214 ソロモンの願い
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二百十四
『ところで、その予告状を出されたって商会は、何て商会なんだい? あの辺りって結構な大店がちらほらあるけど』
「あー、何じゃったかのぅ……。確かドーレス商会とかいうたか」
ソロモンからのふとした質問に、ミラは少し考え込んでから、どうにかその名を思い出す。
『なるほど、ドーレス商会、かぁ……』
「ほぅ、知っておるのか?」
『まあね。というより、ほら、こないだのキメラクローゼン関係で色々調べていた時にさ、報告書でよく出てきたんだけど、いやぁ、真っ黒だったよ』
ソロモンが調べたというドーレス商会。詐欺まがいの事から違法薬物の取引、盗賊団との癒着、果ては競合相手の殺害まで、法の目を掻い潜り様々な悪事が裏で横行していたそうだ。
『やっぱりファジーダイスって義賊的なんだねぇ』
ソロモンが言うには、怪盗ファジーダイスに狙われる者は、共通して何かしら後ろ暗い部分があるそうだ。ミラもその辺りについては、聞き及んだ内容から、何となくはわかっていた。随分と正義感の篤い怪盗なのだろうと。
そこでふと、ミラは思う。
「ところで、他に狙われた奴らは何をして、この怪盗に目を付けられたのじゃろうな」
それは、ちょっとした興味だった。正義の怪盗に狙われる悪党とは、どれほどのものなのかという。すると、ソロモンもまた同じように興味が湧いたようだ。
『確か結構な事していたねぇ。ちょっと待ってて、資料がこの辺りに……と、あったあった。えっとね──』
どうやらそういった資料も置いてあるらしい。ソロモンが、そこに書かれた事を丁寧に読み上げていく。
まず、怪盗ファジーダイスに狙われた者は、十四人。その者達は商人が多かったが、他にも冒険者のギルドや貴族にまで及んでいた。また、その者達がしでかした悪行もまた多様に富んでおり、そのほとんどが殺人にまで関わる非道なものばかりであった。
「しかしまあ、これだけの罪状が並ぶ中、一人だけ随分と簡素な者がおったな」
『だねぇ。僕も改めて見て、思ったよ』
そんな、被害者とは言い難い十四人の内、ミラとソロモンは同じ人物に注目する。
その者の名はゲルハルト・ヘルマン。グリムダート領の端を治めていたという貴族だった。そして、怪盗ファジーダイスの名が世に出るきっかけとなった、最初の標的である。
まず一つ気になった点は、予告状だ。今はもう、ファジーダイスといえば予告状を出して、なお華麗に盗み出すという印象が世に広まっている。だが資料によると、この最初の犯行の時は予告状など出していなかったそうなのだ。
「今とは違って随分と地味じゃな」
『まだ、キャラクターが確立していなかったって感じだよね』
資料には他に、怪盗ファジーダイスの初めての犯行なども記載されていた。その犯行とは、隠されていた犯罪の証拠を盗み出し、白昼の下にさらすというものだ。そしてこの時、金品には手を付けていなかったとも書かれている。
『一番の目的は、この犯罪の証拠だったってわけだ』
「余程、許せなかった、という事じゃろうか」
この犯行により明るみに出たゲルハルトの罪状。それは、人身売買だった。当然十分に非道ではあるが、第二第三と続く標的は、それ以外にも数多くの悪事に手を染めている。そんな者達に比べると、数段見劣りする罪状といえるだろう。
しかし、ミラとソロモンが注目したのは、その内容についてだ。男爵が人身売買で扱うのは、戦災孤児だったのである。
『向こうでは当時、結構な騒ぎになっていたようだよ』
資料にその時の状況が記されていたようで、ソロモンは興味深そうにそれを読み上げた。その内容は、ゲルハルトの処遇などを含む世情についてだ。
たとえ貴族とはいえ、悪事に手を染めて良いはずはない。しかし貴族には、いざという時それを上手く丸め込む方法がある。煙が立ったところで、内々に手を回しもみ消すのだ。ゲルハルトもこの方法を利用し、裏で人身売買に手を染めていた。
グリムダートで、人身売買は認められていない。そのためこの件が公になれば、男爵もただでは済まない。しかし正攻法で攻めたとて、どこかしらで男爵の息がかかった者が介入し、これを有耶無耶にする。事実、何度か調査員が失踪したという事があったそうだ。
そこで颯爽と現れたのが、怪盗ファジーダイスである。この怪盗は貴族の手回しにも負けず、華麗に証拠を盗み出し、それをまず白昼の下にさらしたのだ。その結果、ゲルハルトの裏の顔は真実として大衆の知る事となる。
こうなればもう、貴族とてもみ消す事は出来ず炎上し、最後には法の下に処断されたそうだ。
『しかも、国を動かした結果、軍の諜報部も動いて、人身売買の犠牲になった多くの孤児達が見つけ出されたってさ』
それは今より九年前の話。男爵が処断された後、大衆より、犠牲になった孤児達を心配する声が上がったという。三神国防衛戦の残滓がまだ燻っていた時代であり、誰もが辛い日々を送っていた頃。親を亡くし路頭に迷った可哀想な子供達が、悪徳貴族が肥えるための餌にされたというニュースは、周辺各国にまで広がった。
大戦で疲弊した時代、自分の事ですら精一杯のはずだ。よその子供、それも戦災孤児の事まで考えられる者は少ないだろう。
しかし子供とは、未来の可能性だ。それを想う者も、確かに存在した。更には、悪徳貴族が懲らしめられたという、暗い世情に響いた明るいニュースだ。
だからこそ世情はファジーダイスが成し遂げた事を支持した。そうして子供達を憂う声が大きくなり、やがてそれは国にまで届いた。
国庫が苦しいとはいえ、これを無視すれば、市井の不満はますます募るだろう。ゆえに、国は動かざるを得なくなったのだ。
『売買されていった孤児も救い出す。きっとここまでが、かの怪盗の目論みだったんだろうねぇ』
人身売買のルートなど、個人で易々と追えるものではない。国の情報網を当てにしたファジーダイスの目論みは見事に成功したわけだ。しかし国を預かる身としては恐ろしいと、ソロモンは小さくぼやいたのだった。
「しかし、思えば何かと孤児が出てくるのぅ」
孤児院を運営していると思われるアルテシア。孤児院に寄付していると思われる怪盗ファジーダイス。そして、そんな怪盗の初仕事は、人身売買された戦災孤児の救出である。どうにも気になってしまうのは仕方がないだろう。
「もしかすると、ファジーダイスの正体はアルテシアじゃったりするのではないか?」
『まっさかー。それは、いくら何でも……ねぇ』
子供のためなら、無茶な事も平気でする。それが二人に共通するアルテシアの印象だ。
『でもほら、最初はそうだけど、標的には子供関係ないのも多いし。そもそも予告状出したりする怪盗とか、彼女っぽくないよ』
「……確かにそうじゃな」
少し考えた二人は、結果、ファジーダイスはアルテシアという線を棄却した。アルテシアは、子供のためという以外は、実に大人しい母的存在なのだ。噂に聞くファジーダイス像とは似ても似つかないのである。
「まあ、どちらにせよ、捕まえてみればはっきりする事じゃ」
『うん、そうだねぇ。それでいい気がするよ』
肝心なのは、ファジーダイスの正体ではなく、ファジーダイスが目当ての孤児院を知っているかどうかだ。そこに帰結して、二人はファジーダイスについての話を終わらせた。
「ではな。何かあったら、また連絡するとしよう」
最後にミラがそう言って通信を終えようとした時である。
『ところで、このまま次に向かうって事なら、もう暫くは帰ってこないんだよね……』
ふと、そんな当たり前のような事をソロモンが口にした。心なしか、声色が若干落ち込み気味だ。
「うむ、そういう事じゃが。……何じゃ、もしかして、わしに会えなくて寂しいのか? ん? ん?」
ミラは受話器を持ち直しながら、にやにやと不敵な笑みを浮かべる。遠く、王都からろくに出る事が出来ない一人の友人。そんな彼のために、もう少し話に付き合ってやろうか。
ミラがそんな風に思っていた最中、ソロモンは、更に落ち込んだ様子で続けた。『うん、そうなんだ。君のお嫁さんがね』と。
何でも代行のクレオス曰く、最近マリアナが、ミラ様はいつ帰るのか、と事ある毎に呟いているそうだ。クレオスは、その内だろうと応えていたそうだが、ある日、どこに行ったのか知っているかと訊かれたので、素直に答えたという。
古代地下都市と。そして、場合によってはその最下層まで行く事があるかもしれない。そう最後に付け加えたのが失敗だったそうな。
古代地下都市の最下層。そこにいるマキナガーディアンの強さというのは、実は銀の連塔では有名な話だという。
それは今より昔。ミラ達が九賢者として形になり始めた頃の事。腕試しにと突撃して惨敗し、ぼろぼろで撤退した、最初で最後のレイドボスだったからである。
今からすれば、当時はまだまだ未熟という実力だった。しかし仮にも九賢者だ。それが全員揃っていて尚、惨敗というのだから、かなりの出来事として皆が記憶しているらしい。
ゆえに、そのようなところにミラが向かったと知ったマリアナは、万が一にもと、不安を募らせているそうだ。
そして、そのようなところにミラを向かわせたとして、マリアナの態度が心なしか刺々しく感じるとソロモンはぼやいた。
「なんと、マリアナが……」
マリアナは、とても出来た補佐官だ。家事を器用にこなし、優しく丁寧で思いやりもある。そんな彼女がソロモンに対して、つんつんしているそうだ。
自分のためにそんな事になっているマリアナを、ミラは可愛いなどと思いながら、少し嬉しく感じた。しかし不安にさせているという点は、決して看過出来る事ではない。
やはり一度、戻るべきか。ミラがそう考え始めたところで、ソロモンが『〇、九、〇、五、だからね』と、数字を口にした。
「む、〇九〇五、か?」
『そう、九本の塔の九と、魔術の塔を一にして、時計回りに五番目。それが召喚術の塔に繋がる番号だから、定期的にでも連絡するといいよ。というか、して、お願いだから』
誰にでも優しく接するマリアナだからこそ、ソロモンは彼女につんつんされているのが相当堪えているようだ。ミラが聞き返すと、ソロモンはより丁寧に説明した。
その番号は、通信装置の対応番号らしい。つまり離れていても、この装置があれば召喚術の塔にいるマリアナと話す事が出来るというわけだ。
「うむ、この後、かけてみる事にしよう。心配をかけたままではいかぬからのぅ」
ソロモンの事はどうでもいいが、マリアナの不安を少しでも晴らせるならば、これを利用しない手はないだろう。そうミラは、連絡する事に決める。
『塔にもかけられる高価なその軍用通信装置は、僕が二人のためを思って、ポケットマネーで取り付けたって事とか、こう、悪くないようにさりげなく伝えてくれると嬉しいなぁ……』
いつもとは違い、随分と直球で恩を売り込むソロモン。それというのも実は、あの誰にでも優しいマリアナがつんつんしているというのが、城内にも広がっていたりした。それによって、ソロモンが相当に酷い何かをしでかしたのではないかという変な噂が立ち始めているのだ。ゆえにソロモンは、火消しに必死だった。
「ふーむ、まあ気が向いたらのぅ。では、マリアナにかけるのでな、切るぞ」
ソロモンの事情など知らぬと、ミラはこれからする最優先事項のために、とっとと受話器を置いた。その直前、『よろしくねー!』という念押しの声が響き、そして消えていったのだった。
ソロモンとの通信を終えた後、ミラは一息開けてから改めるようにして、今一度受話器に手を伸ばした。
と、その瞬間だ。
『ミラさんミラさん! さっきお嫁さんがどうとか言ってたように聞こえたのだけど、どういう事なのかしら!? お婿さんではないの!? マリアナさんというお方? 男性の方なのかしら? でも女性的な名前よね? それならやっぱりお嫁さん!? ねぇミラさん、どうなのかしらどうなのかしら!?』
と、異様にテンションの高いマーテルの声が、ミラの脳裏に響いてきたのである。
『こら、マーテルよ。ミラ殿と繋ぐ前に約束しておいたであろう。私生活などには極力介入するなと』
そう静かに窘める精霊王。しかし、一度火が付いたマーテルの興味は、精霊王ですら易々と止められるものではないようだ。
『でもでも、シン様! 女の子のミラさんにお嫁さんなのよ! シン様は気にならないの!?』
『そういう問題ではなくてだな……。まったく、お前という奴はこの手の話になると手が付けられん……』
精霊王曰く、マーテルは色恋話というのが相当に好きらしい。しかも組み合わせ問わず、というより、複雑な関係になればなるほど燃えるそうだ。
『すまぬ、ミラ殿』
その謝罪の言葉と共に、精霊王はマーテルを抑える事を諦めた。精霊王が匙を投げるような状況。それが今であり、ミラは怒涛のように質問を続けてくるマーテルに、どこぞの午後妻らしき幻影を重ねて苦笑する。
『あー、マリアナとわしは──』
興奮冷めやらぬマーテルをどうにか落ち着かせながら、事情の説明を始めたミラ。マリアナは補佐官であり、色々と身の回りの世話をしてくれるから、それをただ単にソロモンが茶化して言っていただけであると。
『そういう事だったのね……。残念だわ……』
あくまでも、マリアナは補佐官である。特別な関係ではない。そう把握してくれたのだろう、マーテルの熱は一気に抜けて、たちまち静かになった。
(落ち着いたようじゃな……。まったく、ソロモンの奴め)
脳裏に繰り返し響き続けていたマーテルの声が止んだ。その事に、ほっと一安心したミラは、ふとソロモンの言葉を思い返す。
嫁のマリアナ。ソロモンが茶化して、そう言っただけ。しかしミラは、それがまたどうにも満更ではなかったりした。
マリアナが嫁。悪くない。悪くないどころか、むしろ理想的だ。そんな妄想を膨らませるミラだったが、決してそれを口に出す事はない。マーテルに、また火がついてしまうからだ。
先日買い物に行った時の事です。
感想欄の方で美味しいと聞いた、紀文の肉まんを見つけました。というより、これがそうだったのかと知った、そんな感じでしたが。
前に求めていたのは5個入り300円くらいのやつでした。
しかしチルドコーナーに置いてあったのは、一個ずつ梱包されてる高級な肉まん。手が出しにくかったそれが、紀文の肉まんだったのです。
折角なのでと、買ってみました。食べてみました。
とても美味しかったです。流石は個別に梱包されているだけはありますね。
ボリュームもあって具も豊富。久しぶりの肉まんは、大満足でした!