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19 葛藤再び

十九



 技能伝授から、どのくらい経ったのか。中々戻らない二人を探しに来たソロモンの補佐官スレイマン。周りの目を気にしながら女子トイレに向かって声を掛けるも、何やら騒がしい二人の声が聞こえるだけで返事が無い。思い切って覗き込むと、そこには幻影を残して転移を繰り返す二人の姿があった。

 疲れでも溜まっているのかと、スレイマンは自分の眉間を抓み頭を振る。その時トイレにやってきた女性研究員に、横目で変人扱いされたのは言うまでも無い。

 だが研究員の女性もまたトイレ内に居た魔術の塔のトップ、エルダールミナリアの姿を目にして完全に硬直する事となる。

 しかし、それをきっかけにしてルミナリアの講義が終わると、二人が長いトイレを終わらせる。結果としてミラは、【ミラージュステップ】を会得する事に成功。しかし年季の差もあり、ルミナリアより粗さが目立つが、そこは今までと同じ要修練だ。



 合流した後、三人は夕飯のために大きな宴会室で食事を摂る。その際には、常に数人の給仕係りが居たため、取りとめの無い日常会話だけで終始した。

 食事の内容はとても豪華で、特にはしゃいでいたミラは「これはなんじゃ?」と繰り返す。そんな姿に母性をくすぐられた給仕係りの侍女の一人は、常にミラの隣で料理の説明をしたり口元を拭いたりと世話を焼いていた。


 食事が終わると、そこからはルミナリアのターンだった。

 ルミナリアが入浴を提案すると「そうじゃな、くたびれたからのぅ。ゆっくりと湯で癒すとしようか」と同意したミラを有無を言わさず掻っ攫っていく。

 置いていかれたソロモンは、一人歩きながら男風呂へと向かう。



「なぜ一緒に入る必要があるのじゃ?」


「別にいいじゃんか、広いんだしよ。久しぶりに会えたんだし、裸の付き合いといこうぜ」


 ミラとルミナリアは今、大浴場の更衣室に居る。手馴れたように脱いだ衣服を畳み棚に重ねていくルミナリアに対して、ミラは補佐官のリタリアとマリアナによってカスタマイズされたリボンまみれのローブに悪戦苦闘している。


「まったく。ほら貸してみろ」


 ルミナリアはミラの前に立つと、そのリボンを手馴れた手つきで一つずつ解いていく。同時にミラの目の前には豊満でいて、こだわりの一品が凛と主張していた。流石に直視しきれず、ミラは視線を彷徨わせる。

 ルミナリアが奮闘した結果、計二十本のリボンが棚に並べられる。裾上げして整え飾られたローブは本来の姿へ戻された。最後に、胸元のリボンを解くと、肩まで見えそうなくらいに襟が開き、ミラの程よく膨らんだ胸が覗くと、それを見たルミナリアがいかにもな笑みを浮かべる。


「大き過ぎず小さ過ぎず、中身もお前らしいな」


「もうその話に触れるでない……」


 ミラはローブの裾を引き摺りながら部屋の隅まで行くと手を引っ込めて、もぞりもぞりとローブを脱ぐ。

 なんちゃって魔法少女風だったローブの下に隠された、天女の羽衣とドロワーズという下着姿になったミラ。それは更にルミナリアの追撃を促す要因となってしまう。


「スケスケランジェリーに古風なドロワーズを合わせるとは……。昨日の今日だというのに成長著しいな。この分ならオレの域まであと少しだ」


 幼くも妖艶さを醸し出すシースルーの衣、一見エロスとは無縁そうなドロワーズの組み合わせにルミナリアは何かを見出した。というよりもルミナリアでないと見出せないかもしれない。

 ミラはそんな変態に手にしたローブを投げつけると、そそくさと残りも脱ぎ捨て浴場へと走り出す。

 ルミナリアは、ミラのローブを丁寧に畳むと棚に置いてから浴場へと入っていった。


 浴場は、王の住まう城というロケーションに恥じない絢爛豪華な所だった。大きな浴槽には常に温泉が湛えられており、中央では噴水の様に温泉が天井へと向かい、重力に引かれながら周囲に驟雨の如く降り注いでいる。

 この浴場は来客も利用する事が出来る。それ故、国の見栄といったものが詰め込まれているため一見した際の別世界感は、満喫するミラの様子からも窺い知れる事だろう。


「これはバカじゃろう! バカの所業じゃろう!」


 ケラケラと笑いながら、噴水の下で雨に打たれているミラ。あっという間に水気を吸った髪は肌に張り付き、滴る雫は柔肌を伝い床に流れ落ちる。

 ミラはその高級スパすら超えるやりすぎ感の満ち溢れる浴場で、溢れ出た湯を蹴散らかしながら、あっちこっちと駆け回り満喫していた。


「こう見ると、見た目相応に見えてしまうが元々子供っぽかったからな、あいつ。だがそれでいいのかダンブルフ」

 

 ルミナリアは誰にともなく呟くと満更でもなさそうに、はしゃぐミラの姿を目で追った。



 十分に満喫、もとい湯で癒されたミラは清清しい気持ちで更衣室に戻り、バスタオルで身体を拭く。

 棚に置いてあった脱いだ分の衣服は洗濯へと回されており、代わりに着替え用の服が置いてある。

 ミラはその着替えを手に取り広げると、そのままの姿勢で停止する。なぜならそれは、フリルの付いた空色のワンピースだったからだ。そしてこの服を用意したのは、ソロモンでもルミナリアでもない。単純に、ミラに一番似合うであろう衣装という事で、侍女が見繕った渾身のワンピースだったのだ。

 だが、問題はそれだけでは無い。むしろ、ワンピース程度など霞んでしまう程のブツが、その隣に置いてあった。


 小さなリボンのあしらわれた白いパンツ。飾り気は無いが、それ故に完成されたミラの魅力を一層引き立てる事が可能となっている。余計なものなど要らない。パンツ一枚あればいい。それで至高の……いや、嗜好の存在へと辿り着ける。そうパンツは語っている。


 ミラは、急いでアイテム欄から代わりになりそうな服を探すが、先日の夜にも確認した通り、逃げ場が無い事を再認識させられただけで終わる。


「なんだ。もしかして抵抗しているのか。やめとけやめとけ、これからずっとそうなんだ。一々反応してたら疲れるだけだぞー」


 少し遅れて上がったルミナリアは、用意された衣装に着替えながら、ワンピースとパンツを手に持ったミラを見て言う。状況理解は一瞬だった。


「しかしのぅ……」


 ミラは呟きルミナリアに視線を向けると、その瞳を大きく見開いてローブ姿のルミナリアを睨みつける。


「なぜお主はローブを着ておる……」


「ここに来る事も多いからな。オレの着替えも十分用意してあるんだよ」


「ならば、その着替えをわしにも貸してくれんか。流石にこれは無いじゃろう」


「サイズが合うわけないだろ。それと、どう考えても似合うから安心して着ろ。なんなら手伝ってやろうか?」


 怪しげに微笑みながらミラににじり寄るルミナリア。


「結構じゃ!」


 そう言ったミラは更衣室の反対側へと逃げると、意を決するように大きく息を吐いてからワンピースの裾に頭を通した。

 ワンピースに閉じ込められた濡れた髪を窮屈に感じたミラは、片腕で銀色に光る髪を強引に引き出す。


 そして残ったパンツ一枚。ミラの脳内では、ノーパン派と何かを捨てる派に分かれて大激戦を繰り広げている。ワンピースの裾が短い事を理由に攻め立てる何捨派。かつてのダンブルフ、そして漢の一文字を胸に最終防衛ラインを死守するノーパン派。しかし、平行線を辿るかと思われたその戦いは、一人の人物により呆気無く終わるのだった。


「まーだやってるのかよ」


 ルミナリアは、そう言うと同時にミラの手からパンツを取り上げると、しゃがみ込み足元に構える。


「ほら、足上げて」


「いや……じゃからな……」


「ほーら、早く」


 早く早くと急き立てるように、ミラの足を突付くルミナリア。渋々といった感じで、ミラが片足を少しだけ上げると、パンツの片方を素早く通し「ほら、もう片方も」と、再び急き立てる。観念したミラは、もう片足も上げると、そのままパンツ穿かされる事となる。まるでドロワーズの再現の様に。

 盛大に何かを捨てさせられたミラは、悟りを開いたかの様相で更衣室を後にした。



 更衣室の外に待機していた侍女の一人から、執務室で待っているというソロモンの伝言を受け取ると、ルミナリア先導で執務室に辿り着く。


 ルミナリアが扉を叩くと、執務室内に居たスレイマンが扉を開き「お待ちしておりました」と一礼する。

 スレイマンは二人と入れ違いに執務室を後にして、音も無く扉を閉めた。


「態々ごめんね」


 ソロモンは手にした書類を気だるそうに机の隅に放ると、背もたれに身体を預けチラリと視線を投げかけ大きく息を吐く。


「とっても可愛いね」


「ああ、めちゃくちゃ似合ってるぞ」


 そう言ったソロモンとルミナリアは、口端を吊り上げて笑う。ワンピースを用意したのはソロモンではない。ミラに一番似合うであろう服(・・・・・・・・・・)を、とソロモンに仰せつかった侍女だ。可愛い妹が居る侍女で、フリフリのワンピースやレースのついたフレアスカート、そういった可愛いらしいものを給料日の度に妹へプレゼントしているお姉ちゃん。そんな彼女を態々探して、言い付けたソロモンだった。


「ふん。その事に触れるでない。しかし、なんじゃ。疲れておるようじゃな」


「まあね。スレイマンのお陰で大分助かってるけど」


「優秀なんじゃのぅ」


「もし居なかったらって思うとゾッとするよ」


 そんな軽い会話を交わすと、ミラは吸い込まれるようにソファーへと向かい全身を預ける様に腰掛けた。


「さて、これからの事だけど」


 そう前置きして、ソロモンは机の上から一枚の紙を取り出す。その紙には、今後のアコードキャノンの実験に必要な精錬石と魔封石の数が書かれている。


「アコードキャノンの実験用に精錬石三十個と、雷の魔封石三十五個。炎、水、土、氷、風、光、闇をそれぞれ五個ずつ欲しいんだけど、作って貰ってもいいかな? 素材の方は揃ってるよ」


「ふむ。結構多いのぅ。して魔封石のランクはどのくらいがいいのじゃ?」


「出来れば高い方がいいけど、用意した素材じゃ多分、五等級までが限界かな」


 魔封石のランクというのは、その石に込められた力の度合いを表すものだ。一がもっとも高く、七がもっとも低い。更に、力を込める素材によって限界があるため、一等級の魔封石は、その土台となる物もかなり希少となる。


「まあ構わんが。しかしそれならば、塔に戻った方が早いかもしれん。精錬石程度ならば倉庫に腐るほど置いてあるはずじゃし、精錬水晶と精錬魔晶、魔封石もそこそこのが揃っておるはずじゃ」


「うへぇ。流石としかいえないね。君がもっと早く来てくれていれば、研究もはかどっていただろうなぁ。むしろもう完成してたかも」


「必要なら、マリアナあたりに言えばよかったじゃろう。わしが居なくてもマリアナは入れるしのぅ、アイテム整理も任せっきりじゃったからな」


 塔の私室に倉庫はあり、その倉庫を利用するためには、私室に入らなければいけない。そこに入れるのは、その塔のエルダーと補佐官のみだ。つまり、ダンブルフが居なくてもマリアナに頼んで倉庫から取ってきてもらえばいい。ミラが言うのはそういう事だ。


「いや……それがね。一度あるんだよね、倉庫に精錬石と魔封石はないかって聞いた事が。あればいくつか貰えないかってさ」


「そうじゃったか。なんじゃ、もしや使い切ってしまったのか?」


「あー……、それがね。まったく聞いてくれなかったんだ。君の物は、たとえ僕相手だろうと勝手に渡せないって。君は絶対に戻ってくるから、戻ってきた時に不都合がないように、ここを守るのが使命だってさ。……泣きながら言われちゃ、もう無理に命令するわけにもいかなかったんだよねぇ」


「そうそう。オレも一緒に居たんだけど、あの頑なさは死んでも守りきるつもりだろうな」


「そうじゃったか……」


 ミラは長い間、自分を待ち続けていたマリアナの事を改めて想う。


(せめて、マリアナには話しておくべきかのぅ)


 寂しそうに俯いている、サファイアの様な綺麗な髪の少女が脳裏に浮かぶ。その顔を上げられるのは多分、自分自身。女の子を泣かせたままにはしたくない。そう思い至ったミラは、自分の事など度外視して一時の恥よりも大切な事だと決意する。


「まあそういう訳。とりあえず今は、さっき言った分だけで十分だよ。精錬作業室に材料は揃ってるから、後で案内するね」


「ふむ。ならば寝る前にでも作っておくとしよう」


「そのセリフ、ここの精錬技師に聞かせたら卒倒しそうだな」


 ルミナリアが机に腰掛けながら両手で身体を支えるようにして上体を反らすと、さも楽しそうな笑顔で言う。城に居る精錬技師は日夜、作業に追われている。そんな者達の目の前で、ミラの精錬速度を見てしまったら再起不能に陥る可能性はあるだろう。


「……材料と精錬台を寝室に運ばせておくよ」


 ソロモンはその情景を思い浮かべると、一人でこっそり精錬して欲しいと伝える。ミラは「構わん」と答えアイテム欄からアップルオレを取り出し一口、嚥下する。


「しかし、あれじゃな。何だったら自給出来た方がいいじゃろう?」


「それはまあ、そうに越した事は無いけどね。中々技術向上に手間取ってるみたいで、今の生産ペースでもギリギリなんだ。何かいい方法でもあるかい?」


「まあ努力次第じゃがな。紙とペンはあるか?」


「うん、えっと。はいこれ」


 ソロモンは、机の上から万年筆と、机の棚から羊皮紙を一枚取り出しミラに渡す。


「ちょっと待っておれよ」


 それらを受け取ったミラは手近な壁を台にして、羊皮紙に記号や文字を書き込んでいく。



「まあ、こんなものじゃろう。後で、これを精錬技師とやらに見せてやってくれ」


「ふーむ。なんじゃこりゃ。オレにはまったく理解できん」


 ミラから羊皮紙を引っ手繰ると、ルミナリアは顔を顰めながら図形と記号相手に、にらめっこする。だが早々に白旗を揚げると、ソロモンに羊皮紙を押し付ける。


「これは……うーん。精錬関係だって事は分かるけど。これを見せればいいんだね。了解したよ」


「うむ、頼んだぞ」


 ミラが羊皮紙に書き上げた図形と記号は、前々から考案して研究していた新しい精錬台の構図だ。細かいところは省略して欄外に特記事項として走り書きがしてある。そしてこれが後に魔導工学に甚大な影響を与えるものとなる。



「さって、それじゃあ明日の事だけど。馬車の方はもう手配しといたから、いつでも地下墓地に向けて出発できるよ」


「何とも早いのぅ。もう少しくらいゆっくりしたいところじゃが」


「そう? ならもう少しここに留まるかい? 君の事を考えて早めに用意したんだけど」


「わしのためじゃと?」


 いぶかしむ様にソロモンに視線を投げかけるミラ。早く行く事が自分にとってなんの得になるのか見当がつかなかった。


「うん。君が暫くここにいてくれるなら、それはそれでうちの侍女が喜ぶだろうけど、君としては余り嬉しくない事だろうと思ってね」


「なんじゃそれは。どういう事じゃ」


「侍女長から聞いたんだけどね。君の着ていたローブを見てインスピレーションが沸いたとかで、侍女総動員で君の服を作っているみたいだよ」


「明日、夜明けと共に出発しよう」


「ふふふ。分かった。そう伝えておくよ」


 なんちゃって魔法少女風の衣装から受けたインスピレーションで作られた服など、まともじゃないに決まっている。ミラは早々に逃げ出す事に決めた。


「物好きな奴等じゃ……」


 ミラは心底呆れたように言うと、小さく欠伸をした。


「お、もうおねむの時間か」


 からかう様に言うルミナリアを睨みつけたミラだが、実際に瞼は眠気によって下がり始めている。


「今日は色々あったからのぅ」


 ミラはアップルオレの最後の一口を飲み干すと、大きく伸びをして再び欠伸をする。


「まあ一先ずは、こんなところにしておこっか。久しぶりに話せて楽しかったよ」


「うむ。わしも色々聞けたし来た甲斐はあったのぅ」


「僕とルミナリアは、まだ話す事があるから扉の外にいる娘に寝室まで案内してもらってね」


「うむ。分かった」


 ミラはアップルオレのビンを、こっそりソファーに残したまま立ち上がると、扉に向けて歩き出す。


「じゃ、おやすみ」


「明日早いなら、今夜の営みは程々にしてしっかり寝ておけよ」


「お主と一緒にするでない。おやすみ」


 微笑を浮かべるソロモンといつものにやけた表情のルミナリアに視線を送ると、ミラは就寝の挨拶と共に執務室を後にした。


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[一言] ミラちゃんが飲み捨てたアップルオレの空き瓶、そのうち某王道RPGの小さなメダル並みにそこら中から発見できるようになってそう…(
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