203 最高の生産地
二百三
簡単な戦利品のやり取りで、五億という金額に少々意識を持っていかれていたミラ。だが落ち着いてきたところで、どうにか気になっていた案件を思い出す。
「ところでソウルハウルよ、戦利品にこのようなものもあったのじゃが、これをどう思う?」
そうきり出したミラは、数多くの戦利品の中で最も不可解なものの一つを、そっとソウルハウルに見せる。何者かの日記か、報告書かはわからないが、気になる事が書いてあった一ページだ。
「ん? 何だこれは?」
マキナガーディアンの戦利品に、紙などはない。当然それを知っているソウルハウルは、その相違点に興味を惹かれたようで、ミラの腕を引っ掴んだまま、そこに書かれた文を熱心に読み始めた。
『地※在住、日本支部※※※。西※※062年、※月※※※に、これ※記す。
当初の予定通り、世界の海の座標※※の星、地点※※地下に、総合施設の※※を開始。完成予定は、※球時間で、※週間後。
ただ、地上は観測した※※に※※とした状態であり、改変に相当な時間を※すると思われる。
施設が完成の後、※※を始める。上手く※※してく※れば※※が、それ※※正に※のみぞ※※だ。改変の※※を祈りつつ、第二※※の準備も※※ておく。
時※※、当分の間、※※する事は※※だろう。なので同期さ※※、早め※、様子を※※。
住※※いては、他の※と同じ方法を※※予定だ。※※より回収した数種の※ンプ※を※※。※※に居住させ、その※※を見守る事とする。』
一巡、二巡と、その内容を読み直したソウルハウルは、三巡目が終わったところでミラの腕を離し、今度は深く考え込む。
「頭の部分は、地球在住、ってところか? 地球の日本支部。だとしたらこの言い方は、少し引っかかるな。ただ日本支部でいいところを、わざわざ地球在住と示している。つまり、地球以外が存在するとも読み取れる。その後に続く、『西』から始まり『年』で終わるもの。この流れから見ると、これは西暦だろうな。西暦何千六十二年の何月何日に、これを記す、と、無理矢理読むとしたらこんな感じだな」
考えてから暫くして、ソウルハウルは文字が抜けた部分を補足しながら、一行目を改めてみせた。正しいかどうかは、わからない。けれどそれが正しかった場合、浮かび上がる事は、より大きな謎である。
「なるほどのぅ、確かにそう読める。どちらにしろこれを書いた者は、わしらが元いた世界を知っておる、という事じゃな」
「色々とわからない事は多いが、間違いなく関係はあるはずだな」
いつどこで、どのような意図で書かれたものかは不明だが、その内容から、最低でも地球の日本を知っていた可能性は高いだろう。そうミラとソウルハウルの見解は一致した。
「ところで、精霊王さんやマーテルさんには訊いてみたのか?」
「うむ、訊いてみたが、これについては見当もつかぬという事じゃ。何でもこの古代地下都市は、精霊王殿やマーテル殿より歴史が古いそうでのぅ」
「おいおい……精霊王さんやマーテルさんが生まれるより昔からあったってのか、ここは……」
精霊の歴史は、途方もなく長い。人などとは比べ物にならないほどだ。しかし、明らかに人造の古代地下都市の方が、古いのだという。これはおかしな矛盾と言えるだろう。
「でも、存在しているって事は、確かな理由があるわけだよな……」
「そうじゃな、そういう事になるのぅ」
一見矛盾してみえるものの、それが事実として現実にあるのならば、そこには揺るぎない真実が存在するという事だ。まだ見ぬ、まだ知れぬ真実が。
「まあ、そんなのは今考える事でもないな」
なぜ古代地下都市が、精霊王達より古い存在であるのか。それを解き明かすための情報が今はないのだから、考えたところで無駄であると、ソウルハウルはきっぱり口にする。そして、その理由に少しは近い位置にありそうな、次の文の考察を始めた。
「さて続きだが、その後の文章から、この者は何かの研究をしていた、ように思えるな。『地下に、総合施設』、そして、『完成予定は』。この二つから、これを書いた者は、何かしらを目的とする施設を地下に造った。で、予想だが、それはここの事かもしれない。古代地下都市七層目。ここは明らかに、他の場所とは造りも雰囲気も違う。ファンタジーというよりSFだ」
そう言ってソウルハウルは、辺りを見回した。言う通り、マキナガーディアンとの戦場となったこの場所は、白い金属板で覆われた堅牢な空間であり、ここに来るまでに通って来た通路もまた、ダンジョンや遺跡というより、何かの研究施設といった方がしっくりくる造りだ。
「SFか。まあ、そうじゃな。そもそもここのボスが、あれじゃからのぅ。そう考えると、ここは違和感ばかりじゃな」
この世界には、歴史があった。ゲームとして造られた世界というのならば、それもまた作り物かもしれない。けれど、その歴史は現実と相違ないほどしっかりと、この世界の柱になっている。
そこにふと生じた違和感。ファンタジーに紛れ込んだSF。精霊王が生まれる前から存在しているというこの古代地下都市とは、一体何なのだろうか。
「それと、『なんとか球時間で、なんとか週間後』ってあるが、これを地球時間と読めば、最初の文と少し繋がりそうだ」
「ふむ、地球以外の存在を示唆しておる、という点か」
比較する基準がなければ、時間だけを書けばいい。けれど補完が正しかった場合、紙片には、いちいち地球時間と基準を指定している事になる。つまり、他にも基準になる時間が存在しているという読み解きが出来るのだ。
「その後の文章は、もうお手上げだな。多分、研究についての事なんだろうが、何をいっているのかさっぱりだ。ただ、一番最後が気になるな。『居住させ見守る』とか、何を居住させるつもりなんだ、これは」
半ば以降も読めるには読めるが、どうにも要領を得ない内容のため、ソウルハウルはそこの補完を諦めたようだ。けれど、最後の一文が引っかかるらしい。
「確かに、気になるところじゃな。ただ、もしもこれを人だとした場合、ここより上、一層目から六層目までに住んでいた者達こそが、この文に記された者であると考えられそうじゃな」
古代地下都市の始まりが、七層目に建造されたこの総合施設というものだったとしたら、ここより上に広がる都市は、施設の者が用意した箱庭だったと考える事も出来る。そして、目的は今のところ不明だが、そこに居住する人々を見守っていたと。
「ああ、それもあり得るな。あり得るが、結局そうして何をするつもりだったのか。なんだか、謎が近づいたようで遠ざかっていくようだ」
読み解いてはみたものの、そもそも、まずこの文を記した者が何を目的としていたのかという一番大事な部分がわからない。しかも欠字が多く、残ったのは一ページのみだ。
「まあ、こんな限られた情報で真実を導こうとするのが、そもそもの間違いじゃろうからのぅ。ソロモンにでも預けておけばいいじゃろう」
これ以上の考察は、疲れるだけで時間の無駄だ。そう結論付けたミラは、手にしたままだった紙片をアイテムボックスに保管して、いつも通りの言葉を口にする。わからない事があったら、とりあえずソロモンに丸投げがミラの基本スタイルだ。
「それもそうだな。日之本委員会とかいうやつの管轄下に、この世界の事を調べている元プレイヤー達の部署があるって聞いた。その辺りにでも届ければ、喜ばれるかもな」
もう紙片に対しての興味は失せたのか、ソウルハウルもまた、他者に丸投げしようとミラに同意する。正確にはただ、ソウルハウルは適材適所というものを思っての言葉だ。
「そうじゃな、そのような部署もあったような気がしたのぅ。となれば、これは、うってつけかもしれぬな」
日之本委員会。その委員会が管轄する部署というのは、これがまた様々な種類があった。その一つが、世界の歴史を解き明かそうという『世界史研究所』だ。この存在を、ソロモンとの雑談時にちらりと聞いた覚えのあったミラは、ふとほくそ笑んだ。見た限り今回手に入れた紙片は、歴史上において相当な代物であると予想出来る。それがどのような驚きを与えるか楽しみでならないといった表情だ。
「しかし、お主はよく、日之本委員会を知っておったな。あれは確か、国主クラスの秘密委員会じゃったと思うたが。ふらふらしておったお主は、それをどこで耳にしたのじゃ?」
ふと思い出したようにミラがソウルハウルに訊く。国主クラスの元プレイヤーが集まり発足した日之本委員会というのは、何だかんだ言いながらも秘密の裏組織だ。情報は厳しく秘匿されており、元プレイヤーといえども、易々とその存在を知る事は出来ないはずである。
ミラが初めて知ったのは、ルミナリアに聞いたからであるが、そもそも日之本委員会のメンバーであるソロモンが近くにいたというのが、一番の要因だろう。だが、聖杯作りに勤しんでいたソウルハウルは、どこでそれを聞いたのだろうか。このミラの言葉は、単純に興味から出たものであった。
「ああ、俺はスミスミから聞いたんだよ」
「スミスミ、じゃと? もしや、あの鍛冶職人のスミスミか? お主ら知り合いじゃったのか?」
何ともなしにソウルハウルが口にした、スミスミという名前。その名を聞いて、ミラは驚いたような声を上げ、質問を重ねる。
スミスミ。その者は、鍛冶に携わるプレイヤーの中で、トップといわれていた人物だ。製作物は金属製の武具がメインであり、スミスミ製といえば、どれもが戦士クラスには垂涎の品となるほどの逸品揃いだ。
しかし、術士であり素手で戦い金属製の鎧などには縁のないミラにとって、スミスミはソロモンの付き合いで少しだけ言葉を交わした程度の間柄である。というよりは、九賢者は大体が、そこまでの繋がりがないような相手だった。ソロモンの友人、といった印象である。
そんなスミスミにソウルハウルは、この世界で会っているらしい。
「まあ、そのスミスミだ。当時は、さほど知り合いでもなかったが、イリーナの埋葬品関係を突き詰めていたところで仲良くなってな。その時に聞いたんだよ」
ソウルハウルは、そう初めに口にすると、愛するイリーナの話だからだろうか、饒舌に語り始めた。
今よりも、ずっと前。聖杯作りの『せ』の字もなかった頃、ソウルハウルはイリーナの埋葬品の更なるランクアップに夢中になっていた時期があったという。
その作業は、努力の甲斐もあって順調に進み、埋葬品として納められる武具も随分と上等な品になった。だが、それを繰り返し続けていた時、ランクアップに適した器となる上質な武具が、なくなってしまったそうだ。
そこそこ名のある職人製で、そこそこ希少な素材を使った武具では、もう今の埋葬品を超えられないところまでランクアップしていた。
となればもう、それ以上の職人を探すしかない。そう考えたソウルハウルは、この世界に来ているかどうかも、その時は知る由もない、だが唯一知る最高の鍛冶師であるスミスミを探し、旅に出たという事だ。
とはいえその旅は、さほど苦労するようなものでもなく、スミスミの所属国というのもわかっていたため、見つけるのは簡単だったそうだ。ただ、武具製作からは引退していたため、それをどうにか説得する事が難しかったとソウルハウルは語る。
「というわけでな、武具の鍛冶職人を引退したスミスミは今、日之本委員会が管理する『現代技術研究所』ってところの所長になってた。その関係で、日之本委員会についても多少聞いていたってところだ」
「なるほどのぅ、そういった繋がりじゃったか」
ミラは、ソウルハウルの情報源に、大いに納得する。職人プレイヤーのトップともいわれていたスミスミだ。それはもう、国主でなくとも、相当な立場にいて当然だろう。
「ところで、『現代技術研究所』とは、どういった事を研究しておるのじゃ」
納得したからか、ミラはふと、ソウルハウルの話にあったその研究所が気になった。プレイヤーならば、縁はなくとも、ほぼ全員が名前は知っているだろうという、あのスミスミが所長を務める研究所である。興味を持つのも仕方がないだろう。
そんなミラにソウルハウルは、簡単に答えた。『現代技術研究所』とは、現代、つまり地球にあった技術を、この世界の物を使って、どこまで再現出来るかを研究している場所だと。
「現代技術って一括りにしているが、あそこで研究しているのは、工業、造船、建築の他にも、医療や農業、果ては宇宙まで、数十の分野に及んでいる。で、それだけ入っているから、日之本委員会管轄の研究機関で、一番の規模だって話だ。今、大陸中を巡っている、でっかい鉄道や、空に浮かぶ飛空船も、ここの成果の一つだってよ。当然、人材も凄いぞ。生産系で名を馳せたプレイヤーは、半分がここにいるって話だ」
そう締め括ったソウルハウルは、近い内に再びそこを訪れて、宝飾品生産のトップ、ティファニスにニューロンクリスタルを加工してもらうのだと、息巻いた。
「ほぅ! それは、とんでもないところじゃのぅ!」
国主となった元プレイヤーが集まって出来た組織、日之本委員会。その名と出資の下に運営管理されている、各研究機関。その一つ、『現代技術研究所』には、トップクラスの生産職プレイヤーが集まっているらしい。
その事を聞いたミラは、それは朗報だとばかりに声を上げた。なぜならそれは、ソウルハウルが息巻く理由とほぼ同じ。マキナガーディアンの素材をしこたま集めたはいいが、全てが最上級といっても過言ではない素材だけに、それを扱える職人というのもまた非常に限られていたからだ。
素材は手に入れたが、加工はどうしようか。『現代技術研究所』については、そんな事を考えていた後での、一番求めていた情報であった。
「して、それはどこにあるのじゃろうか? わしも今回、色々と手に入ったのでな。是非、知りたいのじゃが!」
生産の聖地といっても過言ではない研究所。ミラは、その場所を求め、ソウルハウルに迫った。
「そういえば、そうだな。このニューロンクリスタルだけじゃなく、クリアマテライト合金やエーテマイトなんかも、そこらの職人じゃお手上げだろうからなぁ。特に、アポロンの瞳なんて尚更か」
理解の早いソウルハウルは、ミラの懇願に対して「一応、誰にも秘密って言われているんだけどな」と、口にしてから「まあ、長老なら特別に許してくれるだろう」と続け、その所在について話し始めた。
まず、日之本委員会管轄の研究機関は、その半数がプレイヤーの治める国内にあり、残りの半分は大陸の各地に、ひっそりと隠されているらしい。主に前者が、学術的研究機関、後者が技術的研究機関だという。
そして、ミラが求める『現代技術研究所』は後者。ひっそりと隠れるその場所は、アース大陸とアーク大陸を隔てる海域に浮かぶ島、カディアスマイト島の北、険しい山々に埋め尽くされた、真っただ中にあるそうだ。
「何とも、難儀な場所に造ったものじゃな……」
カディアスマイト島の北。そこは最大で標高八千メートルに達し、それ以外にも六千メートル級が、それこそ山ほどあるという大山地であった。そのような場所に研究所を造るなど、不便過ぎるのではないか。そうミラが疑問を口にしたところ、ソウルハウルは、それも仕方がない事なのだと答えた。
「まだまだ、試作や研究段階のものが多いらしいが、それでも発想なんかは、この世界の技術レベルからすると、遥かに飛躍したものばかりだからな。高まった技術、過ぎた力ってのは、争いを呼ぶものだ。あそこにいる連中が求めるのは、より良い生活であって戦争じゃない。魔物退治になら喜んで手を貸すだろう。けど、当然争いってのはそればかりとはいえないだろう。だからこそ研究所を、自然の大要塞ともいえるあんなところに造ったんだって、スミスミが言ってたぞ」
魔物達と戦うための技術は、その使い手次第で人にも向けられる。戦うための技術でなくても、応用次第で十分に人を傷つける事が出来る。根っこが平和主義な者達はそれを恐れ、人目に触れない場所に篭った。だがそれでいて、世界をより良くするためにと研究しているのだそうだ。大した心意気である。
「ふむ、そういう事じゃったか。そう考えるならば、良い立地じゃのぅ」
険しい山に囲まれた山岳地帯。迷い込む事すら難しい場所にある研究所。偶然に見つかるという事は、まずないだろう。だからこそ、訪れるのもまた一苦労だと、ミラは不安を顔に浮かべた。
「スミスミも、戦争に意欲的な国から次々届く勧誘が嫌になって、研究所の話に飛びついたって事らしいからな。俺が会った頃は、戦うための道具はもう作らないって意地になってて、ほんと大変だった……」
その時の事を思い出したのか、溜め息混じりに呟いたソウルハウルは、「まあ、武具作りが心底好きだったゆえにって感じだったが」と、どこか呆れたように笑った。
更にソウルハウルが言うには、スミスミ以外にも似たような理由で研究所に入った者も多いそうだ。
「やはり生産職にも色々としがらみがあるのじゃな。して、研究所の正確な場所はどこじゃ? あの範囲を探し回るのは御免じゃからのぅ」
わかったような、わかっていないような。概ね、それはそれといった様子で、かつて現場を目にした事のあるミラは、先日買っておいた大きな大陸図を取り出して、範囲を絞るように求めた。
研究所の場所は、カディアスマイト島の北にある山岳地帯の中。しかし、その山岳地帯は結構な広さがあり、空から探すにしても相当な時間がかかる事だろう。なので、正確な位置は聞いておきたいところだ。
「わかったわかった。そう急かすな。ちゃんと説明するつもりだったって」
大陸図を押し付けるミラを制しながら、ソウルハウルはその図にある一点を指さしてみせた。そこは、カディアスマイト島の北端。海との境界部分だった。
「ここは断崖絶壁だが、この一部に退魔術の結界で隠された洞窟がある。その奥が研究所唯一の出入り口に繋がっているんだ。目印は、槍のような二本の岩。その間から真っ直ぐ南に洞窟がある」
「ほぅほぅ、なるほどのぅ……」
ミラはソウルハウルの説明を聞きながら、ペンで直接大陸図に場所を書き込んでいく。特に目印については、わかりやすく目立つようにだ。
「……いいか、その地図、絶対誰にも見せるなよ?」
国家機密にも匹敵する重要な情報が、ばっちりと記載された大陸図を見つめながら、ソウルハウルは念を押す。
「わかっておる、わかっておる!」
どこか不安げな様子のソウルハウルに、ミラは当然といった態度で答えた。そして念のためだろうか、図の右上に大きな文字で、『極秘!』と追記する。
それを見たソウルハウルは溜め息を吐きながらも、「まったく長老は……」と呟き笑った。
最近、鍋がシチューメインになってまいりました。
やっぱり美味しいですよね。シチュー。
今までは一番リーズナブルなクレアおばさんシリーズで作っていましたが、
今週は少し別のものに手を出してみました。
コーンシチューです。
やはり味変わりますね。入れる材料はそのままに色々な味を楽しめそうです。
来週は、もっとお高いやつに手を出してみるのも……。
夢が膨らみますね!