202 それぞれの戦利品
二百二
ボス部屋の奥には、白の間という場所がある。そこには白亜のオーブと呼ばれる結晶体が置かれていた。歴史好きの友人曰く、古代地下都市に存在する機能の全てを、それ一つで維持しているそうだ。
と、ミラが白の間の入り口に近づいた時だ。丁度そこからソウルハウルが戻ってきたのである。
「おお、ようやっと戻ってきおったか。欠片を回収するだけじゃというに、随分と時間がかかったのじゃな」
ミラがそう声をかけると、ソウルハウルは戦闘後より更に疲れた様子で苦笑してみせた。
「簡単に言ってくれるな。本当にそれだけだったら、どんだけ楽だったか」
そう口にしたソウルハウルは、まるで愚痴でも零すかのように、白亜のオーブの欠片を入手する手順を語り始める。
その手順は簡単そうでいて、実に集中力を要するものだった。
まず初めにソウルハウルは、白亜のオーブとは、霊脈より汲み上げた高純度のマナを結晶化させたものだと説明した。世界を循環するエネルギーそのものであると。
ゆえに白亜のオーブは、オリハルコンすら凌駕する硬度を誇るそうだ。
「なんと、それほど硬いのか……」
オリハルコンと聞いて、驚きを露わにするミラ。それもそのはず。オリハルコンといえば、大体が伝説級の武具に使われており、大規模レイドボスですら、稀にドロップする程度の希少品なのだ。つまり、オリハルコンという金属が、もはや伝説級といっても過言ではないだろう。
「人の作る道具じゃ、まず傷すらつけられないだろうな」
ソウルハウルは、ようやく理解したかとばかりに笑ってみせる。
オリハルコン。それがどれだけ硬いのかという実験が、かつてプレイヤー達の間で話題になった事があった。
その実験とは、直径一ミリの針金状に加工したオリハルコンに、巨大な鋼の塊を叩きつけるという、何とも簡単な実験だ。まあ簡単とはいっても、オリハルコンを針金状に加工するため、プレイヤーの中でもトップクラスの鍛冶職人が大勢召集されたというくらいなので、実験準備の方は、相当に難儀なものであったが。なお、オリハルコンを弄れるという事から、職人達は随分と乗り気であったという。
そうした準備を終え、行われた実験の結果は、それはもう正しくファンタジーであった。
高所より落とされた一トンの鋼の塊が、宙に固定されたオリハルコンの針金に触れ通過すると、見事綺麗に割れたというのだ。
ゲーム時代であっても非常に精密な物理法則が成り立つ中で、巨大で強固な鋼塊より直径一ミリの針金が勝った。伝説の金属に相応しい逸話の誕生である。
ファンタジーの金属は凄い。ミスリルでも相当に驚いたプレイヤー達だが、オリハルコンは、それをも遥かに凌駕する盛り上がりをみせた。
ちなみに余談であるが、この実験後、ただでさえ高価だったオリハルコンの値段が数倍にまで膨れ上がった。そして、その金額でオリハルコンを売り払い莫大な財産を手に入れたのは、何を隠そうこの実験の主催者だったりする。
「では、お主は、どうやって欠片を回収したのじゃ?」
プレイヤーならば誰もが知るほどの、硬度を誇る金属。それすら凌駕するという白亜のオーブ。傷をつけられなければ、欠片どころか屑ですら入手不可能だ。
では、ソウルハウルは、どのようにして白亜のオーブの欠片を入手出来たのか。
「まず、必要なのがこれだな」
ソウルハウルは、腰に帯びた短剣を抜いてみせた。するとミラは、僅かに赤みのあるそれを見て、「早速オリハルコンか」と驚きの声を上げる。
そう、ソウルハウルが手にした短剣は、オリハルコン製だったのだ。加工の仕方によって様々に変化するが、赤い、どこか炎を思わせる色合いは、純粋な鍛造によって作られたオリハルコン製の特徴である。
「して、次は何じゃ?」
話の流れからして、当然それで終わりのはずがない。ミラが続きを促すと、ソウルハウルは、これが一番大変だったと言いながら、白亜のオーブを削る、最も重要な方法を口にした。
それは、マナだという。霊脈から汲み上げられた高純度のマナの結晶である白亜のオーブ。これに自身のマナを少しずつ注いでいき同調させる事で、一時的にその硬度を弱められるそうだ。
ただ、弱めたとはいえ、それでもオリハルコンほどの硬さがなければ削る事など出来ないため、オリハルコンの短剣が必要になるという話だった。
「マナの量の放出と調整に加え、同調も同時進行だからな。掛かった時間は、ほとんどがこのためだ」
どうやらソウルハウルは、つい先ほどまで、ずっとマナ制御をしていたらしい。対して削り取るのは、短剣一突きで一瞬だったそうだ。
「なるほどのぅ、ご苦労な事じゃな」
表情に疲労が出るほど集中していたソウルハウルの作業を、ミラはそう一言で片付ける。だがソウルハウルは、そんなミラの様子に相変わらずだと、ただ肩を竦めた。
「しかしまあ、長老も長老で、随分と徹底的にやったんだな」
ソウルハウルは、改めて盛大にばらされたマキナガーディアンの残骸を見回す。真っ二つにされただけだったマキナガーディアンが、今は元の形が分からぬほどに分解されていた。余程念入りに漁ったのだろうと、誰が見てもわかる状態である。
「で、どうだった? ここまでばらしたんだ、目ぼしいものは回収出来たのか?」
戦利品は要らないと宣言したものの、やはりソウルハウルもレイドボスのドロップアイテムは気になるようだ。九賢者のような最上位クラスのプレイヤーでも、易々とお目にかかれない代物が戦利品である、それも仕方がないかもしれない。
「うむ、ばっちりじゃ!」
その気持ちを大いに理解するミラは、これでもかというくらいに勝ち誇った顔で答える。そして一番の目玉『アポロンの瞳』を、まるで首級でも見せつけるかのように掲げてみせた。
「ほー、これがアポロンの瞳か。思った以上にでかいんだな」
言いながら、興味深そうに顔を近づけるソウルハウル。するとミラは、『アポロンの瞳』を庇うように抱きしめながら「気が変わったと言うても、これはやらんぞ」と、所有権を主張する。
「わかってるわかってる。で、他にはどんだけ回収出来たんだ? 確かこいつのドロップは全部、部品系だったよな。って事は、だいたい確定で回収出来たんだろ?」
ソウルハウルは、足元に散らばった残骸の一部を拾い上げながら、そう口にした。手にしたそれは何でもない金属屑だ。だが、そこらの鉄や鋼などの金属より上等であり、これも全て持ち帰れば、そこそこの値で鍛冶屋などが買い取ってくれる事だろう。しかし、そんな小遣い程度の金属屑には目もくれず、といったミラの漁りようが、残った残骸の山から見て取れた。
つまり、ドロップアイテムとして、わかっているものを中心に集めた証だろう。
「まあ、一通りはのぅ」
事実、徹底的に集めたミラは、自信を持ってそう答える。するとソウルハウルは、少し考えた後、「なら、ニューロンクリスタルもあっただろ? それを一つくれないか?」と口にした。
「ニューロンクリスタルじゃと? 何じゃ、装備でも新調するのか?」
ミラは、ソウルハウルの姿を改めて確認しながら、そう問うた。ソウルハウルの身なりは、一見した限り控えめに揃えられてはいる。だが、それなりに上等なものを見てきたミラは、そこにあしらわれた極上品を全て見抜いていた。今のソウルハウルは、かつて、まだ国にいた時よりも更に上等な装備に身を包んでいると。
ニューロンクリスタルも相当な代物だが、わざわざ新調するまでもないはずだ。そう思い疑問を浮かべるミラ。するとソウルハウルの答えは、近いが少し違うものだった。
「装備の新調といえば、そうだな、似たようなものか。今回は思いがけず上級の術が解禁になっただろ。お陰で途中で止まっていた、イリーナの埋葬品の更新作業が進められる。そこで、ニューロンクリスタルを使おうと思ってな」
イリーナ。それはソウルハウルの切り札ともいえる、死霊術《輪廻死界》で生み出される者の名。《英霊の棺》に納められた埋葬品によって、その能力は大きく強化される。今は、その埋葬品の更新作業が途中であり、五割程度の能力となってしまっているが、ソウルハウルはこれを、ニューロンクリスタルで完成させようと考えたようだ。
「なるほどのぅ、そういう事か」
ミラも、大いに納得する。術との相性の良い素材、ニューロンクリスタルを使えば、イリーナの戦力は飛躍的に高まるだろうと。
「ああ、当然、今は長老のものだからな、対価は払うぞ」
当然といった様子でそう口にしたソウルハウルは、「さて、今はいくらくらいだ」と計算を始める。
「ニューロンクリスタルは、市場で滅多に見かけないからな。相場がどうもわからない。確か当時は、三千万くらいだったか。希少度と流通数と、需要を考慮して……」
最上位プレイヤー達が、毎週マキナガーディアンを討伐していた時代でも、ニューロンクリスタルの取引価格は三千万という高額だった。しかし今は、その時よりずっと、マキナガーディアンの討伐数は減っているだろう。同時に、市場に流れない分、相場もまた判断しにくい状況だ。
そのためソウルハウルは、これまで見てきた物流の価格から、簡単に試算する。
「とりあえず、三億でいいか? もし、相場がこれより上だったら、まあ、用事を済ませて戻った時に差額は払うって事で」
ソウルハウルは、事もなげにそう金額を提示した。その口振りは、まるで金に困った事のない貴族の如くであり、小銭稼ぎに一喜一憂していたミラにとって、余りにも懐の深さの違いを感じさせるものであった。
「ほ、ほぅ、三億か……」
ミラの目が泳ぐ。三億、それは大金である。それだけあれば、いったいどれほどの贅沢が出来るだろうか。贅沢な宿には泊まり放題、美味しいものは食べ放題。どこか前にも同じような事があったな、などと思いつつも、ミラは三億の誘惑に妄想を広げていく。
「足りないようなら、五億くらいにしておくか? 差額にしても、戻るのは数ヶ月は先になるだろうしな」
ミラが三億の使い道を妄想している中、それを悩んでいると勘違いしたソウルハウルは、更に上乗せで金額を提示し直した。
瞬間、ミラの思考は停止する。そして軽く二億も増えた事によって、むしろ現実離れした感覚が、ミラに冷静さを取り戻させた。
「ほれ、持っていけ」
アイテムボックスからニューロンクリスタルを一つ取り出したミラは、少しぶっきらぼうな仕草でそれをソウルハウルに差し出す。
「お、交渉成立って事でいいのか? 支払いは金貨と小切手、どっちにする?」
ニューロンクリスタルを受け取ったソウルハウルは、またも事もなげにそう言ってのけた。だがミラもまた、負けられぬとばかりに胸を張ってみせる。
「いや、結構じゃ。お主もそれなりに戦っておったからのぅ、それはお主の戦利品として取っておけ」
一度は要らぬとソウルハウルが言った戦利品を、戦利品として受け渡す。同じものがまだ四個残っている事までは口にしなかったが、ミラは金になど執着はないと、その態度で示した。
「なんだ、本当にいいのか? 別に五億くらいなら大した事もないし、俺の事は気にする必要ないぞ」
圧倒的ともいえる余裕を浮かべるソウルハウル。だがミラは、もう動じない。
「構わぬと言うておる。それにアレじゃ。そのニューロンクリスタルで術が強化されれば、お主の用事もそれだけ早く終わるじゃろう? 早く戻ってくれば、その分、わしも安心出来るというものじゃ」
五億に多少惹かれていた事は確かだが、それがミラの本音であった。九賢者の帰還を発表するにせよ、それに伴った軍備を整えるにせよ、少しでも早く戻ってくれた方が、その辺りの調整は、し易いはずだ。
「……ああ、確かにそうだな。イリーナが万全になれば、予定を大きく繰り上げる事が出来る。上手くいけば、もう一、二ヶ月はかからないか」
そう呟いたソウルハウルは、「そういう事なら、これは有り難く受け取っておく」と続け、アイテムボックスにそれを収納した。
最近、嬉しい事にゲームライフが充実しております。
ホライゾン楽しいです。
しかし、そんな中、先週にまた新しいゲームを買ってしまいました。
ゴーストリコンの新作でございます!
実は、まったくのノーマークだったんですよね。ゴーストリコン。
そもそもこういったミリタリー系のゲームって今までやった事がなかったくらいでして。
きっかけは、何を隠そうゲーム実況でした。
お気に入りでよく見ている実況者が、やっておりまして。しかも他二人と共に。
それがもう楽しそうにやっておりまして、これは買わねばとなっていました。
いやぁ、面白いですね。ゴーストリコンワイルドランズ。
ただ、思うのです。きっとこれの最大の楽しみ方は、仲間とワイワイなのだろうと。
……ゲーム仲間がほしい今日この頃。