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20 精鋭の侍女達

二十




 日が昇り、わずかに城下が賑わい始める頃。下着姿で寝ていたミラが目を覚ます。書き置きと共に寝巻きとして用意されていた、ウサギの着ぐるみみたいなパジャマを無視した結果だ。

 昨日の夜は侍女に寝室まで案内された後、少しして精錬台と材料が届けられた。ミラは言った通り寝る前にソロモンに頼まれた分の精錬石と魔封石を作り終える。所要時間は二十分とちょっと。城付きの精錬技師が再起不能になるレベルだ。


 ミラは覚醒しきっていない頭で、ふらふらとトイレへ向かい用を済ますと、そのままベッドに戻り倒れこむ。同時に置きっぱなしにしていたウサギパジャマが跳ねて、ミラの手に被さる。


「なんじゃこれは……」


 手に触れた異物を掴み払いのけようとしたミラは、薄く開いた瞳に映るそのぴょこんと飛び出たウサギの耳を認識して飛び起きた。同時に、足元に落ちていた一枚の紙が目に留まる。

 『寝巻きを用意しました。是非お召し下さい 侍女一同』 感じた事の無い戦慄がミラを襲う。


 昨日ソロモンに聞かされた、侍女達が夢中になってミラの衣装を作成中であるという言葉が脳裏を過ぎる。これは、その第一弾だったのだ。無駄に仕事が早すぎる侍女達。


 ミラは大慌てでメニューを呼び出し現在時刻を確認する。そこには、朝の八時四十五分と表示されていた。


 完全に出遅れている。

 知らずの内に蓄積されていた馬車旅の疲労が、上質なベッドにより開放された結果だ。


 嫌な想像しか浮かばないミラの脳内は、警報を発しながら次の一手を模索し始める。しかし、それは寝室の扉をノックする音が小さく響いた事により強制終了した。


「ミラ様、おはようございます。お召し物をお持ち致しました」


 少し弾んだ女性の声が扉の向こう側から掛けられる。それは宛ら死刑宣告にも似た意味合いとなりミラへと届いた。


(間違いなく持ってきておる!)


 ミラは慌てて室内を見回すが、代わりに着れるものはウサギパジャマと可愛らしいワンピースくらいしかない。打開策を必死で求めるミラだったが、そこへ時間切れの合図が届く。


「返事がありませんね。まだ起きていないのでしょうか。朝食が冷めてしまいますので、これは私が直々に起こして差し上げないといけません。ええ、いけません」


 棒読みの演技を挟んでから、寝室の扉が開く。


 そこで侍女が真っ先に目にしたのは、ミラの小さなお尻だった。


 軽くパニック状態に陥ったミラは、何を考えたのがベッドに頭を突っ込んだ。それだけだった。頭隠して尻隠さず、それを自らの身で示していたのだ。


「ミーラーさーま。おはようございます」


 小走りに駆け寄った侍女は、上質な羽毛の布団をそっと捲り上げると、苦笑を浮かべるミラに笑顔で再び挨拶を告げる。


「う……うむ。おはよう」


「ミラ様付きの侍女としてお世話させていただく事となりました、リリィと申します。今後ともよろしくお願いしますね」


「そ……そうか」


 ミラは余りにも馬鹿げた自分の行動を恥じながら、侍女リリィの手にした、なんちゃってではない魔法少女風衣装に心底頭を抱え苦悶するのだった。



 白と黒を基調とし、生地の量は抑え目にしたゴスロリチックな衣装。短めの黒のフレアスカートが付いた様な白いノースリーブのワンピースに、ローブの前を開いた形状のコートを羽織り完成となる。ミラの意思はほぼ尊重されず、とてもとても可愛らしく着飾らされた魔法少女ミラ。フリルとリボンがより一層際立っている。

 唯一聞き届けてもらえたのは、レース付きのフリフリ下着ではなく、今穿いている無地のもので勘弁してほしいという事だけ。即座に提案したトランクスは刹那も待たずに却下されている。



 その後ミラは、城内にある唯一の男子禁制の領域、侍女区画の一部屋に強制連行され無数の侍女に囲まれていた。


「はい、ミラ様。ばんざいして下さい」


 メジャーを手にしたリリィに言われ両手を挙げるミラ。その目にはすでに正気は失われていて、言われるがままに従う傀儡と化している。

 現在は胸のサイズを測られているのだ。パンツはまだ融通は利くが、ブラの方はちゃんとサイズに合った物を選ばないと後々問題が起こる。そのようにリリィに力説されて「もう好きにせい……」とミラは諦めの言葉を呟き今に至る。


 とはいえ実際にミラ自身も激しい運動をしていなかった分まだ表面化していなかったが、ローブが擦れる感触を何度も感じていた。リリィの他、侍女達の話によると、それが続けば少し触れるだけでも激しく痛むと半ば脅迫染みていた言動も、今ではもうどうでもいい事だ。


「とても良い形をしていますね。羨ましい……」


「そうか……」


 大まかに測り終わったリリィはミラの後ろに回り、その二つの膨らみを両手で優しく包み込み的確にサイズを計測する。


(この拷問はいつまで続くんじゃろう……)


 心ここにあらずなミラの意思に反して、胸のサイズを細部まで把握したリリィが指示を飛ばすと、すぐさま他の侍女がサイズピッタリのブラを持ってくる。


「どうですかミラ様。痛かったり息苦しくはありませんか?」


「うーむ。どうにも落ち着かんのぅ」


「それは大丈夫です。初めては皆、そのようなものなんですよ」


 優しく整え着付けられると、僅かな圧迫感と共に自身の姿にミラは盛大に溜息を吐いた。


 衣服に無頓着な大事な客人を、誠心誠意もてなす侍女達。本人達は嬉々として楽しんでいるが、そこはやはりプロ、手際といい作業の連携といい申し分無かった。

 侍女達は胸だけではなくミラの全身の寸法を瞬く間に測り終えると、今回着せた目測による服よりも完璧なコスチュ……服を仕上げられると息巻く。次にまた城を訪れる時こそが本番だという事に、ミラはまだ気付いていない。



 侍女区画の侍女達に見送られると、ミラはリリィに案内されて食堂で朝食を摂った。パンにスープ、サラダとフルーツジュース等、軽めながらもバランスの良い食事に人心地つく。

 食堂の一角で、幸せそうにフルーツジュースをちびちびと啜る魔法少女。嬉しそうに見守る食堂のおばちゃんと、笑み崩れているリリィ。想像以上に似合っている服装は自然と周囲の視線を集めていた。


 ミラはフルーツジュースを飲み終えると、ようやく顔を上げて自身に集中する視線に気付く。


(なんじゃ……これは見られておるのか?)


 警戒を顕にするミラだったが、うろたえ辺りをきょろきょろと見回す様は、女性達の庇護欲を煽るだけだ。事実、ミラの小動物のような挙動にリリィが身悶えていた。対して、結構逞しい城の侍女達しか目にする事が無い男性達は、完全に見蕩れている。女の子ってこんなに可愛い生き物だったのか、と。


 とはいえ人目に慣れていないミラにしてみれば、ただの悪目立ちでしかなく、脳裏ではいつもの如く「きっと、わしの事を変だと笑っておるんじゃ」と被害妄想を巡らせている。

 そして勢い良く立ち上がったミラは振り返らずに食堂を飛び出した。



 食堂を出た後リリィに宥められ、執務室へと案内される。可愛いから何の問題も無いという言葉が止めとなった。


「ソロモン様、ミラ様をお連れしました」


 リリィが扉をノックして声を掛ける。


「うむ、入れ」


「失礼します」


 ソロモンの返事の後、リリィは静かに扉を開き一礼。ミラが執務室に入ると、そっと扉を閉めて外で待機する。


「やあ、おはよう」


「うむ、おはよう」


 ミラは挨拶を返し、心底疲れた様子でソファーに身体を投げ出す。少女の衣装を目にしたソロモンは、口元を手で覆いながら肩を震わせた。ミラはそんなソロモンをじろりと睨みつける。


「良く眠れたかい?」


「うむ。侍女どもから逃げる間もない程にな」


「似合ってるよ。流石は、うちの城の侍女達だね」


「普通のローブならば、なんの問題もなかったんじゃがな」


 ミラはスカートの裾を持ち、ひらひらとさせながら不貞腐れる。実際、一夜で仕上げたとは思えない程の出来栄えだ。


「それはそうと、夜のうちに頼んだ物を作っておいてくれたようだね」


「うむ。ああ、そういえば部屋に置きっぱなしじゃったな」


「君が部屋を出た後に侍女が届けてくれたよ。これで暫くは有意義な実験が出来る。ありがとうね」


「この程度構わん」


 ミラはソロモンから視線を外すと、照れた様に答える。少しだけ張り切って作ったのは確かだ。


「ああそうだ。忘れないうちに、これを渡しとくよ」


「ふむ、なんじゃこれは」


 言いながら袋を投げ渡すソロモン。ミラは、中に細かいジャラジャラとしたものが入った袋を受け取る。


「お金だよお金。グライアって覚えてる? 魔法騎士団の隊長さん。彼から、君が魔物の討伐に協力してくれたって聞いてね。その報酬だよ」


「なんじゃそういう事か。しかし金なぞもろうても、困らぬ程にはあるからのぅ」


「あ、そうなんだ。塔の倉庫にでも貯金してたの?」


「何を言うておる。手持ちに……」


 そう言いミラはお金を取り出そうとするが、そこで停止する。ゲームの時の感覚で百リフほど出そうとしたが出てこないのだ。ちなみにリフとは、この世界の通貨の単位だ。


「あ、気付いちゃった? 気付いちゃった?」


 いたずらっぽくソロモンが笑みを浮かべる。

 ミラの脳内に、戦慄が走る。慌ててステータス欄を開き所持金を確認しようとするが、そこにあったはずの所持金を表す数字が完全に抜け落ちていた。


「わしの金はどこにいったんじゃ……」


「浮遊大陸と同じだよ。電子世界の波に飲まれて消えたんじゃないかな。大多数の見解によると、お金はアイテムとは違うからアイテム欄には入らない。つまり別枠だね。今までは、ゲームのシステムで管理されていたけどゲームじゃなくなった今、そのシステムは働かない。つまり、そういう事らしいよ」


「なんて事じゃ……わしの二億……」


「結構溜め込んでたね……まあ僕も当時は同じ思いだったよ……」


 浮遊大陸の件から、再び心を抉られた二人は暫く語らず天を仰いだ。



「そういうわけで、お金は実物を持ち歩かないと使えないから、報酬ついでにそれを渡したって事。とりあえず十万程入れておいたから、上手くやり繰りしてよ。そういうの得意でしょ」


 ミラの受け取った袋には、いくつかの貨幣が入っている。金貨が一枚、ミスリル貨が三枚、銀貨が三枚、コバルト貨が四枚、銅貨が十枚だ。それぞれ、金貨が五万、ミスリル貨が一万、銀貨が五千、コバルト貨が千、銅貨が百リフとなっている。


「十万……十万か……」


「ほらもう、忘れて忘れて。君ならすぐに稼げるさ。僕ももう忘れたから。忘れたから……」


 ゲームのシステム上、金銭は奪う事は出来ないのと、デスペナによるロストもアイテム欄だけで金銭には影響が無い。なので倉庫等に保管しておく必要が無かったのだ。今回はそれが裏目に出たという事になる。




「さて、それとさっき自分で言って思いだしたんだけど、君はこっちに来た後アイテムボックスを使ったかい?」


 蘇ったソロモンは、三十年前にもなるので忘れかけていたゲーム時代との変化を思い出す。


「何度かあるが、それがどうしたんじゃ?」


「その様子じゃ気付いてないみたいだね」


 そう言いソロモンは机の上の万年筆を取り、それをまた投げ渡す。ミラは弧を描きながら飛来する万年筆を受け取ると、目線の位置まで持ってくる。

 見たところ、何て事の無い普通の万年筆だ。とはいえ、王が使っているくらいなので細かい細工がしてあったりと高級品である事は窺える。


「これがどうしたんじゃ?」


「アイテムボックスに入れてみて」


 何でそんな事をとは思ったが、ミラは言われた通りにするべくアイテム欄を呼び出して万年筆を入れようとすると、ぽとりと地面に落ちた。


「ぬ、これはどういう事じゃ」


 床に転がる万年筆を見つめながら、ミラはアイテム欄を凝視する。空きもあるし特に問題は見当たらない。どういう事か理解できずに、視線をソロモンに向けた。


「さっきお金についてゲームのシステムが管理してたって言ったよね。実は、アイテム自体もその括りで管理されていたみたいなんだ」


 ソロモンは立ち上がり万年筆を拾い上げると、自分のアイテム欄を開く。


「ゲームだった頃は万年筆や羽根ペンは雑貨アイテム、剣とか鎧は武具アイテム、宝石や金属は素材アイテムって感じで分類されてたよね。

 ずっと前から、この世界の法則を解明するために研究施設を作って、色々と調査実験しているプレイヤーが居るんだけど。どうにもその人の話によると、アイテムというのはゲームのシステムにより自動で分類が割り振られていたらしいんだ。そしてアイテムボックスはその名の通り、アイテムに分類された物しか入れられない」


 言いながらソロモンは棚から一冊の本を取り出し、ミラに見せるように翳す。


「ゲームのシステムが働いていない今、この万年筆は雑貨アイテムではなく、この本は書籍アイテムじゃない。つまりアイテムボックスには入れられない。ちなみに、今すでにアイテムボックスに入っているものは、分類済みとなっているから問題はないよ」


「なんとも不便じゃな。となると、手ぶらで旅する事も出来んというのか」


 ミラは聞かされた事実に大いに嘆く。これから問題児ばかりを探しにいくのだ、旅に必要な物資は嵩張る事間違いなしだろう。


「でもね、アイテムボックスが利用できなくなってから半年で、画期的な方法が開発されたんだよね」


「ほう……なんじゃそれは」


「要は、システム頼りだった事を手動でやればいいんだ。研究の末に開発されたのは、【無形術:アイテム化】。この術をアイテムに使うと、各種のアイテムに分類されてアイテムボックスに入れる事が出来る様になるんだ」


「つまりその術があれば、今までと同じ様に使えるという事か」


「そゆ事。簡単だから今、教えちゃうね」


「うむ、頼む」



 三十分後、ミラはアイテム化の術を問題なく習得した。万年筆に術をかけて、アイテムボックスに入った事を確認すると満足そうに頷く。


 無形術とは、他の術に属さない全ての術の総称となっている。アイテム化のように便利な術が多いが、一番の特徴はMP持ちであれば誰でも使えるという事だ。ミラはかつてクレオスで代用していたが、周囲を照らす術も無形術に属する。


 それから一通りアイテム化を試したミラは、ソファーに戻り一息つく。


「それで地下墓地の方なんだけどね。昔とは違って今、ダンジョン全般は冒険者総合組合管理になっているんだ」


 ソロモンはミラに頼んだ、これからのミッションについての話を切り出す。


「総合組合? なんじゃそれは?」


「この世界が現実になってから、一般人や力の無い者が無闇にダンジョンに入って命を落とさない様にって出来た組織だよ」


「ほう……そのようなものがのぅ。だがそれはダンジョンの財宝を独占したいとかではないのか?」


「昔にちょっとした事件があってね。……子供が一人亡くなったんだ」


「ふむ、そうか……」


 なんとなくだが、納得するミラ。


 ダンジョンとは、外ではなく内に広がるフィールド全般の事をさす。そこには、財宝秘宝が眠っているが、外のフィールドに比べて遥かに強い魔物や野生の動物が跋扈しており、危険な場所となっている。それでも魅力は大きく、様々な思惑の者達がダンジョンに潜り、二度と日の光を浴びる事の無い闇へと落ちていく事も珍しく無い。


 ゲームの時代ならば、誰もが気にしなかっただろう。だが現実となった今、看過出来ない事件が起こる。

 子供がダンジョンへと足を踏み入れたのだ。病気の母を助けるため、特別な薬の素材となる花を採るために。

 夜になっても帰ってこない子供を、大人総出で探す。結果、ダンジョンの少し奥へ入った所で、食い散らかされ原形を留めていない、一輪の花を手にした子供の死体が発見されたのだ。そしてそれを聞いた母は、暫くして後を追う様に息を引き取った。


 現実となった世界。NPCは、もうそこに暮らす本物の命そのものであり、その死は感情を伴い事実として人の心に残り続ける。

 その事件を聞いたあるプレイヤーは、そんな事故が二度と起こらない様にダンジョンを管理する為の組織を作り上げた。それが『冒険者総合組合』だ。

 今では、ダンジョンに入りたいから許可を。ダンジョンの中にある素材が欲しいけれどどうにかならないか。等といった皆の声を聞いた結果、ダンジョンの管理だけではなく、様々な依頼を実力者達に斡旋する組織となっている。

 次第に組織は巨大になり、国家間の諍いに関与しない事と魔物の掃討作戦時に協力するという条件で、各国に支部を置く事を許された。


「まあそういう訳で、君ならもちろん術士組合だよね。これ推薦状」


 ソロモンは一通の封筒を手に立ち上がり歩み寄ると、笑顔でミラに差し出した。


「なんじゃ、これで入れるのか?」


 ミラは推薦状を受け取りながら表と裏をざっと眺めてから、早速アイテム化を使いアイテムボックスに放り込む。推薦状は書類アイテムに分類された。


「いや、それはただの推薦状。ダンジョンに入れるのは、組合所属の冒険者だけなんだ。それもダンジョンの難易度毎にランクがあってね、地下墓地はCランク以上。

 組合は今では様々な依頼を斡旋していてね、その成果によって実力が認められるとランクアップするんだ。君に分かりやすく言うと冒険者ギルドとかそんなもの。むしろゲーム時代にこの定番システムが無かったってのが、今思えば不思議なもんだよね」


「確かにそうじゃな。ランクを上げて、より難度の高い依頼を受ける。そういうゲームも楽しかったのぅ」


 少しゲーム染みた要素の登場で、ミラのテンションが僅かに上昇し始める。


「その推薦状は君の身元と実力を保証するってもの。本来新規登録後はGランクから始まるんだけど、それがあればいきなりCランクってわけ。

 ちなみにいくら国王様な僕でも組合管理に融通出来るのはここまでって事だね」


「なるほどのぅ。まあそれで十分じゃろ。これで登録すればいいんじゃな」


「そゆこと。ちなみに組合は窓口が二つあって、戦士組合と術士組合ね。まあ名前通りで、仕事の斡旋内容が分けられているよ」


「組合とやらはこの街にもあるのか? 早速登録しにいかねばな」


「うん、あるよ。というより、大抵の街にあるね。馬車で送る予定の、地下墓地近くの街にもあるよ。でもいいの? 登録から冒険者証発行まで、丸一日かかるけど」


 意味ありげに笑顔を浮かべるソロモン。ミラはその表情に一抹の不安を覚える。


「なんじゃそうか。それならばもう一晩……」


 ここでミラの脳裏に今朝の惨事が蘇る。丸一日の猶予を与えられた侍女達が、どんな力作を手にやってくるのか想像も付かない。ソロモンの意を理解したミラは、どうしたものかと策を巡らせる。

 街の宿で一泊。しかし、馬車に乗るために城を訪れた時に捕獲される可能性大。街の外に馬車を待たせていても、侍女も待っていればその時点でアウト。

 色々と悩んだ結果、一日の猶予がまず致命的だという結論に落ち着き、早々に出発する決意を固めるミラだった。


「至急、馬車の支度を頼む」


「ふふふ。準備はもう出来てるから、いつでも出発できるよ」


 ミラは勢い良く立ち上がると、ソロモンと共に執務室を出る。



 リリィを伴って、ソロモンとミラは城の厩舎へとやってくる。そこには馬が二頭と、前回乗った物よりも一回り程大きな馬車があった。傍には調教師と、大きなバスケットとカバンを手にした侍女、そして前回も御者役を務めたガレットが待っていた。


「おお、ガレット。なんじゃ、もしや今回の御者もお主か」


「おはようございます。ミラ様がお嫌でなければ、今回も私が務めさせていただきます」


 より一層磨きの掛かったミラの姿に一瞬だけ見蕩れると、誤魔化す様に微笑みガレットが一礼する。


「そうかそうか、わしもお主の方が気が楽じゃ。よろしくのぅ」


 ミラはそう言い微笑み返すと、ガレットは顔を赤くしながらも嬉しそうに「よろしくおねがいします」と答える。


「では、気をつけてな」


「うむ」


 ソロモンと短く挨拶を交わし、リリィにぎゅっと抱きしめられてからミラは馬車に乗り込む。それから、侍女がカバンとバスケットを馬車内に運び込んだ。


「お気をつけていってらっしゃいませ。ミラ様。バスケットには道中の食事を、こちらのカバンにはお着替えを用意させて頂きました」


「う……うむ、そうか。ありがとう……」


 一礼してから馬車を降りる侍女。ミラは中身の想像もつかない……否、想像したくないカバンを見つめながら、何度目か分からない溜息を吐いた。

 

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[良い点] ガレットさんの反応がすき [気になる点] ミラちゃんがこれからどうなるのか気になります。 [一言] 20話まで読んでしまいました。面白いです(*^^*)
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