組合内のそこかしこに点在する十五~十八前後の少女の服装だ。どう見ても魔法少女だったのだ。

 ミラは最初、ローブをアレンジされた魔法少女風、そして今は侍女製のゴスロリ魔法少女の服を着せられていて、周囲から嘲笑されているような視線に警戒していた。それは、こういった特殊な服装の者は居ないだろうという思いからもきていたのだ。

 しかし今見た限りどうだろうか。自分と似た服装の少女が複数確認できる。つまり自分だけではないという真実が、ミラの心の中で大きく膨らんでいく。そしてそれは自分の服が特殊ではないという事の証明として、そこに計り知れない程の安心感を得たのだった。


 何かから解放されたかのような面持ちで、ミラは受付らしき所へと向かう。複数ある受付のうち、空いている所の前に立つと受付台に『新規登録受付』と書かれていた。受付毎に対応内容が違うという事で正に区役所を思い出したミラは、一先ず自分が用のあるのはここでいいと確認し受付に話しかける。


「組合に登録したいんじゃが、今大丈夫かのぅ」


「はい、大丈夫ですよ。新規登録でよろしいですか?」


「う、うむ」


 笑顔で応対する受付の女性は、端正な顔立ちで長い金髪をリボンでポニーテールに結っている。首から名札を下げており、そこにはユーリカと書かれていた。

 ユーリカの笑顔に一瞬どきりとするミラだが、平静を装いながら頷く。


「では、こちらに記入をお願いします」


 差し出された書類を見て、ミラはソロモンから受け取った推薦状を思い出すと、書類の上に乗せる。


「推薦状というやつを預かってきたんじゃが」


「推薦状ですか。お預りします」


 ユーリカは推薦状の封筒を手にして裏返し推薦者を確認した途端に硬直する。

 推薦状を持ってくる新規登録者というのは、多くは無いけれど珍しいという程でもない。貴重品を求める貴族が私兵をダンジョンに送るため組合に登録させたり、高ランク冒険者が有力な新人を推薦したりとユーリカ自身も推薦状を受け取るのは何度かあった。

 だが、今回の推薦状は今までとは明らかに違う。目の前の少女は流行の服装からして術士である事は分かる。術士ならば一見か弱そうな少女であろうが、身体の大きさは余り関係無い。普段、見た目では判断出来ない魔力がものを言うからだ。

 ユーリカも推薦状を受け取った時点でそう考えていた。どこで出会ったのかは知らないが実力を認めた高ランク冒険者の推薦か、もしくは貴族のお嬢様。見た目の可憐さからお嬢様だろうと予想し、どこの貴族だろうかと推薦者を確認したのだ。しかし、そこに書かれていた名前は、そのどれでもなかった。

 推薦者は、ソロモン。アルカイト王国の王である、ソロモン王自身だったのだ。


「す、すみません。少々お待ちください!」


 笑顔を浮かべていたユーリカは表情を一変させて、組合の奥へと走り出す。王直々の推薦状等、見た事も聞いた事もなかったのだ。それ故、ユーリカは自分では判断出来ないと組合長の指示を仰ぎに組合長室へと向かう。


 残されたミラは、何事だろうかと思考を巡らせるが想像も出来なかったので、受付台に備え付けられているペンを手に取り書類に必要事項を記入していった。



「申し訳ありません。お待たせいたしました」


 ミラは書類に記入を終えて、術士組合内を観察していたところで受付側より声が掛かる。振り向くと、平静を取り戻した最初の時と変わらないユーリカの笑顔が目に入る。


「書いたが、これでいいのか?」


 ユーリカは差し出された書類を受け取ると、記載漏れが無いか確認して頷く。


「はい。こちらで問題ありません。それで推薦状の件ですが、組合長室までご足労頂けますか?」


「ふむ。構わぬ」


 いきなりランクがCになるのだから組合長自身の確認が必要なんだろうと、ミラは了承する。


 ユーリカは近くの職員に受付を任せると、階段を上がり術士組合の三階奥、組合長室前まで案内する。ユーリカが扉を叩くと、どうぞと渋く年のいった声が届いた。


「失礼します」


 ユーリカが扉を開き中へ入ると、ミラもそれに続く。

 組合長室というだけあって、そこは趣味の良く落ち着いた空間だった。調度品は主張しすぎず室内にそっと彩りを添える。執務机の後ろには大きな本棚が悠然と佇み、並べられた本の種類は部屋の主である組合長の知識欲を代弁していた。


「わざわざすまない。組合長のレオニールだ」


 組合長はレオニールと名乗り、執務席から立ち上がり一礼する。その顔は彫りが深く、歳を刻んだ皺は落ち着いた男の雰囲気をより一層成熟させている。

 レオニールは応接用のテーブルへと移動してミラに座るよう促し席に着く。


「ミラじゃ」


 名乗られたのでミラは簡潔に返すと、一呼吸置いてから席に着いた。同時に、執務室の奥の部屋から給仕係がお茶とお菓子を持ってくる。それらをテーブルに並べると小さく会釈をして、再び奥へと戻っていく。


「ミラさんか」


 レオニールは少女を見つめながら、ユーリカが「こちらを」と差し出した書類を受け取る。視線を落としその書類を一瞥する。そこに記入されているのは、名前、クラス、所属国だ。


「もしやお嬢さんが噂の、ダンブルフ様のお弟子さんか?」


 確信したような表情で真実をつく。

 術士組合長であるレオニールのもとには、国内のみならず様々な情報が集まる。特にレオニールは情報の収集に傾倒している節があり、専用の情報機関まで組織している程だ。

 そこに流れたのが英雄ダンブルフの弟子の出現という噂だ。ミラという名前とクラスは召喚術士、見目麗しき銀髪の少女という情報が入っていた。

 それだけ分かっていれば、ミラと名乗った少女が情報に該当すると判断するのも容易い事だ。受け取った書類にもクラスは召喚術士と書かれている。


「うむ、如何にも。もうここまで伝わっておるとはな」


「なるほど。ならばソロモン王様からの推薦状というのも納得できるな」


 レオニールは多少、驚いたような表情を浮かべるも納得したように書類を机に置き印を押す。Cクラスに相当するか確認しようかとも思ったが、ソロモン王直々の推薦であり英雄の弟子であるならば必要はないと判断する。一方、ユーリカは話についていけてないようで、笑顔を作る事を忘れ、唖然としてミラを見つめている。


「あのあの、申し訳ありません! ダンブルフ様というと、あのダンブルフ様でしょうか!?」


 口を挟むのは失礼だと感じつつも、聞かずにはいられないとユーリカはレオニールに視線を送る。


「そうだ、あのダンブルフ様だ。精錬技術の開発者にして建国の英雄。軍勢のダンブルフと呼ばれたあのお方だ」


 さも当然とばかりに話すレオニール。

 三十年前の失踪事件から今日まで存在を現さなかった賢者の名前、それがその弟子と共に話に現れるなどユーリカにしてみれば寝耳に水の出来事だ。いまいち現実感が無い。レオニールも、事前に情報を入手していなければ、もう少し時間を要しただろう。

 ユーリカがレオニールの答えを頭の中で何度も反芻する度に、その表情の喜色満面に輝きが増していく。

 暫くすれば町中で噂が広がるだろうがと思いながらも、レオニールは一応そんなユーリカに口止めをしておくと認証印を押した書類を渡す。


「手続きを頼んだぞ」


「は、はい! お任せ下さい!」


 ユーリカは高揚した声で快活に答える。そして書類を大切そうに両手で抱くと、ミラに視線を投げかけてから登録手続きのため一足先に組合長室を後にした。


「さて、ここからは私用なので帰ってもらっても構わないのだが、もし時間があれば話に付き合ってもらえないだろうか」


 推薦状についての確認は完了したが、今まで姿を現さなかったダンブルフについて、自分の知らない情報を無数に知っているであろうミラにレオニールは興味を持つ。出来ればダンブルフの現状やミラ自身の事を知りたいと、知識欲が疼いていく。


「ふむ。まあ構わんじゃろう」


 術士組合の長ともなれば、それなりの権力もある。少しくらい付き合って面識を高めておくのも後々有利に働くかもしれないとミラは算段し了承する。


 二人は応接用の席に着く。

 話の内容は塔の補佐官のマリアナ、リタリアに話した事を思い出しながら、ミラは当たり障り無く答えた。ダンブルフは幻獣の街に居るが今はどうか分からない。師と同格のダークナイトを召喚できる。等、ミラは知られても問題ではなさそうな事を並べた。合間合間に、お茶菓子のケーキをつつきハーブティを啜る。レオニールがその心底嬉しそうな食べっぷりに、二個目を薦めるとミラは即答で頷いた。



「馳走になった。ではまたな」


「冒険者証は明日になれば出来ているので、その時受け取ってくれ」


「うむ、分かった」


 ミラは執務室の奥から、ケーキのお代わりの度に出てきた給仕係に案内されて執務室を後にする。レオニールは、そんなミラの後姿を見ながら思案していた。

 何かを隠しているのは確かだが悪意は感じられない。ケーキを頬張り頬にクリームを付けている姿は見た目通り少女そのものだが、時折見せる仕草や言葉の選び方は子供のそれとは逸脱している。

 ダンブルフという師と寝食を共にしていれば、そのようにもなるかもなと一通りの答えを出すと、推薦状を広げて椅子に深く沈み込んだ。


「うーむ。計り知れん」

 

 推薦状を机に放り出しレオニールは天を仰ぐ。ひらりと机の隅に着地した紙の文末には、全禁域解除権の譲渡を求むと書かれていた。

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