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218 束の間の日常

二百十八



 たっぷりの湯に浸かり、その心地良さを存分に堪能していたミラ。だが暫くしたところで、ふと物足りなさに気付く。そしてミラは考えた。今足りないものは何なのかと。


「……これか」


 考えながら見回したところで、ミラはそれが何かを直ぐに理解した。

 足りなかったもの。それは、直ぐ隣の壁であった。浴槽の分だけ拡張されたとはいえ、元は二人も入ればいっぱいいっぱいだったシャワー室だ。広いとはお世辞にも言えないそこに、浴槽のスペースが出来ただけというのが今の状態である。どちらというまでもなく、浴室は狭いと言わざるを得ない。

 しかも、これまでのミラの場合、風呂といえば、塔にある自室の豪華な風呂や王城の豪華な風呂、高い宿の豪華な個別風呂、そして宿の大浴場、などなど。思えば風呂の経験に関しては、中々の遍歴だったりする。

 ゆえにミラは、普段風呂に入れないような場所で風呂に入っているにもかかわらず、物足りなさを感じてしまったのだ。

 その一番の原因は閉塞感。自宅の風呂では気にならなかったそれが、贅沢を知った今のミラに窮屈を感じさせてしまっていたわけだ。


「この辺りに窓でもあれば違ったのじゃろうにのぅ……」


 ミラは直ぐ隣に聳える白い壁を見つめて、そう呟く。狭い事に加えて、視界が遠くへ通る窓も浴室にはなかった。だからこそ、なおの事閉塞感が強まってしまっている。

 住民は少女であり、一階の浴室に窓など、もはや変質者に覗けと言っているようなものだろう。だが、その辺りに警戒のないミラは、何よりも風呂を満喫する事を望んでいた。

 そんな時である。そこに窓があれば最高の一時になるだろうと、ミラが思った次の瞬間。不意に屋敷全体が揺れ出したのだ。


「何じゃ?」


 もしや地震だろうか。ミラがそう思ったところで、その変化は現れた。揺れが大きくなると共に、ミラの隣の壁が大きく歪み始めたのである。

 これは何事だ。精霊屋敷については、まだ契約したばかりという事もあり、詳しくはわかっていない。そのため現状の理由には見当もつかず、もしや狭いなどと思ったから怒ったのだろうか、などとミラは考える。

 だが、それは違った。精霊屋敷はミラの望みに応えたかったのだ。

 揺れが収まると同時、壁は大きな窓へと変じていた。明かり一つない窓の外。そこには、夜の闇に覆われた真っ黒な大地と、満天に煌く星々が広がっていた。


「おお……。やはり、この星空は絶景じゃな」


 何に邪魔される事無く、空の果てで輝き続ける無数の星。ミラは、その無限にも感じられる空の広がりを実感しながら、湯船にゆっくりと浸かり直す。


「わざわざ窓を作ってくれたのじゃな。ありがとう、感謝するぞ」


 ミラは窓にそっと手を触れながら、そう呟くように口にした。

 望んだら窓が出来たという事から、どうやら精霊屋敷の構造部分は随分と融通が利くらしいとわかった。つまり精霊屋敷は、気分によって自在に改築出来るというわけだ。

 それを知ったミラは、今後、もっと精霊屋敷が大きくなった時の事を想像しながら、ほくそ笑む。夢と希望のマイホーム。誰もが憧れる理想を実現出来るかもしれないと。



「やはり、風呂は良いのぅ」


 風呂を楽しむ事一時間と少々。存分に満足したミラは、ようやく風呂からあがり、浴室を後にした。

 全身をタオルで拭い、とりあえずといった様子でパンツだけ穿いたミラ。火照った身体を冷ますためという大義名分のもと、あとは何も身に付けず、そそくさと冷却ボックスを拾い上げる。


「どれどれ……。おお、キンッキンに冷えておる!」


 冷却ボックスの中に入れておいた瓶は、驚くほど冷たく、実に飲み頃となっていた。


「やはり、風呂上りといったらこれじゃろうな」


 ミラは瓶を、『コーヒー牛乳』と書かれたそれを手に取り、朗らかに微笑む。

 最高の環境で飲む、湯上りの一杯。そのためにミラが仕入れていたのは、あえて一般家庭ではなく銭湯などでの定番であった。

 精霊屋敷の自宅風呂的な安堵感をそのままに、このコーヒー牛乳によって銭湯や温泉などの旅情感を味わおうというのが、ミラの狙いだ。

 ミラは、この時のために、多くの種類のコーヒー牛乳を仕入れていた。そう、ミラが入浴前に吟味し厳選していたのは、どのコーヒー牛乳にするかであったのだ。

 そして今回、ミラが精霊屋敷で飲む初めてに選ばれたのは、『ブローベル高原牧場のコーヒー牛乳』だった。

 なお他にも、高級ホテルが販売している『ロイヤルコーヒー牛乳』や、近くの牧場で朝一で搾った牛乳を使用した『朝搾り特濃コーヒー牛乳』、コンテストの受賞歴があるパティシエが生み出したスイーツのような、『コーヒー牛乳フラワースター』。そして、人には優しく自分に厳しい、決して妥協しない一流のバリスタが仕上げた『特選コーヒー牛乳』などなど。

 人が多く集まるグランリングスだけあって、ミラはコーヒー牛乳だけでもかなりの種類を見つけていた。そしてその全てを購入していた。この時のために。


「ここも、景色は抜群じゃな」


 コーヒー牛乳の蓋を開けながら、ミラは大きな窓の傍に歩み寄り、そこにもたれかかるようにして外を眺めた。浴室とは違う方角を向いている窓からは、近くを流れる川が見える。川は、星と月の光に照らされて、きらきらと煌いていた。

 初めてにふさわしい、最高の夜だ。

 そんな夜景に乾杯したミラは、コーヒー牛乳の瓶をそっと唇に当てて、優雅にそれを傾ける。

 両足を肩幅に開き左手は腰に、なんて事はしない。あれは、一人でやるものではないからだ。一人には一人の作法というものがある。それこそが今、ミラが成している事。ワインを飲むが如く、コーヒー牛乳と真摯に向き合い、そして深くまでゆっくりと味わう事が、真の湯上りコーヒー牛乳の嗜み方であるのだ。


「ふむ。口の中で途端に広がるコーヒーの薫り。そして何より、コーヒーの強い味に負けず、しっかりと存在を際立たせている牛乳の滑らかな舌触りとコク。やはり、牧場表記にハズレなしじゃな!」


 そっと空へと視線を流し、決め顔で評論家を気取るミラ。

 ミラの持論である、牧場表記に外れなし。定番の牧場ソフトクリームなどを筆頭に、生キャラメルやチーズ、ソーセージなどなど。牧場で生産された食品は、どれを食べても美味しい。そんな経験則から生まれた持論である。

 ブローベル高原牧場。もうこの表記だけで美味しい。ミラはそんな事を思いながら、更に一口二口と口にして「見事な調和じゃ」などと続け、瓶を軽く回す。碌に飲み比べをした経験がないにもかかわらず、完全にコーヒー牛乳ソムリエ気取りである。

 とはいえパンツ一丁のソムリエは、そんな事をしながらも、湯上りのコーヒー牛乳をしっかりと堪能していた。言っている事はともかく、美味しい事は確かなのだ。

 そうして最高の一杯をもって、ミラはその日を大変満足に締め括ったのだった。




 早くもなく遅くもなく、丁度朝の中頃にミラは目を覚ました。窓からは朝日が柔らかく差し込んでおり、室内に程よい陽だまりをつくっている。


「んー、良い朝じゃのぅ」


 ミラは心地よい目覚めを全身で感じつつ、うんと身体を伸ばし起き上がった。そして少しの間耄碌したようにぼんやりしてから、ゆっくりと朝の支度を始める。


「さて、今日の気分は何じゃろなっと」


 用を足しシャワーを浴びて、いよいよ覚醒したミラは、部屋のど真ん中に座り込み、何にしようかと考え込む。

 その内容は、一日の始まりで最も大切な朝食のメニューだ。該当する料理を大量に買い込んでいたからこその贅沢な悩みである。


「ふむ……これとこれ、あとこれにするとしようか」


 考える事十分弱。ようやくメニューを決めたミラは、窓から望める長閑な光景を眺めながら、のんびりと朝食を楽しんだ。

 この日の朝食は、グランリングスの道行く主婦から聞き込んだ美味しいパン屋の特製サンドイッチだった。タマゴサンドとハムチーズサンドという定番はもちろん、ミラはそこに照り焼きチキンサンドを加え、朝からしっかりと食べる。

 どれもこれも行きつけの主婦のオススメだけあって、とても美味しく、特に照り焼きチキンサンドはボリュームがありそうでジューシーながらも、もう一ついきたくなるほど絶品であった。


「やはり、これがアイテムボックスの使い方の正解な気がするのぅ」


 いつまで経っても出来たてなサンドイッチ。それらを平らげ、満足のいく朝食を済ませたミラは、続けて飲み物を手に取る。麦芽飲料だ。今、ミラが飲むそれは、麦芽の粉末にチョコレートとミルクを加えたもので、正しく朝に相応しいといえる一品だった。

 なお、この麦芽飲料は、通りすがりの女性冒険者から聞き込んだオススメの一品だ。グランリングスでも有名なスイーツ店で、朝の定番として既に定着しているらしい。ちなみに『コーヒー牛乳フラワースター』と同じ店だ。


「最近は、実に健康的な気がするのぅ」


 ミラは、自身の健康的な身体を確かめながら、満足そうに笑う。果たして食生活によって体形に変化はあるのか。それは不明だが、今のところは理想のままであった。食べ過ぎた時に、ぽっこりと腹が膨らむ事はあるが、それは仕方がない事だろう。

 こうして朝食を締めたミラは、ようやく服を着て、出発の支度を始めるのだった。



「うむ、準備良し」


 着替えを終えて荷物を片付け、出発準備を整えたミラは、今一度しっかりと忘れ物がないかを確認する。そして、大丈夫だと確認を終えると、扉から精霊屋敷を後にした。

 なお、出発する時ならば、扉から出ずとも、そのまま精霊屋敷を送還した方が早い。だが、わざわざそうするのには、理由があった。扉をくぐる事で、これから冒険の始まりだという気持ちを高めるのだ。

 そしてもう一つ、何よりもミラは、精霊屋敷を外から見るのが好きだったりした。


「良いのぅ、実に良い。やはり男たるもの、一国一城の主は夢じゃからのぅ。精霊屋敷、マイホーム……わしの家。しかも、家ごと引っ越し可能。これが、わしの家。ああ、良いのぅ」


 マイホーム。それは、最も安らげる自分だけの聖域。男ならば誰もが夢見る、一つの到達点。ミラもまた例外ではなく、精霊屋敷に馳せる思いはひとしおのようだ。

 そして、果てしなく広がる草原に、ぽつり佇む精霊屋敷。場所さえあれば、いつでも帰宅可能なマイホーム。この圧倒的な優位性は、他の誰かのマイホームとは一線を画すだろう。貴族や王族ですら、このようなマイホームを持ち合わせてはいないはずだ。


「また次も、よろしく頼むぞ」


 唯一無二の我が城。しかも最近改築して風呂付きになった。そう、マイホームは、まだまだ進化するのだ。

 ミラは、まだ見ぬ無限の可能性に思いを馳せつつ精霊屋敷に頬ずりしてから、そっと送還した。


「さて、今日中には到着じゃな」


 目的地であるハクストハウゼンまでの距離をマップで確認したミラは、向こうで宿泊する宿の事を考える。マイホームも良いが、やはり旅先で訪れる一期一会の宿というのもまた良いものなのだ。

 そんな事を思いながら、川の畔に止めてあったワゴンに歩み寄っていくミラ。しかし次の瞬間である。


「な……何じゃあれは……」


 ワゴンの御者台あたりに、得体の知れない何かがへばりついているのが見えたのだ。びくりと肩を震わせたミラは、ぴたりと足を止めて、それを凝視する。

 それは、人の形をしていた。それは、全身がずぶ濡れだった。それはまるで、打ち上がった溺死体のようであった。

 正体不明の不気味な存在。だが、更によく見てみると一つだけ特徴があり、それを確認したミラは、「何じゃ、もう来たのか」と呟き、胸を撫で下ろすと共に警戒を解いた。

 その存在の透き通るような青い髪に、精霊の輝きが見えたのだ。そう、得体の知れないそれは、精霊だった。

 それを踏まえて、ミラはつい昨日の会話を思い出す。ワーズランベールを召喚した際の会話だ。

 聖剣の武具精霊サンクティアに静寂の精霊ワーズランベール。そして、二人と同じ場所で出会った水の精霊アンルティーネ。唯一、あの時召喚契約をしていなかった彼女は、悲しいかな、精霊ネットワークの蚊帳の外にある。

 その件について昨日話し、精霊王の力で重複契約可能と知った後、即座にミラの元へと向かったというアンルティーネ。

 どうやら、たったの一日で、ここまで追いついたようだ。とはいえ、余程急いで無理をしたのだろう、力尽きてワゴンにへばりついたまま爆睡するその姿は、やはり溺死体のようであった。


「おーい、生きておるかー?」


 一先ずミラは御者台にまで歩み寄り、そこにへばりついた精霊の肩をゆすってみる。その際に垣間見えた顔は、あの時出会ったアンルティーネで間違いはなかった。

 だが、余程消耗しているのか、彼女は泥のように眠っていて、ちょっとやそっとでは起きそうにない。


「さて、どうしたものかのぅ……」


 精霊王のおかげで重複契約が可能となった今、それをしない理由などない。しかし、当の本人がこの状態では、契約云々以前の問題だ。

 このまま起きるまで待っていようか。そう考えるも、現状を見る限り、いつ起きるかわかったものではない。

 今はファジーダイスと対決する前に、出来るだけ早く現着して情報収集をしておきたいところだ。このまま、アンルティーネの目覚めを待つのは不毛というものだ。

 ならば、無理矢理にでも起こして、契約してしまうべきだろうか。

 しかし、ここまで消耗するほど無理をして契約しに来てくれたアンルティーネに、そのような事をミラが出来るはずもない。かといって、このまま時間を無駄にするのも問題だ。

 考えた末にミラは、一緒に出発してしまう事にした。アンルティーネを御者台の扉からワゴンの中に引きずり込み、隅っこに布団を敷いて、その上に寝かせたのだ。


「起きたら驚くじゃろうな」


 目が覚めたらワゴンの中。タイミングによっては空の上だ。ミラは、少しだけその瞬間を楽しみにしつつ、出発の準備を進めていく。といっても、ミラがやる事は、一度外に出てから、ガルーダを召喚するだけだ。

 ミラが召喚術を発動すると、魔法陣からガルーダが姿を現す。そしてガルーダは喚ばれて直ぐ、忠誠を示すかのようにミラの前に伏せた。その姿は、正に忠臣そのものである。


「今日も、よろしく頼むぞ」


 ミラは、その忠義に感謝を込めて、そっとガルーダの鼻先を撫でる。

 ミラは今までも、このように感謝を忘れた事はなかった。ゲーム時代にも語り掛ける事はあったが、現実となった今、それはもう当然の事になっているのだ。

 こうして力を貸してくれる事を、ただただ嬉しく思うミラ。

 そしてガルーダはといえば、そんなミラの言葉に応えるかのように立ち上がり、大きく翼を広げてみせた。ガルーダの象徴ともいえる、極彩色に輝く翼。それは、誇りにかけてと言わんばかりの姿であった。

 ミラとガルーダ。過去に交わる両者の関係は深く、ガルーダはその時に、ミラへの忠誠を誓った。返しきれぬ恩義、そして胸に崇敬と憧れを秘めて。

 そのような関係ゆえ、ガルーダはミラを運ぶという役目に誇りを持っていた。


「では、任せたぞ」


 頼もしいガルーダの姿を満足そうに見つめてからワゴンに戻ったミラは、窓の前の定位置に腰を下ろし、流れる川と草原を眺める。

 そうしてミラが落ち着いたところを見計らったかのように、ワゴンがゆっくりと浮かび上がっていく。僅かに聞こえる風の音は涼やかで、ぐんぐんと高度の上がっていく風景は、何度見ても見応えのあるものだ。

 一見すると何て事のない和室の外は、大空高く。自然体で望む絶景というのは、一味違う贅沢であった。






エアロバイクに乗り始めてから、気付けば1ヶ月。

夕飯をサツマイモやグラノーラに置き換えたりしながらお腹の脂肪に抵抗したりして日々が過ぎていきました。

なお、サツマイモは光箱が大活躍です。

芯までしっかりと火を通してから、今度はトースターで焼けば焼き芋風に!

ボリュームもあっていいですね、サツマイモ!


そして昨日。体重計に乗りました。

するとどうでしょう……



2キロ減っていたのです!!


こうやって効果を実感出来ると、頑張っていこうって気になりますね。


さて、どこまで痩せる事が出来るかな。

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― 新着の感想 ―
男たるもの… 今のあなたは乙女なのですよ(笑) 某TS魔法少女みたいに乙女心を強制的に注入してあげましょうか?
[気になる点] >>出発する時ならば、扉から出ずとも、そのまま精霊屋敷を送還した方が早い。 ってことは、精霊屋敷内に荷物を置いたまま送還したら、その荷物は地べたに放り出されるのか。 強化したら荷物も…
[一言] 光箱をグレードアップして加熱水蒸気オーブンレンジにするとサツマイモが凄く美味しく焼けますよ。
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