196 戦利品
百九十六
機械仕掛けの徘徊者を滅多刺しにして撃破したミラは、いよいよ本命に向かおうとして、ダークロードとホーリーロードを送還する。すると同時、がらりと徘徊者の残骸の山が崩れた。
「……そういえば、これは。もしかすると」
ふと振り返りそれを見つめたミラは、何か思いついたのか、その残骸を漁り始める。そして暫くの後、その中から赤い玉と黒い金属片、そして徘徊者が振るっていた刃を拾い上げた。
「やはりそうじゃ! 合わせて五百万は下らぬじゃろう!」
まるで金に目が眩んだように、ミラはその三つを大事そうにアイテムボックスへ納める。それらは徘徊者のドロップアイテムの中でも貴重な上位三種だった。
ミラは今更ながら考えたのだ。ゲーム当時は確率だったアイテムドロップが、現実となった今ではどうなのかと。
ゲーム当時、魔物などがドロップする素材は、魔物を解体する事で入手出来た。
魔物などを倒した際は、その骸をアイテムボックスの特別枠に納められた。これを、各町などにいる解体屋に持ち込むか、技能を習得して自分で解体する事で、初めて素材となるのだ。
解体すると、骸一体で一つか二つの素材が手に入る。この数は、解体屋の技量次第で増減し、また技能で解体した場合も、その熟練度によって変わる。
そして、最も重要であろう希少度だが、これもまた技量、熟練度で変わる。当然、高ければ高いほど、希少部位などの入手率が上がるという仕組みだ。
と、ここで一つ。このようなゲームで遊んだ事のある者なら、思った事があるだろう。たとえば、敵がドロップする一番希少で入手率が極めて低い素材が角などだった場合、ハズレのアイテムを入手した後、『いや、目の前のその角斬れよ』と、思った事が。
確率。それはゲームであるがゆえの限界。しかし、現実となった今この時、ミラは気付いた。目の前のその角を斬るような事が可能である事に。
その結果が、これである。徘徊者の動力源である赤い玉、重要な機関を保護するための装甲に使われていた黒い金属片、そしてホーリーロードの巨盾をあれだけ切り付けておきながら破損もない刃。そのどれもが、残骸の中に埋もれていたのだ。
つまりは、『稀に体内で生成される』などという実際に運が絡むような条件でない場合、かつては入手確率の悪いアイテムでも確定で入手可能という事だ。
「とすると、マキナガーディアンも……」
マキナガーディアンの固有アイテムは十種。そのどれもが、部位だったり部品だったりで希少度が違う。それでいて、最低ランクでもそこらの素材より遥かに高い希少度だ。
倒した後、徘徊者と同じように残骸を選り分ければ、中でも最も希少な素材を確実に入手出来るかもしれない。そしてそれはゲーム当時でも話に聞くだけで、ミラもお目にかかった事のない極めて希少な代物だった。
(確か昨日、ソウルハウルの奴は、戦利品を全てわしに譲るというような事を言っておったよな……。うむ、言っておった!)
言質でも取ったとばかりにほくそ笑んだミラは、今行くぞと気力を漲らせ、ソウルハウルが待つボス部屋に向けて駆けだした。
なお、確かに希少な素材の入手はし易くなった。けれど現実となった事で、一つの制限も生じた。それは魔物の皮が欲しければ、皮を傷つけずに倒さなければいけないという、実に現実的な事だ。素材目当てなら、とにかく倒せばよかったゲーム時代より、その点でずっと難度が上がっているのである。素材を得るためには、部位などを見極める鑑定眼が重要なのだ。
しかし突き進むミラが知っているのは、素材の名称とその説明文のみであった。
「ほぅ、準備はもう整っておるようじゃな」
ボス部屋に到着したミラは、その目の前に広がる光景を見て、満足そうに呟く。今ボス部屋は、昨日ここを訪れた時とはまるで別物の戦場となっていた。
まず一つ、入口から五十メートルほど先に、巨大な城門が聳え、そこを中心にして端から端まで壁が続き、完全に向こう側とこちら側を隔てているのだ。巨大な壁は一目見ただけでも、恐ろしい重量感が伝わってくる。
更に、端まで続くその壁には、無数の砲台が備え付けてあった。しかも、内側で乱れなく規則的に動くゴーレム達によって運用されており、先ほどから絶え間なく火を噴き続けている。
その様子はまるで、防城戦のようだった。そしてそれは、昨夜の作戦通りに進んでいるという証でもあり、ミラはますます力をつけたソウルハウルの術に感心しながら、城壁の上を目指し《空闊歩》で駆け上がっていく。
「順調か?」
城壁の最上部、櫓のようになったそこに降り立ったミラは、合流するや否やそう問いかける。するとソウルハウルは「半々だな」と答え、奥にいるマキナガーディアンに目を向けるよう促した。
「見ての通り、学習したようだ。もう正面からの砲撃はほとんど通用しないと考えていい」
巨大な壁の向こう側。主戦場となっているその空間には、巨大なマキナガーディアンだけが佇んでいる。そのマキナガーディアンは今、号砲と共に放たれた砲弾を、複数の脚で見事に払い落としていた。受けるのではなく、受け流しているのだ。衝撃を加えると爆発するのだと分かっているのだろう。
器用に繊細に、だが驚くほど機敏な動作で、次々に殺到し続ける砲弾を捌いていく。その周辺では対象を失い地面に激突した砲弾が、強烈な爆音を轟かせ火柱をあげていた。昨夜戦場に乱立していた砲塔とは違い、城壁の砲台から放たれる砲弾は、Aランクの魔物ですら跡形もなく消し去ってしまうだけの威力があった。しかし、爆炎渦巻く只中に浮かび上がるマキナガーディアンは、それを容易く振り払いながら、ただ静かにこちらを窺っている。その光景は、不気味な迫力に満ちていた。
「一斉に発射してみても駄目か?」
ミラは、その様子を見つめながら、ふとそう口にした。マキナガーディアンは、八本ある内、四本の脚で砲弾に対処している。それを見た限り、対応速度の限界もまた見えてくる。
それらの様子から、数こそ最大の力であるとするミラは、一斉砲火によって対処しきれないだけの砲弾を撃ち込んではどうだろうと考えた。そうすれば、受け流しきれず何発か着弾するだろうと。
「確かに、一斉に撃ち込めばダメージは与えられる」
そう口にしたソウルハウルは、戦闘開始から間もない時の状況を説明した。
どうやら既に二度ばかり、一斉砲火を実行していたそうだ。昨夜まで砲塔を運用していたため、マキナガーディアンはそこから学習し、城壁の砲撃にも対応したのだろうとソウルハウルは言う。
けれど対応速度にも限界があると見極め、一斉砲火を実践したらしい。
「確かに、ダメージは通った。それなりの損傷は与えられただろうな。けどまあ、問題はその後だ」
絶え間なく放たれていく砲弾を見つめながら、ソウルハウルは更に説明を続ける。一斉砲火をするという事は、次弾装填もまた同時になると。そして、マキナガーディアンは、その瞬間を狙っているらしい。
「念のために二度ほど試してみた。その結果が、そこだ」
ソウルハウルは促すように、今の場所から見える壁の一部を指さしてみせた。
言われてそこを覗き見てみると、頑強そうな城壁に大きな傷が穿たれていた。もしも同じ場所に同じような威力の攻撃をもう二、三発受けたら瓦解してしまうだろう破損だ。
「とりあえず、『大暴れ』を二撃喰らった。まだ二回とはいえ、何となく読める。一斉砲火をすると、確定でこれが来るってな」
この城壁は、今回の作戦において重要な役割を持つ。瓦解してしまってはどうしようもないものだ。『大暴れ』が来る恐れがある以上、これでは一斉砲火はもう出来そうにない。
「とまあ、そういう訳で、今のところ砲撃は無効。これが最初の半分だな。で、もう半分があの破損自体だが、長老はどうみる?」
順調かどうかというミラの問いに、最初は半々だと答えたソウルハウル。聞いた限り、順調とはいえない印象だが、彼の表情は不思議と自信に満ちていた。
「ふむ、確かに半分は順調なようじゃな。『大暴れ』二発でこの程度とは、恐ろしく頑丈ではないか」
ミラは壁に穿たれた傷を見つめたまま、大層感心した表情を浮かべ答える。
マキナガーディアンが、時折繰り出してくる攻撃、通称『大暴れ』。それは昨夜見たレーザービームの次に強力なマキナガーディアン固有技であり、強化関係の術全てと、防御強化の技能を全て発動した完全防御態勢の聖騎士ですら耐え切れないという、規格外の一撃である。
ソウルハウルの生み出した城壁はそんな強力な一撃に二度耐えて尚、形を保っているのだから相当といえるだろう。
「ゴーレム等に特性を追加云々と聞いてはいたが、お主の《キャッスルゴーレム》の場合、これだけとんでもない事になるのじゃな」
キャッスルゴーレム。それは、ソウルハウルの代名詞ともなっている『巨壁』の正体であり、場所は選ぶものの多様性に富んだ、最上級死霊術の一つだった。
まずキャッスルという名の通り、この死霊術は、それこそ王城にも匹敵するほどの巨大なゴーレムを生み出すものだ。更にこの城は戦うための城であり、百門を超える数の砲台の他、様々な兵器も備えていた。
本来この砲台や兵器は人の手で運用されるのだが、ソウルハウルは砲手といった使い手となるゴーレムを作り上げ、一人でこれを成した。結果、本丸の前に、もう一つ万全な城を攻略しなくてはならないという流れが出来上がり、当時アルカイト王国に攻め入ったプレイヤー達は、呆れた末いよいよ笑い出したという逸話が残っていたりする。
そして今、戦場を分割するように聳えるこの巨壁は、《キャッスルゴーレム》の一部である。こういったゴーレムは、部分ごとに運用出来るという利点があり、閉所であっても意外と活躍の場があったりするのだ。
ミラは、少しずつ修復されていく《キャッスルゴーレム》の壁を見つめながら、かつて五十鈴連盟の精鋭の一人、ヘビから聞いた事を今一度思い返す。ミスティークダガーという術具で、特別な魂を死霊系の魔物から抽出、それで得た特性をゴーレムに追加する事で、多彩な強化をもたらすという死霊術の新技術の事をだ。
「今回は確か、『頑強』を追加すると言うておったな。何やらこの分じゃと、《キャッスルゴーレム》は全てにおいてとんでもない性能を発揮しそうじゃな」
「いや、これは特別に相性が良かったってだけだ。こいつに『俊足』やら『跳躍』ってあたりを追加しても、無意味だったからな」
どうやら、上級の術が封じられる前に色々と試した事があったようだ。ソウルハウルはそう口にしながら苦笑すると、「今回も、実際はどうなるかわからなかった」と続ける。
特性として『頑強』を追加した《キャッスルゴーレム》だが、それを限界まで試せる相手が当時は近くにいなかったそうだ。そして今回、大規模レイドボスという適役を得て、それがどの程度だったか、詳細に把握出来たらしい。ソウルハウルは、予定よりもずっと耐えられそうなので、けん制と自陣の防御は全て任せてくれていいと、自信満々に言い切ってみせた。
この結果は、ミラ達にとって、相当な利点となる。一撃では抜かれない防御壁。そこに隠れれば安全に瞑想、つまり《転界心法》を使えるという事だ。
「ならばいつも通り、お主のキャッスルゴーレムの世話になるとしようかのぅ」
防衛の要になるソウルハウルのキャッスルゴーレム。大物を相手にする時など、拠点や待避所などとして大活躍していたものである。
「ああ、攻撃は任せた」
余程、上級死霊術が解禁となったのが嬉しいのか、ソウルハウルは随分と調子が良さそうだ。揚々とした様子で、追加の砲弾を補充し始める。キャッスルゴーレムに付随する、専用兵器生成の死霊術だ。
接触ではなく、時限式も混ぜてみようか。などと呟きながら、運用ゴーレムに砲弾を運ばせるソウルハウル。
ミラは不敵に笑うソウルハウルの姿に苦笑しながら、櫓より再び城門の内側へ飛び降りた。
ところで、たまごサンドあるじゃないですか。
クラッシュしたゆで卵とマヨネーズが絶妙なあれです。
おいしいですよね、あれ。サンドイッチの中でも最上級といって過言ではないくらいに。
で、最近買ってきたサンドイッチを食べながら思ったのですよ。もっといっぱい食べたいなぁと。
売っているたまごサンドって結構なお値段するんですよね。なのでたまにしか買えません。たまごだけに。
……
そこで、ふと思ったのですよ。ならば、自分で作ればいいではないかと! 今更ですが……。
食パンが8枚で100円 卵が10個で200円
きっと、存分にたまごサンドが堪能出来ると思うのです。