209 盲点
お待たせしました!
そして、またもコミックス版の重版が決まったそうです!
いやはや、ありがとうございます。
二百九
「ほぅ……! なるほどのぅ……」
静寂の精霊ワーズランベール、そして聖剣の武具精霊サンクティア。この二人と共にいた水の精霊アンルティーネが、ミラと契約したがっているらしい。
そんな言葉をワーズランベールから伝えられたミラは、驚きと同時に喜び、そして悩んだ。
あの頃は精霊王の加護もなく、そもそも水の精霊とは既に契約していたため、アンルティーネとの契約という選択肢はなかった。そして、特にそれでも問題はなかった。
だが、精霊王の加護を得て精霊ネットワークが構築され始めた今、当時とは随分と状況が変わっている。
ワーズランベールとサンクティアは、精霊王やマーテルと意思疎通出来る状態であるにもかかわらず、傍にいながら蚊帳の外となるアンルティーネの立場、心境は、如何ばかりか。
「わしとしても、契約したいところなのじゃがのぅ……」
アンルティーネが望むのなら、伝言に応え契約するのもやぶさかではない。
しかし、そうするには一つ問題があった。
「召喚術士の契約には、同じ種族、また同属性の精霊との重複契約が出来ないという制限があってのぅ。新たに契約するとなれば、今の契約を解除しなくてはならぬ。今契約中のウンディーネは、生まれた時から育ててきた娘のようなもので、中々のぅ……」
一人仲間外れのような状態にあるアンルティーネの寂しさは良くわかる。けれど、大切に育ててきたウンディーネとお別れするのも、またミラには難しかった。
「そうでしたか……そのような制限が……。あの時、もう水精霊はいると仰っていたのは、そういった意味だったのですね」
絆を断つ事。それは決して願えるようなものではない。アンルティーネの契約は難しそうだと、ワーズランベールは我が事のように落ち込んだ。
召喚術士の頂点であるミラであろうと、召喚術士の制限には逆らえないのだ。
そう、これまでは。
『それならば、もう問題はない。その制限は、契約によって結ばれた絆が絡み合ってしまう事が原因だ。なので我が整えよう』
まるで狙いすましたかのようなタイミングで、そう精霊王の声が頭の中に響いてきたのだ。それはどうやらワーズランベールにも聞こえていたようで、彼の表情がぱっと明るくなった。
「何じゃと!? そのような事が!」
同属性の精霊との重複契約。精霊と一言で表しても、契約する精霊によって能力は千差万別だ。
ゲーム当時、四大属性の精霊は、一から好きなように育てる事が出来るサラマンダー、ウンディーネ、シルフィード、ノームが定番であり、最強でもあった。戦闘好きなミラも当然、この四体と契約している。
では、この場合以外の精霊と契約する利点は何か。まず一つ目は、契約直後から実戦投入可能な強さだ。そして二つ目にして一番の魅力は、育成では得られない特殊技能を持っている事だろう。
実際、ミラも当時はこの選択に相当悩んでいた。だが定番の四体に落ち着いたのは、特殊技能の種類が豊富過ぎて、確認だけでとてつもなく時間がかかる事と、何より戦闘向けではない技能がほとんどだったからだ。
今、この世界が現実になった事で、ミラの精霊を見る目は大きく変わっているが、ゲーム当時はやはり戦力としての面を重視していた。なのでランダム性の強い既存精霊より、好きなように育てられる方を選んだのだ。そして実際に、ミラが契約する四大精霊は、上級精霊にも匹敵するほどの成長を遂げていたりする。
と、そんな理由から契約を諦めた精霊とだって契約出来てしまう。精霊王が申し出たそれは、アンルティーネだけでなく、ミラにとっても福音であった。
『ミラ殿を介してやりとりする内に、召喚の契約というものの形は、大よそ理解出来たのでな。その時は任せるがよい。上手く定着させると約束しよう』
どうやら精霊王は、繋がりを介して精霊達と接する事で、召喚術士についても理解を深めていたようだ。自信満々にそう言うと最後に一言、ただし取り持てる契約は、精霊だけだと付け足した。精霊以外の絆に干渉するのは難しいとの事だ。つまり、今契約しているペガサス以外のペガサス達と新たに契約して、天駆ける騎馬軍勢召喚というのは出来ず、空の皇竜であるアイゼンファルドだけでなく、陸の皇竜も育てて契約し、天地最強なんて事も無理だというわけだ。
しかしそれでも、精霊と重複契約出来るという可能性は、計り知れないものであった。
「そういう事ならば、喜んで契約させてもらおう」
重複契約出来るなら、断る理由などない。精霊側からの申し出となれば尚更だと、ミラは快諾した。するとワーズランベールは「ありがとうございます」と、肩の荷が下りたとでもいった安堵の表情を浮かべ礼を述べる。
「確かあの湖は、天秤の城塞と幻影回廊の間にあったはずじゃな……」
契約するとなったら、まずはアンルティーネのいる場所に行く必要がある。ミラはマップを開くと、出会った時の事を思い出しながら、どの辺りだったかを推察する。あの頃は休憩に立ち寄っただけだったので、正確に湖の場所を確認していなかったのだ。
オズシュタイン側にある天秤の城塞。グリムダート側にある幻影回廊。この二つを結ぶ線上にワーズランベール達と出会った湖がある。その線は現在地より南に一日ほど進んだ地点を通っていた。近くならば、さほど時間はかからないだろう。
「確かこの辺りじゃったか」
さて、どの湖か。そうミラが特定を始めた時だ。
『ミラさんミラさん。ティーネちゃんの方から出向くって言っているわ。ミラさんにこれ以上面倒をかけられないって』
マーテルの声が、ふと脳裏に響いた。どうやら向こうにいるサンクティアを介して、アンルティーネにこの事を伝えていたようだ。
その結果、アンルティーネは湖を飛び出し、既に地下水脈を伝ってミラの元に向かっているという。彼女にとっては余程の事だったのだろう、相当な行動力である。
『別に面倒ではなかったのじゃが。まあ、来るというなら待つとしよう。して、何日ほどかかるか、わからぬじゃろうか?』
湖からここまでアンルティーネは何日ほどで到着するのか。ミラがそう問うたところ、特にそこで待っている必要はないとマーテルは言った。
『精霊ってね、絆とか縁に敏感なのよ。召喚契約を結んでいなくても、ミラさんとティーネちゃんの間には縁があって、その気になれば精霊はそれを辿れるの。だからミラさんは気にせず用事を続けて、ってティーネちゃんが言っていたわ』
どうやらアンルティーネは、ミラの居場所を特定しているようだ。縁を辿るとは、また凄い能力である。ミラは新たに知った精霊の能力に驚くと同時、ふとゲーム時代にあった『精霊ストーカー疑惑』という案件を思い出した。
それは、特定の精霊と仲良くなったプレイヤーの一部が体験した事だ。その者は、強力な魔物相手に苦戦を強いられていた。そして剣は折れ、もう駄目かと諦めかけた時、仲良くなった精霊が颯爽と助けに入ってくれたそうだ。
お陰で彼は魔物に勝利し戦利品を得て、無事に帰還出来た。運良く精霊が近くにいて助かった。最初はそう思った彼だが、これが一度や二度ではなかったらしい。フィールド上に限られるが、危機に陥った時、結構な頻度でその精霊が助けに来たというのだ。
この事についてプレイヤーの間では、きっと精霊と仲良くなった特典なのだろうと歓迎されていた。ピンチの時に精霊が助けてくれる。これは心強いものだ。ただ、フィールド上ならどこにでも助けに来てくれるため、もしかしたらずっと傍で見守っているのではないかと、あくまでもネタとして言われていた。それが『精霊ストーカー疑惑』だ。
そしてこの日、精霊には確かにそれが出来る能力がある事が判明した。
さて、事ある毎に精霊達に救われていた者達が、現実となったこの世界に来ているとしたらどうなっているのだろうか……。
ミラは、深く考えない事にした。
精霊王のお陰で、精霊との重複契約が解禁となった。現在、ミラは精霊界で何かと話題のため、もしかするとアンルティーネを皮切りに、召喚契約を結びたいという精霊がやって来る事があるかもしれない。
そんな話をワーズランベールから聞いたミラは、どんと来いと、懐の深さを見せつける。その心情の半分は、精霊が持つ特殊な能力への興味に向いてはいたが。
「さて、用事を続けるにしても、これをどうしたものかのぅ……」
第一弾のアンルティーネがこちらを捕捉し、迷う事無く向かってこれるなら、この場に留まり待つ必要もない。なのでミラは、次へと進むつもりなのだが、この先の進路は、目の前にある通信装置次第である。
「このタイミングで、向こうからかかってくれば完璧なのじゃが」
ミラは、通信装置を見据えたまま、そう呟く。キメラクローゼンとの闘いが終わった後、セントポリーからの帰り道で、ふと鳴った通信装置。今回もまた同じように鳴ってくれたら、これほど都合のいい事はない。
(精霊達と繋がっているように、お主とも何かが繋がっていると信じておるぞ!)
ミラは、親友ソロモンの事を想いながら、通信装置を鳴らせ、連絡してこいと念じる。ファンタジーなこの世界は、想いや絆が特別な力になる。ならばこそ、きっと通じるはずだ。
ソロモンが察してくれる事を願い、ミラは怪しい動きで念を送る。背後に立つワーズランベールは、その不可解な動きにあえて言葉はかけず、静寂の精霊らしく沈黙を守った。
結果、五分待ったところで通信装置はうんともすんとも言わなかった。ソロモンは察してくれなかったようだ。
(まあ、そうじゃろうな)
滑稽に思える事でも、つい試してみたくなってしまう。ミラの悪い癖である。
「さて、どうしたものか」
ミラは何事もなかったかのように、通信装置を調べ始めた。今度は、実践だ。
受話器を手に取り、適当な番号を押す。ソロモンから聞いた話では色々な約定によって、通信装置は初めから相互に関連付けてある相手にしか繋がらないという事だ。
つまり、他にどれだけ同じ番号が幾つあろうと、その番号を押した時、知っている相手にだけ繋がる仕組みである。登録するためには、色々と面倒な手間があるものの、それさえこなせば後は通話し放題だ。
と、そのように掛け間違いのない仕様だからこそ、ミラは大いに実践出来た。
「一、二、三、四、五、六、七……。ふむ、かからぬのぅ」
ミラは、一から順に押していく。ワゴンに備え付けられた通信装置に関連付けしてある相手がどれだけあるかはわからないが、ミラの状況を考えれば、アルカイト王国関係以外はないはずだ。そしてソロモンより連絡が来た事があるという点から、間違いなく一つは登録済みであると考えられる。
なので、どこかに上手く繋がりさえすれば、ソロモンが出る確率は高い。もしも別の場所でも、ソロモンに折り返し連絡するようにと頼む事が出来る。または、ソロモンに繋がる番号を教えてもらう何て事も可能だ。
「まったく、ソロモンめ。初めから教えておいてくれればよいものを」
二十まで試したミラは、思わずといった様子で愚痴を吐く。かつて暮らしていた世界の電話と違い、通信装置は世に溢れていないのだから、番号もさほど複雑ではないだろうと予想したが、ここで、もしかしたらという不安がミラの胸中に生じる。
通信装置は、軍事にも利用されている道具だ。ミラにも予想がつかない事情があり、複雑な番号になっているかもしれない。そうなると、偶然つながる事に賭けるのは無謀だろう。
「二十一、二十二、二十三──」
ミラは番号当てを再開しながら、いっその事、報告を後回しにして、このまま孤児院を探してしまおうかと考える。それらの事が終わってから帰り、まとめて報告するのでもいいだろうと。
「ところで、ミラさん。先ほどからなさっているそれは、何かの儀式ですか?」
流れ作業のように、ただただボタンを押し続けるミラの姿を眺めていたワーズランベールが、ふとそんな事を口にした。確かに、数字が書かれたボタンをひたすらに押し続けるミラの様子は、不可解な儀式でもしているような怪しさがあった。
「そのようなものではないぞ。この通信装置というのはじゃな、この番号を正しく押す事で相手側と繋がるという仕組みなのじゃよ」
通信装置の事を知らないワーズランベール。そんな彼にミラは、簡潔に通信装置の使い方を説明した。決められた番号を押す事で相手側を呼び出し、相手が受話器を取る事で、声が伝わるようになると。
「しかしまあ、今はその肝心の番号がわからぬ状態でのぅ……」
順に番号を押し続けながら、そう苦笑と共に簡単な説明を終えるミラ。通信装置の仕組みを大雑把ながらも理解したワーズランベールは、「それで先ほどから数字を」と呟きながら、ミラの手元にある通信装置から、その脇に視線を移した。
「ところで、ミラさん。数字といえば、ミラさんが先ほど、その通信装置というものから外して隅に置いたものに何か数字が書いてあるのですが、それは関係ないのですかね?」
と、そんな事を口にしたワーズランベール。その視線の先には、ミラが通信装置から外した蓋が転がっていた。
「なん……じゃと?」
先ほど外して隅に置いたもの。ミラは、ワーズランベールのその指摘に手を止めると、顔を驚愕の色に染めて、その隅へと目を向ける。
所在なげに転がる通信装置の蓋。ミラが恐る恐るそれを手に取り、よく見てみれば、確かに蓋の裏側に『依頼人 0172』と書かれた紙が貼り付いていた。
依頼人とはつまり、賢者探しをミラに依頼したソロモンの事だろう。そして共に書かれた数字は、通信装置の蓋にあったという事から、ほぼ間違いなく通信用の番号であるはずだ。
「おお、これじゃ! きっとこれで繋がるはずじゃ! まったく、こんな分かり辛いところに貼りおってからに。いやはやお手柄じゃ、よくぞ見つけてくれたのぅ!」
むしろ分かり易いところに番号は貼られていたように思えるが、ミラは押し入れに上半身を突っ込んだままソロモンに対して愚痴をこぼしながらも、番号の発見を大いに喜ぶ。
ワーズランベールはその背後で、「お役に立てて何よりです」と微笑むのだった。
先月、久しぶりにブルーレイを買っちゃいました。
思えば、ハリーポッターのコンプリートBOXを買って以来です。
最初は発売日にアニメイトさんへ買いに行ったのですが、まさかの予約で全て埋まっているという事態に遭遇しました。
予約って大事ですね……。
色々と購入特典があるようでしたが、ブツがなければもう仕方がありません。
結局、アマゾンさんに頼る事に。
注文後、次の日に届きました。流石です。
ちなみに買ったのは、リトルウィッチアカデミアの1巻です!
ハリーポッターとは魔法繋がりですね。
あ、PS4のソフトもブルーレイじゃん、という突っ込みは無しの方向で……。